Ext.8 強乃の憂鬱(前)
夏休みが終わって新学期一発目の土曜の昼下がり。
「なぁ父さん」
「んー…どした?」
知子とジェンガで勝負をしていると強乃が声をかけてきた。
「たいした話じゃねぇんだけどよ…」
珍しく強乃が言葉を濁す。
バカ正直でデリカシーもなく言いたい事をはっきり言う強乃が、どこか話を逸らし気に問いかけてくる。
一体何があったと言うのか…。
「俺ってさ………「音痴」なのかな…?」
「………へ?」
それは、あまりに単純でどう返せば良かったのか分からないほどの難題だった。
…この件、前にもやった気がs(以下略)。
「昨日、友達とカラオケ行ってきて……みんな俺が歌うと何故か笑いやがってよ。
理由聞いても「下手じゃない」って言うんだけどよ…」
「んー…。
じゃあ適当に何か歌ってみろよ」
「えぇっ!?
……なんか歌いづれぇなぁ…」
「何を言ってる。
知子、なんか歌ってみ」
「いーよー。
えーっとぉー………かーえーるーのーうーたーがー…♪」
「いや、知子が歌っても意味ないし」
「ふぇ…!?
そっ…そんなぁ………あいたっ…!」
ガクッと知子が頭をたれると、骨組み状態になっていたジェンガに頭をぶつけた。
「………いたい…(´・ω・`)」
「あーあ。
強乃のせいで知子が頭ぶつけちまったぞ」
「なっ…!
今のは知子の単独事故であって、俺は悪くな………ッ!」
何かに気付いた強乃が言葉を詰まらせる。
視線の先で知子が涙目で強乃を見つめていたのだ。
……ジェンガに頭をぶつけただけで。
「しっ……強乃お兄ちゃん……(´;ω;`)」
「ぐっ……。
そんな目で見るな。
……俺が悪かったよ」
何故か悪くもないのに強乃が謝る。
強乃の言う通り、本当は知子の単独事故だったんだがな。
そしてそれを煽ったのは俺。
「じゃあ………ごめんなさいする…?」
不服だ。
強乃は何も悪くないのに…。
「はいはい。
俺が悪かったよ。
知子さんを泣かせてしまって申し訳ありませんでした」
全く持って覇気はないが、知子にはそれで通じたみたいだった。
「ぐすっ…。
じゃあ、もう知子をなかしちゃダメだよ?
よしよし…」
「誠にありがたき幸せです」
気持ちもなく土下座をする強乃の頭を知子はなでる。
強乃はいつもこうして自分が悪くないことでも素直に自ら罪を被ってしまう(何故か璃杏には刃向かう)。
悪いこととは言わないが、もし仕事や学校で濡れ衣を着せられるような事があれば……少し心配である。
「………あっ、歌の話してたんだっけ」
「…あっ!
そうだよ!」
知子の話でだいぶ脱線していた。
あえて言おう……俺のせいだと。
「じゃあさ、今度みんなでカラオケ行くか?
強乃もそれなら歌いやすいだろ」
「カラオケ!?
知子行きたーい!」
「……まぁ、カラオケならいいか…」
「とりあえず二人OKだな」
その後、出かけていた夏怜と璃杏、祈世樹にもアポを取り後日、家族全員でカラオケに行くこととなった。
「お姉さま、もう少しそっちに詰めてくれません?」
「出来ることならこのままがいい。
私は人と密着するのは基本的に苦手だから」
「知子、お父さんのおひざのうえー♪」
「乗ってもいいけどあんまり暴れるなよ。
それと、メロンソーダもこぼすなよ」
祈世樹が休みの日に合わせ、家族全員でカラオケには来たものの……どうも店員の見分けが不足だったのか、俺たちは四人スペースの部屋に六人で缶詰め状態になっていた。
「で、誰から歌いますの?」
璃杏の一言に俺は強乃に目線を向けた。
「し…」
「知子うたうー!」
祈世樹を遮るように先走ったのは知子だった。
「ちょ、知子…」
「祈世樹、歌わせてやれ」
「…ッ!
