Ext.16 新年明けまして、今年も我が家は(中)
神社から出て約二十分。
土混ざりの雪解け道を走り、俺たちは西浜さんたちの待つ実家に着いた。
「んーっ…。
おじ様方に会えるなんて、本当に久しぶりですわね」
「知子もたのしみー♪
ごはんいっぱい食べれるかなー?(( 'ω' 三 'ω' ))」
璃杏と知子が盛り上がる中、海麗は表情を曇らせていた。
「…海麗」
「…ッ!?
……なんだよ…」
本当に惚けていたのか、海麗は俺の呼びかけに驚きすぐに目を細めた。
「心配すんな。
二人とも優しい人たちだからちゃんと受け入れてくれるよ。
その代わり、あまり失礼なことは言うなよ」
「……分かってるよ」
そう言いながら目をそらす海麗の肩を軽く揉みほぐし、俺は勝手口のインターホンを押した。
『ギイィィ…』
潤滑油の切れたような軋む音を響かせ、古びた木の扉がゆっくりと開かれた。
「…お待ちしておりました。
お久しぶりですね」
中から現れたのは去年の大晦日以来、顔を合わせていなかったリルドさんだった。
「お久しぶりですリルドさん。
ご無沙汰しています」
「はい。
燈さんも去年の大晦日以来でしたが、変わらずお元気そうでなによりです」
「あはは。
元気そうに見えて、歳は確実に老いを招いていますけどね」
俺のジョークにクスクスと笑う姿は昔から変わらぬものだった。
普段着もメイド服から割烹着にジョブチェンしたらしく、その様は見事なまでのベテラン若女将とでも言うべきか。
「リルドおばちゃーーん!
明けましておめでとー!」
そう言って知子がリルドさんに抱きついた。
「あけましておめでとうございます。
…大きくなりましたね知子さん。
それに可愛らしい振袖ですね」
「でしょっ!?
これ知子のお気に入りなのー(*´ω`*)」
突然飛びつく知子にもリルドさんは優しく受け止めてくれた。
この人は俺が祈世樹と帰ってきた時しか驚いた顔を見たことがない故、たまに感情を持ったサイボーグかなにかかと疑うこともある。
「こら知子。
おばちゃんをびっくりさせちゃダメだろ」
そう言うもリルドさんは笑顔で俺に応える。
「いいんですよ。
こういった賑やかなのも久しぶりですし、昔の燈さんを思い出しますしね」
「そっ、そうですか…?」
そう言った直後、俺の隣をすり抜けて璃杏が挨拶した。
「明けましておめでとうございますおば様。
相変わらずお美しいですわ」
軽く会釈する璃杏にリルドさんは少しだけ目を見開いて驚いていた。
「璃杏さん…ですか?
…綺麗になりましたね。
やはり若いとは良いものですね」
「そんな事ありませんわ!
おば様も変わらずドライフラワーの様にお美しいですわ!」
「まぁ、ドライフラワーとは嬉しいですね。
私もまだ頑張れば綺麗になれるでしょうかね…ふふ…」
個人的には金髪になっている事をどう思ってるのかはすごく気になる。
ちなみに璃杏が髪を染めたのは去年の春頃のこと。
熱を出して寝込んでいたが、ようやく熱が治った心機一転という事で染めてみたところ、別人のような自分にハマったらしい。
故にリルドさんは金髪姿の璃杏を見るのは今日が初めてのはずなんだが…。
「…明けましておめでとうございます」
璃杏の次に夏怜が挨拶した。
「あけましておめでとうございます夏怜さん。
お召し物もよく似合ってます。
…その髪留めも素敵ですね」
「…ありがとうございます」
目線をそらし、夏怜は少しだけ恥ずかしがっていた。
そしてリルドさんは俺の隣にいた強乃に近寄った。
「明けましておめでとうございます。
お久しぶりですね強乃くん」
「…ッ!?///
あっ…あけおめっす…」
少し緊張しているのか、強乃は珍しくガチガチになっていた。
強乃はスポーツマンだが、こういった堅苦しい礼儀とかが苦手主義ゆえに、年下の自分にも敬語で語りかけてくるリルドさんに気圧されてるのだろう。
「素敵なお召し物ですね。
ひょっとして……お父さんのお古とかですか?」
「…ッ!?
