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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ext.3 二人の再会。それは新たな物語の再開

俺と祈世樹が再会したのは高校を卒業してから十年後の秋頃。

二十歳になった頃、俺は母さんから許可を貰い、近所のボロアパートで一人暮らしを始めた。

収入は決して良くないが、生活する上で贅沢さえしなければ問題はなかった。

近所ということもあり、よく家にも顔を出してるし、愛車の自転車さえあれば遠出こそ出来ずとも十分生活は出来ていた。 

それからあっという間に八年がたった給料日の休みの日、冷たい風が吹く晴れ間の下、ブルゾンジャケットにマフラーを巻いて俺は一週間ぶりのゲーセンに来ていた。

 

「さぁて…新しい美少女フィギュアでも入ってるかなぁ」

 

俺はいつものようにフィギュアやアニメグッズを狙いに来ていた。

…そんな時だった。

 

「………ん?」

 

視線の先に小さなクレーンゲームでお菓子を取ろうとしていた一人の女性に意識が集中した。

 

『あれって………まさかだよな…』

 

それは祈世樹によく似ていた女性だった。

しかし彼女とは十年前に別れてから既に連絡も途切れていた。

もし、あの女性が本人であれば……。

 

「……あ、あの…」

 

「…はい?」

 

俺は勇気を出して声をかけてみた。

返事に気付いた女性は俺の顔を見ると、数秒間俺の顔を見つめていた。

やがて女性の眼差しは驚きの色に染まった。

  

「……ひょっとして………「燈」……なの……?」

 

その一言で間違いなかった。

十年前から変わらぬ小柄さに昔とは雰囲気の違うメガネ、懐かしき繊細な声とほんのり香る甘い匂い。

 

「そうだよ。

 …久しぶりだね………「祈世樹」」

 

「…ッ!」

 

そう聞くなり祈世樹は今にも泣きそうに顔を真っ赤にさせていた。

 

「…ほんとに……ほんとに燈…なの…?

 私の愛した…碧乃燈なのッ!?」

 

「そうだよ。

 ……会いたかった…祈世樹」

  

もはや涙をこらえきれない祈世樹は両手で口を抑え泣いてしまった。 

それは本当に喜ばしい再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

その後、俺たちはゲーセンを出て二人で歩いた。

普段一人では見ることの無いショッピングモール内を歩きながら、あれからどうしていたか近況報告をしあった。

 祈世樹は高校卒業してすぐ青森を離れ、神奈川の大手焼肉店のホールスタッフを務めていたが、やっぱり地元で働きたいと思ったらしく、つい昨日ここに帰ってきたらしい。

 

「リルドさんたちは元気でいた?」

 

「うん。

 帰ってくるなりいっぱいご馳走用意してくれてたよ。

 今はもう孤児院にいた子供たちも独立して働いてるみたい。

 それからは孤児の受け入れを辞めて二人で隠居生活をしてるんだって。

 西浜さんも「久しぶりに燈くんの顔が見たい」って言ってたよ」

 

「あはは。

 そう言われちゃ行かないわけにはいかんな」

 

隣で歩く祈世樹は十年前より大人びた雰囲気はありつつも、やはりどこか懐かしい幼さも感じさせていた。

 

「…?

 どうかしたの?」

 

「ん…?

 …あぁいや。

 なんか………随分、時間も経ったのにこうしてお前の顔を見ても変わらないなぁって」

 

「そう?

 燈だって十年前と全然変わってないよ。

 顔を見た時、すぐ燈だって分かったもん。

 …あっ、でもちょっと老けちゃったね」

 

「最後のは余計ですぞ三十路祈世樹さん?」

 

「むぅ…まだ二十八だもん!

 ていうか、燈だって同い年じゃん!」

 

「あっ、そうだったな。

 すっかり忘れてた(笑)」

 

「うぅー…///」

 

これもまた本当に懐かしいやり取りだった。

まるで十年前に戻ったような感覚だった。

 

「…ねぇ「空」」

 

「なんだ?」

 

少し暗くなってきた夕焼け空の下、祈世樹は後ろ手を組みながら囁く。

 

「覚えてる?

