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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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38/43

37.涙と別れ、好きと歌へ

二月二十九日の午後一時。

 

『ピンポーン』

 

「はぁーい。

 …あら、いらっしゃい。

 燈、祈世樹ちゃん来たよ」

 

「あーい。

 …うすっ、あがってよ」

 

「うん。

 お邪魔します」

 

丁寧に靴を揃えて祈世樹は俺の部屋についていく。

着てきていた茶色のカーディガンに白の長袖、灰色のスカートに淡い水色のハンドバッグを下げた格好は、まるで学校の制服を思わせる様を感じさせていた。

 

「部屋入って待ってて。

 お菓子持ってくるから」

 

「ありがと」

 

いつもより言葉数の少ない祈世樹を部屋に行かせ、俺はキッチン棚と冷蔵庫から茶菓子を集める。

 

「じゃあ母さん仕事行くけど、祈世樹ちゃんに変なことしないでよ」

 

「分かってるよ。

 いってら」

 

今日は母さんは遅番らしく、祈世樹とすれ違いに家を出ていった。

 

「…お待たせ。

 喉乾いただろ。

 適当に食べてよ」

 

「うん、ありがと」

 

口ではそう言いつつも、祈世樹は俺のベッドに腰掛けたま動じずうつむいていた。

 

「……」 

「……」

 

慣れた空気……とは言えないが、俺はそっと祈世樹の隣に座り背中をさする。

 

「……」

 

うつむきながら祈世樹は俺に寄りかかってくる。

 

「世界……」

 

彼女は何も答えない。

何故ならば、その名は今日で最後となるかもしれないから。

 

「俺さ………決めたよ…」

 

「……」

 

寄りかかったまま世界は俺の手に触れてくる。

俺は抵抗することなくその手をぎゅっと握る。

やがて祈世樹は噤んでいた重たげな口を開いた。

  

「……あのね……空にプレゼントがあるの…」

 

「…?」

 

そう言うと世界は立ち上がり、持ってきたハンドバックからプレゼント用の赤い包みに梱包された袋を取り出す。

 

「私とみんなから。

 …空にはみんなの事……忘れないで欲しいから…」

 

「…あぁ」

 

そっと袋を受け取る。

 

「…開けていいか?」

 

「うん…」

 

許可を得て袋のリボンを解く。

中からはノート数枚分の手紙と、一枚のCDが入っていた。

 

「手紙は今見てもいいのか?」

 

「うん、いいよ」

 

一枚めくると、それは烈火たちの最後のメッセージが記されていた。

中にはこう書かれていた。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『孤独に紛れ、その身を隠してきた人の子:烈火

 

拒絶することを恐れていた彼女の前に現れたのが私。

拒絶され続けて摩り減った精神を持つ彼女に、近づく人を拒絶する力はなく、今度こそ愛されたいと希望を持つ力だけが彼女の原動力だった。

私がいることで、一人ではなくなった彼女は気丈に振る舞いながら、自らを追い詰める。

「愛されたいと願ってごめんなさい。愛されたい。愛したい。

愛することも願えない。ごめんなさい。ごめんなさい。」

不条理に蔑まれ、憎まれ、呆然と立ち竦む彼女を私は守りたかった。

ただそれだけ。

だから私は生まれた。

だから私は彼女の幸せを願う。

 

ただ それだけ

 

私が彼女の情報を司っていたのは、想う・思うことは脳内でしか出来ないから。

彼女の思いが此処にあるから。

 

ただ それだけ

 

 

 

 

 

 

 

杞憂で心優しき人の子:麻璃亜

 

死ねと言われた分、生きる事を大切にしてきました。

だから彼女は人の痛みに触れることが出来る。

「傷ついた分、人に優しく出来る」

いつの間にか その言葉を生きている意味としていました。

不条理に蔑まれ、疎まれる彼女は 諦めることを知りました。

それが私の生まれた日です。

 

