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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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19.空と世界が生まれた日

「それでは、お部屋は二階の205号室になります。

 ごゆっくりどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

受付から予定時間の書かれたバインダーをもらい、祈世樹は会釈をしてそそくさと歩く。

 

「そこで、さっきもらったコップで冷たいのか温かいのを選ぶの」


祈世樹について行くと、受付のすぐ隣にドリンクバーがあった。

 

「コーラにオレンジジュース、アイスコーヒー、メロンソーダ、それとホットスープ…。

 なんか喫茶店でありがちな感じだな」

 

「まぁジュースにまでこだわってたらお店が大変だろうからね。

 むしろ、こういう定番の方がとっつきやすいしね」

 

「まぁそうか…」

 

祈世樹の正論に頷きつつ、とりあえず俺はコンソメスープにした。

 

「祈世樹はどれにする…って……メロンソーダにバニラアイス…?」

 

「うん!

 ここね、ドリンクバーを付けるとアイスも食べ放題なの!

 だから私はいつもこうやってアイスを乗っけるの」

 

「へぇ〜」

 

そんなヤングマン発想に感心していると、祈世樹はどことなく落ち着きをなくしていた。

 

「ねぇ、早くお部屋行こ?」

 

「あ…うん…。

 そうだな」

 

相当楽しみにしていたんだろう。

入り口よりも段差のある階段を祈世樹はパタパタと駆け上がって行く。

途中で転ぶんじゃないかと心配しつつも、ゆっくりと俺も祈世樹のあとをついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お先にどうぞ、マイ・フェア・レディ」

 

一体何を言ってるのか自分でも分からず、羞恥心で舌を噛み切りそうになった。

 

「まぁ、ありがと♪」

 

どことなく通じてたのか、祈世樹は貴族のお姫さまのように軽く会釈し中に入った。

 

「おぉ………」

 

薄暗い部屋に入ると、大きめの壁掛け型テレビに小さな電子機器とマイクが置いてあった。

 

「先に燈くん歌う?」

 

「いや、俺は歌を探したいから先に歌っていいよ」

 

「分かった!」

 

そう言って祈世樹は着ていたコートを脱ぐ。

 

「……それ……」

 

「…?」

 

祈世樹の服装に指をさし、俺もジャンパーを脱ぐ。

 

「……燈くんもおそろ!?」

 

「だな。

 まぁ俺のは半袖だけど、祈世樹のは長袖にモコモコの袖付きだけどな」

 

偶然にも、俺たちの着ていた羽織が一緒の色合いだったのだ。

模様も寸分違いなく赤と黒のチェック柄だった。

 

「こんなマンガみたいな偶然あるもんなんだな」

 

「ねっ。

 私、この服好きなの」

 

「奇遇だな。

 俺もこいつの色に惹かれて買ったんだよ」

 

そして俺たちは笑い合う。

祈世樹は嬉しさからか、にやけながら足をパタつかせ、俺は恥ずかしさを笑ってごまかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カラオケって、曲選番号とかで探すもんかと思ってたわ」

 

「あはは。

 今はこれで歌いたい歌のタイトルとか、歌手を簡単に探せるんだよ」

 

「ほえぇ〜…」

 

どうもここでは俺の方が前時代的だ。

祈世樹は手馴れた手付きで曲を選びマイクを握る。

「ピピッ」っと電子音が鳴り、テレビで流れてたカラオケの宣伝動画が消え、やがてイントロが流れた。

  

『一途、愛されてみたいの♪

 私、だけが見つけたものなの♪』

 

「…ッ!?///」

 

突然の出だしのロリボに思わず吹きそうになった。

てっきりふざけて歌ってるのかと思ったら、ちゃんと歌詞通りに、かつ音程も取れてるくさい感じがした。 

 

『こういったゆるい歌も好きなんだろうな…』

 

そう感心していると、あっという間に祈世樹は歌い終えていた。

 

「ふにゅぅ〜…。

 …燈くんは歌うの決まった?」


「…あぁ。

 なんか緊張するな…」

 

祈世樹からマイクを手渡され、いよいよ俺の番が回ってきた。

 

「すぅ〜…ふぅー…」

 

深呼吸をして呼吸を整える。

曲の出だしが流れ、俺は決心して歌う。

 

『偽りを捨てて 愛しさに震える♪

 今日までの道のりは険しく果てしなく〜♪』

 

…何故だろう。

声は出てるが、いつも一人で歌う時の音域が出ない。

初めて祈世樹の前で歌ってるからだろうか…。

 何だかんだで歌い終えると、祈世樹は両手を顔に当ててうつむいていた。

 

「どうした?

