お淑やかでか弱いお姫様をお望みでしたら他をあたってください ~最強すぎる元メイドは魔王様に自分を攫わせます~
__ああ、面倒くさい。
煌びやかな城の大広間。真っ白なウエディングドレスに身を包んだ私_エミリー・ホワイロットは、心の中で本日何度目かになるため息を吐いた。
目の前には、この国の第1王子が立っている。彼もまた白の正装に身を包み、緊張した面持ちで私を見つめていた。
「エミリー。綺麗だよ」
「ありがとうございます、ルーカス様」
1年前まで、私はただの城のメイドだった。しかし、第1王子であるルーカス様は私に一目惚れをし、あろうことか数多の王妃候補を捨てて私にプロポーズしてきたのだ。
しかもプロポーズは公衆の面前。第1王子のプロポーズを平民ごときが断ったら、あっという間に頭と体がおさらばしてしまうため、受け入れる他なかったのだ。まだ若いと言われる年齢。人生を終えるには早すぎる。
しかし、本当に迷惑極まりない。プロポーズを受け入れてから始まったのは、元王妃候補たちからの数えきれない嫌がらせ。さらには、苦しすぎる妬みや嫉妬の目。挙句の果てには、私が身体を使って王子を陥落させた、なんて気色の悪い噂まで立った。
「では、ルーカス様。エミリー様に誓いの言葉を」
「ああ。…エミリー」
「はい、ルーカス様」
今から何を言われるのだろうか。どうでもいいけれど、早く終わってくれないかな。参列している王族、貴族からの視線がしんどすぎる。
「愛するメアリー。今日という日を迎えるまで、短くも濃い時間を一緒に過ごしてきたな」
(短くて薄い時間でしょ)
「楽しいことばかりではなく、時には辛いこともあった。だが、エミリーが隣にいてくれるだけでどんな困難も乗り越えることができた」
(ルーカス様には、特に困難は降りかからなかったじゃないですか。大変なのは、現在進行形で嫌がらせを受けている私です。あなたは気づいていないでしょうけどね!!!)
「エミリーの笑顔が、俺の毎日の祝福だ。そして、エミリーの存在そのものが、俺にとってかけがえのない宝物に違いない」
(……何が言いたいか分からない。もっと簡潔に言ってくれないかな)
「これから先、何十年と時が過ぎ、お互いに年を重ねても、今日誓ったこの気持ちは決して色褪せることはない。どうか俺の隣で、優しく手を取り合い、共に歩んでくれ。永遠に愛している」
(私が暗殺されなければ、ですけどね。永遠は止めてください。迷惑です)
心の中で総ツッコみを入れながらも、笑顔で返事をする。神様に嘘をついて申し訳ないが、人は時に苦渋の決断をしなければならないことをご理解いただきたい。
「ルーカス様。ティアラをエミリー様に」
長々とした誓いの言葉を終えた次は、この式の目玉。神父が差し出した真っ赤なクッションの上には、紫色に光る大きな宝石が点けられたティアラが乗っていた。
「こちらは王妃様にのみ身に付けることを許された魔法石のティアラとなっております。魔王と世界を共にしている現代において、平和への祈りは欠かせません。だからこそ、__」
神父の仰々しい説明は長い。しかし遮ることもできないため、うんざりしながらも適当に頷く。そんな重そうで面倒なもの、正直なところ身につけたくない。
神父の説明が終わると同時に、ルーカス様がティアラ持ち上げる。それを見て、そっと頭を下げた。
(これは、ただの首輪ね)
目を閉じると共に、頭にずっしりと重みが加わった。
その瞬間、
ガシャーンッ!
会場の全ての窓ガラスがけたたましい音を立てて砕け散った。思わず、反射で顔を上げる。
ガラスの破片がキラキラと舞い散る中、そこから現れたのは、深紅の瞳を持つ1人の男。漆黒の髪は、まるで闇そのもの。男は割れたガラスを踏みしめ、悠然と大広間へと足を踏み入れた。
護衛たちが即座に剣を抜き、男に襲いかかる。しかし、男は片手を軽く振るだけで、護衛たちを遠くの壁まで吹き飛ばした。鈍い音を立てて壁に叩きつけられた彼らは、苦しそうに呻くだけ。
ルーカス様は我が身が可愛いのか、とっくに護衛の下に逃げ去ったらしい。守る気もないのに、よくもまあ、あんなに長い愛を誓えたものだ。
「どなたでしょうか」
私の問いかけに、男は無表情なまま。ただ一瞬、その深紅の瞳が私の頭にあるティアラを捉えた。
「返せ」
低く、地を這うような声が響く。会場内の至る所から叫び声が響いているにも関わらず、その声はよく聞こえた。
「その魔法石を返せ」
男は再び、同じ言葉を繰り返す。
深紅の瞳に、漆黒の髪。地を這うような低い声に、膨大な魔力の気配。自分の中に、1つの仮説が浮かんだ。
もしかして、
「あなたは魔王様でしょうか」
「……」
無言は肯定と捉えよう。きっと目の前のこの男性は、魔王だ。それが分かれば、こちらも出方というものがある。
「この魔法石がお望みなのですね」
「そうだ」
「理由をお伺いしても?」
「……それは、元は我々の物だ。盗人が勝手に盗っていただけのこと。取り返して何が悪い」
なるほど。 魔王様は窃盗被害に遭っていたらしい。このティアラは、こういう式典の時以外は厳重に守られているらしいし、きっと期を伺っていたのだろう。
正直に言うと、このティアラには何の愛着もない。
