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11 空回り

「本日の料理は、ブナシメジのバター炒めになります」


 ブナシメジのキノ娘のマルモは、居候になってから毎日積極的に料理を提供してくれている。比喩ではなく毎日なので、朝から晩まですべてがキノコ料理だ。


「メイン料理はキノコじゃないけどね」


 もっとも、今ワカエが指摘したように、キノコだけが食卓に並んでいるわけでなく、今ならステーキの付け合せとしてバター炒めが出されているわけだ。


「栄養のバランスを考えるのは当然のことです。私たちキノコは低カロリーで栄養価が高い優れた食品ですから」


 まあ、バター炒めにした上にステーキが出ている時点で、メニュー全体のカロリーはえらいことになっているけど。


「ありがとう。でも、毎日無理して作らなくてもいいと思うんだ。たまにはゆっくりするとかさ。ほら、何か趣味があればそれをやるとか」


 ワカエやヴェルナがゲームに興じ、月夜が木の上で昼寝をしている時も、マルモはキノコを使った料理について日々研究をしている。料理が趣味で気晴らしも兼ねているならそれでいいのだが、何か義務感のようなものに駆られているのを感じてそれが気になる。


「私はキノコですから、人間のタケルさんに対して美味しいキノコ料理を出すことができればそれが喜びです」

「その気持ちは嬉しいんだけど、もっと自分のことをやってもいいんだよ」

「タケルさんの力によってキノコの格を高めたいという目的もありますので、どうかお気遣いなく」


 他の三人もキノコとしての格か何かを高めたいということを言っていたが、マルモはその気持ちが人一倍、いや、キノ娘一倍強いようだ。


「私たちブナシメジは、キノコとしての認知度が昔と比べて高くなりましたし、人間に愛されているという自信もあります。しかし、マツタケ、シイタケ、ホンシメジと比べるとどうしても劣ったイメージを持たれているようです」


 それらと比べるのはどうかと思うんだよなあ。そもそも、それぞれのキノコにそれぞれのいいところがあるわけだし、劣ったという言い方はどうだろうか。

 とはいえ、マルモの真剣な表情を見ると、指摘するのも悪いような気がしてくるんだよなあ。

 そして、今日のマルモの食事も美味しかった。ワカエたちも毎回美味しそうに食べている。しかし、マルモは納得いかないといった表情を崩すことはなかった。




「ねえねえ、タケル、カードゲームの相手をしてよ」

「あ、そのゲームならルールがわかるからいいぞ」


 ワカエは趣味の範囲が広い。その分一つ一つについてそれほど習熟しているわけではないので、対戦すれば大体五分五分ぐらいの戦績になる。


「最近のタケルは、背中を流しても初々しい反応を返してくれないのよね」

「俺に何を期待しているんだ」


 月夜は相変わらず風呂に侵入してくるが、背中を流す以上のことはしないので、不健全で健全な雰囲気は変わらない。他人に背中を流してもらうことはなんだかんだで気持ちいいので、楽しみになっていはいる。口に出して言う気はないが。


「タケル……勝負……」

「くそ、今日こそはせめて勝率一割にはする」


 ヴェルナとは格闘ゲームばかりだ。一つのゲームを熱心にやり込んでいるので、ヴェルナが得意キャラ以外を使っても十戦以上やって一回勝つのが精一杯だ。

 そう言えば、帽子のでか口だけでなくて、最近は本人が今のように話しかけてくることが多くなったな。声が小さくて油断すると聞き取れないけど。


「タケルさん、新しい創作ブナシメジ料理です……」

「む、無理してない? なんか顔色悪いけど」


 そんな中で、マルモはひたすらキノコ料理を研究しているようだ。それは成果を少しずつ出していて、店を開いたら人気店になるんじゃないか、という妄想をできるぐらいの味になっている。

 しかし、顔色が悪く、ブナシメジヘアも心なしか艶がないマルモを見ていると、出される料理を食べることそのものが重く感じる。


「マルモ、何をそんなに必死になっているんだよ」

「だって、私のキノコが増えないんです……」

「……?」


 マルモのキノコ?

