プロローグ
朝の訪れを告げる鳥のさえずりに、頬を刺すひんやりとした感触に、テントで眠りふける
一人の青年がフっとその意識を浮上させた。
目尻を押さえながら薄暗いテントの中で木箱が密集しておかれている場所に手を伸ばし
その箱の中から目的の物を手に取るとそれを口元に寄せた。
同時に喉にツンっとした冷気が流れ、一夜にして乾いた口元をやさしく水のカーテンが
展開し、青年の乾きを潤した。
「ふぅーさてと、仕事でもしましょうか」
青年、アレイス・ルイナ・ルイスは手際よくテントの中に広がる寝床を木製の箱に
収めると、スタスタとテントから身を乗り出し、一歩か二歩の距離をテントからとると
振り返り、テントを眺めて言った。
「リド、もう変化を解いていいよ?」
アレイスがテントに向けてそう言い放った瞬間、テントの方向から声が上がる。
「いいのか? 今ここで私が変化を解けば間違いなく中にある所有物が消滅するぞ?」
「別に構わないよ。必要な物は別の奴に預けてあるし、作ろうと思えばいつでも作れるからね
ソレよりも今はエルフの里へ急ごう。あの里の連中、特に族長補佐官は時間にうるさいんだ。
太陽の位置から考えて、向こうに着くのは夕暮れ、約束の刻限は日の沈む前だから急がなくっちゃ
いけないんだ。まぁーそう言うわけで、中の物は処分でいいよ」
黒い色の瞳と長い黒髪を持った青年はそう続け、茶色のローブを外にあった馬車から手に取ると
着込み、馬車へと乗り込んだ。同時に背後から声が上がる。
「アレイス殿の命令に従おう、それではまた、機会がありましたら及びくだされ。では……失礼」
背後から聞こえた声は激しい風と共に掻き消え、同時にテントがあった場所には散り一つ残さず
その姿を消していた。アレイスは欠伸を浮かべながら、何時ものように馬車の手綱を手に取り
馬ではない、奇怪な四足方向の白金の毛並みをした動物に鞭を打つ。
「ギャアアアアアア、グウゥゥゥゥl」
その奇声と共に馬車は走り出し、加速して森の果てへとその姿を消した。
□□□□
馬車が走り出して、7時間。馬車はその足を休め、大きな門の前で止まっていた。
門前には数人の弓をこちらに構える耳の長い種族が立ち並び、青い瞳でこちらを見ている。
普段なら、このような警戒態勢に入る前に門の中へ通され、事を済ますのだが、今日は少し
何時もと状況が違った。一つに門前を守る警備兵がいつものお嬢さん方ではなかったという
事なのだが、いささか面倒な事になった。
アレイスは笑みを浮かべながら手を上げて、誤解を解こうと動く。
彼らは人間嫌いで有名だったが、話がわからない種族でもない。
自分たちの利益につながる話なら喜んで受けるし、やたらめったら人を殺したりしない。
彼らは秩序と平和を重んじる部族なのだ。そんな彼らが人を恐れ、人を憎む理由は人が
彼らを狩るからだ、もちろん国はそんな事を認めてはいない。しかし密猟者や
貴族たちの欲望の対象として捕縛される事が多々あるのだ、この集落に住まうエルフたちも
そう言った人間たちの迫害を受けて今に至っている。
「リエナにアレイスが来たと報告してくれないだろうか?」
門に展開する男と女の美しいエルフたちにそう言い放つとエルフは顔を互いに
向かい合わせ、小言を口走る。
「リエナ様を呼び捨てにしたぞ!? この人間、命知らずなのか?それとも
リエナ様と何か縁がある人間なのか?」
「とにかくこの事をリエナ様に報告しなくっちゃ」
「バカ言えよ! 俺たちエルフの里を人間に見られたんだぞ?
このまま返すわけにはいかない!」
「それもそうだけど……やっぱりリエナ隊長に報告したほうが……」
「バカ、そんな報告してどうする。俺たちがこの男をここで始末してしまえば
リエナ隊長に無駄な動力を使わせずに澄むし、俺たちが人間を退治したとなれば
俺たちへの評価も変わるだろ? だからこれはチャンスなんだよ」
「で、でも……」
「とにかく報告は無し、ここで奴を片付ける」
そう言い放つと、四方にエルフたちが展開し、弓をこちらに構えだした。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
アレイスは思わずそう吹くと、馬車から飛び降り、地面に着地した。
それを見て、エルフたちの射られた矢が、一斉にアレイスの身体を捕らえようと
放なたれ、周囲に音を立てながら突き刺さる。
「うぁ! 打ってきたぁぁぁ!」
右へ左へ逃げるアレイスになおも矢は容赦なく放たれる。
見境のなくなったエルフほど怖い者は無い、そう思いつつもアレイスは足元にあった石を
手に取り、そのまま木の陰へ逃げ込むような形で飛び込んだ。
同時に、木に無数の矢が突き刺さる。
全身に心臓の鼓動が響き、血液が沸騰するような感覚がアレイスを襲う。
(はぁー前にも一度こんな事があったけか? まぁーあの時の方が今よりも
やばかったけどね。で、どうするか……)
耳に背後で刺さる矢の音が響く中、アレイスは頬をわずかばかり指で描いた。
同時に、足元に先ほど拾った小石で丸い楕円を描く。続いて中央に門を描き
奇怪な文字を記す、最後に門の描かれた中央に草木を乗せると声を漏らした。
「さてと、自己防衛をしないとそろそろやばい、というわけで、あの子達には悪いけど……」
アレイスは黒い眼で魔方陣を見つめ、同時に両手を魔方陣の中央に添えると
再び言葉を紡いだ。その声は重く、空間に冷気を走らせる。
「無は生、生は無、理より生み出されし生命の息吹よ、我、時空の創造者にして
生命の化身の名の下に、その姿を我の前に示せ」
言葉と同時に足元に描かれた魔法陣が緑色の光を上げ、突如激しい風を巻き起こすと
一筋の閃光が空間を包み込んだ。その光にエルフたちは一瞬目を閉ざし、同時に
大きな暴風が空間に駆け抜けた。
アレイスはその風の中、魔方陣の頭上に立つ大きな灰色の獣にまたがり
エルフたちの前にその姿をさらけ出すと、声をもらした。
「君の名前は何て言うんだい?」
足元にある狼のようなりりしい顔つきの獣がはりのある声で返した。
「俺はレグルス。獣の守護者。古の契約陣より呼ばれし聖獣なり。主はそなたか?」
「あぁ、多分そうなる」
「承知した。では、我を何をなすためにこの場に呼び出された」
「あの子達を殺さず気絶させてほしくて僕は君を呼び出したんだよ」
「理解、承知」
「じゃー始めようか」
「御意に」
瞬間、魔物はレグルスを乗せ、エルフたちの下へ加速した。