でも……」
事前に祈世樹にも強乃のことは伝えてある。
だからこそ気を遣って言おうとしたのだろうが…。
「みんな、今日は各自好きに歌え。
順番とか無しで入れたもん勝ちで歌っていけ」
「では、知子の次に私が歌いますわ」
下手に一発目から無理に歌わせるのも可哀想だしな。
緊張感を煽ってもせっかくのカラオケも台無しだ←被験者。
「……」
「……」
夏怜はともかく、なぜか強乃までもが黙り込んでいた。
『知子うたうのー!(*`・ω・´)』
知子のかけ声とともに曲が始まった。
『いちずっ、あいされっ、てみたいーの♪』
「……これって…」
聞き覚えのある知子の歌は昔、祈世樹が歌ってくれた歌だった。
『これね、まえにおかーさんのしーでぃーできいたの。
それでね、すきになったの!』
「知子、分かったからとりあえず歌いなさい」
『あっ、はーい!
えーっと……ふっまじーめーにっ…「ばくれつじったい」!
いっせーそーしゃっ…「はいぱーさんだー」!』
ある意味、祈世樹よりもカタコトな歌い方ではあったが……まぁ下手ではない。
そしてあっという間に知子の番は終わった。
「ふみゅぅ……つかれちゃった…」
「おつかれさん。
なかなか可愛かったぞ」
「ほんとっ!?」
「おー。
この曲な、昔母さんも歌ってたんだぞ」
「ほぇっ!?
そーなの!?」
「うぇっ…!?
…ちょ……燈ぃ…!///」
見事に地雷を踏んだらしく、全員が興味を持ってしまった。
「知子、お母さんの声でききたーい!」
「それなら私も興味ありますわ。
お母さまの美声は聞いたことがありませんでしたしね」
「たしかに。
母さんって鼻歌とかは歌うけど、ちゃんとしたのは聞いたことないな…」
「ちょ…ちょっとみんな…!///
……夏怜は思わないよねっ!?
ねっ!?」
苦し紛れに夏怜に救済を求めるも、夏怜は無言で母さんを見つめ………親指を立てた。
「…GOOD LUCK」
「えぇッ!?
…ほっ……ほんとに無理よぉ…!////」
顔を真っ赤にして祈世樹は慌てるも、満場一致で賛成意見のみだった。
だがその時、画面から次の歌のイントロが流れてきた。
「あら、残念ですわね。
次は私が歌いますわ」
そう言って璃杏がマイクを手に取ると、祈世樹はホッと胸をなで下ろした。
『よかった…。
四十六にもなって、あんなの歌うなんて恥ずかしいに決まってるじゃない…』
なんて思ってたに違いないだろうな。
そう思っていた矢先、璃杏の歌声が響いた。
『ただ一人に 愛されてたしてた頃は こんな決別が……来るなんて分からなかったよ…』
「おっ、これまた懐いな」
「…?
知子しらなーい」
無理もない。
むしろあの歌を知ってる知子もすごいんだがな。
「これはな、お父さんたちが中学校・高校のときに流行った歌なんだよ。
…綺麗な歌だろ?」
「うん。
知子、そーゆーのよく分かんないけど、璃杏お姉ちゃんの声すき!」
たしかに、璃杏は上手だ。
この歌はBGMが目立たない分、歌い手の歌唱力が試される。
璃杏はそれに見合った歌唱力で歌えている。
「多少、璃杏のアレンジは入ってるが…これはこれで上手い。
美しいものを好むだけあるな」
序盤からこんな泣き歌歌うのもどうかだけどな。
「……はぁ…」
感情移入しながら歌っていたのか、璃杏は涙目で歌い終えた。
するとパチパチと小さく拍手が響いた。
「……お姉さま…?」
拍手をしていたのは、璃杏の言う通り夏怜だった。
「すごく綺麗だった。
初めて聞いたけど……少しだけ歌い手の胸の内の苦しみが伝わってくる歌だった」
夏怜の饒舌な感想に璃杏は少し気圧されつつも、目に浮かぶ涙をふき取る。
「ぐすっ…。
夏怜お姉さまにそこまで言ってもらえるとは……光栄ですわね」
胸にそっと手を当て、璃杏は聖母のように微笑む。
「それで……次は誰が歌いますの?」
璃杏の一言に誰もが再び沈黙を守る。
それを打ち破ったのは夏怜だった。
「……父さんと母さんのデュエットが聞きたい」
「えっ…!?」
「ふぁ…!?」
祈世樹と声を合わせたわけではなかったが、さすがにこれは予想してなかった。
「か……夏怜…。
今日はお前たちが主役なんだから……お父さんたちが出る幕はな…」
「それなら私も興味ありますわ!
