ext.24 振り返るは、懐かしき思い出
平日の昼間、俺は家に一人で掃除をしていた。
『知子のやつ、片付けとけって言ってるのに…』
知子は最近、着せ替え人形にハマっている。
どうも璃杏の美知識の刷り込みが原因らしい。
その矢先、テーブル下にこないだ見たアルバムが見えた。
『これまで置きっぱなしにしてたのか…。
知子のやつ、ここ最近片付けなくなってきてるなぁ…』
重いアルバムを腰を痛めながら持ち上げると、一枚のプリクラがひらりと出てきた。
「なんだ?
……あぁ、これか」
それはこないだ目に止めておいてた高校の時の写真。
そこにはいつもの四人で映る俺たち。
「いつのだったかなぁ。
たしか…高校二年の夏の時かな」
ガチガチに固まった脳をフル回転させ、俺はバ○殿ばりに頭上に白いモヤモヤを浮かばせた。
遡ること十七歳の高校二年のこと。
学校で俺と祈世樹、慶太と紫の仲良し四人組は翌日の土曜に遊ぶ予定を立てていた。
「紫は何処がいいと思う?
ゲーセンじゃありきたりだし、ホビーショップじゃ紫たちがつまらんしなぁ」
「うーむ。
燈は何かいい案がないか?」
「そう言われても……カラオケもなぁ…」
何気に呟いた「カラオケ」という単語に慶太が食いついた。
「そういや、お前今度カラオケ行った時に食い物奢るって約束したよな?
なら、明日カラオケにしようぜ!
俺は特製味噌チャーシュー大盛りでいいから(笑)」
「け、慶太!
前にも言ったが、あまり負担をかけるようなのはよせと言ったろ!
…安定的にポテトとかのミックスセットとかどうだ?
それなら燈の財布にも問題なかろう」
「あはは…。
言い出しっぺが言うのもなんだが、そう言ってくれると助かるよ」
三人で楽しく語るも、祈世樹は一人暗い表情を浮かべていた。
「…祈世樹」
「っ…!?
なっ、何かな…?」
何事も無かったように振る舞うも既にバレバレだ。
「前回みたいなことはもうしないから安心せい。
みんなで純粋に楽しもう」
「………うん!」
祈世樹はようやく笑顔を浮かべた。
…覚えているだろうか?
以前のカラオケの最中、慶太が祈世樹に膝枕をしたことで、それまでは知らなかった嫉妬心に俺は思わず激情に身を任せ出ていってしまっていた。
それを反省し、今回食い物は俺が奢る約束となっていた。
「安心しろ燈。
次また慶太が調子に乗るようなことをしたら、私が「三枚おろし」にするから気に病むな」
「紫…。
……なんか、本当に申し訳ないな…」
「うおぉぉぉいお前らぁ!
俺だって少しは自分の軽率さに反省したんだから堪忍せーーーい!」
慶太のツッコミに俺と紫が笑うも、祈世樹は少し不安の色を残しつつ笑っていた。
翌日、約束の土曜日。
「…少し早く来ちったな」
家で待ちきれなくなった俺は予定より早めにカラオケに来ていた。
「ふぁ……ひぃっくしっ!!」
八月上旬と言えど、今日は少し冷え込んでいた。
すると、背後からがばっと誰かに抱きつかれた。
「そーらっ♪
風邪ひいちゃった?」
祈世樹だった。
祈世樹はピンクのカーディガンに白のワンピースを着ていた。
ちなみにこの頃はまだ二人っきりの時は、俺が「世界」、祈世樹が「空」呼ばわりがまだ定着していた頃だ。
「ううん。
ちょっと薄着だったからかな」
俺は半袖にジーパン。
半袖の生地が薄いせいか、冷え込んだ風が身にしみていた。
「私があっためたげる。
ぎゅー…!」
「あはは、サンキューな。
でも…人前だとちょっと恥ずいな」
どうもここ最近の祈世樹はこういった所に恥じらいがなかった。
平気で人前でくっついてくるし、歩きながら急に手を繋いできたり、ボディタッチ以上の行為が目立っていた。
『俺を励ますために無理してるのか、はたまた単に気にしてすらいないだけなのか…分からんな(´-`)』
もちろん嫌なことはない。
むしろ、もうちょい露出度の高い腕とかにその控えめな胸をぐんぐん押し当てて……。
「………あっ……」
間抜けな声を漏らした目の先で、慶太はニマニマと笑い、紫は何故か苛立ちげに腕を組んでこちらを見ていた。
『……ふっ……不可抗力…ですよね……?』
命の危険を感じた俺はそっと祈世樹を離し、紫に差し出した。
「紫ぃ〜。
俺疲れちまったよぉ。
悪いけど、お前の膝枕で少し休みた……あっ…///」
慶太が頭を乗せようとした瞬間、慶太の頭は紫の膝より数センチ上で鷲掴みにされていた。
「すまんな慶太。
こう見えて私はくすぐったがりでなぁ。
…特にお前に近付かれると虫酸が走るのだよ」
そう言うも紫は鷲掴みにしたままでそこからは何もしなかった。
「あ……紫…さん…?
