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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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49/73

Ext.9 強乃の憂鬱(後)

『僕だけは君のことを 信じたーいよー♪』

 

菅田が流行りの失恋ソングを歌いきると、一斉に拍手が響く。

 

「鬼ヤバぁ。

 管田めっちゃ歌上手くね?」

 

「だろ?

 こう見えてけっこう流行はおさえてるからな」

 

「なんか、そう言うとモテたいんです発言してるみたいでウケるんですけどw」

 

「あ、それなんだけど、菅田は二日前に学校の男子トイレで……」

 

「うおぉぉあぁぁぁ明野てめぇぇぇぇ!!!!!」

 

「きゃっはっはっはっ!

 それ聞いたらちょっとドン引きなんですけどぉwww」

 

「うおぉぉぉぉ!!

 どうにでもなれだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

カラオケは菅田と安田の絡みでボルテージが高まっていた。

その一方で……。

 

「やっ、山下さん…。

 何か飲み物持ってこようか…?」

 

「うっ、ううん!

 私は大丈夫だよ…!///」

 

「そっ…そっか…」

 

隣同士で座らされていた強乃と山下さんがアオハルムードを醸し出していた。


「…おい、碧乃。

 山下さんとイチャコラするのはかまわねぇけど、せめて時と場所は選んでほしいな」

 

「よし、そのまま山下さんと二人っきりで王様ゲー……ぐべしッ!!」

 

強乃から会心の一撃をくらい、明野は気絶した。

 

「あ……明野君…倒れちゃったけど…」

 

「いいんだよ。

 アホだから五分もすれば起きるさ」

 

「は、はぁ…」

 

ブクブクと泡を吹いている明野をよそに強乃はマイクを取った。

モニターから小さくメロディが流れ、メロディが途切れた瞬間、強乃は小さく囁いた。


 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

『キティ』

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

  

「ッ?!!///」

 

突然の囁きボイスに山下さんは不意をつかれ、思わず口に含んでいたお茶を吹いた。

 

「げほっ、げほっ…!」

 

「ちょ…!

 大丈夫ナッツー!?」

 

「ごほっ………う、うんっ!

 大丈夫だよ…///」

 

「…とは言いつつ、顔真っ赤だよ」

 

「…ッ!?///

 ちがッ……これは碧乃君の声にびっくりしただけで…!///」

 

「そんな誤魔化さなくても分かってるってぇwwww

 ほんと、ナッツーってマヂアオハルJk

 よねぇーwww」

 

「恋する乙女に恥などいらぬ」

 

「んもぅ………二人とも意地悪だよぉ!///」

 

違う意味で顔を真っ赤にさせて怒る山下さんをよそに、強乃はある想いを意識に集中していた。

 

『どうか聞いてください山下さん。

 この歌は……いつか君に聞いてもらうために練習したんです』

 

大きく息を吸い込み、強乃は今までになく腹いっぱいに力を入れた。

 

『ご機嫌いかがマドモアゼル 彼方の星から

 未来のため貴女に 迎えに来ました

 突然だけどどうか聞いておくれよ

 僕のフィアンセにね なってください』

 

それまで懐メロを歌いつつ、今どきのJ-POPを織り交ぜていた強乃の急転換に、外野は違う意味で盛り上がっていた。 

その流れで明野も目を覚ました。 

 

「おぉ。

 さっきまでとはうってかわってイケボ調か」

 

「なんか、ガチナン的過ぎてちょっとウケるけどww

 ……とは言っても……」

 

安田がチラッと目を向けた先では、山下さんが両手で顔を隠していた。

  

「こりゃあ……どストだなぁ…」

 

「かっこいいと言えばかっこいいが……これはわかりやすい程に狙った歌だな」

 

女子二人が囁き合う中、一方で男子二人は笑いあっていた。

 

「二人とも、この曲は最後がやべぇんだぜww

 過程よりも最後をちゃんと聞いてろww」


「…?」

「…?」

  

安田と生野が理解出来んと疑問に思いつつも、男子二人はニヤニヤと笑っていた。

 

『華やかな着物を纏って 世界一のこの僕と

共に踊ろうよ』

 

