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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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44/58

Ext.4 初めまして、二人の物語を紡ぐ命たち

二年の交際を経て俺たちは結婚した。

とはいっても正規的な式を挙げてではなく、リルドさんたちの教会でこじんまりと小さな式を行い、結婚祝いのパーティをしたぐらいだ。

 だが、良い話ばかりでないのも現実。

母さんが俺たちが付き合って半年が経った頃に実家で階段から誤って転げ落ち、その際に脚を骨折してしまった。

幸い命に別状はなかったが、パーティに来ることは出来ず病院で俺たちの結婚を祝ってくれた。

 

『結婚おめでとう。

 母さんも脚を悪くしてしまい、もうあなたの役には立てません。

 これからは二人で協力しあって仲良く暮らしていきなさい。

 無理だとは思うけど孫の顔も見たいです』

 

「ふっ…。

 無理だとは言ってくれるな…」

 

送られてきた母さんからのお祝いメールは、悪態づきながらも嬉しかったんだろうという気持ちが伝わってきた。

 その後、俺たちは母さんの許可を得て俺の実家で暮らすこととなった。

役所で籍も入れ、俺たちは共働きの生活に追われていた。

 

「ただいまー…」

 

「おかえり。

 今ご飯作ってるからもうちょっと待ってて」

 

ちなみに俺は朝の七時から夕方の四時、祈世樹は朝の八時から六時まで働いている。

収入に関しては祈世樹の方が多い。

それゆえ、家事は基本的に俺が請け負っている。 

ちなみに祈世樹は付き合い始めて間もない頃に駅前の定食屋のホールスタッフをしている。

    

「今日も疲れた…。

 私だって若くないっていうのに、店長ったら私のことこき使うのよね…」

 

「それだけ頼りにされてるんだろ。

 ココア飲むか?」

 

「ありがと。

 いただくわ」

 

「………はい。

 沸騰させたばかりのお湯だから、火傷しないようにな」

 

そう言うとココアを受け取った祈世樹は角砂糖を一つ入れてスプーンで溶かした。 

 

「ありがと。

 …ふーっ、ふーっ………あちゅっ!」

 

「ほ、ほら…大丈夫か?」

 

「うん…平気。

 私だってもういい大人なんだから、そんな子供扱いしないでよ」

 

ココアに砂糖を入れるのはいかがなものかと。 

 

「あらごめんちゃい。

 てっきり祈世樹ちゃんは永遠の三歳児かと思っちゃったてへぺろ」

 

「うぅー…///

 いじわる燈きらーい!」


「あはは、ごめんごめん。

 祈世樹が可愛いもんだから…。

 つい…な?」

 

「可愛いって……私もう三十なのよ?」

 

「そういうメタいことは言わなくていいです祈世樹さん」

 

「…急にさん付けで呼ばれると、なんかつらいものね」

 

どうもこの辺りから悪態づくことが目立ってきた気がする。

…歳だろうか。

 

「…なぁ祈世樹」

 

「なぁに燈?」


…本当にふと思っただけだった。 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

「………子供………欲しくないか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぶふぉっ!?

 ゲホッ、ゲホッ…!

 ……本気で言ってる!?

 「中学生」とは出来ないのよッ!?」

 

「あー…さす俺嫁だ………じゃなくて!

 つか、なんで中学生が出たしよ」

 

俺と同棲してからか、ここ最近の祈世樹はアニヲタ的対応力が著しく育っていた。

…だとすれば、何だか非常に申し訳ない気がする…。 


「でも真面目な話、貴殿はどう思うしてよ」 

  

「…それは…………思うけど…///

 ……なっ、なんで急に…?」

 

今から襲われると思ってか、祈世樹はどことなくぎこちない口調と身動きで俺を警戒していた。

 

「まぁ……大したことは無いんだけど…。

 こないだ、母さんの見舞いに行った時に子供の話になってな。

 西浜さんもあの日以来、会う度三回に一回は子供の話ふってくるし…」 

 

「むぅ…。

 そういう事ね…」

 

ただの与太話の延長だということにようやく安心した祈世樹は再びココアに手を伸ばすも「その時」の事を想像したのか、若干手が震えていた。 

 

『まぁ無理もない。

今まで行為をする際は、必ずゴムを付けるか避妊薬を飲んでしていたしな。

 そんな事、考えもつかんかったし』

 

「………ッ///」

 

祈世樹はカップを置いて両手を頬に当てうつむいた。

 

「…ッ!?

