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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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46/68

Ext.6 璃杏の課題

それは夏休み直前の事だった。

 

「お父さま…」

 

「ん?

 どした?」

 

洗濯を終えてギャルゲーに没頭していると、背後から璃杏が声をかけてきた。

 

「大事なお話がありますの…」

 

「何だよ。

 急に改まって」

 

俺の後ろで璃杏は手を組みながら何やら神妙な面持ちで立っていた。

 

『もっ、もしや……夏怜のように告られたとか、彼氏が出来たとか…!?』

 

だが、俺の妄想は一瞬で打ち砕かれた。 

 

「……勉強………教えてくださいですのーーーー!!!!(泣)」


「…………へ?」

 

それは、セミがうるさく鳴く土曜の昼のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さんも学生時代はひどかったが、そう来たか……」

 

璃杏が見せてきたテストの点数は、全体的には中の上だった。

 

「なんで数学だけ赤点なんだよ…」

 

現国、現社、英語、理科はこれといって問題視する点は見当たらなかった。

強いて言うても現社の四十九点が危うい匂いがするぐらいか。 

 

「現国は言葉の意味の意味を知ることが面白いから好きですわね。

 英語は一人前のレディになる為に必要な知識(?)を学ばなければなりませんからね。

 理科は……まぁ、天文学に興味がありますわね」

 

「なるほど…」


つまり、璃杏の成績の良さは「好奇心」や「興味本位」から来るものゆえ、それぞれの点数に差が分かりやすく出ている。

ちなみに一番成績が良い英語は六十八点と他の教科よりやや抜けている。

 

「で、数学だけは赤点と」

 

唯一、赤点の数学は二十六点と絶望的。

まるで昔の自分のようだ!(白目) 

 

「うぅ…。

 どうしてもあの数字の羅列を読解するのが苦手でして……現国なら、作者の気持ちを理解することに答えがあるという「美学」がありますのに…」

 

美学かどうかはともかく、それは間違いなく俺寄りの頭脳であろう。

俺もどちらかというと公式による読解は苦手だ。

理由は分からないが、 俺も単語を覚える方がスムーズだ。

 てか、自分の判断基準を美学ごときでまとめんなこら。

  

「このままでは夏休みも学校に行かないといけませんのですわ。

 「次のテストで一教科でも赤点をとったやつは夏休みも補習に出てもらう」なんて……あのハゲ教師、生まれる時代を間違えていたら死刑ですわ!」

 

そういうあなたはお嬢さまを気取った「庶民」だと思いますはい。

 

「まぁ夏休みを潰されるのはたまったもんじゃないな。

…ていうか、友達に聞いたらどうなんよ。

いないわけじゃあるまいし、勉強会とかやったらどうよ」


「そうなんですけどもぉ………「あんなの大したこと無かったですわ」なんて言ってしまって……今更聞くに聞けないのですわ…」


「お前なぁ……」


そう。

これが璃杏の悪いクセでもある。

出来ない、出来てないことをまれにひた隠す傾向があったりする。

結果いつもこうして後悔を甘んじてちゃんちゃん。


「だからといって母さんに教えてもらうのもあれだしな…。

 ………そうだよ!

 夏怜に教えてもらえばいいじゃないか!」

 

「…私もそう思いましたが、お姉さまでは言語を理解できるかどうか…。

 私が理解するよりも先に結論に至ってしまいそうで…」 

 

「あぁー…」 

 

確かに、夏怜なら璃杏が理解するよりも機械的にペラペラ喋って終わりそうな気がする。 

 

「ぬぅ…。

 ……仕方ない、俺も一緒に勉強してやる!」


「おっ、お父さままで!?」

 

「まぁ俺も数学苦手だから教えられないし。

 親としては、子供に勉強を教えてやれないのは意外と複雑なんだぞ?」

 

「お父さま……」


正直、強乃に聞くという手もあったが、それは間違いなく璃杏が拒絶する上、強乃もそういった勉強を教えるといった事が大の苦手である。 

  

「ほら、どの辺がテスト範囲なんだ?

 因数分解か?

 連立方程式か?」 

 

「……両方ですわ…」

 

「マジかよ…。

 こんな時、ドラ○もんの○記パンがあればいいのにな」

 

などと言う俺のジョークにクスクスと笑いつつ、璃杏は教科書を持ってきた。

 

「…こうして見ると懐かしいな。

 全然先生の話が聞こえなかったのよく覚えてるわ」

 

「分かります!

