21.繰り返されるかもしれない可能性
大晦日・正月が過ぎ、落ち着きが出てきた五月のこと。
私、小野々儀紫も高三になり、早い生徒はこの時期から進学に向けて勉学に励んだり、希望の職業に関して綿密に調べ抜く生徒の姿が目立ち始めていた時期のこと。
「そういや、燈って進学と就職どっちにすんだ?
…って、聞かんでも分かるか」
「なに勝手に人の進路を決めとんじゃこら。
…まぁ就職の予定だけど」
「ほらなぁ」
慶太に茶化される燈の姿はいつも通りだった。
だが、私の心の中では少しだけ一抹の不安がよぎっていた。
「そう言うお前は進学だよな?
大学?専門?」
「まぁ卒業したら大学に行く予定かな。
県外の大学で寮のある条件的に良さげなとこがあってな。
家を出てバイトしながら大学通おうかと」
「そう言えばお前って頭良いんだもんな。
時々忘れるんだよな」
「おいコラ」
そんなやり取りをしていた時のこと。
私も脳裏をよぎる不安をかき消すために祈世樹に同じ質問をした。
「祈世樹は卒業したら就職だよな。
どこか気になるとこでも見つけたか?」
「うん。
県外にある和菓子屋さんに興味があるの。
調理師免許は持ってないけど、たぶん大丈夫かなと思うの。
…紫ちゃんは進学だよね?
どこに行く予定なの?」
「あー……。
実はまだ決めてないんだ。
とりあえず県外の大学にするつもりだが、まだどこにするかは…」
「そか。
こういうのは慎重に選ばないとだもんね」
「そう……だな…」
おもむろに燈と楽しそうに話す慶太に目線を向ける。
『県外…か…』
脳内でそう呟いていると、いつの間にか祈世樹が声をかけていた。
「…ちゃん……紫ちゃん!」
「…ッ!?」
気がつくと、祈世樹は心配そうな眼差しで私の顔を覗き込んでいた。
「…すまない…。
少しばかり惚けていたみたいだ…」
「大丈夫?
保健室行く…?」
「いや、平気だ。
……少し、風に当たってくる」
そう言って私は教室を出ていく。
行く宛などないが、とりあえず一人になりたかった。
『きっとそれは嘘だ』
私はスマホの画面を開き、燈にメールをしていた。
「紫のやつ、急にどうしたんだ?」
「分かんない。
たぶん疲れてるだけだと思うけど…」
祈世樹がそう言うにも、それではどこか気持ちが悪い。
その時、突然持っていたスマホがバイブ通知をした。
画面を開くと、見たことの無いメールアドレスに紫の名前が入っていた。
『Re:紫だ。
今大丈夫なら体育館前に来て欲しい。
その際は、偶然を装って来てくれ。
私に呼ばれたことも内緒で頼む。
慶太と祈世樹には気づかれぬようにな。』
唐突に届いた紫のメールには彼女なりの焦りが見えた。
だから俺は急いで返事を返す。
『分かった。
なるべく早めに行く』
「…紫!」
約束通り体育館の入り口に紫はいた。
慶太たちには、先生に頼まれごとをされてたのを忘れてたと言って出てきた。
「急に呼び出してすまないな」
どこか陰のある表情で紫はうつむく。
「どうした?
具合悪いのか?」
「いや、そうではないんだ……」
何かを喉奥に詰まらせたように紫は口ごもる。
俺は紫から喋り出すのを待った。
「……その……非常に言いづらいのだが……」
「なんだよ。
そんなに言いづらいことなのか?」
珍しく紫がとどのつまりに頭を悩ませる。
足しになればと思い、俺は自販機で紫にコーラを買って渡した。
「…ありがとう」
一言礼をしてから紫は軽く一口飲む。
「…はぁー…。
少し気が楽になった…」
「…慶太のことか?」
「…それもそうなんだが…。
実は……お前のことで少し気になることがあってな…」
「…俺?」
何かしでかしたっけか?