 私がゲームセンターで空にからかわれて怒った時に連れてってくれた場所…」

 

「…あぁ!

 ……行ってみるか?」

 

「うん!」

 

少し冷たい風が吹き始めてきた中、俺は祈世樹の手をとってあの場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

「……変わらないね。

 十年前とここの景色は変わってないよ」

 

俺たちは十年前に二人で来た海へと着いた。

「遊釣禁止」と書かれた鉄柵に寄り添い、祈世樹は水平線を眺めていた。

俺は一歩後ろから祈世樹を見つめていた。

唐突に潮風が吹くと、祈世樹のセミロングヘアーが舞うようになびき、より一層大人っぽさを醸し出していた。

 

「…ッ!///」

 

その後ろ姿に俺の中で忘れかけていた恋心が沸々と沸き立ってきた。

それは心地よくもありチクリと痛みさえも感じる……けれど、どことない懐かしさに俺の気持ちは高揚していた。

 

「…懐かしいね。

 あの時、ここで私の小さい頃の話をしたんだよね」

 

「そう…だったな。

 お前の機嫌を直すことだけしか考えてなかったから、ちょっとびっくりしたな」

 

「そうだよね。

 けど、燈は優しいから全部聞き入れてくれたしね。

 ……本当は、すごく嬉しかったんだよ」

 

「…そっか」

 

あんな話を聞いてどうでもいいとは思えんかったからな。

 

「ふぁ………くしゅんっ!」

 

「うぉっ…大丈夫か?

 もう帰ろうぜ」

 

「うん…。

 ちょっと冷えてきちゃったね…」

 

巻いていたマフラーを祈世樹に巻いてやると、彼女は安心したかのようにマフラーに顔を埋めた。

 

「…暖かい。

 燈の匂いがする…」

 

「臭かったらぶん投げていいぞ。

 俺も三十路近いからそろそろ加齢臭も気にしてるし」

 

「ううん。

 すごく安心する。

 燈の匂い……好きだったもん」

 

口元を隠しながら祈世樹は上目遣いで微笑む。

その笑顔に俺の心臓が跳ね上がった。

 

「とっ、とにかく帰ろうか。

 …途中まで送って行くよ」

 

「…一緒に来てくれないの…?」

 

「え?

 だって急に行っても迷惑だろうし…」


俺の何気ない弱気発言に祈世樹は声を荒らげた。 

  

「そんな事ないよ!

 西浜さんもリルドさんも、燈に会いたがってたもん!

 ……あなたに会えることを、待ち遠しくしてるのよ」

 

「……」

 

分かったとは言えなかった。

そりゃ俺だって今すぐ行けるなら行きたい。

顔出す程度なら今からでも行ける。

けど………「何かが足りない」気がした。

 

「……ごめん…。

 今度会いに行くって伝えておいて。

 その時は…つまんねぇもの持っていくからって」

 

「……そう…。

 分かった…」

 

惜しみながも祈世樹は受諾した。


「ごめん…。

 今の俺じゃ………ダメな気がするんだ…」

 

何かが足りない。

口実でも、手につけてる技術や職でもない。

「何かが」必要な気がした。

 

「…何かってなに。

 燈は一体何を求めてるの…?