なっ、なんで分かったんスか…?」
「ふふっ…。
今時の若い子が着るような風装には見えなかったもので。
それに、あなたのお父さんなら好きそうにも見えましたからね」
「あっ…はは…。
実はそうなんですよ…」
予想通りと言わんばかりにリルドさんは笑っていた。
強乃にあげたジャケットは、本人にはさぞお気に召したらしく、休みの日などに出かける時によく着ている。
たまに別のアウターも着るが、断然これを好んで着ている。
そんな矢先、リルドさんの笑顔が消えた。
「えっと……そちらの方は……もしや…」
海麗に気付いたリルドさんがぱちくりと瞬きをする。
「海麗ですよ。
しばらく引きこもりだったんですが、最近ようやく顔を出してくれたんです」
それを聞いてリルドさんは驚いていた。
「まぁ…!
海麗さんでしたか…!」
その言葉に少し苛立ったのか、海麗は流し目でリルドさんを睨んでいた。
「…あけおめっす。
なんか……ご迷惑かけたみたいですいやせんでした」
ぶっきらぼうなその態度は、おそらく苛立ちを隠してるに違いない。
「いいえ、あなたも苦労されたのですもの。
私は何も言えません。
それでもこうして自分から顔を出してくれたことは大きな進歩だと私は思いますよ」
純粋なまでの優しい言葉に、海麗は一瞬リルドさんに目を向けるもすぐにそっぽを向いた。
「お久しぶりですリルドさん。
西浜さんもお変わりないですか?」
「お久しぶりです祈世樹さん。
…えぇ、西浜さんも早く知子さんたちの顔が見たいと楽しみにしていましたよ」
「そうですか。
奥に居ますか?」
「勿論です。
祈世樹さんからご連絡をもらってから、急いで書斎を片付けていましたよ」
「あはは。
何もそこまで…」
まぁ、娘と孫が帰ってくるのは親としては嬉しい事だろう。
俺も親となった今、何となく分かる気がする。
「ささっ、風邪をひいてしまいますので早く中へどうぞ。
西浜さんがお待ちしております。
それと、お着物を汚されるといけませんので、お食事前に別室でお着替えてください。
人数分の着替えはちゃんと揃えておりますので」
「ありがとうございます。
…行きましょ」
「あぁ。
そうだな」
かく言う俺もまた、内心テンションは上がりまくっている。
勝手口から中に入ると、昔と変わらぬ風景の教会が健在していた。
「ふおぉぉぉ!
おっきいぃぃ…!」
知子が小さい頃から見ているはずの女神像は、未だ色褪せずそびえ立っていた。
ちなみに知子はここに来る度にお決まりのごとくこのセリフを叫ぶ。
天丼ネタかな?('ω')
「相変わらず美しい女神像ですわ。
確か、お父さまとお母さまはここで結婚式を挙げたのですよね?」
「そうだよ。
こじんまりと母さんとリルドさんに西浜さんと、西浜さんの仕事関係の方だけとな」
そう言って再び歩きだそうとした時、目の先で夏怜が教会の入口を見つめていた。
「どうした夏怜?
何か気になるものでもあったか?」
少しの間、入口を黙って見つめてから夏怜はゆっくり俺に振り返った。
「…そこから入ってくる父さんと母さんの花婿・花嫁衣装を想像していた。
きっと、素敵な結婚式だったのでしょうね」
夏怜の一言に俺は当時を思い出して少しにやけていた。
「もちろん。
母さんの花嫁姿はめっちゃ天使階級上位レベルに可愛くて綺麗だったんだぞ?
あれはマジ天使だったなぁ」
「ほえぇぇぇぇ!
いーなぁ、知子もお母さんのドレスすがた見たかったなぁ…!」
過剰なまでに盛りまくった俺の話に、祈世樹は顔を真っ赤にして照れていた。
「んもぅ、燈ったらぁ…!///」
そんな俺たちのやり取りに、後ろにいたリルドさんも口元を隠しながら笑っていた。
「うふふ…。
たしかに、あの日の祈世樹さんは一番素敵でしたよ。
華やかでとても美しく…一束に束ねた真っ白なお花の様でしたよ」
「リルドさんまでっ…///」
そんな昔話に花を咲かせつつ、俺はゆっくりと先頭をきって書斎に向かった。
仄暗い廊下もまた変わりなく、ひと回り大きな扉の前に俺は立ち止まる。
『コンコン…』
呼吸を整えて扉をノックすると、懐かしい声が響いてきた。
『入りたまえ』
その声に胸を踊らせながら俺はゆっくり扉を開いた。
「失礼します。
……ご無沙汰です西浜さん」
中に入ると今か今かと待っていたのか、後ろ手を組みながら西浜さんは立っていた。
「よく来てくれた。
元気そうで何よりだ」
ゆっくり近づいて来た西浜さんは俺にハグをしてきた。
もちろん俺は嫌がることなくハグをし返す。
「西浜さんもお元気そうで良かったです。
その後、変わりないですか?」
「あぁ。
隠居ジジイは家に籠るか散歩するぐらいしか出来んがな。
それでも、こうしてまた君たちや孫の顔を見れることがワシら年寄りの楽しみじゃよ」
「あはは、恐れ多いです」
リルドさんとは裏腹に、西浜さんはシワが増え、隠居してから無精髭も濃くなった。
リルドさんがそもそもいくつかも知らぬとはいえ、おおよそ二〜三回りは年齢差はあるはず。
なのにリルドさんのあの見た目の変化の薄さは化粧によるものか食べてる物なのか、そもそもリルドさんが人造人間なのか地球外生命体だからなのかは、我が生涯永遠の謎である。
そんな俺と西浜さんの会話に耐えかねたのか、突然知子が声を張り上げた。
「おじちゃーーーん!
