Ext.17 新年明けまして、我が家は今年も(後)
西浜さんたちの家に戻り中に入ると、通路の一番奥から知子たちの声が響いていた。
「あいつら迷惑かけてないといいんだが…」
「大丈夫だよ。
リルドさんは面倒見良いし、西浜さんも子供が好きな人だから平気よ」
「とは言えどなぁ…」
一抹の不安をよぎらせつつ、光が漏れている食堂に入る。
「ただいま……おっ?」
中に入ると、目の前の光景に俺は固まってしまった。
「どうしたの?
……ふぁッ!?」
祈世樹もまた、中の様子に意表を突かれていた。
そこでは、広い食堂のテーブルにメイド服に身を包んだ夏怜たちが西浜さんたちと談笑をしていた。
「あっ、お帰りなさい!」
俺と祈世樹に気が付いた知子が叫ぶと、その場にいた全員が一斉にこちらに目を向けた。
すると夏怜が歩み寄ってきた。
「お帰りなさいませご主人様、お嬢様。
お席へご案内します」
「夏怜……これはどういう…」
そう聞くも夏怜は黙って俺の手を引っ張っていく。
「お帰りなさいませお母さま。
さぁ、お母さまもご案内しますですわ」
「うぇ…?
璃杏、その服はどうしたの……?」
璃杏もまた祈世樹の質問には答えず席にリードしていた。
席に座らせられると、目の前に座っていた西浜さんが呼び鈴を鳴らした。
するとキッチンから料理を持って知子とリルドさんが姿を現した。
慣れた手つきでリルドさんが料理を次々と置いていく。
「おぉぉぉ…」
目の前には日本人の朝食の定番である白ご飯・味噌汁、おかずの肉じゃがや豚のしょうが焼きに千切りキャベツとポテトサラダが並べられた。
「お待たせしました。
「朝食の定番盛り合わせ定食」です。
おかわりもあるので、遠慮なさらずおっしゃってください」
俺と祈世樹の前にはリルドさんが、西浜さんの前には知子が料理を置いていった。
「あ…あの…。
すごく美味しそうなんですけど……これは一体……」
そう聞くと傍で待機していたリルドさんが笑顔で答えてくれた。
「はい。
璃杏さんのご提案で「料理を教えて欲しい」との事だったもので…。
まだ西浜さんも朝食をとられていなかったので、せっかくですから皆さんで料理を作ったのです。
ちなみに、肉じゃがは私が昨晩作り置きしたもので、ご飯とお味噌汁としょうが焼きと副菜を皆さんで作りました」
「まぁ…肉じゃがは一晩置いてからじゃないとですからねぇ…」
それにツッコミどころは他にもあるんですよ。
「そういう事だ。
君らも遠慮なく食べてくれたまえ。
とは言っても、作ったのはワシではないがな」
どこか自虐ネタが混じってきてるのは歳のせいだろうか。
「いえ、遠慮なくいただきます。
祈世樹も食べよ」
「う、うん!
