24.笑顔の裏側
次の日、祈世樹は学校を休んだ。
先生は熱を出して休むと言われたようだが、俺は間違いなく昨日の電話での喧嘩が原因だとすぐ気付いた。
慶太たちは俺には何も聞くこともなく、いつも通り過ごしていた。
ただひとつ、違和感があるとするならば…俺はぼっちになっている事だろうか。
「あ…慶…」
「慶太!
昼飯買いに行こうぜー!」
「おぉいいぜー!」
慶太は俺に目を向けることもなく、クラスの男子と購買部に行ってしまった。
紫は弁当を持って一人どこかに去ってしまった。
その直後、女子グループから俺を蔑むひそひそ話がさりげなく聞こえてくるも、俺は気づいてないふりをする。
「……」
また同じだ。
中学の時と同じ孤独だった。
どうしようもない俺は、腹が空いてるのか分からないものの、とりあえず弁当の蓋を開けた。
美味しそうなウィンナーに卵焼き、ほうれん草のおひたし、ご飯には小さくふりかけがかかっていた。
少量のご飯とウィンナーをつまむも、食欲がそそられる気配はなかった。
「……」
俺は静かに蓋を閉じた。
『…一人での弁当って、こんなに不味いものだっけ…』
気の紛らわしに本を読むも、昨日の電話でのやり取りがフラッシュバックしていた。
それがひどく俺の食欲を抑えつけ、吐き気さえ募らせる。
『今日……見舞いついでに謝ろう…』
放課後、俺はまっすぐ祈世樹の家に向かった。
勝手口の前に立つと、緊張からか足がすくんだ。
『…ダメだ。
今日やらなければ、きっと後悔する…』
そしてインターホンを押そうとした時だった。
「……燈さん…?」
「…ッ!!?」
急に名前を呼ばれ、心臓が飛び上がりつつ振り返る。
「……り、リルドさん…」
そこに居たのは、買い物帰りのリルドさんだった。
「どうぞ」
「ありがとうございます…」
リルドさんから温かい紅茶が差し出された。
ほのかに香る甘い香りが全身の緊張感をほぐしてくれた。
「お代わり、まだありますので遠慮なく申してください」
「ありがとうございます…」
少し渋めの紅茶からは、リルドさんの優しさが感じ取れた。
慣れぬ渋みではあったが、今の俺には十分すぎるほどの薬味でもあった。
「あの……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…はい?」
少し聞きにくそうにリルドさんが質問してきた。
「その…申し上げにくいのですが………祈世樹さんと何かあったのでしょうか…?」
「……何か言われたのですか?」
西浜さんの居ない応接室でリルドさんは表情を曇らせながらテーブルの上でぎゅっと両手を握っていた。
「その……昨日、祈世樹さんから「もし、燈くんが来ても会えないと伝えといてほしい」と言われ、極力部屋にもあまり来ないで欲しいと言われたもので…」
…まぁそうなるよな。
「…ただ…」
「…?」
「……これを渡してほしいとだけ…」
「…それは…」
古びた引き出しから持ってきたのは、一通の手紙だった。
「もし燈さんが来たらこれを渡してほしいと…。
それだけ言い残して、部屋にこもってしまったのです」
渡された手紙には『碧乃 燈様』とだけ書かれていた。
手紙を見た途端、俺はいてもたってもいられなくなった。
「…すいません。
俺、家に帰ります…!