 …そんなに聞くに耐えれなかったか?」

 

「ううん…」

 

祈世樹の様子は少し違った。

 

「…燈くんの声…………すごく素敵だったからッ…///」

 

聞くに耐えなかったと言うより、いつもよりも低い低音ボイスにときめいていたようだった。

まぁ音域が出なかった分、それをカバーするように低音ボイスになってたわけです。

…意識はしてなかったんだけどな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

あれから二時間弱が経ち、その間俺たちは休む間もなく交互に歌い続けていた。  

 

「ふぅ〜…。

 そろそろ休憩しないか?」

 

「うん。

 ちょっと疲れちゃったね…」

 

そう言って祈世樹は背伸びをし、崩れるように俺の膝に頭を寝かせてきた。

 

「おいッ…!?

 何をして…///」

 

飼い主の膝で寝っ転がる猫のように祈世樹は俺の顔を見つめていた。

 

「…ダメ…かな…?」

 

「いやッ………いいけど…」

 

「ありがと♪」

 

そして気持ちよさそうに祈世樹は俺の膝枕を堪能する。

…こいつ、貞操観念というものが無いのか…?

 

「…ねぇ、燈くん」

 

唐突に祈世樹が寝っ転がりながら俺の顔を見つめてくる。

 

「何だ?」

 

「……大事な、お話があるの」


急に真剣な眼差しで祈世樹は俺を捉える。 

  

「…奇遇だな。

 俺もお前に話したいことがあるんだよ」

 

「そうなんだ。

 …じゃあ、燈くんからどうぞ」

 

「…あぁ」

 

祈世樹を起こさせ、真っ直ぐに彼女の顔を見つめる。

 

「……抱きしめて、いいか?」

 

「………ふぇッ!?///」

 

予想外のセリフに思わずいつものふぬけ声になるも、俺の真剣な表情にすぐさま気を落ち着かせる。

 

「………いいよ」

 

そう言って祈世樹は何をするわけでもなくただうつむき、黙って俺からのアプローチを待つ。 

自分で言っておきながら俺はどこか戸惑っていた。

 

『き……キスとは違うんだッ……これくらいッ…///』

 

祈世樹は黙って目を閉じ、変わらず待っていた。

合図をするわけでもなく、俺はそっと彼女を抱きしめる。

 

「…ッ!///」

 

俺の手が触れた瞬間、彼女の体は強ばるもすぐに緊張を解いた。

 

「……あのさ……返事しなくていいから聞いてて…」

 

「……」

 

祈世樹は何も答えない。

それを確認してから俺は続けた。

 

「…その……だなッ……俺…お前のこと……ッ…」

 

言えない。

正確には、言ったらダメな気がした。

もしここで彼女にはっきりと言ったら、俺は後悔するかもしれない。

俺だって責任のないことは簡単には言いたくない。

だから俺は………不器用なりに、遠回しに伝えた。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

  

「…愛さなくていいから言わせて。

 ……………好きです…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は何も答えなかった。

それから間を空けて背中に彼女の手が触れる感覚が伝わってきた。

弱々しく、声と身体を震わせながら彼女は俺を抱きしめて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ごめんなさい………。

 ……私……あなたの気持ちに…応えられませんッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは文字通り「告白」からの「断り」だった。

同時に祈世樹は泣いていた。

震える手で必死に俺を抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…落ち着いたか?」


「うん…」

 

あの告白から少し気まずい雰囲気に覆われていた。

俺と祈世樹は隣同士にいながらも目線を合わせることは無かった。

 

「…ねぇ。

 さっきの返答……あれで良かったの…?」

 

「全然いいよ。

 むしろ、はっきり言ってもらった方がこっちも気が楽だ。

 …そう言えば、お前の方からも言うことあるって…」

 

「あ…あれね………実は、さっきの返答を言おうと思ってたの」

 

「…へ?」

 

「えっと…つまり………あなたが私のことを好きなのは知ってたの。

 けど、私はあなたに期待させられるものを持ってないから……だから断る為にそう言おうと思ったの。

 ごめんなさい…」

 

