02 彼女が来た理由
「で、キノコの精霊とやらが一体何の用なんだ」
「それを話すと、もぐもぐ、話が、はぐはぐ、長くなるんだよ」
目の前でワカエができあがった鍋をもりもり食べている。ヒラタケがヒラタケを食べて共食いにならないのだろうか。さらに言えば、そのヒラタケの半分ぐらいはワカエから生えてきたものだが。
「なあ、ワカエがヒラタケを食べるって、倫理的にどうだろうか」
「キノコは、もぐもぐ、食べられてなんぼ、んぐんぐ」
「さいですか」
俺はといえば、突然の出来事にすっかり食欲はどこかに消えてしまった。
そんなわけで、ワカエが鍋を食べつくすまで黙ってみているしかなかった。
「やっぱ鍋のシメはおじやよねえ」
もう好きにしてくれ。
とりあえず、おじやなら食欲がなくても腹に入る。卵おじやなので、その日のうちに食べておきたいのだ。一度夏に一晩置いた卵おじやを食べたことがあったが、即座に腹を壊してそれはもうひどい目にあった。
「はあ……幸せ……」
腹が膨れたのか、ワカエはその場に横になってごろごろし始める。食べてすぐ横になると牛になるぞ。
「さて、改めて聞くが、ここに来た目的は一体何なんだ」
「タケルー、お茶いれてー」
「……飲んだら話せよ」
「おっけおっけ」
なんというか、ここまで図々しいと怒る気も失せる。思えば、こうも無遠慮にずかずかと俺の懐に入ってくるやつはいなかったかもしれない。
これはこれで……。
よくないな。さっき胸を揉んだ罪滅ぼしと考えないとやってられん。
「さて、私が来た理由なんだけどね、タケルがいるから」
「は?」
お茶を飲み終わってようやく話を始める雰囲気が整ったと思ったら、いきなりの発言だよ。
「正確に言えば、タケルがいるから私がここにいる」
「待って、よく分からない」
「タケルにはね、私たちキノコの精霊を実体化させる力があるの」
「はあ!?」
なんでも、キノコの精霊、キノ娘たちは普段はキノコの世界に住んでいて、この世界では幽霊のように姿だけを見せることしかできないらしい。
しかし、極稀にキノ娘と波長が合う人間がいて、その人間の近くでは実体化できるとか。
「でもね、大体の場合、その人間の周囲数メートルぐらいの範囲なんだよね。それなのに、タケルの場合はこの街全体を軽くカバーできるだけの力があるの。キノ娘の間で、最近話題になっているわけ」
なんと、俺の知らぬ所でそんなことが。
「ただ、正確な場所が分からなかったんだよね。キノコの世界からこの世界を探るのは難しいんだよ」
「じゃあ、なんでワカエは俺の所に来られたんだ?」
「今日の鍋にヒラタケ使ってたでしょ」
「ああ。でも、今日はエリンギも使ったし、そもそもシイタケやエノキとかも最近食べたぞ」
「今日のヒラタケの中に、私から生えたヒラタケが混じっていたのよ」
……そういえば、今日買ったヒラタケの中に、一つだけ肉厚のやつが混じっていたような。そういうのは「当たり」的なものと軽く考えていたが……。
「ワカエがなんで俺の家に来ることができたかは分かった。じゃあ、来る理由は何だ? 実体化して何がしたい?」
「世界にキノコの素晴らしさを広めたいの」
「……は?」
ワカエは立ち上がると、指をびしっとさしてなんか得意気になっている。
「キノコは分解者として地球において非常に大事な役割を担っているのよ。さらに食用としても人間や他の生物の健康増進に役立つ万能さ。私たちキノコの偉大さをもっともっと多くの人間たちに理解してもらわないと!」
「はあ……」