…紅茶、ご馳走様でした!」
「あ……。
…お気をつけてお帰りください」
俺は挨拶もそこそこに急いで家へと走った。
無我夢中で走り、気が付いた頃には家の前にいた。
「ただいま!」
「お帰り……って、どうしたの?」
「何でもない!」
俺は急いで部屋に入り、カバンを投げ捨て貰った手紙を開いた。
そこには紛れもない祈世樹の字で書かれていた。
『親愛なる空へ
わざわざ会いに来てくれたのに、このような形で返事を返すことをお許しください。
学校には熱を出したという事で休んでいますが、実際は違う理由で休んでいます。
しかし、その内容は今は言えません。
その時がきたら教えます。
それと昨日の電話の件、あれは私にも悪い部分がありました。
きっと空なら許してくれてるとは思いますが、私もいささか焦っていた部分があったみたいです。
私からも謝罪させてください。
でも、私も不安なのです。
私にとって空は、私を導いてくれる「光」なのです。
だから他の女の子と楽しそうに話をしている空を見ると、すごく胸の奥が痛むのです。
それ故に私は素直になれなかったのです。
こんな私でも、空は好きでいてくれますか?』
「……ッ…」
涙が止まらなかった。
彼女もまた、俺と同じ気持ちだったのは知ってた。
でも俺だって好きで他の女子と話をしてる訳じゃない。
そりゃもちろん課題のことを聞かれたり、血液型を聞かれたり、ドラマに出てた犯人役に似てるとかで上辺笑いぐらいなら……。
「……あ…」
その時、過去に慶太が言ってた言葉を思い出した。
「……コミュニケーション……」
そう。
人と人が潤滑に関わりあっていく上で必要なもの……それがコミュニケーション。
折田先生のセクハラは「一種のコミュニケーション」でしかなかったのだ。
「……なんで今更気付くんだよ…。
慶太が言ってたのに……もっと早く分かってやれてたらッ……!!」
やるせない後悔の腹いせに思いっきり自分の膝を一発殴った。
ビリビリと痛みが振動し、神経を伝って脳に痛覚を知らせる。
だが、それよりも痛いのは心だった。
「……クソがッッ…!!!!」
何度も自分で自分を傷付ける。
殴って、踏んで、噛んで爪を立てて……それでも祈世樹の心中を把握した今、本当に痛いのは「心」だった。
「……世界ッ……ごめん…。
気付くのが遅くなって……」
ボロボロと涙が溢れる。
守るべきものを傷つけて、挙げ句は突き放す。
何たる矛盾なのだろうか…。
手紙に目線を向けると、もう一枚手紙が封入されていた。
「追伸
明日、なんとか学校には行きます。
きっと紫ちゃんは相当怒ってるかもだけど、私は大丈夫。
むしろ、このままの関係の方が私は辛いです。
だから、明日からまたいつものように仲良くしましょう。
こんな素直になれない、可愛げのない私ですが、どうかよろしくお願いします。
世界」
手紙はそれで終わっていた。
いつの間にか涙は止まり、俺は未だ収まらぬ動悸に押し潰されそうになっていた。
「……」
何を考えればいいのかそれさえも浮かばなかったが、きっとこれで良かったんだ。
「いつものように仲良くしましょう…か…」
その一言は大きな安心感を感じさせた。
それは大きな甘えだとも悟った。
けど、彼女もまた仲直りしたいが故にこうして手紙を書いてくれたに違いない。
普通なら手紙どころか顔も見たくなくなるだろうに…。
「……バカなやつ…」
どっちがバカだクズが。
「なんで……こんな俺にすがりよってくれるんだよ…」
唆したのはお前。
「俺といたって、きっと後悔するだけなのに…」
それは彼女が決めること。
…手紙を読んだその日の夜、俺は緊張から一睡も出来なかった。
翌日、俺は早めに家を出て学校に着いた。
教室にいた一部の女子は、未だに紫が俺にキレたことを三人で恋のもつれ話をしていたなどひそひそと語っていた。
その反対側に慶太の姿があった。
「…おはよ」
「おいっす」
いつも通り先に来ていた慶太は珍しく予備校の課題をやっていた。
邪魔をしてはいかんと俺は挨拶だけして自分の席に座る。
女子側に紫もいたが声はかけなかった。
きっと紫は未だに俺に苛立ってるだろう。
荷物を下ろし俺はラノベを読む。
もやもやとした気分で時計を見ると、時刻は七時四十分を回っていた。
『……ほんとに来るんだよな…祈世樹…』
未だ姿の見えない祈世樹の事が気になりすぎて、正直本の内容が入ってこない。
手紙ではああ書いてはいたが……ほんとに来るんだろうか…。
『いつも通りにと言われてもなぁ…』
いつも通りであれば、俺がラノベを読んでる時に祈世樹が机の前にしゃがんで読んでいる俺をじっと眺めることや、俺と慶太が話してるところに紫と一緒に割り込んでくることぐらいじゃないだろうか。
『キーン、コーン、カーン、コーン…』
予鈴が鳴った。
遅刻寸前の生徒たちは急ぎ自分の教室に走る中、ゆっくりとその影は歩いてきた。
「……おはよ」
いつも通り……とはいかずも、弱々しくも聞こえたその声に最初に反応したのは……紫だった。
「……祈世樹ッ!!!
具合は大丈夫なのか!?」
紫が駆け寄るも、俺は横目で二人の様子を見守ることしか出来なかった。
「うん…もう大丈夫だよ。
心配かけさせてごめんね」
「いや、大事無いならいいんだ。
…もし何か食べたいものとかあれば遠慮せず言えよ?
