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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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34/40

33.小さな亀裂が示す意味

高校三年の十一月が始まった。

就職や専門学校などの面接に行く生徒や大学のオープンキャンパスに赴く生徒など、様々な分野で情報が飛び交っていた。

もちろん俺、碧乃燈もまた、ゆく宛もなかったという理由……というのもあれだが、食品製造業の仕事……主に浅草焼きと呼ばれるお菓子を作る仕事に着くことになった。

そして現在、昼休みのことである。

 

「おめっとさん。

 お前にしては意外とワンパンでいけたな」

 

「あぁ。

 とりあえず四月の頭から行くことになったよ」

 

珍しく慶太に祝福されていると、それを聞きつけて紫と祈世樹も来た。

 

「おめでとう燈。

 実は一番不安だったのは燈だったんだが……まさか一番に決まるとはな」

 

「全くだよ。

 俺も半分適当に受けてみたもんだから、正直びっくりしてるよ」

 

「そ、そんな事ないよ…!

 燈くんは真面目さんだから、きっとそれが伝わったんだよ!」

 

「真面目さだけで働けるならいいんだけどなぁ…。

 …そういや二人は進学先決まったのか?」

 

「おうよ。

 栃木の方に俺に合ってる感じの大学があってな。

 来週センター試験だ」

 

「おー。

 頑張れ……よ…。

 紫はどうなんだ?」


ふと紫の様子が気になって声をかけてみた。

 

「私は山梨の調理の専門学校に受験してきた。

とりあえず今は結果待ちだ」

 

「そっか…」

 

紫はどこか陰のある表情で目を逸らす。

この様子だと判断はつけたようだな。

 

「祈世樹は定食屋のホールスタッフだっけ?」

 

「うん。

 面接は行ってきたから結果はもうちょいしてからだよ」  


「そっか。

 受かってるといいな」

 

「うん!

 …そろそろ委員の仕事あるから、ちょっと行ってくるね」

 

「おっ、いってらっさい」

 

「無理はするなよ」

 

「もし何かあったらすぐ俺たちを呼べよ」

 

「うん!

 じゃあ行ってくるね!」

 

そそくさと教室を出て祈世樹は姿を消した。

 

「そういや、今日の海条の仕事って放課後以降までかかるんだっけ?」

 

「そうだ。

 明日の朝会で使う機材の配置と調整をするから時間がかかるらしい」

 

「…そうなんだ…」

 

なんとなく、俺だけ知らなかった事がどこか疎外感を感じて胸がチクリと痛む。

 

「なんならお前も手伝ってこいよ。

 海条のやつ喜ぶだろうに」

 

「私も同感だ。

 機材の持ち運びとかなら、人数上ボランティアも必要にはなるはずだからな」

 

「まぁそうなんだけど…。

 今日、芹澤先生にパシリ頼まれてるからさ」

 

「パシリ?

 何を頼まれたのだ?」

 

「卒業に向けての意識調査の書類だよ。

 三枚あるやつをホッチキスで留めてほしいって」

 

「ボイコットしちまえッ!!」

 

「バカかお前。

 ギャ○ック砲でチリ微塵にするぞ」

 

「ワー、ソレハコワイデスワー(笑)」

 

棒読みなのがムカつくが、とりあえずは無理だということは分かってもらえたようだ。

 

「場所はどこでやるんだ?」

 

「二階の視聴覚室だよ。

 お前らも手伝いに来るか?」

 

「すまない。

 私は部活の練習試合に行かないといけないのだ」

 

「俺も………予備校があるから…」

 

「はい約一名嘘をついてはいけませんよー。

 暇なら手伝ってくれると嬉しいなー」

 

「そーーいやーーゲーセンに新しい景品入ったって聞いたなー。

 コレハ早メニ取リニ行カネバー(棒)」

 

「あっ、慶太てめぇ…!」

 

「ぬははははは!

 そういう事だから、とりあえず一人で頑張りたまえ。

 …模範的生徒を目指す燈くん?」

 

「ぐっ……俺も行きてぇ時に…」

 

まぁ仕方あるまい。

とりあえずそういう事で話は落ち着いた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では碧乃。

 手間かもしれんがよろしく頼んだぞ。

 右側から順番にホッチキスで留めていけばいいだけだからな」

 

「分かりました。

 自分、不器用なんで多少のズレとかスピードは大目に見てもらえれば」

 

「別に重要な書類ではない上、任意での提出書類だから、どうせうちのクラスはほとんど出さないだろうから丁寧さとかは気にするな」

 

夢も希望もありませんね三年一組、芹澤先生。

 

「まぁそれぐらいだ。

 私は職員室に居るから、全員分出来たら持ってきてくれ」

 

「分かりました」

 

そして芹澤先生が出ていこうとした時だった。

 

「……最近の海条の様子はどうだ?」

 

「はい。

 これと言って変わりないです」

 

「そうか。

 卒業まで残り五ヶ月と少ししかないんだから、面倒ごとは勘弁だぞ」

 

「分かってますよ。

 ……って、こんなとこでタバコ出さないでくださいッ!」

 

「ん?

