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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ext.15 新年明けまして、今年も我が家は(前)

「んぅ……朝か…」

 

目が覚めると、時計は朝の七時を指していた。

アラームが鳴らないのは、今日が年明けの元日であるからという事を身体は覚えてくれていたようだった。

 

『それでもいつもと同じぐらいに起きてしまうのは、身体に染み付いたクセか歳か…』

 

そう思いつつ隣ですやすやと眠る祈世樹を起こさないよう、静かにベッドから出てカーテンの隙間から外を覗く。

降り積もった雪が真っ白に全てを覆い、むしろ眩しいぐらいなほど積もっていた。

 

『外は寒そうだな。

 …とは言ったものの…』

 

もちろん家の中も寒い。

身を縮こませながら俺は半纏を羽織り、リビングに降りた。

 

「…ひっくしゅんっ!」

 

突然のくしゃみに身体を震わせつつ、つけたばかりのストーブの前で暖を取ろうとしていた時だった。

 

「おはよう燈…」

 

振り返ると、寒そうに両腕を抱えながら祈世樹が起きてきた。

 

「おはよ。

 珍しいなこんな朝早く起きてくるなんて」

 

「うん。

 なんか目が覚めちゃってね。

 職業病かな…」

 

「分かる。

 俺もアラームかけてないのにいつもと同じくらいの時間に目が覚めたし」

 

「お互い歳を取ったのかしらね」

 

「ははっ。

 そうかもな」

 

二人でそう話していると、ようやくストーブから暖かな風が吹いてきた。

待っていたと言わんばかりに祈世樹はストーブの前に腰を下ろして暖を取る猫のように暖まっていた。

   

「何か温かいの飲むか?」

 

「うん。

 ココアお願い」

 

「はいよ」

 

ケトルに電源を入れ、冷蔵庫の中身を確認する。

 

『新年一発目……朝飯は何がいいかなぁ…』

 

そう思慮していると、ドタドタと賑やかな足音が聞こえてきた。

 

「……どーーーん!(*`・ω・´)

 お父さん、お母さん!

 あけましておめでとー!」

 

「おはよ知子。

 あけましておめでとう」


やはり一番に起きてきたのは知子だった。

若さゆえか、知子に寒がる様子は無かった。 

  

「おはよ知子。

 もう少し落ち着いて入ってこれないの?」

 

「えー?

 知子はいつもこーだよー?」

 

「えっと…そういう事じゃなくて…」

 

「まぁ知子らしくていいじゃないか。

 知子もココア飲むか?」

 

「のむ………ふぁ……ひくちっ!」


「ほらほら、風邪ひいちまうから、はよ暖を取れ」 


「ずび……ふぁぁい…」 

   

ちょうど知子が来たタイミングでお湯も沸いていたらしく、気が付くとケトルの電源はいつの間にか止まっていた。


「…明けましておめでとうございます」

 

「今年もよろしくお願いしますですわ」

 

遅れて夏怜と璃杏も顔を出してきた。

強乃と海麗はいつも通りならば、あと二時間は起きてこないだろう。

 

「ふぁ〜…。

 あけおめー…」

 

「あけおめ……ねむ……」

 

「おは……およっ、珍しいな二人とも。

 いつもならこんな早く起きてこなかろうに」

 

「あー…。

 なんか目が冴えちまってな…。

 眠いはずなのに寝付けなくてよ…」

 

「オレも…寒さで目が覚めちまったんだよ。

 昨日ぶっ通しで「怒ってはいけない」シリーズ見てたから眠いはずなのに…」

 

「マジかよ。

 あれ六時間あるだろ?

