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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ep. 永遠ノ優夢

 バイキングに行ってからショッピングモールを歩いたりであっという間に日も暮れ、途中で仕事終わりの海麗を連れて全員で温泉に入りに行った。

海麗もまた、夏怜の様変わりに驚きの色を隠せずいた。


「夏怜姉ぇ……悪いもんでも食ったのか?」


「…食べてないわよ」


むすっとしながら頬を膨らませる夏怜に璃杏が抱きつき、知子もまた自分もとくっつく。

その様子を強乃と海麗が呆れると言わんばかりに眺める。

そんなかつては当たり前だった日常がまた見れる日が来たのだと思うと、心底嬉しさが込み上げてきた。 

 やがて夜になり我が家で飯を食べて過ごしていると、時刻もあっという間に夜中になった。


「ったく…夏怜姉ぇが帰ってきただけでどんだけどんちゃん騒ぎなんだよ」


夏怜、璃杏、知子の三人は現在、璃杏の部屋で寝ている。

俺は海麗と二人でチューハイとビールを飲んでいた。


「いいじゃないか久しぶりに家の明るさが戻った感じで。

 それに、こういうことがないとお前もこうして家に戻ってこないだろ」


「ふんっ、余計なお世話です」


悪態をつきながらビールを男らしく飲む海麗は若干、成人手前だが明日は仕事も休みということでこっそり飲んでいる。※未成年の飲酒は法律で禁止とされています


「……親父はさ、将来オレにどうしてほしいとかある?」


「…?

 どったの急に」


軽くペコペコとビール缶を潰しながら海麗が不意に聞いてきた。


「いや…。

 ……どうってことはねぇけどさ……。

 その……「結婚」とか…」


「ぶっ…‼

 おま…ッ…結婚すんの‼?」


「ばっ……ちげぇよ‼///

 もしもの話だよ!」


「あっ……例え話か…。

 焦った…」


一瞬、チューハイで溺れかけました。


「とんだ勘違いだ。

 だいたい、オレみてぇなズボラが結婚なんか出来っこねぇだろ」


「そんなことはないさ。

 ズボラならきっちりした人と結婚すりゃいいだろ」


「でもあれやれだの直せだの言われるのムカつくんだよな。

「だったらテメェがやれ」で終わりそう」


「(;′・ω・)………」


それはあまりに切なすぎる。


「まぁでも、結婚すれば幸せになれるかって言えば実際そんなことはないしな。

 子供が出来れば養育費もバカにならないし、なにより自分の時間がなくなるしな」


「あー確かに。

 オレは習い事とか趣味がねぇけど、それはそれでしんどいだろうしな。

 だいたいガキは嫌いだし」


そう言いきる海麗の子供嫌いにはいくつか理由がある。

一つは仕事のパートで来ている女性が、幼稚園児の一人息子を迎えにいかねばならないという理由で、どんなに仕事が忙しくても早退したりすること。

もう一つは子供が言うことを聞かず駄々をこねる様が苛立つということ。

さらにもう一つが知子の手間でそれを植え付けられたということ。

……それはあんまりだと思うが…。


「でもな、女は子供を持てば変わるんだよ。

 気持ち的にも親になっちまうんだよ」


「ふ~ん…。

 で、親父はオレにどうしてほしいの?」


あ、薙ぎ払われた。


「そんなの、海麗が好きなようにすりゃいいよ。

 強いて言うなら……後悔のない生き方をしろ」


「…後悔のない?」


二杯目に梅酒の水割りを作りながら俺は続けた。


「人間ってさ、いくらでもチャンスがあるって言うけど、それがいつ通じなくなるか分かんないだろ?

 だからこそ今ある時間、幸せを十二分に楽しめたやつが勝ちだと思うんだよ。

 結婚して後悔する奴や、子供が出来たことですれ違いがひどくなったりとか良いことばかりじゃないケースもたくさんあるしな」


「…確かに」


海麗は酒がまわってくると冷静沈着かつ普段より口が悪くなる。

この落ち着きは少しまわってきてるな。


「…でも何で急にそんなことを?」


「いや…。

 夏怜姉ぇが東京に出てからオレもこうしちゃいられない気がして、半ば無理やりめに出てみたものの……本当はどうすりゃいいんだろうなって思っちまってさ…」


ソファーに寝そべりながら夏怜は空になった缶を振っていた。


「目的を見失ったということか。

 一番ノイローゼになりかねない状態だな」


その言葉を聞いて海麗はソファーから起き上がった。


「そんなんじゃねぇ。

 ただ…夏怜姉ぇは夢に向かって走ってる気がして……。

 オレは……何も出来てないことに焦ってるだけで…」


海麗が雰囲気的に泣き出しそうになった矢先、リビングに誰かが入ってきた。


「…二人とも、まだ起きてたの?」


「どうした夏怜。

 寝れなかったか?」


昔懐かしいグレーのスウェットに身を包んだ夏怜が入ってきた。


「ちょっとね。

 二人の間に挟まれて眠るのは、この歳では少ししんどいわね」


「それな」


「………」


唯一、沈黙を守り続けていた海麗の元に夏怜が近づく。


「…なんだよ」


いつも通りの無表情で夏怜は海麗を見つめ………ほっぺに人差し指を軽くぷにっと刺した。


「……バカにしてんのか?」


悪態をついて苛立ちを醸し出すも夏怜は怯まなかった。


「…やっぱり海麗は可愛いわよ。

 何も心配する必要なんてないと思うけど…」


その端的すぎる指摘に海麗は顔を真っ赤にして怒った。 


「なっ、何を急に……!?///

 …ってか、夏怜姉ぇ話聞いてたな!?」


「さぁ?

 私は何も聞いてなんかないわ」


少し楽しそうに微笑みながら夏怜は再び寝室へと戻っていった。


「夏怜姉ぇの野郎……オレを辱しめて楽しいか畜生ッ…‼」


涙目で握りこぶしを作る海麗は今にもどこからともなく100tハンマーとか出しかねなさそうだったので何とか全力で止めた。

……というか気付いた。


「気付かないか海麗。

 夏怜はお前を元気付けようとしてあんなこと言ったんだよ」


「はぁ!?

 人をなだめるのに可愛いなんて小馬鹿にしてるに決まってんだろうよッ!!」


「夏怜が今までお前を見下したことあるか?」


「ッ……それは……」


夏怜の行為を改めて考えてか、海麗は再び黙りこんだ。


「……やっぱりオレは夏怜姉ぇみてぇにはなれねぇ。

 オレはとにかく感情的になっちまうし」


「別に夏怜みたいになれとは思わないさ。

 お前はお前らしく生きればいいんだよ。

 …さぁ、子供は寝る時間だ。

 もう寝ろ」


「誰が子供だっつーの。

 まだビールあるんだろ?」


そう言って海麗は冷蔵庫におかわりのビールを探しに向かった。


「深酒は睡眠と明日に響くよ」


「うっせぇ。

 飲みたいときに飲めねぇのが一番辛ぇんだよ」


冷蔵庫の奥からビールを見つけた海麗はその場で缶を開け、風呂上がりのジジイのように勢いよく飲み干した。


「かぁ~っ……。

 この飲み方が一番美味ぇんだよなぁ」


独り暮らしをしてからというもの、海麗は酒癖が悪くなった。

今はまだこの程度ぐらいですんでるが、これが将来悪いクセを連れてこなきゃいいが…。


「…そういや、海麗って子供嫌うわりに知子の面倒見はいいよな?