「……普通にかっこいいと思うが」

 

「ちょっとイタいけどねw」

 

「もうちょい先だよ」

 

「俺、口に水含んで待とうかな」

 

アホの明野がリアルに水を含み、曲の終盤が近づいてきた。

 

運命(さだめ)が狂わせちゃって 僕だけ本気になっちゃって…』

 

そして菅田がにやけながら指をさす。

 

 


 

 





 

『その名は「リリエッタ」

 

 ハァイ!↗』

 


 

 

 





 

「ブッフォッッ!!!!wwwww」

 

「ギャッハッハッハッハッ!!!!」

「ギャッハッハッハッハッ!!!!」 


突然の菅田と安田の爆笑に強乃が思わず二度見した。

 

「ちょ……お前らっ、人が真面目に歌ってる時に…!」

 

「いや、すまんwwww

 だって………お前、最後の合いの手で…いつも「声裏返ってる」からつい……くくく…www」

 

「なんかウチも分かったwww

 歌は上手いんだけど…最後のは意表つかれたわww

 神ウケるwww」

 

「これは……お後がよろしいようで…ww」

 

「やべwww

 今日履いてきたおNewのパンツまで濡れたわwww」

 

「うわ、明野てめぇ汚ぇぞ!wwww」

 

菅田・明野・安田・生野の四人に爆笑され、ようやく笑われていた原因が分かった強乃は顔を真っ赤にしながらも途中で曲を止めた。

 

「すまん碧乃。

 別にバカにしてるわけじゃねぇんだけどよww」


「そーいう事かよ…。

 昨日まで何も知らなかった自分が情けねぇ…」 

  

菅田が謝るも、強乃は歌う気力を失い、不貞腐れてしまった。

 

「そういや、ウチのお姫様は………あー……」

 

安田が目を向けた先では、山下さんは既に縮こまって両頬を抑えていた。

 

「おーいナッツー。

 碧乃歌い終わったぞー」

 

「……ふぇっ!?///

 …そっ、そっか……終わっちゃったんだ…」

 

強乃の歌声に魅了(?)されていたのかもしれない山下さんは、大部分を聴き逃したことを少し寂しげに思いつつ「コーラ」を飲んだ。

 

「……奈津子、それ碧乃氏のだよ」

 

「…ッ!!?///

 げほっ、げほっ…!」

 

「ちょ……ナッツー大丈夫!?」

 

「う、うん……大丈夫だよ…?」


強がる山下さんにアホの菅田が追い打ちをかけた。 

  

「山下……鼻からコーラ出てるよ」

 

「ッッ?!!!///

 ごごごめんなさいッ!///」

 

急ぎ鼻から出ていたコーラを拭き取るも男子二人は爆笑、強乃もその光景をガッツリ見てしまった。

 

「うぅぅぅぅ…///

 ………私、帰ります……」

 

「ちょっ、ナッツー!?」


身から出た錆とはいえ、その場にいた全員に醜態を晒してしまった山下さんは、そそくさと荷物を持って立ち上がった。 

  

「ご、ごめん山下!

 別にディスったつもりは無いんだよ!

 俺らが悪かったよ…」


菅田がすぐさま謝るも、山下さんは本気で萎えてしまっていた。 

  

「菅田くん。

 あなたのその「言葉だけ」は素直に聞き入れておきますね。

 あ、お金も置いていきます」

 

カバンから財布を取り出して適当な金額を置いて山下さんは入り口のドアに手をかけた。

 

「ごめんねみんな。

 私、帰ります」

 

作り笑いを浮かべ、山下さんは部屋を出た。

 

「ちょ、ナッツー………ッ!?」 

 

呼び止めようとした安田の横を何かがすり抜けたと思いきや、安田が状況を把握した直後には、強乃が山下さんの手を引き止めていた。

 

「……なに…碧乃君…」

 

振り返った山下さんの表情はひどく暗かった。

だが、強乃は優しい笑顔で手を差し伸べた。

 

「……山下さんに聞いて欲しい歌があるんだよ。

 良かったら……聞いてくれませんか…?