 …ねぇ……教えてよ!!!!」

 

気が付くと、曇り空から冷たい小雨が降り始めていた。

祈世樹は俺のジャケットの裾を掴み、今にも泣きそうになっていた。

 

「祈世樹……」

 

彼女もまた、雨に濡れつつも俺から手を離すことはしなかった。

俺は応えるように彼女の頬に両手を添え、そっと顔を上げさせる。

びしょ濡れになりながらも祈世樹は涙混じりにも見える瞳で俺を見つめていた。

 

『あぁ…。

 この瞳も、昔と変わっていない…』

 

そう思いつつ、俺はゆっくりと顔を近づけ…彼女にキスをした。

 

「……」

「……」

 

そっと唇を離し、俺は祈世樹に問う。

  

「俺と…………付き合ってくれないか…?」

     

びしょ濡れになってたのもあってか、祈世樹は鼻をぐずりながらうつむきつつ呟いた。


「………ばか…」 

 

そう言った直後、祈世樹は俺に抱きついた。    


「……そんなこと聞かなくたって………私はあなたとなら、どこへでもついて行きます…」

 

「ッ………」

 

泣きそうになった。

男のくせに、久しぶりに再会できた恋人から投げかけられた返答に思わず膝から崩れ落ちそうになった。

 

「もう…………離れないから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

通り雨だったらしく、雨はすぐに止んだ。

まだ雨雲は目立っていたものの、その後雨が降ることは無かった。

びしょ濡れになってしまった祈世樹の手を取り、俺は二人の待つ孤児院……もとい、家へと足を運んだ。

 再び繋がれた空と世界の手は、新たな物語の再開を象っていた。


「…ずっとね……こうしてもう一度、あなたと手を繋いで歩きたいって思ってたの…」

 

「そっか…」

 

きゅっと握り返しながら祈世樹は俺を見つめていた。 

 

「…着いたよ」 

 

呼び掛けに正面を向くと、懐かしき教会が姿を現した。

 

『…ここも変わらないな。

 家からはさほど遠くない距離とはいえ、あんなでかい口を叩いておきながら目の前を通るのも嫌だったから避けてたもんな…』

 

なんてメタい考えをしていると、祈世樹が勝手口のドアを開けた。

 

「燈も入って」

 

「うん…」

 

ドアを開けた際に鳴った鈴の音に少しだけ緊張した。

突然、俺が来て西浜さんたちはどんな顔をすることか。

予測しづらい展開に、俺は心臓を高鳴らせていた。

恐る恐る勝手口を進むと、十年前と変わらぬ礼拝堂に出た。

 

「すぅー……ふぅー…」

 

何気に深呼吸をしてみると、不思議と肩の力が抜けた。


『懐かしいな…。

 何となく、ここの古めかしい匂いが好きだったな…』

 

記憶の片隅に残っていた過去の記憶を思い返していると、誰かの足音が聞こえてきた。

 

「…おかえりなさい祈世樹さん。

 雨、大丈夫でした………ッ!?」

 

声をかけてきたのは、十年前とほとんど変わらないと言っても過言じゃない見た目のリルドさんだった。

 

「紹介します。

 今日から私の彼氏になった……碧乃燈くんです。

 …ちょっと照れくさいな」

 

言い切ってから祈世樹はモジモジしていたが、リルドさんの表情は変わらず驚愕していた。

 

「…お久しぶりですリルドさん。

 俺のこと…覚えてますか…?」

 

自分でもテンプレ乙な言い回しだと思ったが、リルドさんの反応は大きく予想を翻した。

 

「……ッ…!

 西浜さんッ!!!

 燈さんがっ、燈さんがっ……祈世樹さんと一緒に帰ってきてくださいましたッッ!!!!」

 

リルドさんは今まで見たことのない慌てっぷりで、歩いてきた廊下へトンボ帰りしてしまった。

 

「…ね?

 リルドさんも西浜さんも燈のこと待ってたんだよ?」

 

「…それは分かったが……リルドさんの慌てるとこ………初めて見た…」

 

「うん、実は私も初めて見た…」

 

お互いにツッコミどころが重なったところで再びリルドさんが走って戻ってきた。

 

「…お騒がせして申し訳ありませんでした。

 ……本当に燈さん…なんですよね…?」

 

忙しなく髪を整えつつ、澄みきったブルーサファイアのような眼差しでリルドさんはまじまじと俺の肩を掴みながら顔を覗き込んできた。

 

「は、はい。

 …碧乃燈、現在二十八歳!