 ずっと一人で見てたのか?」

 

「あぁ。

 個人的に見たかったんだけど、ここで見たら親父たち気分悪くなるだろ」

 

「まぁ…」

 

たしかに「怒ってはいけない」シリーズは毎年、大晦日恒例の特別番組である。

様々なゲストや仕掛けに出演者たちは絶対に怒ってはいけないというキチガイな番組であるものの、これがまた人気の高いこと。

 

『海麗のやつ、俺たちに気を遣って自分だけ楽しめるようにずっと部屋で見てたのか…。

 どうりで昨日、早めに部屋に引きこもってたわけだ』

 

あれを面白いと思えるのは海麗もドSだからなのだろうか。

 

「明けましておめでとうみんな。

 今年もよろしくね」

 

祈世樹がそう言うと俺以外の全員が返事をした。

 

「今年も病気と怪我に気をつけます」

 

「もっと美しくなれるよう、今年も頑張りますですわ」

 

「今年も元気いっぱいがんばるよ!

 知子いい子だから、友だちとけんかしてもすぐなか直りするよ!(( 'ω' 三 'ω' ))」

 

「とりあえず部活頑張るぐらいか」

 

「オレはオンゲーのギルマスでも目指すかな」

 

年が明けても相も変わらずでこぼこな俺の娘たちは、新年一発目から元気いっぱいだった。

 

『…ケトルのお湯……足さないとな』

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

 

 

「ほい。

 年越しそばならぬ「年明けうどん」だ」

 

使い残していたうどんを使い、朝飯はうどんにした。

これといって捻りはないが、実は昨日買い物に行くのを怠り冷蔵庫の中はほぼ空っぽなのだ。

冷食はあるが、それだけではまかないきれない。

 

「ねー。

 なんで年がかわる時に年こしそばって食べるの?」

 

「あー…。

 考えたこともなかったなぁ」

 

「んー。

 何かの伝統文化とかから来てるのかもね」

 

祈世樹も知らぬようで、どうも納得のいきにくい返事で知子に答えていた。

 

「夏怜。

 お前なら分かるか?」

 

「…ごめんなさい。

 知らないわ」

 

我が家で一番の頭脳キャラである夏怜なら分かってると思っていたが、恐らく「知る必要が無い」という理由で知らなかったのだろう。


『…って考えるのは夏怜に失礼か』

 

そう思っていた時だった。 

 

「…発祥は江戸時代。

 細く長く伸びることから縁起が良い・寿命を延ばし、家運を伸ばせるというゲン担ぎ。

 切れやすいことから一年の苦労や厄災をきれいさっぱり切り捨てるそばと対義的な意味もある」

 

夏怜を差し置いてそう語ったのは、まさかの海麗だった。

 

「すごいじゃないか海麗!

 よくそんなこと知ってたな!」

 

だが、海麗の表情は全く変わらなかった。

 

「ほら、これに書いてるよ」

 

「……へ?」

 

そう言って海麗は持っていたスマホを見せてきた。

そこにはウィ○ペ○ィアの論文が載っていた。

 

「………」

 

「……ずずっ…」

 

死んだ魚の目で見つめる俺を、海麗はドッキリに失敗した仕掛け人を憐れむような目で俺を見返しながらうどんをすすっていた。

 

 

 

 

 

 

 






 

 

 

 


「ご馳走さま。

 今日どうすっか…」

 

年明けの今日は俺も祈世樹も仕事は休み、夏怜たちも予定はなし。

ちょこっとだけなら福袋とかも買いに行くのもいいが…。

 

「あっ。

 実はね、昨日西浜さんから年明けて落ち着いてからでも顔出しに来なさいって言われてたの」

 

「あー…。

 先に初詣行ってから顔出しに行くか?」

 

「うん!

 きっと二人とも喜んでくれるよ!」

 

そう言って祈世樹はスマホで何やら打ち込んでいた。

 

「何してんだ?」

 

「…西浜さんに後で行きますってLAINEしてるの」

 

「…っ!?