 姉妹ってのもあるだろうけど…」


「あー?

 …そうだなぁ………まぁ俺は知子みたいなクソガキは道端に捨てていきたいぐらい嫌いだけどな」


ゴミと同然って言うとるのと変わらんやつですやん。


「…まぁでも……知子とは色々とあったからなぁ…」


「…色々と?」 


程よくアルコールが回ってきたのか、海麗は少し楽しげに語り始めた。 


 


 


 















あれはオレがまだ引きこもりニートをしてた時だ。

 親父から時々小遣いを貰ってたオレは、基本的に夜中全員が寝静まってからコンビニにポテチとか買い足しに行ったりしてたが、どうしても我慢できない日は昼内に出歩いたりしてた。

基本的に昼夜逆転の生活習慣になってたオレは昼間に起きてることは少ない方だった。

そんな最中に出歩いた夏の昼。

 アイスが食べたくなったオレは家に誰もいないことを確認してからコンビニにアイスを買いに出た。

その日はウザいほど暑く、昼でもカーテンをしきってたオレにはあまりに刺激が強すぎる光景だった。


『早くアイス買って帰ろう。

 オンラインゲーのイベント更新もちょうど三十分後だからちょうど良い暇つぶしになるしな』


歩いて五分ほどで全身から汗が吹き出て、ボーッとする頭で苛立ちつつもコンビニに向かっていた。

その時だった。


『お前のせいで試合がめちゃくちゃだよ!

 どう責任とってくれるつもりだよ!』


『そーだ!

 お前のせいで俺たちの名誉が傷ついたんだぞ!

 謝ったってどうしようもねぇんだぞ!』


道端の公園でガキの怒声が響いた。

つまらねぇ喧嘩だろうなと思いながら通り過ぎようと思った時だった。


『ん…?

 あれって………知子…か?』


脳裏に覚えのある顔が見えたと思いきや、そこには男三人に寄ってたかって罵声を浴びせられていた知子がいた。

何事かと思い、オレは死角から四人のやり取りを見守ることにした。


「お前が邪魔したから高橋のやつボール取れなかったんだぞ!

 お前、自分が何をしたか分かってんのか!?」


「そーだぜ!

 先生は無効試合だって言ってたけどよ、あそこでお前が邪魔しなきゃ俺たちの逆転優勝も狙えてたんだぞ!」


「普段から頭悪いバカのくせに、俺たちの試合の邪魔までするなんて、バカの中のバカかよ!」


知子は理不尽なまでに追い詰められていた。

ただ縮こまって泣き続けるだけで埒など空く雰囲気もなさそうだった。

 だが、オレが一番気に入らなかったのは男三人で寄ってたかって女一人をいじめる様そのものだった。


「…おいクソガキども」


我慢できなくなったオレはその現場に乱入した。


「あっ!?

 何だお前………ッ…」


一人がオレに気付くと、オレの顔を見て怒りの感情を無くしたかのように今度は血の気を引かせていた。


「…ッ!?

 うらら……お姉ちゃん……?」


知子が泣きながら呟くと、その場の全員が血相をかいた。


「お、おい…。

 こいつの姉貴かよ…。

 何か……ヤバそうなんだけど…」


多分、ガキ共からはオレが相当苛立った顔つきがヤンキーにでも見えてたのだろう。

だが負けじと真ん中のクソガキは虚勢を張った。


「…はっ!

 こいつの姉貴だから何だよ。

 そんなの、関係ない………」


『ギロッ…』


嫌味全開で睨みつけると、虚勢を張ってたクソガキは言葉をなくした。


「…何寄ってたかってうちの妹いじめてんだよ。

 理由によっては、お前ら全員「吊るす」ぞ」


「ッ…!?」

「ッ…!?」

「ッ…!?」


「吊るす」という言葉に殺されると勘違いでもしたのか、ガキ共は一気に戦意消失していた。

やがて一人が恐る恐る理由を述べ始めた。


「…こっ………こいつが……俺たちの野球の試合を邪魔したんだよ…!

 貴重な他校との交流試合だったんだよ!

 青森じゃ強豪って言われてるとこの野球部との試合だったんだよ!」


恐る恐る言葉を選びながらガキは自分らの身の潔白を提示した。


「…知子。

 邪魔したってのは本当か?」


極めて冷静に、ガキ共とは打って変わって落ち着いた態度でオレは知子に聞いた。

知子は泣きながら弁明した。


「ぐずっ………あのね……ガッコーから帰ろうとしてたら………校庭に……ワンちゃんいて…………ずずっ……かわいいなって思ってたら……ボールが…ワンちゃんに当たりそうになって………それで……」


「…なるほど」


つまり、知子が学校から帰ろうとしてた時、何気に校庭に迷い込んだ野良犬を見てたら、野球部のボールが野良犬に当たりそうになったのを知子が身を呈して守ったということだろう。


「あと一点抑え込めたら、俺たちの勝ちだったのに…。

 俺たちの名誉にも影響のある試合だったんだよ!

 あんまり有名じゃない学校の野球部が、強豪と名を馳せてる奴らに勝てたらスゲーってなるだろ!

 なのに………こいつがボールを弾いちまったせいで試合が無効になっちまったんだよ!」


「……」


よく見ると、知子の腕の中で小さな柴犬が震えていた。

つぶらな目でオレに何か訴えかけてる気がした。


「…クククッ……」


不思議と笑えた。

突然の嘲笑にガキ共は怯えていた。


「なっ…なんだこいつ…。

 急に笑いだしたぞ……やっぱこいつと同じく頭おかしいんだ!」


怯えながらも対抗しようと幼稚な暴言を吹っかけるも、オレには滑稽でしか無かった。


「…なぁガキども。

 一つ聞かせてくれよ。

 …お前らの試合ってのは、そんなに重要な試合だったのか?」


オレの質問に挙動不審になりながらもガキ共は答えた。


「とっ…当然だともっ!

 俺たちみたいな無名の野球部が強い奴らに勝てれば、そりゃ注目もされるし期待もされるし、学校にとっても名誉なんだぞ!」


「………はぁ…」


聞いたオレがバカだったと言うべきか。

何とも予想通りというか……大したこともないと言うべきか。


「なら追加で質問。

 お前らの言う「名誉」とはなんだ?」


「えっ……」


ガキ共は互いに顔を合わせるも、しどろもどろで誰も答えられず終いだった。


「そのご立派な名誉でお前らに金でも入んのか?

