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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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17/50

16.戻る日常、縮まる距離

その後、新幹線で無事に青森に帰ってきた。

時刻は夕方の六時を過ぎていた。

他のやつも疲れから、初日ほど騒ぐ奴も居なくなっていた。

駅の駐車場で待っていたバスに乗りこみ、バス内で芹澤先生が叫んだ。


「これから学校に戻る。

 全員疲れてるとはいえ、土産や荷物を忘れたら捨てるからな!」

 

そして運転手に合図をし、バスが走り出す。

 

「疲れたな…」

 

「あぁ…。

 ようやく家に帰れると思うと安心するな…」 

 

隣に座っていた坂口と話す矢先、隣側の海条と紫を見ると、二人は寄り添うように眠っていた。

 

「二人も疲れちまったんだな…」

 

「そりゃそうだろ。

 海条はともかく、紫は他の女子に引っ張りだこだったんだし。

 下手すりゃ部活よりも体力使ってるだろ」

 

「だな」

 

よく見ると、二人はがっちりと手を握りあっていた。

その様はまるで、漂流しないように手を繋ぎ合うラッコの親子のようだった。

 

「…俺も少し寝る。

 学校近くなったら起こしてくれ」

 

「わかった」


…? 

やけに素直だな。 


「……寝てる間に変なことしたら、指先2cmの範囲内でお前の内ももを五分間つねり続けるからな」

 

「…ッ!?

 わっ、分かってるよ……」

 

『何かする気満々だったなこの野郎。 

…とはいえ、二人の寝顔を見ていたら本当に眠くなってきた…』


まぶたを閉じると、すぐに睡魔に襲われ俺は眠りについた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

『…き……て……乃……』

 

「……んーーん…」

 

薄い意識の中で誰かの声が聞こえた気がした。


「……乃……ん……起き…て……碧乃君…!」

 

「……んふぅ…。

 …もう着いたのか………って、海条ッ!?」

 

目を覚ますと、目の前に海条が俺を覗き込んでいた。

 

「…あれ?

 俺は坂口に起こしてって……」

 

「それなんだけど……私が無理を言って代わってもらったの。

 …迷惑だったかな?」

 

「い、いや…そんな事は無いぞ!?

 むしろご褒美かって思っちまうぐらいよ!///」

 

ぼやけた意識で慌ててそう言うと、海条は愉快げに笑った。 


「うふふ、何それ?

 でも…そう思ってもらえたならちょっと嬉しいかな…」

 

角度的なものもあってか、見下ろしてくる海条はまた新鮮に見えた。

 既にほとんどの生徒は降りていたらしく、残るは俺たちだけだった。

 

「お前たち、降りたら体育館に行けよ。

 まっすぐ帰っていいわけじゃないからな」

 

そう言って芹澤先生も先に降りて校舎に向かった。

 

「俺たちも行こうぜ」

 

「うい」

 

覚醒しきっていない体を起こし、重くなった荷物を背負う。

ふらつきつつもそのまま体育館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「校長先生からお話があります。

 皆さん疲れてるでしょうが、最後まで耳を傾けてください」

 

そう言って剛田先生が校長先生にバトンタッチをする。

 

「……えー…皆さん。

 修学旅行お疲れさまでした。

 長旅の疲れもあるでしょうから、私の方からは短めに話させてもらいます。

 …えー……修学旅行とは「学を修める」と書いて修学旅行と読みます。

 では、何故学を修めるのに旅行とつくのか。

 それはですね……」

 

「あー……これあと二十分は帰れないパターンだな」

 

「勘弁してくれよ……」

 

どうして校長の話はどの学校においても長いのか。

尻の痛みをガマンしつつ寿限無を脳内詠唱していると、いつの間にか校長は一礼しひな壇から降りていった。

 

『あら、珍しく早かったな…』

 

そして剛田先生がマイクを受け取り締めに入った。

 

「それでは修学旅行はこれで終了とします。

 皆さんお疲れですから、ご家族の方に迎えに来てもらったり、バスやタクシーを使うなどして帰り、今日は早めに寝て体を休めてください。

 それでは、解散!」

 

剛田先生がそう言い切ると、一斉に生徒たちが立ち上がり我先にと体育館から出ていく。

 

「じゃあ俺も帰るかな。

 紫、お前んとこは誰か迎えに来るのか?」

 

「いや、私はこのまま徒歩で帰るぞ。

 まだそれくらいの体力ならあるからな」

 

そゆ問題ですか。

 

「でも外は既に真っ暗だしな…。

 途中まで一緒に帰るか?

