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10,よき婚約破棄を目指して


 それから伯爵は、レイーラの変化について語り始めた。


 元々控えめで物静かだったレイーラだが、セズデスと婚約してからは、日に日に俯きがちになっていった。その姿や変化に、家族も使用人達も気付いていたという。

 

「だが、ほぼ毎週侯爵家へと出入りしているものだから、きっと次期侯爵夫人としての教育が厳しいのだろうと考えていたのだ。まさか、そんな非道な方だったとは……」

「今の話が本当なら、アルジェント様がお姉様を見付けて下さらなければ、もしかしたらお姉様は……」

「……そのまま出血死していたかもしれないわ」


 夫人は伯爵に寄りかかり、目元を押さえてずっと肩を震わせている。ベニートは立ち上がり、伯爵に向かって叫んだ。


「こんな婚約、解消――いえ、破棄しましょう!お姉様がここまで仰るなんて、余程のことですよ!」


 怒りを露わにするベニートに対し、伯爵は「しかし……」と歯切れ悪そうに俯いた。格下である伯爵が、格上の侯爵家に婚約破棄を突き付けるのは、中々難しいのだろう。


「伯爵が悩まれるのももっともです。格下の家門が格上に楯突くなど、即断出来るものではありませんよね。下手をすれば、家ごと取り潰され兼ねないことですから」

「そ、そんな……っ!」


 フィルミーノ様の冷静な言葉に、ベニートは悲痛な声を漏らし、ソファに崩れ落ちた。そんな姿を見て、「大丈夫ですよ」とフィルミーノ様は柔らかく声をかける。


「レイーラ嬢の婚約者であるセズデス・ランディーニ侯爵令息が、本日、他の令嬢と逢い引きをしていました。その相手が、先日私の婚約者に決まったはずのデリツィラ・アッバティーニ侯爵令嬢だったのです」

「「なっ!?」」


 伯爵もベニートも、驚愕で口を半開きにして固まった。

 

 無理はない。格上の公爵令息との婚約が決まったばかりなのに、軽薄なセズデスにどう(たら)し込まれたのかは知らないが、人目のつくところで堂々と逢い引きしていたというのだから。

 

 フィルミーノ様に「先程の紙を」と促され、エッダに持たせていたバッグからメモ用紙の束を取り出させ、テーブルに置かせた。


「これは?」

「こちらは、二人が話していた会話の記録です。レイーラ嬢が途中から書き留めてくださっていたもので、私も一通り確認させていただきました。内容に間違いはないでしょう」


 伯爵は目を丸くし、ベニートは「これを、お姉様が……?」と驚いている。これまで黙ってセズデスの言動を受け入れていた少女の行動とは、とても思えないのだろう。

 

 二人は紙束を二つに分け、それぞれ読み始めた。伯爵が前半を、ベニートが後半を受け持つ。恐らく、ベニート側の方に、それぞれの婚約者への不満を綴った内容が含まれているはず。

 

 案の定、読み始めて僅か数分。まだ途中だというのに、ベニートはバンッと紙を叩きつけ「許せない!」と声を荒げた。


「私も、そんな令嬢との婚約は破棄したい。我がアルジェント公爵家への侮辱として、この会話の記録を買い取らせてほしい――そうレイーラ嬢に声をかけました。ですが彼女は、『こちらを無償で提供する代わりに、ランディーニ侯爵家との婚約破棄にも力添えをしてほしい』と頼まれたのです」

「だから協力者と……。そういうことでしたか」


 伯爵はふぅと息を吐き、今度は私へと視線を向けた。


「……それがお前の望みかい?」

「はい。お父様が私のために用意してくださった婚約ですから、何も言わず黙って嫁ぐつもりでいました。ですが、このまま黙って侯爵家と縁を繋いだとして、後にセズデス様が当主となるような家など、こちらがどんな扱いを受けるか分かったものではありません」


 淡々と予想のつく未来を語ると、ベニートも強く頷いた。

 

「僕もそんな酷いことをするような人を、義兄だなんて敬いたくありません。それにお姉様の言う通り、(ろく)なことにならなさそうじゃないですか。いずれ僕がこの家を継いだ時に、ランディーニ侯爵家の腰巾着だと言われるような、そんな家にはしたくありません」


 ベニートがヴァレンティ伯爵家の当主となる頃、このままいけば、間違いなくランディーニ侯爵家当主はセズデスになっているだろう。出来れば当主として、そんな家と縁を繋ぎたくないと考えるのはごく自然なことだ。


「ですから婚約解消ではなく、セズデス様有責での婚約破棄にしたいのです。私も、我が伯爵家も、一切落ち度がなかったと知らしめなければ。これまでのように、こちらばかりが非難され兼ねません」

「私はアッバティーニ侯爵令嬢との婚約を破棄したい。レイーラ嬢は、ランディーニ侯爵令息との婚約を破棄したい。お互いの情報や証拠を持ち寄り、双方よき婚約破棄が出来るようにと協力し合うことになったのです」

「よき、婚約破棄……」


 その言葉を反芻するように呟きながら、ベニートは何とも言えない顔で私達を見つめる。


「それで、これからどうすべきか話し合うため、本日はお邪魔させていただいたのです。――伯爵家当主として、婚約をこのまま継続されたいですか?」


 部屋にいる全員の目が、伯爵へ集中する。伯爵は全員の顔を見渡した後、隣に座る夫人へと視線を落とした。

 

 先程まで泣いていたからか、夫人の目元は痛々しいほどに赤く腫れている。夫人は伯爵に小さく頷き、「イラリオ様、後はお任せしても宜しいでしょうか?」と言って立ち上がった。


「お目汚し、申し訳ございませんでした。わたくしがこれ以上ここにいては、話し合いのお邪魔になり兼ねません。旦那様に全てお任せし、失礼させていただきたく存じます」


 夫人はそう言って深々と頭を下げ、部屋から出ていった。伯爵は悲しげにその背を見送った後、私の方を向いて「実はな」と話し始めた。


「我が妻ビーチェは、侯爵夫人からレイーラのことで相当嫌味を言われていたそうなんだ。社交から帰る度に、辛そうに溜息を吐いていた」


 それはレイーラの記憶をいくら(さかのぼ)っても全く覚えがない、初めて聞かされる事実だった。

 

 私は目を見開き、唇を震わせる。


「そん……な、そんな話、一度も……」

「レイーラと同じように、みなには言わず耐えていたんだ。アルジェント様の『これまでよく耐えた』という言葉に、妻も触発されたんだろうな。まさかお前に責はなく、ランディーニ侯爵夫人の嘘と隠蔽だったとは……。アルジェント様、我が妻の無礼を、どうかご容赦いただきたく」


 深く頭を垂れて謝罪を述べる伯爵に、フィルミーノ様は軽く手を上げて「構いません」と応じた。

 

 私は振り返り、レイーラの母が去っていった扉を、苦しげな思いで見つめるのだった。



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― 新着の感想 ―
まさか母親までパワハラを受けていたとは…。 こりゃあもう、モラハラ婚約者を家の評判ごとめちゃくちゃにぶち壊すしかないですね!
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