8.小さな好奇心が縮める距離
翌日のこと。
「なぁ碧乃。
駅前のゲーセンに新しい格ゲーが入ったみたいなんだ。
今日は俺も空いてるから、用事なければ見に行ってみないか?」
「んー…。
まぁ、特に何も無いから別に構わんけど…」
「決まりだな」
何故か坂口がにまにまと楽しそうに笑う。
……きめぇ。
「なんの話をしてるんだ?」
坂口と話していると、小野々儀が会話に入ってきた。
「おぅ、紫か。
駅前のゲーセンに新しい格ゲーが入ったみたいだから、碧乃と二人で見に行こうぜって話してたんだ」
「ほぅ…。
少し興味があるな」
「でも、小野々儀って部活あるんじゃないのか?」
「まぁな。
…まぁ、終わって気が向いたら行くよ」
「オッケー。
覚えとくよ」
「…そうだ慶太。
こないだの数学の問題なんだが…」
「おっ、なんだ?」
…こうして二人の会話を聞いてると、ほんとに仲が良いんだなと思う。
ちなみに坂口はこう見えてクラス内では上位の成績優秀者で、よく小野々儀が分からないとこを聞いたりしている。
それに比べて俺は………まぁ逆の立ち位置としか。
「じゃあ部活が終わったら連絡するよ」
「あいよ。
何も急がなくていいからな」
……あれ?
気が向いたらって言ってなかったっけ…?
「では、今日のHRはこれで終わりとする。
全員、寄り道せず家に帰れよ」
チャイムが鳴ると一斉にクラスメイトの半数が教室から出ていった。
「終わったー…。
碧乃、ゲーセン行くか」
「あいよ」
ようやく坂口とゲーセンに行こうとした時だった。
「碧乃!
ちょっと話がある」
「…はい?」
突然、先生から声をかけられた。
なんだろうか…。
「お前、何かしたのか?」
「さぁ?
すぐ終わる話だと思うけど…。
もし待てなかったら先行ってて」
「りょかい」
そして俺は先生の元へ行く。
「先生。
話とは…」
「ここじゃあれだ。
着いてこい」
「…?」
何か聞きたいことがあるのか。
先生に着いていくと、物置として使われている視聴覚室に連れてこられた。
「さて。
お前に聞きたいことなんだが……」
「…はい」
何だろう。
二人っきりでプライベートレッスンとかかな(ドキドキ)。
「昨日の海条のことについてだ」
「…?」
なんで海条?
「ちゃんと書類は持っていったんだよな?」
「はい。
ちゃんと本人に渡しましたよ。
間違いなく」
俺が言い切ると、芹澤先生の表情が少し曇り始めた。
「じゃあ………「あそこ」を見てきたんだな…?」
……そういうことですか。
「孤児院のことですか?」
先生は無言でうなずく。
「……どう思った?」
「どうって……。
…そりゃ、ちょっとビックリしましたけど…」
「…けど?」
「……すごく素敵なとこだと思いました。
あそこの館長さんたちはすごく子供想いで、俺にも気を遣ってくれて…」
「……そうか…」
「…それがなにか?」
どこから出したのか、先生はブラックの缶コーヒーを飲み始めた。
「お前に頼みがある」
「はい…」
真剣な面持ちで語りかけてくる先生に思わず息を呑む。
「………海条の家のことは、誰にも口外しないで欲しい。
…出来るか?」
「えっ…?
それってどういう……」
「…まぁあれだ。
今どきの若いもんは口がゆるい上に、そういうコンプレックスを簡単に笑いのネタに使いやがる。
碧乃は真面目だし、口も固そうだから書類を持っていかせたんだ。
お前も分かっているだろうが、あの通り海条は友達が少ない。
ああいうのは簡単にイジメの対象になりかねないからな」
「……なるほど…」
「出来るよな?」
「そりゃ……喋るわけにはいかないですよね。
彼女のプライバシーの為にも」
「あぁ。
すまないな」
「…話はそれだけですか?」
「あぁ。
手間をかけさせたな。
もう帰っていいぞ」
「分かりました。
じゃあ俺はこれで……」
教室を出ようとした直後、ふと疑問に思った。
「一ついいですか?」
「なんだ?」
すごく単純なこと。
でも……聞いておかねば。
「……なんで俺なんです?」
「…どういう意味だ?」
「その……なんで口が固そうって理由だけで俺を行かせたんですか?