 帰り道同じだし」

 

「…ッ!?

 いっ、良いのか…?」

 

「まぁこんな暗い中を女の子一人で歩かせるのもどーよって話だしな」

 

「おぉ。

 坂口が珍しくまともな事を」

 

「そういうお前もだよ碧乃。

 ちゃんと海条を家まで送って行けよ」

 

「あっ…。

 私、家の人が迎えに来てくれるから大丈夫だよ」

 

「あら。

 なぁんだ、これでは碧乃の顔が立たないなぁ(笑)」 

 

「うるせぇ。

 逆に安心だ」

 

「…碧乃君も一緒に乗っていく?」

 

「えっ!?

 い、いいよ…!

 気持ちは嬉しいけど、気ぃ遣わせるのもあれだし…」

 

「でも、海条としてはお前が居た方が嬉しいんじゃないのか?」


「ふぇッ!?///」

 

図星だったのか、海条の声は裏返っていた。

その様子にクスクスと笑いながら紫が突っ込んだ。

 

「送ってもらいなよ燈。

 祈世樹がそれを望んでるんだし、お前にとっても好都合だろ?」

 

「ッ……そうだけど…」

 

「んじゃ決まりだな」

 

そう言うと坂口は足早に歩き出す。

 

「ちょっ、待て慶太…!」

 

無邪気な子供のようにも見えた二人の後ろ姿は微笑ましい光景に見えた。

 

「じゃあな碧乃、海条!

 また明日学校でな!」

 

「二人とも、ちゃんと身体を休めろよ!」

 

「うん!

 紫ちゃんも坂口君もちゃんと休んでね!」

 

「じゃあ、また明日学校でな!」

 

そう言って坂口たちは闇の中へと消えていった。

 

「…そいや、リルドさんが迎えに来るんだよな。

 どれくらいで来るんだ?」

 

「さっき電話して十分くらいで来るって。

 学校近くのコンビニで待っててって」

 

「んじゃそこまで歩いて行くか」


「うん!」

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニまでの道中、俺は海条に修学旅行の感想を聞いてみた。 

    

「どうだ?

 さすがに疲れただろ」

 

「ちょっとだけ。

 でも…すごく楽しかった。

 思い出もいっぱい作れたし。

 何より………碧乃君にもらったプレゼントが一番嬉しかった…」

 

「そっ、そうか…。

 喜んでもらえたなら何よりだ」

 

「……それにね…」

 

「それに…?」

 

「……みんなと仲良くなれたし、碧乃君ともいっぱい話せるようになったのも嬉しいの。

 だからね、今すごく胸がきゅーってなってるの!」

 

「ほぅ…」

 

その表現の意味は分からぬが、きっとそれだけ嬉しいのだろう。


「そうだ。

 何か待ってる間に温かいのでも食べないか?

 まだ少し時間あるだろ」

 

「うん!」

 

海条を連れてリルドさんとの合流場所のコンビニに着くと、俺たちと同じ理由であろう、いつもよりも駐車場いっぱいに車が停まっていた。 

 

「ありがとうございましたー!」

 

俺たちは適当に菓子やジュースを買い、コンビニの前に座って待つことにした。

 

「…おっ、おでんか。

 一週間前より肌寒くなったから、ちょうど時期だもんな」


言うて今は十月。

九州方面はそこまで寒くはなかったが、青森は既に冬の寒さが感じられる頃合いである。  

  

「うん。

 碧乃君も食べる?」

 

「いいのか?

 じゃあ、お言葉に甘えて」

 

海条からカップをもらい、湯気が濃く立ち昇る大根をつまようじで半分に割って口に放り込む。

 

「…ほふっ、あふっ、ふぉふっ、あっふ…!」

 

「大丈夫、碧乃君!?」

 

熱々の大根を冷ましもせずに入れたせいで口の中が死にかけた。

 

「あっふ……んぅ……んまっ」

 

苦し紛れにそう言うと、海条は安心してかクスクスと笑った。

 

「…あっ、リルドさん来たよ」

  

海条の呼びかけに顔を上げると、見覚えのある黒塗りの車がこちらに顔を向け、中からリルドさんが俺たちに手を振っていた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リルドさんもどうぞ」

 

「…おでんですか?