 そっ…そっか……そうだな…」

 

正直、西浜さんがLAINEをしてるとは考えたこともなかった。

……後で教えてもらおうかな。

 

「今日の予定…決まりましたですの?」

 

「うん。

 新年一発目だからまずは初詣に行って、それからおじさんのとこに顔出しに行くよ」

 

「おじ様………お母さまのお父様ですわね!」

 

「…ちょっとくどいがそういう事だ。

 それからでも福袋でも見に行くか」

 

そう言った矢先、海麗がふと顔を背けた気がした。

 

「海麗。

 どうかしたか?」

 

「…っ!?

 なっ、何でもねぇよ…」

  

恐らくだが、海麗は十四歳になる前までしか二人の顔を見たことがない。

俺の人見知りっ気が災いしてか、それ以降はあまり顔を出さなくなってしまった。

だが連れていかない訳には行くまい。

 

「それに女中諸君。

 君らには道中、呉服屋でレンタルになるが「振袖」を着させていこうと思っている」

 

「ふりそでっ!?

 知子きてみたい!」

 

「まぁ…!

 振袖を着れるなんて……人生で初めてとはいえ、何やら緊張してしまいますわね…!」

 

そう言うも、璃杏の表情はどこか期待に満ちた笑顔を浮かばせていた。

 

「ごめんな璃杏。

 去年あんなに着たがってたのに…。

 でも今年はちゃんと着せてやるからな」

 

「あれは………仕方ありませんですわ。

 せっかくの元旦に熱を出して寝込むなんて、私の不覚ですわ」

 

そう。

去年の元旦、璃杏は熱を出してずっと家で寝込んでいた。

そんな彼女に気を遣ってか、夏怜たちは初詣には行かず、一日中家から出ることは無かった。

 

「あの日はお姉さまたちにもご迷惑をかけましたが、今年はこの通りピンピンですわよ!」


くるっとその場で璃杏は一回転を決める。

それに触発されてか知子も真似をしだした。

 

「璃杏お姉ちゃんかっこいー!

 知子もするのー!」

 

「知子、これはかっこよさではなく「美しさ」ですわ!

 …ほら、そんなに回ってはぶつかりますわよ!」

 

フィギュアスケートの連続スピンを彷彿とさせる知子の回転に璃杏が怪我を心配するも、先に知子は力尽きた。

 

「…うえぇぇ…。

 めぇ回っちゃったぁ……」

 

その言葉に全員が笑う。

全くもって変わらぬ日常だ。

 

「まぁそういう事だ。

 今日は全員体調も良さげだし、みんなで初詣行くぞ」

 

「…振袖着て……よね?」

 

「おっ、夏怜も楽しみか?

 お前は落ち着いた花柄が似合いそうだな」

 

「……」

 

何故か夏怜は急に自分の身体を見定めると、不意に俺に視線を向けた。

 

「……「良いではないか」…する?」

 

「ふぁ……やらねぇよっ!?///」

 

「……」

 

音もなく夏怜は一人、顔を洗いに行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

その後、全員の支度が整ってから俺たちは予定通り呉服屋に向かい、祈世樹を除く女子陣が着替え終わるのを待っていた。

一緒に待ってる強乃は変わらず俺のお古のジャケットに袖を通している。 


「祈世樹も振袖着なくてよかったのか?」

 

「冗談やめてよ。

 いくらなんでもこの歳じゃ恥ずかしいよ」

 

「あはは。

 祈世樹ならまだいけると思うけどなぁ」

 

「むぅ…」

 

頬を膨らませる様は高校の時から変わらぬものだった。

 ふと、俺は傍で呉服を眺めていた強乃に声をかけてみた。

 

「…お前も振袖着てみるか?(笑)」

 

「…ッ!?

 ばっ……着るわけねぇに決まってんじゃん!///」

 

まともに恥ずかしがる強乃に俺は思わず笑ってしまった。

その直後、店の奥からがやがやと賑やかな声が聞こえてきた。

 

「着替えたわよ」

 

「ん?

