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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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69/73

Ext.29 名前という重圧

冬に入りあっという間に年末。

今年は雪が多く、昼も夜も雪かきの手間が酷かった。

我が家は強乃、やる気 (だけ)はある知子のおかげで何とかやり過ごしていた。

そんな大晦日の夜の事。

 

『ピリリリリリ!』

 

一本の着信音が俺のスマホから響いてきた。

 

「誰だ?

…璃杏、悪いけど唐揚げ見ててくれないか?」

 

晩飯の支度の最中だった俺は璃杏に揚げてる最中の唐揚げを任せ、その間に電話に出た。

 

「はい、もしもし…」

 

着信画面には知らぬ電話番号が表示されていた。

 

『もしもし、碧乃燈さんの携帯ですか!?

 こちら蔵田病院の長田と申します!』

 

電話の向こう側で半狂い気味に話しかける声は、それだけで状況の悪さを感じ取らせた。

 

「私です。

家内になにか…」

 

その一言にその場にいた全員が俺に視線を集めた。

 

『奥さんの容態が急に悪化しまして……今すぐ来ることは出来ますか!?』

 

「ッ!?

 ……すぐ行きますッ!!」

 

即座に電話を切り俺はコートを羽織った。

 

「…お父さまッ!

 お母さまに何かあったのですか!?」

 

「わからん…。

 ちょっと母さんの容態が悪化したとしか…。

 悪いけど、俺行ってくる!」

 

俺たちのやり取りに気付いてか、自室に引きこもっていた海麗もリビングに顔を覗かせた。


「…なんだ?

 母さんやべぇのか?」 


「わからん…。

 詳しいことは落ち着いたら連絡する!

 悪いが海麗も待ってて!」 

 

海麗は何も言わずただ表情を曇らせた。

だが一人、知子が黙っていられなかった。 

   

「お父さん、知子も行くッ!」

 

「知子……ダメだ。

 お前はみんなとここに居ろ。

夜中に大勢で押しかければ他の患者に迷惑だ」

 

そう言い残して行こうとするも、知子は俺のコートの裾を掴み止めた。

 

「やだッ!!

知子も行くのッ!!!」

 

「知子…。

 ……気持ちは分かるが今は大人しくしてろッ!

別に死にそうとかじゃないんだから!」

 

「やーーだーーー!!!!」

 

「ッ…。

 知子、いい加減にッ…」 


『パチンッ!』 

 

俺が言い切る前にかん高い音が聞こえたと思いきや、夏怜が知子の頬を叩いていた。 

  

「…知子。

 黙って父さんを行かせなさい。

 何時までも子供じみたわがままが通用すると思わないで…」

 

さすがに驚いた。

夏怜が暴力に物を言うキャラでないのは説明するまでもないが、ここまで冷静さを欠いた姿とその相手が知子に向けられたという事に驚いた。

だが、当の知子も何故か食い下がった。

 

「…グスッ…。

 ………お姉ちゃんはどうしてそうやっておちついてられるのッ!?

 みんなお母さんが心配なのに、お父さんだけしか行けないなんてズルいよ!!

 それとも、お姉ちゃんは何とも思ってないからそんなことが言えるのッ!?」

 

多分、知子も知子なりに我慢してたに違いない。

だが知子の最後の一言は、夏怜を怒らせるのに難儀はなかった。

 

「ッ……!!

 ……思ってないわけないでしょッッ!!!!!」

 

半ばガチギレの夏怜の気迫に、さすがの知子も気圧された。

 

「ッ………うわあぁぁぁぁぁん…!!