でもそんなことは記憶を辿っても見つからない。
「べっ、別に…お前が悪いとかそういう事ではないのだが…」
「……なんだよ。
怒らないからさっさと言えよ」
「……」
うつむいたまま紫は自分の腕に爪を立てる。
これ以上そそのかしても逆効果だと思った俺は、自然を装うように自販機で自分が飲むミルクセーキを買った。
「その……だな…。
………斎藤春樹の事は…覚えてるな…?」
「…あぁ」
忘れるはずもない。
祈世樹の人生を狂わせたクソ野郎のことを忘れるわけがない。
「…非常に言いにくいんだが…。
最近の燈…………斎藤春樹と似てきてる気がして……」
「…ッ!?」
最後の一言に思わず俺は飲もうと思っていたミルクセーキを吹き出しそうになってしまった。
「……それってどういう…」
今にも泣きそうな顔で紫は続ける。
「私の思い過ごしなのは分かってる。
けど……最近の燈と祈世樹の様子を見ていると…あの男の事を思い出して……。
私………怖くてッ…」
震える手で自分の腕を掴みながら紫は泣き伏せる。
ふと俺は斎藤春樹の話を思い返す。
確か、修学旅行に行かなかった・行けなかった生徒が合同で補習授業をしてる時に祈世樹が声をかけて、そこから仲良くなった。
そこまでは仲の良い友達でいられたのに……斎藤春樹の方から恋心を抱いて、セクハラ的接触が増えていったんだよな。
そしてあの「事件」が……。
「俺がそのうち、祈世樹をレイプしかねないとでも?」
少し強めに言ってしまっていたのか、紫は珍しく俺の言葉に怯えていた。
「い、いやッ……そうではなくて…。
……私も………どう考えれば良いのか…分からなくてッ……」
あまりに余裕が無いせいか、紫はろれつが回ってなかった。
「言いたいことは分かる。
今の俺と祈世樹の関係がだんだん深まっていくと、やがて斎藤春樹のような未来になってしまうのではないかと…お前は不安になってるんだろ」
涙目で小さく紫は頷く。
まぁ流れ的にそんな気はしたがな。
…どうもこういうのは苦手だ。
「…上手いことは言えないけど、俺は斎藤春樹と同じ事を繰り返すつもりは無い。
事件の顛末を知ってるから尚更。
だから、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ」
優しく紫の肩に触れると、少し落ち着いたのか紫は泣くのをやめた。
「ぐすっ……お前たちは………付き合ってるのか?」
「…へッ!?」
あまりに唐突な質問に俺は思わず声が裏返ってしまった。
「…どうしてそう思った?」
涙目でコーラを飲み、喉を潤してから紫は続けた。
「最近、祈世樹はお前のことをよく話してくれる。
それは最初の時からだが……特に最近は熱が入ってるように聞こえるのだ。
「燈くんの横顔を見てるとときめく」とか「燈くんって、手が女の子みたいに綺麗なんだよ」とか…。
最初の時とは打って変わって親密的になってきたというか…」
会話を切るように紫はぐびぐびとコーラを飲み干し、ゴミ箱に缶を投げ入れる。
「付き合ってはいないよ。
…告白はしたけど」
「…ッ!?
それはどういうことだッッ!!?」
予想外の言葉に紫は半ば激情に駆られながら鬼のような形相で俺に詰め寄った。
「まっ、待て紫…!
…と…とりあえず落ち着けッ…!」
女の子と言えど、頭一つ分の高さから鬼気迫る形相で見下ろしてくる紫は十分な威圧感を醸し出していた。
「…はっ!
