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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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11/40

10.曇のち降りしきる暗い雨

あれは私が中学三年の修学旅行に行っていた時のことだ。

修学旅行に来れなかった祈世樹は、修学旅行に行けない・行かなかった少数の生徒と共に補習授業を受けていた。

 そもそも私が祈世樹と友達になったきっかけは、修学旅行の積立金が無くなったという話を偶然、職員室で話していた先生たちの話を聞いてしまったからだ。

それまでは一切関わりもなかったが、それを聞いてから私は祈世樹が心配になってな。

修学旅行に行くまでの間、私の方から話しかけ初めはぎこちなかったものの、そのうち打ち解けられたのだ。

祈世樹の事もあってあまり気乗りはしなかったが、私は予定通り修学旅行先である東京に行く事にした。

その間、祈世樹とはその間もメールでやり取りをしていた。

 そんな時、祈世樹はある男に興味を抱いていた。

男の名は斎藤春樹(さいとう はるき)

彼もまた、祈世樹と同じく家庭の事情で修学旅行に行けず、祈世樹と共に補習授業に出ていた。

自分と似た境遇の斎藤春樹に惹かれ、勇気を出して声をかけたのが始まり………そう、碧乃と同じような状況だ。

 斎藤春樹の実家は祖母と母の三人暮らしで、母はスーパーのレジ打ちと夜はスナックで水仕事をしていたらしい。

その為、国からの給付金が無ければ息子を学校に行かせることも無理だったらしい。

自分とどこか似ている斎藤春樹に祈世樹は小さな好奇心を抱いていた。

だが、これが間違いだった。

 初めは斎藤春樹もまた祈世樹とは仲の良い友達でいたようだが、日が経つにつれて段々向こうの様子が変わっていったらしい。

……そう。

斎藤春樹は祈世樹に対して「好意」を抱いていたのだ。

元から友達がいなかった彼にとって、祈世樹は初めての異性の友であったが故、だんだん彼自身も気付かぬうちに祈世樹のことを好きになっていったらしい。

まぁ、祈世樹はあの通り誰にでも平等に優しい子だから分からないこともないが……奴は異常だった。

 それからというもの、斎藤春樹の行動はエスカレートし、友達だからという理由で無理矢理手をつなごうとしてきたり、わざと後ろからハグしてきたりなどセクハラが目立ってきたのだ。

もちろん祈世樹も嫌だと感じてはいただろうが、あの性分ゆえ喋れなかったのだろう。

…祈世樹は優しい子だ。

突き放される痛みを誰よりも知ってるから、奴を突き放すことが出来なかった。

それでも耐えきれなくなった祈世樹がメールで斎藤春樹のことを私に打ち明けてくれたことで、私は祈世樹から奴のメールアドレスを教えてもらい、直接私からも注意してやった。

だが「これのどこが嫌がってるんだよ」と言いながら祈世樹の体に平気で触ったりなどの画像を送ってきたりした。

祈世樹は何も言えず、ただ必死に苦しみに耐えてるのが目に見えて分かった。

私は今すぐ東京から戻って力強くででも止めたかった。

でも奴を殴れば祈世樹は悲しむ。

きっと私から離れてまた孤独に陥る。

私はただ………歯を食いしばって見守ることしか出来なかった。

 それから三日が経ったある時だ。

……最も最悪の事件が起きてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、斎藤春樹が祈世樹に家に遊びに来いと言ったらしい。