あけおめめーー!」
大声で突っ込んでいった知子は、遠慮なく西浜さんの下腹部にポスッと丸く収まった。
「おぉ、知子くんか!
大きくなったなぁ!」
わしわしと乱暴気味になでる西浜さんの手は、昔と変わらぬたくましき貫禄があった。
「えへへー♪
…見て見てー、ふりそでだよぉー!」
「おぉ、よく似合ってるぞ。
知子くんを一際華やかにしているな」
「でしょー?
みんなもふりそでなんだよ!」
「ほぉ。
どれ…」
西浜さんが目線を向けた先……ちょうど俺の右後ろに夏怜たちが顔を覗かせていた。
「ほら、みんなも顔を見せなさい」
俺の一言を皮切りに、トップバッターに夏怜が入っていった。
「明けましておめでとうございます」
無表情で挨拶をしてきた夏怜にも臆することなく、西浜さんは無精髭を触りながらまじまじと夏怜の顔を覗き込んでいた。
「あけましておめでとう夏怜くん。
君と顔を合わせるのは一昨年の正月以来かな?
いやぁ、大和撫子を象徴した様な美しい着こなしだ」
「…ありがとうございます」
そう言って夏怜が目尻を下げると、次に璃杏がゆっくりと中に入ってきた。
「明けましておめでとうございますおじ様。
今年も何卒、よろしくお願いしますですわ」
璃杏の挨拶に気付いた西浜さんは、璃杏が金髪になった事に「ようやく」ツッコミを入れてくれた。
「…んっ!?
……璃杏くん、君は髪を染めたのかね…?」
自慢の金髪(朝にアイロンをかけたものの、持ち前のくせっ毛が直しきれてなくて所々跳ねてる)をなびかせ、璃杏は堂々と胸を張っていた。
「そうですわおじ様。
この色こそが、私にとって最も高貴で優雅さを象徴するのに相応しいのですわ!」
くるりと一回転をすると、西浜さんは野太く響く笑い声を響かせた。
「あっはっはっはっは!
そうかそうかぁ。
それもまた璃杏くんの言う通り、大人の女性の色気をかもし出せていて悪くないと思うぞ?」
バンバンと乱暴気味に肩を叩く西浜さんに少し気圧されつつも、璃杏は何とか笑顔を保ち続けていた。
「強乃。
お前も顔出せ」
「え…?
うわっ……ちょ……!」
いつまでも入ってこない強乃を半ば無理やり中に引きずり込んだ。
「おぉ、次は強乃くんだな。
君も男前の顔になったではないか。
若い頃のお父さんにも似てきたなぁ!」
「そっ……そうスかね…」
俺に似てきたと言われて嬉しいのか困ってるのか、強乃は少し戸惑っていた。
『……』
西浜さんが強乃に楽しげに話しかける矢先、俺の視線は海麗に向いていた。
海麗は入口のちょうど陰の位置で腕を組んで祈世樹とリルドさんの傍にいた。
『さて、海麗はどうしたものか。
強乃みたいに無理やり引っ張るのは逆効果だしな…』
そう考えている時だった。
「ッ…!?」
不意に海麗の手を祈世樹がとり、海麗に何やら笑いかけていた。
「…ッ……」
海麗は祈世樹から目をそらすも抵抗する様子はなかった。
やがて祈世樹と共に中に入った。
「お久しぶりです西浜さん。
お元気そうでなによりです」
「ん?
おぉ、祈世樹くんと……君は……?」
「ッ……」
部が悪そうにする海麗に代わり祈世樹が説明してくれた。
「海麗ですよ。
うちの次女です」
それを聞いて、一呼吸置いてから西浜さんは驚いていた。
「なんとッ…!
