30.進路
「裏」との絡みから一週間後のこと。
学校では本格的な受験・就活のムードが漂い始めていた頃。
いつものメンバーで机を合わせて昼食を摂っていた時のこと。
「なぁ燈。
お前卒業したらどうするんだ?」
「まぁ就職だろうな。
そういうお前は進学だろ。
県外か?」
「その予定かな。
県外に就職率の良い大学あるみたいだからそっちに行こうかと」
「ほぉ…。
頭良い奴は違いますなぁ」
実際忘れることも多いが、慶太って成績優秀枠に入るんだったっけ。
「紫、お前は卒業したらどうするんだ?」
「ん?
そうだなぁ…。
お菓子を作る仕事に就きたいから製菓の専門学校にしようかと思ってるが、まだちゃんとは決まってないかな…」
「そっか。
…海条はどうなんだ?」
「私は就職かな。
接客系がいいと思うから、定食屋さんのホールスタッフとかかなぁ」
「えっ?
お前人見知りじゃなかったっけ?」
「まぁね。
でも一生懸命克服しようと頑張ってるんだよ?」
「ほぉ…」
「むっ……信じてないね。
これでもコンビニでバイトしたりしてるんだよ?」
「えっ…。
そうだったの!?」
素直に驚いてしまった俺に紫が説いた。
「あぁ。
この学校の近くで学生がよく利用しているコンビニで夏休みにバイトしてたのだ。
私から勧めたのだ」
「そうなのか…。
よくやる気になったな」
「うん。
初めは緊張したけど、ある程度慣れちゃったら意外とこなせたよ」
「……そっか…」
こいつもこいつで、俺の知らぬ間にも成長してるんだもんな…。
『何だか………俺だけ取り残されてる気がするな…』
学もない才能もない、やりたいこともない。
……俺はどうすればいいんだろうか…。
「燈」
突然声をかけてきたのは紫だった。
「どした?」
「…その………放課後に安藤先生が手伝って欲しいことがあるから、理科室に来て欲しいと言ってたぞ」
「俺…?
なんで安藤先生が?」
「あぁいや……安藤先生はけっこうお前の事を陰で評価していたんだ。
「碧乃君は勉強量に欠けるが、授業態度は真面目で感心する」とな!」
「ふーん…。
それで手伝いねぇ…」
「そ…そうだ!
こういう時こそ点数稼ぎは大事だと思うぞ!?」
「…まぁな。
別にいいけど」
なぁんか怪しい気もするが、とりあえず紫の言葉を信じる事にした。
「そういや海条、昨日のニュース見た!?
あの有名歌手の……」
慶太は興味ないと言わんばかりに祈世樹に話題を振っていた。
『…何だかなぁ』
腹も膨れ、怠惰な休暇時間が終わり地獄の睡眠耐久授業が間近となっていた。
「では今日のHRはこれで終わりとする。
各自、来週の小テストに向けてちゃんと勉強しとけよ」
芹沢先生が言い終わるのと同時に予鈴が鳴り、一部の男子は待ってましたと言わんばかりに廊下へ駆け出す。
『そういや理科室に手伝いに行かないといけないんだっけ。
やる事聞いてなかったけどなんだろうな…』
そう考えつつ俺はゆっくりと理科室に向かう事にした。
「…ん?」
その道中、廊下の壁に貼られていた求人募集の張り紙に目が向いた。
『…調理スタッフ、土木作業、交通誘導、清掃業務………この中なら清掃ぐらいしかできる気がしないな…』
作業内容までは細かくは見ず俺は再び歩き出す。
「お前ッ、裕子ちゃんのこと諦めんのかよッ!
本当にそれでいいのかよ!?」
「お互い話し合ってのことだ。
仕方ないだろ…」
『………』
すれ違った男子二人の会話にふと内容を察するも、俺は自分の進路のことで何も気にかかることは無かった。
やがて俺は理科室の前に着いた。
『コンコン…』
人気の薄い廊下の端側にある理科室のドアをノックするも返事はなかった。
『安藤先生、まだ来てないのかなぁ…』
ドアを引くと鍵はかかっていなかった。
『あれ?
普段は鍵がかけられてるはず。
先生開けてくれてたのかな…』
不思議に思いつつも俺は中に入って待つことにした。
荷物を下ろし棚に飾られている標本や本を眺めていると、すぐ様ガラガラとドアが開く音が聞こえた。
「…やぁ」
「……やっぱりお前か」
現れたのは……紫だった。
「すまないな、嘘をついてしまって。
安藤先生の件は全くもって嘘だ」
「まぁ……そんな気はしてたよ。
で、要件は?」
廊下に誰もいないことを確認してから紫はドアを閉める。
「その…だな…。
……相談があるんだ」
「相談?」
俺の対面側に座って紫はそう言った。
「実はな……進路のことについてなんだ」
「あぁ。
お前は専門学校に行くって話だろ。
何か不安でも?」
「その…だな…。
この事は……他言無用で頼む。
お前にしか相談出来ないのだ」
「ほぅ。
それは構わんが……一体何があったんだ?」
顔を真っ赤にして両手を自分の股に挟みながら紫はもじもじと躊躇う。
『あの股の間に挟まれてみてぇ…』
てか、どうせならもうちょい谷間強調キボンヌ。
「実は…だな…」
「…ッ!?///
あ、あぁ…」
いかんいかん。
俺としたことがつい彼女のフェロモンに惑わされるとこだった。
…慢心、ダメ絶対。
「その………慶太と同じ大学に行こうかと考えてるんだ…ッ!///」
「……へ?」
思わず声が裏返ってしまった。
「…なっ、何も聞くなッ!///
そりゃ人生で一度しか選べない選択のために、私欲を織り込むのはおかしいのは分かってる!