いただきます…」
俺はまずリルドさんの肉じゃがから色濃く染みているじゃがいもを一口かじる。
『…さすがリルドさん。
こんなに美味しいのは作れる自信がないな…』
さすがは人生の大先輩と言うべきか。
よく煮込まれたじゃがいもは歯がなくても噛み崩せるぐらいに柔らかく、しっかり中心部にまで出汁が染み渡っていた。
出汁の風味も優しく色の濃さの割にあまりしょっぱくないのは、西浜さんの身体に気を遣ってこそのリルドさんの思いやりか。
『…って、いかんいかん。
リルドさんのもそうだが、知子たちの作った料理も食せねば…』
配膳されていた水で軽く口をすすぎ、俺は味噌汁を吸った。
『……一味も二味も違う。
家で俺が作る味噌汁とはレベルが違いすぎる…』
一体何を使えばこんな優しくも美味しい味噌汁が作れるのか。
塩気の濃すぎぬ味噌汁は一瞬薄味かと思いきや、口いっぱいにだしの風味が広がり薬味の刻みねぎがささやかなアクセントを生み出してくれる。
具の豆腐や厚揚げも美味しく、一度ご飯を口に含んでから再び俺は味噌汁をすすった。
『………美味い…!』
気がついた頃には、俺はせわしなく箸を動かしていた。
豚のしょうが焼きも肉身は柔らかく、ご飯のお供と呼ぶに相応しい食欲をかき立たせてくれる。
ここ最近は油っ気の濃いものは避けていたが、これは自然と箸が進む。
気がついた頃には俺が真っ先に食事を済ませていた。
「ご馳走様でした。
…すごく美味しかった……」
そう言うとリルドさんと西浜さんは何も言わず笑ってくれた。
遅れて祈世樹も箸を下ろすと綺麗に全部食べきっていた。
「…本当に美味しい。
やっぱりリルドさんは料理上手ですね。
昔、リルドさんに料理を教えてもらった時のことを思い出します…」
「そうですね。
あれは祈世樹さんが初めて何か手伝いたいと仰った時のことですね。
懐かしいです」
「でも…あの時は全然料理なんてしたことがなくて……失敗ばかりしてましたね。
正直、今でもあまり……」
個人的にメシマズ嫁属性はありだと思いますハイ。
「……と言うか…」
「…?」
首を傾げるリルドさんに俺は最も聞きたかったことを投げかけてみた。
「……なんでみんな「メイド」なんです…?」
「…クスクス…」
「(´・ω・`)??」
しょぼん顔で戸惑っていると夏怜が理由を説明してくれた。
「振袖の着替えとしてリルドさんに貸してもらった。
そして、父さんが昔リルドさんに同じように聞いたことをもう一度繰り返すかもしれないという事も考慮済みだった」
「………あっ……!」
そうだった。
初めてここに来た時、シスターか何かと勘違いした俺が聞いたんだっけ。
「でも、何故にメイド服なんです?
俺が言うのもあれですけど、もっとラフな服とかあったと思いますが…」
「そうですね…。
お恥ずかしながら、私は今どきのファッションや流行には疎いもので……どういったものが喜ばれるか分からなかったもので…。
それと、皆さんが新年の挨拶をしに来る上でもしかしたらと思い、前もってネットで注文していたのです。
…強乃君の分も用意したのですが、頑なに拒否されてしまいました…」
リルドさん。
強乃にだけ着てもらえなかったことに残念そうにしてますけど…普通、男はメイド服は着ませんよ。
「…そう言えば強乃と海麗が見えないですね」
「お二人なら、向こうで洗い物をしてくれています」
「分かりました」
何となく気になった俺はキッチンの方へ向かった。
一人で使うには広すぎる厨房の奥の方で水の流れる音と食器のぶつかる音が聞こえ、その音に導かれるように俺が覗くと、そこに二人はいた。
『あら……』
よくよく見ると、海麗はみんなと同じくメイド服を着ていた。
しかもご丁寧にカチューシャまで着けてせっせと勤しんでいた。
やがて俺の気配に気付いた強乃が振り返った。
「おぅ。
お帰り父さん」
「うん。
ただいま」
「…ッ!?///
おっ……おかえり……親父…///」
少し伸びてきた前髪で海麗は顔を隠しながら言うも、色々と手遅れなのはたしか(^p^)。
ちょっとからかい程度に俺は海麗に歩み寄ってみた。
「…ッ!?///
なっ……何だよ…こっち来んなよッ!///」
あれ…?
海麗ってこんな可愛かったっけ?
「べっ……別に好きで着てみたんけじゃねぇんだからなッ!?
これは………そうっ…「着せられてやった」んだよ!!!////」
「………ほぅ( '-' )」
何も聞いてないけどな。
「そりゃ可愛いとは思うけど……でも、オレが着たとこで似合わねぇのは最初っから分かってるし…」
「そんなことないぞ。
なっ、強乃?」
「まぁ……特撮ヒーローとかでいそうだよな。
「メイド戦隊・オトメンジャー」とか…ww」
いや、そゆことじゃねぇ。
空気読めこのスカポンタン。
「ッ…///」
ほーら後悔しちゃった。
「……着替えてくる…」
「あっ……海麗…!