………すまない…」
現状に気付いた紫はゆっくりと俺から離れ、力なくその場にへたり込んだ。
「…俺も言い方が悪かったな。
まぁ、その通りなんだが… 」
紫はへたり込みながら俺を見上げて聞いてきた。
「…なんて言ったんだ?」
「……ちょい恥ずいな…。
…「好きにならなくていいから言わせて。好きです」って。
…俺は祈世樹を守る。
そう誓ったから、そう言うしか出来なかったんだ」
「…なるほど。
で、祈世樹は何と?」
「…「私はあなたを愛せません」って。
自分には、期待させられるものがないからって」
「…祈世樹らしいな…」
ゆっくりと立ち上がり、紫は自販機で新しいジュースを買った。
「…その内容を聞いて少し安心した」
「そりゃ良かった」
紫が買ったジュースを飲むのに合わせて俺もミルクセーキを飲む。
「…実はな、あの修学旅行以降、祈世樹に声をかけてくる男が増えてきてな。
そのほとんどが友達になりたいが故らしいが、祈世樹は極力避けているのだ」
「ほぉ…」
「お前と楽しそうに水族館を歩く姿を見て、ほかの奴らも友達になりたいと思ったらしい。
中には、友達ではなく「彼女」になってほしいとか…」
「ぶふぉッ…!!
か…彼女…!?」
「…笑える話だよな。
もちろんそういう話は全部、祈世樹自身で断っているがな。
ただ、中には一度で諦めず未だ祈世樹に近づく奴もいてな…」
「あー…」
そりゃあんな不思議系小動物女子だしな。
それまでは中身も分からないパンドラの箱が、ぽっと出の俺の手で開封されたようなものだもんな。
「一応、祈世樹にはそういう輩がいたら私に教えろとは伝えてある。
まぁ実際、声をかけてくるのはお前のようなぱっとしない男ばかりだがな」
「紫って時々失礼なことを当たり前のように言うよなこんちくしょう」
「ははっ、すまんすまん。
そんな連中に比べたら、燈の方が全然まともだがな」
「ヘー、ソーナンデスネー。
ソレハコーエイデスワー」
俺の棒読み台詞にクスクスと笑う紫は、紛れもないいつも通りの彼女だった。
「ありがとう燈。
おかげで胸のモヤモヤが晴れたよ。
それと……疑ってしまってすまなかったな」
「全然いいよ。
…なんなら、スッキリしたお礼に……その有り余った胸を触らせてくれてもいいんだぞ?」
「なッ…!?///
せっ…セクハラは燈でもダメだッ!!!///」
真っ赤になりながら紫は隠しきれていない胸を隠す。
制服越しでも分かるその大きさはブラによる矯正ゆえの形か、それとも自然発育ゆえなのか……色々気にはなるな('ω')。
「まぁ冗談はさておき、これからも二人で祈世樹を守ってやろうぜ。
二度と斎藤春樹の事件を繰り返させない為にも」
「……あぁ、よろしく頼むよ」
改めて互いの気持ちを確認し合い、俺たちは握手をした。
しかし、何となくこの雰囲気で締めるのが気に入らなかった俺は、せっかく暖まり始めていた空気をぶち壊しにかかった。
「…そういや慶太のやつ、お前のこと「太ももがエロい」とか「紫のうなじってなんかムラムラするんだよな」とか言ってたなぁ…」
「えッ…!?
ちょ…ばッ………恥ずかしいから手を離せッ…!!!///
というか、何故慶太は私の身体のことを知っているッ!!?///」
もちろん嘘であるが、紫の反応が面白いので続けることにした。
「なんか「紫は絶対脱いだらアニメキャラ体型だよな」とか「モデル勧誘とかもされそうだよな」って二人で話し合ってたんだよなぁ…」
「もぉーーっ、やめろーーー!!!///」
既に紫のHPは限りなく赤メーターに等しい状態だった。
八頭身でイケメンなのに、恋愛ネタや下ネタに関しては純情なとこはガチでアニメキャラと重なるとこも紫のメンズ(ウーマン)キラーポイントだと思う。
「まぁ冗談だけどな」
「なッ……!?
ぐぬぅッ…///」
涙目で俺を睨んでくるも、俺は笑って背中を向ける。
「あっ……そう言えば…」
「…ッ!?
また嘘の猥談だなッ…!
もうその手には通用しな…」
「こないだクリスマスに紫と過ごしたって話を聞かせてもらったんだよ」
「なッ……!
