14.ギャルゲーイベントのような夜
坂口たちの写真パズルが完成して水族館を出ると、既に大半の生徒たちが待機していた。
「あー面白かったぁ〜」
「人のこと置いていってよく言うわ」
ゴンッと坂口の背中を殴ると「悪ぃ悪ぃ」と言って茶化した。
『まぁ、少しぐらいは感謝してやるよ』
何となく海条に目を向けると、いつの間に仲良くなったのか他のクラスの女子と何やら楽しそうに話していた。
『あいつ、いつの間に他の友達が出来たんだな。
嬉しい反面……少しだけもの寂しい気もするな…』
でも、友達が増えることは良いことだ。
「全員、クラス順に並んでください。
ある程度集まってきたので点呼をとります」
生徒指導の剛田先生がメガホンでそう叫ぶと、一斉にぐちゃぐちゃになっていた生徒たちが整列した。
「一組、全員の確認取れました」
うちのクラスがラストだったらしく、芹澤先生が報告すると剛田先生が続けて喋った。
…あれ、そういえば点呼取ったっ(以下略)。
「えー、皆さん。
水族館は楽しめましたか?
人によっては今日が一番の思い出になるかもしれませんね。
このあとはバスに乗り、十一時五十分発の飛行機に乗って京都に向かいます。
生徒によってはここでお土産を買い込みすぎて手一杯になってるかもしれませんが、次の京都のホテルに着くまで我慢してください。
荷物はホテルから郵送も出来ますので」
そう言うと剛田先生は俺たちに背を向ける形でバスの運転手と何やら確認をし始めた。
「なぁ。
京都着いたらお釈迦さまの胎内巡り行ってみないか?
一回ぐらい入ってみたいと思ってたからさ」
「げっ…。
あんな真っ暗なとこ行きたいのか?
…まぁ一番奥はどうなってるのか分からんからなぁ。
紫たちも一緒に見て回るか?」
「悪い。
先客が入っててな…。
すまないが二人で見てきてくれ」
「そっか。
となると……海条もダメだな。
流石に男だけのグループに女の子一人は色々と周りの目が痛いしな。
紫と一緒の方がいいしな」
「ごめんね坂口君…」
確かに、一緒にまわるのが俺たちだけだとしても、海条だけ女子一人なんてなんとなく周りの目が痛い気もする。
「じゃあ俺たちで色々見てまわるか。
京都はそこまで見てまわる時間ないんだろ?」
「あぁ。
せいぜい二時間って言ったとこだ。
その代わり、明日合同で見てまわるらしいから今日はそう無理せずとも大丈夫だろ」
「なる。
じゃあ胎内巡りと、あとは適当にぼちぼち見て歩くか」
「だな」
坂口と予定を話し終えると同時に芹澤先生が叫んだ。
「二組もバスに乗れ。
座席は酔いやすい奴を窓側優先で座らせろよ」
そしてぞろぞろとクラス全員が歩き出す。
乗り込んでしばらくするとバスが動き出した。
その後、飛行機に乗って約三時間かけて京都に到着。
ホテルに荷物を置いて初日と同じ形で自主見には行ったものの……。
『…海条……大丈夫だろうか…』
まぁ今度は紫も離れないだろうから大丈夫だろうが…。
とりあえず俺たちは予定通りにお釈迦さまの胎内巡りを堪能し、適当に二人で商店街やリアルな舞子さんを見て歩いていた。
「なんか……京都ってイメージ通りの風情はあるけど、観光名所に行くには時間と距離が……」
「だな…」
正直……退屈してます。
胎内巡りを体験してからは、思ったよりそこから近場の観光地がそんなになく、わざわざバスを使って見に行くのもしんどいと思った俺たちは、適当に商店街を歩いていた。
それから何件目のお土産屋に入った時だろうか。
「……ん?」
商品を見て歩いていると、視界の端でキラキラと光るものが見えた。
『…これは……』
「ソレ」を見つけた俺はすぐさま手に取った。
「碧乃、何かいいのあったか?」
「…ッ!?
