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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ext.21 「海条」改め「碧乃祈世樹」の日常

今回は私「碧乃祈世樹」の一日を紹介します。

私の一日の始まりは、無機質な目覚ましのアラーム音から始まります。

 

「んうぅ…。

 ……ふあぁぁぁ…」

 

まだ眠り足りないと言わんばかりに欠伸が示唆をするも、そうもいかない訳で私は無理やり起きます。

次に、まだ寝ているみんなを起こしに行きます。

夏怜だけは先に起きているので他の子たちを起こしに行きます。

 

「璃杏、知子。

 起きなさい」 

 

「んうぅぅ……。

 ……おはようございますお母さま…」

 

「おはよ。

 起きないと学校遅れるよ」

 

寝ぼけ眼で璃杏はリビングに降りるも、手がかかるのは知子です。

 

「知子、起きて。

 璃杏もう起きちゃったよ」

 

「んうえぇぇ…。

 ………あとごふんだけぇ……」

 

そう言って嫌そうに知子は再び寝入ってしまった。

 

『困ったなぁ…』

 

男の子の親であるならば恐らくは叩いてでも起こすかもしれない。

でも相手は知子だし、そもそもそんな乱暴な起こし方は私には出来ない。

 

「ほーら知子。

 起きないと学校遅刻するしご飯食べれないよ」

 

「んみゅぅぅ……やらぁ…」

 

『…仕方ないか…』

 

寝ぼけながら拒否る知子のほっぺをぺちぺち叩く。

ようやく意識が覚醒したのか、知子はふらふらと揺れつつもようやく起きてくれた。

一人では危なっかしい知子を引き連れ、みんなの待つリビングに降りた。

 

『あっ……強乃と海麗忘れてた…』

 

そう思った矢先、階段を降りている途中で部屋のドアが開く音がした。

 

「…おはよ母さん」

 

「おはよ強乃。

 よく起きれたね」

 

強乃も朝に弱く、開いてるのか分からない目を擦って起きてきました。

 

「ごめん強乃。

 ちょっと知子をお願い。

 海麗を起こしてくるから」

 

「分かった」

 

タッチアンドゴーで私は強乃に知子を任せ、海麗の部屋に向かった。

 

「…海麗起きてる?

 もう朝だよ」

 

この場合、私は敢えて部屋に入らない。

引きこもっていた時の名残りだろうか。

 

「……おはよ」

 

ゆっくりとドアが開かれ、海麗は珍しく寝ぼけていなかった。

 

「おはよ海麗。

 珍しいね、早起きでもしてたの?」

 

「んー……。

 なんか、五時ぐらいに目が覚めて……そこから寝られなくってな」

 

「あら大丈夫?

 具合悪い?」

 

「んや、平気だよ」

 

そう言って海麗はそそくさと私を横切って降りて行った。

その後ろ姿に引かれるように私もまた降りて行く。

 

「おはよ夏怜。

 …あら、もう学校行くの?」

 

リビングに入ると、唯一夏怜だけが既に制服に着替えていた。

 

「おはよ母さん。

 今日は校門前の花壇の整理の手伝い当番があるから」

 

そして夏怜は「可憐」にその場を立ち去った。

………なんちゃって。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

挨拶をして夏怜は学校に向かう。

それから台所にいた燈が朝ご飯を持ってきた。

 

「おはよ燈」

 

「おはよ祈世樹。

 …髪食べとるよ」

 

「うぇッ…!?

 ……うぅ…///」

 

髪を解き直す私に燈はいつも通り笑う。

ちょっと悔しいけど、燈が笑うとみんな良い一日をスタートできる気がして私は少しだけ安心できる。

 

「ほい、召し上がれ」

 

燈から朝ご飯を受け取る。

今日は白ご飯と大根の味噌汁、昨日の夜ご飯の残りのカレイの煮付けだ。

 

「いただきます」

 

食事の前に毎日欠かさず挨拶をする。

そして温かなご飯を頬張る。

 

『……煮付けしょっぱいけど、ご飯と食べるとちょうど良くて美味しい』

 

舌の表面を刺激する旨味と白ご飯の温かさに徐々に脳が覚醒していく。

それに伴ってか、みんなもまただんだんと賑やかになっていく。

 

「強乃、もう少し煮付けを綺麗に食べられませんの?