 ……おぉぉぉ…!」

 

夏怜の声に振り返ると、そこには綺麗な振袖を纏った四人がいた。

 

「少し歩きにくいですけど、これもまた今日限定と考えると儚い美しさではありますわね。

 さすがは日本独特の美ですわ」

 

璃杏の振袖は、紫の生地に煌びやかな蝶と散りばめられたような花びらの模様が今時さを演出していた。

自慢の金髪もまとめてアップにし、かんざしまで着けた姿はまるで着物を着たロシア人のようだった。

  

「知子これすきー!

 すっごいかわいいのー♪(*´д`*)」

 

頭三つ分下の知子は、明るい朱色の生地に青々とした葉っぱの模様が広がっていた。

髪型もいつものサイドテールからポニテに変え、綺麗なかんざしを着けていた。

 

「…着心地は悪くないわね。

 下手な流行りのファッションより身に馴染む」 


知子の隣にいた夏怜は、青い生地に何やら魚っぽい模様の振袖だった。

知子と璃杏とは違い、かんざしではなく以前俺がプレゼントした花の髪留めで前髪を上げていた。

 

「…もっと地味なのなかったのかよ。

 まぁ……悪くはねぇけどよ…」

 

遅れて出てきた海麗は、黒地にアサガオのような花の紋様が象られた振袖だった。

…これ以上地味なのなんて喪服ぐらいしか無さそうだけどな。

  

「みんな、よく似合ってるよ」

 

俺の一言に知子が真っ先に飛び込んで来た。

 

「でしょっ!?

 知子、これすきー!(*´ω`*)」

 

他の三人もまんざらでもなさそうだった。

 

「よし、じゃあ初詣行くぞ」

 

こうして俺たちはようやく碧乃家全員で初詣に行くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





現在の気温は1℃前後。

振袖とはいえ、夏怜たちはコートやジャケットを着ていた。


「やっぱ人は多いなぁ」

 

「知子、はぐれないようにお母さんと手繋いでなさい」

 

「だいじょうぶだよ!

 …おっとっとっ……!」

 

雪混じりの凍った路面に足を滑らせて転びそうになった知子の手を間一髪、海麗が掴み止めた。

 

「…ったく。

 ちゃんと繋いでろってんだよ。

 ガキのクセに調子こいてんじゃねぇぞ」

 

言葉こそ悪いものの、滲み出る優しさは夏怜にも似たものがあった。

 

「ふえぇぇ…。

 海麗お姉ちゃん、このまま手つないでていい?」

 

「なっ…!?

 なんでオレがお前みたいな危なっかしいガキの手を引かなきゃいけねぇんだよ!

 璃杏代われよ!」

 

「…実は昨日、沸騰したお鍋で火傷をしてしまいまして…。

 申し訳ありませんが、ここは海麗お姉さまにお任せしますわ」

 

「なっ…絶対嘘だろ!

 ……夏怜姉ぇはどうなんだよ!」

 

「私は………他人に触れてしまうと「炭素化」させてしまうから…」

 

「夏怜姉ぇは「ノ○ズ」かよっ!?

 なんならオレが歌で夏怜姉ぇを………あぁもう、分かったよ!

 オレがやりゃあいいんだろッ!!」

 

そう言って海麗は無理矢理めに知子の手を引っ張っていく。

 

「ふあぁぁ!?

 お姉ちゃん早いよぉ…!」

 

知子がそう言うも、海麗はスピードを落とさなかった。

 

「いいかッ!?

 次転んだら捨てていくからな!」

 

「ふえぇぇぇ!?

 やらぁぁぁぁ……!(´;ω;`)」


「おい海麗ッ…!」 

  

泣きわめく知子を無視し、海麗はそのまま先に行ってしまった。

呼び止めようとしたが、あまりの人の多さに二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。 

 

「…ってか、あいつらどこに行くつもりだ?