 わ、悪かったよ…!

 俺は軽い冗談のつもりで言っただけだよ…!

 …気を悪くしたならすまん……」

 

余計なプレッシャーをかけたと思い、俺は軽く謝罪してから晩飯の支度をしようと立ち上がった………矢先のこと。

 

『キュッ…』

 

背後から祈世樹が俺の服の裾を掴んできた。

関節を押さえつけられたような気分の俺は身動きが取れなかった。

やがて祈世樹は後ろから頭をくっつけてきた。

 

「………いいよ」

 

「……ほぇ?」

 

思わず声が裏返ってしまった。

 

「その……明日…休み…だから………「子作り」………しよ…?///」

 

「…ッ!?」

 

振り返ると、祈世樹は俺の頭一つ下から今にも泣きそうな顔で俺を見上げていた。

その上目遣いに俺は思わずときめき………それ以上に「精的」な興奮が急上昇してしまった。

 

「…燈?

 ………きゃっ!///」


俺は祈世樹を抱え上げ、そのまま寝室に連れていきベッドに寝かせた。

 

「そのままで待ってて。

 ちょっくらコンビニでマムシ的なドリンコと亜鉛がたくさん摂れそうなもんでも買ってくるわ。

 なんなら待ってる間に風呂入っててもいいから。

 ご飯は後でもいいよな?」

 

「そっ、そこまでしなくても…」

 

祈世樹の声など聞こえていなかった俺は、エプロンを脱ぎ捨てて急ぎコンビニに走った。

  

「んもぅ…。

 燈ってば、ほんとにせっかちさんなんだから…。

 ………私のために一生懸命なとこは嬉しいけどね…」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

「た……ただいま…」

 

「おかえり。

 …すごい息あがってるけど、そんなに急いできたの…?」

 

「あぁ…。

 一秒でも早く俺を待ってくれてる祈世樹の為にと思って……ドリンクだって走りながら飲んできたし」

 

道中、キラキラ・ストレート・リバースしそうになりました。

 

「そこまでしなくても…。

 でも……ちょっとだけ嬉しい…かな」

 

「…ッ///」

 

祈世樹の独り言のような呟きに思わず俺のムスコが反り勃つも………体力が限界だった。

 

「ゲホッ、ゲホッ…!

 …ダメだ……ろくに運動もしないで全力疾走は命に関わる…」

 

「無理しないで。

 私は別に今日じゃなくてもいいから」

 

「んー…。

 ……ちょっとだけ甘えていいか?」


「いいよ。

 なんでも言って?」

 

「……膝枕してくれ」

 

「ふぇ…!?///

 …いっ、いいけど…」

 

少し恥ずかしがりながらも祈世樹は俺の頭先で正座をする。

 

「…いいよ」

 

「あざす。

 …よっこらせ」

 

許可を得て祈世樹の膝に頭を乗せると、本当に風呂に入ってたらしくほんのりと風呂の匂いが漂ってきた。

 

「いい匂いする。

 …風呂入ったのか?」

 

「うん。

 今日まだ入ってなかったからね」

 

その一言を聞いて俺は膝の上で顔を一回転させた。

 

「ちょ…!

 燈、恥ずかしいよぉ…///」

 

「んー?

 いいじゃねぇか結婚してるんだし。

 ラブラブぅなんだから」

 

「そうだけど……///」

 

「でも……ほんとにいい匂いだよ。

 安心する…」

 

「…そっか」

 

やがて祈世樹は俺の頭を優しくなで始めた。

ガキの頃に母さんに同じようにしてもらった気がする。

 

「すごく……幸せだな…俺…」 

 

「ほんと?