 お皿を汚しすぎてこっちに飛ばさないでくださいまし!」

 

璃杏の言う通り、強乃は煮付けの片面を食べてから骨の内側となる皮の方をひっくり返して食べていた。

その時に汁が飛んでしまって皿の周りが汚れてしまっている。

 

「別にいいじゃんか。

 食べ方は十人十色なわけだし、うちはそんな上品に食べなきゃいけない貴族じゃあるまいし」

 

「もぅ、本当にデリカシーが無いですわね!

 それで奈津子さんが彼女だなんて……いつかそのズボラさで嫌われてしまいますわよ!」

 

「グチグチうっせーな。

 お前には関係ないだろ。

 璃杏なんて男友達さえ居ないくせに」

 

「なっ……何ですってぇぇ…!!!」

 

石を投げ、石を投げ返された二人が喧嘩を始めてしまった。

その様子に知子は怯えていた。

 

「止めなさい二人とも!

 朝からつまらない事で喧嘩しないッッ!!!!」

 

思わず苛立った私は二人に怒声を浴びせてしまった。

 

「あっ………ごめん……母さん…」

 

「もっ……申し訳ありません……ですわ…」

 

シュンと落ち込んで二人は大人しくご飯を食べ始めた。

 

『……はぁ…。

 …何やってんだろ……』

 

そこまで怒るつもりなどなかったのに、どうもここ最近は感情的になってしまう。

……歳のせいだろうか…。

 

「…強乃。

 煮付けは骨を取ればそのまま食えるんだよ。

 頭の方から引っ張ればいいんだよ」

 

状況を見かねた海麗がアドバイスをしてくれた。

強乃は黙って煮付けの骨を外し、そのまま無言で食べ続けた。

 

『ごめんね強乃…』

 

心の中で謝ると、タイミングを見計らって燈がデザートのヨーグルトを全員分置いてくれた。

 

「ダメだぞ二人とも。

 喧嘩するほど仲が良いとは言うが、本当に喧嘩ばかりしてたら俺も怒るかんな」

 

燈の一言に二人は肩身狭そうにしょげていた。

 

『…ありがとう燈』

 

心の中でそう呟くも、ここ最近は苛立つことが増えた気がして正直、自分に対してもイラつくことが多い。

 

「…ご馳走さま」

 

手早く食事を済ませて洗面所で顔を洗う。


「ふぅ…」

 

顔を洗ったことでようやく気持ちも落ち着き、次に自室で着替えを済ます。


「…よしっ」

 

自室を出てそのまま私は玄関に向かう。

 

「祈世樹、弁当忘れてる!」

 

「えっ……あっ、ごめん!」

 

そのまま出ようとしていた私をギリギリ燈が止めてくれた。

 

「ごめんね…。

 朝から怒鳴ったりお弁当忘れたり…」

 

「気にすんな。

 声を張りあげて怒るのは教育の一環だ。

 それに、祈世樹があーして怒鳴ってくれるから俺が怒鳴らずに済むしな」

 

「それって、私は利用されてるって言ってるの…?」


「あぁいやそうじゃなくて……俺は怒鳴って叱るのは苦手だって意味で、別にお前を利用してた訳じゃなくて…」 

  

私の蔑みに燈はバカみたいに慌てふためいていた。

 

『ほんと……こういうとこは変わらないよね』

 

なんだかんだ言っても、燈にも救われてるんだよね。 

 

「大丈夫。

 全然気にしてないよ。

 …もう仕事行くね」

 

「あっ……あぁ。

 気を付けてな」

 

そっとお弁当を受け取り、私は玄関のドアをゆっくりと開ける。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

小さく手を振って見送り出してくれる燈に背中を押されるように、私はそれまでの鬱々とした気分を解消して仕事場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 

家から歩いて約十五分。

着いたのは駅の中にある定食屋「東屋(あずまや)」。

私は現在、ここのホールで働かせてもらっています。

 

「おはようございますー」

 

中に入ると既に店長が料理の仕込みをしていた。

 

「おーっす。

 碧乃さん相変わらず早いねぇ。

 もうちょいぐらい遅くても大丈夫なのにねぇ」

 

彼はこの定食屋の店長の「宮川英介(みやかわえいすけ)」。

今年で六十四歳になるらしいが、実年齢とは裏腹に三十歳ぐらい口調は若い人だ。 

 

「いえ。

 私が好きでしてる事ですし、いついきなり忙しくなるか分からないですしね」

 

「おぉ!