だが、最近の奴の言動と行為に祈世樹は警戒していた。

斎藤春樹は「他の友達も来るから」と言って祈世樹を安心させ、彼女を家に呼んだ。

……本当ならば、行く前に私に言って欲しかった。

そうすれば、あんなことにはならなかったはずなのに……。 

その日の放課後、祈世樹が斎藤家のインターホンを鳴らすと、春樹本人が出てきて家に入れたらしい。

その時の表情はいつになく落ち着いていて、祈世樹も少し安心してしまったらしい。

家に入ると、彼の母や祖母はおらず「母は祖母の病院に付き合っている」とだけ言ったらしい。

部屋に入ると、先にいると思っていた他の友達は誰一人としていなかった。

祈世樹も部屋に二人だけの状況に全てを理解するも、時すでに遅かった。

 斎藤春樹は祈世樹を押し倒し、無理矢理キスをせがんだり服を脱がした。

あの男はそれこそが当初の目的だったに違いない。

そもそも友達もいるのかいないのか分からない斎藤春樹が、他の友達も来るという事を言ったのがまずおかしかったのだ。

あの男にとって、祈世樹はすでに恋人以上の関係であると思い込み、たった数日話して仲良くなっただけで普段からセクハラをしても抵抗しない祈世樹にいらぬ確信を持ってしまったに違いない。

絶体絶命の矢先、奇跡的に忘れ物を取りに戻った彼の祖母が祈世樹の悲鳴に気付いて部屋に飛び込んで来たのだ。

状況はそれで収束した………そう思われた。 

 何を勘違いしたのか、祖母は春樹本人にではなく、祈世樹に怒号を浴びせたのだ。

詳しくは思い出せないみたいだが、どうやらわざと彼をその気にさせて近所の人に気付いて駆け込んできてもらい、自分がレイプ被害者になろうとしてたと勘違いしていたみたいだった。

祖母は斎藤春樹を溺愛していたのもあってか、彼がハメられたと勘違いしたのだ。

祈世樹が何を言っても聞く耳を持たず、挙げ句は祈世樹に塩を投げつけてきたそうだ。

……その後、祈世樹は斎藤春樹の家から逃げ、私に電話であるがままの状況を泣きながら説き、ちょうど修学旅行から帰ってきていた私は急いで祈世樹の元へ走った。

学校近くの公園のブランコに座っていた祈世樹はひどくやつれ、流しきってしまったかのように涙の跡が頬に残ってたのをよく覚えてる。

祈世樹に駆け寄ると、彼女は震える手で私にしがみついて泣き縋った。

………ただ悔しかった。

祈世樹がそんな陵辱にあってるのを知らず……。

 私は無我夢中で祈世樹を抱きしめ、悔しさに涙を噛み締めながら彼女に謝る事しか出来なかった…。


 

 

 

 


  

 

 

 

 



 

……それから祈世樹が落ち着くまで二時間以上はかかった。

私は孤児院まで祈世樹を連れていくも、西浜さんたちにはレイプ被害にあったことは言えなかった。

もちろん言えばすぐ警察沙汰になり、恐らく斎藤春樹は強姦未遂罪で少年院に投獄。

だが、祈世樹は話を大きくさせたくないと言って私に口止めを頼んできたのだ。

それではダメだと何度も説得したものの、祈世樹の意志は変わらず黙っていてほしいの一点張りだった。

結局、私は帰り道に助けようとした野良猫が車に轢かれ、そのショックから遅くなったと西浜さんたちに説明した。

祈世樹の性格を知ってたのもあってか、二人は疑うことなく祈世樹を迎え入れた。

もちろん、私は真実を言いたくて仕方なかった。

だがそれは彼女を救うにはあまりに違う気がして………本当は、ただ祈世樹に嫌われるのが怖かっただけかもしれない。 

 …それから彼女は熱を出し、おまけに家の都合でしばらく来れなくなるという事を担任からクラス全員に通告された。

真意を知ってる私は正直、このまま来なくなってしまうのではないか?

