6.彼女の秘密
勝手口から中に入ると、広い礼拝堂の中央に大きな女神像がそびえ立っていた。
「これって聖母マリアの像か何かですか?」
「いえ。
実はこれ、何者でもない女神像なんです」
メイドの一言に戸惑うも、よくよく見ると木彫で作られた女神像だった。
「…どういうことですか?」
こういった宗教まがいの話には興味があった。
そこまで詳しい訳では無いが、歴史を知ることは好きだ。
「実は、ここの主人が「フリーメイソン」の信仰心に惹かれて、自分なりの信仰精神を他の人にも知って欲しいという想いから彫ってもらったそうです」
…フリーメイソンと言えば、世界各地に会員と「グランドマスター」と呼ばれる各国の代表者がいて「友愛」をモットーとする……リアルな秘密結社だったかな。
「へぇー…。
して、その自分なりの信仰精神とは?」
「はい。
「それぞれの宗教のルールに縛られず、みんな等しく同じ信仰心を交えられるように」…とのことです」
「ほぉ…。
面白い発想ですね」
そう言うとメイドはクスクスと笑い、女神像を横切って目の先にあるドアから仄暗い石畳の通路を進んでいった。
「…そいや気になってたんですけど…」
「はい?」
「………なんでメイド服なんですか?」
「……えっと…。
……どうお答えすればいいでしょうか…」
マジか。
この人全然理解してない…。
「あの…この格好に何か問題が…?」
問題というより、むしろツッコミどこ満載ですはい。
「あぁいや…。
なんで教会に務めてるのにシスターの格好じゃないんだろうなって……」
「……あぁ…。
これは主人から頂いたものなんです。
それに……実は私、シスターじゃないんですよ」
「え(´・ω`・ )?」
俺が唖然としていると、メイドはおかしげに小さく笑った。
「えっと……それってどういう…」
「着いてくれば分かりますよ」
どこか危険な匂いもするが、俺は黙って着いていくことにした。
「どうぞ、お入りください」
「しっ、失礼します…」
仄暗い廊下を進み、一番奥の部屋にたどり着いた。
中に入ると、仄暗い廊下の雰囲気とはうって変わり、白いレンガ調の石壁に暖炉、本棚びっしりに置かれた蔵書に木製の長テーブルの置かれた書斎になっていた。
「ここは応接室です。
たまに来られるお客様をこちらでお待ちいただいています。
どうぞお掛けになってください」
「ありがとうござ………ん?」
メイドの話そっちのけで周囲を見渡していると、どこからともなく子供の笑い声が聞こえてきた。
「今、子供の声が聞こえたような……」
「はい。
それは「ここの子」たちです」
「………ん?」
思わず聞き返してしまった。
……子供?
「…そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
私は、ここで「孤児」たちの面倒を見ています。
「リルド・若宮・アレスティーヌ」と申します」
「……孤児院?」
「そうなりますね。
ここは教会が表沙汰となっておりますが、実際は孤児院なのです。
もちろん、国からの許可も得て営んでいます。
現在は、四人の子供たちの面倒を見させてもらっています」
壁にかけられていた許可証を見て確かな証拠にようやくここの実態を知れたと思いきや、今度は新たな謎が生まれた。
…なんダスか「アレスティーヌ」ってどこのお国名字どすか?
「なるほど…。
ちなみに、ここの子たちはリルドさんと主人さんの二人で?」
「いえ。
もう一人、お手伝いをしてくれる子がいるんですよ」
そう言ってリルドさんはクスクスと笑う。
「それってもしや…」
『カラン、カラン』
「おや…。
帰ってきたみたいですね」
入口側から音が聞こえたと思うと、その後間もなくして野太い声が響いた。
「…ただいまリルドくん。
私の留守中に何かあったかね?」
入ってきたのは、スキンヘッドに無精髭を生やした身長180センチぐらいの赤茶色のスーツの大柄な中年男性だった。
きっとここの主人に違いない。
「おかえりなさいませ西浜さん。
祈世樹さんのクラスメイトがお目見えになっています」
リルドさんがそう言うと、西浜と呼ばれた男は約20センチ目下の俺に目線を向けた。
その迫力に思わず恐縮するも、俺は平常を装って自己紹介をした。
「はっ…初めまして!
