4.アタック・アンド・アウェイ
あれからというもの、俺は未だ正体の見えぬ相手との文通を続けていた。
名前も知らず性別も確信つかぬ相手ではあったが、意外と楽しんでいる自分もいた。
そんな矢先、俺は一足踏み入った要求をしてみた。
『もし宜しければ、今度直接お話してみませんか?』
正直やり過ぎたかなとも思った。
顔を出しにくいからこその文通でのやり取りゆえ、こればかりはさすがに抵抗もあるかもしれない。
しかしそんなに不安になる必要もなかったようだった。
返ってきた手紙にはこう書かれていた。
『分かりました。
その代わり…』
思わぬ出だしの次の文章に、俺は息を飲んで続きを見た。
『私から声をかけさせてください。
条件はそれだけです。』
「………どゆこと?」
理解しがたい疑問を残しつつ、俺は言われた通り相手からの干渉を待ってみることにした。
数日後、教室を移動しての選択科目授業のことだった。
「では一旦、休憩時間とする。
鐘が鳴るまでにトイレなり準備なり済ましておくように」
音楽担当の能代先生がチャイムの鳴る五分前に終了を告げて教室から出ていくと、それにあわせて一部の男子や女子たちも教室から出ていく。
ちなみにこの授業は二時間を使っての授業の為、気が楽で好きな授業でもある。
「はぁ~……」
ため息をつくと、隣にいた坂口が口を開く。
「疲れた…。
あー腰いてぇ…」
無理もない。
移動教室と言えど、椅子の座り心地が良くなるわけではないし、授業が楽しくなるわけでもない。
『少し…眠い…』
授業疲れの眠気に襲われ、次の始業時間まで寝ようと思ったその時だった。
「…おい、碧乃。
起きろ」
居眠りしかけていた俺を坂口が突然揺すってきた。
「……ん……んぅ…」
意識朦朧になりつつわずかな理性で返事をする。
「…なんだよ坂口ぃ……。
俺眠いんだy…」
『ドンッッ!!‼』
「ッ‼?」
…何が起こったかなど知るよしもなかった。
突然の衝撃音に俺の意識は一気に覚醒させられた。
「………???」
おそるおそる目線を目の前に向けると、女子のスカートが視界に映った。
『………えっと……』
ぼやけた意識で見上げると、見覚えのある女子が立っていた。
『…………か………海…条…?』
「………」
俺を見下さんと言わんばかりに、そこには紛れもない海条祈世樹が居た。
「………」
俺を見下すも、彼女は無言で何も口を開かずに立っていた。
「……えっと……」
助けを求めに隣の坂口に目線を向けるも、彼もまた唖然としてこちらを見ていた。
『………どうしろと…(´・ω・`)』
何が起きたかは知らんが、いきなり原因不明の衝撃音を叩きつける奴にビビらない奴はそう居ないだろう。
『……ん?