鬱になって来れなくなってしまったのではないのかなどと考えるも、祈世樹は半年ほど経ってようやく学校に顔を出してきた。

正確には、保健室登校をするようになったのはここからだっただろうな。

あの日以降ということもあってか、久しぶりに見れた祈世樹の顔は以前よりもやつれたように見えた。 

 それからというもの、祈世樹が教室に顔を出すことは一切なくなった。

たまに心配で見に行くと、祈世樹は訪問医師のカウンセリングを受けていたり、突如、何かに襲われたかのように怯える様子を見かけることも多かった。

見た目はその辺の生徒と変わらないのに……あの子の精神は…ズタズタになっていたに違いない…。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子の人生は、斎藤春樹のせいで壊されたのだ……。

 

 

 


 

 

 

  

 

 

 

 

「……これが私の知る海条祈世樹だ。

 どれほどに報われないことか…」

 

「…ッ……」

 

気付けば、俺はいつの間にか飲み干していたコーヒーの缶を握り潰していた。

腹の中で今までに感じたことのない腸の煮えくりを感じていた。

 

「……それで……今に至るんだよな…?」

 

「あぁ。

 高校進学は先生が校長に直談判して推薦入学をさせてくれたらしい。

 だが先生は積立金の事しか知らない。

 強姦の事に関しては伏せて保健室登校をするようになったからな。

 …だが、斎藤春樹に関しては………私も行方知れずなのだ…」

 

「…どういう事だ?」


ここに来てようやく、紫は話題の区切り程度にカバンから出したコーラを一口飲んだ。 

  

「…事件が起きて少しして、斎藤春樹は学校に来なくなったらしいのだ。

 私たちと奴はクラスが違ったから、奴と同じクラスメイトの女子に聞いたのだ」

 

「そう……なんだ…」

 

ぎちぎちと音を立てながら俺は潰した缶を更に潰す。

そうしていてもどこかむず痒い苛立ちが俺自身を落ち着かせてはくれなかった。

 

「それでも祈世樹の心につけられた傷は深いものだ。

 …その証拠に、あの子は雨の日を特別嫌うようになってしまった…」

 

「……どうしてだ…?」

 

もはや嫌な気配しか感じぬも、ここまで来たら聞くしかあるまい。

 

「………斎藤春樹は………祈世樹をつけて、家までストーカー行為をしたこともあったのだ。

 ……「雨の日」に…」

 

「…ッッ!!!!!」

 

もはや我慢の限界だった。

俺は潰した缶を足元に投げつけ、力いっぱい踏み潰した。

紫は驚くこともなく、分かっていたかのように目を背けていた。

 

「ぐぅッッ!!!!

 クソッ…クソッ……ちくしょうがぁぁアァぁッッッ!!!!!」

 

カラカラと軽い効果音をたてながら缶は徐々に平らになっていく。

それを見て俺は少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「はぁッ……はぁッ…………ごめん…。

 少し…取り乱した…」

 

「…いや、お前の怒りは最もだ。

 でも……これも真実なんだ…」

 

また少し苛立ちを感じるも、俺はグッとこらえた。

 

「それ以降、斎藤春樹の姿は私も見ていない。

 転校したのか中退したのか……生きてるのかさえ分からない。

 ……でも………」

 

『ガィィィィィン!!!!』 

 

何かを言い切る前に紫が鉄柵を力いっぱいぶん殴った。

鈍い金属音が鳴り響き、殴られた箇所は少し凹んだようにも見えた。

 

「もし……斎藤春樹を見かけることがあれば………私は………自分を抑えられないかもしれないッ…」

 

紫の顔を見ると、今までに見たことがない形相で手すりを殴った拳を見つめていた。

その顔は無表情にも見えたが、自身の拳を見つめる目の奥から殺気すら垣間見えるほどだった。 

 

「分かってる…。

 斎藤春樹が手を出してこない以上、私たちもこれで全てを水に流すべきなんだって…。

 けれど………斎藤春樹の犯した罪は……絶対に許されないッッ!!!!!」

 

恐怖すら身に覚えるようにドスの効いた声で紫は拳を震わせていた…。

それを見て、何故か俺は冷静になっていた。

 