いや、まだ特に…。
一応、親へのお土産は沖縄と京都、奈良で二つずつ買っていこうと思ってんだけど……なかなかね…」
「そういうとこホント細かいな。
俺なんてほとんど自分用のお土産ばっかりなのに…」
「それなら、そこの奥にあったぞ………木刀(笑)」
「要らねぇよッ!?
そんなの小学校の時に充分堪能したよッ!
当時ジーパンのベルト穴にぶっ刺して帰ったら、親に謎的意味で怒られたわッ!!!!」
最後のは確かに謎ですな。
「なんで修学旅行土産ってなると木刀なんだろうな」
「あー。
何なんだろうな」
確かに修学旅行といえば木刀のイメージが強いけど………いい年こいて買っていったら先生に没収されそうだ。
『あっ、会計済ませないと…』
「そろそろ戻るか」
「そうだな。
さすがにゲーセンも見当たらんしな。
こんなんじゃナンパも出来ないしな」
「しねぇよ。
お前がそれなりのイケメンだとしても、俺が隣にいる時点でアウトだわ」
「そんなことないと思うぜ?
世の中、変わり者だっているわけだし……お前みたいな地味メガネ男が好きな奴だっているだろうよ」
「変わり者好き……ねぇ……」
地味メガネ女子はおやつになりますか?
「…私……碧乃君のこと…好k…ゲボァッ!!!」
今のは正当防衛です。
確信犯を懲らしめただけです。
僕ハ何モ悪クアリマセン。
「おら、とっとと戻るぞ」
我ながら見事なボディブローを決め、意識朦朧の坂口を引っ張っていく。
…本当はこんなキャラじゃないんだけどなぁ…。
その日の夜の事だった。
風呂も飯も済ませて就寝までの自由時間のこと。
『ピリリリリ!』
「…電話鳴ってるぞ」
「あぁ。
…もしもし?
…なんだ紫か」
突然、坂口の電話が鳴ったと思いきや、紫からの着信が来たみたいだった。
「…あぁ。
………わかった」
そう言って電話を切った。
「なにかあったのか?」
「まぁな。
ちょっと行ってくるわ」
「は?
…お前、まさか女子部屋に行く気かッ!?
先生に見つかったら怒られるぞ!」
巻き添えで俺も。
「大丈夫。
先生たちは明日の会議で集まってるみたいだから、監視は手薄みたいだし」
「……お前なぁ…」
止める理由などない。
まぁ怒られたら同罪扱いだけど。
「俺は残るよ。
止めはしないが、そんな勇気ないし」
「だろうな。
んじゃ行ってくるわ」
そう言ってこっそりとドアを開け、誰もいないことを確認して坂口は出ていった。
「やれやれ…」
ベッドに横たわりながらテレビのチャンネルを変える。
こちらにはない番組ばかりではあるが、あまり面白みがない。
「……退屈やねぇ…」
ちなみに同室の石澤もまた「明日が俺を呼んでいる」と言い残して他の男子部屋に蒸発している。
俺は一人、自販機で買った紙パックのコーヒー牛乳をすすっていると、テーブルに置いていた携帯のバイブ音が響いた。
「……坂口?」
画面には坂口の電話番号が表示されていた。
…先生に見つかったんだろうか。
「…も、もしもし…」
嫌な気配しか漂わぬ着信に、俺は警戒しながら電話に出た。
『もしもし、燈かッ!?』
…ん?
坂口にしては声質が違うような、芹澤先生にしては高すぎるような……。
「あの……どなた…?」
『私だ、紫だ。
今、慶太の携帯から電話してる……って、慶太!
電話してる最中にどこを触ってる!?
セクハラだぞッ!!!///』
えっ、ちょっ待って!?