そして祈世樹は両手で顔を覆い、うつむきながらすすり泣いた。

 

「……」

 

どうすればいいのか分からなかった。

頼る相手もいない。

ヒントも最初からない。

だから俺は、彼女の頭をそっと抱きしめた。

すると小さく祈世樹が口を開いた。

 

「…頭………なでて…」

 

今にも消えそうなその声は、絶望の淵に落ちそうにながらも助けを求めているような声だった。

それ故に、迷いなんて無かった。

躊躇うことなく、あの修学旅行の時のように祈世樹の頭を優しくなでる。

 

「…うっ…ぐすっ……」

 

すすり泣きに嗚咽が混ざる。

それでも俺は止めなかった。

 

「…祈世樹……。

 君はもう独りじゃないんだ。

 俺や紫、修学旅行で出来た友達……「みんな」がいるんだから、もう何でもかんでも一人で抱え込むな。

 …みんな、お前の傍にいるんだから」

 

「…ッ!」

 

自分でも何を言ってるのか分からなかった。

告白してフられた直後なのに。

それでも祈世樹には通じていたみたいだった。

 

「うっ…燈くん…。

 ………うあぁぁぁあぁん…!」

 

子供のように祈世樹は俺の胸で泣きじゃくる。

俺はそんな祈世樹をただ慰めることしか出来なかった。

……やがて祈世樹は泣き止んだ。

 

「……ごめんね…」

 

「ううん、気にしてないよ」

 

祈世樹はメロンソーダを飲み、気持ちを落ち着かせる。

 

「…ねぇ、燈くん」

 

「ん?」

 

「…お願いが…あるの……」

 

神妙な面持ちで祈世樹は言う。

 

「あのね…。

 燈くんの気持ちに応えることは出来ないけど……一つ、して欲しいことがあるの」

 

「…言ってみ?」

 

下心など一切考えもつかなかった。

だって、海条祈世樹という人間はいつも俺を退屈させないことを知ってるから。

 

「私とね………「特別な関係」になって欲しいの。

 友達でもなく、恋人でもない…その中間に値する、特別な関係に…」

 

「…えっと……「友達以上、恋人未満」ってやつか…」

 

「そう、それ!

 …どうかな?」


断る理由などあるものか。

 

「もちろんいいよ。

 で、具体的にはどうすりゃいいんだ?」

 

「んとね……何もする必要は無いの。

 ただ、いつも通りにしていて欲しいの。

 むしろ、それがいいの!」

 

「ほぅ…」

 

ちょっと意味深ながらもとりあえず把握は出来た。

 

「燈くんの気持ちはちゃんと受け止める。

 それを踏まえた上での関係に………「あだ名」が欲しいの」

 

「あだ名?

 なぁんだ、そんな簡単なこと…」

 

「私たちだけが呼び合うことを許されたあだ名。

 …二人だけの、特別な呼び名…。

それでね、もう思いついてるの!」

 

「早ッ!

 ……何て呼べばいいんだ?」

 

まぁどうせキーシェとかアカリン的な感じだろうな。

…この語彙力の低さである。

 

「………「空と世界」。

 あなたが「空」で、私が「世界」」

 

「……」

 

…何故だろう。

不思議とそのあだ名に違和感は無かった。

 

「燈くんは名前のイメージから、太陽が照らす「空」。

 私は名前からもじって「世界」。

 二人だけの、特別な呼び名だよ…」

 

そう言って祈世樹……世界は嬉しそうに自分の胸に手を当てる。

何となく彼女の頭をなでると、いつもの優しい笑顔で笑ってくれた。

 

「…そうだ。

 お前に聞かせたい歌があるんだよ」

 

「なぁに?」

 

彼女の言葉を尻目に俺は送信機にとある歌を打ち込む。

 

『ピピッ!』

 

送信完了の音と共に、テレビの映像が消え、歌のタイトルが現れる。

 

「…これって……シガロの…」

 

「知ってたか。

 投稿動画でこれのデュエット版があってね。

 …中学の時に聞いて好きになったんだよ」

 

「そうだったんだ…」

 

「歌いたいなら一緒に歌ってもいいぞ」

 

「いいの?

