23.初めての〇〇
次の日、俺は慶太と紫に謝罪した。
二人も俺の気持ちを察してか深い所までは聞かなかった。
それでも次はこういったことがないようにすると約束し、誤解は解けた。
『俺が幼稚だったばかりに…』
たかが嫉妬心であの場の雰囲気を壊したことを反省しつつ、今度何か奢らせてくれと言うと二人は笑って受け入れてくれた。
「あん時は悪かったな。
俺が無理やり海条に膝枕させたのが悪かったんだよな」
「そんなことねぇよ…」
とは言ったものの、実際はドンピシャである。
「まぁ何はともあれ、誤解は解けたわけだ。
燈も次のカラオケで全員分のご飯を奢るという形で反省してるわけだし、私たちも水に流そうではないか」
「まぁな。
いちいち引きずったとこで意味は無いしな。
……あ、俺チャーシューメン大盛りトッピングマシマシでよろ」
「…それはあんまりじゃないか?
あっ、私はみんなで食べれる物がいいと思うから……フライドポテトとかどうだ?」
「はいよ。
何でも好きなの頼んでくれ」
素直にそう言うも、紫は少しだけ気難しそうにしていた。
「ったく…燈はお人好しだな…」
そう言うも紫は優しく笑ってくれた。
「アザ━━(*゜∀゜*)ゞ━━ス!!」
「……わりぃ。
慶太だけロシアンたこ焼き(中身バレ)だけな」
「ちょっ……なーーーんでだよーーー!!?」
「ぷっ…」
思わず慶太のツッコミに笑ってしまった。
紫もつられて口元を隠しながら笑ってくれた。
『良い友達に恵まれたものだな…』
中学校じゃこんなの有り得なかった。
中学時代はみんな学力が俺に比べたら頭一つ抜けて高いゆえ、俺のようなコミュ障陰キャの相手をしてくれる奴はそうそういなかった。
それに比べたら……今の環境は充分すぎるよな。
『…そういや祈世樹の姿を見てないけど、委員の仕事かな…』
祈世樹の席に目を向けると、今日も朝から祈世樹はいなかった。
そんな矢先、俺は急にトイレに行きたくなっていた。
「わり、俺トイレ行ってくる」
「あぁ。
気にせずいってこい」
「ゆっくりブリブリしておいでー(笑)」
「じゃっかましいわ!
お前のコーラにタバスコか醤油をこっそり忍ばせとくかんなッ!」
そう言うもジョークだと嘲笑う慶太に苛立ちながら出ていくと、廊下にまで慶太の笑い声が響いてきた。
あんにゃろー…。
『そのうちガチであいつのコーラに醤油かタバスコを混ぜてやる』
…本当に軽い気持ちで考えていた。
だが、これ程「罰当たり」という言葉が当てはまることもなかったかもしれない。
それは俺がトイレを済ませて教室に戻る途中のことだった。
『あ……祈世樹…』
目線の先に祈世樹と放送委員の担当をしている折田先生が歩いているのが見えた。
折田先生はルックスの良さと人当たりの良さから女子人気も高い。
折田先生が目当てで放送委員に立候補した女子も少なくないとかで、それがあってか知らずか女子は唯一、祈世樹だけらしい。
…何やら楽しそうに話しているが、一体何を話してるのだろうか。
『遠くてさすがに聞こえないな…』
少し隠れる形で二人の様子を見ていると、俺はとんでもない瞬間を見てしまった。
それは……折田先生が祈世樹の髪に触っていた。
『ドックン……』
あの時と同じだ。
慶太に膝枕をさせられる祈世樹を見た時と同じ感情。
全身の血流が一瞬止まってから突然、急激に流れ出すような不安定さ。
「……ッ…!!!!」
ダメだ…抑えないと…。
慶太たちと約束したのに…。
だが髪を触られても祈世樹はヘラヘラと笑っていた。
俺は……頭痛にも似た吐き気に押し潰されそうになっていた。
『…なんでだよ。
なんでセクハラされてるのに笑ってるんだよ…。
……祈世樹……お前ッ…』
既に考えてる事は全部声になって吐き出してしまっていたが、そんなのどうでもよかった。
『お前……男嫌いじゃなかったのかよ…。
…あれか?
折田先生がイケメンだからいいのか?