 いいこと言うねぇ。

 碧乃さんみたいな嫁さん、俺が欲しかったなぁ………あいでででッ!」

 

「店長。

 それはセクハラ発言です」

 

そう言って店長の耳を引っ張って粛清しているのは厨房担当の「横澤礼子(よこざわれいこ)」さん。

私より二年先輩で、身長は147センチの四十八歳。

ここで唯一、店長に刃向かえる人だ。

 

「ごめんね碧乃さん。

 毎朝うちのバカ店長が迷惑して」

 

「そ、そんな事ないですよ!

 店長の明るさは面白いですから良いと思いますよ!」

 

お世辞にそうは言うも、正直対応には困ってるのが現実です。

 

「そうだぞ?

 俺はこんなにも碧乃さんと仲良くなりたいと思ってるんだからなぁ」

 

そう言って店長はバンバンと私の肩を叩く。

…こういう馴れ馴れしいのは苦手だ。

 

「店長って絶対、結婚出来ないタイプよね」

 

礼子さんのさり気ないツッコミに店長は顔を真っ赤にして怒っていた。

 

「だぁーーーちがーーう!

 俺は好きで一人でいるんだーーー!!!」


…とまぁこんな感じの毎朝から仕事は始まる。

三人しか居ない定食屋だが、ギリギリやっていけている……らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






昼の二時過ぎ頃。

 

「碧乃さん、今のうちに休憩入っちゃっていいよ。

 客も薄くなってきたし、入れるうち休んじゃって」

 

「はーい」

 

駅の中ともなればお昼の時間は最も忙しい時間となる。

昼食を摂りに来るサラリーマン、休憩時間に来る別の店舗の店員さん、観光客などたくさんの人たちがこの定食屋に足を運んでくる。

正直、もう一人二人ぐらいは欲しい所だ。

 

「碧乃さん。

 お昼行くなら、まかないの味噌汁持って行って」

 

「ありがとうございます横澤さん。

 じゃあお昼入ります」

 

横澤さんのささやかな笑顔に見送られ私は休憩室に入る。

横澤さんから貰った味噌汁を置き、ロッカーからバッグを出す。

 

「今日は何かなぁ」

 

取り出したのは燈の手作り弁当。

忙しい日はお金を持たせてくれるけど、基本的には弁当をこしらえてくれるから助かる。

 

「…美味しそう♪」

 

ちょっと高めの桐箱を開けると、のり弁の上にちょこんと生たらこが乗り、その隣の仕切り越しに赤ウインナー、冷食ハンバーグ、だし巻き玉子、茹でブロッコリーが顔を覗かせた。

 

「…いただきます」

 

ご飯とだし巻き玉子をつまみ、熱々の味噌汁をすする。

気付かぬうちに緊張しきっていた全身の筋肉が弛緩し、ほっと安心感をくれる。

気が付けば、私は夢中で弁当を食べ尽くしていた。

 

「ご馳走さま……げふっ…」

 

誰もいない休憩室で手を合わせ片付けるも、少々お腹にまだ余裕を感じていた。

 

『もうちょっとだけ何か食べたかったなぁ………ん?』

 

置いていたバッグの陰から何かがキラキラと光って見えた。

取り出してみると、チョコ味のヘルシーメイトとおやつの果物ゼリーが入っていた。

 

『ヘルシーメイトなら手軽だしゼリーならお腹持ちもいいもんね。

 燈ってば、ほんとこういうささやかな気の遣い方が上手よね』

 

ちょっぴり燈の優しさに皮肉を漏らしつつも私は果物ゼリーをすする。

少しだけ空いていた空腹感が満たされ、私はようやくお腹いっぱいになった。

 

『…あと二十分か…』

 

時計で残りの休憩時間を確認し、時間潰しに本を読むことにした。

 

『コンコン…』

 

「…どうぞ」

 

静かなノック音と共に入ってきたのは横澤さんだった。

 

「お疲れ様です。

 お昼はもう食べたんですか?」

 

「はい。

 味噌汁ご馳走さまでした」

 

「うん。

 茶碗は洗い場に置いといてかまわないから。

 ……そのヘルシーメイト、食べる?」

 

「え…?

 …あっ、食べたかったらどうぞ」

 

「ありがと」

 

嬉しそうに横澤さんはヘルシーメイトの袋を空け、ハムスターみたいにサクサクと食べ進める。

 

「……んまっ」

 

「良かったらゼリーも食べて」 


「いいの?