必要以上を求めない私は「大人」というポジションにつきました。

夢を見ないのが「大人」です。

現実を知るのが「大人」です。

だから私は「大人」として常識を司ることにしました。

情報と統合すると、彼女は知りすぎているのです。

 

この世界を

 

 

 

 

 

 

 

純粋で幼き人の子:いちご

 

「大人になりなさい」そう言われ続けて「大人」が生まれて、その反対に子供でいたい気持ちを押し込める為にいちごが生まれたの。

思う気持ちを押し込めて、心の中に閉じこもっちゃった彼女のために、いちごは此処にいるの♪

 

いちごはね、「大人」の対抗策なの。

だから夢も見るし、楽しいの大好きだよ♡

それはね、

 

この世界から目をそらす為

 

なんだよ♡

 

 

 

 

 

 

 

力強くたくましい人の子:忍

 

彼女は一生懸命に何かをしてはいけなかった。

それは不条理なことに調子づく事を快く思わない輩がいたからだ。

そのうち彼女は人前で努力するのを辞めてしまった。

なら、人並みに努力すればいい。

そして 俺が生まれた。

 

俺は彼女の身体を守ってた。

それは体も精神も。

彼女はとても綺麗だったから、俺は守ってた。

 

守っていたかった

 

 

 


 

 

 

穢れなき黒き心を持つ人の子:奇跡

 

彼女を守る為に戦う。

戦いたいから戦う。

 

闇にまみれるのは自分だけでいい。

彼女は光にいるべきだ。

自分も彼女に憧れたから。

だから自分の為に光を目指すよ。

 

憎しみや怒りが自分を支えるから。

そして彼女にそれは必要のないものだから。

 

だからオレが持ってく。

 

 

 

 

 

 

 

 

不完全と不安定を抱く人の子:祈世樹

 

私の声は貴方の中に響いていましたか?

私は、私という存在は、君の記憶の中にいられますか?

私はもう貴方を失くさない。

ずっと…憶えてる。

 

私が 最後』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手紙はそれで終わっていた。

こみ上げてくる涙を拭きながら俺はそっと棚に置いた。

 

「……ありがとう世界。

 大事に取っておくよ」

 

涙ながらに笑顔で返す。

きっと見ていられないほど気持ち悪い笑顔だったに違いない。

 

「ありがと…」

 

彼女もまた、じわりと涙を浮かべながら微笑み返す。

 

「あとね、もうひとつプレゼントがあるの」

 

「…なんだ?」

 

おもむろに祈世樹はスカートの裾を直し、俺の目の前で正座した。 

 

「それはね………今ここで空のお願いを何でも聞いてあげる!」

 

「……へ?」

 

あまりに素っ気ない言葉に思わず声が裏返ってしまった。

 

「ふぇっ!?///

 えっ…えっとね……。

 私がいなくなっても後悔しないように、今のうちにやりたいこと・して欲しいことを何でも聞くってこと!」

 

「…あぁ!

 そういう事ね」

 

ようやく理解はしたものの、急にそんな事言われても…。

……とは言いつつも、俺は彼女の首から下を見ていた。

 

「…じゃあさ……俺と………してみない…か…?」

 

「…?」

 

「ッ…!///

 その…だな……。

 俺と……………「セックス」………してみないかって……」

 

「………ふぇ…」

 

死亡フラグだった。

祈世樹は顔を真っ赤にして両手で隠してしまった。

 

「あっ…ごめん!

 調子乗りすぎた…。

 …いくら何でもそりゃ無理だよな…!