 あぁここは禁煙だったか。

 いやぁすまんすまん」

 

どう見てもわざとらしさ全開で先生はタバコをしまう。

 

「じゃっ、書類よろしくな」

 

ひらひらと手を振りながら先生は視聴覚室を出た。

 

『…祈世樹も頑張ってるんだから、俺も頑張らないとな…』

 

学ランの上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくって俺はやる気を奮起させた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書類作成を始めてから約十五後の事。

 

『…ようやく慣れてきたな。

 今更と思ったら負けだとは思うが、時すでに遅しかな』

 

なんて考えてる時だった。

 

『バンッ!!』

 

「ぅおッ!?

 …びっくりしたぁ…」

 

突然ドアが開かれ、そこには血相を欠いた慶太と紫が居た。

 

「なんだお前らか…。

 入ってくるならもう少し静かに入ってこ…」

 

「燈ッ!!

 今すぐ来い!

 緊急事態だッ!」

 

「は?

 藪から棒にどうしたんだよ…」

 

「いいから来いッ!

 祈世樹が大変なんだッ!!」

 

「ッ?!

 分かった…!!」

 

尋常でない二人の様子に俺は急ぎ作業を止めて二人の後ろを追った。

…まさか、こんな形でフラグ回収を実現させてしまうとは……。

 


 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…祈世樹ッ!!!」

 

二人に連れられ俺は体育館に来た。

そこにはステージの上でへたり込む祈世樹と、何事かと祈世樹を眺める外野がいた。

 

「おいっ祈世樹!

 何があったッ!?

 どこか怪我でもしたのか!?」

 

目の前で祈世樹の顔を覗き込むと、祈世樹は顔を真っ赤にさせてうつむきながら泣いていた。

 

「ぐすっ………燈…くん……」

 

「しっかりしろッ!

 何があったんだッ!!?」

 

「……私から説明しよう…」

 

背後にいた紫が申し訳なさそうに申し出る。

 

「実はな………祈世樹が大事にしてた指輪を無くしてしまったそうなのだ…」

 

「指輪……?

 ……まさか…」

 

祈世樹は両手で顔を隠すようにすすり泣く。

 

「それって……あの…「約束の指輪」…だよな?」

 

「………うん…」

 

振り絞るように声を出すも、どこか怯えているようにも聞こえた。

 

「あの…ね……。

 ……仕事してる時に指輪付けて作業してたの。

 そしたら……いつの間にか指から抜けてたみたいで………みんなにも探してもらったんだけど………見つからなかった…」

 

ぐずりながら再び祈世樹は泣き伏せてしまった。

 

「そんな…。

 …指輪なんてどうでもいいよ!

 別に失くしたからって俺は怒らないから…!」

 

何とかなだめようとするも祈世樹は泣き止まない。 

 

「……どうでもよくなんか…ない…。

 あれは……私たちの……大切な指輪なのに……ごめん……ごめんなさい…」

 

もはや俺でさえどうすりゃいいのか分からなくなっていた。

 

「たしかに指輪は大事なものだけど、大事なのは指輪じゃなくて「指輪に込められた想い」だから大丈夫だよ!

 だから………大丈夫だよ…」


なるべく優しくなだめようとするも、混乱状態の祈世樹には届かず終いだった。 

 

「大丈夫なんかじゃないッ!!

 燈くんが……空が私のために買ってくれた指輪だったのに……それを無くすなんて……私ッ…………もう……嫌ァァァァァァッ!!!!!!」 

 

「祈世樹……」 

  

俺自身も語彙力を欠損しつつなだめるも、祈世樹はヒステリックを増すばかりで収集がつかなくなっていた。

 

「おい!

 一体何があったんだ!?」

 

駆けつけて来たのは剛田先生と折田先生だった。

 

「海条、一体何があった!」

 

「…先生…………ッ…」

 

「ッ!?