 お前らが勝てば学校に金でも振り込まれんのか?

 注目されればお前らの生活が潤うのか…あぁッ?!!!」


「ひっ………」


ガキ共のうちの一人が突然の凄みにたじろいだ。

オレは思わず内心で嗤っていた。


「かっ……金がどーとか、そんなのよりスゲーんだよ!

 お前みたいに「何も出来なさそう」な奴と違って、俺たちは努力と才能でここまでのし上がって……………っ……」


雄弁に語るクソガキが気付くにはあまりに遅すぎた。

「何も出来なさそう」という一言にオレは思わず堪忍の緒がキレそうになった。


「…ガキ共……。

少しは年上に対する言葉選びを学んだ方がいいぞ…。

 それに、お前らの語る名誉なら間違いなくうちの妹の方が賞賛されると思うがな」


「はっ!?

 何言ってんだよ!

 学校を巻き込んでの行事よりもそっちの方が良いなんてあるのかよ!」


先ほどとは打って変わって、オレは冷静に語った。


「じゃあ聞くけど、お前らが大人になってからいつまで経っても誰かがお前らの試合の事を誰かが語り継ぐと思うか?」


「えっ…。

 そっ、それは………」


流石に察したのか、ガキの一人が口を噤んだ。


「確かに、今回の試合がプロ同士とかのものなら世間の注目もあるだろうよ。

 でもよぉ…名も知られてない、ただの小学生の試合を大人になって誰かが覚えてると思うか?

 それよりならよ…「小さな命を守った妹」の方が世間から賞賛されるし、何より「オレは忘れねぇ」けどなァ!!!!」


「っ…!

 お姉ちゃん………ッ……」


背後から再び知子のすすり泣きが聞こえてくると、ガキ共はどうしようもなく戸惑っていた。

 だがそれを打ち破るようにリーダーっぽいクソガキが泣きそうになりながらも持ってた金属バットを握りしめた。


「うっ、うるさい!

 そっちだって、世間が知り得もしない事で自慢してんじゃねぇよっ!!」


「ッ!?

 だっ、大輔!

 暴力はダメだよ…!」


ヤバいと思った連れのガキが諭すも、大輔と呼ばれたガキはバットを下ろさなかった。


「はっ…。

 言葉で通じないなら、力で見せつけるまでだよ…。

 それに、こっちは年下といえど三人だ。

 お前らも構えろッ!!」


「っ……」

「っ……」


残りの二人も挙動不審になりながらもバットを構えると、知子が叫んだ。


「ッ…!

 そんなのズルいよ!

 ひきょーだよ!」


知子が喚くも、ガキ共は逆に優勢感に浸っていた。


「卑怯で上等よ!

 結局、女は男に勝てないってこと教えてやるよ…!!」


「……はぁ…」


口では大したこと……でも無いことを述べるも、その手元は酷く震えていた。


「……そういや、一年ぐらい前だったかな。

 街中歩いてたら、お前らみたいな男連中がオレに喧嘩ふっかけてきてな。

 全員、ナイフとかバットとか持ってたな…」


「……は?」


大輔と呼ばれたガキは突然の語りに目を丸くしていた。








『ガシャンッ!!!!』








傍に設置されていた鉄網で出来たゴミ箱を力一杯蹴り飛ばすと、ゴミ箱は数メートル先まで吹っ飛んだ。


「………」

「………」

「………」


目の前の出来事に理解が追いついてないのか、ガキ共は一切の感情を表せず棒立ちになっていた。


「オレと目が合ったのが気に入らねぇって喧嘩ふっかけてきたんだよ。

 ……全員「病院送り」にしたけどな」


「病院送り」という言葉にとうとうガキ共は言葉すら失っていた。




















「痛い目あいたくなきゃ、とっとと失せろクソガキどもがッッッ!!!!!!」

















「うっ……うぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「やべっ、逃げろぉぉぉぉぉ!!!!」


「やだっ、死にたくないよぉぉぉぉ!!!!」


オレの怒号をキッカケにガキ共はようやく逃げ出した。

 実際のところ、本当に返り討ちにした訳ではなく、あくまでオンラインゲームの勝ち抜き戦でボコボコにしてやっただけなんだけどな。



「チッ……。

 次会ったらマジでブン殴ってやりてぇわクソッタレ…」


唾を吐き捨てて振り返ると、知子は犬を抱いて泣き伏せていた。


「おい、大丈夫か知子」


極めて冷静に声をかけるも、オレの怒号に怯えてか知子は反応すらしなかった。


「ひぐっ……。

 ……ごめんなさい……お姉ちゃん……」


「……は?」


勘違いだった。

知子はむしろオレに懺悔してきた。


「ぐずっ……知子が………知子がばかだから………お姉ちゃんにも……あの子たちにも迷惑かけちゃった……。

 ……ごめんなさい……」


「………」


なんて声をかけたら良いか分からなかった。

ただ確実に言えることは……知子は何も悪くない。


「知子…。

 ………よく「耐えた」な」


「っ…!?」


予想外だったのだろうオレの言葉に知子はようやく顔を上げた。


「さぞ怖かっただろうに。

 お前は兄妹の中でも一番弱っちいくせによ、よくあのクソガキどもの煽りに耐えたよ。

 …お前はすげーよ」


「ッ……お姉ちゃん………。

 …うわぁぁああぁぁぁぁ……!!!!」


知子は耐えきれなくなったのか、犬を抱いたままオレに泣きすがった。

知子の片手がオレの身体に触れると、不思議と知子の苦しみがオレにも伝わってきた。


『違う…。

 オレがすげーって言ったのは……いじめで負けたオレよりも、あれに耐えたお前が羨ましかったからだ……』


そんな事を思いつつ、オレはもらい泣きしながら知子を抱きしめた。






















その後、知子が泣き止んで落ち着いてからオレたちは犬を交番に連れて行った。

幸い犬には首輪があり、誰かの飼い犬の可能性があった。


「では、こちらの書類にサインお願いします」


サツの指示に従い、オレは拾得物届出の紙にサインをしていた。


『ええっと、今日は何日だっけ。

 引きこもりしてるから、日付とか忘れちまったな…』


署内にカレンダーか何かないか探していた時のことだった。

 背後の入口から血相をかいた婆さんが駆け込んできた。


「はぁ……はぁ……!

 すいません、こちらの方に……赤い首輪を付けた子犬は来ていませんかっ!?」


突然のことに思わずオレと知子が振り返った時だった。


「……ワンっ!」


知子が抱いていた子犬が初めて吠えた。

婆さんは子犬を見て目を見開いた。


「あっ……あぁ………ヨシロー…!!!!」


婆さんが泣きながら名前を呼ぶと、子犬は知子の腕の中から飛び出て婆さんに駆け寄った。


「良かった…!