 では、いただきますね」

 

少し冷めてきたのもあってか、リルドさんは熱がりもせずにおでんの卵を頬張る。

 

「んっ…。

 …温かくて、お出汁がよく効いてますね」

 

そう言いながら指先に付いたおでんの汁をぺろっとなめた。

 

「…ッ!///」

 

暗かったとはいえ、シルエット越しに見えたリルドさんの舌先は不思議と色気を感じさせるものがあった。

 

「あの……碧乃君を家まで送ってほしいんですけど…大丈夫ですか?」

 

「はい。

 むしろ、そうだろうと思っていましたので」

 

そう言ってリルドさんは俺の方を見ながら優しく笑ってくれた。

 

「あ、ありがとうごさいます…」

 

ほんと、この人には勝てる気がしない。

…これは余談だが、これだけ世話上手なのにリルドさんは未婚らしい。

以前、興味本位で結婚しない理由を聞いたところ「私には結婚よりもやるべきことがあるので」とだけ言って笑った。

…メイドの鑑かよ。 

 

「そういえば、ご自宅はどの辺なんですか?」

 

「前に降ろしてくれたコンビニの近くですよ。

 …それが何か?」

 

「今日は碧乃さんもお疲れでしょうから、ご自宅まで乗せていきますよ」

 

「そっ、そんなわざわざいいですよ!

 お気持ちは嬉しいですけど、あのコンビニから徒歩五分もかからず着くんで…」

 

「ほぇ〜…。

 …碧乃君のお家見てみたいなぁ…」

 

「えっ!?」

 

「…ダメかなぁ…?」

 

隣に座っていた海条が俺の顔をじっと見つめてくる。

 

「わ、分かったよ…。

 でも、たいそうな家ではないぞ」

 

「うん!」

 

そう言って海条は笑ってくれた。

 

「……ふふっ…」

 

それを聞いてか、リルドさんが唐突に笑った。

 

「…どうかしたんですか?」

 

「…いえ、なんでもありませんよ」

 

何となく分かった気がするも、それは確信に至る解答とは思えず、俺はあえてスルーすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、参りましょうか」

 

「そうですね。

 碧乃君のお家どんなのかなー♪」

 

家の近くのコンビニに着き、ここから徒歩でリルドさんたちも家までついてくることとなった。

 

「……なんか、暗いねこの辺…」

 

「…この道は通ったことがありませんね。

 街灯も少ないので、夜道は少し怖いですね…」

 

「まぁこの辺は旧道ですからね。

 見ての通り道路も狭くて街灯も少ないですから、家まで送ってもらうのは気が引けるんです」

 

「そうだったんですね…」

 

その直後、ぐいっと服が引っ張られる気がした。

 

「…海条?」

 

振り向くと、怯えた様子の海条が俺の服の裾を掴んでいた。

 

「ごめんね…。

 掴まっててもいいかな…?」

 

「…かまわんよ」

 

まぁ海条に限らず普通の女の子なら誰しも不安になるのも当然か。

五分かからずの距離と言えど、車通りも街灯も少なく道も複雑である。

俺は歩き慣れてるとはいえ、さすがに二人には刺激が強いか。

 

「…あそこだよ。

 あの自販機の向かい側の小さい庭があるとこ」

 

「……ふぁぁ……おっきぃ…!」

 

「これは……ご立派なご自宅ですね…」

 

古めかしい住宅が立ち並ぶ中、一件だけ頭一つ分抜ける程の高さのある家……外装も今どきのレンガ調でいかにも最新的な雰囲気を醸し出している。 

 

「いや、そんなことないよ。

 周りが古い家ばかりだからそう見えるだけよ」

 

「それでも随分と増し増しな感じがします。

 …失礼ですが、親御様はどういったお仕事をされてるのですか…?」

 

「……あぁ……。

 実は、家のローンは今でも離婚した父親が払ってるんです。

 俺の養育費も含めて」

 

そう言うと場の空気が途端に冷めた。

 

「…えっと………申し訳ございません…。

 余計な事を聞いてしまいましたね…」

 

「あっ、別に気にしないでください!