女子にだって俺よりも口が固そうで頭の良い奴だっているでしょうに。
霧島とか櫻井とか…」
「…それは……」
先生は何か言いづらそうに口ごもる。
そんな難しいことではなさそうなんだけどな。
「…海条はクラス内でも孤立しやすい。
隣のクラスの小野々儀紫と仲が良いのは知っていたが、そもそも彼女はうちのクラスではないからな。
それに、海条は前々からお前に興味を示していたことには気付いていたものでな。
ちょっと試してみたかったんだ」
「はぁ…」
俺そんな見られてたんかな…。
つか、持っていったのは慶太が勝手に指名したんだけどな。
「はっきり言っていいなら、彼女のことは入学式前から聞かされていたのだ」
「と言いますと…?」
「……この話はまた今度だ。
今日はもう帰れ」
「……はい」
ようやくスッキリした俺は視聴覚室を出た。
『あっ…。
坂口の奴、まだ待ってるかな…』
あれから十五分が経過していた。
急いで教室に戻ると、律儀に坂口は待っていてくれた。
「ごめん待たせちまって」
「いんや。
用事は済んだのか?」
「あぁ。
とっととゲーセン行こうぜ」
ようやくして俺たちは待ち遠しかったゲーセンへと向かった。
『………』
俺たちの後をつけている奴のことになど気付かず……。
「おぉー。
意外と人いるな」
「確かに……って、今日金曜日じゃねぇかよ」
「あっ…(察し)」
とりあえずゲーセンに着いた俺たちは休憩コーナーで水分補給をとっていた。
「そいや、小野々儀は来るのかな?」
「来るんじゃない?
まぁ来たとこで、アイツとは音ゲーかシューティングぐらいしか勝負出来ないけどな」
「ほぉ〜ん。
そうなんだ」
「あ、俺トイレ行ってくるわ。
お前先行って空いてたら確保しといて」
「あいよ」
そう言われ、俺は新台の格ゲーを探しに行った。
……その矢先だった。
「……ん?」
遊びに来てる客の中に、一人だけ小柄でどこかおどおどした様子の身に覚えのある女子の後ろ姿が見えた。
もしや……。
「……か……海条…さん…?」
恐る恐る声をかけると、少女はビクッと身体をこわばらせ、ゆっくりと振り向いた。
「………ッ!?
……碧乃…君…」
間違いなく海条だった。
そして俺を目認した海条は、涙目で走り寄って俺の胸に飛び込んできた。
「…えッ!?
ちょっ、海条…!?///」
何事なのか理解出来ず、ただ戸惑っていた。
いくら友達と言えど、さすがに飛びつかれるのはパニクる。
「…碧乃君ッ……碧乃君ッ……!」
海条はぐずりながら俺の名を何度も呼んでいた。
「…そっか……。
そういう事か…」
俺は海条をなんとかなだめ、休憩コーナーで話を聞いていた。
どうやら、この辺に来る途中に三人の男たちからナンパされたらしい。
海条は人見知りが強い上に男が基本的に苦手な性格らしく…相当な恐怖だったに違いない。
「もう大丈夫だよ。
俺と坂口もいるからしばらくはここに居ろ。
あとで小野々儀も来るみたいだから、それなら安心だろ」
「うん。
ありがと……」
…こうして見てると、ほんとにか弱い子なんだなと思う。
そりゃ街中をこの子一人で歩いてれば、声ぐらいかけたくなるかもな。
その時、彼女の握っている缶に目が向いた。
「それ、好きなのか?」
握っていたのは、何の変哲もないココアだった。
「うん…。
孤児院で昔、リルドさんが作ってくれたのがきっかけで好きになったの。
なんか…飲むと落ち着くの……」
気が付くと、既に海条は泣き止み綻んだ笑顔になっていた。
「おっ、ようやく見つけた……って、海条も来てたのか」
丁度いいタイミングで坂口が戻ってきた。
「あぁ…これには訳があってだな…」
「訳?」
ナンパされたことを話そうとした時、彼女の顔に陰りが見えた気がした。
「えっと…。
…ほんとは買い物に来たらしいんだけど、目当てのものがなくてどうしようか考え込んでたら、たまたま俺たちがここに入るのを見て、気になって着いてきたんだと!」
我ながら完璧な嘘をつけたと思う(震)。
「へー。
で、何を買いに来たんだ?」
その質問に海条はさっきと同じようにビクッと反応する。
「ッ!?
…えっと…その……」
俺は急ぎフォローに走った。
「あ、あれだよ!
そこのデパートの限定ロールケーキだよ!