 あぁ良かった………もう会えないかと心配したよ……!!」


「ワンっ、ワンっ…!」


必死に子犬を宥める婆さんの姿に、思わず知子ももらい泣きしていた。


「あっ、あの……その子犬の飼い主さんですか…?」


サツが恐る恐る聞くと、婆さんは泣きながら答えた。


「そうです…!

 私が家の中を掃除するのに玄関を開けてたら……大きい音がして……多分それでびっくりしたみたいで………それで……」


婆さんは泣きながら子犬の首元に顔を埋めた。


「…その子、ヨシローって言うんですね」


知子が優しく聞くと、婆さんは泣きながらも笑顔で語った。


「えぇ…。

 亡くなった旦那の忘れ形見なんです…。

 ……あなた方が、この子を見つけてくれたんですか…?」


「あぁいや…見つけたのはうちの妹で、オレはその付き添いで……」


そう弁明すると、婆さんは犬を片手に知子の手を握った。


「ありがとう…。

 私、この子が居ないと生きる意味がないから………本当にありがとう……」


婆さんの言葉に知子も涙を滲ませながらも返答した。


「ううん。

 ちゃんとおばあちゃんの所に戻れたなら知子も安心です。

 ……良かったね、ヨシローくん」


知子が人差し指で犬の顔を撫でると、気持ちよさそうな顔を浮かべていた。


「……そうです!

 お礼をしないと……すいません、今これしか手持ちがなくて…」


申し訳なさそうに婆さんが差し出したのは、まさかの一万円札だった。


「ちょ…!

 まっ、待ってくれ!

 たかが犬を拾ったぐらいでそんな大金貰えねぇよ!」


「でも、何かお礼したいんです!

 どうか、お納めください…!」


「ッ……」


困った。

オレが言える立場ではないが、犬一匹拾ったぐらいで気軽に一万を貰うなんてたかが知れてる。

どうか他に何か無いものか…。


「…そうだ!

 おばあちゃん、お金はいらないから、こんど知子のお家にきて!」


「え…?」


知子の予想外の提案に婆さんは思わず間抜けな反応をするも、それはオレも同じだった。


「あ、あの……それはどういう…」


「んとね、知子の家に来て、もっかいヨシローくんをつれてきてほしいの!

 今日はおばあちゃんもヨシローくんもつかれちゃってると思うから、こんどあらためてヨシローくんに会いたいなって!」


「………」


知子の純粋な言葉に、婆さんは思わず笑みを零した。


「…分かりました。

 必ずお伺いします。

 …ありがとね、知子ちゃん」


「えへへー」と笑う知子の手を、慣れたのかヨシローは匂いを嗅いだりペロペロと舐めていた。





















その後、互いに住所と連絡先を交換し合い、事件は一件落着となった。


『グギュルウゥゥ…』


交番から出て少し歩くと、知子の腹が鳴った。


「えへへ…。

 知子もつかれちゃったから、おなかすいちゃった…///」


「…やれやれ…」


ため息をつくも、今回ばかりは仕方あるまい。


『……いや待て。

 オレが外に出たのは、コンビニに行くためだったんだ…!』


目的を忘れていたが、ようやくオレも自分の目的を………。


「……仕方ない。

 千円までならなんか奢ってやるよ」


「えっ…!?

 でも、お姉ちゃんのおこずかい……」


「今日のMVPはお前だ。

 好きなもん選べ。

 ただし、千円までな」


「…うみゅ…」


多分、これが親父相手なら遠慮なく喜んでいただろう。

相手を見て遠慮するとこは、バカのくせにムカつく。

そんな事を思いつつ、二人で目的地のコンビニにたどり着いた。


「何が食いたいんだ?」


「んとねー………アイス!」


「はいはい」


一緒にコンビニに入ると、入店音と共に心地よい冷風が全身にまとわりついた。

一直線にアイスコーナーに向かうと、知子は何かを探すように見定めていた。


「えーっとねぇー………あった!」


知子が見つけたのは、シェアタイプの吸うパッキンアイス。


「…一つでいいのか?」


「うん!

 お姉ちゃんとちゅーちゅーしたいから!」


「はぁ?

 …オレは別のアイス買うから別に構わな………」


ふとある事を思い出したオレは財布の中身を確認した。


『ッ……しまった…。

 三日前に電子カード買っちまったから、二千円残ってると思ったら、五百円しか残ってねぇ…』


「…?

 お姉ちゃんどうかしたの…?」


「ッ!?

 なっ、何でもねぇよ!!

 アイス買ってとっととずらかるぞ!」


知子の食いたがってたアイスを片手にオレはそそくさとレジに向かった。


「えっ!?

 でも、お姉ちゃん自分のアイスは…?」


「…気が変わった。

 オレはいい。

 家帰ってから何か食う」


幸い、セルフレジもあり店員もいなかったため、オレは変に恥ずかしい思いをせずに済んだ。


「…ほらよ」


コンビニの前に居座りアイスを知子に渡すと、知子は少し申し訳なさそうにアイスの外袋をピリピリと破った。


「ふんっーーーーー!///」


ニコイチにくっ付いたアイスを引き離そうと力を込めるも、知子の力ではいつまで経っても無理そうだった。


「…貸せ」


知子からアイスをぶん取り、オレはアイスを引き離した。


「ん」


二本差し出すも、オレと食いたいと言ってた知子は一本だけ受け取った。


「…あ、ちょいまち」


知子のアイスのキャップ部分を噛み、歯でキャップを噛みちぎった。


「お姉ちゃんしゅご…。

 はいたくない…?」


「ハサミねぇ時は何時もこうだよ」


もう一本も同じように開け、オレはアイスを揉みほぐしながらコーヒー味のシャーベットを吸い出す。


「んっーー。

 んまっ…」


ようやく味わえたアイスの冷たさと甘みをオレは堪能する。

そんなオレの反応を見届けてから知子も同じように固まったシャーベットアイスを手で揉みほぐし、ほぐれたアイスを吸い出す。


「んっーーー。

 あまっ…♪」


ミルク味のシャーベットアイスに知子も癒されてか、足をパタつかせていた。


「真似してんじゃねぇぞ」


「えへへー♪」


久しぶりに感じる姉妹…家族とのやり取りに、気付けばオレは「笑っていた」。






















アイスを食べ終えたオレたちは家へと歩いていた。


「……今日はありがと。

 お姉ちゃんすごくかっこよかった」


「…別に。

 あのクソガキどもが目障りだっただけだ」


そう言うも、知子は笑顔を絶やさなかった。


「知子ね、お姉ちゃんが「お姉ちゃん」で良かったと思うよ!

 海麗お姉ちゃんはすごく強くてカッコよくて………「ヒーロー」みたいだったよ!」


「…ヒーロー?」


「うん!

 弱い人をたすけてくれるせいぎの味方だよ!