 そしたら、帰ってもいいから」

 

「…ッ……。

 …私は……」

 

冷めきった空気の中、強乃は山下さんの手を引き、部屋に連れ戻した。

 

『…碧乃くんの手……震えてる…』

 

山下さんにそう気づかれてるとも知らず、半ば無理やり山下さんを座らせ、強乃は曲名を打ち込みマイクを取った。

 

『…あっ…碧乃って、けっこう大胆だな……』

 

その場にいた全員がそう思いつつ、画面に曲名が表示された。

 

「…ッ!

 これって……」

 

「もしかして知ってた?

 …昔のシガロの曲だよ。

 山下さんは分からないと思ってたけど」

 

強乃の言葉に山下さんはいつの間にか落ち着きを取り戻していた。 

 

「小さい時にお母さんが持ってたCDで聞いたの。

 それで私も知って好きになったの」

 

「…奇遇だな。

 俺んとこも、父さんと母さんが二人で歌ってたのを聞いて好きになったんだよ」

 

「そう……なんだね…」

 

少し恥ずかしげながらも山下さんはマイクを取り、そして歌い出す。

 

『夜 眠る時に 脳裏に想い馳せる

 あなたの顔』

『夜 眠る時に 脳裏に想い馳せる

あなたの顔』

 

二人の声は色こそ違えど、美しいメロディを奏でていた。

そんな二人の旋律に、思わずその場にいた全員が言葉をなくした。

あとは………言うまでもなく強乃がパート分かれで歌いつつ、山下さんが呼吸を合わせて歌う。

あれほど騒いでいた菅田や安田でさえ、その歌声に魅了されていた。

 

『今だけ私を捕まえて…!

 内緒ね』

『これなら君を離さない…!

内緒だ』 


メロディが途切れ、二人が歌い終わっても、その場にいた全員は拍手すら出来ず圧倒されていた。

 

「…あ……あの……みんな…?」

 

「………うぇッ!?

 あ……うん、激エモかったよ!

 ……ねっ、ショーコ!」

 

「…あっ、うん!

 ちょっと驚いたけど…上手だったよ」

 

「そ…そっか…!

 よかった…」

 

その一言に山下さんがホッと胸をなで下ろすと、男子陣もようやく口を開いた。

 

「…あっ、碧乃も上手かったぞ!

 山下と初めてとは思えないぐらいハモってたし!」

 

「お、俺もシガロは好きだったけど……この曲は初めて聞いたな…」

 

その場にいた全員が圧巻されている中、強乃は軽く放心状態になっていた。

 

「あ…碧乃君…?

 大丈夫…?」

 

「……おっ……あ…山下さん!?

 …どっ、どうだった?

 突然誘っておいてなんだけど…」

 

「…うっ…うん…!

 すごくよかったよ…!

 なんか………恋をするって……こういう事なんだろうねって思った…かな…」

 

「そ…そっか…」

 

その時見せた山下さんの表情は、歌詞のヒロインそのものにも見えた。

いつもとは違うその表情に強乃はときめき、他の奴からは見えないように山下さんの手にそっと自分の手を乗せた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『碧乃君の手、すごく熱くなってる…。

 けど……安心出来る…』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺電車で帰るわ」

 

「マジ?

 じゃあウチも電車で帰るわー。

 菅田、ウチが痴漢されないようにガードマンしてね(笑)」 

 

「じゃあ私は自転車だから」

 

「それなら俺が襲われないように…」

 

「あっ、今日近くのアニメショップにBL本の新刊入ったから買いに行かないと」

 

「ノオォォォォン…!」

 

それぞれがカラオケを終えて帰り支度を始めていた。 

 

「んじゃ俺は…」

 

「山下を家まで送っていけよ」

「ナッツーを家まで送っていけよ」

「奈津子を家まで送っていけよ」 


「ほぇっ…!?///」

 

「なっ…!

 べっ、別に山下さんは一人でも大丈夫じゃ…」

 

「なぁ〜に言ってんだ碧乃。

 こんな可愛い子を

 一人で夜道を帰らせるつもりか?」

 

「ぬっ…。

 ……山下さんはバスとかで帰るんじゃねぇのか…?」

 

「あれ?