私が代わりに買ってくるからな」
「あはは…。
病み上がりと言えど、そこまでしなくていいよぉ」
ニコニコと笑うその顔はいつも通りの祈世樹だった。
それでも俺と目線を合わせる事は無かった。
その後、本を読んでいても祈世樹が近寄ってくることは無かった。
目を向ければ、彼女は同じようにラノベを読んでいた。
『こんな私でも、空は好きでいてくれますか?』
その態度に、彼女は待ってるんだと悟った。
『いつも通り……。
…待ってるだけじゃ、何も変わらないんだよな…』
「ゆかっちー!
一緒にお昼食べよー♪」
「あ……私はっ…」
祈世樹と昼食を食べようとしていた紫はクラスの女子に声をかけられていた。
「私のことは気にしないで大丈夫だよ。
今日は静かにご飯食べたいから」
「……すまない」
そう言い残し、紫は渋々女子グループに混ざる。
祈世樹は自分の席で弁当の袋を開けていた。
「…祈世樹」
「…ッ!?」
突然声をかけてしまったせいか、祈世樹は驚いて俺の顔を見上げる。
「………おはよ……燈くん」
それは「いつも通り」の笑顔だった。
大きく息を吸い込み、喉元で詰まりながらも吐き出すように祈世樹に問いかけた。
「……一緒に………昼飯…食べない……か…?」
「…ッ!」
俺の誘いに祈世樹が目を見開いたその時、後ろから重くのしかかる衝撃を感じた。
「…よぉ、お二方。
昼飯を食うなら俺も混ざってもいいかなぁ?」
気安く俺の背中に腕を乗せて慶太が申し出てきた。
「うん!
慶太くんも一緒に食べよ?」
そう言って祈世樹は俺の方を見た。
「……人数は多い方が飯も美味いってもんだよな」
「そう来なくっちゃな!」
ドンッと俺の背中を叩き、慶太は廊下に出た。
「よっしゃ二人とも、屋上に行くぞ!
どうせなら景色の良いとこで食おうぜ!」
そして「いつも通り」慶太は話も聞かず教室を出ていく。
「…行くか」
「…うん!」
そして後を追うように慶太を追いかける。
その時、背後から誰かの視線に感づいてはいたが、俺をよく思わないやつだろうと思い、気にすることなく教室を出た。
「いっただっきまーーす!」
「あっ、慶太てめぇ!
俺のミートボール勝手に食ってんじゃねぇぞ!」
「ちょ…!
慶太くんはお弁当ないんだから、いじわるしちゃだめだよぉ…。
ほら、私の唐揚げも食べて?」
「アザ━━(*゜∀゜*)ゞ━━ス!!」
「何調子こいて祈世樹の弁当もらってやがんだごるぁッ!」
慶太が昼飯を持参してないのは理由がある。
いつもはお母さんに弁当をこしらえてもらってるようだが、今日は仕事の都合上、弁当をこしらえる時間がなかったらしい。
代わりに昼飯代は貰っていたが、屋上に三人で来てから昼飯の事を思い出し、急ぎ購買に走るも、ほとんど菓子パンやお菓子しか売れ残ってなかったらしい。
ちなみに言うと、うちの購買は昼の時間になると食に飢えたスパルタン(体育会系)たちがこぞりにこぞって定番の焼きそばパンやカレーパンを狙いに来るらしい。
俺も以前、弁当を忘れて購買の傍にある自販機にジュースを買いに行った時、何気に購買の中を外から覗いたら主食向きのパン等だけが売り切れになっていた。
「あ、もしかして燈くん、嫉妬してるのかなぁ?
男がこんなことで嫉妬なんてみっともないz…ガバワッ…!!」
あまりにうざかったのでちょっちワンパンこいちゃいましたてへぺろ。
「そ、空ッ…!」
「安心しろ。
この程度で死ぬような野暮なやつじゃねぇよ。
強いて言うなら、二トントラックに四回は轢かれねぇと死なねぇよ」
「どんだけ頑丈なの慶太くんッ!?」
祈世樹のナイスツッコミに思わず俺は大笑いしてる隣で、屍となった慶太のほっぺを祈世樹がつつくも慶太が生き返ることは無かった。
『ガチャ…』
「…ッ!?」
「…ッ!?」
その時、背後の入り口のドアが開く音が聞こえた。
『先生にバレたか…!』
もちろん屋上での飲食どころか立ち入りは禁止されている。だが、予想とは違う人物が顔を覗かせてきた。
「………やっ、やぁ…」
「…紫ちゃん!?
どうしてここに…?」
どこかおどおどしながら入ってきたのは、さっきまで女子グループと談笑していた紫だった。
「その…だな…。
お前たちが屋上で昼食を食べると聞いてな。
…私も………混ざっていいか…?」
心配げに聞くも、断る理由などあるはずもなかった。
「そんなの……もちろんだよ!