 ……じゃあ、歌う…」

 

そう言って世界はマイクを手に取る。

そして呼吸を合わせて歌い出した。

 

『『夜 眠る時に

 脳裏に想い馳せる

 あなたの顔』』

 

歌いだしは同じであるため、初弾はキレイにハモった。

 

『『気付いて欲しくて

 髪留めを変えた(イメチェンをした)「どうしたの?」

 って言われたくて…』』

 

突然の分岐に一瞬、世界は俺の方を見るも、状況を理解してすぐに歌に集中する。

 

「「真っ赤な口紅(流行りのネックレス)

 黄色のフレアスカート(シルバーの腕時計)

 身に付け走る…

 今のアタシは(僕が)超絶可愛いのよ(最高にキマってる)!

 ソリディ 溶かされる前に…』』

 

歌いながら世界を見ると、歌に集中しながらもどこか余裕がなく見えた。

大丈夫だろうか…。

 

『『恋にトキメキなんてするわけない』』

 

さっきまでとは違う雰囲気の世界の歌声が俺の全身を震わせる。

俺はというと……すごく気持ちが良かった…。

「脳が蕩ける」とはこの事を言うものなのか……。

  

『『アタシ(僕は) 君のことだけ

 ……好きだよ(好きです)』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく歌い終わると、慣れない高音を出しまくったせいか、さっきとは比べ物にならないほど疲れた。

世界もまた、疲労が溜まっていたせいか目元に腕を乗せてソファーに寄りかかっていた。

そんな彼女に俺は言った。

  

「これが……俺の…………君への想いだよ…」

 

歌だけどな。

 

「……」

 

世界は何も言わず俺の胸に頭をくっつける。

すると胸元からすすり泣きが聞こえてきた。

 

「…苦しい………。

 ……苦しいよぉ……空ぁ……」

 

顔を上げると、世界は涙で顔をくしゃくしゃにしていた。

その涙は悲しみでも無く、嬉しさゆえの涙でもない。

分からないから彼女は泣いていた。

 

「世界……」

 

俺は両手を世界の頬に添え、泣きじゃくる彼女の目を見つめる。

 

『…ごめん世界。

 こんな事でしか、お前の涙を止めることは出来なさそうだ…』

 

心の中でそう呟き、俺は彼女の顔に近づき………初めての……キスをした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

その後は適当に歌って頃合をみて部屋を出た。

受付で会計を済ました俺たちは、気分爽快に外へ出た。

 

「うわあぁぁぁ…!

 ホワイトクリスマスだぁ…!」

 

外はしんしんと雪が降り始めていて、まさにホワイトクリスマスそのものだった。

…時刻は十時半。

けっこう長居していたようだ。

 

「リルドさんたち、心配してるかな…」

 

「大丈夫だよ。

 さっきメールで遅くなりますって言ったら、あまり遅くならないようにしてくださいって来たから」

 

「そっ、そうか…。

 でも…そろそろ帰ろうぜ」

 

「……うん…」

 

もしかしたら、それは夢の時間に浸っているシンデレラには、あまりに残酷なセリフだったに違いない。

その証拠に、俺自身も思うとこが一つあった。

 

『離れたくない…』

 

帰らないといけないのは分かってる。

でも、こんなに誰かと離れたくないと思ったのは初めてだ。

 

「…帰ろ、空」

 

祈世樹は雪まみれになりながらも俺の顔を覗き込む。

 

「でも…俺はッ……」

 

最初に言い出したやつが聞いて呆れる。

それでも世界は続けた。

 

「空の気持ち、分かるよ。

 でも…けじめは付けないといけないんだよ。

 それに……また学校会えるもん!」

 

「ッ………そうだな」

 

自分に言い聞かせるように決心し、俺は帰り道をゆく。

 

「…空」

 

「ん?」

 

「手、出して?」

 

「…?」

 

ぱっと手を出すと、世界は手袋も着けず両手で俺の左手を捕まえた。

 

「…空の手、暖かいね…」

 

「…世界の手、冷たいな…」

 

オウム返しのように言うと世界は嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ねぇ…。

 ちょっと寄りたいとこがあるの…」

 

「…?