 …えへへ、後で私にもしてね?」

 

「あいよ。

 後で甘いカクテル作るからその時にな」

 

「ありがと。

 ……こっ、こらぁ!///

 脚なでなでしないでよぉ…///」

 

「いいじゃん別にぃ。

 俺は祈世樹の全部が好きだもん。

 この中途半端な長さの脚も、全くもって俺好みだよっ!(`・ω・´)b」

 

「それって絶対褒めてないよね」

 

「おや?

 そんなつもりはなかったんだがなぁ」

 

「むぅ…///」

 

でも、本当に気持ち良すぎて…なんか……ほんとに眠くなってきた………。

 

「……燈、カクテル飲みたいな。

 ………燈?」

 

「………zzz…」

 

なでられてるうち、俺はいつの間にか眠ってしまった。

祈世樹は俺を起こすことなく、黙って俺をなで続けてくれていた。

 

 


 

 

 

  

 

 

 





 

 

「………んんっ…。

 寝ちまったのか………ッ!

 ごめん、きせッ……おっ…?」

 

ようやく目が覚め、状況を把握した俺は祈世樹に声をかけようとしたが……。

 

「………」

 

彼女は膝枕をしたまま眠っていた。

すぅすぅと小さな寝息を立てて幸せそうに眠っていた。

 

『……ずっと膝枕してくれてたんだな…。

 起こせばよかったのに…』

 

そう思いつつも俺は祈世樹を起こさぬよう、再び抱き抱えてベッドに寝かせた。

すやすやと眠る彼女の頬にキスをし、既に保温状態になっていた炊飯器の白飯を混ぜる。

 

『結局、出来なかったなぁ。

 ドリンク飲んでから寝たのもあってか、全然眠くないし』

 

時刻は夜の十二時過ぎ。

静かなリビングで一人、俺は眠気を誘うためにマンガを読むことにした。

そのマンガでは、高校一年のヒロインが二つ年上の先輩に恋をする話である。

ネタバレしてしまえば、その想いは叶わず終わるという話。

 

「初恋は実らないって言うもんな…」

 

とは言ったものの、祈世樹との出会いが初恋の俺には少しズレた世界観にも見えた。

 

「嫉妬するとことか、まるで俺みたいだな…」

 

カフェオレを飲みながらマンガを読む。

これといった思い入れこそないものの、ストーリーを知るうちにだんだんハマってきたのは否定出来ぬ。


「…眠気きたかな」

 

思ったより早く来てくれた睡魔に身を委ねるように、俺は祈世樹の眠る寝室へと向かう。

ぐっすり眠る祈世樹の隣に静かに入り、そっとはだけていた布団をかける。

 

「んー……」

 

俺を感知してか、祈世樹は寝返りながら俺の方を向き、ピタッとくっついてきた。

 

『ほんと、寝てても甘えん坊だな…』

 

ちょっとだけ頭をなで、俺も彼女の寝顔を眺めながら眠りについた。

 

「おやすみ……祈世樹…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

その後、休日が合わさった日に俺たちは合たi……ゲフンゲフン…「夜戦」をした。

普段はやらない方法でしたのもあってか、珍しく気持ちが高揚してた俺は祈世樹に「二回戦」も持ちかけてしまった。

時間を置いて三度目もしようかと思ったが、さすがに祈世樹のことを考えると何だか気が引けた俺は二回戦で手を止めた。

…それから六週間ほど経ったある日の事。

 

「……はぁ…」

 

「…どうした?