 お姉ちゃんのバカぁぁぁぁぁ……!!!!」

 

その場に泣きながら崩れる知子を海麗が介抱し、未だ熱の冷めぬ夏怜に璃杏が寄り添ってくれた。

 

「…強乃。

 落ち着いたらLAINEするから………みんなのこと、頼んだぞ」

 

「…おぅ。

 気を付けてな」 

 

強乃に後のことを託し、俺は不安の色しか漂わぬ家族を後目に、急ぎ病院へ車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 

 

「はぁ…はぁッ……祈世樹ッッ!!!!」

 

ぼうっと明かりが小さく点く病室に駆け込むと、既に先生と看護婦が対応にあたっていた。

 

「碧乃さん!」

 

看護婦の呼び掛けもそこそこに祈世樹の元に駆け寄ると、彼女は目を見開き呼吸困難に陥っていた。

 

「先生、妻になにが…!?」

 

「それが…分からないんです…。

 数分前にナースコールが来て、応答しても返事がなく、心配になってきてみたら既に…」


「そんなッ……」 

  

再び祈世樹に目を向ける。

水から揚げられた魚のようにパクパクと口を動かしながら苦しげな呼吸を繰り返している。


「はぅッ………はァッ…あッ………がッ……」 

  

『考えろ俺ッ…。

 相手が祈世樹ならこういう時どうする…!?』

 

多分、ほんの数秒のこと。

その間に俺は今出来ることだけを考えた。

 

『………通じるかわからんが…!』

 

俺は祈世樹の左手を両手で握り、心の中で必死に呼びかけた。

 

『祈世樹、俺だ…燈だッ!

何も怖がる必要は無いからッ!

お前を一人になんかさせないからっ…!』

 

とにかくそんな感じの繰り返し。

こういう時、直接話しかけてもなかなか通じはしない。

ならば、彼女にはこっちの方がうってつけだと思ったのだ。

 

「………ッ!?

先生、心拍数が…!」

 

看護婦が叫ぶと、心電図は先程よりも落ち着きを見せていた。

祈世樹自身もまだ少し呼吸が荒いが、徐々に落ち着きを見せていた。

 

『……良かった…』

 

全身の力が一気に抜けた。

祈世樹の手を握りながら俺はその場にへたってしまった。

 

「…碧乃さん、何かしたのですか?

なぜ奥さんは急に落ち着きを…」

 

「……そんなの……俺も分かりませんよ…」

 

嘘だ。

多分、俺は分かってた。

 

「……先生…。

 今晩…ここに泊まっても良いでしょうか?

布団とかは要らないんで」

 

「…それはかまいませんが…」

 

「ありがとうございます」

 

お礼をしてから俺は再び祈世樹に視線を向けると、いつの間にか祈世樹は完全に落ち着いていた。

見開かれていた目は静かにまぶたを閉じ、呼吸もまだ少し不安定だったがそれでもだいぶ落ち着いていた。

  

「もし何かあったらすぐ呼んでください。

今、鎮静剤を持ってきますので」

 

そう言って少し疑問を残しつつ、先生は看護婦と共に部屋を出た。

 

「……はぁ〜〜〜………」

 

長ったらしいため息がようやく俺にも安息を与えてくれた。

そっと祈世樹の手をなでると、少しこそばゆそうに小さくうめきながら祈世樹は目を覚ました。

 

「………燈……」

 

「祈世樹…。

 ……急にお前がトチ狂ったって聞いて駆けつけたんだよ」

 

「……そっか…」

 

伏し目がちに祈世樹はそっと触れていた俺の手にそっと自分の右手を乗せた。

 

「………怖かったの…」

 

「え?」

 

窓側に顔を背けて祈世樹は弱々しく震えていた。

 

「…もしね……私がこのまま弱っていって動けなくなって……………「死ぬ」って考えたら…ッ…」

 

声を殺して祈世樹は泣いた。

鼻をすする音と漏らし声が内に秘めている恐怖を物語っていた。

 

「あの子たちの前では……あんなこと言っても………本当は……怖くて仕方なかった…。

みっともないのは分かってるけど……自分の………「名前」に押しつぶされそうで…」

 

名前……「祈世樹」と「奇跡」を測り合わせての事だろう。

 

「きっと……「お父さん」と「お母さん」はそういった「奇跡」にかけてこの名にしたんだと思う…。

どんな状況でも、奇跡に寄り添っていられるようにとか…。

 …そう考えたら……不安さが増してきて…」

 

