Ext.1 我が家の日常(前)
『ヴィィィン、ヴィィィン、ヴィィィン…』
スマホのアラームが起床時間を告げる。
「……もう時間か…」
時刻は朝の五時五十分。
眠い目を擦りながら覚醒しきっていない身体を起こす。
寝室を出て静かに階段を降りて台所に向かい、壁に掛けてあるエプロンをまとって冷蔵庫から厚切りベーコンと卵を出す。
『朝は軽めに目玉焼きとベーコン焼くか』
コンロに火をつけてフライパンにサラダ油をひいて温まるのを待っていると、リビングに誰かが入ってきた。
「おはよ…」
「おはよ夏怜。
起こしちゃったか?」
「いえ、自然に目が覚めた。
…ご飯……出来た?」
「もう少し待ってて。
すぐ出来るから」
「分かった……ふぁ〜〜…」
グレーのスウェット姿で眠そうに欠伸をしながら彼女は食卓に座る。
「テレビ、見ていい?」
「あぁ、いいぞ。
音は小さくな」
「わかってる」
そう言って夏怜はテレビを付け、かけていた銀縁メガネをずらしながら眠たげに目を擦る。
流れているニュースは、北朝鮮がアメリカに向けて挑発行為を繰り返していると報じていた。
「物騒な世の中だな。
そんなことでしか自分たちを誇張できないんだろうな。
…牛乳飲むか?」
「コーヒーがいい。
角砂糖一つにミルクを少々で」
「はいはいっと」
ポットでお湯を沸かしてる間、マグカップにインスタントコーヒーの粉を少し入れていると、夏怜が話の続きをふってきた。
「きっと、そうすることでしか自分たちのアイデンティティを見せられないんだと思う。
自分たちが持ってるものを見せつけることしかね」
「ほぅ…」
そう言って夏怜は渡したコーヒーを少しだけ冷まし一口飲む。
「…おいしい」
「ありがと。
みんなの分も作るから、七時になったらみんなも起こしてきてもらっていいかな?」
「わかった」
もう一度コーヒーを飲んだ夏怜の目は、既に意識を覚醒させた事を物語るようにメガネ越しに少しだけ目が見開かれていていた。
……そういや紹介が遅れたな。
この子は俺の娘で長女の夏怜。
いつも仏頂面であまり感情を表に出すタイプではないが、うちの家族では一番頭が良く、手先も器用でよく俺や母さんの手伝いをしてくれる十六歳。
今年から高校デビューしたてのJK一年生である。
ちなみに名前の意味は、七月二十四日の夏に生まれたというのと「怜」は「清らか」を意味することから、清く正しい子に育ってほしいという意味からこの名を付けた。
「頭のてっぺんにアホ毛立ってるぞ」
何気に目に入った夏怜の頭頂部にアニメキャラのような寝癖が見えた。
「……オシャレの為に立ててみたの。
似合ってる?」
「可愛いとは思うが、
オシャレには無頓着だよなチミ」
生徒会長タイプの夏怜は流行やオシャレには無頓着なタイプである。
髪を染めたこともない、ネイルもしない、化粧も自分からはしない、メガネも銀縁のみ。
模範的な「地味っ子」である。
「バレてたのね」
「バレるも何も、夏怜は「地味」こそが夏怜って感じだしな。
それはそれでいいと思うけど」
そうは言ったものの実は昨日、今日の為に美容院で肩まで伸びていた髪をバッサリ切ってもらい、年頃の女の子らしくショートボブにしてもらった。
もちろん可愛いとしか言いようがない。
「ふぁ~…。
……あぁらお二人とも、ご機嫌よう。
気持ちの良い朝ですわね」
夏怜が起きてきてから約三十分ほどして、腰まで伸びた金髪(天パと寝癖でくしゃくしゃしてる)をなびかせ、薄桃色のウール生地のパジャマに身を包んだうちの三女が姿を現した。
「おはよう璃杏」
「おはよ璃杏。
そのしゃべり方、いい加減どうにかならないのか?