 だからお姉ちゃんは知子のヒーローだよ!」


「…バカバカしい」


ヒーローなんてあまりに似つかわしくない。

オレはただ、いじめられてた知子の姿に過去の自分を重ねただけだ。

でなきゃ、あんなブチ切れることもなかったはず…。


「だとしても、お姉ちゃんは知子のヒーローだよ!

 知子はおバカだし、力もないけど……お姉ちゃんはそんな知子を守ってくれたもん!

 あっ、ヒーローがやなら………お姉ちゃんは「ダークヒーロー」だね!

 悪い人ぶってても、さいごはよわい人をたすけてくれる「黒い正義」だよ!」


「………」


不思議と反論出来なかった。

何故か言葉が喉奥で詰まった。


「いつか、お姉ちゃんがこまることがあればこんどは知子がお姉ちゃんのことたすけてあげるからね!

 だからお姉ちゃんも、こまったことがあればまよわず知子をたよってね!」


さっきまでとは打って変わって知子は意気揚々と語る。


『ガキのくせに、何言ってんだか…。

 …けど………「ダークヒーロー」ってのは悪い響きじゃねぇな…』


ほんと、何言ってんだか。


「お姉ちゃんもこのまま帰る?」


「そうだ…………っ!」


純粋なまでの知子の質問にオレの焦りが加速した。


「……悪い。

 行くとこあったんだ。

 先帰ってろ」


「…わかった!」


何かを察してか知らずか、知子は僅かな間を置いて素直にオレの返答を受け入れた。


「じゃあ気を付けてね!

 早くみんなにもかお出してね!」


大手を振って知子は家に走っていった。


「……」


途端に空気が変わった気がした。

さっきまであんなに賑やかだったのに、気が付くと「いつも通り」の静けさがオレを包み込んだ。


『…悪い知子。

 オレはまだ……みんなには顔を出せないや…』


こんな陰キャがヒーローだなんて、改めて思い出しても笑えてくる。


「…バッカみてぇ」


その日、日が沈むまでオレはゲーセンにたむろする事となった。






















「…それで、あの婆さんが来たわけか。

 犬を拾ってくれたお礼だと、わざわざビール一ケースとお菓子の詰め合わせ持ってきてくれたっけ」


「そういう事。

 知子のやつ、喋ってなかったのか?」


「いんや、犬を助けたことは公言してたけどまさか海麗だったとは…。

 俺はてっきり、夏怜か璃杏かと…」


「まぁそうなるよな」


二本目の缶ビールを開けながら海麗は続けた。


「あれ以降、部屋にいると時々戦隊モノのマネをする知子がウザくて仕方なかったぜ…。

 全く、小学生とは言えど本当に落ち着きがないったらありゃしなかった…」


確かに、いつ頃からか知子は突然戦隊モノや仮面バトラーに急にハマるようになった。

まさかそんなことがあったとは…。


「…ふあぁぁぁあ…。

 オレもぼちぼち寝るかな」


大きなあくびをする海麗を尻目に時計を見ると、既に夜中の二時を回っていた。


「明日……今日も夏怜を連れて出かける予定だし、俺も寝るか」


俺の言葉に海麗はビール缶を持って自分の部屋に向かった。


「おやすみ海麗」


俺の言葉に一瞬振り返るも、海麗はそのまま部屋に寝入った。






















翌日。

海麗と強乃も仕事が休みということで、全員で水族館に行くことにした。


「お魚さんかぁいいよぉ!(*´∀`)」


知子が人目も気にせず走り回り、それを璃杏が追い、強乃と海麗は好きに見て歩く。

俺はそんな彼らの後ろ姿を見つめていた。


「…父さんは近くで見ないの?」


いつの間にか隣にいた夏怜が聞いてきた。


「おん?

 ここからでも十分見えてるよ。

 夏怜も間近で見てくるといいよ」


正直、薄暗い照明と魚を眺めることで分泌されているアルファ波で眠くなっております。


「…父さんは海の生き物なら何が好き?」


「ん~…。

 ……ホタテとかかなぁ。

 魚みたいにいちいち動かなくていいし、天敵にビビる生活しなくていいし。

 食べても美味いし」


「そう…」


あっ、会話殺しちった。


「夏怜は何が好きなんだ?

 クラゲとか?」


「…クラゲも好きだけど…。

 ……シャチ…かしら」


意外な答えだった。

夏怜なら間違いなくクラゲのようにプカプカ浮かんでいたいとか、イルカみたいに共存できる生き物がいいとか言うと思ったのに。


「それはまたどうして?」


「………「自分にないもの」……だからかしら」


 …よくわかんね。


「ちなみに動物園だったら?」


「…ハシビロコウかしらね」


「あっ…(察し)」


おおよそイメージがそのもn。


「…ねぇ父さん」


夏怜が不意に離れ、向かったのはクリオネの水槽が置かれた位置だった。


「…私が東京に出た日のこと…覚えてる?」


「ほぇ…?

 ……うっすらと…」


正直あんまり覚えてない。

電車追っかけて酸欠になりかけたのは覚えてる。


「……あの日のセリフ…。

 私…」


「お父さんみてみてぇ!」


夏怜の言葉を遮るように知子が背後から駆け寄ってきたと思うと、その手の中にはでろでろに溶けたナマコがいた。


「うわぁぁぁッ‼?

 …はよ戻してきなさいッ!!」


「きゃははは!♪」


俺の反応に満足してか知子はケラケラ笑いながら手づかみ体験コーナーから持ってきたナマコを戻しに行った。


「知子のやつ…。

 …ごめん夏怜、セリフがなんだって?」


改めて聞こうとすると、夏怜は微笑ましそうに笑っていた。


「……何でもないわ」


…正直、気になりはしたが……あんな笑顔を向けられたらスルーするしかないじゃんってやつ。


 


 


 


 


 


 









その後、イルカショーを見て昼食を摂り、みんなでお土産を買った。


「あー楽しかったぁ♪」 


「知子。

 あなたももう中学生なんだから、もう少し落ち着きというものを…」


「腹一杯に飯も食ったから眠い…」


「オレも帰って寝たい…」


約二名は帰宅申請しているがそうもいかん。


『今帰ったら多分、夜の九時、十時まで寝ちまいそうだしな…(汗)』


正直、俺も疲れてるし普段ならもう帰るとこだが、夏怜がいる以上そうもいかん。


「夏怜。

 どっか行きたいとこない?」


夏怜は黙って数秒間、俺の顔を見つめ言った。


「…家がいい。

 ちょっと疲れてきたから」


「そっ、そうか…。

 みんなもそれでいいな?」


「知子はいーよー。

 いっぱい楽しかったしぃ」


「お姉さまがそうおっしゃるのであれば、私も異義は無いです」


俺の眠気を察してか否か、夏怜の意見は「予想通りの現実」を招く結果となった。


 


 


 


 


 


 








――数時間後――



 