 まだどこに寄るかも知らないはずだろ」

 

強乃の言う通り、知子はおろか海麗にも最初どこに行くかは伝えていない。

まぁ海麗もそう馬鹿ではないだろうから、きっと落ち着いた頃にどこかに立ち止まって待ってるとは思うが。 


「二人を探してくるから、みんな先に御堂でお参りしてきて。

 海麗はスマホ持ってるだろうからすぐ見つけてくるよ」

 

「…私も行く」

 

「夏怜はみんなと居ろ。

 基本的に人混みが得意じゃないんだろ。

 …強乃、お前も着いてこい」

 

「…ったく。

 海麗姉ぇも仕方ねぇなほんと」

 

人混みとシャーベット状の雪に足を取られつつも、俺と強乃は海麗と知子を探しに後を追うこととなった。

 

「早く二人を見つけて戻って来てね!」

 

「大丈夫!

 見つけたらすぐ連絡するから!」

 

そう応え、俺と強乃は先を急ぎ人混みの中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 


  

 

 




 

「お父さんたち、来てくれるかなぁ」

 

「来るに決まってるだろ。

 ガキは黙って大人しくオレの傍にいろ」

 

具合が悪くなるほどの人ごみの中、オレと知子は坂道の道中にある食い物屋の集まる場所に待機していた。

 

『ピーン』

 

スマホの着信音が鳴り、画面には親父からのLINEが来ていた。

 

『海麗、どこにいる?』

 

そのメッセにオレは手馴れた手つきで返事を返す。

 

『食い物屋のとこにいる』

 

返事をしてすぐ通知音が鳴った。

 

『分かった。

 入口付近の目立つとこにいろ。

 俺と強乃で迎えに行くから』

 

「……」

 

『分かった』……とは何故か打てなかった。

それは親父たちに対する罪悪感からか。

 

「親父たち来てくれるって。

 それまでここにいるぞ」

 

「そっか!

 ……お姉ちゃん、肉まんおいしそーだよ!」

 

知子が指さす先には、蒸籠で蒸したての肉まんが湯気を立てていた。

 

『ギュルル…』

 

「…ッ!?///」

 

それを見てオレまでもが少しだけ誘惑されていた。

 

「…一個だけだぞ」

 

「うんっ!」

 

知子の手を引き、ちょうど人が居なくなったタイミングでオレは店の前に立った。

 

「肉まん二つください」

 

「はぁい。

 400円になります」

 

巾着袋から財布を出し400円を渡す。

 

「…はい。

 ちょうどいただきます」

 

ニコニコとウザイほどの笑顔で婆さんは金を受け取った。

 

「はい。

 蒸したてだから火傷しないように気を付けてね」

 

「…はい」

 

無機質なオレとは対称的な婆さんの手は、火傷によるものか少し赤く腫れあがっていた。

 

「…ほら」

 

「うんっ!

 ありがとうございます、おばあちゃん♪」

 

笑顔で感謝する知子に、デパートとかの店員とは違った笑顔で婆さんは手を振ってくれた。

 

『…もうちょっと……笑顔で接すればよかったかな…』

 

不意にそう思うも、今更の事に後悔しても仕方あるまい。

それに……笑顔なんてオレには似合わない。

 

「そこのベンチで食うか」

 

「うんっ!」

 

中央に備え付けてあった休憩席に知子と座った。

 

「よっこらせ…。

 あー……腰痛てぇ…」

 

「ふふっ……」

 

何を思ったのか不意に知子が笑った。

 

「…なんだよ」

 

両手で肉まんを持ちながら知子は笑う。

 

「海麗お姉ちゃん「よっこらせ」とか「腰痛てぇ」って、おばあちゃんみたいだなって思ったの♪」

 

「……」

 

知子が相手だからだろうか。

普段から短気なオレが、なめた口を聞かれても苛立つことは無かった。

 

「…肉まん食えよ。

 冷めちまうぞ」

 

「うん!