周りからイタい子って思われるんだよ」
日本人離れした金髪(染めてるだけ)をなびかせ、璃杏はぷんすこ怒った。
「まぁ、お父さまは朝から失礼ですわね。
これは私にとって普通のしゃべり方ですわよ。
別に問題はありませんでしてよ?」
「いやいや、普通の中学生はお嬢さま言葉も使わんし、何より髪を金髪になんてしないだろ。
よく学校側から何も言われないもんだよ」
「そんなの当たり前ですわ。
成績優秀、運動神経抜群、気品ある生活態度を守っている私に、教師たちが一体何がダメだと言えて?」
こないだ三十四点の小テストを見かけたのは気のせいでしょうか。
「うーん…。
もしかしたら璃杏が「残念な子」だって見られてるからかもな」
「…ッ!?
そっ……そんなことありませんわ!///
……お父さまのいじわる…」
「はいはい。
お父さんが悪かったから、早よ食卓に座ってくれ」
「んもぅ…。
お父さまは本当に理解してるのか分かりませんわねぇ…」
むしろ分かんないのは、お前のその性格がどこから湧いて出たかだよ……と言いたいところだが、実は璃杏が最近読んだ少女マンガのキャラに似たような子が居て、恐らくそのキャラに憧れて現在に至ったのかもしれない。
ついこないだまで至って普通の女の子だったのにねぇ。
「はぁ…。
お父さま、ダージリンティーが飲みたいですわ」
「うちはコーヒーか牛乳しかありません。
オシャンティーな紅茶が飲みたかったら自分でお勉強して淹れ方を覚えなさい」
「んー…!///
お父さまは本当にいじわるですわ!
私は…………お父さまの淹れる紅茶が飲みたいですのに…」
「なんか言ったか?」
「…べ、別に何も言ってませんわ!
……はぁ……カフェモカをお願いしますわ…」
「カフェオレだな。
かしこまりましたお嬢さま」
「ふんっ」と拗ねながら璃杏はそっぽを向く。
彼女は三女の璃杏。
夏怜とは違った美しさに育ってほしいという意味で「瑠璃」から一文字取り「杏」は杏子が花を咲かせる二月十六日に生まれたということから「璃杏」と名付けた。
夏怜とはふたつ違いの中学二年の十四歳であるが、どうも中一の後半辺りからこんなお嬢さま気取りになってしまった。
「璃杏、みんなはまだ寝てるのか?」
「えぇ。
すやすやと幸せそうに眠っていましたわよ」
「んー…。
起こしてきてほしかったけど、まだ時間あるからいいか…」
「父さん。
台所の時計……十分ズレてる」
「えッ!?
……ほんとだ!
もう七時か!」
夏怜に指摘されてテレビの時刻を見ると、きっかし十分ズレていた。
「もうそんな時間か…!
…すまん璃杏、三人を起こしてきてくれないか?」
「……その必要はなさそうですわよ」
璃杏がそう言った直後、ドアの向こう側からドタドタと足音が聞こえてきた。
「………ばーーーん!!!(*`・ω・´)
おはよー夏怜おねーちゃん、璃杏おねーちゃん!
おとーしゃん、おしっこー!」
「おはよ知子。
トイレなら一人で行ってきなさい。
お父さんはみんなの朝ごはん作らないといけないからね」
「やーだー!
おとーしゃんもきてー!」
「…こら、俺は手が離せないんだって…!」
末っ子の知子が俺のエプロンを引っ張る。
その時、後ろから知子が抱き抱え上げられた。
「ほぉら知子、お父さん困ってるでしょ?