 ナッツーたしか財布家に忘れてノーマネなんだよね?

 歩いて行こうにも、ここからだと一時間ぐらいかかるんじゃない?」


「えっ…?

 お財布ならここに…」 

  

「そうだぜぇ?

 それに山下は今日、お前のわがままを聞いてくれたんだから、今度はお前がわがままを聞く番だろ?」

 

「ぐっ……。

 そう言われると…」

 

強乃と山下さん以外の全員がニタニタと笑い、それぞれ帰路に着く。

 

「じゃあな生野!

 碧乃は絶対に山下を守ってやれよww」

 

「気をつけてねナッツー、ショーコ。

 …碧乃、ウチらの大事なお姫さまに手ぇ出すんじゃないよwww」


「もしその気があるなら、近くにドラッグストアあるからそこで用足せるよ」 

  

「だぁーーうるせぇーーーッ!!!!

 とっとと帰りやがれクソッタレども!!!!!」

 

大笑いしながら安田は菅田の後を追い、生野は自転車を引きながら姿を消した。

ちなみに明野は生野に誘いを断られて未だショックに立ち直れずにいる。

  

「……俺たちも帰ろっか」

 

「……うん…」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

道中、強乃と山下さんはほとんど会話をしなかった。

山下さんは強乃の一歩後ろを歩いていた。

 

『気まずい…。

 何か……何か話さないと…』

 

そう強く決断した強乃は大きく息を吸い込み、吐き出すのと同時に山下さんを呼びかけた。

 

「や……山下さん…!」

「あ……碧乃君…!」

 

それはまさに同時としか言いようがない結末だった。

思わぬ展開に二人は笑いあった。

 

「……山下さんからどうぞ」

 

「……碧乃君からどうぞ」

 

互いに譲り合いを繰り返し、果てに折れたのは強乃だった。

 

「じゃあ…俺から…」

 

「…はい」

 

こんな時を待っていたと言わんばかりに強乃はほくそ笑んだ。

 

「…今日……楽しかった?」

 

ものすごく単純な質問でありながらも、山下さんは丁重に答えた。

 

「すごく楽しかったです。

 なんか……久しぶりにお腹の底から笑えたって思える日でした」

 

「…久しぶりに?」

 

強乃が振り返ると、山下さんはさっきまでとは別人のような暗い表情でうつむいていた。

 

「…どういうこと?」

 

恐る恐る質問すると、山下さんは暗い笑顔で答えた。

 

「碧乃君になら言ってもいいかな。

 ……私の家は父が厳しい人で、小さい時から無理やり習い事とかたくさんやらされてたの」

 

「はぁ…」

 

「それでね、小学校の時は三つ習い事をさせられてたの」

 

「みっ…三つ!?

 それ……厳しいとか以前の問題だろ…」

 

「そう…だね。

 でもね……私はあの人には逆らえなかった。

 書道も生け花も……料理教室も行かされたかな」


「そんなに…。

 辛くなかったの?」

 

「ちょっとだけ辛かったかな。

 …一度だけね、中学二年の時に、習い事一つだけでいいから辞めたいって言ったことあるの」

 

「…どうだったの…?」

 

おもむろに山下さんは自分の左頬に触れながら呟いた。

 

「……父はひどく激怒して私を殴ったの。

 アザが残るんじゃないかって思えるぐらいのをね」

 

「なッ…!!

 そんな……あまりにひどくねぇか!?

 自分の娘がこんなにも苦しんでるのに…!!!」

 

「ま、待って碧乃君…!

 気持ちは分かるけど……私はね…自分が悪かったって気付いたの」

 

「…ッ!?