「……名前なんて気にすんな」

 

「…え?」

 

祈世樹から手を離し、おでこに人差し指をちょんと刺した。

 

「名前の由来なんて親が勝手に決めたことだ。

生き方なんてお前が決めろ。

名前に縛られた生き方なんてそんなのただの傀儡(かいらい)でしかないんだよ。

お前の生き方に俺や他のやつはケチなんてつけられないんだから……お前はお前らしく生きろ」

 

少しキツめかもだが、そう言うしか無かった。

 

「………やっぱり、燈は優しいね。

多分、そう言うんじゃないかって考えてたけど……ちょっと安心した」

 

ぎこちない笑顔で祈世樹は微笑んだ。

 

「親らしい態度を取ろうとするのは当たり前だ。

親が子供の前で弱った姿を見せる方がはしたないしな」

 

「まぁね…」

 

ようやくこっちに顔を向けた祈世樹はそっと目を閉じた。

 

「…ねぇ燈。

燈はどうして「燈」って名前なの?」

 

「ん?

えっと……」

 

すっかり忘れていた。

俺の名前の意味合い……どんなんだっけ…。

 

「…………父が昔、太陽に憧れてたんだって。

太陽は全てのものを明るく照らし、無限の可能性を彷彿とさせてくれるからって。

 そんで、誰かを照らせる……そんな生き方をして欲しいという想いを込めてつけたらしい」

 

「そうなんだ。

…素敵な意味合いだね」

 

「…そうかな?

 俺としては在り来りで、むしろその逆の生き方をしちまってる気がするけどな」

 

「…そんなこと…」

 

何か続けようとしていた祈世樹だったが、突然そこで口を噤んだ。

 

『悪いのは俺だ。

 俺が、あの「名刺」を見つけなきゃ……。

 でなければ、もっと違った未来があったはず…』

 

一度父にそんなことは無いと否定されたものの、俺は未だに根に持っていた。

そう思った矢先、自分の手に祈世樹の手が触れた。

 

「燈………自分のせいだとか考えてるでしょ?」

 

やつれた顔で祈世樹は俺を見定めていた。

 

「いや…ッ……まぁ…」

 

思わぬ発言に俺はしどろもどろになっていた。

 

「えへへ…。

 私だって燈が考えてることぐらい読めるんだから。

 …それに、燈が言ったように、あなたにはあなたの生き方があるんだから……もし、自分の生き方に何か後悔や間違いを見出したのなら……多分それは違うよ。

間違ってたと気付けたなら、燈はそれを直すことが出来るからね」

 

「祈世………こりゃ一本取られたな」

 

「ふふ…」 

 

ようやく張り詰めていた空気が弛緩した気がした。

 

「すぐ帰る?」

 

「いや、今日はここに一晩いるよ。

あっと…強乃にLAINE入れとかんと…」

 

「それ…泊まるってこと!?」

 

「お、おん……。

 夏怜たちの晩飯も作ってきたから…」

 

「そうじゃなくて…」

 

「…?」

 

強乃にLAINEを送りスマホをしまうと、祈世樹は少し不満げに頬を膨らませていた。

 

「…なんでもない」

 

「…何だよ気持ち悪いなぁ。

それに、帰ってからまた発狂されても困るしな」

 

「むぅ〜……もうしないもん!」

 

祈世樹がオコたと言わんばかりに両腕をベッドに叩きつけて暴れていると、ノック音が聞こえた。

 

「失礼します。

鎮静剤と毛布をお持ちしました」

 

先ほど先生と一緒にいた看護婦が入って来た。

 

「碧乃さん大丈夫ですか?