「そして、キノコを正しく知ってもらわないとね。日本人はマツタケとかシメジとかありがたがるけどさ、ヒラタケの凄さをもっと知るべき。そもそもシメジが何か理解してないでしょ。ただのシメジって名前のキノコは存在しないんだからね。ホンシメジとか言ってるのも大体ブナシメジだし。しかもさ、昔は私たちのことをシメジってことにして売ってたんだよ。ブナシメジが流通するようになったら、私たちの方が味が劣るからって追いやってさ、ひどくない?」
なんか鬼気迫る表情で俺に力説しているのが怖い。
あれか、本来エンガワはヒラメかカレイのものを指すのに、回転寿司ではオヒョウのエンガワが使われているとかそんな感じの騙し方をしていたみたいなものだろうか。
「でも、それは私たちを正しく理解していないだけ。私たちは人間を愛しているんだから、人間も私たちを愛してほしいわけよ。そして、キノコの、ひいてはヒラタケの偉大さを知って讃えるがいい」
「……まあ、頑張れ」
夕食の後片付けをして、俺は自室に戻る。
そして、当然のようについてくるワカエ。
「ねえねえ、インターネットにつながってるパソコン貸してよ」
「キノコのくせにそんなことを知っているおのかよ……」
「あら、キノコの世界にもパソコンはあるわよ」
「マジで!?」
「ただ、人間の世界にはつながらないけどね」
そして、俺のパソコンの前に勝手に座ると、何やら慣れた手つきでパソコンを操作し始める。
「巨大掲示板はっと……ああ、これがショートカットかな」
なんか勝手に専用ブラウザを起動しているよ。キノコの世界にもそういう掲示板があるのかねえ。想像できないや。
「よし、ここでヒラタケを布教しないとね」
キノコじゃなくてヒラタケって言ってるよ、こいつ。しかも布教ときたもんだ。教祖様にでもなるつもりなのかね。
「私、ヒラタケだけど、何か質問ある?」
うわ……そんなので新規スレを立てるなよ。
案の定、レスはほとんどつかず、パラパラとつくレスは「糞スレ立てるな」「糞スレ乙」など、まあ予想通りのものばかりだ。
携帯ゲームをやりながら一時間ぐらい経過したころだろうか。
淡々と更新ボタンを押していたワカエは、何かを打ち込み始めた。
「いい度胸ね。貴様ら全員殺……」
「こら! 今はマジで警察来るからめったなことを書き込むんじゃないっ!!」
「待って! 言い返さないと気がおさまらないっ!」
「人間を愛しているキノコなんだろ!? 愛はどこに消えたんだよ!」
「愛は愛してくれる人間にだけ与えるの!」
その後なんとかワカエをなだめすかして、事なきを得る。
「そもそも、こんな手段でキノコを広めようとしても無理じゃないか? もっと真面目に取り組まないと無理だろ」
「大丈夫、この家に住むことが私の目的に通じているから」
ん? 住む?
「ちょっと待て、今、住むとか言ったか? おかしいだろ、そろそろ家に帰りなさいよ」
「そもそも私がここに来たのはね、タケルがいたからって言ったでしょ。タケルの大きな力を間近で受けることで、キノ娘としてレベルアップするつもりでいるんだから」
「え? 実はそんな即物的な理由があったわけ?」
「ちなみに、もうつばつけといたから」
そう言ってワカエは使われなくなって久しい客間に俺を連れて行く。すると、その柱にヒラタケが一本生えていた。
「私の分身の一つ。大きく育ててね」
「何勝手なことしてるかな!」
「ちなみに、無理に抜くと柱を痛めるから注意してね」
「ぐぬぬ……」
先にそんなことを言われてしまったら、ヘタなことができないじゃないか。
そもそも、分身と言われた以上、手荒なことをするのもよくない気がするし。
「私がいれば、毎日ヒラタケ食べ放題だよ。あ、食べ放題と言っても、一日に生やせる量には限界があるけど」
「ワカエがマツタケだったら大歓迎だったんだけどなあ」
「ほほう、他のキノ娘のことを堂々と話すとはいい度胸だね」
なんだか変なことに巻き込まれてしまったものだ。
これからどうなるんだろうなあ。