僕もう何もしないんで………そろそろ体制戻さないと……頭に血がいかなくなってきて…」
よく見ると、慶太の顔面は蒼白になってきていた(笑)
「ゆ、紫ちゃん!
慶太くん本当に真っ青になってきてるよ!
そろそろ止めたげよ…?」
「む…。
祈世樹がそういうのであれば仕方あるまい」
そう言って紫は慶太の頭を解放した。
「おぉ〜、ありがたやぁ…。
やっぱり紫はガードが固すぎ…ぐぼらっしゅっ!!!」
余計なことを漏らした慶太は案の定、紫にフェイスクラッシャーで顔をソファーに押し潰された。
「…なぁ燈……。
ガードの固い女とビッチ臭い女とではお前はどちらを選ぶ…?」
「そっ…そりゃもちろん、ガードが固くて常識のある上品さを兼ね備えた素敵な女性だと思いますッ!!!!」
仄暗い眼差しで質問してくる紫に恐怖を感じた俺は、すぐさま正論に偏った。
「燈くん。
「びっち」ってなぁに…?」
「ッ…!?」
「ッ…!?」
失言だった。
祈世樹はこういった下ジョークに知識がないのだろう。
「その………あれだ!
何でもかんでも簡単に受け入れてくれる決断力のない女と、しっかりと自分の考えを持って発言出来る女とではどっちがいいかってことだ!」
「ほぇ〜。
じゃあ、燈くんから見て私はどっちかなぁ?」
「はぇ…?」
思わず間抜けな声が漏れた。
「そりゃあ…お前はビッ…」
言いかけた瞬間、全身の血の気が引くほどに感じた死の悪寒に俺はのどが詰まった。
「びっ…………そう、ビッチとは縁遠すぎてヤバいぐらい可愛すぎるよ!!
ほんと、祈世樹みたいな純粋で素敵な女性に出会えて良かったと心の底から思うよ!
いやぁ、ほんと俺って幸せ者だよ……HA HA HA…」
もちろん紫の鉄拳制裁を免れるためのお世辞だが、祈世樹は顔を真っ赤にして両手で顔を隠してうつむいていた。
「燈くん……ちょっと言い過ぎ…///」
祈世樹の一言でようやくストッパーがかかり、ほっと胸を撫で下ろしてからちらっと紫の方を見ると、目を細めながらも殺気は無くなっていた。
『た……助かった…』
改めて、自分の口の緩さに気付けたささやかながらも大事な瞬間だと思った。
その後、カラオケは順調に盛り上がっていた。
なんの問題もなく、みんなで純粋に楽しんでいた。
「次、誰歌うんだ?」
「…私はパスだ。
祈世樹は?」
「んー、ちょっと休みたいかな。
燈くんは?」
「俺もパス。
のど痛くなってきたし」
歌い始めてから約二時間が経過した頃、フリータイムとはいえ流石にノンストップで歌い続けていた俺たちは休憩を挟むことにした。
「しかし、燈もなかなか面白い歌を知ってるものだな。
私はアニメソングには縁遠いが、なかなか聞いてて面白いと思えるのも多かったな」
「そうか?
まぁ俺が好きなのはアニソンでもマニアックなのが多いしな。
紫だって、演歌ばかりかと思ったらちゃんと最近のJ-POPソングもけっこう好きなんだな」
「まぁな。
演歌は祖母の趣味で小さい頃から聞いてて好きになったからな。
普通にテレビで好きになったのも多いぞ」
「ほぉ〜。
……あっ、祈世樹も良かったぞ。
ほんとシガロ好きなんだな!」
「むっ…。
今、絶対私の事忘れてたでしょ」
「そそ…ソンナ事ナイゾ?