 教師の声なんて、まるで家畜を呼ぶ犬笛のよう……あぅっ!」

 

「先生を滑稽な扱い方するんじゃありません。

 それに、人間に犬笛の音は聞こえません」

 

「うぅー…。

 分かりました…ですわ…」

 

そう言いつつ璃杏はしぶしぶ教科書を開く。

 

「ちなみに璃杏は因数分解の何が分からんのだ?」

 

「………乙女の秘密…ですわ」

 

「よし、父さん夕食の買い物行ってくるから勉強頑張れよ!」

 

「そ、そんなぁ…!

 撤回しますからどうかお慈悲を…!」

 

「はぁ…。

 分かったよ」

 

腰を下ろし、璃杏の教科書を借りて因数分解の解き方を調べる。

 

『おぉ…。

 そういえばそうだったな…』

 

大人になると因数分解なんてほとんど使うことがない故に、こうして解き方を見ていると新鮮な気持ちに感じる。 


「……なるほど…。

 そういうことね」

 

「……分かったんですの…?」

 

「あぁ。

 つまり、方程式は「数字と「x」を別々に足すか、ひくだけ」でいいんだよ!」

 

「えっと………つまり、この「x」についてる小さな「2」は、数字と合わせればいいのかしら…?」

 

「それは「x」の数を示唆するもの。

 いわゆる「残機」ってやつかな」

 

「なるほど…!

 お父さまの教え方ならよく分かりますですわ!

 それに比べて……あのバーコードハゲの教え方なんて、型にハマりすぎて全然理解出来ませんわ。

 全く、どんな勉強の仕方をしてきたのかしら…」

 

どの点数下げてそんなボヤキしてるんだ金髪校則違反系アゲハ嬢。

 

「まぁ教え方は人それぞれだからな。

 先生たちの教え方は万人に分かりやすく教えられるように研究された教え方だからね。

 人によって教え方がまばらなのは仕方ないよ」

 

「うぅー…。

 そもそも、なんでこういった「因数分解」や「方程式」といった将来役に立つかどうかも分からないものを無理やり学ばなければなりませんの?」

 

「んー……確かにな…」

 

璃杏の言いたいことはよく分かる。

俺も学生時代は同じことを考えたことがある。

そしてその答えは自分で見つけた。

 

「ッ!?

 …何なんですの…?」

 

唐突に俺は璃杏の頭をなでた。

 

「いいか璃杏。

 勉強において「役に立たない」ってことはないんだよ。

 そりゃ俺だって因数分解も忘れてたし、方程式なんて解き方すら忘れてたさ」

 

「では、どうして…」

 

璃杏。

答えは俺たちの考え方にあるさ。

 

「「読解能力」をつけるためだよ。

 世の中には単純計算だけじゃ解ききれない問題なんて腐る数ある。

 それにこういった考え方は数学に限らず、ほかの分野にも役立つからな」

 

「他の…?

 どういったことにですの…?」

 

璃杏はいつの間にか体育座りで俺の話を聞いていた。

学校でのクセだろう。

 

「たとえばさ、事務仕事とかでも書類の管理とかで何気に使ったりすることもあるんだよ。

 絶対とは言えないが、そこから似たような考え方をしたりすることもあるだろうからね。

 マネジメントの仕事とかは特にな」

 

「なるほど……」

 

こういった解釈で説明した方が璃杏にはよく伝わる。

 

「分かりましたわ。

 少々面倒ではありますが、お父さまのお話を聞いたからにはやるしかありませんわね」

 

腰まで伸びた金髪をぎゅっと縛ってポニテにした璃杏は喝を入れた。

 

「やりますわお父さま!

 私、絶対テストで赤点を逃れてみせますわ!」

 

「そうだな。

 俺も一緒に頑張るから。

 …きっと璃杏なら大丈夫だよ」

 

「…はいッ!」

 

腹の底から吐き出したような返事で璃杏は応える。

その返事に臆面の色は見え無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二時間後。

 

「ふーっ…。

 だいぶ進んだな。

 …そろそろ休憩入れるか………おっ?」

 

璃杏に視線を向けると、普段は使わない赤淵伊達メガネをかけて今までに見たことがないくらいに真剣な眼差しで集中していた。

その様子に、何だか親として嬉しささえ感じた。

 

『……後で紅茶でも買ってきてやるか』

 

そう心に決め、俺は再び勉強に戻った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「……出来ました…ですわ」

 

ようやく聞こえた璃杏の声は、全てをやり遂げた戦士の安堵の声にも似ていた。

 

「お疲れさま。

 こんだけやればテストは大丈夫だろ」

 

璃杏の教科書は既にテスト範囲の終わりまで開かれ、その全ての問題が解かれていた。

試しに答え合わせをしてみても、人が変わったように問題のほとんどが正解だった。

  

「んーっ…。

 何だか頭がぼーっとして何も考えられませんわ…」

 

「そりゃそうだろ。

 かれこれ二時間半はぶっ続けだったからな。

 …ほら、もう五時だぞ」

 

「まぁ…!