それとも………お前は本当はビッチなのか…?』
言葉にしても気持ちが晴れるわけがない。
分かっていても動揺と不安さがなくなることは無い。
やがて二人は笑い合いながら放送室へと入っていく。
「………」
もはや「怒り」などという言葉で言い表せる感情ではなかった。
それゆえ俺の中の何かが大きく欠落した気がした。
やがて朦朧とした意識で俺は教室へ戻った。
「…おっ、遅かったな。
やっぱブリブリしてきたんじゃねーの?(笑)」
ケタケタと慶太は笑うも、紫は俺の様子を察したのか心配そうに聞いてきた。
「燈。
何かあったか?」
女の勘というやつだろうか。
それともそんなに俺の表情が欠落していたのか、紫には気付かれてしまった。
「あ……ううん、何にもないよ。
そんないちいち気にすんなって!」
「……ならいいのだが…」
そうは言うものの、やはりどこか疑われていた。
「……」
言えるはずがない。
たかが嫉妬などという幼稚な感情ごときにまたこいつらを巻き込みたくない。
…分かってるはずなのに……。
『祈世樹……。
違うんだよな…?
俺の勘違いなんだよな?
……信じさせてくれよ……』
だが、募る疑心暗鬼は徐々に俺の心を蝕んでいってた。
「おはよぉ」
「おはよう祈世樹。
朝からご苦労さま」
「うぃーす」
二人がいつも通りに返事をするも、俺だけはそれが出来なかった。
「おはよ、燈くん」
祈世樹はいつも通りに声をかけてくる。
だが「あれ」を見てしまった俺は返事が出来なかった。
「……ッ!!!」
「…?
燈くん…?」
突然にも似た祈世樹の呼び掛けに思わず全身に電気が走ったような衝撃が俺の身体を震わせた。
もちろん彼女は俺が無視をする理由など知る由もない。
『ドックン………』
動悸にも似た怒りが再び沸き起こる。
目の前にいる祈世樹を気を抜けば今にも胸ぐらを掴みあげそうになるほど俺は苛立っていた。
「………ごめん。
……今日は………話しかけないで…」
それが精一杯だった。
「ふぇ…?
…どうしたの…?」
当然、祈世樹は不安げに聞いてくるが、答えることは出来なかった。
「……」
顔を背け寝そべる。
何をやってるんだろうと思うが、こうでもしないと自分の怒りを抑えきれなかった。
「……分かった」
そう言うと祈世樹は自分の席に座り、本を読み出す。
そのやり取りを見ていた紫が突っ込んできた。
「きっ……祈世樹ッ…!
…おいっ燈ッ!!
一体何があったって言うんだ!?
最近のお前おかしいぞッ!!!」
紫が問い攻めするも、俺は何も答えなかった。
「お前ッ…………それでも男かッッッ!!!!!!」
怒りが爆発した紫は俺の机を豪快に蹴り飛ばし、寝そべっていた俺の胸ぐらを掴みあげた。
突然声を荒らげ机を蹴り飛ばした紫に、祈世樹を除く外野がこちらに驚きと恐怖の視線を向ける。
それでも紫は怒りを鎮められずにいた。
「お前…言ったよな…?
祈世樹を二人で守るって……絶対に彼女を傷つけるような事はしないってな…?
……あの言葉は……嘘だったのかッッ!!!?」
ギリギリと胸ぐらを掴み上げ鬼のような形相で紫は問う。
だがそれ以上に、胸ぐらを掴んだ紫の手が俺の喉を圧迫し、呼吸すらままならずいた。
「あ…ぐッ……ゆか…りッ………ァ…」
俺の苦しがる様子にマズいと思った慶太が紫を止めに入った。
「ちょ………紫、落ち着けッ!!
燈を殺すつもりかッ!!!」
「ッ!!!?」
理性を取り戻した紫は思わず手を離し、受け身も取れず俺は尻餅を着いた。
「いってっ…!