一緒に行ってあげるから駄々をこねないの」
「うぅー…」とうなり声をあげながら知子は連れていかれた。
…彼女は末っ子の知子。
八月五日生まれで去年、小学校にあがったばかりの七歳。
甘えんぼうでいつも俺や母さんにひっつきたがる。
一番手はかかってるが、まるでペッt……小動物の様な愛らしさに苦痛を感じたことは無い。
そして知子を連れていった女性は……。
「ふぁ~ぁ…。
クソ眠い…」
「…おはよ強乃。
寝癖ひどいぞ」
遅れて起きてきたのは、我が家で唯一の息子である強乃だった。
璃杏と同じ二月十六日生まれの二卵性双生児であるが、何かと璃杏とは喧嘩が絶えない。
「ん?
…別に気になんねぇし」
「男たるもの、身だしなみにも気を遣うものだぞ」
「嫌だよめんどくせぇ。
別に見せる女がいるわけでもねぇのによ」
あなたには目の前の個性的な女性陣が見えませんかねぇ?^^
「いいから洗面所で直してこい。
それまでにご飯用意してるから」
「……分かったよ…」
しぶしぶ強乃は洗面所に向かう。
忘れていたが、強乃の名前の由来は男として強く、陰に忍びて人の役にたってほしいという意味と、うちの苗字を継ぐ男になって欲しいという意味でこの名を付けた。
そうこうしているうちに全員分のおかずもできた。
「夏怜、みんなのおかず持っていってくれ。
その間にパン焼くから」
「了解」
夏怜におかずのベーコンエッグを持って行かせ、その間に俺は手際よく棚下から食パンを出す。
トースターに二枚差し込みタイマーをかける。
「おとーしゃん、おトイレいってきたよ!」
「おぉ。
ちゃんと手洗ったか?」
「うん!
ほらみてみて!」
俺の目の前に小さな両手を広げるも、それでは洗ったかどうかなんて分かるはずがない。
まぁそれでも見るけど。
「……うん、ちゃんと洗えてるな。
じゃあ知子もテーブルに座りなさい」
「はーーい!」
元気な返事で知子は走っていく。
その後に母さんも眠そうにテーブルに座った。
遅れて強乃も戻ってきた。
「さてと…」
エプロンを脱ぐと、ちょうどよくトースターのポップアップ音が響いた。
こんがり良い感じに焼けたパンを皿に一枚ずつ取り分け、次のパンを焼く。
「知子もってくー!」
「おっ、ありがとな知子。
お姉ちゃんだけじゃ大変だからな。
知子はいい子だなぁ」
「えへへー♪」
優しく頭をなでると知子はくしゃっと笑ってくれた。
そしてパタパタと皿二つを持っていく。
俺も急ぎ、全員分のパンを焼き、みんなで分配しておかずと皿を並べる。
「みんな、席についたな」
全員が俺に目線を向けたのを確認して俺は口を開く。
「えー…今日は全員、色々と忙しい日です。
進級する者や高校生になったり……それぞれこないだまでとは違う日常になると思います。
それでも昨日までの自分に浸ることなく、新しい自分として頑張ってください。
それでは……いただきます!」
『いただきます!』
一斉に声を揃え、全員が朝食にありつく。
朝食の時だけは数分間だけ静かになる我が家である。
「…ごちそうさま」
最初に立ったのは夏怜だった。
「あっ!
夏怜姉ぇ、丸飲みで食っただろ!」
強乃がいちゃもんをつけるも、夏怜はさらりと説き伏せる。
「いいえ。
ベーコンエッグを少々口に含み、それからパンの耳を二~三口かじり、中部分を一口かじってそれから一秒間に約十回噛むイメージで食べてるわ」
「なんだよそれ!
夏怜姉ぇはロボットか何かかよ!」
確かに一秒間に十回も意識しながら噛むなんて、まるでAIみたいな考え方やで。
…つーか、食事モーションが見えなかった気がするのは気のせいだよな…?