…強乃、お前が悪いんだぞ」
「えー…。
でもあんな男っぽい雰囲気だと、むしろアニメとかにいそうな戦闘メイドとか似合いそうじゃね?
こう……手から電撃放ってみたり…」
「海麗を○ーベラル・○ンマみたいな激強メイドにすんな。
海麗だって普通の女の子なんだから」
まぁ三つ編みにして丸メガネにマシンガン持たせたら間違いなくロベ○タになれただろうな…。
「あっ、海麗お姉ちゃんみっけ!」
その時、背後から知子の声が聞こえてきた。
振り返ると入口のとこで知子が海麗にくっついていた。
「なっ…何だよ。
歩きにくいから離れろ」
そう言うと知子は素直に海麗から離れた。
「おじちゃんがおとしだまくれるから、お姉ちゃんとお兄ちゃんも来てって!」
知子はそう言うも、海麗ならこう返すだろうな。
「…別に要らねぇ。
オレは貰える身分じゃねぇ」
そして知子ならこう言うだろう。
「ダーメ!
お姉ちゃんも一緒じゃないとダメなの!
ほら、早く行こ!」
「ちょ……引っ張るな…!」
そしてそのまま海麗は知子に連れていかれた。
「んじゃ、俺も貰ってくっかな」
「ちゃんとお礼しろよ」
「分かってるよ」
そう言って強乃もまたゆっくりその場を立ち去った。
『…あとで西浜さんに何かお礼しないとな…』
そう思いつつ俺は二人が残した洗い物を手早く片付けた。
「はい。
今年も頑張りなさい」
「ありがとうございます」
夏怜を最後に全員がお年玉を受け取り、俺は帰る支度をしていた。
「じゃあ俺たちはそろそろ行きます。
着物も返さないとなんで」
「そうか。
それならば、晩にでもまた来なさい。
夕飯もここで食べてくといい」
「…それは嬉しいのですが、朝・晩とお世話になるわけにもいかないので。
リルドさんだって、この人数分を作るのは負担が大きいでしょうし…」
「そんな事ありませんよ。
むしろやる気も出るというものです」
そう言ってリルドさんはパンっと手を合わせる。
「それなら……晩もお邪魔させてもらいます。
何から何まですいません…」
「何を言っておる。
ワシらにとって孫の顔を見れるのは何よりの楽しみだ。
何も出来ぬワシが胸を張って言えることではないが、リルドくんも君らが来るのを楽しみにしておるんだ。
何も遠慮することはないとも」
「……ありがとうございます…」
ただ笑顔で……そう言うしか出来なかった。
いや、これが一番良かったのかもしれない。
「じゃあおじちゃん、またご飯食べに来るね!
おばちゃんも、またおいしーの作ってね♪」
二人の前でぴょんぴょんと跳ねながら知子が言うと、二人は笑顔で答えてくれた。
「楽しみにしておるぞ。
ちゃんとお父さんとお母さんの言うことを聞きなさい」
「ふふっ…。
お夕飯は知子さんの好きなものにでもしましょうね」
「ワァ───ヽ(*゜∀゜*)ノ───イ!
楽しみにしてるね!
知子ハンバーグがいーなー♪」
「ハンバーグですね。
承知しました」
「(っ'ヮ'c)<ヤァァァッッホオオオォォォ!!!!」
何でも素直に聞き入れてくれるリルドさんに限界オタクみたいな奇声をあげる知子を静止させるため、俺は撤退宣言をする。
「そろそろ行くよ知子。
西浜さんたちも、また夕方連絡します」
「うむっ。
気をつけて行ってきなさい」
「お気を付けて。
それまでに私も買い出しに行ってまいりますので」
「おばちゃんも気を付けてね!
…お父さんもいこ!」
俺の手を取り知子は引き気味に歩き出す。
そんな俺たちの後ろを祈世樹たちもまた着いていく。
その後、俺たちは振袖を返してデパートに向かい新春の大売出しや福袋を見てまわっていた。
「このおよーふくかわいー♪」
「さすが知子ですわね。
そろそろ私のセンスが身についてきましたですわね」
「ほんとっ!?