一日五十個しか売られないっていう…」
「……そんなのあったっけ?」
純粋に疑問に思う坂口を騙すのは正直胸が痛い。
だが事実を話すわけにはいかない。
「あったよ!
テレビじゃあんま宣伝してないけど、結構人気高いんだよ…!
まぁ五十個限定だから半ば諦め気味だったみたいだけどな…!(汗)」
「はぁ…」
気付けば俺は汗だくで大嘘をついていた。
その様子を海条は心配そうに見つめていた。
「そういう事だからさ…。
海条一人くらい一緒に居させてもいいだろ?
どうせ後で小野々儀も来るんだし…」
「まぁ海条一人増えるくらい構わんが…」
その一言に俺はほっと胸をなで下ろした。
「じゃあ、気を取り直して格ゲー見に行こうぜ。
まだ見に行ってないからよ」
「…その前にゲストがもう一人来たみたいだぜ」
坂口が入口の方に指をさす。
「…どうやら間に合ったみたいだな」
入ってきたのは、部活帰りの小野々儀だった。
「よっす紫。
もう部活終わったのか?」
「あぁ。
まぁ部活と言っても、あくまで練習試合に付き合わされただけだがな」
「…おつかれさま紫ちゃん」
「おっ、祈世樹。
よく道に迷わず来れたな」
「うん……」
海条の陰りに少し疑問に思うも、小野々儀はスルーしてくれた。
「さて…。
メンバーが揃ったとこで、少し中を見て回るか」
「あれ?
格ゲーは?」
「女子が二人もいるのに、いきなり俺たちだけ楽しんでも仕方ないだろ。
お前ももう少し女の子の気持ちを理解出来るぐらいのタマになれ」
「…うっせーな。
どうせ俺は女の子の気持ちも分かんねぇ童貞ですよーだ」
軽く悪態づくと、小野々儀と海条はクスクスと笑ってくれた。
その後、俺たちはUFOキャッチャーやパーティーゲームなどを堪能し一息ついていた。
「すまない、少し用を足してくる」
「じゃあ俺たちは格ゲーのとこにいるから、トイレ済んだら来てくれよ」
「りょーかい」
可愛らしく小野々儀は敬礼をしトイレへと消えていった。
「さて、俺たちは格ゲー見に行くか」
「あぁ。
……海条さん、トイレ行かなくていい?」
「うん。
へーき、です」
「おし。
そんじゃやりにいくか」
入り口の目の前の階段を登って二階の奥側に目的の格ゲーは鎮座していた。
「おっ、空いてたな」
「おし。
何本勝負でいく?」
「海条たちもいるから、三回でシメようぜ」
「おっけ」
そして俺は坂口と対面側の台に座ると、斜め後ろから海条が寄り添う形で画面を覗いてきた。
「疲れないか?
隣、誰も座ってないから座って見てれば?」
「ううん、へーきです。
ここで見てます」
「…そか」
そして俺は坂口との対戦を始めた。
「……」
「……」
『……なんか……これはこれで集中しづらい…』
坂口との対戦の最中、海条の視線が地味に痛い。
「……あっ、あのさ!」
「…はい?」
「…海条さんってさ……ゲーセン来るのは初めてなの?」
彼女の家庭環境のことも考えると、正直ないんじゃないかと思ってしまう。
「そう……ですね…。
こういった賑やかなとこは初めてです」
「へー…」
まぁ海条の家の事情を知ってる俺としては聞くまでもなかったかな。
「……あの…」
「どした?」
何やら海条がもじもじと言いたげに口ごもっている。
「その………『海条さん』って呼び方……変えること出来ませんですか…?」
「……へ?」
言い出した海条が何故か顔を真っ赤にして背けていた。
「だから…こう……「さん付け」は嫌かなって…」
「…あー…」
そゆことね。
「じゃあ、海条でいいか?」
「あ……えっと…はい…」
どこかぎこちないが承諾してくれた。
まぁいきなり名前呼びってのもハードル高いしな。
「じゃあこれからは海条って呼ぶな。
あ、ちなみに俺のことは碧乃でも燈でもいいからな」
「うん。
分かった…です」
「……」
「……」
しかし話が続かないなぁ…。
「あの……これってどんなゲームなんですか?」
「あぁ。
これは格闘ゲームって言って、プレイヤーがキャラクターを操作して相手のキャラクターを倒せれば勝ちだよ」
「倒すって……」
「まぁ見ての通り、色んな技を駆使して相手をボコボコにするんだよ。
それで相手の体力ゲージをゼロに出来れば勝ち」
「暴力……ですか…」
「あ……もしかしてこういうの苦手?」
「……」
何も口にはせずとも答えは分かった。
何となくそんな気はしてたし。
「まぁ三回やったら終わるから、少しだけ待っててな」
「…はい」
そして海条は再びしかめっ面でプレイを眺める。
「…うぉっ、また負けた…」
「…負けちゃったの…?」
「あぁ。
今日は調子が悪かったみたいだな」
「……」
「…まぁ所詮ゲームだし、海条が落ちこむことないよ」
「…はい」
海条をなだめてると坂口が戻ってきた。
「おつかれ。
やけに弱かったな」
「うるせぇ。
今日はたまたま調子が悪かっただけだわ」
「はいはい。
ということで、負けた碧乃君には全員分のジュースを奢ってもらおうか」
「はッ…!?