 ……なんで…だよ…」

 

「…私ね、それまでは何故こんな大変な思いをして習い事をさせられてたのか分からなかった。

 けれどもね、あの拳で殴られたとき何となくだけど……父の想いが感じられたの」

 

「…想い……?」

 

強乃が納得出来んと顔をしかめていると、山下さんは風になびかせながら髪をかきあげた。

 

「父はね、私に一人前の女になって欲しかったのよ。

 父が学生の頃、いつも遊んでばかりでろくに学校も行かず、二十歳の時に出会った女性と付き合ったらしいんだけど……その人「美人局(つつもたせ)」目的で父に近付いたらしいの」

 

「えッ……」

 

その言葉を聞いた瞬間、強乃の全身から血の気が引いた。

強乃の中にあった山下さんの父への怒りが少しだけ薄れていった。

 

「結果、父はその女性に大金を騙し取られたみたいなの。

 それも……実家から勘当されるほどだったみたいなの」

 

「か……勘当ッ!?」

 

事実を把握しきれていない強乃をよそに、山下さんは話を続けた。

 

「それからね、父は改心してお金を稼ぐ為に働いたの。

 朝から晩まで……わずかにもらったお金で借りた家には寝るためだけにしか帰らなかったって言ってたの」

 

「……」

 

もはや強乃は言葉さえ失っていた。

山下さんの話を一言たりとも聞き逃さんとすることで精一杯だった。

 

「それからね、今の母と当時務めていた会社で出会ったのをきっかけに、真剣な交際を経て結婚。

 そして私を身ごもったの」

 

「…そうだったんだ…」

 

話し疲れたのか、自販機で山下さんはお茶を購入し、一口程度に喉を潤した。

 

「けどよ、だからってここまでする必要はねぇんじゃねえか?

 いくら自分で痛い目見たからって、なにもこれ程厳しくする必要は…………ちょっと待って。

 一つ気になったんだけど…」

 

山下さんは無言で強乃を見つめる。

 

「そんなに厳しい人が、どうしてそんな自分の弱みたる過去話をしてくれたんだ?

 普通なら隠し通すもんじゃねぇのか?」

 

「…ふふっ…。

 やっぱり、碧乃君は鋭いね」

 

やがて山下さんは表現しがたい笑顔で言った。

 

「実はね………父は一年前に他界したの。

 ……心筋梗塞を患ってたの」

 

「…ッ!!?」

 

強乃から目線を外し、山下さんはお茶を喉奥に流し込んだ。

 

「私が小さい時からタバコをよく吸ってたからね。

 たぶん…いつかこうなるって私も思ってたし、本人もこうなる事を分かってはいたと思う」

 

「……」

 

「…父は一年と半年前に家で倒れて、それからずっと入院生活だったの。

 ろくに介護食にも口を付けなかったの」

 

「…味が薄いからとか?」


「それも言ってた。

 でもそれ以前に「家内以外の飯など食えるわけがない」って拒んでたの。

 …父はね………私の作る肉じゃがが好物だったの」

 

「…ッ!

 ……お父さんは、山下さんの肉じゃがを食べたかったんだな…」

 

「…私も食べさせたかったけど、塩分濃度の高い肉じゃがはダメだったから…。

 でもね、ある日病院側から許可がおりたの」

 

「えっ…。

 …それって食べさせてもいいってこと…?」

 

「うん。

 でもね……それは同時に父はもう助からないって暗示でもあったの。

 …私は泣きながら家で肉じゃがを作った。

 母は私の気持ちを察して、敢えて手伝うことはしなかった」 

 

「……」

 

「それでね、許可がおりた次の日の晩ご飯に、肉じゃがを食べさせたの」

 

「……お父さんはなんて…?」

 

そこで初めて山下さんは言葉を詰まらせ………涙を流した。

 

「…父は……お父さんはね………初めて…私の前で涙を流しながら……「美味い」って…言ってくれたの……。

 あんなに厳しかった父が、初めてくれた最初で最後の褒め言葉だった……!」

  

その時の事を思い出してか、山下さんはぼろぼろと涙を流し、強乃もまたもらい泣きにふけていた。

 

「あんなに……優しい笑顔で「美味い」って言ってくれた父は初めてだった。

 肉じゃがを食べながらお父さんは私に自分の過去を打ち明けてくれたの。

 …その翌日………お日様が昇る前に亡くなったの……」

 

「……」

 

「すごく辛かった。

 今まで習い事を三つもこなしてきて感じたことがない苦しさだった。

 父が死ぬことがこんなに苦しいことなんて……その時私は、改めて父に習い事を辞めたいって言ったことを後悔したの…」

 

「……そっか…」

 

ハンカチで涙を拭き取り、山下さんは残していたお茶を一気飲みした。

 

「…でもね、今はもう寂しくないんだよ。

 どんなに苦しいと思っても耐えられる。

 父に通わせてもらっていた習い事はもう辞めちゃったけど、今でもまた行きたいなって思うの。

 私は……父の想いを受け継ぎたいのッ…!!」

 

初めて見た山下さんの真剣な眼差しは、強乃でさえたじろぐ程の力強さがあった。

 

「……くくっ…。

 ………あっはっはっはっはっ!」


「…ッ!?