 ははは…///」

 

「…………いいよ…」

 

「…へ?」

 

小さく呟く彼女の声に俺はガチで聞き返してしまった。

 

「えっと……今なんて…?」

 

「…ッ!?///

 うぅー……空のいじわる…。

 ………エッチしても……いいよ…?///」

 

「…ッ?!////」

 

顔から火が出るとはこういう事を言うのか、俺は今までになく顔の血流が激しく、初めてエロ本を読んだ時の動悸にも似た緊張感が胸を締め付けた。

すると祈世樹は俺の手を取り、そっと自分の胸に当てた。

 

『ッ!?///

 やっ…柔ら…かい…///』

 

初めて触った祈世樹の胸の感触は、服と下着越しでも分かる柔らかさだった。

以前、烈火に逆レ……されかけた時に自らお預けかましたとはいえ、今回は祈世樹本人が相手で且つ、彼女も緊張で爆発しそうになりながらも逃げる様子は無かった。

  

「……空なら…いいよ。

 …好きなだけ……して…?」

 

「…ッ!!?///」

 

好きな女子から潤んだ目でこんなことを言われたら…耐えられるはずもなく…。 

…碧乃燈、十八歳。

童貞卒業の相手は、初恋の女の子でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。

 つ、疲れた…」

 

「はぁ…みゅぅ…。

 私もッ………初めてだったから…」

 

それから事後のこと、お互いくたくたになりベッドに二人で寝っ転がっていた。

 

「…気持ち良かったか?

 俺……初めてだったんだけど…」

 

「うん…。

 空の手……すごく気持ちよかった…。

 触られるだけで、胸がきゅんってなっちゃった…///♪」

 

「…そっか」

 

そう言って微笑む彼女に俺はキスをする。

お互い合図をせずとも、自然と舌を絡め合わせていた。

 

「んっ……。

 …今のキスも…すっげぇ気持ちよかった…」

 

「私も…。

 きっと空だからだと思うな…」

 

ニコッと子供じみた笑顔で祈世樹は笑う。

 

「…もっと……何回もお前としたかったよ…。

 こんなに……お前とするセックスが気持ちいいなんて…」

 

「…そうだね。

 私も……空となら…毎日でも嬉しかったかな…」

 

お互いに涙を流しながら抱きしめ合う。

終わったばかりのせいか、裸で抱き合っても自然と興奮することは無かった。

 

「……まだしたい?」

 

「…いや、もう大丈夫だよ」

 

そう言って俺は祈世樹をそっと起こす。

 

「…服、着ないとな」

 

「…そうだね///」

 

今の自分の姿を思い出してか、祈世樹は少し恥ずかしげに服を着始めた。

俺も祈世樹に背を向けながら服を着る。

 

「…もういいよ」

 

互いに着替えも終わり、いよいよタイムリミットが迫ってきていた。

 

「…ひとつだけお願い聞いてもらっていい?」

 

「…どうぞ」

 

ジュースを一口飲み、祈世樹は続ける。

 

「…これで最後だから……みんなと、ちゃんとお話して欲しいの。

 今日でお別れだから、ちゃんとばいばいしてほしいの」

 

「……あぁ。

 願ったり叶ったりだ」

 

そう言うと祈世樹は優しく微笑んでくれた。

 

「じゃあね、今からみんなのことをフルネームで呼んでね。

 話し終わったら入れ替わりでね」


「…分かった」

 

深呼吸をして祈世樹は呼吸を整える。 

 

「じゃあ麻璃亜ちゃんから呼んでね。

 その後は空に任せるね」

 

「わかった」

 

そう言うと祈世樹は力なくベッドに横たわる。

ひと呼吸おいて俺は名を呼び出す。

 

『麻璃亜・リンスレット』

 

すると祈世樹の身体はゆっくりと起き上がった。

 

「んっ……お久しぶりですね空さん。

 私がトップバッターですね」

 

「久しぶり。

 しばらくぶりだな」

 

相変わらず大人の色気……とはまた違う上品さを醸し出していたマリアに、何だか寂しさを感じた。

 

「…今日で……お別れなんだよな」

 

「えぇ。

 祈世樹さんが大変お世話になりました」

 

「いや、俺も祈世樹には助けられてばっかりだったよ。

 それもこれも、お前もいてくれたからだよ」

 

上品な笑顔で頬に手を当てマリアは微笑んだ。 

 

「まぁ。

 …やはりお優しいですね…空さんは」

 

これもまた、彼女の理想の一つだったんだろうな。

 

「…ちなみに、祈世樹さんとの初体験はいかがでしたか?」 

 

「初体k……ッ!?///

 まさか……見てたのか…?」

 

「うふふ。

 祈世樹さんは大変幸せそうでしたよ?