 趣味はアニメ鑑賞とフィギュア集め、そして愛する祈世樹を考えることですッ!!」

 

何故かストーカー発言を最後に言い切ってから敬礼をするも、笑う余裕もなかったのかリルドさんは肩で息を切らしながら呼吸を整えていた。

よく見ると、今現在もメイド服は愛用していた。

 

「良かった…。

 …よくお帰りになってくださいましたッ……」

 

今にも泣きそうな笑顔を浮かべるリルドさんは心底嬉しそうだった。

 

「落ち着ちついてくださいリルドさん。

 そりゃ私も最初はビックリしましたけどね」

 

そう言う貴女も、俺の顔を見て大泣きしてましたよね?


「…そうでした!

 今タオルをお持ちしますので、西浜さんにもお顔を出してください。

 大至急お風呂も沸かしてきますので…!」 

 

そう言ってリルドさんは再び反対側の廊下を走っていった。

 

「…西浜さんのとこ行こっか」 

 

「おん…」

 

祈世樹に連れられて行こうとした矢先、廊下の奥からカツカツと木質的な音が響いた。

 

「…………本当に燈くんではないか……。

 …立派になったな……」

 

いてもたってもいられなかったのであろう、杖をつきながら小走りで来た西浜さんは、十年前に見た時よりも少し痩せた気がした。

あの頃は少し気圧されるような圧迫感があったが、俺も成長したのもあってか西浜さんの前でも平然としていた。

 

「お久しぶりです西浜さん。

 碧乃燈、たった今帰還しました……なんて…」

 

俺の中年捻りなしヘボジョークはそっちのけで、西浜さんは漢泣きをしていた。

 

「よくぞ………よくぞ帰ってきてくれた……。

 随分、男前になったじゃないか…」

 

「いえ、俺は十年前から何も変わりませんよ」

 

そう言って笑いかけると、タオルを持ってきてくれたリルドさんもエプロンで涙を拭いていた。 

 














雨に濡れた祈世樹を先に風呂に入らせてる間に俺はタオルと温かいほうじ茶をもらい、西浜さんと書斎で話し合っていた。

 

『ここの雰囲気も変わらないな』 

 

リルドさんが淹れてくれたほうじ茶で冷えていた身体も温まり、まるでVIP待遇の気分だった。

そして西浜さんはテーブル越しに質問してきた。

 

「…聞かせてくれまいか?

 君の…空白の時間の間にどんなことがあったかを」

 

西浜さんもテンションが上がってか、リルドさんの淹れたコーヒーを飲むペースが早かった。

 

「そうですねぇ…。

 えっと……」

 

祈世樹と別れてからの事をゆっくりと思い出しつつ、ダイジェスト程度に俺は西浜さんに空白の十年間を語った。 


「……そうか…。

 君も一社会人となり、祈世樹くんと同じく立派に成長したようだな」

 

満足そうに西浜さんはうんうんと頷いていた。

用事を済ませて入ってきたリルドさんは、西浜さんの斜め後ろでお盆を持って一緒に話を聞いていた。

 

「確かに、あれ程おどおどしていた燈くんも、今では堂々としているからな。

 はっはっはっ!」

 

「ちょ…張り合うってそんな…。

 …そりゃ、あの頃の俺はチキンすぎて西浜さんの気迫に気圧されてはいましたが…」

 

「はっはっはっ!