デュエットはテレビで聞きますが………うちにはデュエット出来る相手がおりませんから…」
「おい璃杏。
そのセリフは強乃を見てから言え。
…何故、強乃から目を背ける」
「だってぇ……。
何が悲しくて身内と…それも血を分けてしまった弟とも兄とも言い難い相手とデュエットなんてしないといけませんの?
そんなの、海辺育ちで毎日鮭フレークを食えと言われてるのと同等ですわ」
「ほぅ…。
つまり、お前から見た俺の価値観は鮭フレークと一緒ってか。
とりあえず全国の鮭フレーク製造業者に謝らせてやろうか?」
「あぁら、それは失敬でしたね。
貴方ごとき、鮭フレークですら贅沢でしたわね」
「ッ……」
璃杏の余計な煽りに一瞬ブチギレかけた強乃だったが、場の空気を読んでかそれ以上は追求しなかった。
「お前らって仲良いのか悪いのかほんと分からんな…。
はぁ……やればいいんだろ」
「ちょっと燈…!」
祈世樹は慌てるも、俺はどこかノリ気になっていた。
「まぁ歌うのはほんとに久しぶりだけど、なんかワクワクしてこないか?
それに、デュエットソングもないわけじゃないしな」
そう言いつつ俺は曲名を打ち込む。
祈世樹なら見ればすぐ分かる。
「…ッ!
これって…」
「思い出したか?
…懐かしいなこのBGM」
懐かしさと驚きに目を見開きつつも、母さんはマイクを手に取る。
「これは…さっき私が歌ったのと同じアニメの……」
「よくわかったな。
その通りだよ璃杏」
母さんと一瞬だけ目線を合わせ、俺から歌い出した。
『世界を変えろ お前の拳一つで
瞬きすればどこかの 星で強敵が目覚める』
『私が守る この想い デタラメ
叶わない事ばかり『殴り続けろ世界は遠い』』
俺と祈世樹の歌声に知子は手拍子をし、璃杏は口に手を当て、夏怜と強乃は黙って画面を見ていた。
『『本気目の拳差し向ける為
俺は 戦うよ』』
そうこうしてるうちに歌は終わった。
「あー…。
久しぶりに歌ったから少しリズムとかタイミング忘れてるなぁ。
まぁでも、けっこう気持ちよかったな。
……知子はどうだった?」
「うん!
すっごくかっこよかった!
デュエットいーなー…!(( 'ω' 三 'ω' ))」
「だろ?
…璃杏はどうだった?」
「…すごく感動いたしましたわ!
お母さまの高音と言い、お父さまの低音がちょうど良い感じにユニゾンしあって……少しだけ…嫉妬しました…」
「あはは。
そりゃどうも」
二人が感動する中、夏怜と強乃は何も答えなかった。
「二人も歌いなよ。
別に下手でもかまわねぇんだから。
お父さんたちも歌ったぞ?」
「………分かったよ。
じゃあ…歌うよ」
ようやく強乃がマイクを取った。
強乃のイメージ的にそんな下手とは思えないが…。
『YA! HO! 何かが刺激する
ハミ出し疑惑の仔猫チャン』
「おぉ、これまたなついJ-POPだな」
「そうね。
私たちが小学校・中学校のときに流行ったのよね」
それにこの曲はアップダウンが激しく、歌手の音域も高いためけっこう難しい曲だ。
そう考えてみると…。
『下手ではなくね?』
強乃の声はしっかりリズムと音域を捉え、かつ裏声にならない程度の高音で歌えている。
それもあってか、膝に乗っている知子も楽しそうに手拍子でリズムをとっていた。
「………ふぅ…」
強乃が歌い終えると、一斉に拍手が響いた。
「すげーじゃん強乃!
