20.二人だけの秘密
「おはよ……」
「ウィッス……って、珍しく元気ねぇじゃねぇか。
…さては海条と二人っきりで夜中までイチャコラしてたなぁ?」
「うるせぇ。
お前こそ、目の下にクマ出来てるぞ」
いつものように茶化すも、坂口もまた声に張りがなかった。
「あはは…。
かく言う俺も紫と遅くまでいてな。
気付いたら十時半でびっくりしたよ」
「おっとぉ?
何だかんだ言ってお前もやる事やってんじゃねぇかよ」
「いや、昨日は親が出張で家にいなくて暇だったからさ。
予備校帰りに紫と会わさって、その流れで家で飯食ってたんだよ」
「ほほぉ…?('ω')」
「……ホントだってば!
マジでなんもねぇって!」
とは言いつつも顔を真っ赤にしてガヤる坂口に俺は何かあったと確信した。
朝練がなかったのか珍しく教室にいた紫を見ると、話を聞いていたのか俺の視線に応えるように笑顔でピースをした。
『紫…良かったじゃん』
俺と紫でアイコンタクトを取っていると、それに気付いた坂口が気づき横入りしてきた。
「ちょ……ホントになんにもなかったって!
お前、アイコンタクトで状況察してんじゃねぇぞこんちくしょー!」
こうしてパニクる坂口を見るのは初めてかもしれない。
俺が笑っていると、後ろで小さく紫も笑っているのが聞こえた。
『坂口…。
お前は気付いてないかもだろうが……きっと紫は……』
混乱した状況を変えようとしたのか、坂口は話題を変えてきた。
「そういや海条のやつ遅いな。
いつもは俺よりも早いのに」
それを聞いて紫も話に入ってきた。
「祈世樹は放送委員の仕事で遅れるそうだ。
部員も彼女一人である以上、人手も足りてないみたいだしな」
「そっか…。
あいつも大変なんだな」
「まぁ祈世樹自身、頼られるのが好きで放送委員の仕事をしてるみたいだしな。
機械関連にもそこそこ詳しいらしい」
「へぇー…」
まだまだ祈世樹のことは分からないことが多いものだ。
「そいや、今日修学旅行のレポート書かせられるんだよな。
碧乃はもう書くこと決まってるのか?」
「まぁ自主見なり巡った観光スポットのこととか書く予定よ」
「でも原稿用紙三枚だぜ?
それだけで書ききれるのかよ」
「こういうのは一つのネタでいかに内容を作れるかだよ。
話題を端的に終わらせようとするからすぐ中身に困るんよ。
それよりなら、一つの話題でいかに行数を埋められるかが重要なんだよ」
「ほぉ…。
さすが普段からラノベばかり読んでる奴は言うことも考えることも違うな。
なんならついでに俺のレポートも書いてくれよ」
「俺のアドバイスガン無視かよ。
普通に見てきた観光スポットとかのことをどう思ったとか、青森とは違う風景にどう感じたとか書けばいいんだよ」
「そう言ってもねぇ……」
そう言いながらクラス順位トップ10内に属する坂口は机に突っ伏す。
戦う前から戦意を失った戦士のようだった。
「私は参考にさせてもらうよ。
こういうのは得意分野ではなくてな。
燈のアドバイスはすごく参考になる」
「ほーら見ろ。
紫は俺のアドバイスを理解してくれてんだぞ?」
「つってもなぁ……。
……あっ、八ッ橋食うの忘れてた!
よしっ、八ッ橋食えなかったことでも書くか!」
「いやいや、そんなのどうでもいいわ!
逆に怒られるぞ!?
先生に本の背表紙どころか角で殴られるぞ!?」
「あっはっはっはっ!」
冗談だと言わんばかりに坂口は大笑いする。
それにつられて紫もクスクスと笑った。
『なんか……やっぱこの二人、お似合いじゃん…』
「おはよう。
全員席に着いてるな?」
チャイムの五分前に芹澤先生が入ってきた。
「あれ、先生珍しいっすねー。
いつもはチャイム鳴ってから来るのに」
「あぁ。
今日は私も忙しいから、出来ることは早めに済ませたくてな。
…ほら、お前らが楽しみにしていたレポート用の原稿用紙だ。
一人三枚ずつ、三日以内に書いてこい」
「えぇー!?
三日じゃ無理っすよー」
「たかがレポート三枚書くのにどれだけ期日が必要になる?
わめいてないで、とっとと書いてこい」
「うわー、マジかよ…」
クラスの大半の男女がどよめくも先生の意志など変わるはずがない。
その最中、背後から同じトーンの断末魔が聞こえてきた。
「終わった……」
「お前…あれだけ色々見回って書くことないとは言えないだろうよ。
少しは頑張れよ」
「だってぇー…」
すでに坂口はオワコンになっていた。
どうやら坂口はこういったレポート系は本当に苦手なのだろう。
「とりあえず私からはそれだけだ。
全員、まだ修学旅行気分が抜けてないかもしれないが、今日からまたいつも通りなのだからいつまでも腑抜けてるんじゃないぞ」
そう言って先生はそそくさと教室を出ていった。
「おはよぉ」
そして入れ替わるようにまだ来ていなかった世k……祈世樹が入ってきた。
「おはよ祈世樹。
昨日はどうだった?」
「うん……」
「…どうした?