「くっそー……今日は勝つって決めてたのによぉ…」
コーヒーをすすりながら夏怜は食後の余韻に浸っていた。
「甘いわね強乃。
私に勝ちたければ、大学レベルの入試問題でも解いてみなさい」
「げっ…。
それはさすがに……」
ガクッと頭をたれ、強乃は負けを認めた。
夏怜はそれを見て何事もなく洗面所に向かった。
「くっそ……こないだのサッカーの試合も負けたっていうのに…。
家でもこの有様かよ…」
「まぁそう落ち込むなって。
サッカーなら練習すればいいし、夏怜には……まぁ攻略法は無いかもだけど…」
「だよな…」
再びうなだれ肩を落とす強乃の背中を母さんが優しくさする。
「いい強乃?
大事なのはそこで「勝つ」ことではなく「負けを受け止められる忍耐力」よ。
…負けることは恥ずかしい事じゃない。
あなたは勝ちにばっかりこだわって、負けるリスクを負わないようにしようとしてる。
そういう子はね、心が折れた時必ず取り返しのつかない「挫折」を味わうの。
強乃にはそうなって欲しくないから、負けることを不条理に思わないで」
「母さん……。
……分かったよ」
落ち込む強乃の頭を母さんは優しくなでていた。
「強乃は強い子なんだから、この程度の事で折れちゃダメよ。
強乃はお父さんとお母さんのたった一人の息子なんだから」
「分かってるよ。
俺、母さんを守れるぐらいに強くなるよ」
「うん。
うじうじと悪いことを引っ張っても、良い事は離れちゃうからね」
優しく頭をなでている光景は、まるで昔の俺そっくりだった。
「…強乃」
洗面所に行っていたはずの夏怜が何故か戻ってきた。
「今日持っていくもので忘れ物してたから、先に洗面所使っていいわよ」
「えっ…」
夏怜はそそくさと自分の部屋に戻った。
強乃は状況を飲み込めずに戸惑っていた。
「あ…夏怜姉ぇ……」
状況を理解出来ていない強乃に俺は補足をする。
「お前の為に洗面所を空けてくれたんだろうな。
夏怜は別に一番になりたくて早食いしたわけじゃねえからな。
あの子はただマイペースなだけなんだよ。
…お前も分かるだろ?
夏怜はお前の事なんて、最初から競争相手にも思ってなかったんだよ」
「…それはそれで俺の単独事故みてぇで逆に傷つくけどな」
「あっ、すまん(笑)」
きっと夏怜なりに気を遣ったのだろう。
夏怜は性格ゆえか、あまり人と競走することもましてや一番を取りたがることもない。
むしろ、その幸せを共有しようとする。
仏頂面ではあるが…ほんとは優しい子なのだ。
「ほら、早く顔洗ってこい。
ケツが詰まっちまう」
「あ、あぁ…」
少したじろぎながら強乃は洗面所へ向かう。
「あれもまた美学ですわね。
…少しだけお姉さまの事を見直しましたわ」
「そりゃ夏怜はいつも仏頂面で愛想がないが誰よりも優しい子なんだぞ。
てか、いつになったらそのお嬢さま言葉直せるんだ?