自分、海条さんのクラスメイトで、碧乃燈と申します。
ほっ、本日は……海条さんに学校の書類を渡すのにお邪魔させていただいてます」
前言撤回。
リルドさんの時と同じようながちがちな自己紹介をすると、西浜と呼ばれた中年男性はワンテンポ遅れて目を見開いた。
「おぉ!
祈世樹くんの学友か!
ようこそ我が家へ!」
そう言うと西浜氏は笑顔で握手を求めてきた。
思ったより気さくな人だった。
「私はここの責任者の「西浜柳蔵」だ。
以後、お見知り置きを」
「あっ、これはどうも…」
西浜氏の手は色濃く毛深く、頼り甲斐を強く感じる大きな手だった。
握手を交わす自分の手など、本当に華奢な女子の手のようだった。
「リルドくん。
祈世樹くんはまだ買い物に行ってるのかね?」
「はい。
もうじき帰ってくると思われます」
「そうか。
なら、それまでゆっくりしていきたまえ。
何も遠慮などいらぬ。
…リルドくん、碧乃君にお茶を出してやりなさい」
「あっ、これは失礼しました。
ただいまお持ちいたします」
そしてリルドさんは一礼をして部屋を出る。
その後、西浜氏は俺の向かい側に座った。
「どうかね……。
学校での祈世樹くんのことを聞かせてくれないか?」
「あっ、はい…」
西浜氏は両手を組みながら俺の回答を待つ。
人見知り成分が異常なまでに分泌されている俺は、だいぶ緊張しながらも学校での海条を思い出す。
「そうですね……。
基本的に一人で本を読んだりしています。
友達も女の子一人みたいで……」
「そうか。
……やはりか…」
「…え?」
失言だったかと思いきや、西浜氏は何やら分かっていたかのように笑顔を消した。
「…実はな、祈世樹くんはあまり自分のことを話したがらないんだよ。
私が学校生活のことを聞いても『いつも通り変わりはありません』と言って終わらせてしまう。
正直、いじめでも受けてるんじゃないかと心配していたのだが…」
「…それは多分ないです。
海条さんは俺と同じで人見知りっ気が強いんだと思います。
だから…本当は話したいこと、話しかけたい子がいても、なかなか話しかけられないんだと思います」
俺がそう語ると、西浜氏は眉間にシワを寄せながら黙って話を聞いていた。
…というか、この人さっきからリルドさんと海条のことをくん付けで呼んでるが……親戚の人なんだろうか?
「なるほど…。
…ここにいるときは、いつも笑顔で私たちの手伝いをしてくれているから、まさか人見知りのせいで友達が少なかったとは…」
落胆する西浜氏を元気づける為に俺は話を続けた。
「でも、ここ最近は俺が海条さんと手紙でやりとりする仲になっているんです。
まだちゃんと直接会話してはいませんが…」
「手紙…?
どういう事かね?」
落胆していた西浜氏は興味が湧いたのか、再び俺に好奇の目を向ける。
「えっとですね…。
…俺が学校のロッカーに趣味で持ってきてる小説を置いてるんですけども…。
それに興味を持った海条さんが勝手に借りていて、その時はまだ相手も分からずいたんですけども……俺から相手のことを知りたくて手紙を本に挟んだら、返事を返してくれたのがきっかけでした。
それからは海条さんと楽しく文通させてもらってます」
話の途中から西浜氏は手を組みながらにやにやと笑みを浮かべていた。
そんなに面白かったのだろうか?