知子、お姉ちゃんみたいに美人さんになれるっ!?」
「もちろんですわ!
知子は私の妹ですもの♪」
くるっと一回転してウィンクをしながら人差し指をたてるも、正直俺は冷や汗が止まらなかった。
ちなみに強乃と海麗は二人でアクセサリーを眺めていた。
『そういや夏怜はどこに行ったんだろう…』
ふと夏怜の姿が見えない事に気付き辺りを見渡すと、彼女は一人離れて洋服を見ていた。
それも今流行りっぽそうなピンクを主張したコーディネート衣装だった。
『珍しいな…。
いつも黒とか灰色のスウェットしか着ない夏怜が、あんな明るいピンクに惹かれたのかな…?』
そう思い俺は気配を消して夏怜の元に行ってみた。
「…気になるのか?
なんなら試着してみるか?」
突然の俺の声にびっくりしたのか、一瞬身体を震わせながらも夏怜はいつもの冷たい視線を向けてきた。
「…分からない。
私にはどんな色が似合うのか、どういったコーディネートが周りから良く見られるのか…。
ましてや、私は流行というものが苦手だから尚更」
「んー。
璃杏ならそこんとこ詳しいだろうから聞いてみれば良いんじゃね?
いつもお前の服装でもめてるし」
「……」
夏怜は黙ってうつむく。
恐らく璃杏のコーディネートが怖いのかもしれない。
なんか……すっげーキャバ嬢みたいなコーディネートとかしそうだもんな。
「璃杏には俺から言っとくからこの際試してみろよ。
なるべく夏怜に合わせて控えめのでって言っとくから。
夏怜だって素材がいいんだから、見た目も可愛くならないと勿体ないぞ?」
「………分かった…」
それからというもの、何故か家族全員で夏怜のコーディネートに携わりようやく完成した。
『試着、終了しましたですわ』
夏怜と璃杏が入った試着室から合図が聞こえると、知子がカーテンを開いた。
『…おぉぉぉぉぉおぉぉ…!』
カーテンの向こう側で、さっきまでとは別人となった夏怜が立っていた。
「す…すげぇ…。
夏怜姉ぇってたぶん化けるとは思ってたけど……ここまでとは…」
強乃がそう言うのも無理はない。
夏怜の頭先から見ていくと………白のファーのロシア帽、深緑の下地に赤と黄色のラインが入ったカシミヤマフラー、黒のニットカーディガンに青のワンピース。
その胸元では小さな金色のハートのネックレスがキラキラと輝き、白のパンツがスラリと今どきの女性を感じさせていた。
「これは…また…」
上手い言葉が見つからなかった。
祈世樹も隣で口元を隠すように驚いていた。
「…すっ……ごいかわいーよ夏怜お姉ちゃん!