あいつ…!!」
バラされたくなかったのか、紫は悔しげに拳を握りしめていた。
「慶太のやつ言ってたよ。
「あんなに紫と遊んで楽しいと思ったのは久しぶりだった」って。
「紫と一緒にコンビニ行ったとき、ガキの頃にあいつの手を引っ張りながら走ってたことも思い出して…ついテンション上がっちまってた」ってな。
…なんだかんだで紫もクリスマスを楽しんでたんだな」
「…えッ……」
「じゃ、俺は教室戻るよ。
お前も落ち着いたら戻ってこいよ」
「あ………あぁ…」
そう言って俺はゆっくりと歩きながらミルクセーキの缶をゴミ箱に投げ入れる。
立ち去る際にチラッと振り返ると、彼女は愛でるように自分の左手をさすっていた。
その後、俺は何事も無かったように教室に戻った。
「おかえり。
頼まれごとってなんだったんだ?」
「あぁ…………あれだ、こないだやったテストあったろ?
あれ、隣のクラスのとごっちゃになったみたいで俺にクラス別に仕分けして欲しいって!」
「ほぉーん。
そんなめんどくせぇこと頼まれてたのか?」
「ま、まぁな……。
個人的には点数稼ぎのつもりでしてるからな…(汗)」
「点数稼ぎねぇ……。
そんなんで内申点上げようだなんて、燈くんは将来社畜だねぇ(笑)」
「ぐっ……。
べ、別にいいだろ…人それぞれってやつだよ」
慶太にチクチク小突かれるも、何とかしんじてもらえたっぽかった。
「…そいや祈世樹は?」
「あそこにおるやん」
慶太が指差す先で祈世樹はクラスメイトの女子に何かを教えていた。
『繰り返されるかもしれない可能性……か…』
祈世樹は本当にいい子だ。
頼まれ事は基本的に断らないし、学力もそこそこあるゆえ、あーして教え役に立ち回ることもしばしば。
入学式以降の彼女とは思えないほど積極的にもなり、クラスメイトともかなり馴染んだように見える。
『そんな矢先での告白……指輪交換だもんな…。
紫と慶太には、卒業式まで教えられないな…』
だからこそ気を引き締めなければ。
俺は祈世樹が本気で好きだ。
齋藤春樹とは違う。
言葉は同じでも、俺はこの想いを歪めたくない。
「……熱心に海条のこと見つめちゃってぇ、何かあったんですかぁ?(笑)」
「ッ…!?
ちがっ……別に祈世樹を見てたとかじゃ…///」
「なんだぁ〜?
碧乃がいやらしい目で女子のことを見てたってぇ〜?」
俺たちのやり取りを聞いてたのか、クラスメイトの男子が割り入って来た。
「はっ!?
そ、そんなんじゃねぇよ!
別に……誰も見てなんか…」
「照れんなって碧乃!
お前も男なら、女を見るのは当たり前だろうに(笑)
隠したってどうせ「こっち側」の人間なんだから虚勢張んなってWW」
「うっせぇ毒島!
そんな分かったような目で同情してくんな!」
「何言ってんだよ燈。
毒島の言う通り、男なんて女見てなんぼだし、女だって男を見て当然だろうに」
「ぐっ………ここに来て正論を言われるとは…」
「まぁ、燈は「むっつりスケベ」だから、こっそり見定めることが美学だもんな」
「そうそう!
俺は毒島みたいにガン見してドン引きされたくないから、気づかれない程度に実は見てた………なわけねぇだろうが!!!」
俺がノリツッコミからブチギレるも、話を聞いていたであろう一部の女子はドン引きしていた。
「………変態…」
「ッ?!」
聞こえるか聞こえないかの声量で聞こえたセリフに俺は思わず背筋が凍りつくも、祈世樹の方を見ると彼女は俺から目を逸らしていた。
『き、気のせいか…?
今、祈世樹に蔑まれたような気が……』
一抹の不安が過ぎるも、すぐに慶太たちの爆笑にもみ消され、それどころではなくなっていた。
「……空のばーか…」