「そうか…」
途端に椅子の背もたれに寄りかかり、大きくため息をついていた。
「あの……何かご不満でしたか…?」
恐る恐る聞くと、西浜氏は顔を上げ返答した。
「あぁいや、そんなことはない。
むしろ、君が友達になってくれた事が嬉しいのだ」
「そう…なんですか…?」
背伸びをして体制を戻すと西浜氏は話を続けた。
「祈世樹くんはな……彼女が小学一年の時から面倒を見ていたのだ。
親御さんが連れてきて、ここで預けてほしいとね」
「えっ…」
ここに来てまさかの新事実。
足を組みながら少しタバコ臭いため息を大きく吐いて西浜氏は続けた。
「手のかからぬ子だった。
親御さんが連れてきた時も、泣きわめくこともなく…ただ黙って親御さんの手を握っていたのだ。
まるで、こうなることを幼いながら悟っていたかのようにね」
「……」
俺が黙っていても西浜氏は話を続けた。
「リルドくんからここの事は聞いたかね?」
「……孤児院だということは…」
「…親御さんが手続きを済ませて帰る時も、彼女は涙ひとつ流すことはなかった。
ただ無表情で、もの寂し気に立ち去る親御さんを眺めていただけだった。
それから彼女は通っていた小学生を卒業して……中学生になってからだろうか」
西浜氏は目を閉じて一呼吸おいてから続けた。
「いつも通り祈世樹くんが学校から帰ってきた時だった。
いつもなら夕食まで部屋に籠っていたのに、夕食の支度をしていたリルドくんの元へ来たと思いきや、手伝いをしたいと言ったそうなのだ。
私はそこに居なかったから知らなかったが、彼女にそう言ったらしい。
それから祈世樹くんは時間さえあればリルドくんの手伝いをするようになってくれた。
休日はここの子供たちと遊んでくれたりなど、よく尽くしてくれていた。
もちろん私もリルドくんも非常に嬉しかった。
今まで心を開かなかった祈世樹くんが、ようやく私たちに心を開いてくれたのだとね」
「……そんな過去が…」
「特に驚いたのは、彼女が中学校を卒業した後だった。
あの子は高校には行かず、働きたいと申し出てきたのだ。
もちろん私は反対した。
中卒で資格も何も無いのではどこも扱ってくれないぞとな。
そう言うとあの子は不満そうながらも高校に行くことを決意してくれた。
公立高校に行きたがってはいたが、この近くには公立高校はなかったがゆえ今の高校を薦めたのだ。
私立とはいえ、彼女の生活態度と成績が認められ推薦入学が貰えたのだ。
それからは……恐らく君が見てきた彼女の通りだと思うがね」
「なるほど…。
……じゃあ、海条さんはここの孤児のうちの一人だったんですね…」
「その通り。
あの子は私が孤児院を始めて四人目の子だった。
先に三人の子供たちも親御さんの諸事情で受け入れてはいるが……唯一、あの子だけは泣きわめきもしなかった。
…正直、私は怖かった。
七歳を前にしてこれ程落ち着いた子供がいるものなのかとな。
他の子たちも、五歳やまだ三歳になったうちから連れてこられ、年相応に親御さんから離れたくないと泣きわめいていた。
そんな矢先で、祈世樹くんのようなすました子が来るものだから、本当に私らはこの子を幸せに出来るものなのかと心配したよ…」
「………」
ようやくだった。
長らくも「海条祈世樹」という人間を理解できた気がした。
……なんだろう。
不思議と嬉しい感情がこみ上げてきた。
「大丈夫ですよ」
俺は考える間もなくそう口走った。
…何故だろうか。
そんな事言おうと思ってもいなかったのに。
突然そう言い切る俺に西浜氏は目を向ける。
「……どういう事かね?」
どこか疑心的な目で俺を睨むも、不思議と俺には自信があった。
「彼女は…。
…海条さんには………俺がついています」
何を言って言っているのか自分でも分からなかった。
言い切ってから少し恥ずかしくなるも、俺は止めることなく続けた。
「俺には、海条さんの気持ちが分かる気がします。
初めてクラス全員が顔を合わせて自己紹介をした時、海条さんが自己紹介を述べた直後からどこか惹かれるものを感じていました。
いつもクラスで一人浮いていて、どこか近づき難い気もしていましたが…。
…彼女と文通をして話してみると……普通の女の子なんだなって思い、俺はますます彼女に惹かれました。
今はまだまともに話せていませんが、いずれは海条さんと良き友達になりたいと思います。
だから……彼女の学校でのことを心配する必要はありません」
俺が話している間、西浜氏は眉一つ動かさず、一語一句聞き逃さんとばかりに聞き入っていた。
俺が語り終えると、西浜氏はゆっくりと目を閉じ姿勢を崩した。
「碧乃君…」
「はっ、はいっ!」
凄みのある声で呼ばれ、思わず声が裏返ってしまった。
思い返すと、めっちゃ恥ずかしいことを堂々と言っていた事に少し調子に乗りすぎたかと後悔していた時だった。
突然、西浜氏が立ち上がり、俺に頭を下げてきた。
「えッ!?