 ……何がおかしいんですか!

 私の想いが……そんなに笑えるんですか…!?」


突然の強乃の嘲笑に山下さんは怒るも、強乃の意思は違った。 

  

「…いや、ごめんね山下さん。

 やっぱり………君は素敵な人だなと思ってね」

 

「えっ……。

 それってどういう……」

 

強乃もまた、そう語りかけながら自販機のボタンを二つ同時に押しながらジュースを購入した。


「…俺さ、ずっと憧れてる人がいたんだよ。

 その人はいつでも笑顔を絶やさず、勉強も出来て人望も厚く……俺じゃ手の届かない人なんですよ」

 

「…ッ!」

 

山下さんの反応を見てから強乃は選ばれたコーラを飲んだ。

 

「きっとその人は小さい時から才能があって、金持ちの両親の元でただ勉強に打ち込んでるんだろうなって思ってたんです。

 …けれど、今日君の話を聞いてその勘違いは取り払うことが出来ました。

 山下さん……今一度………あなたに惚れ直しました」

 

それは遠回しになりつつも、最後ははっきりと伝えられた「告白」だった。

 

「……その先は言わないんですか?」

 

「え…?」

 

山下さんはうつむきながら小さく呟く。

 

「………「付き合ってください」とか……ないんですか…?

 私……碧乃君となら…………付き合ってもいいですよ…。

 私も………碧乃君のこと……ずっと好きでしたから…!!!!///」

 

「………ぁ……え…?」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ山下さんに迷いや嘘はなかった。

 

「高校に入学して……ふと、菅田君たちと楽しそうに話してる碧乃君に不思議と惹かれて……気が付けば、碧乃君のこと…もっと知りたいと思っちゃったんですッッ!!!!///」

 

めぐり逢いは偶然か必然か。

二人は手繰り寄せあった糸の先で互いを見つけあった。

その出逢いを誰が断ち切れようか。

 

「……山下さん…」

 

「…はい」

 

少女はようやく伝えられた想いに胸を弾ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

  

 

「………好きです。

 こんなズボラでデリカシーのない俺で良ければ……付き合ってください」

 

少年は片想いを寄せる少女に手を差し伸べる。

少女は長らく憧れていた少年と手を繋ぎ合わせる。

 



 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

「ッ………。

 …素直になれない、可愛げのないこんな私で良ければッ…!」

 

その時の少女の涙ながらの笑顔は、何物にも例え難い、天使の笑顔であったことは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

――五日後――


 

  

「ただいまー」

 

「おかえりー。

 ……っと……およよ?」

 

強乃が学校から帰ってくると、何やら見慣れぬ美少女が後ろにいた。

 

「紹介するよ。

 学校のクラスメイトの山下奈津子さん。

 ……俺の「彼女」だ」

 

その一言に、その場にいた夏怜・知子を除く俺と璃杏は絶叫した。

 

「なっ………何だってぇぇぇぇぇッッ!!!?」 

「なっ………何ですってぇぇぇぇぇッッ!!!?」 

  

「…なんだよ。

 俺がいきなり彼女連れてきたら悪いのかよ///」

 

「……いや……そういう事じゃねぇけど……」

 

と言うか、一切そんな話聞いてないんですけど…。

 俺と璃杏の叫び声を聞きつけて、部屋にいた夏怜と知子も駆けつけた。

そして全員が集まったとこで女の子が挨拶をした。

  

「あ……あの……初めまして。

 先ほど紹介に預かりました、山下奈津子と申します。

 その……強乃君にはいつもお世話になってばかりで…」


あまりに丁寧な挨拶に、俺は少しだけ気圧されていた。 

  

「…そっ、そんなことないだろうに!