 祈世樹、しっかりしろッ!!!!」

 

先生の姿を見た途端、祈世樹は泣きながら意識を失った。

 

「誰か、担架もってこい!

 無ければ代わりになるもの持ってこい!

 おら、ぼーっとしてないで早くしろッ!!!!」

 

剛田先生の掛け声をきっかけに周りの生徒たちがようやく動く。

すると折田先生が近寄って来た。

 

「君ッ!

 海条に何があったんだ?

 何故こんなことになったんだ!?」

 

「折田先生…。

 その……大事な指輪を失くしたみたいで…そのショックから…」

 

「指輪…だと…?

 ……とりあえず海条を保健室に連れていくぞ!」

 

「はっ、はい!」

 

ようやく他の生徒が持ってきたブルーシートを担架代わりに俺と慶太、折田・剛田先生がそれぞれタオルケットの端を持って保健室に走る。


「いいか、急患といえどあまり揺らすんじゃないぞ!

 あくまでも迅速に丁寧に運ぶんだぞ!」

 

「分かりました!」

「分かりました!」

  

そして四人で呼吸を合わせ、保健室に走る。

 

「祈世樹、しっかりしろ!

 目を覚ませッ!!」

 

紫も付き添いで必死に祈世樹に声をかけつつ一緒に着いてきていた。

俺はとにかく無我夢中で保健室に走っていった。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。

 気を失ってるだけだよ。

 少し休めばすぐ元気になるよ」

 

「そう…ですか…。

 良かった……」

 

日高先生の一言に思わず腰が抜けてしまった。

 

「では日高先生。

 この子をよろしくお願いします」


「分かりました」 


そう言って折田先生と剛田先生たちは静かに保健室から出ていった。 

   

「……君たちも部活や作業の最中だろ?

 ここは大丈夫だからもう戻りなさい」

 

「………」

「………」

「………」 

  

どうしてこんな事態に陥ったのかその記憶すら断片的になっていた。

 

「あの……私はここに居ます」

 

そう名乗り出たのは紫だった。

 

「ダメよ小野々儀さん。

 あなた女子バレーのエースなんでしょ?

 今日で部活納めの時に役目を放り出してはいけないよ。

 …気持ちはわかるけど、まずは自分がやるべき事をやりなさい」

 

「…ッ!

 ……分かりました…」

 

的を射た日高先生の言葉に紫はゆっくりと立ち上がりベッドで落ち着いて眠る祈世樹を見つめる。

 

「祈世樹……後でまた来るからな…」

 

そう呟いて紫は先生に会釈し保健室を出る。

 

「…じゃあ俺らも行くか。

 お前も仕分けの最中だっただろ」

 

「……あぁ…」

 

だいぶ気が重いが、とりあえず俺たちも保健室を出た。

 

「……これからどうするんだ?」

 

「…何がだ?」

 

「お前だよ。

 このまま帰るのか?」

 

「…やることねぇしな。

 海条の事は心配だけど、俺は何も出来ねぇし…」

 

「分かった。

 気を付けてな」

 

重たげな足取りの慶太の後ろ姿を見送る。

 

『……とっとと終わらせるか』

 

気は重いが祈世樹が気になって仕方ない以上、俺は駆け足気味で視聴覚室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よしっ」

 

途中だった書類の仕分けを急ぎ終わらせ、駆け足で職員室にまとめた書類を持っていく。

 

「……失礼します」

 

職員室に入り芹澤先生の席に向かうと、そこに先生の姿は見えなかった。

 

「石岡先生。

 芹澤先生はどこに行ったか分かりますか?」

 

隣でテストの採点をしていた数学の石岡先生に行方を聞いてみた。

 

「あぁ。

 芹澤先生なら、さっき急ぎ気味でどこかに行ったよ。

 どこに行くとは言ってなかったけど…」

 

その一言で確信できた。

 

「分かりました。

 ありがとうございます」

 

書類を先生の席に置き、俺は急いで保健室に戻った。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

「…失礼します」

 

中に入ると、既に芹澤先生も祈世樹の容態を見に来ていた。

その隣に部活を終えたのであろう紫もいた。 

 

「碧乃か。

 話は日高先生と小野々儀から聞いたよ」

 

「そう…ですか…。

 祈世樹はまだ起きてないんですか?」

 

「まだ寝たきりだ。

 …書類の仕分けは終わったんだろうな?」

 

「はい。

 先生の机に置いてきました」

 

「ならいい。

 …ここはお前と小野々儀に任せる。

 私は会議に出ねばならぬからな」

 

芹澤先生がそう言うと日高先生もゆっくりと腰を上げた。 

 

「…私も会議に出ないといけないから…後のことは任せたよ。

 保健室の鍵は閉めなくていいから、彼女が起き次第、どちらかが家まで送っていきなさいな」

 

「はい。

 そのつもりです」

 

その一言を聞いて二人は静かに保健室を出ていく。

 

「…はぁ……」

 

少しため息をつくと、ずっと沈黙を守っていた紫がようやく口を開いた。

 

「…なぁ燈。

 祈世樹が無くしたと言っていた指輪とは何なのだ?

