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命は軽い

作者: イカ

「陽だまり」、「墓地」、「深夜、ある部屋の肖像画」、「命は軽い」と4つの詩が入って、一つの作品という形です。

「陽だまり」


 あなたをはじめて目にしたとき

 ちょうど太陽と月のようだと思いました

 透き通るすすき色を下地に

 涼しげなみぞれ色が複雑に入り組んで

 そんな出会いも束の間

 拾われてすぐに炬燵に駆け込んだあなたを見て

 図々しさと愛らしさに

 こみ上げてくる微笑ましさを隠せませんでした


 こうして 我が家に住み着いた

 いつも寝ぼけ眼のあなたは予想通りの睡眠魔

 光の指す窓際のカーテン裏で

 柔らかな陽を 無防備なお腹に浴びながら

 手足をだらけさせて 平和を噛みしめるようなあくびをして

 毛布に溶けるように眠っていました


 そんなあなたはそのまま深く眠ってしまったようです

 せっかくの白い体が汚く赤錆びて ただの物質に成り下がり

 あんなに ねだったキャットフードに手を付けず

 今は棚の上で 物言わず僕たちを見下ろしています


 あなたの声はもう二度と聞こえないようでいて

 その 猫らしくない 生まれたばかりの子猿のような

 変に甲高い声が 私の肉の中を駆け回りますし

 あなたの体にはもう二度と触れられないようでいて

 その 太陽の温かみを存分に吸った体温と

 柔らかな毛並みは 私の掌で静かに息をしています


 雲の上でもあなたは相変わらず

 陽だまりに寄り添って静かに寝息を立てているのでしょうか

 あなたひとりの命に振り回される世の中ではないけれど

 我が家は少し静かになりました

 あなたのいない窓際には陽だまりだけが横たわっています







「墓地」


 暗闇の中

 懐中電灯の灯で 灰色に浮かび上がった墓地

 その中でやはり一際に光るあなたの墓

 しおれていたはずの花束が

 手向けられた当初のように咲いている

 

 怪訝に思って花束に触れると

 花束はあなたに変貌し

 僕はあなたと邂逅を遂げる

 僕を置いて息絶えた

 すっかり血液の冷えたあなたが

 生前と変わらぬ容貌で

 生前と変わらぬ感触でそこに存在する

 そのことに僕は

 安堵と 落ち着かぬ苛立ちを覚える


 死人は死人だ 墓に眠れ

 懐中電灯を必死に振り回し

 あなたを模した彼女を追い払う

 俄かに偽物の皮膚が溶けて空虚な骸骨になり

 がらりと崩れる渇いた頭蓋骨に夢を覚まされる


 次第に暗闇がぼんやりと灯り始める

 その穏やかな夜の終わりに

 僕は今日も打ちのめされるのだ







「深夜、ある部屋の肖像画」


 月は朧気に揺れて 温い月光が夜に溶ける頃

 深夜に冷える応接間で

 一人の男が安楽椅子に体を預けていた

 涙の枯れた赤く腫れぼったい目は

 電気椅子に腰かけた囚人と同じ感情が宿り

 花のしおれた花瓶をじっと睨んでいる

 

 彼の背後には 誰かの肖像画

 美しい肖像画は垂れた目尻を

 永久の微笑みを彼に向けている


 開け放ったままのドアの向こう

 暗闇から 床を叩く無機質な音が鳴る

 時計の鐘の揺れる周期と合わせて音は増幅し

 ちょうど扉の前に来たところで途絶える

 

 途端 肖像画は変容していく

 肖像画の絵具が じわりと浮きはじめ

 肖像画が単なる絵具の集合に変わりゆき

 溶けて混じりあい 薄ぼけていく

 そうして それら一切の運動が無音で終わりゆく


 いつの間にか椅子にもたれ寝ていた男は

 窓から太陽が差し込む頃に きっと目を覚ますことだろう

 そして 彼が気まぐれに

 愛でようとする目付きで絵を振り向いてみたとして

 その絵の異様さには きっと何も気づかないことだろう







「命は軽い」


 命はまるで風船のようで

 気を抜けば風に煽られて

 手の届きようもないどこかへ

 地上の人々を置いて飛んで行ってしまう

 ちょうどそのように きっと誰かは死んだのだ


 命はまるで石ころのようで

 気が付けば歩道に放り投げられて

 通りすがりの見知らぬ誰かに

 何の気無しに蹴り飛ばされてしまう

 ちょうどそのように きっと誰かは死んだのだ


 重量は ありがたがれる金属の半分すら満たさず

 ありふれたそれらの単価は兵器に劣り

 水たまりを微かに揺らす一滴にも如かず

 たかが数グラムの粉末に脆く壊される


 轢かれて死んだ犬の死体が

 翌日 跡形も無く消えていた


死を初めて実感した気持ちを残してみたかったのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良いですね。素晴らしいです。 言い回しや表現、世界観が独特でとても素晴らしいです。 [気になる点] なし [一言] 私が読みたかったような、探していたような事が書いてありました。 気…
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