ちょっ、ちょっと西浜さ…」
「……どうかうちの………いや、私たちの祈世樹くんと末永く良き友達になってほしい。
私からはこのくらいの事しか出来ないが…」
そう言って西浜氏はテーブルに手をついて深々と頭を下げる。
「ちょっ、頭を上げてください!
別に友達になるのは俺からの希望なので、むしろ俺が頭を下げなければ…」
「いいや、これは私の意志によるもの。
君は遠慮する必要などない!」
「そんな……」
たかが友達になりたいと思う事だけにそんな頭を下げられても。
「…私はずっと心配だった。
小学校の時はずっと笑顔を見たことがなく、中学校になってからも学校のことはあまり話してはくれなかった。
仲の良い友達は出来たと聞いたが、それ以外はあまり詳しく話してくれなかった。
本当に友達はいたのか、それさえも分からず私は今まで彼女の面倒を見てきた…。
だからこそ、君のようなはっきりと友達になりたいと言ってくれたのが嬉しかったのだ」
「西浜さん…」
たとえ血が繋がっておらずとも、これほどまでに一人の人間を心配出来る人を見たことがない。
「お気持ちは分かります。
けれど、もう心配する必要はありません。
海条さんには、中学校からの親友は同じクラスメイトとして本当に居ます。
だから、もう海条さんは「独り」ではありませんよ」
そう言うと西浜氏はゆっくりと顔を上げ、ぼろぼろと涙を流していた。
「……そうか……。
…君がそう言うのならば信じよう。
……本当に………君のような優しい子が友達になってくれて嬉しいよ」
『…それは貴方も同じですよ』
そう心の中で呟くと、西浜氏は涙を拭い再び椅子に腰掛けた。
「はぁー…。
何だか……だいぶ気が楽になったよ」
「…そうですか。
それは良かったです」
本当に切羽詰まっていたのだろう。
ここだけの話、この人は実年齢よりも歳をとってるようにも見える。
きっとここの維持や子供たちのこと、挙句は海条の事で頭を悩ませていたに違いない。
「…ちなみにだが…」
「はい?」
少し垢抜けたのか、さっきよりも気の抜けた声で西浜氏……西浜さんは質問してきた。
「君は本を持ち込んでると言ったね。
どんな本を読むのだ?」
「…ッ!?///
えっ、えっと………」
誤算だった。
まさかこんな大きな落とし穴をふっかけられるとは。
「実は私も蔵書が好きで、世界の文化的歴史などが好きなのだ。
君はどんなジャンルの本を読むのだ?
推理物か、それとも偉人達が書いた著書などかな?」
『ア"ァァァァ"ァアアァァ"ァ"ァッッッ!!!!
まずいまずいまずいまずいッッッ!』
西浜さんには俺がたいそう頭が良さげに見えてるのかもしれないが、実際のところ数学は赤点上等だし、なにより本なんてラノベやマンガしか読んでいない。
もし西浜さんにアニメ好きのオタクとバレたらきっと……嫌悪するに違いない。
「えっ……えーーっと……」
どうしよう…。
ここで適当に嘘をつこうものなら多分一発でバレる。
だからといってアニメ好きということを教えるのも……。
「一体どういうものが好きなのかね?
江戸川乱歩か?
宮沢賢治か?