 お前たち……結婚でもするのか?」 

 

「……以前、祈世樹に告白したって話はしたよな。

 その後に「今日という日を形に残す為」という名目で買ったんだよ。

 それから大事なものとして持ってたんだけど…」

 

「……そうか…」

 

紫は寂しげに祈世樹の寝顔を見つめていた。

 

「…祈世樹はな、誰かとの思い出を何よりも大切にしようとする所がある。

 もちろんそれは良いことなのだが……それ故、それを傷つけられたり違う意味で塗り替えられることに酷くパニックに陥りやすい。

 きっと……こうなってしまうほどに大事なものだったのだろうな…」

 

「……あぁ…」

 

布団の隙間から微かに見えた祈世樹の手を見つめていると、指輪がそこにある気がした。

 

「…今日はもう帰ったほうがいいよ。

 祈世樹の容態は俺が見てるから」 

 

「いや……祈世樹が目を覚ますまで私も待とう。

 最近、祈世樹のことはお前にばかり任せっぱなしだからな」

 

「紫…」 

 

そう言ったものの、紫はカバンを持って立ち上がった。

 

「…と言いたいところだが……今日は親戚の爺様と婆様が家に来てるそうだから……悪いが私は帰らせてもらう」

 

「そうか…。

 祈世樹が起きたら連絡するから大丈夫だよ」

 

「わかった。

 じゃあ…あとは頼んだぞ」

 

そして紫は重い足取りで祈世樹の顔を見つめながら保健室のドアを開ける。

 

「……いつもすまないな…。

 残り少ない時間、祈世樹の事は……お前に任せるよ…」

 

寂しげな笑顔で紫は俺に言った。

 

「あぁ…。

 お前も祈世樹のことばかり気にして自分を疎かにするなよ」

 

「分かってる…。

 ありがとう……燈…」 

 

そして紫は静かにドアを閉めた。

 

「…ふぅーーー…」

 

紫が座っていた椅子に座り、荷物を下ろしてラノベを読もうとした時だった。

 

「……空…」

 

「…ッ!?

 祈世樹、起きたの…」

 

祈世樹の顔を見ると、見慣れた冷たい眼差しが俺を見つめていた。

 

「…烈火か。

 祈世樹の容態はどうだ?」

 

「問題ない。

 多少、神経系に異常が発生した為、まだ体は動かしにくい。

 ……手、貸して」

 

「…?」

 

疑問に思いつつも俺は左手を差し出す。

烈火は俺の左手をそっと掴む。

 

「貴方の「気」を送って。

 そうすれば多少は動きやすくなるはず」

 

「分かった」

 

目を閉じ、俺は電気を発するイメージで祈世樹の身体に気を流す。

 

「………もういい」

 

烈火の一言で手を離すと、彼女は自分の手を眺めていた。

 

「…大丈夫か?」

 

「…平気。

 貴方の気は多少刺激が強いものの、下手な薬を使うより有効的。

 …少し痛むだけで済むのは軽い副作用のうちね」

 

それって逆効果ってやつじゃないですか烈火さん?

 

「……ようやく身体に馴染んできた。

 少し休めば動けるようになる」

 

「そっか。

 じゃあもう少し寝てろよ」

 

そう言うと烈火はゆっくりと目を閉じた。

俺はそんな烈火の寝顔を見つめていた。

 

「…そういやさ、祈世樹って俺と仲良くなる前は保健室登校……してたのか…?」

 

俺の質問に烈火はゆっくりと目を開いた。 

 

「そう。

 祈世樹はかつて「裏人格」が暴走したことで、強いストレスを患いリストカットを日常的に行うようになってしまった。

 それは聞いてるわね?」


「…あぁ」

 