叩きつけ…?』
十数秒前の出来事を思い出し、俺は自分の手元に目線を向けた。
「………ふぉ…」
思わず変な声を出してしまった。
それは彼女が机に叩きつけた「モノ」にあった。
「……えっと…これは……?」
彼女が机に叩きつけてまで見せつけてきたもの…。
『…………メイドの……イラスト…?』
「………」
海条は一向に口を開かなかった。
状況は理解したものの……はてさてどうしたものか…。
「か………可愛いイラスト…だな……。
海条のオリジナルか……?(汗)」
それが精一杯だった。
寝起きドッキリにはあまりに刺激の強すぎるサプライズに対し、その場にいた全員が何事かとこちらに目線を向ける中、ようやく絞り出した繋ぎ文句だった。
「………」
その時、海条が何か喋った気がした。
しかし、虫が鳴くよりも小さなその声は、目の前で聞いても聞き取れないほどだった。
「……えっと……」
思うように口が言葉を発せない。
海条はときたま何かを喋るも、何を言ってるのかは全くもって分からない。
このまま黙ってるのもまずいと思った俺は、勇気を出して相槌を返した。
「……へっ、へぇ~……。
そーなんだー………(汗)」
そう言うと海条は口を噤んだ。
『しまった。
失言だったか……』
おそるおそる海条の表情を見ると、どこか陰りが強くなっていた気がした。
「………」
海条は黙って俺を睨み続け、やがて手書きのイラストを持って立ち去った。
それはまるで吹き流れる風のように『立ち去る』という概念を感じさせないほどだった。
海条が立ち去ってから数秒して俺は我に返り海条を探すも、彼女はすでに後ろ上段の席に戻って突っ伏していた。
「………はぁ…」
やらかした。
完全なる死亡フラグと確信できた。
それを察してか、隣で坂口が俺の肩を叩き小さく「ドンマイ」と囁く。
「………やっちまった…」
坂口の気遣いは有り難いが、今はそれどころではなかった。
『完っ全に………嫌われた…』
その日一日、俺はやる気をなくしていた。
海条もまた、ずっと俺から顔を背けていた。
はっきりと向けられた拒絶反応は、痛いくらいに視界に入るだけで胸が痛んだ。
別に片想いの女に嫌われた訳じゃない。
…仲良くなりたいとは思ってたけど。
ところが、その不安が断ち切られるのもそう遠くはなかった。
それから三日後の事だった。
いつも通りの放課後、ようやく立ち直り始めていた俺は、あの失態のことを名も知らぬ文通相手に教えようとその時の出来事を書いていた。
『……ということがあってですね、もうショックでしたよ。
まぁちゃんと聞き取れなかった俺が悪いんですけどね』
そう書いた手紙をいつものように本に挟み、教室を出ようとした時だった。
「…ッ!?
ごめっ…………海条……?」
教室を出ようとした瞬間、教室に入ってきた相手と出会い頭にぶつかりそうになり謝ろうとすると、そこには海条が居た。
「……ッ!?」
向こうもこちらに気付き驚いていた。
しかも、その手には見覚えのある手紙が握られていた。
「あっ……。
…その手紙……」
「…ッ!!?///」
手に持っていた手紙を隠し、海条は顔を真っ赤にして急ぎ荷物を持って教室から逃げ出した。
「ちょ…!
海条ッ!?」
呼び止めようにも、既に海条の足音は遠くなっていた。
「……」
放課後の教室で一人、どうしようもなく俺はただ惚けていた…。
『…あの手紙…。
やり取りしていたのは……海条だったのか…』
間違いなく海条が持っていた手紙は、いつも本に挟まれていた手紙と同じ物だった。
その時、手紙の最後の返事の内容を思い出した。
『私から声をかけさせてください』
つまり……あの脅迫(?)めいたイラストの叩きつけは、あの手紙の一文のものだったのだろうか。
『にしては…かなりビビったけどな…』
色々と思うところはあるも、とりあえず俺も学校を出ることにした。
生徒玄関で外履きに履き替えながら、俺は今までの海条との手紙のやり取りの内容を思い返していた。
初めて見た時、真面目で頭が良くてそれ故に人と仲良くするのが苦手なのかとさえも思っていた。
『でも…それは違ったみたいだな』
先ほどの顔を真っ赤にしてパニクっていた海条を思い出す。
表情にこそ出ぬものの、手紙の中の海条祈世樹という人間は面白いぐらいにおしゃべりだった。
そう思うと…あの威圧(?)もまた、単なる照れ隠しなのかと思うと不思議と納得出来た。
『でも……あのイラストは何だったんだろう…。
それに、あの時なんて言ってたんだろう…』
色々と疑問は残るも、俺は気持ちを落ち着かせてから学校を出た。
『……』
海条が居る気がして振り向くも、さすがに彼女の姿はなかった。
『そりゃそうだよな…』
一抹の安堵を得て俺はいつも通りに帰る。
…少し物寂しげな感じもするが、そんな不安を払拭するように俺は頬を叩く。
『さて……ゲーセンでもいくかな』
脳内でそう呟き、近くのゲーセンへと歩みを進める。
今日は坂口は家の用事で先に帰ると言ってたので、一人で向かうことにした。