いーな、いーなぁー…!」
その場で知子が地団駄を踏むのも理解に難くない。
もし俺も女だったら同じように羨ましがってたに違いない。
「……に、似合ってる…かしら…///」
珍しく感情をあらわに恥ずかしがる夏怜に、俺は少しだけ嬉しくなっていた。
「似合ってるよ夏怜。
せっかくだから買っていけよ。
お金は俺が出すから」
「えっ…。
でも……私は…」
どこかためらい気味になる夏怜に祈世樹もまた後押しをしてくれた。
「遠慮しなくていいのよ夏怜。
あなたは滅多にオシャレなんてしないんだから、たまには合わせてみなさいな」
「………分かった…」
しぶしぶ夏怜が了承してくれたとこで璃杏が再びカーテンを閉めた。
タイミングを見計らって俺はみんなの陰で財布の中身を確認していると、ふいに祈世樹が声をかけてきた。
「…お金なら私も出すから心配しないで」
「…ッ!?///
……すまぬ…(′・ω・`)」
正直…ちょっと強がってました……。
それから夏怜の服は買ったものの、どこか遠慮していたのか璃杏は服を欲しがる事は無かった。
知子も強乃も海麗もそこまで福袋に目を向けることなく俺たちはデパート内を見回っていた。
「んーっ…。
そろそろ出るか?」
「そうね。
…みんなもいいよね?」
祈世樹の言葉に誰も異論はなかった。
「…じゃあ出ましょっか」
「あぁ。
そうだな………ッ?!!」
その瞬間、俺の目にある物が飛び込んできた。
それは………美少女フィギュアの福袋だった。
しかも、俺の好きなタイトルのフィギュアばかりであった。
『値段は五千円。
買えないことは無いが………我慢してくれてるのかもしれない子供の前で、親が堂々とフィギュアの福袋を買うのは……』
祈世樹の背後で神々しく後光(錯覚)を放つ福袋を睨みつけていると、俺の視線に気付いた祈世樹が問いかけてきた。
「…どうしたの燈?」
「…ッ!?///
なっ……なんでもないよ…。
……トイレに行ってくるから先に車戻ってて!」
「あっ…燈…!」
祈世樹に車の鍵を渡し、俺はそそくさとトイレに向かう。
もちろん用を足したい訳では無い。
「…はぁ」
洗面台の前で俺は呼吸を整え顔を洗う。
誰もいないことを確認してから個室のトイレットペーパーを拝借し、顔の水気を拭き取ってそっと人混みを覗く。
祈世樹たちの姿は見えず、本当に戻ったようだった。
変に怪しまれないように平然を装い、人混みを避けつつ福袋の前に立った。
『……ゴクリ…』
息をのみ隙間から袋の中を覗くと、多少ダブりがありつつも俺好みのフィギュアも箱無しで幾数個入っていた。
しかもよく見ると、懐かしヒロインキャラのブランドフィギュアも入っていた。
『五千円か……。
夏怜の洋服代はともかく、祈世樹も何も買わずにいてくれたのに…。
けど…今日逃したら……』
ほんと、いい歳してくだらない事で悩んでるとつくづく思う。
だが、四十路になってもやはり二次元への愛は変わらない。
『我慢して逃げる(?)のは簡単だ。
でも………ッ!』
その時、傍にあった別種の福袋コーナーに目がいった。
「…これだ!」
思わず声に出てしまったが、俺は即座にそちら側に向かった。
そして福袋に手を伸ばした。
「お父さん、おトイレながーーい!」
「全く…。
新年早々レディを待たせるとは、失礼極まりないですわね」
「…一人でラーメンでも食べてるのかもね」
「なっ…!?
とっ、父さんに限ってそんなこと……きっと違うとは思うが…。
…ちょっと探してこようかな」
「大丈夫よ強乃。
ちゃんとお父さんは戻ってくるから」
「…しかし……マジでなげぇな」
海麗が言うのも無理はない。
かれこれ燈は十分ほど戻って来ていない。
私はともかく、知子と璃杏はしびれを切らしていた。
「……ごめん!
お待たせ……げほっ、げほっ…!」
ようやく戻ってきた燈は、何やら紙袋を持っていた。
何か買ってきたのだろうか。
「お父さんおそーーい!((`ω´。)(。`_ω´))」
「そうですわよ!
……その紙袋、何か買ってきたんですの?」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら燈は運転席に乗り込んだ。
そしておもむろに紙袋を漁りながら語り出した。
「実はな…みんなによさげなプレゼントがあってな。
夏怜だけ服を買って帰るのもあれだしな」
「ふおぉぉ!
なにかな、なにかな!?('ω' 三 'ω')」
「落ち着け知子。
……ほれ、お前にはこれだ」
「……ふおぉぉぉ…!
可愛いぃ…!」
身を乗り出していた知子に渡されたのは、透明な袋に入った見覚えのあるアイドル系のフィギュアだった。
「知子なら好きそうと思ってな。
可愛いだろ?