祈世樹らしくて可愛かったぞ?
…シガロと言えば祈世樹、祈世樹と言えばシガロって感じだなってな!」
「……なんか褒められてない気がする…。
紫ちゃんの方がなんか良さげだった…」
「ゲフンゲフン…!
…俺ジュース取ってくる!
何か飲むか?」
「……オレンジジュース…」
「おしおし、じゃあ待っててな!」
そう言って空はそそくさと部屋を出ていった。
「祈世樹、そう怒るな。
燈も悪気はなかったんだ。
少しばかり大目に見てやれ」
「…怒ってないもん」
本当は少し嫉妬していた。
自分でも幼稚なのは分かっていたが、こればっかりはどうしようもなかった。
『最近、紫ちゃんと空の距離が近い気がする。
仲が良いのは分かってるし、そういう関係にならないのも分かってる。
でも………空が誰かと仲良くしてるのを見ると、少し気に入らないと思っちゃう自分がいる…』
あの時、私が場の流れで慶太くんに膝枕をして空が嫉妬した気持ちが今なら分かる気がする。
私だって、空が他の女の子と手を繋いだりしてたら………。
「戻ったお〜」
「ッ…!?」
気が付かないうちに空は部屋に戻ってきた。
「お待たせしやした。
ご所望のオレンジジュースにございますお嬢さま」
見え見えのかっこつけで空はそっと私にオレンジジュースを渡した。
「…ありがと」
ふてくされていたのがバレていたのか、空は少し不安げに聞いてきた。
「…まだ怒ってるのか?」
「ッ!?
……お、怒ってないよ…」
「…そか」
気を遣ってくれてか、空はそれ以上は何も聞かなかった。
静かに私の隣に座り、持ってきたオニオンスープを飲んでいた。
「……」
改めて私は自分の幼稚さが悔しいと思った。
きっと空は私の気持ちを察してくれて何も聞いてこないのだ。
『空はずるいよ…。
優しいくせにいじわるで、不器用なのに一生懸命で……』
結局こうだ。
不安になると悪いことばかり考えてしまう。
私は空が大好きなのに、一番彼に不安を抱いてしまう。
その時、静かに涙が込み上げてきた。
『ッ…!
泣いちゃダメだ…。
せっかくみんなで純粋に楽しめてるのに…』
その時だった。
『コンコン…』
部屋にノック音が鳴り、店員が何やら白い箱を持って入って来た。
「失礼します。
海条祈世樹さまはいらっしゃいますか?」
「え…?
………私…です」
泣きそうになっていたのをぐっと堪えて返事をすると、入って来た店員は持っていた箱を私の前にそっと置き、箱の蓋を開けた。
「…ッ……………」
その中身を見て私は、堪えていた涙が込み上げてきた。
「ハッピーバースデー!」
「ハッピーバースデー!」
「ハッピーバースデー!」
みんなの祝福と共に、中からいちごのショートケーキが姿を現した。
「これ………ほんとに私の…なの……?」
受け入れ難い現実に空が後押しをした。
「もちろんだとも。
…というか、紫がたまたま覚えててくれたから出来たことなんだがな。
それで、みんなで祝ってやろうってことで、お前に内緒で店側にサプライズバースデーの予約を入れてたんだよ」
「ってことは、今日来たのは偶然じゃ……」
「違うよ。
ちゃーんと計算通りよ」
ニコッと笑う空に、サプライズの成功に拍手してくれる紫ちゃんと慶太くんに、私は思わず涙が止まらなかった。
「………ありがとう……みんな…」
思わず空に抱きつきそうになったが、その気持ちをぐっと堪えて私は感謝した。
「…おし、ロウソクいいぞー」
気付かぬうちに慶太くんが備え付けのロウソクを立て、火を付けてくれた。
「ありがとう…」
思わぬ私の言葉に、慶太くんは珍しく照れくさそうにそっぽを向いていた。
「火、消してもいい?」
「…お、おう。
この歳になってバースデーソングを歌うのもあれだしな…」
少し照れくさそうに笑う空に可愛げを感じつつ、私はロウソクの火を吹き消した。
「いぇーい!
海条、誕生日おめでとー!」
「おめでとう祈世樹。
これでまた一歩大人に近付いたな」
三人が拍手する中、唯一空だけが黙り込んでいた。
「…燈くん?」
「…ん?