「…………ふごっ、寝ちまってた………ッ‼?」


いつの間にかソファーで寝ていた俺はハッと飛び起き時計を見ると、時刻は夜の二十時を指していた。


「ようやく起きたか」


傍でテレビを見ていた強乃が声をかけた。

その周りに夏怜たちの姿はなかった。


「…みんなはどうした?」


「帰ってきて父さんが寝てから「しばらくお父さまは起きないでしょうからみんなでプリクラ撮ってご飯も食べに行きましょ」って言って遊びに行ったよ。

 俺はめんどくさいし女子四人に男一人ってのもあれだったから遠慮したけどな」


「………」


…やべぇ。

帰ってからいつ寝たとかの記憶がねぇ。


「腹へった。

 なんかある?」


「ちょい待ち。

 ……そうめんならすぐ出来るよ」


「じゃあそれでいいや」


少し寝ぼけた意識でそうめんの乾麺を出し調理に取りかかろうとしたときだった。


『ただいまー!』


玄関から知子の声が聞こえてきた。


「ただいま戻りましたわ。

 ……何か作るんですの?」


一緒に戻ってきた璃杏が台所に入ってきた。

その後ろから夏怜も顔を覗かせた。


「強乃にそうめん食わせようと思って。

 お前らも何か食べるか?」


「知子おなかすいた!」


ビシッと手を挙げて宣言する知子だが……おん?


「お腹すいたって……何か食べてくる予定じゃなかったの?」


「そのつもりでしたが……お姉さまが「やっぱり家で食べたい」とおっしゃりましたので、帰ってきましたわ」 


「そっか。

 じゃあお前らの分もな」


「私も手伝う」


そう言って夏怜は袖捲りをして手を洗った。


「じゃあ鍋に水を入れて火をつけてちょい」


「お父さん、知子も手伝う!」


「おっ、いいねぇ。

 じゃあ米研いでくれるか?

 ザルにカップ五杯分入れてな」


「はぁーい」


これでだいぶ支度の方ははかどる。

家族がいるってほんとありがてぇなぁ。


「強乃と璃杏と海麗は先に風呂入っといで。

 後が詰まるから」


「んー…だるいなぁ…」


強乃がめんどくさがると璃杏が立ち上がった。


「では先にいただきます。

 海麗お姉さまはどうします?」


「オレは最後でいいよ。

 一人でゆっくり入りたいし」


「では、お言葉に甘えて」


璃杏が風呂に入りに行ったタイミングで知子の準備が整った。


「お父さん、お米はこれぐらいあらえばいい?」


「うぬ。

 そしたらジャーにあけて五の目盛りまで水を入れて蓋をして炊飯ボタンを押せい」


「…艦長、お湯が沸いたわ」


「おしっ、では……ん?」


無表情で何か違和感ワードを言われた気がしたがとりあえずスルーすることにした。


「じゃあ夏怜はこの乾麺をさっと湯がいて。

 湯がいたら知子の使ったザルにあけて冷やしてちょ」


「了解」


「お父さんお父さん、次は何をすればいーい?」


「そうさねぇ……。

 こっちは大丈夫だから、風呂入って璃杏の背中を流してやれ」


「はーい!("`д´)ゞ」


ア○レちゃんばりの飛行機走りで知子が離脱し、俺は洗い物に手をつけた。


「父さん、火傷するわよ」


「ん?

 …うぉっ、ちょい待ち!」


熱々の鍋を両手で持った夏怜が今か今かと構えていた。

ザルを置いてすぐさま退避し、夏怜が水洗いを終えるまでに俺は皿を出した。


「水気をよく切ったらだいたい一つまみ分に取ってくるくる巻いて置いてちょ。

 その方がみんなで取りやすいから」


「なるほど」


納得しながら夏怜は言われた通りに一口分にくるくる巻いて皿に乗っけていく。


「…父さんは教え方が上手ね。

 分かりやすいし丁寧だし、何より相手を気遣った采配がかいま見える」


「そう?

 まぁうちは大家族だから、こういうとこも考えてないと喧嘩になるしね」


そんな俺を夏怜はじっと見ていた。


「結婚するなら、父さんみたいな人がいいかしら」


「それは自分で決めなさいな」


洗い物を片付け終え、俺はテーブルで待つ強乃と海麗に、リルドさんから差し入れで貰ったしそジュースを差し出した。


「飲んでみ。

 美味いよ」


強乃と海麗は匂いを嗅いでから一口飲んだ。


「んっ……喉に来るけど意外と嫌いじゃないかも」


強乃は当たりだったようだ。

海麗はというと…。


「うげ、鼻から抜ける風味が好きじゃねぇ。

 コーラねぇのかよ」


「ありゃ、口に合わんかったか」


流石は現代っ子。

「コーラ」の三文字はやはりパワーワードだったか。


「お風呂いただきました」


「知子もさっぱりしたぁ」


「ちょうどよかった。

 二人も飲んでみ」


風呂上がりにはたまらんだろうと心の中でドヤ顔しつつ二人に飲ませてみた。


「ッ…!

 美味しいです…!

 お父さま、これはなんですの?」


「……ふぁ、これ野菜ジュース?

 でもすごくさっぱりして飲みやすい!」


二人にも好評だった。

流石はお婆ちゃんの味というべきか。


「夏怜も飲んでみ。

 美味しいよ」 


「…夕飯のお供に飲んでみるわ」


「じゃあオレは先に風呂入ってくる」


海麗が風呂に行った直後、その後ろ姿を眺めていた夏怜もつられるように風呂に向かった。


『飯が炊けるまであと十分…。

…あっ、冷凍の白身魚のフライとかき揚げでも揚げるか』


冷凍庫から業務用の白身魚のフライとかき揚げを取り出し、フライパンに油を注いでる間、何気にリビングに目を向ける。


「あっははははは!」


知子はお笑い番組で罰ゲームにタライを落とされて痛みに悶える芸人を見て笑い、強乃はマンガ、璃杏はスマホに熱中していた。


『こうして見ると、歳の差というか現代っ子だなぁってのがよく分かるよなぁ』


俺がガキの頃はテレビでアニメやお笑い番組に熱中していたが、中学三年の後半辺りからスマホが出始め、それまでガラケーだった俺も母さんに勧められて変えたんだっけ。


『そろそろ知子にも持たせんとかわいそうだな』


中学生にもなってスマホデビューしてないのは流石に世間の目も痛いだろうしな。

まぁ知子の場合「使い方間違えれば爆発するよ」って嘘教えたら、そこからスマホに恐怖心を抱き始めちったんだっけ。

…普通信じるかよって話な。 

 そうこうしてるうちに炊飯終了を告げるアラーム音が鳴った。

その間に俺は温まった油に揚げ物を投入していく。


「ちょ…くっつくなよ気色悪ぃッ…!///」


「良いじゃない。

 別に減るもんじゃないんだし」


何故か風呂から戻った夏怜が海麗の腕に恋人のようにしがみついていた。

なんとかしましい('ω'*)。


「父さん。

 私、海麗と結婚するわ」


「はぁッ!?