ちょっ、そんな話聞いてねぇぞ!」
「いやいや。
こういうのは勝負する上で当たり前だろ?
てなわけで、俺は甘めのコーヒーな。
あと紫はコーラで」
「勝手に話進めんな!
…てか、小野々儀の勝手に決めていいのか?」
「あいつ普段からコーラ飲んでるから大丈夫だろ。
…海条は何がいいんだ?」
「…ふぇ?」
「奢ってもらうジュースだよ。
碧乃に負けた罰ゲームとして、みんなのジュースを奢ってもらうんだよ」
「………あの……。
…私は……いいです」
「え…?」
「え…?」
俺の後ろで海条は少し悲しげな表情でそう述べた。
「……負けたからと言って、碧乃君にそこまでしてもらう義理はないのです。
だから……碧乃君は二人の分だけ買ってきて…?」
またもぎこちない笑顔で俺に微笑みかける。
何だか無性にその笑顔が気に入らなかった。
「……えぇい分かったよ!
ちゃんと全員分買ってきてやるよ!
海条、お前の分もなッ!! 」
「えっ…!?
だから、私は別に…」
「問答無用!
買ってくる!」
「あっ…!
わ、私もいきます…!」
そして海条は俺の後を着いてジュースを買いに行った。
「遅れてすまない。
…って、祈世樹と碧乃はどこに行ったんだ?」
「俺との勝負に負けて全員分のジュース買いに行ったよ。
碧乃の奢りでな」
「またそんなことをして…。
…なぜ祈世樹までいないんだ?」
「碧乃の付き添いでついて行ったよ。
あいつも変なやつに好かれたもんだな 」
「……そうだな…」
そう言って紫はどこか遠い目で微笑みつつ、二人の帰りを待つことにした。
「…ったく、坂口のやつ…あとで泣きっ面かかせてやるかんな」
「…あっ…あの………ごめんね…?」
「いやいや。
なんで海条が謝るんだよ」
「うぅ…だって……」
理由は分かってる。
俺が苛立ってることに罪悪感を感じたに違いない。
「はぁ…。
さっきと買って戻るぞ」
「はい…」
そして俺たちは作業的にジュースを買い、坂口の所に戻る……その途中のことだった。
「…そういや、俺プリクラって撮ったことないんだよな…」
「…何ですか?
……ぷり…くら…?」
「プリントシール倶楽部。
友達やカップルで写真を撮って、それにラクガキしたりして可愛くする撮影機の事だよ」
「ほえぇ…」
そう言いながら海条はプリクラを興味深そうに見つめる。
その時、プリクラの中から俺達とは違う制服の女子たちが出てきた。
「……俺たちも撮ってみるか?」
「ほえッ…!?///」
「…な、なぁんてな…」
本当に冗談だった。
ただその場思いつきの軽いジョークだった。
「………とる…」
「…え?」
「……プリクラ……撮ってみたい……ですッ!///」
言わせるように誘導した訳では無いが、海条は恥ずか死寸前レベルに顔を真っ赤にして断言した。
「そ、そうか……」
言い出しておいてあれだが、ちょっぴり後悔した。
実際のところ、俺はプリクラのやり方もラクガキのセンスもない。
無謀と呼ぶに相応しいものだが、海条がやりたいと言うならば仕方あるまい…。
中に誰もいないことを確認し、俺たちはプリクラ内に入った。
「…中はこんな感じなんですね…」
「少し緊張するな…」
金を入れて画面の指示に従い進めていく。
『それでは、カメラ枠からはみ出ないようにポーズを決めてね!