 具合悪いのか?」

 

「うん…。

 ちょっと頭痛が…」

 

その時はまだ普通に体調を崩しただけと思ったのだが、すぐに俺は気付いた。

 

「…まさかとは思うが………「つわり」来た…!?」

 

そう言うも体調不良に余裕がなかった祈世樹は、ただの過労だと思い込んでいた。 

 

「わかんない…。

 ……悪いけど、頭痛薬切らしてたから買ってきてくれない?」


「わ、分かった…。

 お茶とか食いたいものあるか?」 

 

「ううん。

 薬だけでいいよ」

 

「分かった。

 じゃあベッドで寝て待ってろ」

 

そう言い残し、俺は駆け足で近くのドラッグストアに走った。


「…あった」

 

いつも使ってる頭痛薬を取り、スポーツドリンクや栄養補助食品などをカゴに入れてレジに向かった……その時だった。

 

「……ッ!」

 

ふと商品棚の一枠に自然と目が向けられた。

 

『妊娠検査薬キット』

 

わなわなと手が震えつつも、俺は周りの視線を気にしながらその一箱を取りレジに向かった。

 

「いらっしゃいませ」


そこまでは普通の対応のお姉さんだったが、バーコードリーダーに商品を通していくうち、妊娠検査薬キットで一瞬手が止まり俺の顔を見てきた。

 

「…ッ……///」

 

その視線に少し棘を感じたものの、速やかに会計を済ませ逃げるように急ぎ家に戻った。

 

「た、ただいまー」


寝室に向かうと、祈世樹はベッドに落ち着いた様子でマンガを読んでいた。

 

「おかえりなさい。

 頭痛薬買えた?」 

 

「うん、スポーツドリンクとかも買ってきたよ。

 それと……これ…」

 

「…?

 ………ふぁっ!?///」

 

頭痛を患ってるとは思えぬ声で祈世樹は驚いた。

 

「あああッあのあのッ……燈さん……?

 これは……一体………////」

 

「その……お、俺だって恥ずかったんだぞ!

 店員のお姉さんになんかチラ見されるし…でも、確かめとく価値はあるかなと思ってな」

 

「うーん…」

 

どこか不満げに祈世樹は唸るも、どうも俺はドンピシャな気がしてたまらない。

 

「まぁ頭痛が落ち着いたらな。

 …ご飯食べるか?」


「…うん。

 おかゆ食べたい」

 

「はいよ」

 

布団をもう一枚被せて俺は寝室を出る。

 

「何かあったらすぐ呼べよ。

 水飲みたいとか起こしてほしいとか遠慮しなくていいから」

 

「分かったから、そんなに気遣わなくていいよ」

 

嬉しそうながらもやんわりと俺の過保護発言を流す祈世樹に少しだけ胸を撫で下ろし、俺はおかゆを作りに台所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

 

その翌日、祈世樹の頭痛は収まったが、念の為ということで会社を休んでいた。

俺もその日は休みで彼女の看護に就いていた。

 

「もう落ち着いたから大丈夫だよ。

 せっかくの休みなんだから、どっか遊びに行っておいでよ」

 

「病み上がりのお前を置いて遊びになんて行けるか。

 ほれ、検査薬キットやってみ」

 

「むぅ……」

 

しぶしぶ検査薬キットを取り出し祈世樹は説明書を見てトイレに行った。

 

「さて…食器洗わないと…」

 

朝食で使った食器を洗っていると、少しして祈世樹が戻ってきた。

 

「やってみたけど全然反応ないよ。

 やっぱりただの過労だったんだよ」

 

「まさかぁ。

 お前が見るの早すぎたんだよ。

 …貸してみ」

 

「やっ…!///」

 

検査薬キットを取ろうとした俺の手を振りきり、祈世樹は検査キットを高く掲げた。


「なんでだよ。

 お前が見逃してるかもしれないじゃん」

 

「うぅー…///

 そういう事じゃないのぉ…!///」

 

「…?

 よく分からぬ……」

 

状況を理解出来ぬまま掲げられた検査キットを見つめる。

 

「まぁこういうのは授かりものだからな。

 まだ今はその時では…………ん?」

 

掲げられた検査薬キットを見ていると、何やらさっきまで見えていなかったものが見えた気がした。

 

「…?