向こうで何が起こってるの!!?
『だから電話の最中に……んぁッ!?///
……よく聞け燈ッッ!!!』
「は…はいっ!」
他にも居るのであろう男女の笑い声が僅かに入ってくるも、何がどうなってるのかなど想像もつかない。
故に俺は紫からの電話に神経を研ぎ澄ませていた。
『隣の部屋に来い!
今すぐだッ!!
……こ、こら慶太…や……やめ……ひゃぁッッ!!?///』
…電話はそこで切れた。
『何が起きてるんだァァァーーーッッッ!!!!!???』
…てか、なんで隣の部屋なんだ?
坂口は女子部屋に行ったと思ったが…。
「い、色々気にはなるが…」
急ぎジャージの上着を着てこっそり坂口と同じように監視の目がないか確認し、そそくさと隣の部屋にノックをする。
「は……入るぞ…」
そしてゆっくりドアを開ける。
「おっ、主役が来たぜ」
「おっそーい!
主役ならもっとスマートに入ってきなさいよぉ」
そこには隣の部屋の男子含めた四人と、興味本位で来ていたのだろう女子が四人いた。
「なんで俺がここに……って…紫ッ!?」
何故かベッドには過呼吸になって倒れ伏す紫がいた。
その傍らには女子部屋に行ったはずの坂口がいた。
「よっ。
こんなタイミングで呼び出して悪いな」
「坂口…。
これは一体どういう……」
状況なのだと聞こうとした直前、見覚えがある姿がもう一人見えた。
「こっ、こんばんわ碧乃君…」
「海条!?
どうしてお前までここに…」
それは紛れもなく、事後の紫の傍に寄り添っていた海条だった。
『もう何がなんなんだ……』
そう思ってると、海条が油の切れた機械みたいな動きで俺の方に歩み寄ってきた。
「あ……碧乃…君ッ…///」
目の前に来た海条はかなり緊張してたらしく、部屋の明かりで分かりずらかったが、顔を真っ赤にしてるように見えた。
「あっ、あぁ…」
海条が緊張しているせいか、こちらまで心拍数が上がってきた。
「えっと…その…。
…突然呼び出して……ごめんね…?」
何か言いたいことを言えずにいるのか、少し言葉を濁しているようにも見えた。
「その……。
…ぷ………プレゼントがあるのッ!!!」
「…………え?」
海条が言い切ると、その場にいた全員が野次を飛ばす。
「………はッ!( ゜д゜)
…ちょっ……ちょっと待ってて……!!」
俺は急ぎ部屋を出て、自室に戻った。
「……あった!」
急ぎ昼間買った「ソレ」を持って隣の部屋に戻る。
「……お待たせ…。
実は…俺もプレゼント……お前にやろうと思ってたんだ…」
「…え……?」
息を切らしながら言い切ると、海条は目を見開いて俺を凝視する。
周りにいた輩は予想外の展開にさっきとは違う野次を飛ばしていた。
その事に最も驚いていたのは坂口だった。
「あ、碧乃……いつの間にそんなものを…」
「実は今日の自主見のときに寄った土産屋で買ったんだ。
……お前には内緒でな」
いつの間にか服装を整え、海条の隣にいた紫が口を開く。
「なら、燈から先にどうぞ」
「お、おぅ…。
…わかった…」
俺もまた変な緊張感に縛られつつゆっくり一歩踏み出し、海条に小包を渡した。
「……あ…開けていい?」
「…あぁ…///」
そして海条はおぼつかない手つきで丁寧に袋を開けていく。
周りも中身を一秒でも早く見たいためか、一切の野次どころか物音さえ消していた。
…少しだけ不安はあったが…きっと彼女なら喜んでくれる。
「………ふぉ…………にゃんこ…!」
海条が取り出したのは、寄り添い合う白と黒の猫のアクリルキーホルダーである。
昼間、俺が坂口に隠れて買った「ソレ」である。
「ふわぁぁ……キレイ……」
まじまじとキーホルダーを見つめ、海条はわかりやすい程に喜んでくれた。
「…こんなに綺麗なの……ほんとにいいの…?
