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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ext.28 記憶

 秋も終わり頃になり、寒さが増してきていた。

祈世樹は変わらずベッドに伏せっきり、症状が良くなってみたり急に悪化してみたりの繰り返しで落ち着かぬ日々が続いていた。

 そんな最中、俺は病院の先生に呼び出されていた。


「先生。

 妻はどうでしょうか」


「えぇ。

 白血病は縮小しつつあります。

 これなら、しばらく強いお薬と透析は控えてもよろしいでしょう」


「ッ…!

 ありがとうございますッ!」


「ただし、白血病はいつどこに転移してるか分かりません。

 あくまでも様子見なので、またすぐ投与する可能性もあるということをお忘れなく」


「…はい」


それでも一時的ながらも抗がん剤治療が止められるのは大きな事だ。


「特にこういった季節の変わり目は、インフルエンザや流行病の合併症が何より一番恐れていることですから、抗がん剤治療を辞めるとはいえ、間食や外出はまだ控えてもらいます」


「分かりました」


十分に釘を刺され、俺は診察室を出た。


 


 


 


 


 





 


一週間後。


「祈世樹、入るよ」


ノックをして病室に入ると、祈世樹は一週間前とは打って変わって顔色が良くなっていた。


「お母さん、ぐあいどー?」


一緒に来ていた知子が真っ先に飛びついた。


「うん。

 強めの薬を飲まなくなったことで、だいぶ楽になったよ」


一週間前までの祈世樹は瀕死の状態のように話すことさえままならない日もあった。

それを考慮すれば、今の祈世樹はまるで別人だ。

 ちなみに今回は夏怜と強乃も見舞いに来ている。


「話は聞いたわ。

 抗がん剤治療と透析を止めてもらえたって」


「うん。

 ガンが小さくなってきたから一旦止めてみようって」


楽しげに話す祈世樹だが、その頬はやつれ、袖から伸びる腕は以前よりも一回りほど細くなっていた。


「何か食べるか?

 俺、購買で何か買って来るよ」


「それはダメよ強乃。

 抗がん剤治療と透析手術を止めたとはいえ、まだ食事管理は油断出来ないわ」


「ッ…」


夏怜に諭され強乃は黙りこんでしまった。

そんな強乃に祈世樹は弱々しくも諭した。


「ありがとう強乃。

 強乃も優しいから気を遣ってくれたんだもんね」


「…別に」


照れ隠しにか強乃は祈世樹から顔を背け、備え付けのイスに座ってスマホのゲームで遊び始めた。

それに釣られるように知子も強乃のスマホを覗いていた。


「…みんなにちゃんとご飯食べさせてる?」


「当たり前だ。

 お前こそ、ちゃんと飯は食ってんだろうな?」


「んー…。

 味付けは嫌いじゃないけど、ちょっと物足りないかな…。

 やっぱり家のご飯の方が何倍も美味しくてお腹いっぱい食べられてたからかな」


そう愚痴をこぼす祈世樹の手を夏怜はそっと握った。


「…食べなきゃダメよ。

  栄養の偏りは回復の滞りになる」


「もぅ…。

 夏怜はほんと真面目ね」


ニコニコと祈世樹は笑顔で返すも、夏怜は表情を崩さなかった。


 


 


 


 


 









 


その夜、少しだけ明るくなった我が家の雰囲気に乗じ、その報告も兼ねて俺たちは全員で西浜さんたちのとこにお邪魔していた。


「そうか。

 祈世樹くんの容態は回復しつつあるのだな」


「まだ油断は出来ませんが、とりあえずは一時的にやめるということです」


「そうか…。

 それなら少々安心できるな」


ため息をついて西浜さんが傍に置いてあった一升瓶の日本酒に手を伸ばそうとした時、リルドさんから牽制が入った。


「いけませんよ西浜さん。

 ここ最近、毎日晩酌して身体に悪いですよ」


「むぅ…」


意外にも西浜さんは手を退いた。


「お気持ちは分かりますが、ご自分の事も大事にしてください」


そう言いながらリルドさんは手際よくテーブルにクリームシチューを並べた。


「ふおぉぉぉ!