……あぁ、誕生日おめでとう」
「……それだけ?」
あまりにあっさりしすぎな様子に私は少しだけ意地悪をしてみた。
「他に言うことないの?」
「ぐっ………。
…………その…………生まれてきてくれて……ありがとうな…」
「…ふぇ……///」
意地悪してみたつもりが………むしろ私が辱められる答えとなって返ってきてしまった。
「…あぁいや、そこまで深い意味はないんだけどなッ!?
その………上手いこと思いつかなくてな…」
「う…うん。
ありがと…」
そして同時に顔を背ける私たちに慶太くんたちがはやし立てる。
「ひゅー、ひゅー!
燈も案外、大胆な告白してくれるねぇ。
あー、アチーナー(笑)」
「なっ…!?///
これは告白とかじゃなくて……ちょっとお祝いの言葉が上手いこと考えつかなかっただけで…」
「確かに、あの発言は少々聞かされたこっちまで恥ずかしくなってくるな…。
嬉しいといえば嬉しいかもだが、気恥ずかしさは感じるな…」
「す、すまん紫!
保護者的な存在のお前からすれば少しけしからんよな!?
すんませんでしたー!」
そう叫んで空はソファーの上で紫ちゃんに土下座をしていた。
その光景に、その場にいた全員が笑いの渦に巻き込まれていた。
「そろそろ切り上げるか。
俺飽きてきたわ」
「慶太!
せっかくの祈世樹の誕生日だというのに飽きたとは失礼だろ!」
「大丈夫だよ紫ちゃん。
私ものどが痛くなってきたしね。
それに、十分すぎるくらい満足してるよ」
「む…そうか。
…燈もそれでいいな?」
「うん。
ネタも尽きたし、時間的にもいいんじゃない?」
そう言われ自分のスマホの時計を見ると、既に夕方の四時半を回っていた。
「んじゃそろそろ出ますか。
…あっ、俺ゲーセン行こうかな。
燈も来るだろ?」
「なぜ俺がゲーセンであれば必ず来ると決まってるんだよ。
…まぁついでだからいいけど」
「結局行くんかい(笑)
…紫たちはどうする?」
「うむ。
今日は家には誰も居ないしな。
あまり遅くならないのであれば付き合うぞ」
「……」
それぞれが意見を出し合う中、祈世樹だけは黙り込んでいた。
「どうした祈世樹?
門限があるなら送っていくぞ」
「ッ!?
ちちっ、違うの!
その………わがまま一つ言っていいかな…?」
「…なんだよ。
遠慮せず言ってみろよ。
今から箱根に温泉旅行に行きたいなんてことでもない限りは付き合えるしな」
「ふぁっ!?///
そんな事絶対言わないよっ!
……その……ね…」
何故か祈世樹はどこかもどかしげに言葉を詰まらせていた。
そんなに言い難いことなのだろうか…。
「その………み、みんなでプリクラを撮りたい!」
顔を真っ赤にして祈世樹はカラオケルーム内で叫んだ。
「…そんなに溜めて言うことか……ぐぶッッ!!!」
余計なことを言いかけた慶太を紫がさりげなく肘鉄で止め、俺は祈世樹に答えた。
「…そうだな。
今日という日を思い出に残そうな」
「うんっ!」
その日一番の満面の笑みを浮かべ、祈世樹は喜んでくれた。
その後、様子を見て俺たちはカラオケ屋からゲーセンに移動し、真っ直ぐプリクラを撮って落書きをいつも通り慶太と紫に任せて、俺と祈世樹は終わるのを待っていた。
「…今日は本当にありがとね。
すごく嬉しかった…」
不意にそう言って祈世樹は休憩用のイスに座りながら俺の肩に頭を乗せてきた。
「いや、紫が今日がお前の誕生日だって言ってなかったら出来なかったし。
なんだかんだ言って、お前が好きだと言いながら恋人の誕生日さえ知らないなんて……恋人失格だよ」
そう漏らすと、祈世樹は顔を上げ、両手で俺の顔をペチッと叩いた。
「もー。
せっかくの誕生日にそういうネガティブ発言禁止だよ」
「祈世樹…。
……そうだな…」
キリッと祈世樹は俺を真剣な眼差しで見つめるも、やがてその顔に笑顔が零れた。
「私だって、空が好きでも知らないことは沢山あるよ。
だから、いっぱいこれからも空のこともっと時間をかけて知りたいと思うよ。
だから………ね?」
恥ずかしくなったのか、祈世樹はそこで言葉を止めて顔を背けた。
「祈世樹…」