 もうそんなに経ってたのですね。

 全くもって気がつきませんでしたわ」

 

外もだんだん暗くなり始め、遠くからひぐらしの鳴き声も聞こえてきていた。

 

「今日はとりあえずここまでだな。

 夕食の買い出しに行かないと」

 

「でしたら私もお付き合いしますわ。

 頭を使いすぎて、今にも弾け飛んでしまいそうですわ。

 こう……ツボを押されてパーーンッと…」

 

「リアルにありそうだからやめい。

 あと一緒に行くなら着替えておいで。

 それと……あんまり派手な格好はやめてくれよ」

 

「あら、私の私服は至って普通でしてよ?」

 

「あれのどこが普通だよッ!!?

 普通に買い物に行くだけなのに「白ロリ」で行く奴がどこにいるんだよ!」

 

「……私は普通だと思うんですけどねぇ…」

 

そう。

璃杏は白を基調としたフリル多めのコーデ「白ロリィタファッション」で歩くのが最近の流行りらしい。

正直、周りからは何かのコスプレか何かを無理やり着せて歩かせてるんじゃないかと思われている気がしてだいぶ困っている。 

 

「東京ならともかく、こんな田舎で歩かれても恥ずかしいんだが…」

 

「そうですの?

 私は全然平気ですわよ」

 

どんだけ自分が目立ってて、かつどれほどイタい目で見られるのか何故この子は分からぬのだ。

…あれか?

これは才能というやつなのか?

 

「とにかく、スーパーに行く時ぐらいは白ロリ禁止!

 スウェットでも何でもいいから地味なやつを着ていけ」

 

「そ…そんなぁ…!」

 

璃杏は可愛いものや美しいものを好む反面、スウェットのような地味なものを極端に嫌う。

それゆえ、いつもみんなで出かける時は冷暗・単色を好む夏怜といつももめている。

 

「嫌なら大人しく家で待ってろ。

 正直あんまり怒りたくなかったが、その鈍感さにちょっとイラついてる部分はあるんだからな」

 

「うぅー…。

 ……分かりました…。

 着ればいいんですよね…」

 

「当たり前じゃい。

 ちょっと小さいかもしれんが、夏怜のスウェットを着ていけ」

 

「うえぇぇぇッ!?

お姉さまのをですの!?

 ……はぁ…仕方ありませわね…」

 

そう言って璃杏はしぶしぶ部屋に着替えに行った。

酷なことではあるかもしれんが、白ロリよりは全然マシだ。

 

「さて…今日は何にしようかな。

 たしか卵が安いはずだから……親子丼かな」

 

晩ご飯のメニューを考えていると、あっという間に璃杏は戻ってきた。

いつもならここから化粧する時間も入れて二、三十分は戻ってこない。

  

「似合ってるじゃん。

 少しキツいかもしれんが、今はそれで我慢しろ」

 

「そうですわね…。

 たしかにお姉さまが私より一回り小さいとはいえ、こんなに機能性がないのは…。

 着やすさは認めますが、美しさは微塵もありませんわね。

 何よりも………胸が窮屈で最悪ですわ」

 

そう言われよくよく見ると……確かに璃杏のワガママパイオ………豊満な胸は、窮屈そうにその形を浮かばせていた。

 

『夏怜が見たら泣くかな…』

 

夏怜の身長は約155センチ。

対する璃杏は約160センチ。

……きっと身長が違うからだと信じてはあげたいが…。 

 

「ほら、とっとと行きますわよ!

 んもぅ…胸が窮屈で心地悪いですわ!」

 

この子、ほんとに中学三年だよな…?

 

「璃杏…。

 バストサイズは……最後に図ってどんくらいだった…?」

 

「えっと……一ヶ月前の健康診断のときで………「90cm」だったはずですわ。

 あの辺りに買ったブラも今ではすぐに窮屈になってしまって…。

 また、大きくなってしまったのですわね…」

 

もしここに夏怜と祈世樹が居たら、きっと大号泣かな。

 

「…なんでバストサイズを聞きますの?」

 

「へ…!?

