03 ゴスロリキノ娘登場
「むう、ここからが難しいんだよねえ……」
ワカエがノートパソコンと睨めっこをしている。
何の事はない、麻雀牌の同じ図柄のやつを消していく有名なパズルゲームだ。昨今の複雑なゲームとは異なり、このテのパズルゲームはシンプルだ。シンプルだからこそハマるもので、最近のゲームが好きな俺も、たまにプレイしたりする。
そして、ワカエはテレビで面白い番組がやっていないときは、こうしてゲームを延々とやっていたりする。
「だって、人間世界からはキノコ世界のネットに繋げられないし」
それを言い訳にしているが、毎日横になってテレビを見る、ネットを巡回する、ゲームをプレイするだけなのはさすがにどうだろうか。
まあ、一人分の食費や光熱費が増えたところで俺にとっては大したことないからかまわないと言えばかまわない。珍しい経験ができていることは確かだから、その代金と考えておくことにしよう。
「ワカエ、俺は買い物に行くからな」
「いってらー。あ、ビール買ってきてね」
「はいはい」
「発泡酒は嫌だかんねー」
横になり、テレビとネットを並行して見ながら、ビールをかっくらってさきいかを食べるキノコが家にいる。
外見が可愛いのがたちが悪い。しかし、服装がロシア的で肌の露出がほとんどないのがいただけない。これで目の保養にでもなれば多少の我儘は笑って許せるんだけど。いや、可愛いだけで目の保養か、そう考えることにしよう。
俺は行きつけのスーパーで買物をする。特別安いわけではないが、果物に外れが少ないのが俺としては高評価だ。まずい果物って、食べててなんか情けなくなってくるというか、生きててごめんなさいって気持ちになるんだよな。
今年はぶどうが美味い。種なしの巨峰が大好きな俺としては毎年こうあってほしいものだ。
「……ねえ」
ん?
何か聞こえた気がして振り返った。だが、そこには誰もいない。いや、買い物をしている奥様方ならいるが、自分の買い物に夢中で俺のことなど眼中にない。
おかしいな……。
そのとき、俺の目に入ったのは「お買い得! 秋の味覚キノコ詰め合わせ!」というコーナーだ。
ワカエの顔が思い浮かび、なんとなく手にとってみる。どうやら、エノキ、シイタケ、ナメコ、マイタケ、ヒラタケの五種類のキノコの詰め合わせのようだ。今夜も鍋にしようかな。カレーと鍋は毎日食べても飽きない。ヒラタケだけならワカエに頼めば美味いヒラタケがいくらでも出てくるが、ヒラタケだけだと飽きるし。
俺は詰め合わせのパックをいくつか手に取って、よさそうなものを探す。
お、これはヒラタケの肉付きがいい感じだ。でも、ヒラタケはなあ……。
「うふふふふ……」
耳元で急に声がした。
「うわ!?」
びっくりして思わず振り向くと、そこには一人の女の子がいた。
黒をベースとした黒と緑のゴスロリか? でも、髪に付けたヘッドレスを見るとメイドっぽい。黒と白が普通のメイドだとすると、この子は黒と緑だ。そのゴスロリは肩ひもがない、いわゆるストラップレスというタイプで、大きな胸が今にもこぼれ落ちそうでハラハラする。大きな胸の谷間と、剥き出しの白い肩が非常にいやらしい。
ヘッドレスをつけた髪は茶髪で長く……いや、茶髪か? なんか、緑色? 背中側に流れている髪を真正面から見ると緑に見える。前髪は茶色なのに。表が茶色で裏が緑色の髪? そんな馬鹿な……。
そして、スカートもおかしい。ミニスカではない。膝ぐらいまであるのに、なんでひらひらしているんだ。本人が動いていないのに、スカートがひらひらはためいていて、黒のニーソックスと黒い……かぼちゃパンツ? え? 本当にかぼちゃパンツ? ……そのかぼちゃパンツとニーソックスの間の絶対領域にはストッキングの黒い網目がよく生える白い肌がきらめいている。
「どこを見ているの? いやらしいなあ……」
口調は幼さすら感じるのに、どこか官能的な声が濡れた唇からつむがれる。
いや、何だこの子は。
俺はその子の顔を見て、そしてその顔から目を離せなくなった。美人、いや、可愛いという表現のほうが適当か。髪のボリュームがあるから、小さな顔の輪郭が目立ち、幼く見えるのかもしれない。顔だけ見ると十代半ばだが、発せられる色気が十代のそれじゃない。