俺はそっと祈世樹の頭をなでた。
それに合わせて祈世樹はゆっくり俺に振り返った。
「ありがとうな。
……好きだよ」
「………うんっ!」
再び満面の笑みを浮かべ、祈世樹は俺の手の感触を味わうように嬉しそうにしていた。
「終わったぜー。
……おやおや、相も変わらず場所も選ばず仲の良いことですなぁ」
「…ッ!?///」
「…ッ!?///」
バッと離れると、目の前で慶太がニマニマといやらしく笑い、その後ろで紫は黒いオーラを漂わせていた。
「あぁいや………これは………その……」
言葉を詰まらせていると、隣に座った慶太がおもむろに肩に腕を乗せてきた。
「そう隠すなって。
お前らが仲良いのは周知の事実なんだからよ。
少しぐらいイチャついてたって誰もお前らを咎めたりしないって(笑)」
そう言いますがね慶太さん。
…あなたの真後ろで毘沙門天ばりのオーラを漂わせている御方がいらっしゃるんですよ。
…俺死ぬのかな?
「いや……もう少し控えるようにするよ…。
世の中リア充を憎むやつは多いし、いつ後ろからナイフで刺されるかも分からんしな…」
俺のジョークに慶太はケラケラ笑うも、俺は冷や汗が止まらなかった。
「はい、祈世樹のプリクラだ。
なかなか可愛く撮れたぞ」
「ありがとう紫ちゃん。
…紫ちゃんもすごく可愛いよ!」
「ッ!?///
そ、そんな事ないさ…。
可愛いなんて……私には似合わないさ。
あはは…」
「そんな事ないよぉ。
紫ちゃんもすっごく可愛いと思うよ!(`・ω・´)」
「祈世樹……。
……ありがとう」
愛おしそうに祈世樹の頭をなでる紫の姿は、まるで母子の様にも見えた。
「そうかぁ?
紫ってどちらかと言えば「執事」みたいなもんじゃね?
ほら、燕尾服着て白手袋でお盆持って待機してるイメージが似合…ざぶらっgしゅッッッ!!!」
慶太が言い切る前に紫の健康的な細長い脚から繰り出されるミドルキックは見事に慶太の無防備な腹に直撃し、謎の原理で慶太は吹き飛ばされることなくその場で失神した。
『あ………あれ程の衝撃波を響かせておきながら、一歩もたじろぐ事さえしないとは…。
慶太が凄いのか紫の技術が超人的なのか……』
色々疑問は残るものの、今回も慶太の言動が悪い。
つか、いい加減学べよ(笑)。
「…という事だ。
すまないが、今日はここでお開きとしよう。
私はこのろくでなしを連れていかねばならなくなったのでな」
「う、うん…。
なるべくそっと連れて行ってあげてね…」
「祈世樹がそう言うなら仕方あるまい。
それと……」
いつの間にか俺の真正面にいた紫はポンッと俺の肩に触れ、小声で俺に耳打ちをした。
「…祈世樹に変なことをしたら………次は「お前の番」だからな」
「ッ?!!!
…もももっ、もちろんです!
祈世樹さんは俺が責任と人生を賭けてお守りしますッッッ!!!!」
吹き出す冷や汗と収縮する血管に心臓が高鳴らせつつ敬礼するも、紫はそっと笑顔で解放してくれた。
「まぁ、お前のようなヘタレでは無理か。
はっはっはっ!」
「……ほぇ?」
半ば状況が呑み込めずにいると、紫は高笑いをしながら慶太の首根っこを掴んで店を出た。
「じゃあな燈、祈世樹。
また明後日、学校でな」
そう言い残し、紫は慶太と共に立ち去った。
「…私たちも帰ろっか」
「………おん…」
ようやく落ち着いた俺は、祈世樹の一声に引かれるように手を繋いで彼女の家まで歩いていった。
「そんな事もあったなぁ」
正直、みんなとアルバムを見た時はゆっくり見る時間もなかったせいでこうして思い返す余裕も無かった。
『祈世樹は覚えてるかな。
まぁ、三十年も前の事じゃ無理か…』
アルバムを閉じ、寝室のクローゼットにそっとしまうと、リビングに置いていたスマホが着メロを流した。
「LAINEか?」
リビングに向かいスマホを見ると、祈世樹からLAINEが来ていた。
『今日、仕事早めに終われそうなんだけど、たまにはみんなで外食に行かない?』
祈世樹からのメッセージに俺はグッドタイミングと言わんばかりに返事を返した。
『ならさ、ついでにみんなでゲーセンに行ってみないか?