父さんはこの曲歌えねぇぞ」
「私も昔聞いたことあったけど、全然上手だったよ!」
「お兄ちゃんじょーずだった!」
「まぁ……下手ではありませんでしたわね。
そういう意味では、先程の言い方は撤回させていただきますわ」
「…高評価に値するわね」
全員から褒められ、強乃はどこか照れくさそうに頭をかいていた。
「………ありがと」
その後、強乃に続いて知子たちも歌い、あっという間に四時間が過ぎた。
「ありがとうございましたー!」
受付のお姉さんに見送られ、俺たちは疲労困憊でカラオケ屋から出た。
「つっ……疲れた…。
この歳で四時間は堪えるな…」
「そうね…。
私なんて二時間過ぎた辺りからキツくなってたよ…」
それに比べて目の前の若者たちは凄まじいタフさだった。
「いやぁー……疲れましたわ。
あんなに声出したの久しぶりでしたけど……楽しかったですわね」
「俺もサッカーで体力には自信あったけど、それ以上に疲れた気がする…。
まぁ気分的にはスッキリしたかな」
「知子はたのしかったー!♪」
「…疲れた」
「いや、夏怜姉ぇは最後のシメしか歌ってないじゃん」
それぞれ思い思いに満足をしつつ車に乗り込む。
遅れて俺と祈世樹も乗り込む。
「みんな忘れ物ないな?
後からあれ忘れた、置いてきちゃったって言っても取りに来れねぇからな」
「…父さん」
「なんだ夏怜。
トイレなら今のうちに…」
「思い出を忘れてきた」
『………』
一斉に全員が口を閉ざす。
さっきまでの空気が嘘のように消えた瞬間だった。
「夏怜……。
……思い出は………残していきなさい…」
「……分かった」
……なんだこの空気( ˇωˇ )。
お父っちゃん発狂するぞ?
「ちっ……知子おなか空いちゃった!
お外でごはんたべたいな!」
「そ、そうか。
……えっ、 外!?」
空気を変えようとしてか、知子が提案したのはまさかの外食だった。
「でも……家に帰ればすぐご飯炊けるし……おかずだって冷食チンすればすぐ出来るよ」
「ふおぉ…。
はんばーぐある?」
「あー…。
ハンバーグは切らしてるんだよなぁ…」
「じゃあじゃあ、知子ファミレス行きたい!
はんばーぐらんちたべたいの!」
「知子、今はもうランチの時間ではありませんでしてよ」
「そーなのっ!?
…てゆーか、らんちってどゆいみ!?((´・ω・ 三 ´・ω・))」
「あー、知子がこう言ってるが………外野諸君はファミレスでいいか?」
「そうですわねぇ…。
私は優雅に、フランス料理のレストランなら行きたいですわね」
「俺は焼き肉食いてぇな。
だいぶ腹減ったからがっつり食いてぇし」
「……寿司が食べたい」
「…困ったなぁ」
みんなの意見は尊重してやりたいが、そんなバラバラでは決めようがない…。
「んー………。
…………あっ…」
はい、ひらめきました。
「そうだよ、あそこがあるじゃん!」
一同は何のことか理解出来てないが、あそこならみんなのわがままが叶えられる。
「うーしっ。
じゃあ飯行くぞ!」
「ちょ……お待ちくださいお父さま!
結局どこにいたしましたの?」
「ふふん…。
みんなのわがままをいっぺんに叶えられるとこだ」
「…?」
璃杏は理解出来んとしているが嘘はついていない。
そして俺は車を走らせた。
「それでは皆さん、制限時間は二時間です。
各自、食い残しだけはしないように気をつけてください。
では……いただきます!」
『いただきます!』
一斉に俺と祈世樹以外の全員が貪りつく。
夏怜の皿には数種類の寿司、サラダ、コンソメスープ。
璃杏の皿はカルボナーラ、サラダ、紅茶……紅茶ッ!?