高かったんじゃないの……?」
「もちろんだよ。
お土産屋でたまたま見かけてすぐに海条にプレゼントようと思ったんだ。
なんか……海条って猫みたいだから、猫好きなのかなって…」
「……グスッ…」
「…海条!?
ごめん、変なこと言ったか…?」
突然すすり泣き、海条は膝を折りながらうつ向いた。
「グスッ…。
…ごめん、何でもないの…。
……プレゼント……すごく嬉しい……。
ありがとう……碧乃君…」
そう言いながら涙目で海条は笑顔を見せてくれた。
「…ッ!?///」
その笑顔に思わず心が揺らいだ。
「…そ、それなら良かった…」
気がつくと、羨ましさ半分で野次を飛ばしていた外野が俺を茶化し始めていた。
「いいぞぉー碧乃ォー!
海条はもうオチたぞー!」
「へぇー。
碧乃ってただの陰キャオタクと思ってたけど…意外と女の子オとすテクわかってるんだぁー(笑)」
「…ッ!?
やかましい!///
それ以上何も言うなッ!!」
その様子を見届けてから紫は祈世樹に語りかけた。
「よし、気を取り直して…。
今度は祈世樹の番だな」
紫が海条に優しく問いかけると、海条は涙を拭いて俺を捉えた。
「っ……碧乃君ッ!///」
「はっ、はい!」
数秒前までの泣きデレから一転、負けじと張り上げる声に少しだけたじろいでしまった。
「……どうぞッ…////」
うつむきながら震える手で茶色の小包を差し出し、俺はゆっくりとそれを受け取る。
「中、見ていいか…?」
「……うん…///」
…何なんだろう。
ものすごく緊張してしまう。
何故か袋を開けるだけで手間取ってしまう。
「………ん?」
茶色い小包から出てきたのは………何やら白い袋だった。
裏面だったらしく、俺はおもむろにひっくり返す。
見た感じ、何か京都限定の菓子かキーホルダーだろうか…。
「…………え?」
俺は表面を見て驚愕した。
「………「恋が叶う飴」……?」
一瞬でその場にいた全員が黙りこみ、その場にいた紫と海条以外の女子が口を抑えてバタバタ騒ぎ出す。
間違いなくそれはその通りに書いていた。
記載面をじっくり眺めると、それは病院でもらう処方箋を模した飴袋だった。
ちなみに袋にはこう書いてある。
『処方者:海条 祈世樹』
『服用者:碧乃 燈 様』
…………えーーーーッッッとォォぉォぉッッッッ………????
「………こっ、これ……」
うまい言葉が見つけられない。
人生でこれ程思考が停止したのは初めてだった。
海条もまた、うつむいたまま顔が見えないように頭を抱えていた。
とりあえず俺は続きを読むことにした。
「…服用方法、一日一粒〜二粒を目安になめてください。
決して途中で噛み砕いてはいけません。
効果がうまく出ない事があります…………ッ…////」
どこからどこまでが本物なのかもはや分からなかった。
何だか途中で恥ずかしくなってきた俺は、表記を読み切る前に音読を噤んでしまった。
「……あ、あの…要らなかったら捨てていいから…!!!!////」
あまりに惚ける俺の様子に呆れてると見えたのか、海条は急に顔を上げて真っ赤になりながら叫んだ。
「……そ、そんなこと……大事に使わせてもらうよ…!!
あ…ありがとう…な…」
ぐっと顔を伏せ、俺の言霊を味わうように無言を決めていた。
そんな恋愛イベント展開に盛り上がった外野が思わぬコールをかけた。
『キース!キース!キース!』
「はぁッ!?///」
「ふぇッ!?///」
流れを読んでか、周りの野次馬共が声を合わせる。
ガチゴチになりながら海条に目を向けると、海条もまた今にも緊張感に押し潰されそうになっていた。
「いやいやいや……流石に…キ……キスはッ……///」
「いやいや、この流れだからこそだろ!