 頑張って腰を動かす空さんも、素敵で可愛らしかったです♪」

 

「ひ、ひいィィぃぃィッ!!!

 それ以上は言わんといてー!///」

 

「うふふ」と楽しそうにマリアは笑う。

 

「…さて、そろそろお時間ですわね。

 私もそろそろ行くとしますわ」

 

「そうか。

 本当に、世話になった」

 

「えぇ。

 こちらこそ、大変お世話になりました」

 

そう言って俺たちは互いに握手を交わす。

 

「…もしまた会えることが出来たら、今度は紅茶用意しとくからな。

 アールグレイ辺りはどうだ?」

 

「まぁ…!

 それは素敵なご提案ですね。

 その時は、是非ともご相伴に預かりたいですね♪」

 

大人びた笑顔でマリアは微笑む。

 

「では、私はこれで…。

 ……また、どこかでお会いしましょうね……空さん」

 

「あぁ。

 いつかどこかで会おうな……マリア」

 

小さく手を振り、マリアは消えた。

 

「……」

 

マリアがいなくなってから、祈世樹の身体は力なくうつむいた「魂の抜けた人形」のようになっていた。

そこに命を吹き込む道化師のように俺は名前を呼ぶ。

 

『いちごみるく』

 

それから少しして、眠たげにいちごが目を覚ました。

 

「んんーーん…。

 ……にゅぅ…?

 …ぁ、ごしゅじんさまー!♪」

 

初めて顔を合わせた時のようにいちごは俺に飛びついてきた。

 

「久しぶりいちご。

 元気してたか?」


「うん!

 いちごね、ごしゅじんさまのことまいにちかんがえてたの!」

 

「ほぅ。

 例えば?」

 

「んとねー……祈世樹ちゃんがごしゅじんさまとけっこんしたら、まいにちとらんぷとか、あやとりであそびたいってかんがえてたの!」

 

「ぶっ…!

 …そんな事でいいのか?」

 

「うん!

 いちご、たのしーことすきだもん!

 それでね、ごしゅじんさまにかって、ごほーびに頭なでなでされたり、ぎゅーってしてもらうの!」

 

「あぁ、そうだな。

 上手に出来たらいっぱいしてやるぞ?」

 

「ほんとっ!?

 じゃあ、けっこんしゅりゅ!?」

 

「んー、それは分かんないけどな。

 祈世樹には俺よりももっとお金持ちでイケメンな男がいるかもよ?」

 

「んーん!

 祈世樹ちゃんは、ごしゅじんさまいがいのおとこのひととけっこんしちゃめっ、なの!」

 

頬を膨らませ、いちごはぷんぷん顔で怒っていた。

もちろん可愛いとしか言いようがない。 

 

「そっ、そうなんだ…。

 あはは…」

 

だが現実から目をそらす事は出来ない。 

 

「でも……いちごとはここでお別れなんだよな」

 

そう言うと、いちごは初めて暗い面影を見せた。

 

「うん…。

 いちごたちがいなくならないと、祈世樹ちゃんがダメになっちゃうから…。

 ……でもね、いちごさみしくないよ!」

 

「…?

 どうして?」

 

さっきまでの辛辣な表情とは打って変わって、いちごは満面の子供じみた笑顔で答える。

 

「祈世樹ちゃんはね、ごしゅじんさまのことだいすきなのを知ってるから!

 だから、いちごもしあわせなの♪」

 

そう言いながらいちごはぐりぐりと俺の腹に頭をこすりつけてくる。

 

『この世界から目をそらす為…か…』

 

それは、幼稚さしかないと思っていた幼女に隠されていた真実…だったのかもしれない。

 

「じゃあ、いちごはもう一人前のレディになれたってことだな。

 おめでとう」

 

「ほんとっ!?