…ほれ、璃杏たちにも買ってきてやったぞ。
父さんの気持ちだと思って受け取ってくれ」
そう言って燈は次々とフィギュアを渡していった。
璃杏にはお姉さんキャラの魔法少女のフィギュア、夏怜には本人そっくりなパイプ椅子に腰掛けて本を読む少女のフィギュア、強乃には二十数年前まで流行っていた忍者アニメに出てきた先生キャラのフィギュア、海麗にはおしゃれなドレスを着ていかにもツンデレを象るように腕を組んでそっぽを見ているフィギュア。
『…そういう事か……』
それらを見て私はすぐに察しがついた。
きっと自分で欲しかったものをみんなへのプレゼントという形式で買ってきたに違いない。
「…プレゼントは嬉しいですけれど……なぜフィギュアなのですの?
そりゃあ…可愛いといえば可愛いですけれども…」
「ふふん…。
よくぞ聞いてくれた璃杏よ…」
運転席でエンジンをかけながら燈が胸を張るも、正直私には茶番にしか見えなかった。
「璃杏。
俺はお前の何だ?」
唐突な燈の質問に璃杏は不思議そうに首をかしげていた。
「そんなの「父親」に決まってますわ。
…一体どうしたんですの?
悪いものでも食べましたですの?
脳内にキノコでも生えましたですの?」
「それは純粋に傷つくからやめような璃杏。
ごほん………確かに俺はお前らの父親だ。
だがな、お前らの父親になる前からやってきていたものがある。
…分かるか?」
「……主夫かしら?」
「上手いとこだ夏怜。
だが、残念ながら違う」
「じゃあ……なんなんですの?」
璃杏が少し苛立ち気味に聞くも、その答えを私は知っている。
「それは………「アニメヲタク」だッ!
もちろん今でもそうだぞ?」
あまりに単純すぎる燈の答えに璃杏は少し呆れていた。
「そんな事でしたの?
でも……それとこれが何の関係がありまして?」
「そっ……それはだなぁ…」
さっきとは一変、燈の顔色がみるみる変わっていった。
きっと璃杏の反応に動揺したのだろう。
「あっ……あれだ!
「布教」ってやつだ!
お前らにもっとアニメを普及させる為にな!」
しどろもどろに言い切るも、強乃と璃杏と海麗は不満げだった。
「知子もアニメすきだよ!
このフィギュアの子もかわいー♪」
愛おしそうにフィギュアを抱きしめる知子に燈はどこかほっと胸をなでおろしていた。
「まぁ、このフィギュアのキャラの事は知っていましたけど……。
たしかに、こうして見れば可愛いものですわね。
特にこのアンティークとゴシックを基調としながらも、今どきのロリータ調を上手いこと馴染ませてるところに惹かれましたですわ」
「俺もけっこう熱血キャラばかり好きでいたけど、このキャラも落ち着いた感じがかっこいいと思うな。
…髪型はすげぇけど」
「…私も好きかもね。
このキャラクターは私によく似ている」
「…フィギュアなんて幼稚くせぇガキの玩具とと思ってたけど、案外侮れねぇもんだな」
海麗もまた気に入ってくれたのか素直に褒めてくれていた。
「まぁうちは貧乏だからろくにお年玉もやれないけど、俺からのお年玉だと思って受け取ってくれよ」
燈の言葉に異議を立てる者はいなかった。
「…あと何も無いならそろそろ行きましょ?
もう五時過ぎてるし」
「そうだな。
それじゃあ一度家に戻ってから西浜さんたちのとこに行くとしよう。
去年漬けといた梅酒もそろそろ飲み頃だろうしな」
そう言って燈は車を走らせた。
ルームミラー越しに後ろを見ると、みんな思い思いにそれぞれのフィギュアを見せあって盛り上がっていた。
『ほんと………こういう所は変わらないなぁ…』
それから俺たちは家に戻って荷物を下ろし、支度を整えてから再び西浜さんたちの元に向かった。
祈世樹が前もって連絡をしたのもあってか、玄関先でリルドさんが待ってくれていた。
リルドさんに導かれ再び食堂に向かうと、たくさんの料理が並べられ、その一角で既に西浜さんが座っていた。
「よく来てくれた。
さぁ、全員好きなものを食べてくれたまえ」
多彩な彩りの料理に知子と強乃は大喜びをしていた。
『いただきます!』
全員で食事前の挨拶をすると、やはり一番にがっついたのは強乃だった。
「強乃!