……げほっ、げほっ…!」
「大丈夫か燈ッ!?」
「……あっ、あぁ……。
俺は平気だ…」
俺を心配し寄り添う慶太を紫は恐怖と混乱の混ざったような目で見つめていた。
「…なぁ燈。
さっき紫が言ってた「祈世樹を守る」ってどういうことだ?」
「…あ、あれはだな…」
言おうにも言葉が詰まる。
相手は慶太とは言えど、真実を話してしまってもいいのだろうか…。
「……そ…それは…」
「……私から説明する」
俺が詰まってるとこに紫が割り入ってきた。
「とりあえず……場所を変えよう。
…ここでは話しにくい事だ」
その言葉に周りを見渡すと、教室にいた生徒が全員こちらを見ていた。
一部の女子は、突然の事に怯えきっている様子のやつもいた。
『…まぁそうなるか』
屋上で俺と紫は真実を語った。
祈世樹はかつてレイプされたこと。
それをきっかけに二人で守ると約束したことを。
洗いざらい、今まであったことをダイジェスト程度に話した。
「……まぁ話は分かった。
で、お前が海条を無視していたのは何故だ?」
「そうだ。
あれほど堅く誓ったのに、一体何があったと言うんだ」
冷静さこそ保ってるものの、紫には押し殺している苛立ちの気配があった。
「ッ………」
「おい答えろッッ!!!!」
「やめろ紫。
燈から言い出すのを待て」
「ッ…」
紫とは裏腹に冷静な慶太に俺は少しだけ感謝していた。
『…ありがとう慶太。
……言わなきゃ…だよな…』
大きく深呼吸をし、俺は腹から吐き出すように語り始めた。
「……その…。
…さっき……トイレに行った時、祈世樹を見かけたんだよ…」
「おん。
それで?」
慶太は一言一言聞き逃さんと真剣な眼差しで俺の言葉を待っていた。
「その時……折田先生と歩いてたんだよ…。
…何となく見ていたら、先生が…祈世樹の……髪を触ってたんだよ…」
「……それが原因か」
「……」
紫は何も言わなかった。
ただ腕を組んで仁王立ちで俺を睨みつけていた。
「折センなぁ…。
あの人そういう「クセ」ある人だからなぁ」
「…クセ?」
「仲の良い女子限定らしいけど、手入れ大変でしょとか言って髪を触ってきたり、個室で壁ドンしてくるとか…色々聞いてるよ」
「…そうなんだ…」
つまり、良くない噂ばかりってことか。
「だからあまり男子からは評判良くないんよね。
あのルックスの良さでか、一部の女子からはファンクラブまで作られてるって噂だし」
「そこまで…。
私は前からあまり好かない人ではあったな」
「まぁ紫はあーいったベタベタしてくるタイプ苦手だもんな」
「あぁ。
そう聞くと……少し心配だな」
確かに、そういうのは一種の軽はずみでやってるのかもしれないが、ボディタッチが関わってくればセクハラの域だ。
「…まぁ、とりあえずはそう言ったところかな。
折センは悪い人とは思いにくいが…たぶん大丈夫さ!
それに、海条だって好きな奴以外ににセクハラされたらそりゃ嫌がるだろうし…」
「でも……あいつの事だから、恐らく黙って隠すんじゃないかとも思うんだよ。
あいつ、周りに迷惑かけたくないとかで一人で解決しようとするし…」
慶太が何とか事態を丸く収めようとするも、いつまでも事の顛末を引きずる俺に紫が再び怒りを爆発させた。
「あぁもうッ、うじうじと面倒な男だなッ!!!!
だったらお前が直接、祈世樹に聞いてみろ!
そうやってやる前から何でもかんでも決めつけて、起こりうる未来を予測したとこで 何が変わると言うんだッ!!!?
男なら好きになった女の一人ぐらい守ってみせろッッ!!!!」
紫の言ってることに間違いなどなかった。
「……そうだよな」
このままじゃ何も変わらない。
「俺………祈世樹に謝るよ」
そう言うと慶太は優しく笑ってくれた。
「じゃ、話は決まりだな」
そう言って慶太は立ち上がる。
「これで話は終わりだな。
俺たちは教室に戻るよ」
「えっ…。
…いいのか……これで…」
「そりゃだって、お前が海条に謝ればそれで済むだけの話じゃん。
それ以上に何かあるか?」
「それは……ないけど…」
「だろ?
なら、それでいいじゃん」
「……」
あまりにあっさりしすぎた締まりに思わず俺は動揺していた。
「…どした?」
「……それでいいのかよ」
「は?」
「だってよ……もっとこう……「お前が悪いんだぞ!」とか……俺を責めないのか…?」
ぎこちない俺の言葉に慶太は鼻で笑った。
「何言ってんだよ。
俺がこれ以上お前に何を言えばいいんだよ?