 むしろ私に喧嘩をふっかけられるぐらいが可愛いってものだがな。

 本当に君は真面目な子だ!」

 

喧嘩をフっかけるなんてとんでもない。

今ならともかく、あの頃じゃ絶対勝ち目ねぇしな。

…陸奥湾に「沈」されかねない(怯)。 

 

「私も、本当にびっくりしましたよ。

 まさかこのタイミングで燈さんが来て下さるなんて……毎日、女神像に祈ったかいがあったというものです」

 

かつての営業スマイr……優しい笑顔とは違った、本当に嬉しそうな笑顔でリルドさんはお盆を抱きしめていた。


「お風呂いただきましたぁ」 

 

部屋着に着替えた祈世樹が風呂から戻り俺の隣に座る。 

  

「しかし…ようやく画になったな」

 

「…?」

 

不意に西浜さんが何やらそう言うと、俺の表情を見てニヤリと笑った。

 

「…こうして見ていると、将来の新郎と新婦が寄り添っているようで本当に画になると思ったのだよ。

 …いずれ結婚するのだろう?」

 

「なッ…!?」 

「えッ…!?」

 

予想外すぎる一言に、俺と祈世樹は思わず同時に声を上げた。

 

「なっ……なななッ何を言ってるるんですか西浜さん!

 おおおこがましいですが、俺たちは今日……それもついさっき付き合い始めたばかりで、別に結婚までは…」

 

「そ、そうですよ西浜さん!

 そりゃ燈くんとなら楽しいとは思いますけど…そんな先のことはもうちょっと待っててもらっても…」

 

パニックになりつつ反論する俺たちに、西浜さんは何かおかしい所でもあったかと言わんばかりに頭をかいていた。

 

「私は似合うと思うがなぁ。

 燈くんと祈世樹くんならば」

 

「ふぇ…?」


祈世樹…ではなく、思わず俺が変な声を出すと西浜さんは楽しげに笑った。

 

「子供の名前はどうするつもりだ?

 君たちが決められぬなら、私が決めてやってもいいぞ?」 


「西浜さんッ!///」 

「西浜さんッ!///」

 

声を揃えて怒る俺たちに西浜さんはゲラゲラ笑い、対照的にリルドさんはクスクスと楽しげに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お風呂いただきました。

 ……あーさっぱりした」


祈世樹が風呂から上がってから俺も風呂に入り、とりあえず上着だけ西浜さんのワイシャツとガウンを借りた。 

ちなみに着替えはリルドさんのご好意で洗濯と乾燥までやってもらっている。

    

「燈さん。

 宜しければ夕飯も食べていきませんか?

 ご自宅でお母さまと食べられるのであればお止めはしませんが…」

 

「いえ、今は一人暮らしなんです。

 せっかくだしどうしようかなぁ…」

 

「じゃあ燈も食べていってよ!」

 

「え…?」

 

何故か隣で祈世樹は嬉しそうに鼻を鳴らしていた。

 

「一人でご飯食べても美味しくないでしょ?

 それに燈のことだから、ご飯って言ってもカップ麺とかコンビニ弁当でしょ?

 だったら、ここでみんなで食べた方が楽しいよ!」


「ぐぬっ…。

 ………じゃあ…ご馳走になろうかな…」 

  

グイグイと押し迫ってくる祈世樹に気圧され、俺は晩飯を食べていくことにした。

 

「よしっ!

 じゃあリルドさん、早く晩ご飯つくりましょ!

 私もお手伝いしますから!」

 

「…祈世樹さんもですか…?」 

 

「はい!

 向こうでも炊事はしてましたから、料理は普通に出来ますよ!(`・ω・´)」

 

腰に手を当ててドヤ顔をする祈世樹にリルドさんは笑みをこぼした。

 

「そうですね。

 今日は燈さんもいますので、人手があれば助かります。

 それに……好きな人には自分の手料理を食べて欲しいのは当たり前ですよね?」

 

「ふぇ…!?///

 ……ととっ、とにかく早く作りに行きましょ!」

 

「うふふ…。

 そんなに急がなくても燈さんは逃げませんよ」

 

そして二人は厨房に消えていった。

 

「私らは料理が出来るまでここで話すとしようか。

 …一杯飲まんかね?」

 

どこから出したのか、西浜さんの手には一升瓶の日本酒が握られていた。

 

「…食前酒程度なら」

 

正直、酒は飲めないことは無いが好きではない。

それでも与えられた誘いには断ることなど出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「燈ー!