お行儀が悪いですわよ!」
「いいじゃねぇかよ別に。
普段こんな食えないんだから今日ぐらいがっつかせろよ」
強乃の遠慮の無さにもリルドさんはクスクスと笑っていた。
「おかわりはまだまだありますよ。
どうぞ遠慮せず食べてください」
「そうだぞ。
男なら豪快に食べるがよい。
育ち盛りなのだからな」
西浜さんは食事に手は付けず、強乃たちの食事を楽しげに見つめていた。
「知子。
…あーん…」
「うにゅ?
……あーーんっ。
…んまっ(*ˊ˘ˋ*)♪」
知子が食べたハンバーグを見てリルドさんが補足をした。
「実はそのハンバーグ、お野菜が入ってるんですよ」
「うぇッ!?
……ほんとだっ!
でも、おやさいの味しないよ!(°ω°三°ω°)」
ハンバーグにはたしかに人参やピーマンが細かく刻まれて練り込まれていた。
作るには間違いなく手間がかかるに違いない。
「知子さんはお野菜が苦手だと聞いていたので、好物に混ぜてしまえば分からないと思いまして。
…いかがですか?」
「うん!
すっごくおいひー!」
ニコニコと満面の笑みで返す知子にリルドさんは大人びた笑顔で受け返した。
…俺も野菜練り込みハンバーグ作ってみようかな。
「…西浜さん、良かったら飲んでみませんか?
俺が漬けた梅酒です」
「ん?
…おぉ、君が漬けたとな!
それならば是非とも相伴に預かろうではないか!
…リルド君、グラスを持ってきてくれ。
君も飲んでみるといい」
「かしこまりました。
少々お待ちを…」
リルドさんが立ち去ってから西浜さんは頬杖を付きながらニコニコと楽しそうに俺を見つめていた。
「…どうかしましたか?」
「ん?
…こうして見ると、君もあの頃よりも随分立派になったと思ってな。
同時に、自分がそれほど年老いたようにも思ってな」
「俺からすれば、西浜さんは以前よりも若々しく見えますよ。
なんて言うか……疲れが抜けたようにも見える…と言いますか」
そう言うと西浜さんは目を丸くして大笑いをした。
でも実際のところ、疲れが抜けたように見えるのは本当のことだ。
あの頃は祈世樹以外の孤児もいた為、その疲労も溜まっていたに違いない。
「グラスをお持ちしました」
戻ってきたリルドさんは俺から梅酒をもらい、瓶からゆっくりと梅酒をグラスに注いだ。
「…良い色だ。
これは食事よりも酒が進んでしまいそうだな。
まずはロックでいかせてもらおう」
「自家製梅酒はアルコール度数が高いんですから、多少控えめに飲んでくださいね」
「心配無用だ。
だが、せっかく君が漬けてくれた梅酒を一杯目から炭酸や水で割るなど勿体ないではないか」
「…そう言ってもらえるのは嬉しいんですけどね…」
もちろん褒め言葉なのは分かっている。
でも、西浜さんなら一升程度なら簡単に飲み空けてしまうだろう。
「そうですよ。
ここ最近お酒の量が増えていますから、いくら燈さんのお酒と言えどあまり飲みすぎないでくださいね」
リルドさんに咎められるも、グラスに梅酒が注がれた直後に西浜さんはすぐさま梅酒を喉奥に流し込んだ。
「…………美味い…」
ただその一言だった。
梅酒の風味を噛みしめるように舌鼓を打っていた。
その言葉に釣られるようにリルドさんも一口飲む。
「…美味しいですね。
市販のものと違って風味がまるで違います。
口いっぱいに爽やかな梅の香りが広がって、これは良い食前酒になりますね」
リルドさんまでもベタ褒めしてくれるが、実際のところ本当に何もしてない。
「……あっーー…。
燈くん、もう一杯ついでくれぬか?」
「…本当に控えめで済ませてくださいね。
倒れられて困るのはリルドさんだけじゃないんですから」
「分かってるとも。
…ほれ、君も飲みたまえ」
「あ、車なんで俺はいいですよ」
俺がそう言うと、隣にいた祈世樹が口を挟んできた。
「帰りは私が運転するから、気にしないで飲んで」
「むっ…。
分かったよ」
そう言うと西浜さんは遠慮なく俺のグラスに梅酒を注いでくれた。
「しかし……まさかこの日が本当に来るとはな」
「…何がです?」
二杯目の梅酒を飲み干し、西浜さんは顔を赤らめながら笑顔で言った。
「覚えておらぬか?