『ご、ごほん……』
知子の皿は和風おろしハンバーグ、白ご飯、人参の入ってないサラダ、玉子スープ。
強乃は焼肉用のカルビ、ロース、牛タン、白ご飯、味噌汁。
お気付きでしょうか……俺たちは今、食べ放題のバイキングに来ています。
ここなら全員の食いたいものが揃う上、強乃のような大食いにはうってつけだからな。
たまには外食も良き。
「はい、今日はお疲れさま」
「ん?
……今日は運転あるから飲めんぞ」
目の前に座っていた祈世樹が瓶ビールを注いでくれたが、さすがに飲酒運転だけは出来ない。
「いいよ。
帰りは私が運転するから」
「……」
そう言われちゃ断るわけにもいかないよな。
「じゃあ…一杯だけ」
モコモコと泡立つビールを受け取り、俺は一気に飲み干した。
「……はぁ…。
そういやビールなんて久しぶりに飲むなぁ」
「いつも家で頑張ってくれてるんだから、これぐらいさせてよ」
「…ありがとな」
頬杖をついて祈世樹は嬉しそうに笑う。
「むー!
知子もお父さんにおさけつぐのー!」
「えっ!?
い、いいよ…。
気持ちだけでいいから……な?」
そう言うも、どうやら知子は祈世樹の行為に嫉妬してしまったようだった。
「ちーこーもー…!((`ω´。)=(。`ω´))」
「わ…分かったから…。
一杯だけだぞ…?」
「うんっ!」
とはいえそこは小学生。
ビールの注ぎ方を知らない知子は、ジュース感覚でグラスの九割ぐらいまで注いでしまった。
「ち、知子!
それは入れすぎだ!
ほら、泡吸え!」
「わわっ!?
はむっ………んー……にがい(´・ω・`)」
とりあえずビールがこぼれることは避けられた。
…知子の犠牲のおかげで。
「うぇぇ…びーるにがいぃぃ…」
「もう少し少なくてよかったんだよ。
まぁでも知子のいれてくれたビールだから、ありがたく飲むよ」
「うん…。
にがい…」
祈世樹からカル○スをもらって口直しをしつつ、俺が飲むとこを知子はじっと見つめていた。
「……うんっ、うまいっ!
母さんの注いでくれたのも美味いが、愛する娘から注いでもらったビールもまた良いものだな!」
「ほんとっ?
……あっはっはっ!
お父さん、かおまっかっかー♪」
どうやらアルコール回りが早かったようだった。
知子には真っ赤になった俺の顔がツボだったらしい。
「ち、知子!
お父さまの顔を見て笑うなんて……し…失礼……ですわよwww」
「璃杏。
お前も十分失礼だからな」
何やら俺が顔を真っ赤にしてるだけで大盛り上がりなんですが。
その時、俺の横からそっとグラスが差し出された。
「…はい」
「………えっ…」
いつの間に注いだのか、三杯目のビールを差し出してきたのは、隣にいた夏怜だった。
「おま……これ…」
「……飲んで」
娘が注いでくれたビールならもちろん飲んでやりたいが……これではビールで腹いっぱいになってしまう。
「あ……あの……夏怜…さん…?