 なんか申し訳ないね」 

 

「いいんですよ。

 私一人じゃ食べきれないですし」 

  

ヘルシーメイトを食べきってから横澤さんは美味しそうにゼリーを食べ続けた。

 

「…横澤さん。

 お弁当は?」

 

「ん?

 あるけど、実はそんなにお腹空いてないんだ。

 どうしようかなって考えてたら、碧乃さんのヘルシーメイトが目に入って、むしろそっちが欲しくなっちゃってね」

 

「そっか。

 でもちゃんと食べないと後でお腹空きますよ?」

 

「分かってるって。

 …ほんと、碧乃さんって気遣い上手ですよね」 

 

そう皮肉を漏らしながらも、横澤さんはゼリーを食べていた。 

燈のささやかな優しさは、こうして同僚の人たちの足しにもなったりしてるので正直助かる。

 

「…そう言えば店長は?

 横澤さんまで休憩入ったら、向こう一人ですよね?」

 

「んー。

 お客が一組になった頃に「碧乃さん戻るまでなら全然余裕だから」…ってさ。

 ほんと計画性ないよね」

 

そう言って横澤さんは持ってきていたコンビニのサラダを出していた。

 

「…ごめん横澤さん。

 私、戻るね」

 

「え…?

 でもまだご飯食べたばかりじゃ…」

 

「うん。

 でも店長一人じゃ大変だもん。

 いつお客さんも増えるか分からないしね。

 あ、ゼリー食べちゃっていいから」

 

そう言い残し私は休憩室を出た。

 

「…碧乃さんって優しいんだけど損するタイプだろうな。

 ……あとで何かご馳走しないと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







休憩から戻ると予想通り店長から「まだ休んでていいよ」と言われたが、一人で店番をさせるなんて気が気じゃない気がして私は無理を押して炊けたばかりの炊飯器のご飯を混ぜた。

 

「ごめんなぁ碧乃さん。

 ほんと碧乃さんが居てくれて助かるよ…。

 よく働くし真面目だし、むしろこっちが気を遣わないとって思わせられるよ」

 

「人手も少ないんですし、仕方ないですよ。

 多少なら厨房も出来ますしね」

 

「んー…。

 そう言ってくれるのは心強いけど、一人ぐらいバイトでも雇えればなぁ…」

 

たしかに、ここの仕事はあまりに人手が足りなさすぎる。

本音を言ってしまえば、私自身もだいぶ無理をしている。

本当ならば、ゆっくり横澤さんとおしゃべりをして時間までゆっくりしていたかったが…。

 

「まぁ今のうちと考えときましょ。

 横澤さんが戻ったら店長も休憩入ってくださいな」

 

「はいはい。

 ほんと、碧乃さんにはうだつが上がらないなぁ」

 

苦笑いをするも店長の目元に疲れが溜まっているように見えた。

 

『みんな同じか…』

 

そう考えていると、また一組の家族連れが来た。

 

「いらっしゃいませー!

 ご注文がお決まりになりましたらお申しつけください」

 

メニューを眺める親子三人にお冷とおしぼりを置き、私は厨房に戻った。

すると何故かそこに横澤さんの姿があった。

 

「横澤さん!?

 まだ休憩入ってて良かったのに…」

 

「碧乃さんの声が聞こえたからね。

 一人で接客に厨房は大変でしょ?」

 

にっこりと笑う横澤さんに私は言葉を返せなかった。

 

「おーい礼子ちゃーん。

 俺もいるんだぞー?」

 

店長の声に横澤さんは嫌味百パーセントと言わんばかりに眉間にシワを寄せて睨んでいた。

 

「うわー…。

 これは傷つくなぁ…」

 

一見、ひどい扱いにも見えるが、これもいつも通りの絡み方だ。

 

「すいませーん!