 あ……いやぁ、夏怜のスウェットでそこまで強調してしまうとは、どれだけ育ったのかなぁと親として気になって……あっ///」

 

「…ッ!?///

 せっ……セクハラですわーーーーッッッ!!!!」

 

「ギョブァッチョッ!!!?」

 

ようやく気付いた璃杏のビンタは、キレイに俺の左頬全体を捉え、そのまま勢いに乗せて俺を吹っ飛ばした。

 

「ぁ……おうふ……おぉ………水着の玉○ちゃんが……綺麗な花畑で俺を待ってくれている……」

 

「お父さまッ!?

 しっかりしてくださいですわ!

 どなたかは存じませんが、きっとそっちに行ったらアウトですわ!」

 

おっぱiによる反動もあってか、璃杏のビンタに一瞬天国が見えた気がした。

 

「………( ゜д゜)ハッ!

 …いやぁすまんすまん。

 スーパーに行く前にあの世に旅立つかと思っちまったよ」

 

「そ、そんなのっ……こほん!

 …今のはセクハラ発言をしたお父さまが悪いのですわ!

 私はあくまでも「制裁」をしただけですわ!」

 

制裁という名目で娘からこんなに強烈な一撃を食らったのは初めてです。

まぁ俺も悪いんだけど。 

 

「まっ、まぁ父さんは大丈夫だから……とりあえず行くか…」

 

「そんなの当たり前ですわ!

 我が家の大黒柱がビンタごときで倒れていたら、私たちのよき笑い者ですわ!」

 

君たちが笑う前に、娘にビンタをされたというショックに心が折れそうになっている俺が泣きたいんですが。

 

「ほら、行きますわよ!

 いつまでも休んでいては何も始まりませんわよ!」

 

「わ、わかったから…あんまり引っ張るな…」

 

嫌いなスウェットに身を包んでいるも、璃杏の表情は明るく何かをせずにはいられない良い顔になっていた。

無理やり俺の手を引っ張っていく華奢な手は、か細くも自信に満ち溢れた立派な意志を感じさせてくれた。

 

「…そういえば今日のディナーはなんですの?

 フォアグラ?

 ミートパイ?

 子羊のフィレステーキ?」

 

「うちはどこのフランス料理店なんだ頭の中お花畑パリピ嬢。

 今日は親子丼だ」

 

「まぁ!

 レディに向かって頭の中お花畑とはなんですの!

 でも……親子丼は好きですから、今回は目を伏せておきますわ」

 

もしやパンとワインがお好きですかミセス璃杏?

 

「そうともなれば早く行きましょお父さま!

 私、お腹が鳴っちゃって仕方ありませんですわ!」

 

「わかったから。

 あんまりはしゃぐな」

 

ニコニコと微笑むその笑顔はいつもの璃杏そのものだった。

その笑顔を見て俺はどことなく安心していた。

 

『この笑顔なら大丈夫。

 きっとテストも大丈夫だ』

 

そう心の中で呟き、楽しそうに歩く璃杏を追いかける形でスーパーに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

――一週間後――


 

 

「テスト……返ってきましたわ…」

 

「来たか。

 結果は見たのか?」

 

「いえ。

 ただ…」

 

「…どうした?」

 

璃杏の表情が暗い。

不安な点があったのだろうか。

 

「その……数学は問題ありませんでした。

 けど……」

 

「けど?」

 

うつむいていた璃杏が涙目で泣き叫ぶ。

 

「数学以外の教科…………全然勉強してなかったのですわぁーーーッッッ…!!!!!」

 

「………あっ…」

 

完全に完璧なまでの、完走的死亡フラグだった。

そういや、あれから毎日数学ばかりやりこんでたんだっけ…。

 

「で、でも…他の教科は大丈夫なんだろ?