 シチューだぁぁぁ+゜。*(*´∀`*)*。゜+」


知子がイスをガタガタ揺らしながら喜ぶと、リルドさんも釣られるように微笑んでくれた。


「おかわりもありますから、遠慮せずたくさん食べてくださいね」


…ほんとこの人、年齢詐称してんじゃねぇかっつーぐらい若いし料理も美味しいし……勝てる要素が見当たんねーな。


「…いただきます」


静かに挨拶をして夏怜がひと口頬張ると、続くように知子たちもシチューにがっつく。

リルドさんのシチューは香りに騙されることなく美味しい。

…あれ、夏怜と強乃ってシチューダメだった気が…。 


「…あっ、おじちゃん!

 お母さんの写真ってある?」 


「写真?

 …リルドくん、確か私の寝室のタンスにアルバムがあったはずだ」


「探してきます」


一礼してリルドさんは退室する。


「…しかし知子くん。

 どうしてお母さんの写真なんだ?」


「んとね、家でたまたま昔のアルバムを見つけたのを思い出して、ここにもあるかなぁって!」


君が勝手に派遣探索したからねぇ(* 'ω')。


「そうだなぁ。

 お母さんは写真が苦手なところもあって、幼い頃のがあるかどうかだが…」


するとタイミングよくリルドさんが戻ってきた。


「申し訳ありません。

 アルバムは見つかりませんでしたが……こんなものを見つけました」


それは古いモデルのビデオカメラだった。

今時のハンディタイプの1.5倍はあるほんとの旧型だった。


「見れるのか?」


「どうでしょうか…」


少々、機械には弱いのだろう。

ここは俺が手を貸すことにしよう。


「リルドさん、俺がやってみます。

 テレビはありますか?」


「…でしたら、倉庫に使い古しの液晶テレビがあります。

 大丈夫ですか?」


「たまには頼らせてくださいな」


真っ先に倉庫に向かい、棚の一角からホコリをたっぷりかぶったテレビが見えた。


『わーお…。

 …これつくかなぁ…』


テレビも型が古そうゆえ、繋いだところで電源が入るかどうか分からない。

とりあえず俺はあらかたホコリを落として持って行った。


「持ってきました」


テーブルの端にどんと置きコンセントを繋ぐと、ラッキーなことに電源は生きていた。

ビデオカメラとテレビを三色ケーブルで繋ぎ、ビデオカメラの電源もつけた。


「ちなみにリルドさん、これは何の動画ですか?」


「それが、私も覚えてなくて…」


リルドさんの不安をよそに俺は着々と作業を進めていく。

真っ青なテレビの映像がやがてメモリーカードに保存されていた映像を映し出した。


「………これって……」


テレビに映し出されたのは、ここの教会だった。

座席いっぱいに西浜さんやリルドさん、俺と祈世樹の仕事関係者たちが今か今かと待ちわびていた。


「あら、懐かしいですね」


「そう言えば撮っていたな」


二人が懐かしむのは当然だ。

女神像の前には今よりもずっと若い頃の西浜さんがスーツを着て立っている。

となると、撮影者はリルドさんだろう。

やがて咳払いをして西浜さんは声を上げた。


『新郎新婦、入場!』


その声と共に背後の観音開きのドアが開く音が聞こえた。

ビデオカメラが振り向くと、そこには白いスーツの俺と綺麗なウエディングドレス姿の祈世樹が入って来た。


「これ、お父さんとお母さんッ!?」


「本当ですの!?

 つまり、これはお父さまとお母さまの……」


「結婚式の様子ね」


遮るように夏怜が続ける。

強乃と海麗は目と口を開いて惚けていた。

 やがて一歩一歩ゆっくり進む俺たちは西浜さんの前に着いた。


「お母さんきれいぃ…」


「本当ですわ…。

 こんなにお綺麗だったなんて……感激ですわ…」


何故か璃杏は泣いていた。

そんなにやばかったかな。


『新郎、碧乃燈。

 貴方は病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、愛する妻と最後まで添い遂げることを誓いますか?』


西浜さんの凄みのある声に怖気付くことなく俺は堂々と言った。


『…誓います』


聞いてて頭が痛くなってきた。

めちゃくちゃ恥ずい…。


「ふふっ…。

 この頃の燈さんも素敵でしたよ。

 今までで一番輝いていましたね」


横からリルドさんがフォローしてくれるも、俺は恥ずか死寸前だった。


「たしかに父さんも若ぇな。

 今より顔立ちもシュッとしてるし」


「そうか?