 お姉ちゃんも早く食べないと(*`・ω・´)」

 

「…あぁ……」

 

笑顔で肉まんを頬張り、美味しそうに食べる知子をオレは黙って見つめる。

 

『…ほんと……こいつは裏表ねぇよな…。

 ガキだからかバカだからかは知らんが…』

 

まるで対称的な知子を見てそう思う。

 その時、オレの脳裏に「あの時の記憶」がフラッシュバックした。 

 

 

 

 


 

  












『マジお前きめェんだよ。

 ボッチのクセして恰好つけてんじゃねぇよ』

 

『先輩がわざわざ声掛けてくれてんのに無視とか有り得なくね?

 お前何様だよ』 

 

『ねぇ…なんかトイレみたいな匂いしない?』

 

『やだぁ、アタシじゃないからァ………『コイツ』でしょ?

 だから髪も茶色なんでしょ(笑)』

 

『キャハハハハハ!』

『キャハハハハハ!』

『キャハハハハハ!』 

  

 

 













 

 

「…ッ!!!!!」

 

忘れかけていたあのクソアマ共の耳障りな声がフラッシュバックする。

…オレは何も出来なかった。

好きで独りでいただけなのに。

好きで髪を染めてただけなのに。

好きで気に入った香水をつけていただけなのに。

ちょっと洒落っ気しただけでディスられて……。

 

『ドックン……』

 

忘れかけていた「あの感情」が沸き立ってくる。

自分でもダメだと抑えていたのに。

それは……今だから思える感情。

 

 


 

 

 

 

 

 




  

 

 

 

『壊したい…。

 アイツらの大切なモノ全部めちゃくちゃにブチ壊してやりたいッ…。

 家族も友達も恋人も……全部修復不可能なまでにッッ!!!!』

 

 


 

 

 

 

 

 





  

 

 

 

「お姉ちゃんッ!」

 

「…ッ?!!」

 

不意に聞こえてきた知子の呼びかけに、オレは現実に引き戻された。

 

「……なっ……なんだよ…」

 

オレの険悪な表情を見てか、知子は惚けたツラでオレの方を見ていた。

 

「お姉ちゃん……。

 ………肉まんに「ハエさん」止まってるよ…?」

 

「……あ……?

 ………うわぁぁぁッ!!!?」

 

手に持っていた肉まんに止まっていたハエと目が合わさったオレは、思わず驚いてベンチから転げ落ちてしまった。

周りの奴らは何事かとこちらに目を向ける。

それは………とてつもない程の屈辱だった。

 だが一人、そんな奴らと違う奴がいた。

 

「…うっふふふふ……あははははっ!

 お姉ちゃんハエさんにビックリしちゃったの?

 お姉ちゃんおもしろーい!」

 

純粋に笑うその笑顔に悪意はない。

冷徹に向けられた視線とは違うその笑顔は、不思議と暖かさを感じさせてくれた。

 

「……ち、ちげーよ。

 ちょっと……ハエとにらめっこして負けちまったんだよ」

 

その場思い付きの冗談に、知子は周りの視線など気にせず、更に足をバタつかせて笑っていた。

 

「あっはっはっはっはっ!

 お姉ちゃんそれはありえないよぉ…!

 もぉ……おなかいたいよぉ…!」 

 

「………ふふっ…」

 

自分でも驚いた。

まさか、このオレがこんな低レベルなギャグに笑ってくれた知子につられて笑っちまうなんて…。

 

『でも……この笑顔に救われたのかもな…』

 

そう思いつつ雪の上に落とした肉まんを拾う。

 

「お姉ちゃんそれ…ハエさん付いてたの…。

 それにゆきの上におとしちゃったからおいしくないと思うよ…?」

 

「…いいんだよ」

 

椅子に座り、オレはドカ食いで肉まんを平らげた。

 

「ふおぉぉぉ!

 …って、そればっちいよぉ!((`ω´。)(。`ω´))」

 

知子が慌てるも、既に肉まんはオレの胃の中に収まった。

 

「こんなん食っちまえば同じだよ。

 でも知子は真似すんなよ」

 

「うー……」

 

「…どした?」

 

何やら不満そうに知子は唸り声をあげてオレを睨んでいた。

 

「知子の肉まん食べて!