 むしろ、うちの強乃が迷惑をかけてるんじゃないですか?」

 

「…そんなことないです…!

 いつも強乃君には面倒事を押し付けてばかりで…」

 

「なっ…奈津子。

 何もそこまで…」

 

慌てて強乃が止めるも、奈津子ちゃんを見た俺と璃杏はきっと同じことを思ったに違いない。

 

『よく出来た子だ……』

『よく出来た子ですわ……』 


 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

「さぁ今日はカレーだよ!

 奈津子ちゃんも遠慮せず食べてってよ!

 おかわりもあるから」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

初めて来た我が家の雰囲気に、奈津子ちゃんはどこか気圧されていた。

 

「あの……私までご一緒してもよろしいんでしょうか…?」

 

「もちろんだよ。

 奈津子ちゃん家の門限が大丈夫なら、ゆっくりしていくといいよ」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

「…奈津子。

 そんながちがちにならずとも、ここはそんなお堅いとこじゃないんだから、もう少し肩の力を抜けばいいよ」

 

「う…うん。

 ありがと…」


強乃が隣に座ると、その逆側に知子が興味津々に奈津子ちゃんの隣に座った。 

 

「んしょっと……おねーちゃんは強乃お兄ちゃんとおなじどーきゅーせー?」


「…っ!?

 ……そっ、そうだよ。

 強乃君とは……えっと……すっごく仲がいいんだよ?」 

 

「おぉ!

 じゃあじゃあ、知子ともなかよくしよ?」

 

「うん!

 …知子ちゃん……でいいのかな…?」

 

「そだよ!

 ガッコーではえいりあんのマネができるから「チコリアン」って呼ばれてるの!

 がおー!(「・ω・)「 」

 

「うふふ。

 可愛い宇宙人さんなんだね」

 

「ほんとっ!?

 知子、これでしょーらいたべていけるかなぁ?」


「うん!

 知子ちゃんの可愛さなら、きっとみんな喜んでくれるよ!」

 

「\( ’ω’)/ウオオアアアーッッ!!!!

 「なっつん」もチッコチコにしてやんよー!」

 

「…なっつん…?

 ちこちこ…??」

 

「んとね、なまえが奈津子だから「なっつん」!

 チッコチコっていうのはぁ…」

 

「知子。

 奈津子が困ってるからそれ以上はやめとけ」

 

「うえぇぇぇ!?

 なっつんなら分かるよね!?

 ほら、チッコチコにしてやんよー!」

 

「こら知子!!

 奈津子の髪を引っ張るな!」

 

ツインテにしようと両サイドから髪を引っ張る知子を、強乃が声を荒らげて止めにかかるも、奈津子ちゃんは嫌な顔ひとつせず笑っていた。

 

「うふふ…。

 本当に、賑やかな家族なんだね」

 

「こんなの日常茶飯事だよ!

 …だから髪を引っ張るな!」

 

「知子!

 髪を引っ張ってはいけませんわ!

 ツインテールにするのであれば、もう少し優しく髪を整えてからですわ!」

 

「だからそういう事じゃねーんだよッ!!!!」

 

「あっはっはっはっはっ!」

 

思わずドタバタな状況に俺が大笑いしていると、奈津子ちゃんもクスクスと笑ってくれた。

 

「…どう?

 うちの子たちは。

 毎日こんなもんなんだよ?」

 

「そう…なんですね。

 私のとこは私一人なので……兄妹って、ちょっと羨ましいです」

 

「なにもいい事ねぇぞ奈津子!

 毎日こんなんじゃ、体力に自信のある俺でもキツいんだよ!

 …ほら暴れるな知子!」

 

「やー、やー!((`ω´。)(。`ω´))

 なっつんもチッコチコにするのー!」


「だーかーら黙ってカレー食え!

 奈津子に迷惑かけてんじゃねぇッ!!」

 

「知子!