そして何より、前髪のせいで右目しか見えないのだが、その右目が緑色で淡く光っている。そう、間違いなく光っている。それどころか、前髪で隠されている左目があると思われる場所からも緑色の光が漏れている。
人間じゃない。
直感的にそれがわかった。そして、今俺が置かれている現状から、すぐにピンとくるものがある。
「お前もキノコの精霊ってやつか……?」
「ぴんぽーん」
何だ、こいつは? ワカエとは明らかに違う。ワカエは、なんというか、全体を纏っている雰囲気がぽえぽえとしているというか、マイペースというか、なんかのんびりとしたものを感じるが、こいつが纏っている雰囲気は明らかにやばいものを感じる。
「お前は何ていうキノコだ?」
「うふふ、ツキヨタケだよ」
「な……!?」
俺は絶句した。俺でもその名前は知っている有名な毒キノコだ。最近ニュースでも話題になったしな。確か、食用のキノコにすごく似ていて、毒キノコの食中毒事件では過半数がこいつだとか。
「……ちなみに、どれだ?」
俺が手に持っている詰め合わせを見せると、ヒラタケだと思っていたキノコの一つを指さしてきた。マジかよ、どう見てもヒラタケじゃんよ。
「残りの詰め合わせにもいたりするか?」
「これと、あとこれ。よく見れば違いが分かるのに、人間って注意力が足りないんじゃないの?」
「他には?」
「……これだけだよ?」
ふむ。
……よし。
「すみません、この三つ、ヒラタケの一部がツキヨタケなんですけど。毒キノコですよ、毒キノコ」
俺は近くの店員を捕まえてツキヨタケ入りの詰め合わせパックを店員に押し付ける。その店員は「え?」というような顔になるが、俺が再度毒キノコが入っていると言うと、「も、申し訳ありません。店長に確認をしてきます」と言って店長を探しに行った。
さて、俺は今のうちにさっさと退散するか。あれこれ事情を聞かれるとめんどくさい。ヘタしたらマスコミ沙汰になるしな。
「ちょ、ちょっと!? なんてことしてくれるのよ!?」
「いや、こうすべきだろ、常識的に考えて」
ツキヨタケが怒って俺の両頬をむにっとつねってくる。あまり痛くないな。
「それじゃ、そういうことで」
俺はしゅたっと手を上げると、全力でその場から走り去った。キノコの精霊ってだけで厄介なのに、毒キノコなんて絶対に関わりあいになりたくない。
「ふう、ただいま……」
結局、近所のコンビニでレトルトのカレーを買ってすませることにした。まったく、鍋にしようと心の中で盛り上がってたのになあ。
「ねえねえ、ビールは!?」
「ちゃんと買ってきたよ」
「わーい!」
パタパタと音を立ててワカエがやってくる。ひょっとして昼間からビールを飲む気か、この野郎。
ワカエは満面の笑みで玄関に来たかと思うと、急に厳しい顔つきになった。
「ワカエ?」
「タケル! なんて奴連れてきたの!」
「え?」
何のことだ?
「やっぱりあなただったのね、ワカエ。この人間からあなたの匂いがしたわ」
「うわ!?」
いきなり背中に重みがかかったと思ったら、さっきのツキヨタケ少女が俺を背中から抱きしめていた。一体いつの間に?
「お前、どうして?」
「あなたの背中に私の分身をつけておいたのよ」
ツキヨタケ少女が俺の背中から何かを取って俺に見せる。それはヒラタケ……いや、ツキヨタケか。
「さっきはひどいじゃない。せっかくの二人の出会いなのに、一方的に逃げて」
「当たり前じゃない! まったく、なんで月夜がこんな所にいるの!」
「月夜?」
「私の名前よ」
ツキヨタケ少女は俺から離れると、俺に向かって優雅に一礼した。
「はじめまして、私は静峰月夜 (シズミネ ツキヨ)。ツキヨタケのキノ娘よ」
そして、両手をひざに置いた姿勢のまま上半身だけ俺の方に近づける。すると、胸の谷間がよく見えるじゃないか、けしからん。
「気軽に月夜って呼んでね、タ・ケ・ル・さ・ん」
最後の声が囁くような声で官能的だ。俺が思わず唾をのみかけると、俺の体をワカエが力一杯引き寄せた。
「こら! タケルに近づくな!」
そして、俺とツキヨタケ、月夜の間に立ち塞がる。
二人の目と目の間に火花が飛び散っているのが見えるようだ。これから一体どうなるんだろうか。