 じゃないと、お姉ちゃんのおなかの中でバイきんがわーってなっちゃうよ!」


「…くくっ…。

 なんだそりゃ…」

 

そうは言いつつも、オレは知子のちぎってくれた肉まんを受け取り口に放り込んだ。

 

『末っ子に救われるなんて……オレも堕ちたもんだな…』

 

堕ちたのだとしたら、それも悪くないと思ってしまった自分に少し恥ずかしさを感じた。

 

「知子ー!

 海麗ー!」

 

絶えぬ人混みの中から、聞き覚えのある声が聞こえた。

目を向けると、少し離れた先で親父がこちらに手を振っていた。

 

「お父さーん!

 強乃お兄ちゃーん!」

 

せわしなく知子は二人の元へ走っていく。

その後ろ姿に、何だかオレは胸が締め付けられる気がした。

 

『…違う。

 オレはもう……「独り」じゃない』

 

親父が言ってくれた。

よくもまぁ恥ずかしげもなく言えるものだ。

 

『でも……』

 

オレもまた二人の元へ歩いていく。

目線の先で知子がさっきまでの事を二人に語っていた。

親父はゲラゲラ笑い、強乃は対照的に微笑んでいた。 

近付いてきたオレに気付いた親父が声をかけてきた。

 

「よく知子の傍に居てくれたな。

 海麗の事だから、てっきりその辺に放置してきてるかと思ってたよ」

 

「…まぁな」

 

多少胸クソ悪い親父の冗談に少し苛立ちながら知子に目を向ける。

 

「それでね、海麗お姉ちゃんってば、びっくりして落としちゃった肉まん食べちゃったんだよ!

 知子が肉まんおすそ分けしなかったら、きっとおなかいたいいたいしてかもだったの!」

 

「ほう。

 知子はやったらダメだぞ」

 

「……」

 

見捨てていけるわけが無い。

 

「…知子は大事な家族だ。

 いくらオレでもそんな物騒な事しねぇよ」

 

予想にも思わなかったのか、親父は軽く目を見開いて驚き、すぐに気持ち悪い笑みを浮かべた。

 

「なっ…なんだよ…///」

 

そう聞くも親父はニマニマと笑う。

…きめぇ。

 

「いや……海麗も変わったなって。

 やっぱり、お前は優しい子だよ」

 

「何だそれ。

 意味わかんねぇし…」

 

そう言うも親父は人目も気にせずオレの頭をなでた。

 

「今は分からなくていいよ。

 …そんな事より、早く母さんたちの元に戻るぞ。

 みんな待ってるんだから」

 

「……あぁ」

 

そして親父はオレに背を向けて坂を降りていく。

強乃と知子もまた、その後ろを追いかける形で着いていく。

 

「……」

 

不意にオレは巾着からスマホを取り出し、付けていた白馬のキーホルダーを外した。

 

『…何が白馬の王子様だ…。

 やっぱりオレの性分に合わねぇな』

 

キーホルダーをしまい、スマホも再び巾着に戻す。 


『オレが願わずとも……王子様なんかよりも素敵な人が迎えに来てくれるからな。

 王子様なんて……そんな少女漫画くせぇのは嫌いだ』

 

そう思いつつ、オレは自分のペースで三人の後ろを歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

知子と海麗を見つけてから俺たちは祈世樹たちと合流し、予定通りにお参りを済ませておみくじをひいたりお守りを買って車に戻っていた。

 

「夏怜お姉ちゃん。

 知子のおみくじよくわかんないけど、いみ分かる?」

 

「見せて。

 ……『せみのなくなり時が来て思うことも次第に出来て幸福目のまえにあつまるけれど よく物事を考えてしないと不意のことがあって損をすることがある』。

 ……つまり、蝉が死ぬ時期がすぎる頃に知子も多くの事を学び幸福が集まって来るけど、何も考えないで突っ走ってばかりいると予想につかないことに転びかねないからそれに気を付けろということよ」

 

「なるほど……。

 ………よくわかんないっ!(*`・ω・´)」


ドヤ顔で堂々と分かりまてん発言する知子に璃杏がフォローを入れた。 

  

「つまり…知子は何も考えないで動くのではなく、もうちょっと「こうすればどうかな?」とか「こうしたら失敗するかな?」…と慎重に動くべきだということですわ」

 

「ふおぉぉ…!

