34.残された時間
翌日のこと。
土曜の休日に俺は祈世……烈火に付き添い、ある場所に向かっていた。
着いたのは学校の情報処理室。
中に入ると全てのパソコンに電源が入っていた。
「俺はどうしたらいいんだ?」
実は烈火から「明日、暇であれば付き合ってほしい」としか言われていなかった。
「貴方は何もしなくていい。
私は私の用事を済ませるだけ。
空は私が用事を済ませるまで何をしててもかまわない」
「はぁ…」
何となく、昨日のS的烈火を思い出し、また襲わさせられるんじゃないかと身構えてしまったが……あれは色々と偶然が重なってしまったからな。
とりあえず俺はネットでアニメを見る事にした。
「……」
「……」
何だか久しぶりにも思える緊張感だったが、それには理由があった。
『……烈火のやつ……なんでさっきから俺の方をチラチラと見てくるんだ…?』
何かをカタカタと慣れた手つきでキーボードを打ちつつ、烈火は時々俺の方を見ていた。
何か見られたらまずいものでも書いてるのだろうか。
『色々気になるが……とりあえず気づいていないフリをしておこう…』
そうして俺たちは約三十分ほどパソコンと対面していた。
「……終わった」
「…用事済んだのか?」
すくっと立ち上がりながら烈火は教卓の脇に設置している印刷機に向かう。
『何かコピーしたかったんだろうか…』
そう思っていると烈火は会話を続けた。
「…もういいわ。
空はもう帰っていいわよ」
「へ…?
いいのか?」
「えぇ。
私はコピーだけしたら帰る。
貴方は先に帰ってかまわないわ」
「…分かった」
結局、烈火が何をしていたのか分からず終いで俺は情報処理室を出た。
歩きながら窓から校庭を眺めると、部活に勤しむ野球部やテニス部が奮闘していた。
『青春ですなぁ…』
俺には無関係だと思いつつ窓から目線を外すと、その矢先で予想外の人物と合わさった。
「…よぉ燈!
忘れもんでも取りに来たのか?」
「…慶太?」
遠くからひらひらと手を振っていたのは、間違いなく慶太だった。
「ほぅ…。
それで海条と情報処理室にいたと」
「あぁ。
結局、何をコピーしてたのかは聞きそびれたけどな」
体育館前にあるベンチに座り、俺たちはジュースを飲んでお互いの現状を語りあっていた。
「そういうお前はなんで学校に?
部活とかで来てるわけじゃないんだろ?」
「あぁ。
別のクラスの友達から「後輩の女子に勉強を教えて欲しい」って頼まれてな。
さっきまで付きっきりで課題を解かせてたんだよ」
「そうだったんだ。
…そういうことってよくあるのか?」
「いや、今回が初めてだ。
勉強教えてた子はあまり友達のいない子で、唯一その友達と仲がいいんだけど……勉強教えるのは無理だからってなぁ…。
ロー○ンの○チキ二本で頼むってせがまれてな」
「安い男だな慶太って」
「うるせぇ。
優男・慶太様と呼べ」
…しかし、何故に学校なのだろうか。
図書館とかでも良いと思ったが、それ以上は考えないことにした。
「そういやさ……紫とはどうなんだ?」
「…は?
なんで紫が出てくるんだ?」
「…ッ!?」
しまった…。
紫の想いを知ってるとはいえ、どストレートに紫の名前を出してしまっては意味が無い。
「その………寂しくないのかなって。
幼なじみだったんだろ…?」
軽く思慮し、慶太は答えた。
「まぁ……寂しいっちゃ寂しいかな。
けどさ、俺たちももうガキじゃないんだから、自分の道ぐらい自分で歩けるようにならんとな。
俺には俺の将来があって、紫には紫の人生があるわけだしな。
幼なじみだからといって、別にあいつは特別な存在とかじゃないし」
慶太の言葉はあまりに的を射た事ばかりで、話を振った俺がむしろ豆鉄砲をくらった気分になった。
「ちょっと意外だった。
てっきり「別にどうでもよくね?」とか「お前に関係あるの?」とか言われるかと…」
「そこまでは言わねぇけど…。
しかし、何でまた急に?」
くるくると手に持ったコーラの缶を回しながら慶太は聞いてくる。
本当ならば、紫の想いを直接伝えてやりたいとこだが……俺がバラしては紫のメンツが無いし、それはそれで違う気がする。
「その……お前は紫のこと……どう思ってるんだ…?」
少しぎこちないとはいえ、慶太の本音を聞いてみたかった俺は、遠回し気味に誘導尋問をけしかけてみた。
「紫?
…まぁ……良き友人とは思うよ?
頭はキレるし体つきだってバレーやってるからなかなかだし……だからってなんで急に?」
「えっと…それは…」
裏表なく答えを返してくる慶太に少し苦戦しつつも、何とか話を繋げた。
「その…何かさ、紫も「慶太と離れるのは少し心細い」って言ってたからさ!
……慶太はどうなのかなって…」
会話の歯止めを知らせるために俺はカフェオレを一口飲む。
「へぇ〜。
あの紫がねぇ……。
……そっか…」
「…?」
ボソリと呟く慶太の表情は今まで見たことのない、もの寂しげなものにも見えた。
「……お前にだけ言っておこうかな」
「…なんだ?」
慶太はぎこちなく笑う。
「…俺さ……。
紫のこと………「好き」だったのかもしれない…」
「……ぶふぉっ!!?