 ご飯出来たよー!」

 

「お、待ってましたよん」

 

「どれ、相伴に預かるとしようか」 


祈世樹に呼ばれて食堂に向かい、テーブルクロスが敷かれた席に座ると、スリッパをパタパタと鳴らしながら祈世樹は危なっかしげに料理を持ってきた。

 

「……おぉ…」

 

祈世樹が持ってきたお盆にはみそ汁と白ご飯、大盛り酢豚と生野菜のサラダが乗っていた。

 

「すごい量だな…。

 なんか気遣わせたみたいで申し訳ないな」

 

「いいんだよ!

 燈も男の子ならいっぱい食べたいでしょ?」

 

男の子と言ってますが、既に二十八だということをお忘れなく。

 後から来たリルドさんは、そっと西浜さんの前に料理を置いた。

 

「どうぞ」

 

「うむ、ありがとう」

 

西浜さんのご飯は味噌汁と俺より少なめの酢豚、きゅうりの浅漬け、生野菜のサラダに白ご飯だった。

 

「祈世樹さん、お(ひや)もお願いします」

 

「はぁーい」

 

祈世樹は上機嫌そうに厨房に戻り、リルドさんは祈世樹と自分の分の料理を持ってきていた。

 

『二人とも西浜さんと同じ量…。

 なんか本当に申し訳ないな…』

 

やがて祈世樹が全員のお冷を配膳し、俺の隣に座ると西浜さんが手を合わせて号令をかけた。

 

「では諸君、いただくとしよう」

 

「いただきます」

「いただきます」 

 

「おっ………い、いただきます…」

 

遅れて俺も挨拶をしてまずはみそ汁をすすった。

 

『…んっ、美味い!』

 

だしの効いた味噌の風味が風味豊かに鼻から抜ける香りが食欲を刺激した。

酢豚をひとつまみし、白ご飯と一緒に頬張ると、口の中でじんわりと快感にも似た旨みが広がった。

 

『野菜のシャキシャキ感と肉の旨みが予想以上にマッチングしている!

 …なんか……久々に食事を楽しんでる気がする。

 ………そういや、母さんの飯もしばらく食ってなかったもんなぁ…』

 

黙々と飯にがっつきながら一人で回想していると、不意に周りの視線に気がついた。

 

「…あっ……俺の食べ方、汚かったですかね…?///」


恐る恐る聞くも西浜さんはニコニコ笑っていた。

 

「いや、やはり若い男は食べっぷりがいいなと思っていたのだ。

 実に良き!」 


そう笑ってくれるも、恥ずかしくなった俺は少し冷静さを取り戻してゆっくりと飯を食べ進めた。

 

「食事はご自由に食べてください。

 別にここでは作法やマナーなどはありませんので、美味しく食べてくださればそれで構いませんよ」 


「あ、はい……」 

  

リルドさんの優しい一言に押され、俺は少し気が楽になった。

 

「燈、美味しい?」

 

隣で同じく見ていた祈世樹も嬉しそう聞いてきた。

 

「うん。

 めっちゃ美味いよ。

 お前の言う通り自炊はほとんどしてなかったから尚更。

 白飯は炊いてたけど、おかずはスーパーの惣菜ばかりだったしな…」

 

それを聞いてフフンと鼻を鳴らして祈世樹は嬉しそうに笑っていた。

 

「おかわりもありますから、遠慮なく食べてください」

 

「…ありがとうこざいます」 

 

久しぶりに母さん以外の人と食事を出来てることに、俺は胸が満たされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜。

 ご馳走様でした…」

 

出された料理を全て食べきり、俺は膨らみに膨らんだ腹をさすっていた。

 

「あはは。

 燈のお腹、たぬきみたい♪」

 

そう言って祈世樹は俺の腹をツンツンしていた。

 

「いやぁ〜、実に良い!