 別にかまわんよ」

 

寒かったし、ちょっとでも温かいとこに入れるならマシかもな。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここだよ」


かくして着いた場所は、カラオケ屋からだいぶ離れた距離にある複数の店舗が入り交じった複合商業施設だった。

 

『ゲーセンにでも寄ってプリクラでも撮りたいのかな…?』

 

中に入ると、ゲーセンの手前の位置にある小さな店に俺たちは入った。

綺麗な宝石やブレスレットなどが置かれたそこは、間違いなくアクセサリーショップだった。


「いらっしゃいませ」 

 

スーツ姿の店員のお姉さんの挨拶もスルーし、世界は模索するように商品をまじまじと見て回る。 

  

『今日の記念にブレスレットとかネックレスでも欲しいのかな?』

 

そう思いつつ俺も商品を見て歩いていると、ようやくして世界は探していたのであろう何かを見つけた。

 

「…あった!」

 

「なんだ?

 一体何を探して………おぅふ…」

 

彼女が見つけたもの、それは見間違うはずもなく………「指輪」だった。

 

「空、これ買お?」

 

「えっ…」

 

値段は4980円。

買えないことは無いが、なぜに指輪なのか…。

 

「高かったかな…?

 もちょっと安いのにする…?」

 

「…ッ!?

 いやいや、全然大丈夫よ!

 むしろ俺もこれがいいと思うな!」

 

思ってもいないことが次から次へポロリ。

アー、ナキッソオレノバカ。

 

「いいよ、お金は私が出すから。

 空と私の分くらいなら買えるよ」

 

「…それは聞き捨てならぬ。

 俺のは俺で買うから二人で買うぞ」

 

「いいの?」

 

「そりゃ、女の子に二人分の指輪を買ってもらうなんて男として顔が立たぬわ。

 ……てか、なんで指輪?」

 

俺がそう聞くと世界は軽く考え込んだ。

 

「………今日という日を形に残す為…かな。

 ブレスレットとかネックレスよりもちっちゃいし目立たないからね」

 

「なるほどね…」

 

そして俺たちはお互いの指の太さを確かめ合い、指輪に付いている誕生石も確かめてから店員を呼んだ。 


「すいません。

 このトルマリンとペリドットの指輪、十四号と十七号でください」

 

「かしこまりました」

 

店員のお姉さんは遅い時間ながらも眠そうな顔一つせず笑顔で対応してくれた。

ガラスのショーケースからそっと傷をつけないように指輪を取り出しレジに持っていく。

その後を世界は嬉しそうについていく。

 

「それではお会計、9960円になります。

 割り勘でお支払いされますか?」 

 

「あ…は…」

 

「いえ、一括でお願いします。

 えっと……一万からで」

 

「え…空……」

 

彼女の言葉を遮る形で俺は無理やりめに一括で支払う。

…ただの面倒くさがりとカッコつけだけどな。 

 

「一万円お預かりします。

 …四十円のお返しです。

 指輪はプレゼント用に包装しますか?」

 

「はい、お願いします」

 

「かしこまりました」

 

そして店員のお姉さんは丁寧な手つきでゆっくり指輪を包装する。

さっきまであんなにわくわくしていた世界だったが、俺の突然の行為に頬を膨らませて不満そうにしていた。

 

「お待たせしました。

 お取り扱いにはお気をつけください」

 

「どうも」

 

「…ありがとうございました。

 良いクリスマスを」

 

お姉さんのマニュアル接客を後に店を出ると、すでに雪は降り止み、美しい銀世界を彩っていた。

 

「晴れてよかったな」

 

「そう…だね………くしゅん!」

 

小さなくしゃみをし、世界は鼻をすすっていた。

 

「大丈夫か?

 近くに喫茶店あるから、そこで暖まろうか」

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご注文はお決まりになりましたか?」

 

「コーヒーを一つ」

 

「私もコーヒーで」

 

「かしこまりました」

 

指輪を買ってから徒歩で約十五分。

俺たちは目的地の喫茶店で暖をとっていた。

 

「寒くないか?」

 

「うん、もう平気だよ。

 気遣ってくれてありがとうね。

 でも…何で空がお金出しちゃったの?」

 

「んー……今日という日を忘れない為…かな」 

 

アニヲタなりにそれっぽいことしたかっただけの自己満足だけどな。

 

「むー……。

 …そうだ!

 指輪の交換しよ?」

 

「交換?」

 

「うん!