けど……私は慶太と……離れたくない…から…」
「紫…」
一気に熱が冷めたわ。
「…それで、二つの道で迷ってると?」
「…そうだ。
もちろん製菓の専門学校も真面目に行きたいとは思ってる。
けど…慶太の行く大学の近くに製菓の専門学校はないから…」
「なるほど…」
これは非常に単純かつ、難しい難題だ。
「……紫はさ、人生において「私欲」と「効率」のどっちが優先すべき正解か知ってるか?」
「えっと…私は…」
選べるわけないよな。
「結局、それが答えなんだよ」
「えっ…?」
「今の俺たちに、そのどっちかを選ぶなんて出来っこない。
ましてや俺たちはまだまだ若くてわがままだから、その両方を欲しがることも当たり前。
だからさ、そうやって何度も悩んだり考えて、俺たちはどちらかを選べるようになっていくんだよ。
それこそが……大人になる為に必要な条件なんだと俺は思うな」
「……燈…」
紫は俺の論理に圧倒されているようだが、実際俺はその場で思ったことを口にしているだけ。
要は「無責任」「口から出任せ」というやつだ。
「多分、どっちをとっても後悔はつきもの。
「効率」の為に「私欲」を捨てても、その逆でもきっと紫は後悔する。
だったらさ、紫が思う「後遺症が少なそうな方」を優先すべきだと思うんよ。
どうせ傷付くと分かってるなら、ダメージが少ない方を選ぶのは人間の共通的「性」ってもんでしょ」
「……やっぱり燈はすごいな。
祈世樹が認める男なだけはある」
「…まぁな。
口先に関しては誰にも負ける気はしないしな」
「ははっ。
なんだそれは」
クスクスと笑う紫にはさっきまでの不安の色はなくなっていた。
「…ありがとう燈。
なんだか少し胸の奥につっかえていたものがなくなった気がする。
…お前に相談して良かった」
「そりゃどうも」
そして紫は立ち上がり軽く身体をひねり始める。
「…何だかスッキリした。
喉が乾いたから、良かったら燈の分も奢るぞ。
今日の相談の代金にな」
「生憎、俺は相談程度で金を払ってもらう趣味はないんでね。
女子に何かを奢ってもらうなど尚更だ」
「むぅ…。
お前がそう言うなら…」
「でもさ…また何かあったら相談しにこいよ。
毎度毎度、解決出来るとは言えないけど、少しばかりは力になれるはずだからさ」
俺の言葉に安心した紫は笑顔で応える。
「ありがとう…。
じゃあ私は部活に行くよ」
「おう。
頑張れよ」
そして紫は荷物を背負って理科室のドアを開ける。
「…そう言えば、理科室が開いてたのは何故だ?
本来、ここは授業以外は開けられないはず…」
「あぁ。
それに関しては、祈世樹に一役買ってもらったのだ。
…マスターキーを使わせてもらってな」
「ちょ…!?
それってまずくねぇか?
下手すりゃ停学処分レベルだぞ」
「それなら大丈夫。
今日は安藤先生は休みだし、先生たちもこの時間は会議だからな」
ニシシと前歯を見せながらイケメン女子は笑いながらピースした。
「じゃあもう行くな。
部活に遅れてしまう」
「あぁ。
気を付けてな」
軽く手を振り、紫は理科室を走り去った。
俺も釣られるように荷物を持って理科室を出た。
「…悩みは解決したみたいだね」
「…ッ!?
……なんだ祈世樹か。
脅かすなよ」
入口の死角に寄りかかっていたのは、事情を知っていた祈世樹だった。
「あはは、ごめんね。
さすがに二人っきりで真剣に話してるとこに割り込むことは出来ないからね」
「お前……空気読めたのかッ!?」
「ふぁっ( 'ω')!?
…私だってそれくらい出来るよぉ!
それに、マスターキーを持ってるのは私だけなんだから、私がいないと二人が出た時閉められないでしょ?」
「むっ……まぁな…」
言葉に詰まる俺に祈世樹は勝ち誇ったかのように「ふふん」と笑いながらドアを閉める。
ちなみに祈世樹がマスターキーを唯一預けられてる理由は未だ不明。
たぶん先生たちからの信頼ゆえだとは思うが。
「お前は今日も委員の仕事か?」
「うん。
まだ少し残ってるから先帰ってて」
「分かった。
無理すんなよ」
「うん!
バイバイ!」
満面の笑みで尻尾を振る子犬のように祈世樹は手を振って走り去った。
『…選択…か…』
紫にさんざん偉そうに言ったものの、一番将来が見えないのは俺だった。
『……俺も何か探さないと…』
人の事ならあんなに簡単に口に出せるのに、自分の事となると俺は自然とやる気が出なくなる。
…なんという傲慢と怠慢か。
『…ゲーセン行こ』
結局…というか、もはやその時点で俺の頭の中から「就活」という言葉はスポンと抜けていた。