そういえばそうだった。

祈世樹は普段、プライベートで会う時も必ず長袖の上着を着用する。

夏場も薄手のカーディガンを羽織っていた。

それは恐らくリスカの痕を隠すためだろう。

たまに祈世樹が書きものをしてる時など何気に手首を見てると、チラッと見えたリスカ痕は悪寒を感じたほどに酷かった記憶がある。


「…それからカウンセリングや精神安定剤を飲み続けることで、祈世樹は日常に支障はない程度まで回復した。

 それでも、リストカットだけは止められなかった」

 

「……それで?」

 

「祈世樹は行きたがっていなかったが、高校すら出ていない人間は就職すら危ういという理由で西浜氏に半ば強制的にこの高校に入学させられた。

 そして担任となる芹澤美代子にかけ合って、朝は日高珠代の軽いカウンセリングを受けてから授業に出るようにかけ合った。

 貴方と仲良くなり始めてからは、ここへ来る回数は徐々に減っていっていた。

 もちろんリストカットの回数も大幅に激減した」

 

「…そうだったんだ。

 じゃあ朝いない時は放送委員の仕事でいないっていうのは……」

 

「それは全てが嘘ではない。

 月曜と金曜だけは必ず集会のセッティングに携わっていた。

 それ以外の曜日に朝からいなかったのはここに来ていたから」

 

「そうだったんだ…。

 俺…何も知らなかったんだな…」

 

そう言ってうつむくと烈火は俺の手に触れてきた。

 

「…祈世樹は貴方の事を言葉では表現しきれないほどに感謝している。

 貴方は無条件に祈世樹の心の闇を祓い、彼女の弱った心に暖かな光を与えてくれた。

 そして関わっていくうちに貴方へ好意を抱き始めた」

 

「ほぉ…」

 

一旦会話を止め、烈火は呼吸を整える。

 

「空は……今でも祈世樹を愛している…?」

 

「…そりゃもちろんだよ。

 出会って仲良くなって恋して……告白したあの日よりも………ずっとこの気持ちは強くなってるよ」

 

「……そう…」

 

「…?」

 

どうも烈火の様子がおかしい。

いつもならこんなに溜めないし、言葉にもどこかもの悲しさを感じる気がする…。 


「…そろそろ帰るわ。

 何か予定ある?」

 

「いや、何も無いよ。

 …家まで付き添うよ」

 

「ありがと」

 

烈火はゆっくりとベッドから身体を起こし、ぎこちない動きで背伸びをした。

 

「……これでいいの?」

 

「…何がだ?」


感情の色がない猫目にも似た目つきで烈火は俺を見つめる。 

  

「…今なら………祈世樹と猥褻な事が出来るわよ」

 

「……はぁッ!?///」

 

変わらず冷たい眼差しは恥じらいもなく続けた。

 

「こういうの……アニメでよくあるシチュエーションなのでしょ?

 …誰もいない保健室で二人っきり。

 そこにいるのは両想いの男女。

 はだけた女子の姿に男は思わず発情する。

 …違う?」

 

……あっ、あれですか…?

俺……からかわれてますよね…?

 

「な…何言ってるんだよ…。

 お前にしてはおふざけが過ぎるんじゃないか?

 …ほら、おバカ言ってないでとっとと家に帰る……うおッ!?」

 

突然、烈火は俺の服を引っ張り、自分に覆いかぶらせた。

 

「………こんな状況になっても…?」


目の前には烈火の顔……いや、祈世樹の顔がある。

ほんの少し目線を下げると、はだけた胸元から祈世樹のブr……下着がチラ見していた。

…こっ……これはまずいッッ…!!!///

 

「まっ、待て烈火…。

 お前は病み上がりなんだから、そんな定番を無理やりするほど俺はキチガイじゃ…///」

 

「これは祈世樹の願望でもあるのよ」

 

「はぇ…?」

 

俺の襟元をゆっくりと引っ張り、烈火は俺の顔を近づけさせた。

唇が触れそうな距離で見つめあっても、烈火は目をそらすことは無かった。 

 

「祈世樹は隷属願望……つまり、マゾ体質であるがゆえ、たまに眠る前に貴方に夜這いされる妄想をしながら自慰行為をしていたのよ」

 

「は……おまッ…!

 なっ、なんつーことを…!!///」

 

それはそれで嬉しいけど……いやっ、そういう事じゃない…!///

 

「…貴方もしてみたいと思ったことはない?