 いちご、すてきなれでぃーになれたの?

 ワァ───ヽ(*゜∀゜*)ノ───イ!」 

 

消えることに不安を少しでも取り除かせるために言ったんだけどな。

 

「…じゃあ、もう時間だから……いちごもそろそろばいばいしようか」

 

「うん!

 ごしゅじんさまとばいばいするのはさみしいけど、祈世樹ちゃんはいまとってもしあわせだからだいじょーぶ!」

 

そう。

この子もいつだって笑っていたのだろう。

 

「…ごしゅじんさま。

 いちごがいなくなっても、ちゃんと祈世樹ちゃんとあそんでね?」

 

「わかった。

 約束な」

 

「えへへー♪」

 

最後に頭をなでると、少ししていちごは自らの意志で俺の手を離した。

 

「じゃあねごしゅじんさま。

 いちごは祈世樹ちゃんもごしゅじんさまも、ずーっとだいすきだよ♪」


「あぁ。

 俺もだよ。

 またいつか……会おうな」

 

最後まで笑顔を切らすことなく、いちごもまた消え去っていった。

 

『奥崎 忍』

 

むくりと倒れ伏せていた身体が起き上がる。

 

「んぅ……。

 …今度は俺か…」

 

「久しぶり忍。

 元気にしてたか?」

 

「あぁ。

 俺は基本的に祈世樹の手となり足だから、それ以外は基本的に寝てるけどな」

 

「そうだったな。

 けど、お前も祈世樹の一部としてよく頑張ってくれたな。

 ありがとう」

 

「よせ。

 俺は祈世樹が好きだから……守る為に尽くしてただけだ」

 

「だからこそだよ。

 ……世話になった」

 

照れくさそうに忍は鼻をこすりながらそっぽを向く。

 

「…俺もそろそろ行くわ」

 

「あぁ。

 …お前ともあまり話せなかったけど、もしまた会えることがあれば…その時は色々と語り合おうぜ……友よ」

 

「…分かったよ。

 その時までうちのお姫様を頼むぞ……相棒」

 

そう言って俺たちは互いに拳をぶつけ合った。

その直後に忍は消えた。

 

『出ておいで。

 裏・祈世樹』

 

忍よりも少し時間をおいて「彼女」が目を覚ました。

 

「……ったく、なんでオレまで出てこねぇといけないんだよ…」

 

「何言ってんだ。

 お前も祈世樹の人格なら呼ばれて当然だろ」

 

「知るか。

 どうでもいいわ」

 

どうでもよかったら出てくるはずないがな。

 

「…お前にも世話になったな」

 

「あ?

 オレは何もしてねぇよ」

 

「いや、お前も祈世樹を守ってくれたんだ。

 …ありがとう」

 

「…ふんっ。

 祈世樹を守るのはオレの勝手だ。

 お前に命令されたとこで言うこと聞くとは限らねぇ。

 ……けど…」

 

「…?」

 

忍とは違った頼もしい笑顔で「裏」は答える。 

 

「……お前のことは嫌いじゃなかったぜ。

 …ちょっとだけなら認めてやる」

 

「そりゃ光栄だな」

 

どうやら「裏」はツンデレさんのようでした。

 

「…そういやさ、お前には「負の感情」しかないんだよな?」

 

「…それがなんだ?」

 

俺は少しだけイタズラ心が湧いた。

 

「ならさ、お前に「愛情」ってものがどれだけ暖かいものか教えてやるよ」

 

「…何だそりゃ。

 オレには愛情なんて理解出来きるわけな………ッッ!!!?///」

 

裏のセリフを遮るように、彼女の隙を狙ってキスをした。

「裏」は驚いて目を見開き、すぐに目を閉じた。

どうやらそのまま行っちまったらしい……可愛いヤツめ。

 

『浅桐烈火』

 