はたまた太宰治かな?」
西浜さんはわくわくしながら返答を待つも、俺の精神的ダメージは順調に積み重なっていた。
やがて限界を感じた俺はやけくそ気味に答えた。
「えっと……自分………あ、アニメの小説を読んでいますッ!」
思わず叫んでしまった。
顔面の血流がサーっと退いていくのが分かるほどだった。
そして恐る恐る西浜さんの顔を見たときだった。
「……」
予想外の答えに西浜さんは固まっていた。
…もう全てが終わった。
そう確信した時だった。
「………ぷっ……くく………あ
っはっはっはっはっはっ!‼!
あ……アニメの小説を読むのか!
これは驚いた!」
西浜さんは豪快に笑い、抑えきれんと言わんばかりに笑い続けた。
何だかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
……めっちゃ帰りたい…。
「あっはっはっはっはっ!
いやぁ……これは失礼した。
まさかアニメの小説を読むなんて予想だにしなかったわ…くっくっく…」
全くその通りです。
そしてすいません。
いつか芥川龍之介でも読んでみます(いつとは言っていない)。
「いやぁ……本当に君は面白い子だ。
こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ」
「はぁ…。
それは良かったです…」
児童相談所はどこだったっけ?
「いやはや…急に笑ってすまなかった。
だが、それもまた良い趣味だ。
何も恥じることはないぞ?」
これだけ大笑いされれば正直に言った事を後悔します。
…でも、これで歴史文学が好きですなんて言おうものならもっと後悔していたに違いない。
そう思うと、俺も少しだけ笑えてきた。
『コンコン…』
「…入りたまえ」
「…失礼します。
お茶がはいりました」
台車にポットと急須を乗せてリルドさんが入ってくると、慣れた手つきでポットから急須にお湯を注ぎ、備え付けてあった湯のみにお茶を注いでくれた。
「どうぞ。
お代わりはありますので、遠慮なく言ってください」
「あ、ありがとうございます」
正直、猫舌な俺には熱々のお茶など天敵でしかなかった。
まぁそれでもリルドさんがいれてくれたお茶である以上、冷ましてから飲むのは失礼だろう。
そう思った俺はすする程度にお茶を飲んだ。
「西浜さんもどうぞ」
「うむ。
ちょうど喉が乾いていたとこだ」
そりゃ、あんだけ大笑いすりゃそうもなるよね…。
「そう言えば、なにやら西浜さんの笑い声が聞こえたのですが……何か楽しいお話でもされていたのでしょうか?」
「あぁ。
その事なんだが…」
「あ"ぁぁ"ぁぁぁ"ぁぁ!!!!
ええェえッと、ににに西浜さん!
そそその話はなぬっ…内緒で……!」
慌てて止めに入ると、西浜さんは少しにやけながらも承諾してくれた。
「うぅむ。
別に恥じることはないのだと思うのだがな…くくくっ…」
『あんな大笑いされなければ、こんな防御戦に徹しませんよ……』
俺たちのやり取りを見ていたリルドさんは露知らずともクスクスと笑っていた。
『チリン、チリン…』
『…俺以外の客か…?』
しばらくして鈴の音が聞こえてきた。
「……帰ってきたみたいですね」
「あぁ。
すぐここに来るだろう」
「…???」
俺が疑問に思う中で二人は悟ったかのように笑い合う。
すると間もなくして足音が聞こえてきた。
段々と近づき、俺たちのいる応接室で止まるとノック音が響いた。
「入りたまえ」
西浜さんがそう言うと、ゆっくりとドアが開いた。
「…失礼します。
お話の最中にお邪魔して申し訳ございません。
……って……碧乃…君ッ?!!!///」
「あっ…。
海…条………邪魔してたよ…///」
入ってきたのは、買い物に出ていた海条だった。
「えエエえええっとエえっと…えッと……///」
海条はパニックになり、分かりやすく顔を真っ赤にして混乱していた。
その様子を見かねたリルドさんが口を出す。
「お帰りなさい。
先ほど、碧乃君があなたに学校の書類を持ってきてくれたのをずっと待っていましたのよ」
「えっ!?
