1,沈みゆく体と浮上していく体
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完結まで書ききっておりますので、安心してお読みいただけます。
本編をどうぞお楽しみください!
死ぬ直前に走馬灯を見るって、よく言うでしょ?
――でもね、私の前に流れ始めたのは、自分の人生じゃなくて『知らない誰かの人生』だったの。
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川底に沈んでいく体は錘のように重く、深く深く落ちていく。
藻掻かなければと頭では分かっているのに、疲弊しきった心は伸ばしかけた手を途中で止め――諦めた。
(私、死ぬんだ。あんなふざけた男のせいで……)
まだ青春を謳歌しきってもいないのに、意識は体と一緒に濁流へ飲み込まれていく。
私、鴨下優里が、たった十六年の短い人生を振り返ろうとした――その時。
霞みゆく視界に、突如鮮明なビジョンが流れ始めた。
(なに……これ?何処の風景……?)
死の間際には走馬灯を見るというが、それはどうも自分の記憶ではなく、知らない誰かの物語のようで。
映っているのは、まるでアニメの背景のような、西洋風の建物や人々の暮らす街並み。私は沈みゆく中で、異国の景色をテレビ画面越しに眺めるように、ただぼんやりと見つめ続けた。
そのビジョンに登場したのは、可愛らしい硝子人形のような儚げな少女。
どうやら貴族の生まれであるその少女は家族思いで優しく、控えめな性格をしていた。家族仲は決して悪くはなく、暫くは和やかなホームムービーのような映像が続いた。
しかし、その穏やかな日々は突然一転する。
少女の前に現れた一人の少年が、彼女の心を蝕んでいった。どうやらその少年と少女は婚約を結んだようだが、この婚約者がとんでもなく下劣な男だったのだ。
貴族の令息令嬢が通うその学園では、十二歳から十八歳までの六年間を過ごすことになっている。少年が十五歳、少女が十三歳の時に、二人の婚約は結ばれた。
少女の家よりも爵位が高いその婚約者は、元々令嬢達から持て囃されていたせいか、少女が婚約者に選ばれてからも、周囲の令嬢達に対して満更でもなさそうな振舞いばかり。
(うわぁ……最低。あの男を見ているみたい……)
私は自身を川へと突き飛ばした男を思い出し、うげぇ……と顔を顰めた。
そうは言っても、表向きは令嬢達から黄色い声を浴び、少し軽薄そうな言動が目立つくらい。至って思春期の令息らしい態度に見えた。
――けれど、それは表向きの姿だった。
この婚約者、実は裏で権力や金に物を言わせ、自分本位な享楽に耽るような人間だったのだ。
一体何歳の頃にそんなことを覚えたのか、婚約者は変装をして身分を偽り、子供が立ち入ってはいけない仮面舞踏会や、違法な闇オークションに参加していた。
身に付けている高価な宝石やアクセサリーを見せ付け、釣れた令嬢や夫人を誑かして遊び歩く。更には、金で買った平民女性を玩具のように甚振る――そんな恐ろしいことを嗜好としている男だったのだ。
(これ……いくつの時の話?なんてことをしてんのよ)
婚約が決まってから、なんと少女は婚約者から直接そのことを聞かされた。心底胸糞の悪い話だが、自らそれを伝え、少女の怯える表情を見て楽しんでいるようだった。
「誰かに話したところで揉み消してやる。馬鹿なことをせず黙って従っていろ」
幼い少女は両頬を鷲掴みにされながら嘲笑され、突き飛ばされて転んでいた。少女は床に伏したまま大粒の涙を浮かべ、恐怖で震えていた。
(なんなのその笑顔!?女の子にこんな酷いことをしておいて、狂ってるわ……!)