ぱっと目を覚まし、ゆっくりと祈世樹の身体が起き上がった。

 

「…最後は私ね」

 

「あぁ。

 お前には一番に世話になった」

 

見慣れた冷たい眼差しは、変わらず俺をまっすぐ捉えていた。

 

「私からも感謝しなければならない。

 貴方には、言葉では感謝しきれないほど世話になった」

 

「…どうかな」

 

ほんの軽い冗談と悟ってくれてか、冷たい眼差しの奥で笑みが見えた気がした。

 

「…貴方に一つ、良いことを教えてあげる」

 

「…?」

 

顔を近づけ、耳元で烈火は小さく囁いた。

 

「もし、貴方が祈世樹の子供を孕ませると……低確率で私たちが生まれるかもしれない」

 

「……えっ?」

 

言葉の意味を理解する頃には、既に烈火は俺から離れていた。

 

「祈世樹の子供………お前らが生まれるのか…?」

 

「…あくまでも確率の話。

 生まれる確率はおよそ三パーセントにも満たないと思う」

 

「三パーセントにも満たない…。

 けど、三パーセントはなくても、確率は存在するんだろ?」

 

「もちろん。

 貴方の中の私たちの記憶があれば、可能性はゼロではない」

 

「……」

 

少しだけ心が揺らぐ。

もしそれが本当ならば、彼女たちとの別れの苦しみも少しは和らいだ気がした。

 

「そろそろ私も行くわ。

 …何か質問は?」

 

「…ないよ。

 本当に世話になった」

 

「そう…」

 

どこか寂しげな雰囲気で烈火は目を閉じる。

 

「…私からも最後のお願い。

 どうか……後悔のない道を選んで」

 

「…そういや前にも言ってたな。

 お前のことだから、てっきり祈世樹の幸せだけ望んでるものかと思ったよ」

 

「いいえ。

 ちゃんと筋は通ってるわ」

 

「筋?」

 

目を閉じていた烈火は再び目を開いた。

 

「…空が笑えば、あの子も幸せになれるからよ」

 

「…ッ!

 烈火……お前ッ…」

 

そう言い放った烈火には………「笑顔」がそこにはあった。

 

「……ははっ…。

 やっぱり……お前はすげーやつだ。

 それでこそ祈世樹の頭脳だよ…」

 

それでも烈火の笑顔は崩れることは無かった。

 

「……今度こそお別れ。

 私も行く」

 

「……そうか…」

 

いつもの冷たい眼差しに戻り、烈火は言った。

 

「…承認を」

 

分かってて言ってるのか、とあるアニメの宇宙人と同じ口調・音程・セリフで烈火は俺を見つめる。

それを分かってるからこそ俺は答えを返す。

 

「………よしっ、いっちまえ!」

 

遠くに行く親友を見送るイメージの笑顔でそう答えると、烈火は再び口角を上げて微笑む。

 

「…ありがとう空。

 そして、さよなら…」

 

感情が無いはずの烈火から満点合格の笑顔を見せつけられ、彼女は去った。

……残りは一人……。

 

「……はぁー…」

 

深く深呼吸し、彼女の名を呼ぶ。

 

『海条祈世樹』

 

ゆっくりと目を覚まし、祈世樹は再び戻ってきた。

 

「…ちゃんとみんなとばいばい出来た?」

  

「あぁ。

 あとはお前だけだ」

 

「そっか。

 それなら良かった」

 

ささやかにはにかみ、祈世樹は安心した様子で脚を伸ばす。

 

「はぁ…………寂しくなるなぁ…」

 

「…俺もだよ…」

 

俺の手を取り、祈世樹はぺたぺたと触り始める。

 

「…この手にね、触れられると胸がきゅってなっちゃうの。

 頭をなでてくれたり優しく抱きしめてくれたり、時には叩いたり…。

 でも、私にはその全てにおいて「忘れられない温もり」になったんだよ」

 

「…そっか」

 