君がここでしばらくの別れの挨拶に来た時、私の酒を注がせてくださいと言ったのだ。
私はずーっと楽しみにしていたのだぞ?」
「………あっ!」
そうだった。
ここに来た時にそんな事も言ったっけな。
「どうりで酔いのまわりが早いわけだ。
…リルド君、水を一杯持ってきてくれ」
「かしこまりました」
リルドさんが立ち去ってから西浜さんはニコニコしながら俺と祈世樹を見つめていた。
「…本当に君でよかったと思う。
君でなければ、祈世樹くんもこうして素直に笑うことも出来なかっただろうに」
「そっ、そんな事ないですよ!
世の中、男と女なんて腐る数居るんですから…」
「私は…燈で良かったと思うよ?
じゃないと……ずっと男の子と仲良くするなんて無理だったと思うから…。
それに………私の過去だって…」
「そんな事………いや。
そう言ってくれるなら、俺も嬉しいかな」
その言葉に祈世樹は大人びた笑みで笑いかけてくれた。
その光景にか、西浜さんも黙って微笑んでくれていた。
「今日は本当にご馳走さまでした。
散らかしっぱなしで申し訳ないです」
「いや、いいんだ。
私も久しぶりに美味い酒が飲めたからな。
それに、元気な孫たちの顔も見れたのだから今年も良い一年になりそうだ」
「それなら良かったです。
…ほら、みんなも挨拶しなさい」
「…ご馳走さまでした。
また、遊びに来ます」
「次に来た時は、おばさまのお料理をもっと教えていただきたいですわ」
「またあそびに来るねっ!
やくそくだよ!(*`・ω・´)」
「また美味い飯食いに来ます」
「……また来ま…す」
海麗のぎこちない挨拶にも二人は笑顔で応えてくれた。
「お気を付けてお帰りください。
お二人も、たまには遠慮せず来てくださいね」
「はい。
それじゃ、お休みなさいです」
女神すぎるリルドさんの笑顔と西浜さんに見送られ俺たちは車に乗り込んだ。
エンジンをかけて祈世樹が車を動かすと、ルームミラー越しにリルドさんは深くお辞儀をし、西浜さんは大きく手を振っていた。
車を走らせ曲がり角を曲がって二人の姿が見えなくなってから俺は祈世樹に聞いた。
「…帰ったら何か作ろうか?」
「そうねぇ……。
…ココアが飲みたいな」
「了解」
そう言った直後、会話を聞いていた外野がヤジを飛ばしてきた。
「知子もココアのむーー!」
「私もいただこうかしら。
たまにはココアも悪くないですわね」
「なら、私も飲もうかしら」
「俺も飲もうかな。
たまには甘いもんも悪くねぇしな」
「……オレも…飲むかな…」
「はいはい。
帰ったら全員分な」
時刻は夜の二十二時。
人気がない裏路地をゆっくりと祈世樹が運転していると、ちらちらと雪が降り始めていた。
『…あの時を思い出すな』
言葉にすら出す必要もない「あの日」を思い出し、俺は一人愉快げにほくそ笑んだ。
俺と祈世樹が紡いできた物語はこれから先、この子たちに受け継がれるに違いない。
そう思いながら俺は粉砂糖のように降る雪を眺めていた。