 空、ちゃんと持ってるでしょ?」

 

「あぁ…。

 ……ほら」

 

指輪の入った袋を渡すと、世界はそそくさと開ける。

 

「……はい、私からのクリスマスプレゼント!」

 

「…ありがと」

 

世界から俺の左の薬指に指輪が付けられる。 

 

「次は空だよ」

 

そう言われ、彼女の指輪が入ったプレゼントを渡される。

…なんか恥ずい。

 

「……俺からの…クリスマスプレゼントだ」

 

袋から指輪を取り出すと、世界は待ち遠しいと言わんばかりに左手を差し出す。

 

「……ちょっと待て。

 左手の薬指は結婚指輪になるんじゃ…」


「あはは。

 空は真面目だなぁ」 

  

「…?」

 

いたずらっ子のように両手で頬杖をつきながら上目遣いで世界は語る。

 

「左手の薬指はね、結婚の意味だけじゃなくて、幸せを結び合うって意味もあるんだよ?」

 

「そ……そうなのか…」

 

「えへへー♪

 早く空もつけて?」

 

世界も同じように手を伸ばす。

もちろん断れるはずなどなく、俺は自分よりも小さく細い薬指に指輪をはめた。

 

「…ほらよ」

 

華奢な彼女の指に嵌められた指輪は、滞ることなく彼女の薬指に収まった。

 

「ありがと♪

 ……すごく綺麗…」

 

同じく薬指に嵌めた指輪を世界はうっとりしながら見つめる。

恐らくこれも計画のうちに入っていたに違いない。

 

「…なぁ。

 フった直後にキスされて……嫌じゃなかったか?」 

 

俺の質問に世界はキョトンと疑問の表情を浮かべるも、すぐにバカだなと言わんばかりに微笑んだ。 

 

「空。

 私ね………幸せだよ?」

 

唐突に世界は口にする。

 

「…空はどう?」 

 

それさえあればいい。

そんな風に言われた気がした。 

 

「…俺もだ。

 今までにない、人生で一番の思い出になるよ」

 

「私も!

 …ずっとこうしていたいね……」

 

不意に吐き出されたそのセリフには、幸せが有限であることをよく理解しているうえであえて言った皮肉にも聞こえた。

 

「だからこそ、今を大事にしよう。

 「空と世界」………ようやく巡り会えたこの奇跡に感謝しよう」

 

「…ッ!

 ……うんっ!」

 

そっと世界の手に触れると、彼女は指を絡ませ、気が付けば恋人繋ぎの形になっていた。

その様を世界は愛おしそうに眺める。

 

「……空…」

 

「…なんだ?」

 

「世界で一番のお姫さま」は満面の笑みで応える。


 

 

 

 

 

 

  



  

 

「これからも、ずっと傍にいてねっ!」

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺たちはコーヒーを一杯だけ飲み、喫茶店を後にしていた。

 

『俺……こんなに幸せでいいのかな…』

 

思わず自分の今ある状況を疑ってしまうほど俺は満たされていた。

降り積もっている雪は冷たく全てを白く覆っていく。

ゆっくりと近場である俺の家へと歩くと時間的にも遅いのもあってか、あまりの静けさに二人だけの空間に閉じ込められたように感じた。

雪が止んでしばらく時間が経ったのもあってか、急激的に気温が下がった帰り道で俺たちは会話さえろくに出来なくなっていた。

けれども、繋いだ手だけは絶対に離さなかった。

声すらまともに出せないほど寒いけど、俺は人生で一番と言いきれるほどの幸せに胸がいっぱいで仕方がなかった。


「……着いたね」

 

幸せの終束はあまりに突然だった。

 

「……もう家か」

 

顔を上げると、目の前に電気の消えた我が家があった。

もちろん、母さんには事前に遅くなると伝えてある。 

 

「……」 

「……」

 

…何故か非常に気まずい。

 

「…じゃ、じゃあここでお別れだな…」

 

「…うっ、うん。

 また学校でね…」

 

だが俺たちはその場から動こうとしなかった。

 

「そっ、空…。

 お家入らないと風邪ひいちゃうよ…」

 

「…おっ、おう……。

 世界も…早く帰らないと、風邪ひくぞ…」

 

「う、うん。

 分かってる……」

 

口ではそう言っても、俺たちは動こうとしなかった。

…いや、動けなかったのだ。

 

「…くっくっくっ…」

 

何だかおかしくてつい笑ってしまった。

 

「ここまで来てあれだけど、今度は俺が世界を家まで送って行くよ」

 

「ふぇっ!?

