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04 二人目の居候

「月夜、まさかあんたが人間の世界に来るなんてね……」

「私としては、あなたの行動の早さにビックリだったけど。あの人間の所にたどり着いたんだからよっぽど運がよかったのかもね」

「あんたはどうやって探り当てたのさ」

「あなたがここで実体化したからよ。私以外にも、気づいたキノ娘は他にいると思うわよ」


 ワカエと月夜は玄関で今にも一触即発といった感じで睨み合っている。いや、月夜の方は笑みを浮かべて余裕があるといった感じか。


「わざわざ何をしに来たのさ!」

「あなたと同じよ、和歌恵。あなたがヒラタケを世界に広げていきたいように、私もツキヨタケを世界に広げていきたいの」


 ん?


「なあ、ワカエ。確かキノコの素晴らしさを広めたいとか言ってたよな」

「も、もちろん、キノコの素晴らしさをね、広めたいわけよ」


 おかしい、露骨に目を逸らしている。しかも口笛をぴゅーぴゅー吹いてやがる。なんてベタな……。


「月夜、どういうことか教えてくれないか」

「あなた……これからはタケルって呼ぶことにするわね。タケルは私たちキノコの精霊を実体化させる不思議な力を持っているわけ。その力の影響範囲は今はまだ小さいから、私たちの間であなたのことが話題になることはあっても、まあ、話題になるぐらいでおしまい。大多数のキノ娘の間ではね」


 そして、月夜は俺の右腕に体を絡めてきた。胸が右腕に当たるのは、たぶんわざとやってるんだろうな。あててんのよ、ってやつか。うむ、幸せな感触だ。


「でも、一部のキノ娘の間では、タケルが私たちの何らかの進化のきっかけになるかもって考えがあるの」

「……進化?」

「タケルの力を近くで受け続けていたら、キノ娘という種としてさらに上の段階へと進化するかもしれないってね。実際、あなたの近くにいることで、キノコの世界じゃなくても生身の肉体を持つことができた」

「はーなーれーなーさーいー!」


 ワカエが俺と月夜を引き離す。残念ではあるが、あまりワカエを怒らせるのもよくないから仕方あるまい。月夜はそのことを咎めるわけでもなく、そのまま靴を脱いで家の中へ入っていく。


「こら、私の家に勝手に入るな!」

「いや、俺の家だから」




 舞台を居間に移し、俺は三人分のお茶を入れて先ほどの続きを開始する。ワカエは目を逸らしているので、必然的に月夜と話すことになる。


「正直言えば、進化なんて大仰なことは本気で考えていないんだけどね。ただ、私たちがタケルの影響を受けることで、この世界のキノコにも影響が出るかもって考えているわけ」

「ん? どういうこと?」

「私たちキノコの精霊は、それぞれのキノコそのものの力が実体化したものと思ってくれていいわ。そんな私たち精霊がタケルの影響で少しでも力を増したら、この世界でキノコがパワーアップするかもって考えたの」

「パワーアップって、具体的には?」


 月夜は立ち上がると、大きく両腕を広げた。その動きで、スカートが翻ってかぼちゃパンツが見える。なんか、常にパンチラしてるな、この子。


「当然、子孫繁栄よ。生息域を広げて、世界に冠たるキノコに私はなる!」


 人類を支配とかそういう方向にはいかないのね。なんかノリ的にそんなことを言い出すものとばかり。理想が大きいのか小さいのかよく分からん。生態系的にどうだろうというのはあるけれども。


「で、ワカエもそれが目的と」

「う……うん。月夜もなんでそこまで言うかなあ。月夜の口を封じようとしても、タケルが納得しないだろうから黙って聞いてたけど、全部正直に話すとは思わなかったよ」


 月夜が派手にネタバレしたので、ワカエは観念したようだ。


「なんで黙ってたんだよ」

「いや、だってさ、ものすごく自分勝手な目的だし、嫌われるかな、とか。一緒に暮らしている以上、仲良くなっていきたいし……」


 もじもじしながら言っていると可愛く見える。一緒に暮らしていると言っても、なんというか一方的に寄生されているという印象だが、それは考えないようにしよう。


「一緒に暮らす以上、隠し事はなしにしないとね。ところで、私の部屋はどこがいいですか?」

「いや、何さらっとあんたまで暮らすことになっているのよ」

「タケル、いいよね?」


 二人の視線が俺に集中する。なんか展開が急でついていけない……。


「いや、確かに部屋はまだ結構余っているし金については心配ないけど、また同居人が増えるというのも……」

「だって、私はもう根付いたし」


 ん? 根付く?


