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3/5

3,二人分の気持ち


 それは私達が入れ替わる前の、とあるガーデンパーティーでのこと。


 

 本来ならレイーラの婚約者であるはずのセズデスは、別の令嬢と並んで歩いていた。


 レイーラはその三歩後ろほどに控えていた。さながら令嬢の侍女が付き従うかのように、静かに二人の後を追う。


 周囲からは嘲りの視線が刺さる。それでもレイーラは、しずしずと分を弁えた令嬢として歩き続けていた。

 

 見晴らしのいい庭園で、レイーラはさぞ笑いものになっていたことだろう。


 

 その時、ふいに風が強く吹き抜けた。


 顔を隠すようにと深く被っていた帽子(クロッシェ)が、ふわりと宙に舞う。


 地面に落ちた帽子(クロッシェ)は、そのつばの丸みで庭園の石畳をコロコロと転がっていってしまう。レイーラは慌ててそれを追いかけた。

 

 そうして、ある一組の令息令嬢の足元にぶつかって帽子は止まった。令息はそれを拾い上げて砂埃を丁寧に払うと、レイーラの元へと向かって来た。

 

 慌てて身嗜みや髪を整えていると、令息はレイーラの頭にそれを優しく被せてくれた。


 ()せ返るほど甘ったるい香水の匂い。予想外の香りに驚きつつも――家族でもない男性から優しくされたのが久しぶりだったレイーラは、たったそれだけのことで感極まり、じわりと涙を浮かべてしまう。

 

 お礼を述べるために顔を上げようとした、その時。


 追ってきたセズデスに、ぎりりと腕を捕まれた。


「鈍臭いやつだな。早く来い」


 そう言われ、きちんとした挨拶や感謝も伝えられないまま、レイーラは引き()るように連れていかれてしまう。


 レイーラは何とか頭だけぺこりと下げ、その場を後にした。


 

 それからセズデスに連れられたのは、庭園の片隅だった。


 そこでレイーラは、いつものようにセズデスから罵倒を浴びせられた。愚図だ愚鈍だと散々に言われ、体は萎縮し、どんどん小さくなっていく。

 

 セズデスと並んで歩いていた令嬢までも面白がって便乗し、二人は口々に暴言を吐き続けた。

 

 俯いたまま立ち尽くすレイーラが、セズデスの目には“ただぼうっと突っ立っているだけ”のように映ったのだろう。


 苛立ちをぶつけるように、セズデスはその華奢な体を突き飛ばしたのだ。

 

 地面に倒れ込み、土で汚れたレイーラを見て、二人は声を上げて笑う。


 ――が、次の瞬間、ぎょっとして顔色を変えた。

 

 レイーラの頭から赤いものがぽたぽたとこぼれ落ち、ドレスの裾をじわじわと染め上げていった。

 

 人があまり立ち入らない奥まった場所だったせいか、そこだけ丁寧に手入れがされていなかったのだろう。丁度大きな石が転がっていたらしく、そこに頭をぶつけてしまったらしい。

 

 これは流石にまずいと判断したのか。二人はバタバタと逃げていく。


 レイーラが痛む頭に手を当ててみると、その手はべっとりと赤く染まった。

 

 あまりの血の量に、レイーラは息を呑む。痛みと恐怖から意識が朦朧とし始めたその耳に、


「君、大丈夫かい!?」


と心配そうな声が飛び込んできた。


 誰がこんな自分を見付けてくれたのか。それを確かめたかったレイーラの意識はそこで途切れ――


 今に至る。


 


「私は頭をぶつけて、そこからの記憶がないの。きっと意識を失ってしまったのね」

「はい。控え室で待機しておりましたら、突然呼ばれたのです。発見してくださったご令息に抱きかかえられ、頭から血を流すお嬢様を見た時、どれほど肝を冷やしたことか」


 エッダはレイーラの片手を掬い上げると、両手でそれを握り締めて口を引き結んだ。どれだけ胸を痛め、心配してくれていたか伝わってくる。


「ごめんなさい。けれど私、今回のことはいいきっかけだったと思うの」

「こんなお怪我をされて、何をおっしゃいますか!」

「ふふっ。だって私、体調が回復したら、お父様に『婚約破棄なさって』って言いに行こうと決めたのよ」


 レイーラの言葉に、エッダはこぼれ落ちそうなほど目を見開いて驚いた。その反応がおかしくて、くすりと笑ってしまう。

 

 レイーラは、これまで家族に遠慮して「きっとこのまま結婚するのね」と諦めていた。


 何度、エッダが遠回しに別れを勧めるような言葉を口にして父へ進言を求めても、レイーラは頑なに首を縦に振らなかったのだから。

 

 そんなレイーラが、婚約解消どころか婚約破棄を強請るつもりと言えば、エッダが驚くのも無理はないだろう。


(まさか魂が変わっているなんて思わないものね)


「お、お嬢様?どうして突然……?これまで一切私の言葉に耳を傾けてくださらなかったのに」

「貴女の言葉は痛いほど分かっていたのよ。それでもお父様が決めた婚約だから、家のために嫁がなければと、自分に言い聞かせてきたの。でも――」


 そこで一度言葉を区切り、私は少し目線を落とした。そこにはまだ見慣れない、少し水色がかった銀色の柔らかな髪がふわりと揺れている。

 

 優里だった頃の心も、レイーラの想いも。そのどちらも抱えたまま、私は二人分の気持ちを語った。


「夢の中で、私が憧れていた少女は、相手にきちんと訴えかけることの出来る強い性格を持っていたの。けれど、追及すれば口煩(くちうるさ)いと嫌悪されていたわ。言い返されるたびに、怒ってばかりの自分が悪いのではと、彼女は胸を痛めていた。逆に彼女は、私のような“静かに優しく相手を受け入れられる女性”になりたいと思っていたようなの」


 私は、レイーラのような穏やかでお淑やかな少女に憧れていた。恋人の言動を優しく許してあげられる、そんな女の子に。


 何故自分はあぁなれないのかと、何度も嘆いていた。


「けれど、私は優しかったんじゃない。ただ相手の言いなりになって黙っていただけ……。決して優しさで許していたんじゃない。臆病で、何も言えなくなっていただけよ」

「そんなこと……」

「ふふっ、いいのよ。何も言わなかったんだもの、彼女のように“口煩い”と疎まれることは、なかったでしょうね」


 力なく笑みをこぼすと、エッダはぶんぶんと首を横に振った。

 

「その結果、都合のいいようにしか扱われず、大切になんてしてもらえなかった。愚鈍や陰鬱と言われて……突き飛ばされたの」

「……!?まさかその怪我は、あの男のせいだったのですか!?」


 酷い怪我をしたことしか知らされていなかったエッダに事実を明かすと、彼女は顔を真っ赤にして怒り始めた。


 セズデスは、「別行動で友人達と談笑していたところ、レイーラが転んで大怪我をしたらしい」と説明したそうだ。怪我を負わせた張本人だというのに。


 私が目を伏せると、先程よりも強く手が握られた。顔を上げると、エッダが悔しそうに唇を噛み締めていた。


「お嬢様は優しく諭すように、何度もランディーニ侯爵令息と向き合おうとなさっていました。エッダがよく存じております!それなのに、あの男は……っ!!」


 レイーラの分まで胸を痛めてくれているような、悲痛な声。私は空いたもう片方の手を、そっとエッダの手に添えた。


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