これは………嫌がらせか何かですか…?」
「違うわ。
父さんに私の注いだビールを飲んでほしいだけよ」
「ぐぬぅ……」
正直、ビールは美味いのですが……あまり飲みすぎても…。
「飲んで」
「……分かったよ…。
飲むよ…」
気持ち半ばにビールを手にし一気に飲み干す。
『おぉ〜!』
祈世樹たちが俺の一気飲みで歓声を上げるも、俺は限界が近づいていた。
「げふっ…」
小さくゲップをすると夏怜が感想を聞いてきた。
「…美味しかった?」
「あっ…あぁ。
美味かったぞ?」
もちろん強がりである。
「そう…」
そう言って夏怜は持ってきていたウィンナーをかじった。
「美味しそうだな。
父さんにもちょうだいよ」
「……はい」
悪意あってのことか、夏怜はわざと(?)かじった側のウィンナーを向けてきた。
「あーん…」
「待て。
何故かじった方を向ける。
そこは普通逆を向けるだろ」
「あら〜。
私としたことが〜、間違ってしまいました〜」
「愛娘にからかわれてるんですねよく分かります」
「…父さん酒臭いわ」
「唐突な拒絶反応ッ!?」
「お父さん!
知子のはんばーぐもあげる!」
「おっ、ありがとうな」
知子に役を取られたからか、夏怜は俺から目線を外し少し寂しげにウィンナーをかじった。
「おいしー?」
「うん!
知子も腹いっぱい食べとけよ?」
「うん!
知子、おかわりしてくる!」
おかわりを取りに知子が向かったところで夏怜に目を向けると、黙々と寿司を食べていた。
「夏怜、一個もらうぞ」
「えっ…あっ…」
夏怜の皿からマグロの握りを一貫もらい口に放り込む。
「…美味い!
こりゃビールに合うな!」
「……そう…」
虚ろげに呟くも、夏怜の表情はどこか嬉しそうにも見えた。
「レシートのお返しです。
ありがとうございました!」
「ごちそーさまでしたー!」
会計のお姉さんに知子が挨拶すると、向こうも笑顔で手を振ってくれた。
「お母さん。
知子、おトイレいきたいぃぃ」
「じゃあ一緒に行きましょ」
「私も行く」
「仕方ありませんわね。
私もご一緒させていただきますわ」
「…ごめん、先に強乃と車行ってて」
「あいよ」
強乃と共に車に向かい、祈世樹たちがトイレから戻るまでの間、エンジンをかけて待つことにした。
待ってる間、俺は電子タバコを外でふかしていた。
「…今日はどうだった?」
「ん?
……あぁ、飯は美味かったぞ」
「そっちじゃねぇよ。
カラオケの方だ」
「えっ…。
あぁ………まぁ…父さんと母さんのデュエットはちょっと羨ましかった」
おもむろに深くタバコを吸い、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「…強乃。
他人の実力を素直に評価してくれるのは嬉しいが、もう少し自分のことも褒めてやった方がいいぞ」
「…ッ!」
「気付かなかったか?
お前、他人を棚に上げて自分を過小評価し過ぎなんだよ。
謙虚は日本人の美徳だが、もう少し自分に自信を持っていいんだぞ。
お前は俺と母さんの息子なんだから」
再び紫煙を燻らすと、強乃が口を開いた。
「……母さんはともかく、父さんの子だってのは少し不安かな」
それは俺への嫌味ではなく、信頼してるが故の一言だと思い込んだのは親バカだからか。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うむ。
遅くなるならちゃんと連絡入れとけよ」
「分かってるって。
行ってきます!」
後日、強乃に再びカラオケの誘いが来た。
学校終わりの放課後に行ってくるらしい。
『心配ないとは思うが…』
何故、強乃が笑われたのかは分からないが…まぁ今日その理由が分かるだろうに。
「やべっ、鍋に火かけてそのままだ!」
強乃の心配もそっちのけで、俺は急ぎコンロの火を止めに走った。
放課後のこと。
「碧乃、カラオケ行くぞ!」
「分かってるって。
そんなでけぇ声出すな」
「カラオケ?
あぁ、そういやそんな約束もしてたな」
「おい明野。
三人で放課後にカラオケ行くって昨日約束しただろ」
放課後、チャラ男の悪友「菅田 伊織」とアホの「明野 利央」でカラオケに向かおうとしていた。
「何ィ?
菅田たちもカラオケ行くのー?」
突然声をかけてきたのは、クラス一のギャル女子の「安田 美沙子」であった。
その隣に地味系女子の「生野 翔子」もいた。
「おー、明野と碧乃の三人でこれから行くとこだよ」
「マジぃ?