もし魔王が魔法石を本当に欲しがっているのなら、さっさと返してしまえば、この面倒な騒動は終わる。その後は私が半殺しにされるだろうけれど。平和の象徴であるティアラを魔王に渡したななんて、どんな拷問にかけられても文句は言えない。
だが、ふとある考えが頭をよぎった。
私は、どうにかしてこの結婚から逃れたいと、ずっと願っていた。もし、私が魔王相手に取引を成功させれば、この面倒な結婚式や今後待ち構えているであろう窮屈な人生は、全て終わるのではないだろうか。
この考えが、一筋の光のように思えた。
私はにこりと微笑んで、口を開いた。
「なるほど。でしたら、お返しいたします」
私は頭からティアラを取る。魔王は警戒心を持ちながらも、スッと手を差し出してきた。
「その代わり、私をここから攫っていただけませんか?」
魔王は手を差し出したまま、私の言葉に目を見開いた。その深紅の瞳が、少しだけ揺れたように見えた。
「貴様、何を言っている」
「? ティアラを渡す代わりに私のことを誘拐してください」
困惑している魔王。最初こそ顔を顰めたが、私の真剣さが伝わったらしい。
「…本気か?」
「私はこの結婚式から、この国から、そしてこのクソほどつまらなくなりそうな人生から解放されたいんです」
私は今度こそ、魔王に差し出した。
「このティアラと共に、私をあなたの城へと攫ってくれませんか?」
私の言葉に、魔王は無言のまま、ただただ私を見つめていた。その瞳には、困惑とほんの少しの興味が浮かんでいるようだった。
「おい、ティアラを守れ!!」
「早く!魔王の手に渡らせるな!!!」
そんなやり取りの中聞こえたのは、国王陛下と大臣たちの声。どれだけ耳を澄ませても、私の安否を心配する言葉は1つもない。
(結局、そんなものよね)
第1王子が惚れ込まれただけのただのメイド。平民の中でも下層の出身だし、城のメイドになれただけでも奇跡だと言われる身分。こんな命、吹かずとも飛んでしまう程度にすぎない。
だからこそ、
「今、大事な話をしているんです。ちょっと静かにしてください」
ティアラを持っていない方の手を、まっすぐ伸ばす。昔、使ってはいけないと言われたきり、封印していた力。
手の平が熱くなるのを感じると同時に、迫ってきていた護衛が豪快に吹っ飛んだ。見えない何かに吹き飛ばされ、その証拠に床には衝撃波の痕が付いていた。
悲鳴を上げる間もなく昏倒した護衛を見て、ようやく実感が湧いてくる。ああ、本当にやってしまったのだと。何年も前に使うことを禁じられた、奇跡の力。
「…ほう」
低い声が降ってきた。見上げると、魔王が興味深そうにこちらを見ている。その赤い瞳には、先程までの冷酷さだけでなく、ほんの少しの感嘆の色が宿っているようだった。
「なかなかやるではないか」
魔王の言葉に、私は肩を竦めてみせる。
「泣いて助けを求めるお姫様なんて性に合わないので」
その言葉と共に悪戯に舌を出してやる。お姫様とは到底言えない振る舞い。それでも、堂々と振る舞ってやった。
魔王は、それはそれは愉快そうに笑った。その顔は、先程までの威圧的な雰囲気から一変し、どこか人を惹きつける魅力があった。
「気に入った」
その一言と同時に、持っていたティアラの重さが無くなる。代わりに、頭の上に重さが戻った。しかし先ほどのような不快感はない。
先ほどまでの威圧的な雰囲気とは似ても似つかない、優しい手付きで丁寧に着けられる。顔を上げると、少年のような笑顔を向けられた。
「名は何という?」
「エミリー・ホワイロットと申します」
「エミリー、か。いい名だな」
魔王はそう言うと、私に向かって手を差し伸べてきた。黒い手袋をはめた、骨ばった大きな手。私は一瞬の躊躇いもなく、その手をしっかりと握り返した。
「ご要望通り、攫ってやろうではないか。ティアラを落とさないように気をつけてくれよ」
「はい!」
魔王に抱きかかえられた瞬間、周囲に見たことのない魔方陣が複数浮かぶ。
「いいか、魔王軍幹部!よく聞け!今しがた、探していた魔法石を取り返すことに成功した!全員城に戻ってこい!無関係な人間に怪我を負わせるなよ!!」
「「「「承知致しました!!!」」」」
魔方陣越しに沢山の声が不思議に思っていると、魔王はバリバリとガラスを踏みながら外に向かう。
「この城の上に転移用の魔方陣を用意している。それで俺の城まで帰るから、舌を噛まないようにな」
「分かりました」
「……本当に良いんだな」
「もちろんです。むしろ、これからよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく頼む」
魔王は私を力強く抱きしめると、ふわりと浮かび上がった。
ぐんぐん上がっていく高度。小さくなっていく中にルーカス様もいたが、手を振ることもなく目を閉じた。
きっと、これからは幸せな人生が待っている。大変かもしれないが、きっと__
これは本当の力に気づいていないメイドが、魔王軍に所属する人外たちとわちゃわちゃするお話。
個性豊かな彼らの元で人生を謳歌する彼女がどのように笑うのか。
幸せな彼らの、最初の1歩のお話でした。
【作者からのお願い】
長編化するか迷い、とりあえず短編にしてみたお話です!
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