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10 そして、四人目

「うぬぬぬぬぬ……」


 ワカエがテレビを見て唸っている。

 今テレビに映っているのは夕方ニュースの特番で、テーマはキノコだ。秋の味覚ということで、定番の料理特集として取り上げられていたわけだ。ワカエたち三人は自分たちがどのような取り上げ方をされるのか気になっているようで、新聞で特集の内容を見た三人はテレビの前でそわそわとしていたのであった。


「ボクはこのテの番組で出番ないのは分かっていたけどねえ」


 ヴェルナのでか口が悟ったような感じで言う。まあ、毒キノコのシロタマゴテングタケは料理特番ではおよびではないだろう。

 うちにいるもう一人の毒キノコであるツキヨタケはというと、この時期食用キノコと間違えられる毒キノコの代表格であるために、特番では「毒キノコに注意」とおどろおどろしい感じで紹介されていたので肩をすくめている。


「分かっていたけどね。でも、人間も少しは注意深く見てほしいかな」


 まあ、毒キノコの扱いはこんなもんだ。こうなるのは分かっているのに、実際の内容を見るまでそわそわしているあたりは可愛いと思えるのだが。


「ワカエはいいよねえ、食用キノコだから取り上げられていてさ」


 でか口が白々しい口調で言う。なぜそんな口調かというと、さっき近年のキノコ栽培のデータが画面に表示されたわけだが、ヒラタケの生産量・生産額は、かつては三位だったのに、今では八位ぐらいにまで下がっていたからだ。


「昔はヒラタケはシメジって名前で売られていたんだよね。シメジじゃないけど、色々な経緯があって商品名がシメジってなったんだよね。ヒラタケって名前だとぴんと来ないけど、シメジだったら食用って分かりやすかったんだよ、当時は。今となってはヒラタケはあまり見なくなったなあ」


 番組中のキノコ農家のインタビューのこの発言にワカエはご機嫌斜めで唸っていたのだ。ヒラタケのかわりに今ではブナシメジが台頭し、今ではエノキタケに次ぐ生産量二位で、生産額でも生シイタケに次ぐ二位らしい。そのことが番組で流れるとさらにワカエの機嫌が悪くなる。

 なお、味シメジと言われるシメジはホンシメジだが、ブナシメジの商品名はかつてはホンシメジだったらしい。ここらへん、詐欺や偽装じゃないかと素人考えながら思ってしまう。実際、そう思う人が結構いたのか、マツタケを含めて商品名の表示に規制がかけられたそうだが、シメジ=ヒラタケ、ホンシメジ=ブナシメジというイメージはまだ根強いようだ。


「まあ、ヒラタケも根強いファンがいるって話だし、それに実際美味しいじゃないか。そう気にしてなくもいいって」

「ぶー」


 口を尖らせているが、少し機嫌が直ったようだ。最近は、見ただけでワカエの機嫌や感情がある程度分かるようになってきた。


「そうそう、食べられて愛されているだけボクたちより恵まれているじゃん」


 でか口の言葉には感情がこもっているように感じられるが、ヴェルナ本人は相変わらず澄ました顔で表情が読めない。でか口がそこそこ雄弁なだけに、そのギャップがミステリアスだ。


「気にしないことにするね。なんか考えこんだらお腹すいちゃった。タケル、今日の夕食は何?」

「白米、紀州蜂蜜梅干し、冷凍ハンバーグ、キャベツの千切り、そしてブナシメジの味噌汁……」

「タケルのバカー!!」


 ワカエが俺の頬をぐいっと引っ張る。わりと痛い。


「よりによってブナシメジって! 乙女心を全然分かってない!」

「いや、献立は最初から決まってたし!」


 今日の献立は昨日の買い物の時点ですでに決まっていたから、ブナシメジについて文句を言われても困る。


「今日は三日前に献立を決めたときからブナシメジ味噌汁の気分なんだよ」


 俺は鍋に水とブナシメジを入れてガスコンロを点火する。

 水から煮てしっかりとキノコの味を出す。そして、具はジャガイモと油揚げ。これに赤味噌を使うのが俺のブナシメジ味噌汁レシピだ。


「ブナシメジはクセのない味だから使いやすいんだよ。大きさもちょうどよくて食べやすいし。キノコと味噌汁の相性は抜群だけど、俺はシイタケの次ぐらいにブナシメジの味噌汁をよく作っている気がする」


 シイタケとブナシメジはスーパーで売っていることが多いしね。ヒラタケはその二つと比べると見かける頻度が少ない気がする。エノキの味噌汁はキノコ味噌汁の中ではちょっと落ちるかな。エノキはやはりすき焼きが大正義だ。