愛おしそうに祈世樹は俺の手をなでたり頬に当てたり、キスをしていた。

 

「…もう……触れられないのかな…。

 この温もりにッ……」

 

唐突に祈世樹は泣き出す。

俺は黙って祈世樹の背中をさすった。

 

「いやだ…。

 忘れたくない…。

 こんなに優しくて暖かな温もり……ずっと感じていたいのにッ…!」

 

祈世樹の嬌声が俺の心臓にまで響く。

その悲しみと痛む心臓に俺も泣きたい気分になっていた。

 

「…けどね…」

 

祈世樹は涙を拭って笑顔を見せる。

 

「…この温もりがあったからこそ、私はもう一度本当に笑うことが出来た。

 男の人が怖くなくなった。

 ……幸せになってもいいんだって気付けた…」

 

「…世界…」

 

彼女は涙ながらに微笑む。

 

「だから………もう一人でも……大丈夫だよ」

 

手の平からこぼれ落ちる花束のように、涙が流れ落ちる。

咲き誇っていた花びらが一枚一枚落ちていくように。

  

「もう怖くない…。

 また一人になっちゃうけど…「独り」じゃない。

 だから……大丈夫だよ」

 

世界は空を仰ぐように涙を拭って微笑む。

だから俺は言ってやった。 

 

「………大好きだよ」

 

「……?」

 

「………愛してる…世界…」

 

「…ッ!!」

 

終わる世界は、何故これ程儚くも美しいのか。

 

「……空は………やっぱりいじわるだよ…」

 

目の前に居るのに、遠く離れてゆく想い。

掴めるのに、今この瞬間にも砂の芸術のように崩れていく幸せ。 

 

「……私も………貴方を愛します。

 空と世界……一生の約束です…」


涙ながらに語る彼女の口を塞ぐように俺はそっとキスをする。  

唇で感じた彼女は震えていた。

 

「………私がいなくなっても覚えていてほしいなら「フェイト」。

 忘れてほしいなら「フェイク」。

 …どちらか選んで」

 

「…わかった」

 

もし君が一国の王女で、俺が王女に恋をする騎士だったら…。

 

「…そろそろ……私も行くね…」

 

「………あぁ…」

 

国を裏切ってでも、君を連れてどこか遠くに走るだろう。

それが………どんなに罪深いタブーや極刑だとしても………俺は君だけを………。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「……さよなら…………空……。

 ……………大好き…………ずっと………愛してます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ゆっくりと目を閉じ、世界一のお姫さまは、騎士の腕の中で深い眠りについたと………さ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「…ッ……世界ッ…」

 

めでたくなんかない。

俺はしばしの間「」となった彼女の身体を泣きながら強く抱きしめた。 

そうしたとこで彼女は二度と帰ってこない事は分かっている。

…いや、手立ては二つある。

 

『…選ぶ道なんて、最初から決まってる…』

 

「」となった彼女の身体をゆっくりとベッドに寝かせ、俺は深く深呼吸をし「答え」を唱える………つもりだった。

 

「スゥー……。

フェイ…………ッ?!!!」

 

唱えようとした瞬間、例え難い「何か」が俺の喉を遮った。

 そして突然、脳内にあるイメージが浮かんできた。

それはもし俺がその「答え」を選んだ時の事後のイメージ。

 彼女は再び以前と同じ笑顔で笑ってくれているが、やがて最悪の形で俺たちは切り離れてしまう。

 

『…なんで…こんなイメージが…』

 

見たことのないはずなのに、不思議と見覚えがある気がした。

唱えるのを辞めると、喉につっかえていた「何か」は消えた。

 

『…じゃあ……どうしたらいいんだよ…』

 

「」となった彼女を見つめていると、とある案がひらめく。

だが、それは決して楽な道ではない。

確実的に己の首を絞めかねない。

 

『それでも……彼女がまた本当の意味で笑ってくれるなら…!』

 

そう決心し、俺は腹から声を出すように「答え」を唱えた。

 

 

 

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