カウントが終わるまでに決めちゃいましょう♪』
「ぽっ、ポーズか……」
「…えっ…えっと……ぴ、ピース…?」
「…仕方ない。
俺もピースかな…」
そして俺たちは寄り添いながらピースをとる。
そしてカウント後にフラッシュがたかれる。
『イイ感じに撮れたかなー?
次は、二人で寄り添いあってゼロ距離を決めちゃってねー!
もし男の子がいたら、男の子は女の子のことを抱き寄せながらポーズをとってね♪』
「えッ…!?///
だっ、抱き寄せるって…!」
「ふぇッ…!?///」
海条も意味を理解してか、どこか不安そうに俺を見つめていた。
『準備はイイ?
それじゃ、いっくよー!』
「げっ、まずい…!」
どうしよう。
海条を抱き寄せながらなんて間違いなくセクハラだ。
もし実行して小野々儀や坂口にバレたら辱められ挙げ句、○されかねない。
「……ッ///」
だが海条は何も言わずただうつむいていた。
「……えぇい、南無三ッ!!!」
「…ふぁッ!?///」
俺は勢いで海条の肩を抱き寄せ、まさにゼロ距離で密着する。
突然のことに海条はあわあわしつつも、嫌がる気配はなかった。
『3、2、1……カシャッ!』
抱き寄せるのに精一杯でポーズをとるのを忘れていた。
海条もまた、あまりの緊張感にポーズをする余裕もなかったらしい。
小さく縮こまるような形で俺にくっついていた。
『はぁーい。
ちゃんとゼロ距離決められたかなー?』
ナビを合図に俺は海条を離すと、海条はふらつきながら離れた。
俺(実行犯)もまた、海条から香ってきた仄かに甘い匂いに頭がクラクラしていた。
『それじゃあ最後に、二人で寄り添いあって、ほっぺとほっぺをくっつけあって仲良しポーズでキメちゃいましょう!』
「はぁッ!!?」
「にゃぁッ!!?」
思わず声を張り上げるも、ナビは俺たちのことなどお構い無しに進める。
『3、2、1……』
「ごめん海条ッ!!!!」
「ふにゃぁあッ!?///」
またも強引に海条を抱き寄せ、ものすごく恥ずかしいながらも俺たちはくっつきあった。
『カシャッ!』
シャッター音が鳴り響き、プリクラ撮影は終わった。
『お疲れ様でしたー♪
それじゃあ撮影後は、右側のラクガキコーナーで色々書いて可愛くしちゃってねー♪』
ようやく俺の緊張感も一気にほどけ、全身から力が抜けていた。
「……か、海条…。
大丈夫か…?」
「ッ……///」
海条は一人、両手で顔を抑えへたりこんでいた。
「あー…。
その…ごめんな…?」
海条の背中に手を当てると、彼女はビクッと身体をこわばらせて我に返った。
「ひぅッ…!?///
…あっ………ごめん…。
何でも……ないの…」
何でもなかったらそんな失神しそうな状態にならないと思いまするが…。
その時、プリクラの入り口のカーテンが開かれた。
「……こんなとこにいやがったのか連れ込み王子め」
「ほぅ…。
碧乃もなかなか積極的な男だったのだな」
「なッ…!///
お前ら、何でここに……」
「何でって……ジュース買いに行ったっきり戻ってこないから、探し回ってたらここにいるんじゃないかってなって。
それで覗いたら見つけたんだよ」
「…あっ…。
すまん……」
そいやそれが目的だったんだよな。
プリクラはちょっとした寄り道程度に考えてたんだが…。
「祈世樹、大丈夫か?
碧乃に変なことされてないか?」
「……うん…。
何にもないよ…」
そうは言っても、そんな真っ赤な顔であれば何かあったのは間違いないと思うよな。
「……」
あの………俺だって辛いんですよ紫さん。
だから……そんな睨まんといてくださいな…。
…マジで変な汗が止まらないんで…。
その後、俺たちは全員でプリクラを撮った。
俺と海条のラクガキも、慣れている小野々儀と坂口に書いてもらい、現像し終えた俺たちはゲーセンから出て帰路の途中だった。
「しっかし…碧乃もなかなか積極的だな。
海条を無理やり連れ込んでプリクラ撮るなんてよ」
「ちっ……違うわ!