 だっ、だめだよぉ。

 もうお家の前にいるんだから、私のことは気にしないで大丈夫だよ…」

 

「そうは言っても、こんな夜中に女の子一人で夜道を帰らせるのはさすがにまずいだろ。

 ここまで来てくれたんだから、今度は俺が世界を送ってやるよ」

 

「むぅ……分かった」

 

少し滞るも彼女は了承してくれた。

…何だかんだで、俺たちは一秒でも離れたくなかったのかもしれない。

だって、お互いこんなに幸せなことは一度だって無かったはず。

今別れたら二度と会えない……そんな不安につい、家に帰るのが怠惰に感じるほどに。

 

『俺は世界の隣で…』 

 

『私は空の傍に…』

 

手を繋ぎながら俺たちは同じ事を考えてたに違いない。

俺だって一分一秒でも長く彼女の隣に居たいから、家に送ってからの道中の帰り道の面倒さなど一切考えてもいなかった。

…人生で初めての恋。

それはとても寒くも、暖かく満たされる病気。

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

      

 

 

その後、俺たちは何も言葉を交わすことなく酷く凍えながらも、ぎゅっと手を握って雪道を歩いていく。

  

「寒ぃ…」

 

限界が来たのは俺の方だった。

疲れこそないものの、あまりの寒さにピークを感じていた。

 

「ここまで来れば平気だよ。

 …送ってくれてありがと」

 

暗闇の中で祈世樹はいつもの優しい笑顔で笑ってくれた。

 

「そうか。

 すまない…」

 

悔しいがこれ以上は身体が持たない。

電気の消えたスーパーの駐車場で俺たちは立ち止まる。

 

「……」 

「……」

 

さっきと同じ、無言の時間が流れる。

それを断ち切ったのは祈世樹だった。

 

「…そうだ!

 空にジュース奢ったげる!

 温かいの選んで?」

 

「…そ、そんな…。

 自分のくらい、自分で買うよ」

 

「んーん!

 私が奢りたいの!」

 

そう言われては受け入れるしかあるまい。

 

「じゃあさ、俺も世界に奢ってあげるよ」

 

「ふぇっ!?

 それじゃ、私が奢る意味ないよぉ…」

 

「俺が世界に奢りたいからそうするだけだもん。

 何か文句あるか?」

 

「うぅー…」

 

不満そうにするも、世界は黙って財布を出してくれた。

俺は温かいコーヒー、祈世樹は前にも買っていたココア。

 

「…ほんと好きなんだな、そのココア」

 

「うん。

 不安なことがあっても、飲むと落ち着くから」

 

そう言って彼女ははにかむ。

 

「…えいっ!」

 

「…あっつ!!?」

 

突然、祈世樹は取り出したばかりのココアを俺の頬に当ててきた。

 

「びっ、びっくりした…」

 

「えへへー、暖まったでしょ?」

 

「…まぁな。

 ほら、お返しだっ」

 

「…あちゅっ!?

 むー…!///」

 

俺がやり返すと、祈世樹は頬を膨らませる。

 

「…ぷっ…くくく…」

 

「…うふふ…」

 

どうでも良くなっていた。

だって、今本当の意味で俺たちは満たされているから。

こんな時間が永遠に続けばいいのにと思ってしまう。

 

「……じゃあ、もう行くね…」

 

「…あぁ」

 

現実は残酷だ。

幸せな時間ほど短く、あっという間に無くなってしまう。

祈世樹は俺に背を向け、家路へと歩いていく。

俺は名残惜しくもその後ろ姿を見つめる。

ある程度距離が空いてから、祈世樹は急にこちらに振り返り叫んだ。

 

「空ーーー!

 これからも、「特別な関係」でいてねーーー!!!!!」

 

夜中といえど、よくそうも叫べるものだ。

 

「…もちろんだーー!

 でもな……それでも俺は大好きだからなーー!!!!」

 

叫び返すと恥ずかしくなったのか、その場でもじもじしながらも尻尾を振る子犬のように世界は手を振ってくれた。

 

「……」

 

だんだん遠く小さくなっていく彼女の姿を見つめ、やがて俺も背を向ける。

 おもむろに持っていたコーヒーに口をつける。

少し冷えてしまったが、ほのかな温かさが安心感をくれた。

 

「…帰ろう」

 

そう呟き、街灯だけが照らす夜道を歩いていく。

 また明日会えることを願い、俺は再び家へと帰った。

……これこそが、空と世界の生まれた日であった。


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

…時刻は既に一時を過ぎていた。

 

 

 

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