旦那さんが来るまでは本当にびっくりしましたよ」

 

「ご迷惑かけてすいません…。

でも、もう大丈夫です」

 

それを聞いて安心してか、看護婦は笑顔で薬と水を置いた。

 

「もしまた気が立つようなことがあれば飲んでください。

それと、毛布は旦那さまが使ってください。

夜は冷えますので」

 

「ありがとうございます。

泊まるとは言ったものの、家から飛び出してきて何も持たずじまいだったもので…」

 

「あはは」と愛想笑いを残し、看護婦は静かに病室を出た。

 

「一緒に寝る?」

 

「病気が移るならいいよ」

 

「…何言ってんのよバカ」

 

不貞腐れた様子で祈世樹はそっぽを向く。

 

『本当に移せるなら移して欲しいもんだけど……それじゃ夏怜たちに迷惑かかるしな』

 

自分の軽口を反省し膝に毛布をかけた。

その時だった。

 

『先生、急いでください!

 患者の容態が芳しくありません!』

 

廊下で忙しなく走る看護婦と先生の足音が聞こえてきた。

 

『ギュッ…』

 

その声に呼応するように祈世樹は俺の手にしがみついた。

そこまで頻度よく聞くことでは無いだろうが、白血病で弱ってる彼女からすればリアリティの高い恐怖だろう。

 俺はそっとベッド脇に腰掛けた。

 

「…今だけだよ」

 

そっと抱き起こし、俺は祈世樹を抱きしめた。

 

「ッ…」

 

すがりつくように祈世樹は俺の背中にゆっくり手を這わせた。

少しして祈世樹の身体から緊張が抜けたのか、強ばっていた力が抜けた。

 

「…もういいよ」

 

するりと背中から手が離れたのを確認してから俺は祈世樹をベッドに寝かせた。

緊張から緩みきったその顔に俺は眠気を感じた。

 

「燈、寝そう?」

 

「ん………大丈…夫…」

 

口ではそう言ったものの、家から飛び出してきてようやく落ち着けた安心感からか、不意に感じた眠気は一気に俺の意識を侵食した。

 やがて俺は祈世樹の隣に寝そべる形で崩れ落ちた。

 

「燈…。

 …………ありがとう…」

 

寝落ちする直前、その一言だけがはっきり聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 

夢を見た。

目の先に、後ろ手を組みながら背を向ける高校の時の祈世樹が居た。

祈世樹は俺に振り返ることなく言った。

 

『燈。

 …私ね………「結婚」するの…』 

 

そう呟く祈世樹の隣に顔の見えない背の高めな男の影が見えた。

祈世樹はその男と幸せそうに手を握り見つめあっていた。

 その光景に「嫉妬」以上の邪な感情に支配された俺は男を力一杯殴り飛ばし……彼女を…………「襲った」。 

 

『いやッ……いやッ…お願い…やめてぇッッ…!!!!!』

 

それでも俺は彼女を犯し続ける。

気持ちよくないくせに、ただひたすら獣のように彼女を貪った。

失うかもしれない不安からか、俺は自分の理性すら押し殺して彼女を犯す。

誰にも助けを求められない祈世樹はただ泣くばかりで………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『燈……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…?!!!」

 

そこで目が覚めた。

俺はベッドの傍らで眠っていたようだった。

祈世樹はすやすや眠っていた。

 

「はぁッ…はぁッ……!」

 

酷い悪夢だったゆえ、夢の内容は鮮明かつ脂汗をかきながら脳裏に焼き付いていた。

 

『………あれは恐らく、俺が祈世樹に抱いている不安だったんだろうな……。

 祈世樹を失うかもしれない恐怖にッ……』

 

考えるだけで吐き気がしてきた。

俺は気分を変えるため、自販機にジュースを買いに出た。

 

「……」

 

ボタンを押そうとした際に気付いた。

俺の手はいつからか震えていた。

 

「ッ……」

 

歯を食いしばり力を込めてボタンを押す。

選んだスポーツドリンクの落下音に身体はビクッと震えた。

 

『あぁ…。

 俺は怖かったんだ…』

 