是非ともお父さんに教えて欲しいな花も頭を垂れて目線を逸らす璃杏よ」
…仲が悪い訳では無いが、趣味の違いからか璃杏は夏怜のことをあまり好いていない。
妹という立ち位置も気にしてか、あまり夏怜に楯突くことはないが……オシャレに無頓着なところが特に気に入らないらしい。
「あら、さっきも言いましたが、このしゃべり方は教師たちも公認済みでしてよ?」
『公認済みと言いますが、こっちはいつ学校に呼び出しを食らうかヒヤヒヤなんですお』
なんて思っていると顔を洗い終えた強乃が戻ってきた。
「次、いいよ」
「…では私が使わせていただきますわ。
お姉さまはまだ戻らなくて?」
「あぁ。
使っていいんじゃないか?」
「知子もハミガキするー!」
「じゃあ知子もいらっしゃい。
美しいレディになるための正しい歯の磨き方を教えてあげますわ」
「おい。
歯の磨き方ぐらい普通に教えろ」
「知子、きれーなれでぃーになるー!」
「そうですわね。
きっと知子ならなれますわよ」
そう言って璃杏は知子の手を引いて洗面所へ向かう。
『まぁ、璃杏も面倒見が良いから助かるんだよな…』
そう考えていると足音もなく夏怜が戻ってきた。
「おっ、もう着替えて来たのか。
よく似合ってるぞ」
部屋から戻ってきた夏怜は、さっきまで着ていた灰色のスウェット姿からワイシャツプラス体操着の短パンに着替え、手には高校のセーラー服が携えられていた。
中学時代のとそう変わらないが、これはこれで新鮮な気もする。
「…襲いたくなった?」
「母さんがいる前でそういう発言はやめなさい。
一歩間違えればお父さんは犯罪者だぞ」
「あら、ごめんなさい」
とは言っても傍でやり取りを見ていた母さんは楽しそうに笑っていた。
そして顔を洗い終えた璃杏と知子が戻ってきた。
「ハミガキおわったのー!」
「ほら知子!
ほっぺに歯磨き粉がついてましてよ!」
バタバタとせわしい雰囲気ではあるが、これはこれで俺は楽しくも感じていた。
「知子、着替えたら母さんと学校行くんだぞ。
母さんはそのままお仕事行くんだからな」
「うん!
おきがえするー!」
「だからまだほっぺについてますのー!!」
自由に走り回る知子を追いかける璃杏に思わず微笑んでいると、後ろから誰かに裾を引っ張られた。
「…父さん」
「ん?
…おっ、もう行くのか?」
「うん。
洗顔も済ませたし、教科書類も道具類もハンカチ・ティッシュも持った」
…あれっ、璃杏たちが戻ってきてから数分しか経ってなくね…?
しかも制服も着てるし…(汗)
「そっ、そうか…。
……そうだ、ちょっと待ってろ」
「…?」
疑問形の表情を浮かべる夏怜に、俺は「ある物」を取りに寝室へ向かった。
「…あった」
そして急ぎ夏怜に渡した。
それはオシャレに無頓着な夏怜の為に買ったささやかなプレゼント。
「開けてごらん」
夏怜は一度俺の顔を見てから小包みを開ける。
「…!」
中から顔を覗かせたのは、小さなケースに入った白いツバキの花の付いた髪留めである。
「これ…」
「こないだ父さんと母さんで買い物に行った時、夏怜に似合うと思って買ったんだよ。
あんまり派手なのじゃ嫌がるかと思って少し地味めのを選んできたんだよ。
いつも地味な服とかばかりだし、髪も目にかかるくらい長かったしな。
付けてみろよ」
「……」
少し驚きながらも夏怜は右側の前髪に髪留めを付けた。
「…どう?」
「うん、全然いいよ!
印象も良く見えるし、その方が可愛いぞ!」
「そう…」
そう言って夏怜は玄関に向かう。
『褒めすぎたかな…?』
そう思いつつも夏怜の見送りに向かう。
「よく似合ってるぞ夏怜。
男どころか女の子からも言い寄られるんじゃないか?」
「…知らないわ」
黙々と靴を履く夏怜の後ろ姿は、どこか恥ずかしさも見えた気がした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
出ていく際、小さく手を振った夏怜はどこか嬉しそうに見えた気がした。
「さて、私もそろそろ行きますわ」
「おっ、気を付けて行ってこい璃杏………って、その「制服」で行くつもりか…」
「えぇ。
何か問題がありまして?」
「大アリだよッッッ!!!!
そんな校則違反必須のフリル付きスカートと長袖じゃ絶対追い返されるから!」
「そんな…!