別に俺は海条のことどうとも思ってないし、お前はやるべき事を見つけたんだからそれでいいじゃん」
まさにその通りだった。
慶太は俺が思ってたよりもずっと大人の考えが出来ていた。
「…分かった」
俺の一言に慶太はニコッと笑い俺に背を向けて歩く。
「あ……でも、まだすぐには謝れない。
多分………放課後以降に謝るよ」
「おん。
ならそうすれば?」
素っ気のない返事を残し、慶太は去った。
「…燈。
あまり言いたくはないが………少しばかり……お前に失望した。
…もし祈世樹が許しても、私は慶太のようには許せないからな」
紫の怒りは当然だ。
守ると言った男が、こうもあっさりと裏切り行為をしたのだから。
「…分かってる。
だから……時間をかけてなんとか取り戻すよ。
誰にも頼らず、自分一人の力で」
「……」
ようやく落ち着いた紫もまた、冷たい視線を残して立ち去った。
「………はぁー…」
どっと疲れた。
まだ学校に来てそう時間は経ってないのに。
「……頭痛い」
ひどく全身に力が入らない。
強いストレスが俺の気力を奪っていた。
『…でも……やらなきゃ…。
誰かに頼ってはいけない。
今までだって…友達と呼べるやつがいなくても頑張れてこれたじゃないか』
頬をパチンと叩き、気合を入れる。
「…よしっ!」
グッと全身に力を入れると、今度は立ち上がることが出来た。
少しふらつきながらも俺は教室に戻った。
教室に入ると慶太は他の男子と先程の騒動の理由を説明し、紫は教室にはいなかった。
肝心な祈世樹は……一人、本を読んでいた。
「……」
こちらには一切目を向けず、ただ読むことに集中していた。
『出来ることなら今すぐ謝りたい。
けど……今は出来ない…』
俺は自分の席に戻って持ってきたラノベを読む。
トラブルの一部始終を見ていた一部の奴らの俺を蔑む小話のせいか、収まったと思っていたストレスが再び俺の胃と頭を痛めつける。
それでも…今は耐えることしか出来なかった。
それから約十二時間後、夜の八時。
学校では一切話せなかった祈世樹に電話で謝ろうと、俺は自分の部屋にこもっていた。
「……」
スマホの画面には祈世樹の電話番号が表示され、いつでも呼び出せる状態となっていた。
ものすごく緊張するも、俺は無理やり自分を押し進めた。
「ええぃっ、南無三ッ!」
画面の発信ボタンを押すと、スマホに表示された呼び出し画面が緊張感を際立たせる。
震える手でスマホを耳に当てると、やがて呼び出し音が止まった。
『………もしもし』
間違いなく祈世樹だった。
「あ………もしもし…。
燈だけど……」
声が震える。
馬鹿みたいに動揺しているのが自分でもはっきり分かる。
心臓の鼓動が祈世樹に聞こえるんじゃないかと言わんばかりに心拍数が跳ね上がる。
『……何』
色のない声が俺の耳に叩きつけられる。
でも、ちゃんと謝らないと…。
「その………朝の件なんだけど………ほんとにごめん。
…悪気はなかったんだ。
…だから………ごめんなさい…」
『……』
祈世樹は何も言わなかった。
電話の向こう側からは、ザーっという雑音だけが薄ら聞こえた。
「その……理由なんだけどさ…。
お前、朝に折田先生と歩いてただろ?
…たまたまなんだけど……トイレから戻る時に見かけてな。
そしたら…お前頭触られてただろ…?
それでも笑ってたお前に少し勘違いしてて……」
『……』
「……あれだよな?
お前は、折田先生のセクハラを軽く受け流してただけなんだよな?
だからあーして笑ってたんだよな。
それをてっきり受け入れてるように見えたんだよ…」
『……』
「……その後、慶太たちと話し合ってそれで俺から謝るって形になったんだよ。
……ほんと、すまなかった…」
『……』
「……言いたいのはそれだけ。
………ほんと、ごめんな!
…じゃあ、電話切るから…」
『…………空…』
「…え?」
ようやく沈黙を破り、祈世樹は返事を返してくれた。
それは、あまりに予想外の一言だった。
『…………すごく……寂しかった…』
「ッ……」
電話の先ですすり泣いてるのがすぐに分かった。
彼女もまた……ひどく怯えていた。
『空が……急に話しかけないでって言うから……もしかして…嫌われたのかなって…。
…ぐすっ……怖かった……』
「……ごめん。
…俺……バカで嫉妬深いからさ…。
…お前が他の男と話してたりしてるのを見ると、ついイラついて…」
『……』
「…不安で仕方がないんだよ。
好きになった人が、誰かに取られるんじゃないかって。
だからと言って、こうしてヤンデレみたいに怒ったりするのも良くないのは分かってる。
けど……俺も不安なんだよ…」
『……』
祈世樹はまたも答えなかった。
まるで噛み合ってるようで実は互い違いになっている歯車のように、祈世樹は俺の返事には返さなかった。
『…私だって不安だよ。
……言ってなかったけど私も…空が他の女の子と楽しそうに話してるのを見ると……胸が痛むの…』
「…ッ!?