 何言ってんだよ夏怜姉ぇ!」


「いいんじゃないか?

 ……って言いたいとこだが、身内や親戚関係での結婚は法律的に認められてねぇんだよな」


「あら残念」


そうは思ってなさげに夏怜は海麗の腕からようやく離れた。


「…ったく、いきなり着替えてるとこに音もなく来たと思いきや、いきなり一緒に入るだの……やっぱり東京行って頭おかしくなったか?」


「そんな……ひどい…」


無感情ボイスで夏怜がへたりこむと知子と強乃からヤジが飛んだ。


「あー!

 海麗お姉ちゃん泣かしたー!」


「あーあ。

 泣かしてやんのー(笑)」


「ばっ……ちげぇよ‼

 夏怜姉ぇもいつまで嘘泣きしてんだよ‼」


「はいはい喧嘩しないの。

 二人もはよ席に着けい」


懐かしさのあるそんなやり取りは、一人俺の心をしみじみと感傷に浸らせてくれた。


 


 


 


 


 


 









「じゃあオレは帰るわ。

 明日仕事だし」


食後、少しして海麗が唐突に帰り支度をし始めた。


「せっかくだから今日も泊まってけよ。

 別に家なんだし遠慮する必要もないんだし」


「…ここだと落ち着いて眠れねぇんだよ」


ぶっきらぼうな態度で海麗は荷物を持ち、どら猫のように残していた白身魚のフライをつまみながら玄関に向かった。


「おい海麗…」


「行かせてあげて父さん」


止めたのは夏怜だった。


「海麗は気持ちの切り替えの為に敢えて現実に戻ろうとしてるの。

 そっとしといてあげて」


夏怜の言葉は有力さがあった。

そんなこと言われちゃあ……ねぇ。


「ふんっ、付き合ってられるか。

 ……じゃあな夏怜姉ぇ。

 気ぃ付けて東京帰れよ」


愚痴を吐き捨てつつ夏怜に別れの挨拶を告げ、海麗はそのままアパートに戻った。


「……信じてあげて。

 あんなこと言ってるけど、海麗も一社会人としての考えのもとだと思うの」


「ほぅ…」


でももうちょいオブラートに包んで言ってほしいものだ。

夏怜との温度差が地球温暖化レベルにしんどぅい。 


「…もう寝るわ。

 明日余裕をもって出たいから」


「えー。

 もうちょっとお話しようよー」


「じゃあ布団で一緒に話す?」


「であれば私もお付き合いします。

 私が好きなアロマの芳香剤も持っていきますね」


そう言って女子陣はそそくさと自室に撤退していった。


「……俺も寝る」


残された強乃も飽きを見出だして部屋に行った。


「………」


時刻は二十二時。

寝るには早すぎる。

残された俺は一人、MyTubeでラノベ原作のアニメを見ることにした。


『僕は君でよかったと思ってる。

 君に出会えた事を、決して忘れないよ』


抗えぬ運命に倒れるヒロインを主人公が涙ながらに抱きしめるシーンに思わず俺ももらい泣きしていた。

……それから二時間後。


「…そろそろ寝るか。

 夏怜も明日出るし」


リビングの電気を消そうとしたときだった。


「…あっ」


「…んっ?」


階段から足音が聞こえて来たと思いきや、姿を現したのは夏怜だった。


「トイレか?」


「…女の子にそんなこと聞くの?」


「……お花を摘みに行くのですかお嬢様?」


「…何それ。

 今どきそんな言い方しないわよ」


「んむ。

 そろそろ寝るから、トイレなら最後に電気消しといて」


「……」


そこで夏怜は黙りこんだ。


『トイレじゃないのか…?』


そう思いつつ階段を登ろうとしたとき、後ろから不意に服を掴まれた。


「父さん……。

 …お願いがある…」


「…なんだよ。

 急に改まって」


少しだけ夏怜がもじもじとしている。

言いにくいことだろうか。


「なんだよ。

 言わなきゃ分からんぞ」


「ッ………」


夏怜がはっきりと言いたいことを言えずにいるのは、大概重要なことだ。


「その……少し………ドライブに……行きたい…」


「………………はい?」


それはもう…………俺が顔を覆いたくなるような盛大な勘違いだった。


 


 


 


 


 


 










結局、俺は夏怜を助手席に乗せてこっそりドライブに出た。

深夜ということもあり、ほとんどの店は電気を消し、道路を走る車の少なさがいつもの夜とは違う雰囲気が静かな時間を演出していた。


「…素敵ね。

 深夜に出歩いたことないから新鮮だわ。

 東京と違って人も少なくて落ち着く」


「俺一人だったらドライブと言うより「深夜徘徊」だけどな」


俺の冗談に夏怜がくすりと笑った。


「父さん…。

 ………実はね……」


「…?」


夏怜が再び言葉をつまらせる。

今度はほんとにトイレだろうか。


「…私…………「求婚」されたの……」


「ほぉん。

 そりゃ良かっ…………はっ?」


一瞬、血流の流れが止まった気がした。


「…相手は二つ年上の人で、大手の広告代理店に勤めてる。

 …真面目に………考えてる…」


「………いいんじゃないか?」


「え…?」


俺の意外な返しに夏怜は声を裏返した。


「夏怜が結婚していいと思える男なら俺は文句なんて言わない。

 夏怜は人を見る目があるし、お前が選んだ男なら外さないと思うし」


「でも……交際もなしに結婚は…」


「そこは夏怜が付き合ってみて、本当にいいと思うなら結婚すりゃいいし。

 もうお前の人生だしね」


「そう……」


何か刺さってきてほしかったのか、夏怜は寂しげに窓の外を眺めた。


「それを告白するためにドライブに出たがってたのか」


「…それもある。

 でも、深夜ドライブもちょっと興味があった。

 …東京に帰る前に、父さんともゆっくり話したかったから…。

 東京は昼も夜も騒々しくてかなわないから」


夏怜からそんな言葉が出るとは予想外だった。

気が付けば、俺たちは外灯が無い一本道を走っていた。


「俺もいつまで生きてるかわからん。

 だから、俺が生きてるうちに好きなことしておけ。

 いや………お前が生きてるうちにやりたいことやっておけ」


「父さん…」


正直、俺は嘘をついていた。

ほんとは相手のことも詳しく聞きたいし、どんな顔かも気になる。

でも……知るのが怖かったんだと思う。

夏怜がそいつと付き合って、結婚して子供をつくって家庭をもって……何故だろう。

身に覚えのない不安がよぎった。


「……もう少し、冷静に考えてみる」


夏怜の言葉を最後に、俺たちは家に帰るまで言葉を交わすことはなかった。

それから家に帰り、夏怜はそそくさと上着を脱ぎ捨てた。


「明日、朝の十時に出ていく」


「そっか。

 じゃあ飯も食って…」


「おやすみ」


俺の言葉を遮るように夏怜は部屋に戻った。


「………」


怒ってる……とは違うと思う。

多分……いろいろやるせないのだろう。


「……寝よ」


むず痒さしかないしこりを感じつつ、俺も明日に備えて寝ることにした。


 