 たしかに離婚した父の金でここに住んでるのは少し気が引けますが、悪いのは父なんで…」

 

空気を変えようと笑い話程度に話すも、余計に二人の空気は重くなってしまった。


「…こう言うのもあれですけど……それでも大した父だと思ってますよ。

 普通、家族と言えど、そこに自分がいないなら払いたいなんて思えないじゃないですか。

 そういう意味でも俺たちは救われてると思ってますよ」

 

「そう…ですか……」

 

リルドさんが気を遣って頷くも、海条は黙ったままだった。

そして急に背中を向けた。

 

「…ごめんね碧乃君。

 急にお家見てみたいなんてわがまま言って…。

 …もう帰るね…」

 

そしてそそくさと海条は来た道を一人、足早に歩いていく。

 

「…察してあげてください。

 祈世樹さんはこういった話が苦手なのです。

 ですから、あの子に悪気はないのです。

 どうかそこだけは……」

 

「……俺が悪いんですよね」

 

「…え?」

 

急に理解不能なことを言われ、リルドさんはたじろぐ。

 

「えっと……私には判断しかねます…。

 ……で、では碧乃さん、今日はごゆっくり休んでもらって…」

 

「海条…!」

 

リルドさんの言葉を遮る形で俺は急ぎ海条の後を追った。

呼び声に気が付いたのか、けっこう先まで歩いてた海条は立ち止まってこちらに振り向いていた。

 

「はぁ…はぁ……ごほっ、ごほっ…!

 その……さっきは悪かった…」

 

「……なんで?

 なんで碧乃君が謝る…」

 

「いいから黙って聞けッッ!!!」

 

「ッ…!?」

 

突然、怒鳴り声をあげた俺に海条はビクッと怯える。

 

「はぁ………。

 ……よく聞け海条。

 …俺は………お前のことが好きだ」

 

「………ほぇッ!?///」

 

理解が遅れてか、俺が言いきってから海条は数秒後に反応した。

 

「…あっ……その…えっと……それって……どういう…///」

 

突然の告白に海条は動揺してパニック状態だったが、呼吸を整えて俺は続けた。

 

「その……だな……。

 俺は………「友達」としてお前が好きだ!」

 

「……ぁ…。

 …友…達……」

 

ようやく意味を理解すると海条は落ち着いてくれた。

 

「…海条。

 俺のデリカシーの無さゆえにお前を傷付けてしまったことは謝る。

 …でもな、あれは言うほど父親のことを憎んでるわけじゃないんだ。

 むしろ……尊敬してるんだと思う」

 

「……尊敬?」

 

「あぁ。

 …父は、俺が小学校に上がったばかりの時に離婚したんだ。

 …原因は父の浮気。

 父は不動産会社の社員として働いていた。

 …ある時、接待相手のお偉いさんと飲みの席に出たらしい。

 その時、飲みの席で出会った女に一目惚れをしたとな」

 

「………」

 

何も口にしないも、一言も聞き漏らすまいと海条は黙って聞いていてくれた。

 

「それがバレたのは、俺が偶然、父のスーツのポケットからその女性の名刺を見つけたことにあった。

 そりゃ名刺ぐらいならいくらでも誤魔化せるだろう。

 けど、その名刺には電話番号とプライベートでも来て欲しいと書いてあったらしい。

 ガキだった俺は、知らないおもちゃを見つけた感覚で母に見せてしまった。

 それがきっかけで母は激怒。

 問い詰めた結果、気の弱かった父はすぐに白状した」

 

「………」

 

「それから離婚調停を進め、俺の養育費と生活費の半分を出すという名目で話は丸く収まった。

 …あの家は、俺が保育園の頃に建てられたんだ」

 

「……つらくなかったの?」

 

「そりゃつらかったよ。

 大好きだった父が突然、別れを告げて居なくなる。

 それも俺が浮気相手の名刺を見つけたばっかりに…。

 一番妬ましいのは、自分自身なんだよ…」

 

「そんなっ!

 だって碧乃君は…………ッ…」

 

「そう。

 俺は罪に問われない。

 むしろ親の悪業を見つけ出したという意味では、俺は賞賛される身。

 …けれど、俺はそんなこと受け入れられなかった。

 とは言っても、もしあそこで名刺を見つけても見つからなくても未来は変わらなかったのかもしれない。

 遅かれ早かれ、離婚は決まった未来だったのかもしれない」

 

いつの間にか傍にいたリルドさんは、ハンカチで涙を拭きながら話を聞いていた。

 

「子供ながらに俺は悟った。

 俺は悪いことをしたわけでも、良いことをしたわけでもない。

 ただ自ら己の首を絞めただけなのだと。

 そのせいで周りの人まで巻き込んだのだと。

 …そう思ったら、急に心に穴が空いた気がして……」

 

黙って聞いていた海条もいつの間にかぐずり始めていた。

それでも俺は続けた。 


「そして俺は決めた。

 もう二度と軽率なことはしないと。

 もう母さんを泣かせるようなことはしないと。

 その為に必要なことは……「自らの好奇心を殺す」ことだと」

 

「……碧乃さん。

 もう、おやめになりせんか…?