「…優しいんだな……紫は…」

 

そう呟くと紫はハッと我に返り、再び寂しげに目線を背けた。

 

「私は…祈世樹の弱さを知っている。

 それを覆い隠すための力も持っている。

 だから……私はあの子を守る「刃」になると……そう決めたのだ」

 

その表情は強い忠誠心を刻むも、どこか寂しさを抱えた戦士の目に見えた。

 

「…だったらさ………俺たちで守ろうぜ。

 海条を……降りかかる火の粉から俺たち二人で」

 

「…ッ!!!」

 

その直後、紫は俺に目を向ける。

驚きに満ちたその目は、俺の発した言葉を待っていたかのようにも見えた。

 

「…碧乃……。

 お前も…守ってくれるのか……?」

 

「あぁ。

 二人でなら、絶対に海条を守れるさ。

 それに、二人の方が考え方も変わるしな」

 

「…ッ!!

 ………碧乃……」

 

打って変わって紫はその場に泣き伏せた。

俺のセリフがそんなにも嬉しかったのか、初めて紫が泣くとこを見た。

 

「………正直、お前が祈世樹に興味があると言ったとき……私はお前に警戒心を抱いていた。

 また斎藤春樹の繰り返しをしてしまうんじゃないかと…。

 あのプリクラの時もそう…。

 お前に抱き寄せられる祈世樹の写真を見た時……本当は、お前に殺意すら抱いていた…。

 ……でも……お前は違った…。

 今のあの子には……お前が………碧乃が必要なのだ…。

 碧乃と知り合ってから……あの子はよく笑うようになってくれた……。

 今の祈世樹は……ようやく自らの足で立ち上がろうとする意思を持ち始めている…。

 そのきっかけは……お前だったんだ…」 

 

「……違うだろ?」

 

「…えッ…?」

 

正直、俺一人じゃ海条を守るなんて不可能だ。

でも二人なら違う。

……二人でなら海条を守れる。

だから俺は言い切った。

 

「……俺の名前は…碧乃ではなく……「燈」だよ」

 

そして涙目で俺を見つめる紫に手を差し伸べる。

 

「……ッ!

 …………分かったよ……燈… 」

 

ガッチリと俺の手を掴み紫は立ち上がった。

華奢ながらも頼りがいのある綺麗な手を掴むと、少しだけ心臓が跳ねた。

 

「……グスッ……ありがとう燈。

 …少しだけ、嬉しかった…」

 

涙を流しつつも、紫は満面の笑みを見せてくれた。 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私はこっちだから。

 …すまなかったな」

 

「いや、こちらこそ……色々教えてくれてありがとうな」

 

紫と二人での帰り道、俺たちはいつでも支え合えるように歩いていた。 

…とは言っても、単に隣同士で歩いてただけなんだけど。

  

「それじゃあ、また明日…」

 

「……燈ッ!」

 

立ち去ろうとした直後、紫が呼び止めてきた。

  

「…その………お前なら大丈夫だと思うが……今日のことは……誰にも言うなよ…」

 

少し不安げな表情で俺を見つめてくるも、俺には言葉にできない自信があった。

 

「もちろんだとも。

 約束するよ。

 海条を俺たちで守らないとだからな」

 

そして俺は紫に拳を突き出す。

紫もまたその意味をわかってか、ゆっくり拳を突き出し、コツンとぶつけ合った。


「じゃあまた明日学校で。

 修学旅行のときはよろしく頼むぞ」

 

「おうよ。

 気をつけてな」

 

そう言って俺たちはそれぞれの帰路を歩む。

 

『よろしく頼む…か…』

 

こうして他人からアテにされたことなどない故、少し歯がゆい気もするが……意外と嬉しさも感じていた。

 

「…さて……帰りますか…」 

 

少し冷たい風が吹き抜ける帰り道、俺はいずれ来たる修学旅行が楽しみになっていた。



  

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