 一瞬何を言われたか分からなかったが、蔵に生えている彼女たちキノ娘の分身にあたるキノコのことを言っているのだと分かった。


「増えないって?」

「見てみたら分かると思います」


 そうして俺は蔵に連れて行かれた。そう言えば、蔵の管理はワカエたちや、ワカエたちの分身のミニキノ娘たちが責任を持って行うということなので、俺は様子を見るようなことはしていなかったな。蔵の中は湿度が高くて、人間の俺としては居心地が悪いんだよね。

 今も、扉を開けるなり、むわっとした湿気を感じて入ることに躊躇してしまうほどだ。


「えっと、確かここらへんに原木があったよな……」


 ブナの原木を二つ用意して、それぞれにヒラタケとツキヨタケが一本ずつ生えていたはずだ。あと、花壇のような区画を設けて土を撒いた部分にはシロタマゴテングタケが一本あるはず。


「うわ……」


 一本どころではなかった。いつの間にかキノコの数が増えている。シロタマゴテングタケは八本だが、ヒラタケとツキヨタケは原木にかなりの数が生えている。群生していると言ってもいいかもしれない。いつの間にこんなに増えたんだ。油断も隙もない。

 そんな中、マルモは一本のブナ原木をじっと見つめていた。


「あ……」


 それには、ブナシメジが一本だけ生えていた。これがマルモにとって最初の分身であろう。


「私のはまだ増えません……」

「一番新顔なんだから、まだこれからじゃないか?」

「私がここに来た時より、他の三人の数は増えています。でも、私だけまったく増えません……」


 言っていてさらに落ち込んだのか、orzのポーズになって暗い雰囲気を纏い始めた。これはもうどうすればいいんだろうか。


「遊んでばかりいるあの子たちは順調に増えているのに、どうして私だけ……」


 あ……もしかして。

 んー、なんとなくの感覚ではあるけど、一応言ってみるかな。


「遊んでばかりって言うけど、それが大事だったりする可能性はあるかもな」

「え?」


 マルモははじかれたように顔を上げて俺を見てきた。


「マルモはさ、キノコ料理にこだわっているけど、その理由は?」

「それは……私たちキノコにとって、人間との直接的な関わりは食事です。人間の世界に今以上に受け入れてもらえるためには、食をアピールすることが一番大事だと思うのです」


 まあ、確かに一理あるな。菌類は分解者としての役割こそ大事だとは思うけど、キノコということを意識するのは食用だし。


「それだったらさ、毒キノコが入ってくる余地がなくなるじゃないか。確か、人間のことが好きすぎて、それが人間にとって毒になるんだっけ? それだと、毒キノコが可哀想だ」

「それはそうですけど……」


 マルモは食用の代表的なキノコであるから、そこらへんを考えたりすることはあまりないのかもなあ。


「よく知らないけど、キノコの世界はキノコの世界で、マルモたちみたいなキノ娘たちが生活していて、笑ったり泣いたり人間みたいな生活をしているんだろ?」

「……はい」

「それで今、その姿でマルモたちはこの人間の世界にいる。それなのに、キノコとしての関わりだけに固執するのは、たぶん違うと思うんだ」


 手からキノコを生やしたり、目が光ったり、帽子についた口が喋ったりすること以外は、人間と変わらないように見える彼女たちキノ娘。その彼女たちが俺の所に来たことに何らかの意味を見出したくなるのは決しておかしくない……はず。


「マルモはさ、もっと普通に、何て言うかな、キノコの世界にいるときみたいに生活すればいいと思うんだよ。その世界にいるときみたいに、笑ったり泣いたりしてさ、そうすればきっと何かが変わるような気がするんだ」

「……今までと変わらない生活をして、何かが変わったりすることがあるのでしょうか?」

「少なくとも、この世界では何かが変わるんじゃないかな?」

「…………」


 マルモは一本だけ生えた自分の分身をしばらく見つめていた後ゆっくりと立ち上がった。その時に俺に見せた笑顔は、今までのようなかたい笑顔ではなかった。


「分かりました、そうしてみます」

「うん、それがいいんじゃないかな」

「あの、一つ我儘を言ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろん」


 今まで遠慮がちだったマルモが俺に対して初めて我儘を言うとなったら、それは叶えてあげなければなるまい。


「それではタケルさん、申し訳ありませんが、大理石製の机を買っていただけますか?」

「……え?」

「私、大理石が好きで好きでたまらなくて、家でも大理石の家具ばかりでして」


 そう言えば、我が家には大理石製の家具はなかったな。


「……わ、分かった。今度アンティークショップに行ってみようか。俺の近くにいたら実体化を保てるんだよね」

「はい、大丈夫です。だから、明日がいいです」


 なるほど、これは確かに我儘だ。

 だが、こういう我儘は可愛くていいんじゃないかな。

 ふとマルモの分身が生えている原木を見たら、さっきまで一本だったはずだが、小さなブナシメジが新たに生えていた。

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