ねっ、燈くん?」
「…無論だ。
むしろ紫が居なくてちょいと寂しかったぐらいだしな」
そう言われた紫は目を見開くも、すぐにバカだなと言わんばかりに目を細めた。
もう俺に苛立ってないのか、紫にピリピリ感は見えなかった。
「…というか、慶太がのびてるのは何故だ…?」
「あー…。
これはその……かくかくうましか…」
「…なるほど。
慶太が燈に余計なことを言ったのが原因で一撃かましたと…。
まぁ、いつも通りだな」
「ぶふぉっ…!
今ので分かったのか!?」
鼻からコーヒー牛乳が出そうになりました。
「紫ちゃんはね、時々MASAのスーパーコンピューターも裸足で逃げ出しちゃうほどのひらめきを発揮する事があるんだよ」
「私はロボットか何かかッ!?
普通にいつも通りの事だろうなと思っただけだぞ!?」
どんだけ俺と慶太のやり取りは茶番なのだろう。
土曜の夜八時に放送されてたコント番組ぐらいの定番だろうか。
「紫ちゃん、もうご飯食べた?」
「いや、まだ食べてはいない。
お前たちを追うために、さっきの女子たちには「先生に頼まれごとをされてた」と嘘をついて出てきたんだ」
「ほぇ〜。
紫ちゃんが嘘をつくなんて珍しいね」
祈世樹がそう言うも、紫はちょいちょい効率優先のために嘘はついてる気がする。
「まぁ…なんだ…。
こうして三人でお昼を食べるのも久しぶりだからな。
そうしてでも来る価値はあると言ったとこだろうか」
「……って、俺も居るんですけどーーー!!!!」
ガバッと慶太が起き上がり、ナイスツッコミをかました。
「あっ、おはよ慶太」
「おはよ慶太くん」
「ようやく目が覚めたか慶太」
「いやいや、もうどこから突っ込めば良いのか……てか紫、来てたのか?」
「あぁ。
さっき来たのだ」
「……」
「…どうした?」
起き上がった慶太は突然、神妙な面持ちで紫を見上げた。
「……今日は大胆にも「黒」で攻めてくるとは……さすが紫だな!」
そう言って慶太は寝そべりながら親指を立てる。
慶太の視点からは、ちょうどしゃがんでる紫が正面に見えていたのだ。
「………ッッ!!?////」
紫がその事に気付き、立ち直してスカートを抑えるも時すでに遅しだった。
「紫…。
俺はけっこう、勝負攻めするタイプ…好きだぜっ!☆」
ゴゴゴゴと黒いオーラを放ち、スカートを抑えながら紫は足を思いっきり後方に反らす。
「百回死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇーーーッッッッ!!!!!!」
「ぐふぅぅおぉあッッ!!!?」
綺麗な三日月を描き、紫のダイナミックトーキックは慶太の腹に見事にぶち込まれた。
数メートル飛ばされ、慶太は手すりにぶつかり白目を剥きながら再び失神した。
「おおおぉ…」
「おおおぉ…」
思わず俺と祈世樹は声を合わせて恐れおののいた。
「…ふんッッ!!!」
捨て台詞を吐くようにため息をつきながら紫はシュルっと回転しながら華麗にスカートをなびかせ体制を戻した。
さすがは高性能運動系女子(ターミ○ーター・ガール)。
「…さっ、ご飯食べよう。
「軽い運動」でお腹が空いた」
『切り替え早ッ!?』
『切り替え早ッ!?』
何とむごいものか、紫はあたかも何も無かったかのように振る舞っていた。
『まぁ、いつも通り……かな』
以前と変わらない雰囲気に少し笑ってしまった。
「…?
燈くん、どうかしたの?」
「ん?
…何でもねぇよ」
そう言って俺は祈世樹の頭をなでる。
「にゃっ!
…んー…」
少しムスッとしながらも、祈世樹は笑顔で受け入れてくれた。
「そうだ、祈世樹の唐揚げちょうだいよ。
俺の卵焼きやるから」
「…そ、それなら私も……早起きして作った焼きそばだぞ」
「おぉ!
めっちゃ美味そうじゃん!」
「紫ちゃんすごい!
お腹きゅーって鳴っちゃいそう♪」
一人を除いて再び戻る笑顔。
再び戻ったこの関係に、俺は当たり前であることの嬉しさを感じていた。
『…本当は………慶太に食べさせるつもりだったんだがな…』