委員の仕事で疲れたのか?」
心なしか、眠たげに目をこする祈世樹の目元にはうっすらとクマが見えた。
「ごめん…。
ちょっと寝不足で……」
予想外だったかは定かではなかったが、祈世樹の返答に一瞬、紫は言葉を詰まらせた。
「……いや、私も無粋なことを聞いた。
…そう言えば、祈世樹はもうレポートで書くことは決まったか?」
それは流石に無理があるだろうに…。
「うん。
昨日のうちに下書き書いちゃったよ」
……………え?(´・ω`・ )?
「流石だな。
私なんてまだ書くこともなくてな…。
でも、さっき燈から良いアドバイスをもらってな」
「…ッ!///」
俺の名を聞いて、祈世樹は不意をつかれたかのように俺に視線を向けてきた。
「おっ…おはよ…」
「…お……はよ…ッ///」
あの夜のことを思い出してか、祈世樹は俺からすぐに目をそらす。
「…?
何かあったのか?」
「…うっ、ううん!
何もないよ!
…そ、それで…どんな事を教えてもらったの?」
「あぁ。
それはな……」
俺に直接聞けばいいのに、祈世樹はそのまま紫に質問した。
…どうも気まずい一日になりそうだな…。
『あっ、俺もレポート書いとこ…』
渡された原稿用紙にシャーペンを立てた際、ふと祈世樹の手元に目線を向けると、彼女の薬指に小さくキラキラと光る指輪が輝いていた。
「いくらなんでも、学校でまで付けてくんなよ…。
誰かに見られて誤解されたらどうすんだよ」
その日の放課後、俺は祈世樹と下校していた。
「えへへ…。
昨日の余韻が抜けなくて……なんか、外すのが億劫になっちゃって…。
気が付いたら、付けたまま寝ちゃった///」
そう言って祈世樹は顔を赤くして背ける。
『そんなに…。
よっぽど嬉しかったんだろうな…』
祈世樹は指輪を嵌めた左手を天高くかざしながら歩いていた。
「…ねぇ「空」」
唐突に祈世……「世界」は振り返った。
「なんだ?」
急にしおらしくなりながら祈世樹は後ろ手を組んだ。
「私ね……あれからずっと考えてたんだ。
…空が告白してくれて、指輪を嵌めたあの時から…」
「なっ、なんだよ…」
少しトーンを下げ、大人びた声で世界ははにかんだ。
「私もね、ずっと自分の中で考えてたの。
私は貴方に期待させられるものを持っていない。
でも、貴方は優しいからそれすらも受け入れてくれた。
…だから………」
そこで世界は口を閉ざした。
相槌を返そうかと思ったが、あえて俺は続きを待った。
「………私も、思うところがあるの。
ただ…直ぐには言えない。
だから……空には申し訳ないけど、待ってて欲しいの」
「…そっか。
じゃあ……俺は待つよ。
答えを聞けるその時まで」
「…うん!」
そして世界は俺の左手を掴んだ。
「…ねぇ。
「指輪」持ってる?」
「……もちろん」
かくいう俺も昨日の余韻が抜けず、実は隠し持っていた。
学校では恥ずかしい故に付けてなかっただけで、本当は下校中だけでも付けようかと考えていた。
「…付けて?」
「……」
催促され、俺は筆箱にしまっていた指輪を左手の薬指に嵌める。
「…付けたよ」
そう言うと世界は俺の左手を取った。
「……やっぱり…空は手が綺麗だね…。
指輪が一層、輝いて見えるもん」
愛おしそうに俺の薬指に嵌る指輪を見つめながらそう呟くと、世界は唐突に俺の手にキスをした。
「ッ…!?///」
思わず手を引っ込めそうになったが、不思議と力が入らなかった。
「…もし私が魔女だったら、この手をいつまでも取っておきたいな」
「急に怖いこと言うな。
君はヤンデレか」
「へへっ…なんてね。
でも………本当に綺麗だよ」
俺の手に世界の左手がするりと絡まる。
恋人繋ぎの形で繋がれた中で、指輪同士が擦れる感覚が少しこそばゆく感じた。
「…これは……「約束」。
「空」と「世界」がずっと離れることなく、互いに互いを見つめ合ってる「指輪」。
二人だけの…誰にも内緒の秘密だよ…」
指を絡ませながら世界は俺の手に頬擦りをする。
俺はというと……キスをされた辺りから、動悸がエグいことになっていた。
「…絶対、無くさないでね」
そう言うと、世界はそっと俺の手を下ろし、やがて名残惜しそうに手を離した。
「……じゃあね空!
また明日、学校で!」
「あ……あぁ…」
全てが突然現れた嵐のように荒れ狂ったと思いきや、気が付いた頃には嵐は吹き去っていた。
「……また明日…か…」
おもむろに自分の左手を見ると、理由も分からず震えていた。
『……ズルい女…』
そう思いつつ、性欲すら飛び越えるトキメキに俺は息苦しいながらも帰ることにした。
「おかえりなさい。
パーティーの準備ももう少しで終わるので、着替えて来てください」
そう。
今日は昨日行われていたはずのクリスマスパーティー。
昨日、ここの子が熱を出し、私も空と出かけていた事で中止にしたらしい。
今朝リルドさんから聞いて、その子の体調が良くなったら今晩でもやりましょうと聞いていた。
昼頃、リルドさんからのメールで熱はだいぶひいたらしく、食欲もあるということで改めて今晩クリスマスパーティーをする事になった。
「わかりました…」
朧気な声でリルドさんに返答するも、私の方が「限界」だった。
自室に入り、学校のカバンをベッドに投げつつ私もベッドに飛び入った。
「ッッッ〜〜〜////」
枕を抱きしめ縮こまるも、胸の苦しさがしばらく収まることは無かった。