 私、聞いててつらいです…」

 

「ならリルドさん、あなたは車に戻っててください。

 俺は海条に言ってるのです」

 

「……」

 

ばつが悪そうにうつ向くも、リルドさんが立ち去ることは無かった。

 

「………それで、あなたの言う「好奇心を殺す」ってのはどういう事なの?」


ひどく冷めた声で海条は質問してきた。

だが俺は動じない。

 

「つまりは「他人に興味を持たない」、「誰かと仲良くなりたいと思わない」、「自分は罰を与えられるべき人間なんだと思え」と言ったとこかな」 

 

暗闇の中、海条は表情一つ変えず黙って聞いていた。

 

「それで、そうした事であなたは幸せになれたの?」

 

突き刺すような海条の言葉が胸に貫かれる様な痛みが走る。

 

「それはないね。

 だって自分の欲求を殺すんだもん。

 それでも、そのお陰で俺は今まで誰も傷付けずに生きてこれたと思う。

 「独り」だけど「孤独」じゃないしね」

 

ぎこちない笑顔で笑う俺に、祈世樹は鋭い眼差しを崩すことは無かった。 

 

「それは………あなたの本当に望んでいること?」

 

「もちろん。

 ………つい最近まではな…」

 

「……?」

 

ここに来てようやく海条が疑問形の顔色になる。

 

「坂口との再会がきっかけにな。

 …坂口とは、中学時代に同じクラスだったけど、ろくに話すこともなかった。

 常に誰かといて、まるで常に誰かが傍に居ないと寂しい、可哀想な奴だって思ってた。

 けど、それは違った」

 

「…それは何故?」


海条の投げかけに思わず笑みがこぼれた。

それは、今だからこそ理解した坂口の良さを知れたから。 

  

「だって……坂口と話してると、自然と気持ちが明るくなるっていうか……自分の口から話題が出てくるんだよ。

 アニメなり、先生の愚痴なり、他の生徒のバカ話なり………楽しいんだよ…」

 

「……そう…」

 

「そこで俺はようやく気づけたんだよ。

 坂口が近寄っていくんじゃなくて、みんな坂口が大好きだから……一緒にいて楽しいから集まるんだと。

 だって、中学時代はろくに話すこともなかったこの俺にでさえ、ちゃんと顔を覚えてて声もかけてくれるような奴だしな。

 おかしな奴だと思ってたけど、間違ってたのは俺だった」

 

張り詰めた空気がだんだん弛緩しているのが分かった。

気が付くと、海条の表情もどこか柔らかくなっていた。

 

「坂口を中心に、紫や他の男子生徒、挙句はお前とも仲良くなれたしな」

 

「ッ…!」

 

「…だから、坂口には感謝してる。

 あいつは俺にとって大切な友達。

 俺は坂口に救われた。

 だから坂口が大好きになれたんだ。

 …あいつには内緒だけどな」

 

「……そっか。

 じゃあ、これからも坂口君にもっと感謝しないとね」

 

「そう…だな…。

 けど……俺はお前とももっと仲良くなりたいと思う。

 いつも一人で本を読んでるお前を見た時、俺と似てるって思ったんだ。

 だから……」

 

「…ねぇ、碧乃君…」

 

「…ッ!

 …な、なんだ…?」

 

急に名前を呼ばれ、思わず俺は言葉を詰まらせてしまった。

 

「私たち………もう友達だよ…?