 よくわかんないけど分かった!」


流石と言うべきか、それとも夏怜の説明が難しすぎるだけなのか…。

…きっと後者だろうな。 

  

「海麗はどうだった?」


どことなく気になったのか夏怜は海麗に問う。 

  

「知らね。

 捨てちまったし」

   

「…強乃。

 海麗のコートの右ポケットを探してみて」

 

「なっ……夏怜姉ぇ、まさか見てたのかッ!?

 おい、強乃…!

 女のコートに手ぇ突っ込むなんてセクハラだぞっ!」

 

「悪ぃな海麗姉ぇ。

 これも一つの結果ってやつだ」 

 

海麗が抵抗するも、スポーツマンの強乃に勝てるはずなどない。 

 

「……あった。

 ほい、読んでみ」

 

海麗のポケットからおみくじを見つけ、強乃は夏怜に手渡した。

 

「……『努力をかさねても今すぐに成果が出てこないという苦しい時。物心ともに停滞気味だが、ここで焦ればそれだけ抜け出す事が遅れてきます。むしろ開き直って、春の雪解けを待つ心構えを持ちたいもの。もうすぐに花咲く季節があなたに訪れる。今は耐えよ』。

 これは……」

 

「知子分かった!

 海麗お姉ちゃんにももうすぐ幸せなことが来るんだよねっ!

 よかったね、海麗お姉ちゃん♪」


所々合ってはいるものの、知子は基本的にポジティブ思考であるが故、多少悪いことも全部ひっくるめてしまうのがクセみたいな部分がある。 

  

「……どうだかな…。

 夏怜姉ぇはどうだったんだよ」

 

「…私は『人の上に立つ身分になりてよかるべし。ただし、我を高ぶる時はいったん立身することもほどなくわざわい身に至る、よく信心してこころ正直にしてつつしみあるべし』。

 …出世は出来るけど、調子に乗るとすぐ挫折してしまう危険があるから、信心して慎めという事ね」

 

「なんか夏怜姉ぇだけ良さげだな。

 俺なんて末吉で身体に気を付けろってしか書いてなかったしなぁ」

 

「璃杏お姉ちゃんはどーだったー?」

 

「私は………あまりに運が良すぎて…自分でも怖くなって括ってきましたわ」

 

「とか言いながら、さっき恋愛のお守りめっちゃ買ってたの知ってるぞ…www」

 

「…ッ!?///

 いっ、いつの間に見ていたんですの…!」

 

「さっき俺トイレ行ったろ。

 そん時に偶然な…www」

 

「うぅー…///

 だって「恋人:信ずればいずれ来る」と書いておりましたから…」

 

「でも、だからって四つぐらい買ってなかったか?ww」

 

「四は縁起的にも良くない数字とされている。

 どうせ買うならあと四つ買うといい」

 

「そんなぁ…!

 いくらな何でも八個なんて多すぎますですわ!」

 

「いや、四つでも十分多いってwww」 

 

「…みんな、そろそろ西浜さんのとこに行くよ」

 

タイミングを見計らって声をかけると、璃杏は不満そうにも大人しくなった。

 

「よーしっ!

 しゅっぱーーつ!」

 

知子のかけ声を合図に俺は車を走らせた。 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

 

 

「そう言えば燈はどうだったの?」


助手席に乗っていた祈世樹が俺に聞いてきた。 

  

「俺?

 ……「年内に大病を患う恐れあり」だそうです…」

 

「……(´・ω・`)oh…」

 

 

 

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