ちゃんとした家族写真は海麗が居ない時だったし、全員でプリクラも撮ったことないしな』
そう返信すると、直ぐに返ってきた。
『それはかまわないけど…どうしたの?』
予想通りの反応に俺は自信を持って返す。
『なんかさ……昔を思い出したら行きたくなってな。
たまには良いだろ?』
決定と言わんばかりに俺はメッセージを送信してから返事を待つことなく、中途半端にしていた掃除を再開した。
『せっかくのみんなでの家族写真だから、汚くはして行けないな』
急ぎ掃除を済ませ、俺はすぐ湯を沸かして風呂に入った。
『ただいまー』
不意に聞こえてきたのは、バイトから戻ってきた海麗だった。
『親父ー?
……なんだ、風呂に入ってんのかよ』
近くから聞こえてきた海麗の声からして、おそらく脱衣所から話しかけてるのだろう。
「おかえり海麗。
夕方母さんが仕事早めに終わるから外食に行きたいって行ってたけど、お前も行くよな?
その後でもゲーセン行く予定やし」
『あぁ、別にかまわねぇよ。
…なんでゲーセン?』
「母さんと話してみんなで家族写真をプリクラで撮ろうって話してたんだよ。
写真館とかだと堅苦しいし、たまにはそういうのも良いだろ?」
『…まぁ、良いんじゃね?』
話の最中、海麗は風呂場のドアに寄りかかるように座って話していた。
「…って、いつの間にそこに居たんだよ。
ケツ濡れるぞ」
『こっちの方が話しやすいんだよ。
その代わり、ドア開けたら…タマ潰すからな』
「はいはい」
そう返し俺は足を伸ばし湯船でリラックスしていた。
「どうだ、お前も後で風呂に入らんか?
温かいうちに」
『やだよ。
親父のアカとか浮かんでそうだし、変な匂いしそうだからやめとく』
うん、俺が調子こいたのはよく分かるが、お父さんあんまりディスられ過ぎると発狂しちゃうからもう少し丁寧に扱ってくれよな?
「じゃあ風呂上がるからそこから離れてくれ。
さすがに年頃の娘に裸を見られるのは嫌だからな」
『そんなのこっちから願い下げだ』
そう言って海麗はその場から立ち去った。
合間をみて俺は風呂から出て着替えると、海麗はリビングのソファーに縮こまってスマホをいじっていた。
「…テレビ付けるぞ」
「つければ?」
海麗の素っ気なさはいつも通りだが、今日はどこか違う気がした。
「…何かあったのか?
やけに静かだけど」
「……別に…」
何かあるのは明確だった。
だが、問い詰めれば海麗は逆上しかねない。
「海麗。
働いた後のシャワーは気持ちいいぞ?
心も体もさっぱりするよ。
タオルなら洗濯機の上に置いてあるから」
「………」
何も言わず海麗は立ち上がり、部屋に着替えを取りに行ってそのままシャワーを浴びに行った。
『単純と言うか乗せられやすいというか…。
まだ慣れてないんだろうな』
海麗がバイトを始めてから三ヶ月。
まだ慣れるには少しかかってもおかしくない。
ちなみに早番出勤の海麗が現在午後の二時に帰ってきたのは、昼番の駅弁の製造を手伝わされてたからだ。
「ただいまですわー」
玄関のドアが開く音と共に璃杏、知子が帰ってきた。
「お父さんただいまー!」
「おかえり。
今日はみんなで外食だって。
母さん、仕事早めに終わるからって」
「本当ですのッ!?
ならば、おめかししなくてはいけませんわね!」
「知子も!
えーっと、えーっと…………おトイレ行ってくる!」
何もそう忙しなくせずとも今すぐ祈世樹は帰ってくる訳では無い。
そう思うも、俺はそんな光景を眺めるのも好きだった。
『今日も平和だな……』




