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4,絶対に許さない


 私とレイーラ。正反対の性格の私達が、同じように理不尽に踏み躙られ続けてきた事実。


 私の憧れた少女が受けてきた仕打ちを見て、レイーラの悩みや嘆きを知った今――私の心には一つの確信が生まれていた。

 

「怒っても、黙っても。反論しても、従っても――あの手の人間は、自分主体でしか考えない。都合のいいことしか求めないのだと思い知ったの。こんな大怪我を負わせておいて、謝罪がないどころか嘘をつくなんて」

「お、お嬢様……っ」


 彼氏や家族、周囲にも反論し続けて、可愛げのなかった私が相手ならまだ分かる。


 けれど、家族思いで、婚約者にもずっと付き従うように耐えてきた健気なレイーラが、あんなふうに悪し様にされていいわけがない。

 

「お父様は、侯爵家と縁が出来て喜ばれたことでしょう。けれど、あんな息子をよしとしている家と縁が出来たところで、我が家門に一体どんな得があるのかしら」


 ふと、レイーラの記憶の中にあるランディーニ侯爵家でのひと時が頭を過った。


 セズデスがあんな男でも許されている、その要因の一つ。いつもレイーラを見下ろし、真っ赤な唇を吊り上げて嘲笑う一人の姿が脳裏に浮かび上がる。

 

「セズデス様が次期侯爵家当主だなんて、下手をすれば厄介事に巻き込まれる可能性だって大いにあるわ。もしそうなれば、格下の伯爵家は逆らえない。そんなの本末転倒よね」


 いつも以上に饒舌(じょうぜつ)な私の様子に、エッダは目を瞬いた。それは間違いなく、ここにいるのがレイーラではなく私の魂だからなのだが、それを知る由もないエッダは大層驚いているようだ。


 私は苦笑いを浮かべ、


「夢の中の少女も、私も、あんな非道な人達に弄ばれて言うことを聞いている必要なんて欠片もなかったのね。私、こんなに傷だらけになってしまったけれど……ようやく分かったの。――セズデス様には嫁げない。お父様には、きちんとそう伝えようと思うの」


と言い、力強くエッダの手を握り締めた。

 

 エッダは安心したのか、ぽろりと一粒涙をこぼし、「申し訳ございません」と指で拭う。


(私はあの子のように、黙ってなかったことになんてしてやらない。セズデス――いいえ、あんな男、クズデスで十分よ!絶対に許さないんだから)


 私は決意を胸に、エッダを優しく包み込むように抱き締めた。




 それから数日間は安静にしつつ、私は混ざった記憶の整理に専念した。記憶が薄れないよう、優里の頃の出来事、そしてレイーラの過去、その両方を書き留めていく。


 そうしてある程度、怪我の具合がよくなってきた頃。私はリハビリがてら、週末手前の一日だけ学園に行くことを決めた。


 父に話すと決めたものの、表面的に繕っているセズデスの実態を伝えるためには、それなりの証拠が必要になる。そのためにも、金曜日は何としても出席しておきたかったのだ。




 学園に到着すると、すぐに様々な視線を向けられた。


 頭の包帯は、念のためにまだ外せていない。それも相まって、私は異様に目立っていた。


 ガーデンパーティーには大勢の令息令嬢が出席していたため、レイーラが大怪我をしたことは既に周知の事実なのだろう。

 

(クズデスは自分の失態にならないように、「レイーラが一人で勝手に転んだ」って説明しているのよね?あぁむかつく!)


 失態どころか、故意に突き飛ばしたというのに。一緒にいた令嬢も口を(つぐ)んでいるに違いない。


 そのせいで、向けられる視線の多くは予想通りこちらを小馬鹿にしたものばかり。


 しかし教室に着くと、仲良くしてくれていた二人の令嬢が、心配そうに駆け寄ってきてくれた。


 どんどんと立場が悪くなっていくレイーラに、変わらず声をかけてくれる彼女達。本当に心根の優しい人達なのだろう。

 

 だからこそ、これから起こすことに彼女達を巻き込むわけにはいかない。私は、何も心配ないと朗笑を浮かべ、席に座った。

 


 いつも通りに授業を受け、令嬢達に断りを入れて昼食を一人で取り、そして帰宅のために馬車を待つ。

 

 なんてことない一日で終わりそうな、帰宅するだけの時間。


 そんな穏やかなひと時に、こちらの思惑通り、不快な気配が近付いてきた。くすくすと笑う、下品な高い声のオマケ付きで。


「やぁ。随分な怪我だったみたいだな」

「……えぇ」


 思わず「お陰様でね」と言いそうになる言葉を、私はぐっと飲み込む。体はレイーラでも魂は私のため、喧嘩腰で口数が多くなりそうになるのを必死で我慢する。


(今はまだその時じゃないわ。ここで関係を(こじ)らせるのは悪手だもの。私は最後まで“被害者”で在り続けなくちゃ)


 俯き目を逸らす私の反応に、セズデスは鼻先でせせら笑った。


「こんな間抜けな女が婚約者なんてな。俺はなんて可哀想なんだろう」

「本当ですわね。大袈裟に包帯を巻いて、みっともない。わたくしでしたら恥ずかしくて、暫く登校出来ませんわ」


 二人から嘲笑を向けられ、私は顔を伏せる。前髪で目元を隠しつつ、一瞬だけちらりと視線を上げた。


 横にいる令嬢は、どうやらあのガーデンパーティーの時にセズデスの隣に立っていた令嬢とは違うようだ。

 

(貴女の隣に立つ男に突き飛ばされて負った怪我ですよ、って教えてやりたいわね)

 

 そんな悪態を胸の内に留め、代わりにスカートの裾を掴んで紛らわせる。

 

 二人は、侮辱されたことへの羞恥で震えていると思っているのか、面白そうに笑っている。実際にはそうではないのだけれど。


(スカートが引きちぎれる前に、さっさと用件を言って何処かに行ってくれないかしら!?こっちはぶん殴らないよう、必死で我慢してるんだから!)

 

 ムカムカしながら待ちくたびれていると、やっとセズデスから話があると言われた。


 セズデスは令嬢に少し離れているよう伝える。周囲に誰もいなくなったのを確認すると、私の耳元で低く囁いた。


「俺の書斎に書類を積んでおいた。いつも通り、週末の内に片付けておけ」

「……承知いたしました」


 私は侍女のように頭を下げる。


 彼からいいと言われるまで頭を上げてはならないと教え込まれたレイーラは、ずっとその体勢のまま立ち続けていなければならない。

 

 セズデスは満足するまでその姿を見下ろす。暫くしてからくるりと体を(ひるがえ)し、一緒にいた令嬢の名を呼んだ。

 

 セズデスから「いい」と言われることのなかった私はずっと頭を下げたまま。こちらを見て笑う令嬢の声と共に、二人は何処かへ去っていった。

 

 足音が完全に遠ざかり、二人の姿が視界から消えたであろう時間をしっかりと待ってから、私はゆっくりと顔を上げる。


「はぁ〜〜、やってらんないわ。本当にこの子、よくあんな男と一緒にいたわよね。……って、私がこの子になったように、もしレイーラが私になっていたら同じように思われていそうだけど」


 私は、レイーラらしからぬ表情で「けっ」と怒りを吐き出して――それから、したり顔でほくそ笑んだ。


(全部、私の狙い通りよ。クズデス、笑っていられるのも今だけなんだから……!)

 

 直々に「やれ」と頼まれたのだから、行かないわけにはいかない。


 明日は、セズデスの書斎のある場所――つまり、ランディーニ侯爵家へと足を運ぶことが決まった。



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