 ビンボー痩せの間違いじゃねぇか?」


強乃の褒めてるのか貶してるのか分からぬコメと海麗のオーバーキルオヤジ狩りブレイクワードに俺のHPはごっそり持ってかれていた。


『新婦、海条祈世樹。

 貴女は病める時も健やかなる時も、愛する夫と添い遂げることを誓いますか?』


『…誓います』


「ッ〜〜////」 


祈世樹の一言に璃杏が思わず口を抑えながら悶える。

…何だこの温度差( ˇωˇ )。


『…では新郎新婦、指輪の交換を』


西浜さんから俺に指輪の入った箱が渡される。

極度の緊張から少しもたつきながらも指輪を取り出すと、祈世樹もレースの手袋を脱いで俺に手を差し伸べた。

絶対に指輪を落とさぬように俺は慎重に指輪を近付ける。

それに気付いてか、祈世樹はどことなくニヨニヨしていた。

その次に祈世樹から俺に指輪がはめられた。


『…そういやこの結婚指輪、西浜さんが前もって俺たち用だって買っちゃったんだっけ』


こうも娘の結婚に対して前向きなお義父さんも今どき珍しいとは今でも思う。

 オマケにこの時着ていた衣装も、西浜さんの知り合いが経営している店からレンタル(西浜さん持ち)したものである。 


『…ではお二方、誓いのキスを』


西浜さんの言葉に耐えきれなくなったのか、璃杏はもはや直視不能な程に真っ赤になりながら見悶えていた。


『……』

『……』


祈世樹のベールを上げ、その中で目を閉じて待っていた祈世樹が微笑ましそうに俺を視認する。

だがお義父さま・お義母さまの手前、俺はド緊張に思考が脱線しかけ、どうキスをすれば良いか分からなくなっていた。

それもあって俺は無意識に唇を尖らせたり色んな所によそ見をしたりなどで相当な変顔になっていたらしい。


『……ぷっ…』


耐えきれなくなった祈世樹が思わず吹き出し笑いを漏らした。

 それに気付いた西浜さんとリルドさん、一部の来賓席でも釣られるように笑った。


「あははははっ、お父さんタコさんみたいー!」


「最も重要な場面で………流石はお父さまですわね…」 


「まさにぶち壊しのスペシャリストね」


「いくらド緊張しててもあれはねぇだろ…ww」


「うわぁ最低www

 ガキじゃあるまいし、とっととやれよwww」


失笑×2、大ウケ1、ドン引き1、冷静なツッコミ1の圧倒的勢力に俺のHPはもはやゼロに等しかった。

 そしてようやく笑いが落ち着いた祈世樹は、再び目を閉じてキスを待った。

その様子に俺も一旦冷静さを取り戻し、映像の俺はそっと自然なイメージでキスをした。

唇を離すと西浜さんが拍手をしながら祝福の言葉を述べた。


『これにより、二人の永遠の愛は約束されました。

 新郎新婦共にこの記憶をいつまでも忘れることなくお互いを支え合っていきなさい』


天使のような微笑みの祈世樹と気色悪い作り笑顔を浮かべる俺はゆっくりと通路を歩き、カメラマンのリルドさんの隣を横切って正面入口から外へ出ていった。


「……ここまでのようですね」


俺たちが出て数秒後、ビデオカメラの映像は終わった。


「いやぁ懐かしいなぁ!

 わしもあんなに若い時があったものだな!」


自画自賛(?)する西浜さんの傍で、祈世樹のウエディングドレス姿にしんみりする派と俺のクソザコナメクジスタイルをディスる派閥が完成されていた。


「はぁ〜…。

 お母さんもすごく綺麗だったけど、お父さんも面白かったぁ♪」


「本当、結婚っていいですわねぇ…。

 まぁ……お父さまみたいな方でなければですけど」


「いやいや、もうこれホームビデオ投稿のテレビ特集に出したら採用プラス入賞間違いないっしょww」


「確かに母さんはやっぱしスムーズだったけど、親父は酷かったわぁ…wwww」


…頼む。

それ以上俺のメンタルを削がないでくれ。

お父さんマジつらたん。


「………」


 唯一、夏怜だけはどっちつかずだった。

 なにか気になることでもあっただろうか。


「…夏怜?」


「…ッ!?