君があの海麗くんかねッ!?」
「……そうっスけど……何か…?」
最後に海麗がここに来たのは、遡ること中学生になったちょうど今時期。
あの頃の海麗は今と違って、祈世樹と同じくらいのショートボブで髪染めもしていなかった。
きっと海麗は嫌悪されるに違いないと思っていたに違いない。
でも西浜さんはそんな人じゃない。
「……話には聞いていたとも。
君も苦労したな…」
「…ッ!」
まさか同情してもらえると思ってもいなかったに違いない。
海麗は目を見開いて驚きの色を隠せていなかった。
やがて西浜さんはゆっくり海麗に近づくと、そっと肩に手を乗せた。
「君は何も恥じる必要は無い。
ただ、再び自分で自分の殻を破ったことに意味があると私は思う。
君も二人の娘である以上、堂々と胸を張りたまえ」
「…ッ!
……うっす…」
西浜さんの言葉に感銘を受けてか、海麗は顔を真っ赤にして西浜さんの手から離れ、部屋の隅で再び腕を組んでうつむき気味に寄りかかった。
「そーそー!
海麗お姉ちゃんね、知子たちに顔見せてくれた日に「チッコチコ」になってたんだよ!」
「…ッ!?///
ばっ…その話はやめろ知子ッ!!///」
「はっはっは!
何やら気になるが、それは後でゆっくり聞かせてもらうとしようか。
…それよりもリルドくん、食事の準備は出来てるな?」
「はい。
すぐにテーブルへお持ち出来ます」
状況はどうにか円滑に進んではいるものの、俺には一つやり残した事があった。
「あっ……あの…」
「ん?
どうかしたかね」
純粋に質疑してくる西浜さんに俺は少し申し訳なく返答する。
「あの……みんなで先に食べててください。
俺は先に行きたいとこがあるので…」
「うぇ?
お父さんどっか行っちゃうの?」
「うん。
ちょっと……「母さん」のとこにね」
その一言にその場にいた全員が沈黙してしまった。
「あっ……大丈夫ですよ!
ただ挨拶してくるだけなんで、すぐ帰ってきますから!」
気を遣ってか西浜さんはニッコリと笑って俺の肩を叩いてくれた。
「うむ。
食事も大事だが、今はそっちの方が優先だ。
遠慮せず行ってくるといい」
「ありがとうございます。
…祈世樹、一緒に行くか?」
「…そうね。
私も挨拶してこないと」
「うぅー…。
知子も行く!」
「知子はここで待ってなさい。
病院に振袖で一番明るいお前が行くのは色々と不安だ」
「やーあー…!
知子もー…」
駄々をこねる知子に祈世樹は優しく説く。
「…知子。
お父さんもお母さんも本当はみんなの事連れて行きたいのよ。
でもね、病院は大人数で行けば迷惑になるし、そんな派手な格好じゃ快く思わない人もいるの。
だから今はここで待ってなさい」
「むー………。
………わかったよぉ…(´-`)」
「ありがとう知子。
いい子ね」
知子の前髪を上げ、祈世樹は知子の額にキスをした。
「じゃあ俺たちは行きます。
すぐ戻ってきますが、何かあったら連絡ください」
「うむ。
遠慮なく行ってくるといい」
「ありがとうございます。
…行こうか」
「うん」
そして俺と祈世樹はみんなに見送られ、母さんのいる病院に向かった。
渋滞気味の公道を車で走り、ようやく母さんのいる病院に着いた。
ナースステーションの隣のエレベーターに乗り、三階にいる母さんの病室に向かった。
『…あった』
ドアの前に貼られている「碧乃 郁美」のネームプレートを確認し、俺はドアをノックした。
『どうぞ』
少し弱々しい声を確かに聞き取りゆっくりと中に入った。
「…久しぶり母さん。
明けましておめでとう」
暇を持て余していたのか、母さんは本を読んでいた。
「あら、燈じゃない。
よく来たね」
少し痩せたようにも見えるも母さんは元気そうだった。
「俺だけじゃねぇよ」
そう言うと祈世樹もゆっくり入ってきた。
「…明けましておめでとうございます。
お久しぶりです、お母さま」
「あらぁ、祈世樹ちゃんも来たのね。
…夏怜ちゃんたちは?」
「西浜さんたちのとこにいる。
今度連れてくるよ」
「そう。
…それでもよく来てくれたね」
見舞いに来てくれたのがそんなに嬉しかったのか、母さんは満面の笑みを浮かべていた。
「お母さま、何か飲み物を買ってきますか?