「ひょっとして……!」


 ワカエは大声を上げると、ドタバタと走り出した。座っているのもめんどくさいといつも横たわっているワカエにしては珍しい。


「おい、ワカエ、どうしたんだよ」


 ワカエは客間にいた。

 あ、ここの客間って……。


「ああ、いつの間に!?」


 悲鳴を上げるワカエの視線の先には、ワカエの分身が生えている柱とは別の柱があった。そこに一本のキノコが生えている。ヒラタケに似ているが……流れ的にツキヨタケなんだろうなあ。


「玄関に入った時点で胞子を飛ばしてちょちょいとね」


 にやりと月夜が笑っている。


「あのツキヨタケは私の分身。もうこの家に根付いたわけ」

「くう……、本当はむしってやりたいけど、同じキノコとしてそれだけはできない……!」


 ワカエは心底悔しそうにその場にガクッと崩れ落ちる。キノコのよしみとか挟持というやつだろうか。俺には分からない世界だ。

 まったく、ワカエにしろ月夜にしろ、先に家主の俺の許可を取ってからにしてほしいものだ。




「庭が広いのがいいわね。気に入ったわ」


 月夜は一階の客間の一室を自分の部屋にした。庭にすぐ出ることができるのがいいようだが、庭というよりも庭の木が目的っぽいな。木を見つけるなり、するすると木を登って、太い枝に腰掛けている。表情を見るに、ご満悦といった感じだ。


「私たちキノ娘はね、木登りが好きな子が多いの」


 ああ、キノコって木に結構生えるしね。


「ねえ、向こうにある雑木林は?」


 月夜が指差した方向には面積はそれほどでもないが、雑木林が鬱蒼と広がっている。相続で受け継いだ土地の一つだ。


「俺の雑木林だ。もっとも、手入れされなくなって久しいから荒れているけど」

「あそこもタケルのものなんだ! これは、キノコにとってはいい環境ね、うふふふふ」


 そういや、キノコが生えてたりしたっけ。真剣に探したわけじゃないから地面とかに生えているのを見たぐらいだが。どんなキノコだったかは覚えてない。

 そんな雑木林を見て、月夜は何を考えているんだろうか。

 そう思って月夜を見て俺は声を失った。夕闇が迫る中、月夜が淡く緑色に光っているのだ。本当に淡い光だが、とても綺麗に見えた。


「あ、これ? ツキヨタケは夜中にこうやって光るの。私の場合はコントロールできるけど、気を抜いているときはいちいちコントロールしないからさ」


 ふっ……とやわらかく月夜が微笑んだ。

 何も意図はないだろうが、そのやわらかな笑みはとても自然だった。

 俺は月夜を見ていることに急に照れくささを感じてしまった。

 やばい、なんかいたたまれなくなってきた。ここで急に立ち去って変に思われたりしないだろうか。いや、ここにい続ける方が変に思われるだろうか。


「お腹すいたー! ご飯ー! ご飯ー!」


 唐突な大声で俺のナイーブな悩みは一瞬で吹き飛んだ。

 ワカエがうつ伏せになってジタバタとしている。あれは、ワカエのお腹すいたサインとのことだ。口に出したらサインも何もないだろうに。


「分かった分かった、はらぺこちゃん、すぐレトルトカレーを温めるから」

「わーい!」


 まったくもって自由だな。だが、今回はその自由な所に救われたかも。


「ったく、レトルトぐらい自分で作ればいいのに」

「一緒に食べたいの!」


 ……こういう可愛いところがあるからずるい。


「私も一緒に食べたいな」


 月夜もこちらにやってきた。一瞬ドキッとしたが、もう発光していない。俺は少しホッとした。

 こうして、新たな居候が二人となった。

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