 


 


 


 


 









翌日、七時に起きた俺はいつも通りに朝飯の支度をする。

予約炊飯を忘れてた俺は、朝から米を研ぐのもめんどくさがり、朝は大盛り焼きそばを作ることにした。

そんな焼きそばのソースの匂いにつられてか、海麗を除く全員がぞろぞろと起床する。

まだまだ若さ全開の娘たちはもりもりと焼きそばを平らげ、出発の時間までだらだらしていた。


「……」


唯一、夏怜は俺と目を合わせなかった。

昨日のことでまだ何か引っ掛かってるのだろう。

そんなこんなであっという間に約束の十時が迫ってきた。


「…そろそろ行くわ」


荷物を持つと知子たちも立ち上がった。


「お姉さま、今日は私たちにもお見送りさせてくださいまし」


「そーだよ。

 次からは一人でかってに行かせないもん!」


張り合うように二人が止めようとするが、夏怜は分かってると言わんばかりに笑っていた。


「そうね。

 一緒に来てくれたら嬉しいわ」


夏怜の許可をもらい、俺たちは夏怜を連れて再び駅へと向かった。


 


 


 


 


 


 










駅のホームで新幹線を待ったのは約十分ほど。

まもなくして新幹線到着のアナウンスが流れた。

やがて目の先に新幹線が到着し、降車する人々を排出してから乗車する人たちが乗り込んでいく。


「お姉ちゃん、東京にもどってもさみしがったりしないでね。

 知子も……泣いたりしないから…!」


「そうね。

 知子ももう大人だもんね」


今にも泣き出しそうな知子の頭を夏怜が優しくなでると、璃杏がプレゼントを渡した。


「お姉さま、これを持っていってくださいまし。

 私が縫った刺繍のハンカチです」


「ありがとう。

 ……綺麗…」


暗めのピンク地に青いミシン糸で蝶の模様が編み込まれていた。


「素敵なハンカチね。

 …ありがとう璃杏。

 大事に使うわね」


優しく微笑み、夏怜は新幹線の入口に乗り込んだ。


「夏怜姉ぇ、元気でな。

 怪我したりすんなよ」


「…強乃も早く奈津子ちゃんと仲直りしなさいよ」


「…分かったよ…」


強乃が図星を突かれたタイミングで発車のアナウンスが響いた。


「…父さん」


ドアが締まる直前、夏怜が俺に声をかけた。


「…なんだ?」


うつむきながら間を空けた夏怜は、突然顔を上げると涙を滲ませながら満面の笑みを浮かべた。



 


 


 


 


 









 

「行ってきます、父さん!」

『行ってくるね、燈!』


 


 


 


 













「………………」  


その直後、ドアが閉まり新幹線がゆっくり動き出した。

知子と璃杏と強乃が四年前の俺と同じように夏怜の姿が見えなくなるまで追いかけずっと何かを叫んでいた。

やがて新幹線はその姿を遠く小さく収束させていった。


「行っちゃったね」


「えぇ。

 でも、いつかまた会えますわ」


「そうだな。

 夏怜姉ぇはそんなヤワな女じゃねぇから、どうせ面の皮で戻ってくるさ」


三人が思い思いに語り合いながら俺の元へ歩み寄る。

…いつか、この三人のうちの誰かもここから旅立っていくのかもしれない。

それでも………。


「………俺たちも帰るよ」


見送りを済ませ、俺たちはホームの階段を下りていく。


「お父さん、知子ソフトクリーム食べたい!

 あとゲーセンも行きたい!」


「ゲーセンって……もうやってるか」


少し思慮し、俺は結論を出した。


「……一人、二千円までだよ」


「よっしゃっ!

そうこなくっちゃな!」


知子の言い出しっぺが通ったことに強乃もテンションを上げていた。


「では、みんなで行きましょう」


予想外に冷静な璃杏の合図を皮切りに、俺たちはゲーセンへと向かった。


「…しかし璃杏。

 なんであげたハンカチの模様が蝶なんだ?

 お前、虫嫌いだろ?」


「…ご存知ありませんか?

 蝶は幸せを運ぶ虫として縁起がよろしいのですよ。

 お姉さまにはそうあって欲しいと作ったのです」


「ほぉー。

 洒落てるねぇ」


夏怜ならそうだと把握してるだろうな。 


「むぅー。

 知子もちょーちょのハンカチほしー!

 知子はきーいろいのがいい!」 


「いいですよ。

 では……布と糸を買ってこないといけませんね」


「なら買い物ついでにデパート行くか。

 それからゲーセンな」 


「ふぁーい!」 


意気揚々と知子がホームの階段を降りて行く後ろ姿を俺は後を追う形で見つめていた。


『…また近いうち顔出すからな………祈世樹』 


残された俺が今感じている幸せに少しだけ罪悪感を感じつつ、璃杏たちと共に車へと向かった。 




 


 


 


 


 










カリカリとシャーペンがノートの上を走るように文字が刻まれていく。

ようやく物語を書き終えた男は、しんどいまでの頭痛と達成感に浸り、読み返しすら忘れてそのままゴミとガラクタだらけの部屋の中で横たわった。


「…これで………いいんだ…」


哀れなまでの自慰的達成感、愚かなまでの脚色に男は血色の悪い笑みを浮かべた。


「祈世樹………………」


男は小さくつぶやき、やがて遠のいていく意識に「全て」を放り出した。


 



 
















これは、ただ「愛に恵まれなかっただけの男の物語」。

















おやすみなさい。

安らかな「永遠ノ優夢(オーバードーズ)」を───



















拝啓、空と世界へ――完――


 

 

作者の鷹利(おうり)です。

まずは、今作品「拝啓、空と世界へ」を最後まで読んでくださった読者様方に深く感謝させて頂きたいです。


長らく何時になったら終わるんだと思った方もおりましたでしょうが、今作品はこれにて完結と致します。


特に最後の一文は読者様によっては様々な憶測や思想が巡り巡ることでしょう。


最後の一文で「彼」がどうなったのかは、読者様方のご想像にお任せします(笑)。


自己満足で書いた今作品でしたが、次回作は完全オリジナルの同じ恋愛ものとはなりますが、もし宜しければお目を通していただけると私も嬉しいです。


ログイン無しでの感想も受け付けておりますので、宜しければたくさんのご感想いただければ、内容によっては次回作の糧となれるやもしれませんのでどしどし書いていただけると嬉しい限りです。


それでは今回はこの辺で、次回作はいつ頃の投稿になるか分からないので、何気に目に入ったら是非とも見ていただきたいです。


それでは今回はこれで失礼致します。

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