 注文お願いしまーす」

 

「あっ…はーーい!」

 

それからは私もまた仕事モードに入り、再び忙しい時間をこなすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







時刻は午後十八時四十五分。

 

「ありがとうございましたー!」

 

最後のお客を送り出すと、店長は店の暖簾を降ろした。

 

「今日はもう閉めるか。

 閉店も近いしな」

 

そう。

私の働く定食屋は、駅の中に有りつつも人手の少なさからいつも夕方の七時には閉める。

 

「お疲れ様、碧乃さん」

 

「お疲れ様です横澤さん」

 

近寄ってきた横澤さんに挨拶を返すと、店長が割って入ってきた。

 

「碧乃さん、今日はもうあがっていいよ。

 明日は定休日だし、片付けは俺がやっとくから」

 

「え…。

 でも掃除ぐらいなら私も……」

 

「碧乃さん。

 店長はろくに仕事してないんだからいいのよ。

 先帰って大丈夫よ」

 

「そ…そんな事ないでしょ礼子ちゃん!

 俺だって会計して碧乃さんが手空いてない時に接客したり料理運んだり………ほら、仕事してるよ!」

 

「私の見てる限り、碧乃さんの方がよっぽどハードワークですよ」

 

「ぐっ……。

 それは……」

 

膝を着いてうつむく店長を後目に横澤さんは続けた。

 

「碧乃さん、まだ時間ある?

 良かったら昼のお礼にギョウザで良ければ焼くから持っていって」

 

「えっ…!?

 い、いいですよそこまでしなくても…」

 

「ダメ。

 碧乃さんだって頑張ってるんだから、それぐらいの事はさせてよ。

それに……息子さんたちも食べれるでしょ?」

 

無愛想な目付きからは強い信念が見えた気がした。

 

「…分かりました。

 じゃあ、お言葉に甘えていただきます」

 

そう言うと横澤さんはそそくさとギョウザを焼く準備を始めた。

 

「今から焼くから碧乃さんは帰る支度してきていいよ。

 ちょっとだけ時間かかるから」

 

「うん、ありがと」

 

そう言い残し、明日の○ョーばりに白くなってる店長をスルーして私は休憩室に着替えに行った。

 

『ギョウザならみんな喜ぶよね』

 

そんなことを考えつつ私服に着替えてバックを背負って厨房に戻ると、八個入った一パック分のギョウザと四枚入ったイカメンチハンバーグがホカホカと湯気を立てて置かれていた。

 

「…店長。

 横澤さんはどこです?」

 

厨房の奥にも横澤さんの姿が見えなかった。

 

「あぁ。

 礼子ちゃんはトイレだ。

 ギョウザとイカメンチ持って行ってってさ」

 

「こんなに…。

 いいんですか?」

 

「まぁ、毎度毎度はサービス出来ないけどね。

 たまにはいいさ。

 イカメンチも賞味期限近いからさ」

 

タバコをふかしながら店長は在庫の仕入れ表に目を通していた。

 

「そうですか。

 …じゃあ、お先失礼します」

 

「うん。

 また明後日ね」

 

ひらひらと手を振る店長に応えるように私も手を振り返す。

 

『早く帰ってみんなに食べさせないと。

 …まだご飯食べてないといいけど』

 

左手にビニール袋に入れたギョウザとイカメンチハンバーグを持って私は家への帰路を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







「ただいまー」

 

「おかえりなさい!」

 

家に入ると、いつも知子が最初に出迎えてくれる。

 

「おかえりなさいですわお母さま」

 

「おかえり母さん」

 

リビングでは強乃と璃杏がそれぞれゲーム雑誌、ファッション雑誌を読みふけていた。


「おかえりー」 

 

台所から燈の声が聞こえてきた。

ちょうど夕飯の支度をしてたのだろう。

 

「燈、これお店から貰ってきたの。

 今日の晩ご飯のおかずにでも使って」

 

「おっ!

 これまた豪勢で大量な…。

 まだ今日のおかず考えてたとこだったから助かるよ」

 

「どういたしまして」

 

燈に貰ったおかずを渡し、リビングで上着を脱ぐ。

 

「母さん、おかえり」

 

背後から夏怜が声をかけ、私の上着を受け取ってくれた。

 

「ただいま。

 ありがとう夏怜」

 

夏怜に上着を渡し、テーブルに座ってテレビを見る。

 

『美味しそう…』

 

テレビではちょうどグルメ旅の番組が流れ、ゲストが美味しそうに料理を頬張っていた。

 

「…そう言えば海麗は?

 部屋にいるのかな」

 

ぽつりと呟くと璃杏が返事をした。

 

「海麗お姉さまはお出かけですわ。

 どうせコンビニにでも行ってるんじゃないですの?」

 

そう適当に答えるも、私はなんだか違う気がして仕方がなかった。

 

『何も無いといいんだけど…』

 

海麗は元引きこもりとはいえ、少し喧嘩っ早い部分がある。

遊びに行ってるだけならまだしも…。

 

「燈。

 海麗どこ行ったか知ってる?」

 

「ん?