せっかく昨日一人で四時間費やして作ったのに…」
前述の通り、璃杏の制服は既存の制服に華やかなフリルや小さなリボンを施したどっからどう見ても校則違反待ったなしの改造制服。
しかし今から直すにも時間はない。
「しょうがないか…。
フリルは中に織り込んで隠しときなさい。
リボンとかも帰ったら外しとけよ」
「うぅー…。
…仕方ありませんわね…」
しぶしぶフリルを衣服用テープで織り込んで留める璃杏に俺は閑話休題に合わせる。
「お前、さてはロリータドレスをイメージしてこんな格好にしたんだろ」
「あら、ちょっと惜しいですわね。
正確には「白ロリ」ですわね。
まぁ、スカートが赤い時点でホワイトではありませんけどね。
……行ってきますですわ!」
「…そんなもんなのか?
行ってらっしゃい」
璃杏もまた笑顔で出て行き、その後すぐに強乃が来た。
「…あっ。
強乃、ちょい待ち。
背中にゴミついてるぞ」
「んぁ?
…いいよそんなの。
走ってれば風で飛んでいくよ」
「それまでは晒し者になっちまうだろ。
いいからちょっと動くな」
文句は言わず強乃は黙ってゴミを取らせてくれた。
「後ろ髪まで立っちまって…。
今クシ取ってくるから待ってろ」
「悪ぃ、時間ねぇからもう行くわ。
…行ってきます!」
「あ……強乃!
…ったく……」
ドアを開けっ放しにして走っていく強乃の後ろ姿を見つめていると、最後は母さんと知子が来た。
「じゃあ家のことよろしくね」
「あぁ。
知子のこと頼んだぞ」
「分かってるよ。
私だってこの子たちのお母さんなんだから」
「そうだったな」
そして俺と母さんはキスをした。
「あー、ずるいー!
知子もちゅーするー!」
「はいはい。
…学校で友達と喧嘩したらダメだよ?」
「はーい!
……えへへー、おとーしゃんのちゅーすきー♪」
嬉しさ(?)のあまり、知子はその場で地団駄を踏みながらニヤけていた。
「さっ、お父さんからもチューもしてもらったんだからそろそろ行くよ」
「ハ━━━ヾ(。´囗`)ノ━━━イ!」
知子もまた元気よく手を振りながら母さんと共に出ていった。
「……さてと…」
全員を見送り、俺は食器を洗う…と見せかけて、再び朝飯の支度をした。
「…出来たっと」
さっきまでの朝ごはんにメンチカツを二枚サラダに乗せる。
それらをお盆に乗せ、俺はある場所へと向かう。
そこは二階のとある一室。
『コンコン…』
返事はなくとも俺は続けた。
「……海麗。
起きてるか?」
返事はない。
「……ここに朝ごはん置いてくから、起きたら食えよ。
食ったら食器だけ置いといてくれればいいから」
そっと朝食を置いていき、俺は部屋の前から去った。
……彼女は次女の海麗。
夏怜の一個下で九月十八日生まれ。
海のように麗しく、どこまでも果てしない優しい子に育って欲しいと願ってこの名を付けた。
だが海麗が中学二年の時、彼女はいじめを機に学校を休むようになり、挙げ句は中退してしまった。
その結果、引きこもりとなってしまい家族にでさえ顔を見せなくなってしまった。
それでも、いじめの辛さを知ってる俺は、彼女に気を使って毎日飯とたまに小遣いだけは渡している。
こういうのは時間をかけて直すべき問題だからな。
その甲斐もあってか、今では普通に飯も食べてくれて洗濯物も遠慮なく出してくれている。
最初の頃は、いじめのショックから飯すらろくに食べてくれなかった。
「あれからもう一年か…」
いじめていた輩は同じクラスメイトの女子三人。
中学二年になってからクラス替えで一緒になった際、陰気臭そうなくせに態度が生意気な事にムカついたという信じられない理由で、からかいという名のいじめをしていたらしい。