 そこまで不安にならなくても…」

 

「実は……数学ばかり勉強していたことで、他の教科の思考センスが全くもって偏ってしまって……全然答えが浮かんでこなかったのですわ…」

 

「マジかよ…」

 

つまり、国語や歴史のような問題は答えさえ分かっていれば簡単に埋められる。

 璃杏の場合は、数学的思考になってしまったことでポンッと出てくるはずの答えが出なくなってしまったのだ。

 

「じゃ、じゃあ…空欄だらけか…?」

 

「いえ、途中からやけくそになって適当に書き埋めましたわ。

 合ってるかは定かではありませんが…」

 

「……とっ、とりあえず荷物置いて着替えてこい。

 結果はそれからだ」

 

「はい…ですわ…」

 

重い足取りで璃杏は部屋に向かう。

テーブルに置かれたテスト用紙からどす黒いオーラが見えた気がした。

 

「お待たせしました…ですわ」

 

ピンクのウール生地の部屋着で璃杏は戻ってきた。

すらっと白く長い脚はモデル級の美しさだが、その顔つきはひどく血色を落としていた。

 

「じゃ、じゃあ…見るぞ…。

 ちなみにテストは何点で赤点なんだ…?」

 

「私のクラスでは、全員の点数を平均してそれより下の点数保持者には「再試」と赤字で書かれますわ。

 ですから点数の下に「再試」と書かれていなければ合格ですわ」

 

「分かった。

 じゃあ……行くぞ…」

 

璃杏の同意を得て、一枚目のテストを確認する。

ちなみにテストは全部で五教科。

現国、数学、現社、理科、英語の五つ。

 

「まずは現国だな…。

 えっと……」


恐る恐る用紙をめくる。

璃杏は神に祈るように合掌していた。

 

「まず現国……53点。

 再試……無し!」

 

「…本当ですのッ!?

 少し不安でしたので安心しました…」

 

「一息つくのはまだ早いぞ。

 数学……61点。

 再試…無し!」 

 

「さすがに数学で赤点はありえませんでしたわね。

 ……次、お願いしますですわ」

 

「おぅ。

 じゃあ現社…」

 

「…お父さまッ!

 現社は……最後にしていただけませんか?

 一番、不安要素なもので……」

 

「そっ、そうか。

 じゃあ……英語」

 

『ゴクリ…』

 

「………78点。

 再試……無し」

 

「…次、英語お願いします…」

 

「うぬ…。

 理科………51点!

再試はなし!」 

 

「ッ…。

 …いよいよ…ですわね…」 

 

そう言われると、読み上げる俺まで緊張してきた。

 

「じゃ、じゃあ…見るぞ…」

  

震える手でゆっくりとテスト用紙をめくる。

 

「現社………46点…」

  

これはさすがにまずいか…。

 

「再試…………無し……。

 …無しッ!?」

 

「…えっ……」

 

それは、あまりにアニメ的な予想外の出来事だった。

50点にも満たない数字で赤点判定はなかった。

 

「あ……あれじゃないのか…?

 先生が再試って書くの忘れてたんじゃないのか…?」

 

そんな事はさすがにないと思うが、何かを思慮していた璃杏は途端に何かに気付いた。 

 

「………そういえばッ!」

 

「…何か分かったのか?」

 

「…今日テストを返された時、先生が言っておりましたわ…」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

  

「よーし。

 こないだ実施したテスト返すぞ」

 

『えぇーーー!』

 

そりゃ、テストなんて誰もが嫌なものを返されることなんて屈辱ですわ。

しかし、その時の私は数学しかろくに勉強せず他の教科を勉強していなかったことに絶望していたゆえ、教師の話など全然聞こえていなかったですわ。

でも、うっすらと言葉は聞こえていました。

 

「ちなみに今回のテストは全員、全体的に点数が悪かった。

 まぁいつもに比べれば少し難しかったかもしれん。

 とはいえ……大仁田君。

 優秀枠の君が「名前を書き忘れる」など、珍しい不覚だったな」

 

「えッ……マジすか!?

 …そういえばあの日……風邪っ気で頭がぼーっとしてたんで……やっちまった…」

 

「理由がどうであれ、名前を書き忘れるのは先生の修正外だ。

 よって、今回のテストでの点数は無得点とした。

 大仁田君が名前を書いていたなら、もうちょっとラインも高かったんだがな」

 

そう。

クラスで成績上位者の大仁田敦が、そんな単純ミスによって点数を獲得出来ませんのでしたっけ。

 

「じゃあ渡していくぞ。

 …山田貴子!」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

  

「…といったことがありましたのですわ」

 

「なるほど。

 その大仁田君が名前を書き忘れてなかったら…」

 

「再試……だったかもしれません…」


そう呟く璃杏の表情は、感情を無くした人形のように蒼白になっていた。 

  

「……まっ、まぁその子のおかげで赤点は免れたんだから良いとしようじゃないか!