 …実は行き先は内緒だって言われてるんだよ。

 あまり気にしないでいるが、ここ最近四時ぐらいから出歩いてるんだよな…」

 

「そう…」

 

色々と不安が残るが、私もまた深く追求するのはやめた。

帰ってきたら本人から聞き出せばいいよね。

 

『ガチャ…』

 

そう考えていた矢先、玄関のドアが開かれた。

 

「あっ、海麗お姉ちゃんだ!」


知子が真っ先に走っていく。

少しして海麗が顔を覗かせた。

 

「おかえり海麗。

 どこいってたの?」

 

自然を装って聞くも、海麗は「ちょっと用事でな」と言ってそれ以上は語らなかった。

 

『海麗……』

 

どことなく一抹の不安が過ぎる。

燈も気を遣ってどこに行っていたのか聞くことは無かった。

 その後、全員でご飯を食べて憩いの時間を過ごし、順番に風呂にも入った。

気が付けば時刻は夜の二十三時を回っていた。


「お前ら、もう寝る時間だぞ。

 明日も学校あるんだから夜更かしすんなよ」

 

燈の一声に夏怜たちは素直に部屋に寝入った。

 

「今日もお疲れさん」

 

みんなが寝入ってから燈が小さなコップにビールを注いでくれた。

 

「ありがと」

 

くいっとビールを飲み、喉奥にしみ渡る炭酸とアルコールの刺激に思わずため息が漏れてしまった。

 

「俺も一杯貰おうかな」

 

そう言って燈は普通のコップにビールを三分の一程度注ぐと、そこにトマトジュースを割って入れた。

 

「トマトジュース…?」

 

「あぁ。

 「レッドアイ」っていうカクテルだ。

 見た通り、ただビールをトマトジュースで割るだけの簡易なカクテルだけどな。

 ビールの炭酸の刺激が抑えられて飲みやすいぞ」

 

燈に勧められ、私も一口飲んでみる事にした。

 

「ん……。

 ………なんか、なんとも言えない…かな(´・ω・`)」

 

「そっか。

 俺は好きだけどなぁ」

 

ぐびぐびと美味しそうに燈はカクテルを飲み干す。

 

『炭酸が薄れたのはいいけど、トマトの風味がカクテルっていうジャンルに合わない気がする…』

 

不味くはないが、どうも先入観からか身体が拒否ってしまっている気がする。

 

「…仕事はどうだ?」 

  

「んー。

 いつも通りだよ」

  

「なんだそりゃ」

 

ケタケタと楽しげに燈は笑う。

 

『私的には、みんなといる時間の次にこうして空と何気ない話でお酒を飲むのが好きかな…』

 

缶に残っていたビールをコップに注ぎ飲み干す。

その時、背後のドアが開かれる音が聞こえた。

振り返るとそこには海麗がいた。

 

「どした海麗?

 眠れないのか?」

 

燈が聞くも海麗は首を横に振った。

 

「あの……」

 

何か言いにくそうに海麗は言葉をつまらせていた。

 

「…何か言いにくい事?」

 

ふと海麗が内緒で出かけていたことを思い出す。

何も無ければ良いのだが…。

 

「あの…さ……。

 オレ……ばっ………バイト…しようと思ってんだ…よ」

 

カタコトに海麗は述べると、燈は「おぉー?」と言ってタコみたいな顔で驚いていた。

 

「じ…実は……。

 内緒で出かけてたのは……しょ、職安に行ってきてたんだ…」

 

その一言に思わず私までもが驚いた。

 

「そ、それでな……一つ気になるとこを見つけたんだ…」

 

そう言って海麗は一枚の紙をよこした。

 

「……「駅弁の炊飯作業」…?」

 

書類には確かにそう書かれていた。

 

「四時間働けるパート募集、深夜手当てあり。

 駅弁用の炊飯をするだけの作業……。

 …ちょっと待って、これ夜中の二時からじゃない!

 いくらなんでも深夜じゃ…」

 

「そこをなんとかッ!」

 

私の言葉を遮るように海麗は頭を下げた。

そして食いつくように弁論してきた。

 

「深夜だから心配する気持ちは分かる。

 けれど、今まで見てきた作業内容としてはこれが一番出来そうって思ったんだ!