ゲホッ、ゲホッ…!
……いっ、今なんて…!?」
慶太は動じない。
いつもふざけた事は言うが、冗談でこんな事を言うやつではない故、疑う余地などなかった。
「…前にさ、クリスマスの日に紫と過ごしたって言ったよな?」
「あぁ…。
一昨年だろ」
それは俺と祈世樹が誓い合った日でもあるからな。
「なんかさ…。
今まであいつを異性として見たことなかったんだけど……一緒にいて楽しいし、何だかんだで俺のわがまま聞いてくれるし…紫って……「姉貴」みたいなんだよな」
「…なるほど」
コーラを一口飲み、慶太は続けた。
「俺さ、自分で自覚はしてるんだけど……この通り、人の話を聞かないタイプだから、お前みたいにバカやれる仲の良い友達とは楽しくいられるんだけど、異性にはあまりウケが悪くてな。
…けど、紫は違った」
ベンチに座ったまま慶太は空き缶をゴミ箱に向かって投げ入れる。
缶は壁にバウンドし、吸い込まれるように入っていった。
「いつも俺のわがままを聞いてくれて、俺のやり残したことを一歩後ろから片付けてくれて……それでも自分から俺の隣を歩こうとはせず、ちょうどいい感じの距離を自ら作ってる気がして…」
「ちょうどいい距離…」
「海条のことを好きなお前なら分かるだろ。
近付きすぎれば傷つけるし、離れすぎても苦しいだけ。
…その中で、紫は最も最適な位置にいるんだと俺は思ってる」
あれ?
慶太ってこういうキャラだっけ…?
「……紫さ、製菓の専門学校に行くって言ってただろ?」
「あぁ」
「実はさ……あいつ、行く先ほんとは違うんだよ」
「………は?」
「…誰にも内緒だぞ。
もちろん紫にもな」
慶太の真剣な眼差しは、事の重大さを物語っていた。
「……見ちまったんだよ。
紫のカバンからちらっと見えてた合格通知の書類…」
「合格通知…?」
話の間を開けるためか、慶太は再び自販機でコーラを買った。
「こっそりなんの合格通知か見てみたんだよ。
そしたらさ……山形の農業の専門学校のだったんだよ」
「えっ……。
じゃあなんで紫は製菓の専門学校に受かったって嘘を…」
「言ってたな。
…憶測だけど、思い当たる節があるんだよ」
「…なんだよ…」
俺の問いかけに対して助走をつけるかのように慶太はコーラのプルタブを開ける。
「憶測だぞ?
…実はさ………俺の母親の実家が、弘前の方でりんご農園やっててさ…」
「……ッ!」
慶太は俺の反応を見て笑う。
「たぶん…そういう事。
ここだけの話、大学終わってから宛がなきゃ農園を継ごうと思ってたんだよ…」
「まさか……紫はそれを分かってて…」
「かもな。
………話は終わり!
俺は帰るぞっ!」
「あっ、あぁ…」
すくっと立ち上がり、慶太は一気にコーラを飲み干した。
「どうだ?
久しぶりに二人でゲーセン行くか?」
「…悪い。
ゲーセンはしばらく我慢しようと思う」
予想外の一言に思わず慶太は俺に振り返る。
「珍しいな。
どういう風の吹き回しだ?」
「いやぁね、ホントは行きたいんだけど…。
……最後はみんなと行きたいからさ。
まぁ行くこと自体はこれが最後って訳では無いだろうけど、どうせなら我慢してみんなで行った方が楽しいじゃん?」
「なるほどな。
じゃあ俺も卒業式の放課後は予定空けとくよ。
紫には俺から伝えとく」
「分かった。
祈世樹には俺から言っとく」
「おうよ。
じゃ、また明日……って、明日は日曜日か」
分が悪そうに慶太は笑いながら頭をかく。
『こうして慶太と直接話せるのも、あと少しなんだな…』
気が付くと慶太はカバンを背負って数メートル先にいた。
「じゃあ、気を付けて帰れよ!」
「あいよ。
また来週な!」
そう言って慶太は去っていく。
「……俺も帰るか」
その日の夜のこと。
『ヴィィン、ヴィィン、ヴィィン…』
部屋でゲームをしていると、突然スマホのバイブが鳴り響いた。
『誰だろう?』
画面を開くと、一通のメールが来ていた。
差出人は祈世樹だった。
「こんな時間にどうしたんだろう?」
とは言ったものの、時刻は夜の八時。
とりあえずメールを開いてみた。
『Re.こんばんわ
今、電話大丈夫かしら?』
「…これは…」
かしらって言い方は烈火に違いない。
何か忘れ物でもしたのだろうか?
俺はすぐさま返事を返した。
『Re.いいよ
部屋にいるから何時でも大丈夫よ』
そう書き込んで送信すると、送った十数秒後に着信が来た。
「もしもし?」
『…もしもし』
声質からやはり烈火だった。
「よぉ。
どうしたこんな時間に?」
『夜分遅くごめんなさい。
…どうしても、貴方に伝えなければならないことがある』
「ほぉ…なんだ?」
『……』
「…?
どうした?」
烈火は間を置いて言った。
『…………祈世樹の人格が消えかかっている……』
「………は?」
それは、あまりにも突然で……最低で最悪の現実だった。




