Ext.14 白と黒、光と闇。それは空と世界
夜中の二十三時過ぎ。
強乃たちが眠りにつき、俺と祈世樹は深夜の憩いの時間を過ごしていた。
「楽しかったね、クリスマスパーティー」
「あぁ。
サプライズをしてやるつもりが…まさか先手を打たれちまうとはな」
ノンアルのカシオレに喉を潤わせながら俺はマンガを読み、祈世樹は俺の膝で寝っ転がっていた。
「私にも一口ちょうだい」
「ん」
カシオレの入ったグラスを差し出し、祈世樹は上体を起こして一口飲んだ。
「…思い出すね」
「ん?」
思い出に更ける眼差しで祈世樹はおもむろに立ち上がり、カーテンを開けて外を眺めた。
「今日は……私たちが出会って初めて告白し合った日よ。
…忘れちゃった?」
「……忘れるわけないさ」
残ったカシオレを飲み干して俺は答える。
そう………あれは俺たちが高校生の時のクリスマスイブの夜だったな。
「本当は告白なんて考えてもいなかったんだがな。
仲良くなってたとはいえ、いきなり膝枕してきたのはびっくりしたよ」
「あはは、ごめんね。
なんか……燈の歌声聞いてたら…甘えたくなっちゃってね。
こう……ふにゃあってなったの」
「なんだそれ」
懐かしい思い出話に俺と祈世樹は現を抜かしていた。
「……ねぇ「空」」
「ん?」
隣に座り直した祈世樹は不意に俺の手を取った。
「覚えてる?
……「あの子たち」とお別れした日を…」
「……覚えてるとも…」
軽く祈世樹の手を握り返す。
……忘れられるわけがない。
「あの日ね………すごく不安だったの。
もし空が「新しい私」を選んだら………そう考えると、心の中で底知れない恐怖と不安に苛まれてたの。
例えるなら………「温度のない暗い海の底」に力なく沈んでいくかのような…」
「……」
マンガを読むのをやめ、新しいカシオレを作りに行こうとした時だった。
『ギュッ…』
震える手で祈世樹は俺の服の裾を掴み止めた。
力なき力に引かれ俺はそっと腰を下ろし、自分の膝を叩いて膝枕を促した。
「……」
祈世樹は黙って寝っ転がり、俺は祈世樹の頭をそっとなでた。
「…どんなに手を伸ばしても、目の先に見える光はだんだん遠くなっていくの。
嫌だ、消えたくない……そう思ってもがこうにも、私の身体……ううん、精神は深い闇の中に沈むことしか出来なかった。
精神は沈んでいくのに、涙だけは光に向かって昇っていく……。
ただ……苦しかった…」
そっと祈世樹の頬に手を当てると、彼女も応えるように俺の手に触れた。
「でもね……薄れていく意識の中で「音」が聞こえたの」
「…音?」
頬に触れていた俺の手を離さないように抑えながら祈世樹は俺の目を見つめてきた。
「……あなたの声よ。
私の……名前を呼ぶ声が…」
「……」
すりすりと俺の手に祈世樹は顔を擦り付けた。
「暖かい声だった。
色のないあの海の中で……あなたの声は私の精神に届いて………悲しみに埋もれていた私を救い出してくれたの…」
「……祈世……「世界」…」
あの頃と変わらぬ光を宿した目に、祈世樹は涙をにじませていた。
「そしたらね……暗かった海の中が、蒼くどこまでも広い空色に変わったの。
暖かな風が吹いて、目線の先に小さな光が見えたの」
「…光?」
ぎゅっと俺の手を握り、祈世樹は目を閉じて静かに涙を流した。
「それはね……私がッ……薄れていく意識の中で………一番求めていた光…。
暖かくて、ずっとここに居たい思える……私のッ………「居場所」…」
祈世樹の言葉に俺までもがもらい泣きをしていた。
俺の知らないとこで、こいつはこんなに苦しんでいたとはつゆ知らず…。
「必死に手を伸ばした。
私の居場所……帰るとこ……私の………最も欲しかった温もり……。
………あなたよ……空…」
「……ッ…」
涙が止まらなかった。
溢れ出てくる涙は、悲しみにも似た、知らなかった後悔と懺悔を流した。
ぎゅっと俺の服を掴みながら祈世樹は頭を俺の胸に当ててきた。
「空………大好き……愛してる……。
あの頃よりもずっと………あなたを…愛しています…」
弱々しくも自分を求めてくれる祈世樹を、俺はそっと抱きしめた。
「…俺もだよ……世界。
ずっと君を愛してる……」
俺の一言にか、胸の中からすすり泣く声が聞こえてきた。
やがてすすり泣きは止まり、祈世樹は顔を上げた。
「でもね……私だけじゃなくて……ちゃんとあの子たちも愛してあげてね」
「…分かってるよ。
俺だって、今じゃあいつらの父親なんだから」
「……そうよね。
そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」
いつもの優しい笑顔で祈世樹はニッコリと微笑む。
「……ありがとう燈。
こんな私をお嫁さんにしてくれて…」
天使すぎる泣きデレスマイルで祈世樹は微笑む。
「俺こそ……家族になってくれて…ありがとう」
多少作り笑いながらもニカッと祈世樹に笑いかけると、祈世樹は面白げに微笑んだ。
「燈………歯に海苔付いてるよ?」
「…えっ、嘘!?