あああ碧乃君が……ほぇッ!!!?///」
…なんか……彼女がパニクってるせいか、海条が入ってきた直後の驚きが急に冷めた気がした。
それでも海条は未だに顔から火を吹かせていた。
「そうだぞ?
碧乃君がわざわざ君のために、遠路はるばる学校から届けに来てくれたのだ。
彼に感謝したまえよ?」
約十分で着きましたけどね。
「あああええっとえと………ああっ、あり、ありッつ……うにゃぁ…!///」
……もはやカオスとしか言いようがなかった。
西浜さんはからかう度に暴走する海条に大笑いし、リルドさんも楽しげに口元を隠しながら笑っていた。
この状況についていけてないのは俺一人だった。
「………」
「………」
……なんか………非常に気まずい空気になりました。
『…ズズッ…』
向かい合わせに座るもお互いに顔を見れず、うつむきながらたまに響くお茶をすする音だけが静寂を濁していた。
海条が戻ってきてから、リルドさんは夕飯の支度をしてくると言って出てゆくと、それに連なって西浜さんが「年寄りが居ては話しづらかろう。あとは若い者同士で話し合うとよい」と言って部屋を出ていってしまった。
「……」
「……」
…お陰様で、この一室だけ冷戦状態となっております。
お互いに人見知りっ気が強くコミュ症である以上、話すことなど浮かぶわけがない。
だが、それではいかんと思った俺は一呼吸整えてから口に出す質問を考え、内容を反芻してから勇気を出して質問した。
「……か、海条さん!」
「……あ、碧乃君!」
…まさかの同時だった。
「…ッ!///」
「…ッ!///」
再び訪れる静寂に俺はさらに心臓を痛める。
正直、今の同時射ちのせいでだいぶ緊張感が増してしまった。
「……あ……か……海条さんからど、どうじょ……」
思わず噛んでしまった。
だが当の本人も余裕がなさすぎるせいか、俺の噛みなどスルーしていた。
「…えっと…。
あ……碧乃君から…どうぞ……」
まさかのブーメランだった。
「そっ、そうか…。
……えっと……海条さんは…ここの手伝いをしてるのか……?」
海条もまた、呼吸するようにちょびちょびすすりながらお茶を飲む。
「えっと………そう…です…。
ここの管理は、リルドさん一人じゃ大変だから…です。
時々こうしておつかいを頼まれたり、ここの子たちの面倒を見てるんです…」
話して少しだけリラックスしたのか、話に滑らかさが出てきた。
「……あ……碧乃君…」
「…は、はいッ!///」
まだガチガチに緊張していた俺は思わず声を裏返ってしまった。
「………私がここで育ったこと、聞いたんだよね……?」
「……えっ?」
そう言うと彼女の表情から緊張感が一気に抜けた。
それは普段学校で見る彼女と似てるものの、明らかに落ち込んでいるものだった。
「……変…って……思った…よね…?」
吐き出される言霊に、段々色味がなくなっていってるのが身体にひしひしと伝わるのがよくわかった。
それは相手に向けるべき刃先を、何故か自分に向けながら語るようなものにも感じた。
「えっと…」
うまい言葉が見つからない。
緊張こそないものの、彼女の重すぎる質問にどう答えればいいか分からない。
こういうとき、きっと普通に「そんなことないよ。俺は気にしない」なんて言おうものなら、きっと彼女のことだから気を遣って言ってくれたに違いないと誤解を産みかねない。
だから俺は、少し時間を要して答えを導き出した。
「…俺さ……心のどこかで海条さんのことを勘違いしてたみたい」
「……え?」
「なんかこう……海条さんって頭が良くて勉強家で、家も大きくていいとこのお嬢さまだから……なかなか友達を作るのが苦手なのかなって思ってたんだよ…」
「……」
「…でも……」
「…?」
話を聞いて俺は確信できた。
だから俺は……胸を張って言った。
「西浜さんから海条さんの話を聞いて、海条さんの事情は分かった。
…ホントは優しくて頑張り屋で、誰よりも他人に気を遣って……だけど、人見知りが故になかなか友達が出来ない。
でも、性根は一生懸命で誰よりも努力している素敵な子なんだってね…。
じゃないと、手紙の中の海条さんは、あんなにも可愛いわけが無いもん………あっ…」
「……ッ!!///」
まさに完全なフラグだった。
冷静になって考えてみると、ものすごく恥ずかしいことを言ってしまった。
顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、それからの彼女との会話は途切れてしまった。
『……誰かこの青二才に手錠と猿ぐつわをかけてはくれまいだろうか…』
「失礼します。
…お話は終わっちゃいましたか?」
会話が途切れて何分か経ってから、リルドさんがお茶をいれに来てくれた。
「ありがとうございますリルドさん」
「…碧乃さんも召し上がってください」
「あっ…。
いっ、いただきます」
そっと湯呑みを受け取り、一口すする。
「お茶と一緒にお菓子もどうですか?