食べたいものとかあったら言ってくださいね」
「あはは。
ありがとうね祈世樹ちゃん。
…ほんと、あんたには勿体ないお嫁さんだねぇ」
「けっ。
何とでも言ってろ」
軽く悪態づく俺を隣で祈世樹は優しく笑っていた。
「ちゃんとご飯食べさせてる?
人数多いから大変でしょうけど、子供たちにまで苦労させるんじゃないよ」
「分かってる。
みんな腹いっぱい食べてくれるよ」
そう言うとまるでその返答を分かっていたかのように母さんはゆっくりとベッドに寄りかかった。
その時、背後からノック音が聞こえてきた。
「失礼します。
…碧乃さん、リハビリのお時間ですよ」
入ってきたのは母さんのリハビリを担当している看護婦さんだった。
「あら、息子さん方ですか?
お邪魔してしまいましたね」
そう言う看護婦さんに母さんは少しだけ自慢げに答えた。
「うちの息子夫婦です。
たまに顔を出してくれるんです」
「あぁ、あなた方が噂の…。
……ここだけの話、碧乃さんってばあなた方のお話ばかりしてきてるんですよ」
「ごっ、後藤さん…!///」
看護婦さんに軽く秘密をバラされて、珍しく顔を真っ赤にしている母さんに俺は少しだけ嬉しくなってしまった。
「母がいつもお世話になってます。
脚の具合はどうでしょうか?」
「はい。
まだ多少、不具合な部分も見られますけど、徐々に良くなってきてますよ」
「そうですか…」
その言葉に少しだけ安心感を得て俺は母さんに振り返った。
「じゃあ、もう行くな。
あまり長居してても迷惑だしな」
「そう。
気を付けて帰りなさいよ」
「分かってるよ。
…退院したら、美味いもの食いに連れていくから」
「…楽しみにしてる」
笑顔で身体を起こす母さんを背に、俺は看護婦さんに軽く会釈をして部屋を出た。
「…それではお母さま。
早くお身体を治してくださいね。
娘たちもお母さまに会えることを楽しみにしてますよ」
「そう。
私も同じよ。
……どん臭い息子だけど、どうか傍で支えてあげてね」
「そんな…。
むしろ、私がいつも支えられていますよ。
早く……お元気になってください」
ドア越しに二人の会話に耳をすませ、俺はタイミングを見計らってその場を去った。
少しして後ろから祈世樹が追いつき、気付けば俺たちは車の前に立っていた。
そして鍵を開けて車に乗り込んだ時だった。
「……うっ……グスッ…」
突然、嗚咽が聞こえたと思いきや祈世樹が隣で泣いていた。
「祈世樹…?」
状況が掴めぬ俺は、朧気に呼びかけることしか出来なかった。
やがて祈世樹はティッシュで涙を拭き取って落ち着きを取り戻した。
「グスッ………ごめんなさい…。
ただね……お母さまの脚が治って、みんなでご飯を食べてるとこを想像したら………涙が止まらなくて…」
両手で顔を隠して祈世樹は再び泣き入ってしまった。
「祈世樹…」
俺は黙って祈世樹の頭をわしわしとなでることしか出来なかった。
やがて祈世樹が泣き止んだとこで俺は車を走らせ、ある提案を出した。
「みんなのとこに戻る前にさ……「あそこ」でジュース買っていかないか?
喉乾いちまったしな」
「あそこ…?
………ッ!」
珍しく気付いたのか、祈世樹は何も言わなくなってしまった。
それを機に俺は車を走らせた。
病院から出て十分ほど走り、俺たちはかつてスーパーがあった空き地に車を停めて、とある自販機に目を向けていた。
「…懐かしいね。
まだあるなんてすごいね」
「さすがに自販機自体は変わっちまってるけど、同じようにここにあってくれるのは嬉しいな」
そう言って俺はポケットから財布を出した。
「何飲む?
奢るよ」
その言葉に祈世樹は分かっていたかのように答えた。
「燈は何がいい?
私も奢るよ」
バッグから財布を取り出し、既に小銭までスタンバっていた。
「じゃあ二人で飲みたいもの同時に言おうぜ」
「いいよ?」
深呼吸をしながら俺と祈世樹は息を合わせる。
「せーのっ…」
「せーのっ…」
…ほんと、いい歳こいて何をしてるんだろうと思う。
気持ちばかり若い頃のままで、歳だけは現実味を帯びていくのに。
「コーヒー!」
「ココア!」