 祈世樹の柔らかな胸を揉んだり、祈世樹の感じやすい秘部を責めたいと…」

 

「…ッ!?///」

 

目線をさりげなく下げると、目の前にそこまででこそなくても、そこそこ膨らみのある祈世樹のおっp……胸がある。

それに気付いてか、烈火がおもむろに俺の襟元を掴みながら左手で胸元をさらに見せつけてくる。

  

『き……祈世樹は犯され願望がある…。

 烈火も許可している…。

 ……そ、そりゃ俺だってしてみたいと思ったことは何回もあるよ?

 けど、こんな形でするなんて………ッ!』

 

脳内思考を繰り返していると、俺はある事に気が付きゆっくりと烈火の手を離した。

 

「…あら、襲わないのね」

 

残念そうな声で聞いてくるも、不思議と俺の性欲は薄れていた。 

 

「…悪いな烈火。

 俺……「祈世樹以外の女」に自分の童貞を差し出すつもりは無いんでな。

 …ほら、帰るぞ」

 

ぺちっと烈火の頬を叩くと、烈火は拗ねたように顔を背けた。

 

「…痛い」

 

「痛くないだろ。

 ……お前、わざと俺を襲わせようとしただろ。

 あれは祈世樹の命令か?」

 

「……どうかしら。

 祈世樹は未だ眠ったままだし、私にも分からないわ」

 

すくっとベッドから起き上がり、少し低めの位置から俺を見上げてくる。

 

「…本当にいいの?

 今ならチャンスよ」

 

冷たい猫目で見つめてくるも俺の意思は変わらなかった。 

 

「言っただろ。

 俺は「祈世樹以外の女」とはしないって。

 それがたとえ「祈世樹の一部」であってもな」

 

「……そう…」 

 

上着を着てカバンを持つと烈火もようやく諦めて帰り支度を始めた。

 

「さっ、帰ろうぜ」

 

「分かった」

 

何となく差し出した俺の手を烈火が握る。

 

「……熱いわね」

 

「お前に寝盗らせられかけたからな」

 

まじまじと烈火は俺を見つめて言った。

 

「……興奮した?」

 

「……ばーか」

 

ぺちっと烈火の頬を叩いて俺たちは保健室を出ていった。

 

 

 

 


 

 

 

 


  

  

 

その後の帰り道のこと。

 

「なぁ烈火」

 

「何?」

 

真っ暗な闇の中、僅かに道を照らす街灯の光に導かれるように俺たちは歩いていた。

 

「なんでさっき俺に襲わせようとしたんだ…?

 お前は恋愛感情とか性的興奮とは無縁なはずだろ?」

 

「…そうね…」

 

唇に指を添え、烈火は軽く考え込む。

 

「…「シンクロ率」のことは覚えてるかしら?」

 

「あぁ。

 長く出過ぎてると祈世樹と同化して、祈世樹が逆に溶けちまう的なやつだろ?」

 

「多方は合ってる。

 確かに、さっきまでの私は長時間と言えるほど表には出てなかった。

 けれど、今回の祈世樹の精神的不安定、貴方から分けてもらった気が、一時的にシンクロ率を急激に高めたのかもしれない。

 私たちにとってシンクロ率が高くなるという事実は、祈世樹の気持ちが溶け込んでくるという事にもなるから」

 

「…それでさっきみたいに感情のない烈火があんな大胆なことを…。

 あれって、お前もしたかったってことなのか?」

 

「……どうかしらね」

 

スタスタと烈火は歩みを早める。

むしろそれが答えを語ってるようなものだった。

 

「今は大丈夫なのか?

 ずっと出てるけど…」

 

「平気。

 祈世樹はようやく落ち着き、貴方の気の影響もなくなった。

 一度大幅に下がってからまた上昇しつつあるけど、先程のものとは問題ない」

 

「…そっか。

 ……おっ、もうここまで来たのか」

 

気がつくと祈世樹の家の近くまで来ていた。

 

「…今日はここまででいい。

 貴方もリルドたちとなるべく顔を合わせたくないんでしょ?」

 

「えっと……会いたくないというより、あまり気を遣ってほしくない…が正解かな…」

 

「そう。

 じゃあまた明日学校で」

 

「あぁ。

 祈世樹のこと頼んだぞ」

 

「了解」

 

くるっと機械的に回り、烈火は歩き去っていく。

 

「……烈火!」

 

「…?」

 

少し離れた所で俺はふと思ったことを叫んだ。

 

「……今日の祈世樹の下着の色は何色だーー!?」


そう叫ぶと、間を置いて烈火はゆっくりとこちらに歩み寄って耳元で囁いた。

 

 

 


 

 

 

「……白の下地に水色のストライプ柄よ」

  

 

 

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