 少人数制だし、工場で機械で炊いたメシをただ詰めていくだけの作業らしいんだ。

 オレは料理はからっきしだが、これなら出来るかもって思ったんだよ…。

 だから……せめて面接だけでも受けさせてくれ…!」

 

言い切った海麗は私たちに土下座までしてきた。

 

「う、海麗…!

 ……ッ…」

 

どうすればいいか分からない私は燈に目線を向けるも、燈は神妙な面持ちで海麗を見つめていた。

 

「…海麗。

 あんまり言いたくないが、お前は高校を中退した身だ。

 今のご時世、高卒ですらない若人にそう仕事が見つかるとは思えん。

 …厳しいことを言うが、お前にその覚悟はあるのか?」

 

声色は普段と変わらずも、燈の発言にはピリピリとした棘を感じた。

 

「分かってるさ…。

 でも、これが無理でもオレはまた仕事を探す。

 …それじゃダメか…?」

 

今にも泣きそうな眼差しで海麗は顔を上げる。

それでも燈は姿勢を崩さなかった。

 

「…というか、そもそもなんでバイトしようなんて思ったんだ?

 誰かお前に唆したのか?」

 

急な質問に海麗は目を丸くするも、ゆっくりと事を説明した。

 

「実はさ……こないだテレビで見たんだ。

 オレと同い年で、いじめをきっかけに高校を中退した男がよ。

 そいつ、いじめのブランクを無駄にしたくないって陰気くせぇ見た目のクセしてファミレスのホールなんてやって、今じゃ店にかかせない一員だって。

 それ見たら……何となくオレもこうしちゃいられないって思ったんだ。

 でも、オレは元から人と絡むのが苦手だし接客なんて以ての外だから……裏方の仕事で簡単なのからでも始めたいって思ったんだよ。

 だから……だからッ……」

 

途中で海麗は泣き出してしまった。

私は海麗の背中をさすってあげることしか出来なかった。

 

「他の奴らは学校行って、母さんは働いて稼いでくれるし、親父だって働きながら家の事全部やってくれる…。

 けど……オレは何も出来てない…!

 それが嫌になったんだよ…!!」

 

号泣しながら訴えかける海麗に私までもらい泣きしていた。

 

「…じゃあ面接受けてみなよ」

 

「えっ……?」

 

燈の呆気ない返事に海麗は思わず惚けていた。

 

「お前にやる気があるなら一度受けてみなって。

 父さんたちはお前が自分の意思で働きたいって気持ちに異議は言えないさ。

 もちろんキャバクラみたいな水商売はダメだぞ?

 それに俺はお前の意思を確かめたかっただけで、別に働くなとは一言も言ってないぞ?」

 

ニコニコと意地悪に笑う燈に、海麗はいつものしかめっ面に戻っていた。

 

「……ふんッ。

 どうせそんな事だと思ったぜ。

 くっだらねぇ」

 

「ちょ…海麗…!」

 

涙と鼻水を拭いながら海麗は立ち上がり背を向ける。

 

「けど………ありがと……な」

 

そう呟き海麗は部屋に戻っていった。

 

「…海麗も一段と大人になったな」

 

「だとすれば、それは燈のおかげだよ」

 

「…どうだかな」

 

部が悪そうにそっぽを向く燈の肩に頭を預ける。

それから少しして顔を上げられたと思いきや、私は不意打ちキスをされていた。

 

「んっ…!///」

 

燈はたまにいじわるにキスをしてくる。

内緒であるが、私はこの不意打ちキスが好きだった。

 

「……そろそろ寝るか」

 

「…うん///」

 

高鳴る動悸に耐えながら私は燈と寝室に向かう。

二人でベッドに入ると、燈に続きをされるかもと身構えていたが、燈は「おやすみ」と一言残して寝てしまった。

 

『…やっぱり、燈はいじわるだ』

 

心の中でそう呟き、隣の布団で背中を向けて寝ている燈にくっ付いた。

すると燈が寝返ったと思いきや、ぎゅっと私を抱きしめてきた。

おまけに頭までなで始めた。

 

「…また今度な」

 

燈の一言に私は頬を膨らませるも、なでられる心地良さに自然と瞼が下がっていった。

 

『おやすみ…燈…』

 

こうして私の一日は終わるのであった。

  

    

 

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