 どうかしたの…?」 

 

祈世樹は俺の反応に気付き、検査キットを覗き込む。

 

「……………ッ……」

 

その数秒後、祈世樹は涙を流した。

検査薬キットの結果は……「陽性」。

つまり……実質「妊娠」したということ。

 

「………ぐすっ…」

 

祈世樹は無言でぐずりながら俺に泣きついてきた。

どんな言葉をかけてやればいいか分からなかったが、俺はとりあえず彼女をそっと抱きしめることしか出来なかった。

 

「……」

 

こんなに複雑な気持ちは初めてだった。

本来、喜ぶべきことのはずなのに、俺は同時に動揺もしていた。

検査キットの枠内で赤く引かれた線は、新たな命の胎動を示し、それは同時に二人だけの生活に新たな家族が増えるということ。

…すごく不安だった。

金のことではなく、俺は立派な父親として新しい命を守っていけるのか、ちゃんと生まれてきてくれるのか。

だが、それをひっくるめて一番不安だったのは祈世樹に違いない。

俺はただ、泣きながらすがりつく彼女の背中をさすることしか出来なかった。

 


 

 

 

  

 

 






 

 

 

 

その後、祈世樹は産休をとり、俺も彼女に合わせるため仕事の時間をずらしてもらった。

会社の先輩方も俺に気を遣ってくれて、忙しくない日は早めに退勤させてくれた。 

 それから六ヶ月経った辺りから祈世樹のお腹が膨れ始め、だんだん月日が経つにつれて祈世樹もだんだん不安定になってきていた。

その道中で子供の性別も女の子だと分かった。

そして妊娠してから約十一ヶ月後の夏の夕方のこと。

 

「うー……。

 お腹痛い…」

 

「大丈夫か祈世樹?」

 

この頃、祈世樹が陣痛に近いつわりからか痛みを訴えるようになってきた。

なんとか俺も合わせるようにしてはいるが、その日は特別違った。

 

「うぅー……痛い痛い痛い痛い…」

 

「ほんとに大丈夫か…?

 ………まさかッ!?」

 

完全に油断していた。

痛がるのはそれまで毎日あったが、こんなに痛がるのは今までになかった。

 

「うぅー…!

 痛い痛い痛い痛いッ…!!!!」

 

「クソッ…!

 早く病院に…!!」

 

急ぎ電話で家にタクシーを呼び、かかりつけの産婦人科の病院に祈世樹を連れて向かった。

その道中も祈世樹はひどく痛がり、タイムリミットが近いことを示していた。

 

「おっ、お客さん!

 奥さん大丈夫ですか!?

 一応急いではいるんですが…!」

 

「大丈夫です!

 早く病院へ!!!!」

 

途中、病院に電話を入れ着いたらすぐに対応してもらえるように予約した。

病院に着くと、数人の看護婦が担架を用意して待っていた。

 

「お疲れ様です!

 早く、奥さんを担架にっ!!」

 

「はいっ!!

 …祈世樹、もう少し耐えてくれ!

 あともうちょっとだけ…!!」

 

返事こそ出来る状況ではなかったが、彼女は痛みによがりながらも何度も頷いてくれた。


「明石さん、そっち持って!

 小林さんは奥さんを下から抑えて!」

 

手際良い看護婦たちのおかげで祈世樹を速やかに担架に乗せ、急ぎ分娩室に走った。

 

「旦那様はこちらでお待ちください!」

 

「分かりました!

 祈世樹を…俺たちの子を………どうかお願いします…!」

 

看護婦は無言で頷き、すぐさま分娩室のドアを閉めた。

 

「……はぁー…」

 

ようやく俺は腰を下ろし、狭い廊下で祈世樹とお腹の子の無事を祈り続けた。

 時々聞こえてくる祈世樹の叫び声が生々しく陣痛の痛みを物語っていた。


『頼む……。

 お願いだから二人とも無事でいてくれ…!!』

 

涙を流しながら俺は両手を合わせて祈り続けた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それから何時間が経ったのだろう。

ようやくその時は来た。

 

 


 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

『アァン、アァン、アァン…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ?!!」

 