先ほどクッキーも焼きましたので、良かったら食べませんか?」
「あっ、それならご馳走になりま………って、もう六時なのか」
外を覗くと、既に真っ暗になっていた。
「すいません。
あまり遅く帰ると母が心配するので…。
今日はこの辺で」
「では袋に詰めておきますので、お家でご家族と召しあがってください」
「それならご馳走になります。
本当にありがとうございます」
「いえいえ」と言いつつ笑顔でリルドさんは部屋を出ていった。
「……」
「……」
再び訪れる静寂に緊迫感がパない。
そんな矢先、待ちわびていた声が響いてきた。
「やぁやぁ。
先程は突然抜け出して失礼したね。
碧乃君がもう帰ると聞いて、私も見送ろうと思ってな」
「あ…はい。
短い時間でしたけど、すごく楽しかったです。
今日は本当に、ありがとうございました」
「そんなかしこまらないでくれ。
私は何もしとらんぞ」
「いえ。
今こうして海条さんと話せるのは……西浜さんとリルドさんのおかげですから。
…なんか、俺の知らない海条さんを知れた気がして嬉しかったです」
その話を聞いてか、海条はまた顔を真っ赤にしてうつむいていた。
そこへリルドさんが戻ってきた。
「どうぞ碧乃さん。
お口に合うといいのですが」
「ありがとうございます。
じゃあ、俺はこれで…」
一礼して帰ろうとした時だった。
「リルドくん。
せっかくだから碧乃君を家まで送ってやりなさい。
私の車を使うといい」
「かしこまりました」
「…ちょっ、ちょっと待ってください!」
「…何かね?」
「…お気持ちは嬉しいのですが、何もそこまでしてもらう義理は…」
「何を言っておる。
こうして客人が来ることはなかなか無いし、何より海条君の友達ともなれば尚更だ。
それに、今日は私も久しぶりに良い話を聞かせてもらったからな。
遠慮せず乗って行ってくれ」
目上の人にそこまで推されれば、断るわけにもいくまい。
「……じゃあ、お言葉に甘えて…」
しぶしぶ承諾すると、西浜さんは笑顔で喜んでくれた。
「どうせなら、祈世樹くんも一緒に行きなさい」
「えっ…!
で、でも私…」
「かまわん。
夕食の準備くらい気にするな」
「うー……」
「では、今日はこの辺で失礼します。
本当に……ありがとうございました」
「いやいや。
君が良ければまた遊びに来てくれたまえ。
今度は用事ではなく、普通に遊びに来てくれると祈世樹くんも喜んでくれるさ」
「に、西浜さん…!///」
「はっはっはっ!」と豪快に笑う西浜さんに思わず俺もつられて笑ってしまった。
「…そろそろ参りましょうか」
リルドさんにそう言われ、俺と海条は車に乗った。
高そうな黒塗りの車はゆっくり走り出し、孤児院からあっという間に離れてしまった。
振り返ると、西浜さんが手を振ってくれていた。
見えていたかどうかは分からないが、それに応えるように俺も手を振り返す。
「………」
…少しだけ、もの寂しい気がした。