 やはり燈くんがいるだけで食事までもが楽しくなってしまうなぁ!」 

 

そう言っている西浜さんは、実際のところ食事にはほとんど手を付けず、先程飲んだ日本酒ばかり飲んでいた。

 

「西浜さん。

 お酒ばかりではお身体に障りますよ。

 こないだお医者様からも飲み過ぎだって言われてましたのに…」

 

「何を言うておる!

 こんなめでたい日に飲まずしていつ飲むと言うのだね!

 …「わらし」はなぁ、いつかこうして燈くんと酒を飲み交わしたいと願っていたのだ!

 その為にこの酒だって三年前に行きつけの酒屋の大将に頼んでずっと取っておいてたのだからなァ…!」

 

バンバンと勢いで俺の背中を叩く西浜さんは、分かりやすいほど「出来上がって」いた。

さぞ高かったのだろう、日本酒の瓶には「大吟醸」の文字がついていた。

おまけに相当酔いが回っていたのか、西浜さんは少し舌っ足らずになっていた。

 

「申し訳ございません燈さん。

 西浜さんがご迷惑を…」

 

「いえ。

 そんなに楽しみにしていたなんて、むしろ光栄ですよ」

 

食前酒を飲んだのもあってか、俺自身もここ最近で一番テンションが上がっていた。

そんな俺を眺める祈世樹も、楽しそうな笑みを浮かべながらオレンジジュースを飲んでいた。 

 

「わらしらって君の顔をいつ見れるものかとずーーっと楽しみにしておったのだ。

 そりゃ私だって燈くんぐらいの頃は夜中まで遊んだりもして………zzz…」

 

やがて限界に達した西浜さんはガーガーと寝息をたてて眠っていた。

 

「もぅ…。

 相当嬉しかったのでしょうね。

 最近はもうちょっとお酒を控えていたんですが…」

 

「ありゃりゃ…。

 寝ちゃいましたね」

 

そんな西浜さんを見て、俺はその場で立ち上がって言った。

 

「リルドさん、俺が西浜さんを寝室まで連れていきます。

 ここで寝かせたままでは風邪をひきかねませんので」

 

「えっ……宜しいのですか…?」

 

「はい。

 食べて飲んでばかりで帰るのもどうかなんで…これぐらいのことはさせてくださいな」

 

俺の一言にリルドさんは助かると言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「では、私はお布団を準備してきます。

 準備が出来たらお呼びしますので、それまでお待ちください」

 

そう言い残し、リルドさんは食堂の一角にあったドアから寝室へと向かった。

 

「…ありがとね燈。

 実は西浜さん、私が帰ってきた時も同じ事になって、その時は起きるまでここで寝かせることしか出来なかったから」

 

「そうだったんだ。

 西浜さんらしくないな」

 

未だ寝息を立てて満足そうに眠る西浜さんを見て俺は少し嬉しい気がした。

 

「燈さん、準備が出来ました。

 西浜さんをお願いします」

 

戻ってきたリルドさんの声を合図に俺は西浜さんの横に立った。

 

「西浜さん、今暫し失礼します」

 

自分と同じくらいの身長と言えど、ガタイの良い西浜さんは仕事で持ち上げてきた荷物よりもずっと重かった。

 

「燈、無理しないでね…!」

 

「お…おぅ…!

 平気……だ…ッ!!」

 

そうは言いつつも、背中でだらんと力なくのしかかってくる西浜さんを引きずりつつ、俺はやっとの思いで寝室のベッドに寝かせることが出来た。

リルドさんがそっと布団をかけると、西浜さんはすやすやと静かに寝息を立てた。

 

「ありがとうございます燈さん。

 何ら何まで助かりました…」

 

「これぐらいどうってこと……って、もう十時か…」 

 

時計を見ると、時刻は既に二十二時を指していた。

 

「お帰りになられますか?