弱々しいながらも赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

それは長らく俺が待ち望んでいた声だった。

少しして産声は静まり、先生が分娩室から出てきた。

 

「…先生ッ!」

 

先生はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「もう大丈夫ですよ。

 奥さんも赤ちゃんも、無事に落ち着きましたよ」

 

その言葉に膝から崩れそうになりながらも、防塵服とマスクと帽子を借りて先生に連れられ分娩室に入った。

 二人の助産師の元、祈世樹は落ち着いた表情で俺に視線を向け、その隣には……待望の俺たちの子がいた。

 

「…ッ!!」

 

不思議なものだ。

子供の顔を見た瞬間、俺は涙が溢れ出てきた。

 

「おめでとうございます。

 立派な女の子ですよ」

 

「……ッ…」

 

テレビでよく出産の瞬間は見たことはある。

だが新たな命の誕生とは、これほど感動するものとは……。

 

「……燈……。

 私………頑張ったよ…。

 ……この子もね…」

 

祈世樹も涙を流しながら新たな生命に目を向ける。

赤子は小さな手を時折動かしつつ「生きている」事を教えてくれた。 

 

「……先生…。

 この子に欠けてるとことかありませんよね?

 ちゃんと、全部ついてきてますよね…?」

 

不安げに聞くも先生は笑顔で答えてくれた。 

 

「安心してください。

 ちゃんと耳も聞こえてますし、指も全部ありますよ。

 無事に生まれてこれましたよ」

 

「そう…ですか………」

 

俺はその場にへたりこんでしまった。


「…ほら、燈もちゃんと顔を見てあげて。

 今日からあなたも「お父さん」になるんだから」

 

その一言に俺は深く胸を打たれた気がした。

まだ震えが収まらない脚で立ち上がり、ゆっくりと我が子の顔を覗き込む。

 小さな手を時々パタつかせ、まだ歯がない口をあんぐりと開けていた。

そっと人差し指を小さな手のひらに近づけると、柔らかな力でぎゅっと俺の指を掴んだ。

 

「…ッ!」

 

弱々しくも力強く握る手に、俺は思わず涙が止まらなくなっていた。

 

「………かれん…」

 

「…?

 どうしたの…?」

 

俺は無意識にそう呟いていた。

 

「…名前だ。

 この子の名前は「碧乃 夏怜(かれん)」だ。

 夏に生まれ、清らかな子に育って欲しいという意味を込めて……この子の名は「夏怜」だ」

 

異議はない。

俺は我が子に向かってもう一度囁いた。

 

「今日から君の名は「夏怜(かれん)」だ。

 よろしくな…「夏怜」」

 

その時、我が子……夏怜が笑ってくれた気がした。

もちろん気のせいだろう。

 

「…素敵な名前ね。

 きっと喜んでくれるわ」

 

祈世樹も受け入れてくれたとこで助産師の先生が口を開く。

 

「それでは奥さんとお子さん……夏怜ちゃんは、しばらくこちらの方で預からせていただきます。

 旦那様はお帰りになってもらって大丈夫ですよ。

 こちらの方で母子ともに安泰と判断でき次第、旦那様の方へご連絡させて頂きます」

 

「ありがとうございます。

 これで……ようやく一安心できます…」


状況がようやく落ち着き、俺はホッと胸をなで下ろす。


「それじゃあ俺は帰るから。

 何かあったらすぐ呼べよ」

 

「うん。

 燈も気をつけて帰ってね」

 

祈世樹と夏怜に別れを告げ、俺は表現しがたい嬉しさに胸躍らせながら家へ帰った。

 


 

 

 

 

 

 

 

 






 

 

一週間後、祈世樹と夏怜は無事退院する事が出来るまでに回復した。

 

「先生…。

 本当に……何から何までありがとうございました…!」 

 

「いえいえ。

 仕事とはいえ、夏怜ちゃんが無事に生まれてきてくれて私共も安心出来ました。

 どうか大事にしてあげてくださいね」

 

そう言うと、隣にいた看護婦が俺に花束をくれた。

 