せっかくの修学旅行なんだし、思い出の一つや二つぐらいは残しとくもんだろ?
ほら、海条はもう準備オッケーだぞ?」
出鱈目なのはすぐ分かった。
海条は今にも泣き出しそうな目で不安げに俺を見つめていた。
「おいっ、祈世樹を困らせるなッ!!
彼女はそんな事望んで……ッ!?
何をするッ!!!」
止まぬキスコールを止めに入ろうとした紫を女子三人が拘束した。
「ダメだよユカチー。
今は碧乃の「漢」を見せる時だよ?
水を差したらダメだってぇ」
「ッ……離せお前らッ!!!!
…慶太も何とか言ってやれッ!!!!!」
紫が坂口に助けを求めるも、忌むべきことに坂口も敵陣に寝返っていた。
「いやぁ〜悪いな紫。
俺もオモロそうだからこっちに賛成だわ。
…まぁ碧乃なら悪いようにはしないって♪」
「クソッ………馬鹿どもがッッ…!!!!」
おそらく紫の脳内では斎藤春樹の件が過ぎったのであろう。
だがスポーツマンの紫と言えど、女子三人の力には抗えず終いだった。
「さぁ碧乃。
「漢」を見せてみろや!」
「今日、ここでお前の度胸が図られるぞ!!」
二人の男子にドンッと背中を押され、より海条の目の前に近付けられると、海条はより一層怯えていた。
『クソッ…。
どうすりゃいいんだ…』
宛もなく混乱していた時、拘束されている紫と目が合った。
『……そうか!
その手があったか!』
紫は俺の反応の意味を分からずキョトンとしていた。
…どうやら今の俺は相当冴えているみたいだった。
「……なぁ海条…」
「ひぅッ…!?
…は、はい!///」
突然名前を呼ばれ、海条は声が裏返ってしまっていた。
そんな凡ミスに思わずまたもうつむいてしまう。
…そこがチャンスだった。
「キスは出来ないけど……これで許して……な?」
「ふぇ…?
………ふにゃッ!?///」
俺はうつむく海条の頭を………優しくなでた。
時々、紫が海条にこうしてたのを思い出したのだ。
「ふぁ……碧乃…君ッ……///」
最初は驚くも、なでられるうち落ち着いてきたのだろう。
海条は目を閉じ、胸に両手で握りこぶしを当ててされるがままに身を委ねていた。
その光景に傍で見ていた紫も最初は驚いていたが、状況を察してホッと胸を撫で下ろしていた。
「……へへっ…///♪」
「……ッ!?///」
気持ちがゆるんできたのか、海条は聞き慣れない甘え声を発した。
その声に思わず俺は手を離してしまった。
「……ぁ…」
海条は少し寂しそうな声を漏らすも俺自身が限界だった。
「ッ……悪い。
俺、部屋に戻るよ。
……おやすみ海条…」
「ぁ………おやすみ……碧乃……君…」
寂しげに海条は小さく手を振ってくれた。
「じゃあ坂口、先に戻るから。
…紫も、海条を頼んだぞ」
「あ、あぁ…。
分かったよ…」
「う…うむ……。
任せておけ…」
そして俺は急ぎ足で部屋を出て自室に戻った。
「…〜〜〜ッッッ///」
部屋に戻った俺はベッドに腰掛け頭を抱えていた。
『………そんな……この俺がッッ……』
気がつくと、俺の心拍数は呼吸困難レベルの速さになっていた。
…すごく胸が苦しい。
ようやく一人になれた今でも緊張とは違う動悸が止まらない。
さっきの海条の笑顔を思い出す度に胸が苦しくなる。
理由も分からない痛みに俺は悶える。
…その時、ようやく俺はそれが何なのか気づいた。
『……もしかして………これが………』
碧乃燈、十七歳。
