6,全部残してやるんだから
次の日、私はエッダを連れ、買い物のため街へ出た。
レイーラはいつも俯きがちで、前髪も目元を隠すように伸ばしていた。これを機に前髪を切ってもらおうと決め、せっかくなら新しい化粧品や髪飾りでも買おうと思ったのだ。
……まさかそこで、セズデスと令嬢が楽しげにデートしている場面に遭遇するとは、夢にも思わなかったが。
(ほ〜〜んと、クズの極みね。ここまで来ればいっそ清々しいわ)
「お、お嬢様……。今日はもう戻られますか?」
気遣うエッダに、私は首を横に振る。少し離れた場所から二人を窺うと、白い三角屋根の喫茶店の入口でメニューを眺めているところだった。
後ろから同じように様子を見ていたエッダが、
「あそこは最近人気のお店ですね。なんでも“恋人限定のカップルメニュー”というものが出来たらしく、ご令嬢方の『婚約者と来たい店』として評判だそうですよ」
と小声で教えてくれる。
(浮気相手でも、本人達が恋人と言い張るのなら恋人なんでしょうね。婚約者はこうして物陰に隠れて見ているわけだけれど)
私は思わず鼻で笑ってしまう。
やがて二人が店へと入っていく姿を確認して――いい考えが浮かんだ。
「エッダ、この近くに帽子屋はあるかしら?」
「え?はい、確か。この角を曲がって三軒先に帽子を扱う店があったかと」
「よし。先にそちらに行きましょう!」
「えっ!?お嬢様!?」
私はスカートの両端をつまみ、小走りくらいの速度で歩き出す。
本音を言えば全力で走ってしまいたいところだ。けれど、この世界で令嬢がスカートをたくし上げて走るのは流石に品がない。
姿勢だけは優雅なまま、競歩のようにカツカツと踵を鳴らしながら店に向かった。
店に着くと、今着ている地味なワンピースにも合い、なおかつガーデンパーティーの時のように飛ばされないよう、首元で結べるリボンの付いた大きめの帽子を見繕ってもらう。
店員にはこのまま被っていくと告げ、エッダに髪をまとめてもらって帽子の中へ入れて隠した。エッダにも似たような帽子を被らせ、私達は再び、二人の入っていった喫茶店へと戻る。
店に近付くと、テラス席で談笑している二人が見えた。人目を憚る気もないのかと、思わず頭を抱えたくなる。
私達は店内に入り、テラス席を希望する。店員から「好きな席におかけください」と案内され、外へ出た。
今人気の店ということもあって、テラス席もなかなか賑わっている。丁度狙っていた席が空いているのを外から見ていたため、迷うことなくそちらへと向かう。
――セズデスの、すぐ真後ろの席。
私は迷わずそこを選んで、背中を向ける形で腰を下ろした。
かなりの至近距離ではあるが、こうすれば逆にセズデスの視界に入ることはない。素知らぬ顔をしながらも、心臓はバクバクと落ち着かないが。
(でも、こういう時ほど普通にしていた方が気付かれないものよね。挙動不審にしている方が目に付くから)
セズデスはエッダの顔を知っているため、極力帽子や髪で顔を隠すようにして座ってもらう。
注文を取りに来た店員にはエッダが対応し、そのついでにチップを渡すから紙とペンを借りられないかと頼んでもらった。
店員は快く用意してくれた。それを受け取るやいなや、私はすぐさまペンを走らせる。
一心不乱に書き付ける私の姿に、エッダが不思議そうに首を傾げる。ちらりと紙を覗き込んだ彼女は、飲んでいた紅茶を吹きそうになり、慌てて口を押さえていた。
なにせそこには、今まさに話しているセズデスと令嬢との会話が、速記録のようにびっしりと書き取られていたのだから。
元々、私は偏差値の高い高校の特進クラスに在籍していた。そこに一人、とてもクセのある先生がいた。
授業のスピードは異常なほど早く、黒板に文字を書きながらも口頭で説明される情報量が多いのだ。しかも、その黒板に書かれなかった説明が実は重要なものばかり。生徒達からは悲鳴が上がっていた。
結局、安直かつ単純な思考へと辿り着いた私は、「全部書き取ればいいじゃない!」と考えた。その結果、こうして早く正確にメモを取る技量を身に付けたのだ。
渡されたメモ用紙は、そう大きくはない。すぐにびっしりと文字で埋まり、枚数を重ねていく。
二人が馬鹿な話をすればするほど、誰かを罵って悪し様に言えば言うほど、そしてそれぞれが己の婚約者を嘲笑すればするほど……膨大な証言の記録が積み上がっていった。
小一時間ほどお茶を楽しんだ二人は、鼻につくような甘い残り香を置いて、仲睦まじく店から出ていった。以前どこかで嗅いだことのあるその臭いはあまりにも強烈で、つい手で鼻を覆ってしまう。
(あぁ……頭が痛い。胸焼けしそうなほど臭かったわ。せっかくの紅茶の香りも楽しめやしないじゃない……!)
テラス席のため、最後まで顔を見られないように気を付ける。立ち去る彼らからしっかりと顔を背け――暫く経ってから、私は堪えきれずに笑い出した。
「あはは!たった一時間程度で、よくもこんなにペラペラと話してくれたわね!流石に手が疲れてしまったわ」
そう言って、もうすっかり冷めてしまった紅茶に口をつけた。エッダは目をぱちぱちとさせながら、要点と会話の流れがしっかりと書かれた紙束を呆然と眺めている。
(盗み聞きなんて褒められたことではないけれど。でも、全然罪悪感が湧かないわね……。浮気調査をしている探偵みたいな気分だから?実際、本当に浮気されている側だものね)
エッダにも気付かれないよう、小さく鼻を鳴らす。
書き上げた紙束をトントンと揃え、エッダに持たせているバッグの中に仕舞ってもらおうと考えていると――突如、ぬっと影が落ちた。
驚いてハッと顔を上げる。そこには、レイーラの記憶の中で見たことのあるような令息が、静かな眼差しでこちらを見下ろし佇んでいた。
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前日に完結しました長編:
【 リディヴィナ王国の調べ ~声を奪われた歌姫の復讐は、既に果たされている~ 】
※ネット小説大賞 運営チームより感想をいただきました(ありがとうございます!)
新作短編:
【 不仲と噂の婚約者が、紅茶をかけられた私を見てブチ切れました 】
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こちらもご覧いただけますと幸いです( .ˬ.)"