「先生…。

 私からもお礼を言わせてください。

 本当に……お世話になりました…!」

 

祈世樹もまたタオルに包まれた夏怜を抱きながら深々と頭を下げていた。

 

「奥さんもこれから先、赤ちゃんの事で悩むことも増えるでしょうけど…困ったことがあれば頼ってくださいな」

 

そう言って先生は優しい笑顔で祈世樹の肩を叩いた。

 

「大丈夫です。

 私には………愛する旦那がいるんで…♪」

 

「おっ、おい祈世樹…!///」

 

その言葉に看護婦方と先生は微笑ましそうに笑ってくれた。

 

「いい旦那さんに恵まれましたね。

 じゃあ、赤ちゃんに何かあったらまた来てくださいな。

 お大事に……」

 

先生の笑顔に見送られ、俺と祈世樹と夏怜はタクシーに乗って家に帰った。 

 あっという間に我が家に着くと、全体重がのしかかってきたような安心感にかられた気がした。

 

「…おかえり…」

 

この言葉をかけるのをどれだけ待ったことか。

祈世樹もまた、玄関先で目に涙をにじませながら答える。

 

「…ただいま!」

 

その腕の中では、一週間前よりも目鼻立ちがはっきりしてきた愛娘が眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







その後、夏怜はすくすくと育ち、幼いうちから色んな言葉や数字を教えることで物覚えが早い子に育った。

夏怜が一歳になる手前辺りに祈世樹は産休を終え、再び仕事に務め始めた。

俺は変わらず仕事に従事しつつ主夫として家事をこなし、生活を支えることにした。

 その翌年、女の子一人と遅れて二卵生双生児の男女が生まれた。

女の子は海麗(うらら)璃杏(りあん)、男の子は強乃(しの)と命名した。

海麗は夏怜より一つ年遅く生まれたが……ご存知の通り、中学時代のいじめによって不登校・引きこもりとなってしまった。

それまでは少し無愛想、わがままながらも問題を起こすことも無く本当に穏やかな子だった。

それから六年後、 末っ子の知子(ちこ)が生まれた。

生まれた時は体重が平均より軽めで、三〜四歳の辺りはよく体調を崩す事も多く不安も多かったが、それでも元気いっぱいな活力ある子に育ってくれた。

 夏怜を始めとして生まれてきてくれた子供たちは、俺と祈世樹にとってかけがえのない宝であり、俺たちの物語を紡いでくれるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

「ちょっと強乃!

 行儀が悪いですわよ!

 挨拶もせずおかずを素手でつまむなんて下品ですわ!」

 

「んだよめんどくせぇな。

 別に手ぇ洗ってるんだからいいじゃねぇかよ」

 

「おにーちゃんとおねーちゃん、けんかしちゃだめー!」

 

「…お腹すいた…」

 

「はいはい、ちょい待ち。

 ほーらご飯前に喧嘩すんなよ。

 ……ほい、今日はみんな大好き麻婆豆腐だよ」

 

「知子、まーぼーどーふすきー!」

 

「おぉっ!

 父さん、飯は多めに炊いてるんだよなッ!?」

 

「炊いてるよ。

 ただし、おかわりは一人二杯までな」

 

「えぇー!

 麻婆豆腐ならがっつり食いたいのに…」

 

「おとーしゃん!

 はやくごはんたべりゅー!」

 

「ほぉら知子。

 スプーンで机を叩いてはいけませんですわ」

 

「……うふふ…」

 

でこぼこな個性を持つ俺と祈世樹の愛する子供たち。

きっと将来はたくさんの人たちから頼られる立派な大人になり、そして恋をし、新たな家庭を築いてほしい。

それまでは俺と祈世樹がちゃんと面倒を見てやらねばな。

 


 

 

  

 

 

 

 

 

 

 





「それでは皆さん、残さず食べてください。

 …いただきます!」

 

『いただきます!』

 

一番いけないのは、お腹が空いてることだから……今は腹いっぱいご飯食べろよ。

 

 

 

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