 これで夏休みも満足に遊べるだろ!」

 

「………はいッ!」

 

ようやく笑顔を取り戻した璃杏は、やはり可愛い俺の娘でしかなかった。

 

「よし!

 そうとなれば、今日は璃杏の赤点回避祝いに何か美味しいものを作ってやるか!

 璃杏は何が食べたい?」

 

「そうですわねぇ…。

 ……マカロンが食べたいですわ!」

 

「えぇッ!?

 ま、マカロンは買ってこないとなぁ…」

 

「うふふ、分かってますわよ。

 …お父さまの淹れた紅茶が飲みたいですわ」

 

「紅茶?

 そんなんでいいのか…?」

 

璃杏の事だから、てっきりマドレーヌだのブッシュドノエルといったシャレ菓子を要求してくるかと思っていたんだが…。


「えぇ。

 たかが赤点を免れた程度でマカロンなんて、それでは私の格が下がってしまいますわ」

 

「なんだそりゃ。

 ……あっ、紅茶ならあったな」

 

「本当ですのッ!?」

 

「あぁ。

 こないだ見たアニメで「アールグレイ」っての見て、これなら璃杏も喜ぶかなって…」

 

「アールグレイッ?!

 そ、そんな高貴な…!」

 

「そうなのか…?

 よく分からんが、黒い執事が出るアニメで主人公に出してたから……一応、安物で練習はしてたしな」

 

それを聞いてか、途端に璃杏は喜びの色を落としげんなりしていた。 

 

「そうだったん……ですのね。

 …別に、安いものでも淹れてくださったのであれば、相伴に預かりましたのに…」

 

「ん?

 だって練習程度のじゃ不味いだろうし」

 

「それは……お父さまが淹れてくださった………いえ、捨てるのが勿体ないから、私が処理してさしあげますと言ってるのですわ!」

 

「そっ……そっか…。

 まぁ、もう慣れたからきっとまずくはないと思うぞ」

 

「そう…ですけど…」

 

さっきまであんなにはしゃいでたのに、やけに静かになってしまった。

そんなに捨てたことが気に食わなかったのだろうか。

 

「とりあえず俺もコーヒー飲みたいから紅茶淹れるぞ」

 

「…ダメッ…ですわ!」

 

「へ?

 だって、お前あんなに飲みたい飲みたいって…」

 

「えっと…そっちではなくて……………お父さまと紅茶を飲みたいのですわッ!///」

 

「……あー…」

 

耳まで真っ赤にして璃杏はそっぽを向いていた。

 

「…分かったよ。

 そういやコーヒーも切らしてたからな」

 

「…ッ!

 そうこなくっちゃっ…ですわ!」

 

振り返った璃杏の笑顔は、絵画級の美しさにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

「お父さまっ♪」

 

リビングで掃除機をかけていると、璃杏が背後から声をかけてきた。

 

「んっ?

 どうしたりあ……ッ!?」

 

突然、璃杏が後ろから抱きついてきた。

 

「お、おい璃杏…。

 色々と……当たってるんだが…///」

 

「んー?

 何がですのっ?♪」

 

さらに璃杏は強く抱きついてくる。

…ちょっと待て。

璃杏ってこんなにスキンシップが激しい奴だったっけ?

 

「どっ…どういう風の吹き回しだ。

 何か欲しいものでもあるのか…?」

 

「いいえ。

 欲しいとすれば、お父さまの淹れた美味しい紅茶が飲みたいですわね♪」


ぐりぐりといたずらっ子のように全身を密着させてくる璃杏に俺は………ちょっとだけ興奮してしまった。 

  

「分かったから……とりあえず離れてくれ。

 掃除が出来ないだろ……お?」

 

璃杏を見ると、彼女は珍しくスウェットを着ていた。

 

「お前……スウェット嫌だったんじゃないのか?」

 

璃杏は一旦俺から離れ、自分の格好を見て答える。

 

「…お父さまのせいですわよ」

 

「…へ?」

 

長い金髪をなびかせながら璃杏は笑顔で振り向く。

   

「お父さまのせいで、スウェットが……好きになってしまったのですわ♪」

  

踊るようにターンをする璃杏は、もし華やかなドレスを着ていたなら、きっと誰もが見惚れてしまうほどのお姫様だっただろうな。 

……夏休みも目の前のこの頃。

暑苦しさを感じさせるセミの鳴き声が活発になり始めていた。

 

 

 

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