……参ったな…こういうとこだよな…」
「ふふ…。
でも……私はそんな燈も大好きだよ」
三十年前とは違う、大人びた笑顔で祈世樹は笑う。
「……ありがとう祈世樹」
そっと祈世樹を抱きしめ、うろ覚えな記憶で俺は「あの日」を再現した。
「もう一度………愛せなくていいから言わせて。
……好きだよ」
祈世樹もまた、俺の背中にゆっくりと手を這わせた。
「………はい。
私も………あなたを愛します。
これからも……ずっと傍にいてください…」
そう言い切ると、俺を抱きしめる祈世樹の手に力が入った。
応えるように俺もまた、祈世樹を力強く抱きしめた。
「…上手く行きましたですわね」
「そうね。
これも…海麗のおかげね」
「…別に……オレは面白そうと思ったから提案しただけで…やりたいとは思っても…」
「でも、海麗が父さんと母さんの記念日である今日にサプライズでパーティーをしようなんて言わなかったら、みんなそれぞれの予定で夜まで散り散りだったと思う」
「そんなの……オレの知ったことじゃねぇし…」
「でも……少しばかり妬いてしまいますわね。
お父さまとお母さまの仲の良さには」
「そうね。
私も少しだけ羨ましいと思う」
「…オレは……あの関係をいつまでも見ていられたら…それでいいかな」
「………んぅ…?
…おねーちゃんたち…なにしてるの…?」
「…ッ!?
これは別に何でもねぇんだよ!
いいからガキは部屋に戻れ…!」
「ぅんやぁ……おしっこ…」
「あーもぅ、分かったから…!
オレが一緒に行ってやるから……ほら、もっと静かに歩け…!」
「…ふふっ……。
私たちも戻りましょう、お姉さま」
「そうね。
これ以上はボロが出かねないわね…」
「カルーアミルクにございます」
「ありがと。
………甘くてお酒臭くない。
これ本当にお酒なの?」
「うん。
度数も高めだから、あまり飲み過ぎないようにな」
祈世樹に甘くて酔いやすいものが飲みたいと言われ、俺はカルーアミルクを作った。
「…おかわりいい?」
「いいけど…あまり飲みすぎると二日酔いになっちまうぞ」
「大丈夫。
明日も仕事休みだからね」
「いや、みんなもいるんだからそこも考慮してな」
「うふふ…。
分かってるよ」
どこか楽しげに祈世樹はカルーアミルクをちょっとずつ飲みながら二杯目の俺のおかわりを見つめていた。
「それは何?」
「…これか?
「ジントニック・シャンディ」だ。
炭酸入りのカクテルだよ」
「あぁー…。
炭酸入りかぁ…」
「まだ炭酸慣れないのか?」
「うん…。
飲めないことはないけど……苦手かな」
祈世樹は舌が敏感なせいか、昔から炭酸飲料が苦手らしい。
「なぁ祈世樹」
「…なぁに?」
ちょっとだけ俺はカッコつける。
「…この記念すべき日と、君に出会えた奇跡に……乾杯」
少しだけびっくりしつつも、祈世樹はすぐに笑顔で返してくれた。
「……あなたに出会えた運命と、幸せな家族に恵まれた人生に……乾杯」
小さくグラスをぶつけ合い、俺たちは互いの幸せに浸っていた。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」