…それって…」
『ズキズキって、心臓に針を刺すような痛みが止まらないの。
だから空の気持ちは分かる。
けど、私は他の男に自分の貞操を渡すつもりは無いし、私が好きなのは空だけだもんッ!』
「…祈世樹…」
言葉や想いはすれ違えど「好き」という気持ちは同じはず。
お互い初めての「恋心」を知り合えたからこそ、すごく不安になるのだ。
「…ありがとう祈世樹。
俺も……祈世樹だけが最も魅力的な女子だと思うよ」
『……なら、一つお願いしてもいい?』
「…あぁ」
電話の向こう側で祈世樹は鼻をかみ、呼吸を落ち着かせて言った。
『……もう他の女子と話すのはやめて。
紫ちゃんとだけならいい』
「……えっ…」
それはあまりに単純かつ、ひどく難しいお願いだった。
「それは……」
答えはすぐに返せなかった。
『出来ないの…?』
少しトーンが低めな祈世樹の声が俺の鼓膜を震わせる。
「その……他の女子とはあくまで上辺だけの付き合いだし、別にそこまで仲良くないし…。
……大体、お前なんて上辺だけといえど、折田先生にセクハラされておきながら笑って過ごすなんてどーなんだよ!
俺だって他の男と楽しそうに話してるお前を見るのは辛い部分もあったけど、それを強制したとこでお前を苦しめるだけだと思って言わなかったのに…!」
もう大丈夫だと……解決出来ていたと思っていた記憶を再び悪いものへと変貌させてしまった。
だが、祈世樹はひどく冷めていた。
『……そう。
…なんて可哀想なのかしらね』
「……ッ!!!!!」
祈世樹の放った一言は、俺の怒りを爆発させてしまった。
そして、俺は最も愚かな暴言を吐いてしまった。
「ッ…………なら、今だから言ってやる…。
………お前に見せてた優しさはなぁッ…………全部「嘘」だったんだよッッ!!!!!」
『……ッ!!?』
そこで祈世樹は言葉を失くした。
愚かしくも、俺は言い負かせたとどこか余韻に浸っていた。
『………全部……嘘だったの……』
「おうよ。
だって、俺にとって優しさなんて「自分の本性を隠すための隠れ蓑」に過ぎねぇからなァッ!!!!」
『……ッ…』
…完全に祈世樹は折れてしまったに違いない。
そして俺も高鳴る動悸に呼吸を乱しながらも、少しづつ落ち着きを取り戻す。
『………分かった…。
……さよなら』
そこでプツンっと電話が切れれた。
「……」
気がつくと、俺は涙を流していた。
それは落ち着きから来たものではなく、あんな「中身のない暴言」を吐いてしまった自分への失望によるものだった。
「……祈世樹…」
ようやく落ち着いてから俺はひどく後悔した。
自分の頬を殴っても、ジンジンと伝わる痛みは俺の心に響かなかった。
『…どうして……あんなことを……』
その答えは単純だ。
……ただ「勝ちたかった」だけ。
「……そんな幼稚な理由で……俺は……」
目頭が熱くなり、涙がボロボロと零れる。
ひどく自分を恨んだ。
紫に言った言葉に反吐が出そうになった。
自分は誰も守れないのだと改めて自負した。
『……もう…嫌だ……』
謝って仲直りするだけのはずだったのに……小さな導火線は自然現象的に発火し、やがて大きな爆弾を暴発させた。
それは言葉通りの絶望だった。
守るべきものを傷つけるという矛盾。
頭痛は酷くなり、深い悲しみだけが俺に付きまとう。
どうしようもなくなった俺は、布団に入って寝ることにした。
寝ることでさっきの出来事がリセットされるとか、自分が寝てる間に誰かに殺されないかと考えるも、そんなことは現実に起こることは無かった。
そして、この「初めての喧嘩」こそが、後々の祈世樹に大きな影響をもたらすことを、俺は知るよしもなかった……。