もちろん三人とは学校で顔を合わせ、俺と母さんの前で土下座をさせた。
とりあえずは彼女たちの将来も考えて退学だけはさせなかったが、海麗の耳には入れないよう先生方には内緒にしてもらった。
それを聞いたら、きっと彼女は深く傷付きかねない。
「…洗い物するか」
再びエプロンを身にまとい、俺はみんなの使った食器を片付ける。
手早く洗い、次は洗濯だ。
「今日もまた多いなぁ…」
無理もない。
家族七人分ともなれば、一日で脱衣室の足場が見えなくなるくらいに溜まってしまう。
少々狭いのもあるが、上着、下着、靴下類などの様々な種類の洗濯物がうちでは簡単に山を作り上げてしまう。
ちなみに洗濯は一日に四~五回回す。
幸い、最新式のドラム式洗濯機の為、大容量で汚れもゴリ落ちしやすく取り出しやすいのが唯一の助かりである。
「洗剤に柔軟剤……これでよしっ」
洗濯機の電源を入れ、始めの一回を回す。
もちろん男女別々に洗っている。
ただ夏怜や知子はともかく、璃杏はここ最近になってから俺に洗濯機を回されるのを少し嫌がるようになってきた。
まぁ思春期だから仕方ないのは分かるんだが…。
「夏怜はその辺、無頓着だよな…」
そう。
夏怜はどんなジャンルに置いても「嫌」というセリフを聞いたことがない。
小さい頃から虫も平気で触るし幽霊は見てみたいとも。
かなりの不思議ちゃんではあるが性格上、あまり手がかからなかったのも事実。
強いて言えば、俺以外の男が基本的に苦手……ではなく「必要な時以外には接触したくない」と言っていたっけかな。
それに比べ、璃杏は虫はおろか心霊番組さえ見れないほどの怖がりである。
知子は野菜や怖いもの、強乃は黙っていること、堅苦しいこと……あとは夏怜と璃杏と知子に似た女性とか言ってたかな。
「洗濯してる間に掃除機もかけるか」
一旦路線を戻そう。
洗濯機を回してる間に俺はリビングに掃除機をさっとかける。
軽くしかしないのは毎日やっているからだ。
夏怜と知子はハウスダストに弱いため、一応その辺を気にして掃除を心がけている。
「テレビの四隅とか裏側も汚ぇな…」
物置にしまってある掃除用具から雑巾を出して、テレビ周りの水拭きをかける。
今日は天気も良く、今日は絶好の洗濯・掃除日和。
窓から入ってくる柔らかな風は、時速百キロの強風の中に手をかざすと、Fカップを触ってる気分になれるような……ゲフンゲフン、掃除をしている俺の後ろ姿を後押ししてくれるような心地よさを感じさせてくれた。
「……よしっ。
頑張らないとな」
そう言い聞かせ、軽くで済ませるはずの掃除に気がつくと、俺は作業ゲーばりにやり込んでいた。
「……これで十分だろう」
敷いていた絨毯をひっくり返しつつ、目に見えるフローリング部分をしっかりと拭き終えた。
『ピピピピッ!ピピピピッ!ピピピピッ!』
ちょうど良く洗濯機が仕事を終え、アラーム音を告げていた。
呼ばれるがままに脱衣室に向かい手際よくカゴに洗濯物をで放り込んでいく。
残りの洗濯物を放り込み、同じく洗剤と柔軟剤を入れて再び洗濯機を回す。
その間にベランダに洗濯物を干しに行く。
暖かなお日様が今にもカラッと洗濯物の水分を飛ばしてくれそうだ。
「だったらいいんだけどなぁ…」
悪態をつきながら最後の一枚を吊り下げ、リビングに戻った俺はようやく腰を下ろした。
「はぁ…。
疲れた…」
ソファーに横たわりスマホの時刻を見ると、まだ昼前の十時半だった。
『…少し寝るか。
どうせ洗濯機のアラームで目が覚めるだろうし。
買い物は夕方行けばいいか……』
そう考えるうち、俺は自然と目蓋が閉じていった。
眠りにつく直前、俺はふとある事を思い出す。
『ガス………止めたっけ…』