 一人前のレディたるもの、食事を目の前に暴れるのははしたないですわよ!」

 

奈津子ちゃんは三人のやり取りを見てうっとりしていた。

 

「冷めないうちにカレー食べて奈津子ちゃん。

 知子は璃杏と強乃が抑えてるから今のうちに」

 

「あ、はい…。

 いただきます」

 

行儀良く手を合わせ、奈津子ちゃんはスプーンでひと掬いしてカレーを頬張った。

 

「……っ!

 美味しいです…!」

 

「よかった。

 うちはいつも俺のブレンドで作るから、口に合うかどうかちょっと心配だったよ」

 

「強乃君のお父さんが作ってるんですか!?

 失礼ですがお仕事は…」

 

奈津子ちゃんが恐る恐る聞くと、ぬっと黒い影が俺の後ろから出てきた。 

 

「うちは基本的に共働き。

 母さんは今日だけ夜勤で遅くなる」

 

「…ッ!?

 あ、あなたは…?」

 

「…碧乃夏怜。

 ここの長女で、高校二年よ」 

 

「あ…そうだったんですね!

 あの……挨拶が遅れてすみません!」

 

「…?」

 

どうやら、夏怜の無感情さを挨拶しなかったことを苛立ってると勘違いしてると思ったのだろう。

 

「なにも遠慮せず食べて。

 年上だからって気にせず、聞きたいことは聞いてくれてかまわないわ」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

誤解だと察してくれたのか、奈津子ちゃんは美味しそうにカレーを頬張った。

 

 


 

 

 

 

  

 

 



 

 

「…ご馳走様でした!

 カレー、すごく美味しかったです!」

 

「そっか。

 奈津子ちゃんが良かったらまた食べにおいでよ。

 そん時は……強乃に伝えてね?

 うちはいつでも歓迎だから」

 

「はいっ!

 それでは、今日のところはこれで失礼させていただきます」

 

「ばいばいなっつん!

 今度は一緒にチッコチコにするからね!」

 

「うん!

 また今度遊ぼうね知子ちゃん」

 

「今度いらした時は、じっくり「美」についてお話したいですわね。

 またいつでもいらしてくださいですわ」


「はいっ!

 私も璃杏さんの使ってるお化粧品を教えて欲しいです!」

 

「…もし、勉強で分からないとこがあったら、いつでも聞きに来ていいわよ」

 

「はいっ!

 頼りにします先輩!」

 

「……」

 

最後に強乃だけが無言でよそ見していた。

それを見て、奈津子ちゃんが強乃の顔を覗き込みながら囁いた。

 

「…じゃあね強乃君。

 また明日、学校で会おうね」

 

「…あっ、あぁ。

 奈津子も、帰り道には気をつけて………ッッ!?////」

 

強乃が「帰れよ」と言いかけた直後、奈津子ちゃんの唇は強乃の頬に触れていた。

 

「…ふふっ♪

 おやすみ、強乃君!」

 

イタズラにキスをして楽しげに遠く消えてゆく奈津子ちゃんを、強乃は惚けながら眺めていた。

 

「い……意外と大胆な子ですわね…。

 いくら私でも……あれはハイレベルすぎますわ…」

 

「…実は小悪魔女子なのかしらね」

 

「いーなー!

 知子もちゅーしてほしかったなー(´・ε・`)」

 

やがてキスをされた左頬に手を当てながら強乃が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「今の………「ファーストキス」だったんだけど……」

 

 



 

 

 

 

 

 

  

  


 

『………えっ……』

  

知子以外の全員が声を揃えて驚愕したとさ。 

めでたしめでたし……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 




「…ただいまー。

 ……どうしたのみんな?」

 

すれ違いに帰ってきた祈世樹だけが状況も分からず混乱していた事は……言うまでもないよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「奈津子、お風呂いいわよ」

 

「うん!

 今入るね!」

 

「……?」 

 

どこかいつもと様子が違う奈津子に、母「理恵子(りえこ)」は気がかりになっていた。 

 

「…奈津子」

 

「…?

 どうしたのお母さん?」

 

「………何かいいことでもあったの?」

 

理恵子の言葉を聞いて、奈津子はその場で踊るように一回転をした。

   

「………なーいしょっ!♪」

 

 

 

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