それから少女は、注意と呼ぶのも憚られるほど控えめに、「そんな行いはよく思われないのでは……?」と不安な心を吐露するよう婚約者に訴えかけた。
しかし、婚約者は少女の言葉を一蹴する。
「男の遊びなんて甲斐性のようなものだろう?」
「売られるような下賤の女を好きに扱って何が悪い?」
そう言って一切悪びれる様子もない。少年の行動を注意する者はおらず、行いはどんどんとエスカレートしていった。
私は歯をギリギリと噛み締めながら、その光景を眺めるしかなかった。
(もし私がこの子の立場だったら、絶対に胸倉を掴んで怒鳴っている気がするわ……。本当に許せない!)
そのうち、婚約者は学園内でも令嬢を侍らせるようになり、放課後も少女ではなく見知らぬ令嬢と遊びに行くようになっていく。
次第に伝えることを諦めた少女の瞳から光が失われていき、ただ従順に従うようになった。
その世界では妾を作る男も少なくないようで、少女は悲しみに暮れる気持ちに蓋をし、家のため家族のため、その婚約者と生きることを受け入れたようだった。
しかしこの婚約者の一番の問題点は、女を侍らせること以上に、人を人とも思っていないその人間性だった。
婚約者である少女を大切にしないどころか、人としてではなく所有物のように扱い、恐怖で支配し服従させようと何度も罵倒を繰り返していたのだ。
ある時、華やかなパーティーで婚約者に置き去りにされた少女に、一人の令息が声をかけた。その令息は、隣に誰もいない少女を哀れんでダンスに誘おうとしたのだろう。
けれど少女は悲しげに首を横に振り、「婚約者を待っておりますので」と丁寧に断りを入れていた。だというのに、婚約者はその様子を影から見ていたのだ。
少女は後々、他の男に色目を使っただの媚びただのと罵詈雑言を浴びせられる。挙句、
「売女や娼婦にでも落ちぶれるつもりか?」
とまで罵られ、謝罪を求められた。
少女は言われるがまま、力なく床に頭を付けて謝罪をする。婚約者はそんな少女の頭を、土足のままぐりぐりと踏み付けて――
「なによ!アンタが一人で何処かに行っていたくせに!もし仮に、その子が色目を使って男の子の気を引いていたとしても、アンタに非難する権利なんてないでしょうがっ!!」
もう我慢ならないと、気付けば私は叫んでいた。
この映像が一体何なのかは分からない。けれど、あまりにも理不尽なそれに、少女が謝罪する必要なんてないと私はビジョンに手を伸ばした。
だが、それを掴むことは出来ず、手は空を切る。その間に、また次の映像へと移り変わっていった。
婚約者と出会ってからの少女は、どんどん暗く、伏し目がちになっていった。穏やかで可愛らしかった幼い頃の面影など見る影もない。
「お前は一生、俺の奴隷として生きていくんだよ」
婚約者から与えられる毒を孕んだ言葉が、少女の体を蝕んでいく。「自分が至らないから……」と己を責める痛々しい姿ばかりが、何度も、何度も繰り返された。
私は一筋の涙を流しながら、目の前のビジョンに何度も手を伸ばした。触れられないそれにそっと手を添えるように見つめ、ぽつりと「反論せず、静かに相手を受け入れたって、結局はこうなるの……?」とこぼす。
その時、ヒュンッと私の体をすり抜けて、自分の体が進む方向とは真逆に何かが浮上していった。水底に沈むように頭から落ちていた私は、首を持ち上げてそれを目で追う。
(あれは……さっきのビジョンに映っていた子……?)
それはビジョンの中の少女だった。
すれ違った少女と視線が絡まる。宝石のアクアマリンのような瞳からは、私と同じように涙がはらはらとこぼれていて。もしかしたらあの少女も、“鴨下優里”の人生を覗いたのかもしれない。
(貴女は何も悪くない!悪いのは、最低なあの男の方よ!お願い、どうか届いて……っ!!)
見ず知らずの私達は互いに手を伸ばすも、その距離はどんどんと離れていき――
意識はそこで、ぷつりと途切れた。
投稿初日のため、本日はあと4回の投稿を予定しております!
基本的には、毎週土日・10:10と18:10の週4本更新でお送りいたします。(明日もこちらの時間で2本更新いたします)
是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"