「さすが、よく分かっていらっしゃいますわ」


 突如聞き覚えのない声が響いた。


「この声は……!」


 ワカエが何かを言おうとした瞬間、俺の目の前の鍋から白いものが飛び出してきた。

 それは人間の生足で、きめ細かい肌から女性のものと推察される。


「この展開、前にも見たぞ……」

「よっこらしょっと」


 そう、ワカエが初めて出現した時と同じ光景だ。あの時と同じく、鍋から全裸の少女が出てくるという非日常の光景だ。

 今回は、全体的に細く、均整のとれたスタイルの持ち主だ。スマートという言葉がよく似合う。ただ、ワカエの胸が大きいのに対して、非常に慎ましいものをお持ちのようで、パッと見ただけでは膨らみをわずかにしか見ることができない。


「……その目線と残念そうな表情は何でしょうか?」


 目の前の少女は胸を両手で隠し、にこにこと微笑みながらも唇が震えている。なぜか怒っていらっしゃるようだ。


「大丈夫。女性の価値は胸では決まらない」


 俺は親指をグッと立てた。それに対して、ワカエはその少女を指さしながら笑い転げ、俺はその少女に回し蹴りをくらって台所に倒れ伏した。




「いや、なんというか、裸で出てきたのはそっちなのに、この扱いは理不尽な気がするんだよ」

「裸を見られたことは怒っていませんけど、さっきの言葉はないと思います! もう!」


 俺は正座させられていた。

 そんな俺の前には、先ほどの少女が服を着てぷりぷり怒っていた。

 ボブカットのようで頭全体のボリュームが大きくなるようにふわっとなっている髪が目立つ。何より、その薄い茶色の髪の頭頂部に妙な色のムラがある。あれだ、大理石のような模様だな。ブナシメジと同じ特徴か。

 そう、つまりその少女はブナシメジの精霊らしい。名前はヒプシー・マルモなので、マルモと呼ぶことにする。


「マルモ、一体何の用?」


 ワカエがジト目でマルモに問いかけると、マルモは薄い胸を張る。


「そこの殿方に興味がありまして馳せ参じました。聞けば人間が食せるキノコはヒラタケのあなただけで、他の二人は毒キノコではありませんか。人間と深い関係を持ち続けてきた食用キノコとしては、ワカエだけに任せてはいられませんわ」


 そして、マルモは俺の左腕に腕を絡めてきた。これがワカエなら左腕に胸が当たって幸せなのだが。


「キノコの素晴らしさ、そしてブナシメジの素晴らしさを私が教えてさしあげますわ。私たちをこうして実体化させるタケルさんの力があれば、私たちブナシメジは今以上に人間たちに愛されるでしょう」


 鈴の音のような綺麗な声と大きな瞳が俺をとらえる。

 だが、俺はマルモの腕から逃れる。


「タケルさん?」

「まあ、そう慌てないでよ。俺と一緒にいるそこの三人のキノコたちも、実体化した以外は大きな変化がないようだし、あまり大きな期待をされても困る」

「私たちを実体化させるだけでもすごいですわ。その三人よりも優秀な私に目をかけていただければ、きっとタケルさんの力が私をさらなる高みへと導いてくれるはずです」


 その言葉に月夜とヴェルナが反応する。


「私たちは優秀じゃないとでも?」

「ボクたちの毒は半端じゃないぞ」


 二人が詰め寄るが、マルモは涼しい顔だ。


「毒キノコのあなたたちが人間のタケルさんと関わっていることがそもそも好ましくありません」

「あら、それは聞き捨てならないわね」

「ボクたちに喧嘩を売っているってことだよね、それ」


 なんか険悪な雰囲気になってきた。俺は慌てて三人の間に入る。


「まあまあ、俺は食用キノコでも毒キノコでも特に問題ないと思っているぞ。」

「さすがタケル」

「ボクたちのことをよく分かっているよね。人間が好きだから、テンション高くなってちょっと毒になっちゃうだけで」

「いや、多少は自重してくれた方がいいんだけど……」


 それを聞いたマルモが何か言うかと思ったが、軽く肩をすくめただけだった。


「そう言われると思いました。キノコを差別しない姿勢は素晴らしいと思います。ヴェルナがおとなしくしているだけありますね」

「え? ヴェルナは元からいい子だろ」


 俺の言葉にヴェルナの目がいつもよりも赤く光った。うーむ、相変わらず何を考えているか分からない。


「ただ、私もようやくここに実体化できた以上、キノコとしての格を上げるべく精進する所存です。タケルさん、私、マルモをよろしくお願いしますね」


 なんか三つ指ついて頭を下げてきている。これはもう、断れない雰囲気が出ている。えーと、どうしよう。


「いいんじゃない? どうせ、断れないでしょ?」


 ワカエはため息をつきながら俺に助け舟を出してきた。毒キノコの二人は反対するものかと思ったが、俺の判断に従うらしい。

 こうして四人目のキノ娘が家に住み着くことになったのである。


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