祈世樹が死ぬ。

それを俺は自分でも気付かぬうちに恐れていたのだ。

 深呼吸をして落ち着かせてから戻ろうとするも、その道中も脚がガクガクと震え続け戻ることさえ一苦労だった。

150mlのペットボトルでさえ、今は鉄アレイばりの重さに思えた。

それでも何とか俺は病室へと戻った。

 

「…おかえり燈」

 

どうやら祈世樹は起きていたようだった。

その一声に俺の身体にまとわりついていた重りが外れた気がした。

 

「…ただいま」

 

時刻は朝方の四時。

真っ暗な闇の中で備え付けのライトが祈世樹を照らしていた。

 

「どこ行ってたの?」

 

「…スポドリ買いに行ってたんだよ。

 急に目が覚めて喉が渇いたから」

 

「そう…」

 

祈世樹は自分の手元に目線を下ろす。

 

「燈………うなされてたね…」

 

「ッ!?」

 

どうやらバレバレのようだった。

 

「悪いな……起こしちまって」

 

「ううん。

 …燈も、本当は怖いんだよね…」

 

「………」

 

何も言えなかった。

事実ゆえの図星だったから。

 

「…どんな夢見たの?」


「………」


言えるわけなんてない。

まさか、お前を犯す夢だなんて口が裂けても言えない。


「…ううん。

なんでもないや」


そう言って祈世樹は再びベッドに横たわって目を閉じた。


「……やっぱり、燈も不安だったんだね…」


「……そりゃな」


祈世樹は小さくはにかむ。

だが、その目元から涙が流れていた。


「……私ね………すごく不安だったんだ…。

燈たちがお見舞いに来てくれるとすごく安心出来るけど……その分、一人になると同じくらいの不安に駆られて……。

…どうしようもなくなる夜が続いたりして、その度に「死にたい」とか「誰か私の事を殺して欲しい」とか……良くない事ばかり考えちゃって………」


「……」


俺は黙って祈世樹の愚痴を聞くしか出来なかった。

今の俺じゃ、説得力なんて無いに等しい。


「…怒らないんだね。

こういう弱音は燈が怒ると思ったけど」


「……そうだな。

らしくないよな」


話題を変えようとしてか、祈世樹は俺のスポドリに目を向けた。


「…スポーツドリンク、一口もらっていい?

 お医者様からは過度な水分補給じゃなければ大丈夫って言われてるから」

 

「うん、飲め飲め」

 

キャップを開けてペットボトルを渡し、底部分をゆっくり傾ける。

でないと、今の彼女にはペットボトルでさえ持てない気がしたから。

 

「んっ…んっ………けほっ、けほっ…!」

 

「お、おいっ。

 大丈夫か…?」

 

「ッ……平気…。

 ちょっと気管に入っただけ…」

 

それでもさっきよりは祈世樹の表情も良くなった。

 

「あとはいいから燈も飲んで。

 私の間接キスで良ければね」

 

「この状況で素直に喜べるかってーの」

 

悪態をつきつつ俺はスポーツドリンクを飲む。

その間、祈世樹はじっと見つめていた。

 

「………はぁ…。

 さっぱりした」

 

テーブルにドリンクを置きスマホに目を通す。

 

「…何時くらいに帰る?」

 

「様子見てかな。

 今日は土曜だし、仕事あるけど夏怜たちも簡単な飯ぐらいなら作れるしな」

 

「そっか」

 

会話が途切れると、祈世樹は再びべットに身を引っ込ませる。

 

「燈…。

 眠るまで手握ってて…」

 

「……」

 

そっと布団の中に手を入れると、ゆっくりと彼女の手が触れ俺の手を掴んだ。

 

「…暖かい。

 こうしてると安心出来る…」

 

彼女から伝わってくる体温は低く、握る力も弱い。

それでも、その表情は子供のように安らかだった。

 

「おやすみ、祈世樹…」

 

左手で少しだけ頭をなでてやると、祈世樹は小さく笑い、やがて寝息をたて始めた。

その寝息に誘われるように、俺も再びベッドに寄りかかりながら寝落ちした。

 

 

 

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