 なっ、何?」


珍しく夏怜が隙だらけレベルで惚けていた。


「俺と母さんの動画の感想よ。

 どうだった?」


「ッ……どうって…」


珍しく夏怜はキョドっていた。


「私はどちらも素敵だと思いますよ。

 今となっては良き思い出です」


「うむ。

 緊張してしまうのは仕方あるまい。

 だが、もう少し肩の力を抜くべきだったな(笑)」


ギクシャクとした動きや不器用さ全開な部分の俺を思い出してか、西浜さんはニヤニヤし、リルドさんも声を殺してそっぽを向きながら失笑していた。


『…まぁ………「ですよねぇぇぇぇぇ!!!!」』


3・2・1で泣くぞ?

五人の子供の父親がやけ酒しながら泣くぞ?(´^ω^`)オォコラ


「……」


それでもただ一人、この雰囲気に馴染めていない夏怜に目を向ける。

気付いたかとでも言わんばかりの冷たい視線が俺と繋がった。


『…あぁ、そういう事か…』


夏怜は俺よりも先に気付き、素直に感想を述べられなかったのだろう。

もしここに「祈世樹が居たのなら」ともかく。


「みんな………千羽鶴折るぞ」


『えっ?』


全員が一斉に俺に視線を向けたのを確認してから続けた。


「確かに、これは良き俺と母さんの思い出だ。

 けれど俺たち「だけ」が懐かしんだところで、何にも変わらねぇんだよ」


「……燈さん…」


リルドさんが思わず声を漏らすも続けた。


「この映像は母さんも見る事が出来てようやく家族全員で笑えるってもんだ。

 それを実現する為に、一刻も早く母さんが治ってくれることを願って作るぞ」


誰も笑いも文句も言わない。

さっきまで俺を滑稽だと笑った子供たちは、俺の気迫に気圧されていた。


「…それなら私は賛成するわ。

 母さんが居ないと面白くない」


「確かに、お母さまが居ないんじゃお父さまをからかうしか退屈しのぎになりませんしね」


「知子もお母さんがいないとさみしい!

 知子もせんばずるおる!」


「やったことねぇけど、この人数ならすぐ出来るかな」


「……オレは…」


唯一、海麗は躊躇っていた。


「海麗、お前もやるんだよ。

 母さんに元気になって欲しいだろ?

 下手くそでも作ることに意味があるんだよ」


「……わぁーったよ…」 


少々渋りながらも海麗もメンバーに入った。


「…ちなみに燈くん。

 作り方は知ってるのかね?」


「…………ほぇ…」


一時の静寂。

そして……………爆笑だった。


「…ふっはっはっはっはっはっ!

 いやぁ本当に君は面白い!

 いつまで経っても私を退屈させぬなぁ!!!」


半ば嬉しそうに西浜さんは大笑いした。

ドン引きする子供たちとは裏腹に。


「………リルドさん…。

 折り紙買ってきますので、もし知っているのならばご教授願いたいです…」


「ふふ…そんな事だろうと思っていましたよ」 


クスクスと笑いながらリルドさんはどこからとも無く紙を一枚取り出し、テキパキと折るとあっという間に鶴が出来た。


「ふぉ…すごーい!」


「まっ…まさに早業ですわ…」


「私も…見えなかった…」


女性陣が関心している傍で、俺はそそくさと着替えていた。


「あっ、知子も行く!」


「折り紙買ってくるだけだからここに居ろ。

 すぐ戻ってくる」


不満そうに頬をふくらませる知子に西浜さんはまたもゲラゲラ笑っていた。


「いやぁ、本当に楽しい家族だ。

 …そうだ、ついでに酒も一本買ってきてはくれまいか?」


「西浜さんッ!」


…なんとも地雷だらけの戦場から抜け出し、俺は車に乗り込んだ。


「……」


薬指で光る指輪は、あの映像の時よりも輝きが鈍くなった。

それでも一度も外したことは無い。


「…折り紙と、何か菓子でも買ってこようかな」


急ぎ俺はエンジンを吹かしながらスーパーへと車を走らせた。


 

 

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