人生で初めての……………「初恋」でした。
「……行っちまったな」
「あぁ。
まさか祈世樹の頭をなでることでキスをかわすとは………予想外ながら大した男だ。
私はてっきり頬にするかと思ったが…」
状況が落ち着き、拘束から解かれた紫と慶太が語り合うも、周りは不完全消化の様子だった。
「なんだよー碧乃のやつ。
あそこはキスするとこだろうに」
「まぁさすがにこんな大勢の前じゃ無理か」
「…でも……」
その場にいた女子がぼそりとつぶやく。
「…海条って、意外と可愛いとこあるんだね。
あたし、ちょっと勘違いしてたわ」
「……どういう事だ?」
拘束されていた名残もあってか、紫が思わず殺気立って問いかけると、女子は少し気圧されながらも続けた。
「いやぁその…。
なんか、海条ってこう………近付きにくいなぁって……けど、なんかさっきのやり取り見てたら可愛いとこあるじゃんって…」
「確かに、海条ってもの静かで人とあんま関わってるとこ見たことないもんな…」
「…私……海条ちゃんと仲良くなりたいかも…」
それはまさに海条の誤解がだんだん溶けていってる事を示唆するものであった。
「一件落着かな」
「あぁ。
これも慶太……お前のお陰だよ」
「いや、海条が自分の意志で俺に頼んできたからな。
俺は何もしとらんよ。
……ほい、お前にもやるよ」
外野が祈世樹に寄りたかる最中、慶太もまた同じようにプレゼントを渡した。
「えッ!?///
わっ、私にか…?」
「お前以外に誰がいるよ」
「…そっ、そうだな……。
あっ、開けるぞ…///」
思わぬサプライズに戸惑う紫だったが、袋を開けゆっくり中身を引っ張り出す。
「……ッ…。
……綺麗……」
出てきたのは、ドロップ型の小さなアメジストのネックレスだった。
「実はな、俺も碧乃に内緒で買ったんだ。
あいつが沖縄のホテルのお土産屋の向かいにあったっていうアクセサリーショップでな。
碧乃の事を言ったらまけてくれたんだよ」
「で、でも…高かっただろうに…」
「いんや。
俺も自分のものばかり買ってたから、お前にも幼なじみのよしみって事でな」
照明の光を反射し、キラキラと輝くダイヤモンドカットのアメジストに紫は目を奪われていた。
「……ありがとう、慶太…」
傍で見ていた祈世樹もまた、その光景に少しだけ嬉ししそうに微笑む。
『良かったね…紫ちゃん…』
その日の出来事は、海条祈世樹と小野々儀紫にとって、一番の思い出になったに違いない。
「……だが、お前がキス賛成派に賛同したことは許されざる過ちだ。
報いは受けてもらうぞ慶太ぁ…?」
「え…!?
あぁいや、それはその………あれだっ!
その場のノリってやつでして、決して俺は本気でキスするなんて最初から考えて…」
「…サカッち。
せめてお前が後ろから碧乃を押して不意打ちキスに持ち込めばよかったんじゃね?(笑)」
「あぁぁーーーー!
その手があったかぁぁぁ…………アウチ……(汗)」
モブ男子Bによって引きずり出された坂口の本音は、紫を怒れる鬼へと変貌させた。
「な……なぁんてなぁ……あははははははHA…………」
「………」
その晩、いっぱいいっぱいになっていた碧乃には聞こえなかったが、逆側の男子部屋に聞こえるほどの坂口慶太の断末魔が響いたそうな……。
「あ"ぁぁぁぁァァァぁぁあ"ああぁぁぁァ"ァ"ぁぁあぁぁぁぁーーーーーーーーッッッッ……!!!!!!」