 一緒に水族館も見てまわったし、プレゼントも交換しあって、助けられることもたくさんあったし……これ以上にないくらい、私は碧乃君のこと友達以上の友達だと思うよ…?」

 

「……ッ!!」

 

それは、まさに図星をつかれたような感覚だった。

何物にもなく的を射ていた海条の言葉は、俺に言わせる言葉などないと言っているようなものでもあった。 


「……でもね…」

 

何か言い足りなさそうな素振りを見せる彼女に、どこか俺はどこか気圧されていた。

 

「……私も、もうちょっと碧乃君と仲良くなりたいと思ってもいるの。

 その為に、必要なことがあるの」

 

後ろ手を組み、海条は俺の顔を覗き込んできた。

もはや完全に彼女のペースに乗せられていた俺は、返す言葉さえ出て来ずにいた。

  

「…私のこと……「海条」じゃなくて………「祈世樹」って呼んで…?」

 

「なッ…!?///」

 

なんか、何が正解で何が真実なのか訳がわからなくなっていた。

ギャルゲーで主人公とヒロインの距離が一気に縮まるイベントシーンの様な展開に、俺はボキャブラリーどころか、言葉さえ出せなくなっていた。

  

「…私ね、ずっと思ってたの。

 私の知らないところで紫ちゃんと碧乃君がいつの間にかお互いを名前で呼び合ってるのが羨ましいって。

 私だって、本当は碧乃君のこと……名前で呼びたいんだよ…?」

 

「…えっと…///」

 

もはや思考さえろくに使えずいると、海条は俺の胸に頭をくっつけ寄りかかってきた。

 

「…えッ!?

 ちょ……海条ッ…何をして…!///」

 

「……って……んで…」

 

「…え?

 ごめん、よく聞き取れなかった…」

 

そう言うと、海条は顔を上げ、俺に向かって頬を膨らませてきた。

 

「むー、碧乃君はいじわるさんなの?

 ……「祈世樹」って呼んでくれないとやっ…」

 

そう言うと海条はまた頭を寄りかからせた。

 

「………」

 

苦し紛れにリルドさんの方を見ると、困惑しつつも黙って笑顔で頷くだけだった。

 

「…………「祈世樹」……。

 …どいてもらっていいかな……?」

 

一瞬、ビクッと彼女の身体が反応したように震えた。

 

「……やだ」

 

「…えっ!?

 だって、名前呼んだらって……」

 

「ふふっ…。

 私、名前呼んでくれたら退くって言った…?」

 

顔こそ見えないものの、きっと楽しそうに笑ってるに違いない。

 

「お前……実は策略家だな…?」

 

「…その「お前」って言い方もやっ。

 「祈世樹」って呼んで」

 

「……はぁ…」

 

そのやり取りに面白みを感じたのか、リルドさんはクスクスと笑っていた。

 

「…お願いです祈世樹さん。

 どうかおどきになってはくれませんかね?」

 

「そういう他人行儀な言い方もやっ」

 

「…ッ!!

 あーもぅ、めんどくせぇなぁッ!!」

 

「ふぇ…!?

 ……にゃううぅぅぅぅ!!?」

 

我慢の限界を超えた俺は、思いっきり海条……祈世樹の頭をわしゃわしゃしてやった。

 

「あっ、碧乃さん…!」

 

「……ッ!?」

 

リルドさんに呼ばれ、正気に戻りわしゃわしゃするのを止めた。

…さすがにやりすぎたか…。

 

「……ふふっ…」

 

唐突に笑い声が聞こえたかと思うと、祈世樹はゆっくりと顔を上げ、髪を直しながら笑顔で俺から離れてくれた。

 

「……こういうことされたの、初めてだねっ♪」

 

「あっ……。

 すっ、すまん…」

 

俺が謝ると、祈世樹はまたもむすーっとした顔で俺のほっぺをつねる。

 

「…なんで謝るの?

 私は嫌じゃなかったよ?」

 

「…え?

 だって……」

 

俺が喋るのを遮るように祈世樹はスキップをしながら俺から距離をとる。

 

「今のは……友達としてのスキンシップでしょ?

 なら、怒る理由なんてないでしょ?」

 

「あ……スキンシップ……」

 

「えへへー♪」

 

まるで子供のように祈世樹はスキップをしながら俺たちの周りを歩き回った。

 

「…そろそろ帰るね。

 いい加減帰らないと西浜さんが心配しちゃうから」

 

「…あ、あぁ。

 そうだな……」

 

そう言うと、祈世樹は少し走ってからこちらを振り向いて叫んだ。

 

「じゃあね「燈君」!