 であれば、私が送っていきますよ」

 

「お気持ちは嬉しいですが、アパートまでは十分程度なんで大丈夫ですよ」

 

「そうですか。

 であれば、お見送りだけでも…」

 

「リルドさん」

 

リルドさんの言葉を牽制するように祈世樹は声を上げた。

 

「私…家まで燈を送ってきます。

 いいですよね?」

 

「…ッ!?

 おまっ、俺の話を聞いてたか!?

 別に近いんだから大丈夫だって…」

 

「…来て欲しくないの…?」

 

寂しげな目で見つめてくる祈世樹に、断れるはずなどなく…。

 

「ぐぬっ……分かったよ。

 まぁ近いから帰りも大丈夫とは思うしな」

 

「ありがと♪」

 

祈世樹は笑顔になり、直ぐに着替え始めた。

 

「では、祈世樹さんをお願いします。

 私は玄関までお見送りさせていただきます」

 

「ありがとうございます」

 

俺は西浜さんの私服を借りて洗濯してもらった着替えとコートを小脇に抱え、一直線に勝手口に向かった。

 

「燈ー、待ってー!」

 

後から来た祈世樹が俺の手を掴み、三人で外に出た。

 

「うぅ…さむっ」

 

外の風は身を切るように冷たかった。

そのおかげもあってか、余韻程度に残っていた酔いと眠気は一気に吹っ飛んだ。 

俺は祈世樹と手を繋いだままポケットに手を突っ込んだ。

 

「では、お気を付けてお帰りください。

 今日は急でしたので何も用意してませんでしたが、次来る時仰ってくだされば、何かおかずでもお持ちさせますので」

 

「大丈夫ですよ。

 リルドさんもお体身に気をつけてくださいな」

 

「はい。

 では燈さん、おやすみなさいませ」

 

深々と頭を下げて見送ってくれるリルドさんを後目に、俺たちは冷たい風の中をゆっくりと歩いていた。

 

「…こうして歩いていると「あの日」を思い出すな。

 バチクソに寒かったよな」

 

「うん。

 すごく寒くて…でも、とても幸せだった。

 …今もそうだよ」

 

ぎゅっと俺の手を握る祈世樹の手に力が入る。

俺も軽く握り返すと、祈世樹は嬉しそうに笑っていた。

 

「…ほら、あそこだよ。

 あのボロっちいアパート」

 

俺が指さす先……一階と二階に別れたワンルームアパート。

その二階の錆びた階段を上がって一番端っこの部屋。

 

「ほぇ〜…」

 

カンカンと年季の入った階段を上がって行き、一番端っこの部屋の前に立った。

 

「ここが俺の部屋だ。

 ちょっと部屋汚いから、中に入るのはまた今度な」

 

「うん、分かった」

 

そう言うと祈世樹は俺の手を離し、突然抱きついた。

 

「空……」

 

古びた白色電灯に照らされ、祈世樹は俺に顔を突き出して目を閉じていた。

 

「……」

 

そっと俺は祈世樹にキスをした。

ある程度して離れると、祈世樹は「うぅ…」と唸って再び抱きついてキスをしてきた。

 

「…ッ!?///」

 

何を思ったのか、俺の口の中に祈世樹の舌が入り込んできた。

反芻するように俺の舌に絡みつき、貪るように俺の口の中を舐めまわした。

やがて苦しくなったのか、自分から離れると呼吸を荒くして惚けた表情で見つめていた。

 

「………恋人なら、舌ぐらい入れてもいいよね…?///」

 

そう言い残し、祈世樹はそそくさと立ち去った。

 

「……」

 

その場に残された俺は、少しの間ぼーっと祈世樹の舌の感触に浸っていた。

 

『…なっ、何を考えているんだ俺はッ!!///』

 

予想外な祈世樹の大胆さに驚きつつも、実際は嬉しかったりびっくりしてたり。

 

『………おやすみ、祈世樹…』

 

心の中でそう呟き、俺は部屋に入った。 

こうして俺と祈世樹の交際はスタートしたのだった。

 

 

 

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