たまたま二人で撮るか?って聞いたらオッケーしてくれたもんだから……男として退けなかっただけだよ…」
「ほほぅ。
それで、あんなにも大胆に抱き寄せたりしたのか…」
「ぐっ…。
それは……」
俺たちのやり取りを小野々儀は怪しむも、それ以上の詮索はしなかった。
「祈世樹。
初めてのゲーセンはどうだった?」
「うん。
すごく楽しかった…」
くしゃっと笑う海条に小野々儀が更に質問した。
「何が一番良かったんだ?」
「…ふぇッ!?///」
もちろん小野々儀はその答えを分かっていたに違いない。
だが、海条自身から聞きたかったのだろう。
「えっと…。
……碧乃君と撮ったプリクラ…///」
恥ずかしながら答えるも、小野々儀の目に驚きの色は無かった。
「そうか。
ずっと友達になりたいって言ってたもんな。
…良かったじゃないか」
「……うん!」
力強く頷く海条の手には、みんなで撮ったプリクラが握りしめられていた。
『……·あれ?
今、小野々儀のやつ………何か大事なことを言ってたような…』
「じゃあ、俺はこの辺で」
「おぅ。
じゃあ、明日学校でな」
「あいよ。
じゃあな」
そして俺たちは坂口と別れ、三人で歩いていた。
「祈世樹、帰りは平気か?
家まで遠くないか?」
「うん。
大丈夫だよ」
二人の会話を黙って聞いていたが、こっからじゃ孤児院までは急いでも二十分はかかる距離だ。
リルドさんが迎えに来るんだろうか。
「今日は……碧乃君と一緒に帰るから」
「えッ!?」
突然のダイナマイトな爆弾発言に思わず声を張り上げてしまった。
「ダメ…かな…?」
潤んだ瞳で海条は俺を見つめてくる。
「……分かったよ。
ちゃんと家まで送ってやるよ」
その返事に海条はパァっと笑顔になった。
「やれやれ…。
では、私もこれで失礼するかな」
「あ、気遣ってるなら別に気にしなくていいよ。
小野々儀もいれば楽しいし」
何よりも二人っきりはハードルが高すぎる(汗)。
「それはありがたいが、私は家が逆方向なのだ。
だからバスで帰ることにする」
「そっ…そうか…」
そして歩いてる最中、目先に見えていたバス停にたどり着くと、タイミング良くバスが来た。
「では、私もここで失礼する。
…碧乃、祈世樹を頼んだぞ。
プリクラの件は目を伏せておくが、祈世樹に手を出したりしたら許さないからな」
「あっ、当たり前だ!
ちゃんと送っていってやるよ」
そのセリフに安心したかのように笑い、小野々儀はバスに乗っていった。
「ばいばい紫ちゃん!」
海条が叫びながら手を振ると、小野々儀も椅子に座りながらこちらに笑顔で手を振ってくれた。
やがてバスは走り出し、あっという間に居なくなった。
「…さて……俺たちも帰るか」
「うん…」
そして俺たちは少しだけ距離を空けながら歩く。
すでに日は沈み始め、家へと帰る人の姿も増えていた。
「……なぁ海条」
「…はい?」
「…また……みんなで来ような」
「……はいッ!」
今までにない力強い声で海条は笑ってくれた。
…何となく、その笑顔に少しだけ俺までもが嬉しくなってしまった。
『なんか、海条と少し近づけた気がするな…』
そんな碧乃燈(十六歳・童貞)にして初めての女の子とのゲーセンにノロけた一日でした。
その後、俺は孤児院まで海条を送っていった。
出迎えてくれた西浜さんから「せっかくだから家まで送っていこう」と言われたが、さすがに毎度毎度送ってもらっては俺の立場がないため丁重にお断りした。
西浜さんは少し渋っていたが、君がそう言うならと黙って見送ってくれた。
海条も砕けた笑顔で俺を見送ってくれた。
『あの笑顔さえ見られれば十分だよ…』
帰る際、小さく二人の会話が聞こえてきた。
「祈世樹くん。
やけに機嫌が良さげだが、何か碧乃君と良いことでもあったのか?」
「……はいッ!」
「そうかそうか!
では、あとでじっくり聞かせて欲しいものだな。
夕飯は祈世樹くんの好物のクリームシチューを作ってもらうようリルドくんに伝えておかねばな」
「ふぇッ!?
別にそこまでしなくても…!」
慌てる海条に西浜さんは大笑いを繰り返す。
『何だか、帰るのが惜しいな…』
そう思うものの俺がいては邪魔になるだろう。
そんな暖かなやり取りを聞きながら、俺はそそくさと帰路を歩いていった。