 また明日学校で!」

 

満面の笑みで祈世樹は手を振ってくれた。

そして背中を向けた時だった。 


「………祈世樹ッ!」

 

「…?」

 

何か忘れ物でもしたのかと言わんばかりの疑問形の表情を向けてくるが、俺は確信を持って言った。

  

「………帰り道、分かるか…?」

 

「…………(´・ω・`)…」

 

それまでの意気揚々とした面影は一瞬で消え去り、いつも通りのしょぼん顔になっていた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね燈君…。

 わざわざついてきてもらって…」

 

「いいよ。

 どうせ最初からこうするつもりだったし、ここは暗い上に道も少し複雑だからね」

 

「ありがと……」

 

そう言って祈世樹は申し訳なさげにうつむいた。

 

「私からもお礼を言わせて下さい。

 それと、無理やりご自宅を覗かせてもらった事も詫びさせてください…」

 

「リルドさんまで……。

 …はぁ……」

 

もはやどこからズレが生じたのか、さっきまでの雰囲気は一切感じられなくなっていた。

 

「ま、まぁ…とりあえず気をつけて帰れよ。

 …リルドさんも、祈世樹をよろしくお願いします」

 

「はい。

 かしこまりました」

 

そう言うとリルドさんは俺に会釈をして車に乗り込んだ。

 

「……どうした祈世樹?」

 

車には乗らず、祈世樹は黙って立ち尽くしていた。

 

「…燈君。

 ……私のこと……嫌いにならないでね…」

 

「ど、どうしたんだよ…。

 別に嫌いになんてならねぇよ」

 

それでも祈世樹は不安げな顔つきで俺に振り返る。

 

「私ね……傷付けられることの辛さを知ってる。

 同時に傷付けることの愚かさを知ってる。

 ……なのに、私はあなたを試すような事を言ってしまった。

 …それで嫌いになってしまったんじゃないかって…」

 

祈世樹は今にも泣きそうな顔で俺の顔を見上げる。

 

「…いいか祈世樹。

 お前は誰よりも優しい子なんだ。

 傷付けられることの愚かさを知ってると言えるのは誰でも簡単に口にする事は出来ない。

 俺もその言葉の重さを知ってる。

 だから……お前を嫌いになるなんてことはないよ」

 

「ッ……そんなんじゃ理由になってないよ…!

 ……私……怖いの……。

 大切な人が……離れてしまうのが……」

 

そう言うと祈世樹はストッパーが外れたかのように泣き出してしまった。

 

「……」

 

これ以上かける言葉も見つからない。

だから俺は「手を上げた」。

 

「ッ!?

 碧乃さんッ!」 

 

「…ッ?!」

 

その素振りがビンタされるように見えたのか、車の中から様子を見守っていたリルドさんが叫ぶと、それにつられて顔を上げた祈世樹は状況を把握してか、咄嗟に頭を抱えてうずくまった。

だが俺は祈世樹に暴力などするはずもなく、ただ「手を真っ直ぐ上げた」。

 

「宣誓!

 私、碧乃燈は、「オタクマンシップ」に則り、海条祈世樹を守ることを、ここに誓います!!」

 

何事かとこちらに目を向ける通りすがりの人の目が少し痛いものの、それでも俺は大きく声を張り上げて叫んだ。

そのかけ声に顔を上げた祈世樹は泣き止んでいた。

 

「俺はお前を守る。

 俺はお前の友達だ。

 友達ならば、傷つけあう事もあるさ。

 けど…少なくとも俺はお前のことを嫌いにはならない。

 …これじゃダメか?」

 

そう言って祈世樹の頭をなでると、困り顔でグズりつつもようやく笑顔になってくれた。

 

「…ありがと…。

 燈君のおかげで元気になれた。

 …今度こそ帰るね…」

 

「あぁ。

 気を付けて帰れよ」

 

「ずびっ………うん!

 …バイバイ、燈君!」

 

名残惜しそうにしながらも、祈世樹は車に乗り込んでから手を振ってくれた。 

ゆっくりと車が動き出し、車道に乗ってすぐテールランプがピカピカと数回光る。

きっと俺に向けてやったのだろう。

 

「……さて、帰るか…」

 

なんだか俺まで名残惜しい気がするも、明日また会えることを思うとむしろワクワクして仕方がなかった。

 

『……明日は、どんな顔で会えるのかな…』

 

疲れてるはずなのに、その日ばかりは翌日が楽しみでそんな事すら忘れてしまっていた。

 

 

  

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