ウチらもカラオケ行くとこだったんだよねー。
なんなら六人で行こうよー」
ん?
六人……?
「おー、いいぜー。
二人もいいよな?」
「あー、人数は多い方が楽しいからなー。
いーんじゃねー?」
「俺も意義はな………ッ!?///」
ないと言いかけた瞬間、俺の目にある人物が目に入った。
それはクラス内トップの模範生である「山下 奈津子」だった。
「い……いいんと…思います…(?)///」
恥ずかしながら、俺は山下奈津子に片想いを寄せている。
絹糸のような綺麗な黒髪、澄んだ瞳に童顔ながらもどこか大人びた雰囲気。
身長158センチと小柄、授業態度も成績も生活態度も完璧というマンガに出てきそうな人材である。
中学二年の時にクラス合併で初めて顔を合わせたのが初恋のきっかけ……つまり、一目惚れである。
俺の賛成意見に気付いてなかったのか、山下さんはどこかおどおどした様子で俺に聞いてきた。
「あ……あの、碧乃くん…。
もし、迷惑じゃなかったら…一緒に……い…行かない…?///
私も…みんなで行った方が……きっと楽しいと思う…な…?」
なんでこんなクソギャルたちと仲が良いのか本当に疑ってしまう。
山下さんはいつもこのクソギャル共とつるんでいる。
以前、なんでつるむのか聞いてみたところ「見た目はギャルっぽいけど、中身は優しい人たちなんだよ」と言っていたが、正直脅されてるんじゃないのかと疑っている。
「ま…まぁ俺もいいと思うぞ?
確か、三人以上で行くと五パーセントの学割がつくとか…」
「ほんとッ!?
じゃあ一緒に行こっ!
ねっ、ねっ!?」
「あ……あぁ…分かったよ」
俺の返事に山下さんは飛び回るうさぎのように喜んでくれた。
「じゃあほら、早く行こっ!」
「えっ…あっ、山下さん…!?///」
せわしなく山下さんは俺の手を引き、そのまま生徒玄関へと走っていった。
「…行っちまったよ」
「あれじゃガチで逢引確定じゃね?
以外にナッツーも積極的だねぇwww」
「これじゃ、私たちの出る幕はなさそうかもね」
ようやく生野が口を開いた。
「んじゃ、俺たちだけでカラオケ行くか?」
「なぁ〜に言ってんの。
アンタらだけと行ったら、絶対セクハラしてくるじゃん。
そりゃウチだって気遣って二人っきりにさせてあげたいけど、きっとナッツー怒るだろうしなぁ」
「まぁそうなっちゃうよね。
じゃあ俺たちも二人に追いつくぞ」
「そだな」
明野の一言をきっかけに俺たちは教室を出た。
「…そういや気になってたんだけど……山下って碧乃のこと好きなの?」
「は?
ウチに聞かれても知らないし。
…まぁでもウチらと話すときナッツーってば、碧乃の話になるとなんか逸らしにかかるんよねぇ…」
「たしかに……奈津子は碧乃氏の話だと顔真っ赤にしてるな」
あ、また喋った。
「碧乃のどこがいいんだろうねぇ…」
「んー…。
ウチは碧乃のこと別に好きじゃないから良くわかんないけど…。
……碧乃ってなんか面倒見良さそうだもんね」
「あっ、それは分かるかも。
碧乃氏って姉妹いるんだよね。
なんかそれもあってか、あまり女の子に興味がないとか言ってた気がする」
「何それww
まさかのホモ疑惑じゃん!?ww」
「おい美沙子、それはあんまりだぜwww」
俺と美沙子で碧乃のことで盛り上がっていると、途端に明野が補足的に挟んできた。
「でも、碧乃って少し俺たちとは雰囲気違うとこあるよな。
なんつーか、一歩後ろから俺たちの会話を眺めて楽しんでるというか…」
『………』
明野の発言に全員が口を閉ざした。
それからというもの、カラオケに着くまで誰も碧乃の事をディスる奴はいなかった。




