戦場の少女はシュークリームの夢を見るか?
ヒュルルルルルルル〜
どこか間抜けな音が、上の方から聞こえて来る。その音が聞こえた途端、私と周りの人達は顔を真っ青にして、近くの窪みに飛び込んだ。
ドンッ!
1拍。
パァァアアン!
迫撃砲の至近弾だ。チリチリとした熱風が首筋の後ろを抜けていく。パラパラと土とか草の欠片が背中に飛んできて、窪みの中に埃を飛び散る。
どうやら無事だったみたい。身体を起こして、服をパタパタとはたきながら周りを伺うと、他の人たちも同じようにしていた。みんなも無事だったみたい。いや、
いち、に、さん、し、ご、ろく、…
・・・一人足りない。
窪みから這い出て、周りを探してみる。道端の水路を覗くと、1人がまだ倒れていた。よく見てみると、ヘルメットにはコインくらいの大きさの穴が空いていて、そこから血が流れている。
(死んじゃったか)
同じ分隊のノイマンだ。彼のバディは4日前に戦死していて、それ以来二人分の飯を独り占めできると喜んでいたノイマン。その彼も今死んでしまった。
「チッ」
後ろから舌打ちの音。分隊長がメモ帳に何かを書き込んでいた。多分ノイマンの名前だろう。
私がこの分隊に配属されてからこれで5人目。それ以前にもあっただろうから、分隊長のメモ帳の戦死者リストは結構量がある。
私も死んだら、あそこに名前が書き加えられるんだろうか、それとも分隊長の方が先に死ぬかもしれない。
私の同期はこれでみんないなくなってしまった。残ったのは私一人だけだ。みんなほんの2週間ばかりの付き合いだったけど、それでも寂しいものは寂しい。
「死体は後送しますか?段列まで5キロです」
先輩のケケ伍長が分隊長に聞いた。多分、これを運ばされるのは私だろう。嫌だなぁとげんなりしていると、思いの外分隊長は否定した。
「俺たちが帰る時に、運べる余裕があったら持って帰ろう。ミルシー、ドッグタグだけ回収しとけ」
はい、と返事をしてノイマンの所へ駆け寄る。死体は水路から引っ張り出して道の橋に置いておく事にした。気づいた他の隊の人達が運んでくれるかもしれない。
服が水を吸ってしまい、ノイマンは重かった。しかしもう何度も死体は運んでいる。軍に入ってひと月、こればかりやっているのでもう慣れてしまった。
上手く運ぶにはコツがあって、どれだけ腰を引きずらないかが重要だ。尻が浮くか浮かないかで、人の重さは随分変わってくる。
そんなことに気を取られていたからだろう、不注意で水路に足を突っ込んでしまった。
「あっ…」
特に怪我をした訳でもないが、靴を濡らしてしまったのがマズイ。
この後前線まで歩いて行って、その後キャンプまで戻らなきゃ行けない。あと10キロは歩くだろう。体力のあまりない私が濡れた靴で歩くには自殺的な距離だ。
「あーあ、やっちまったな。前線まで行けば死体の分の乾いた靴を貰えるだろ。そこまで我慢しな」
ケケ伍長が慰めてくれた。子供体型な私は分隊のみんなに結構可愛がられている。今だって怒鳴られてもおかしくないのにかけられたのは慰めの声。
いつもは重い荷物を持てなかったりマイナスなことも多いが、こんな時だけはこの体格で良かったと思う。
あと、他にもいい点があった。お子ちゃま扱いされるおかげで、分隊のみんなが配給のチョコとかのおやつを分けてくれるのだ。おかげで、甘味にはそれほど困っていない。
でも、私の分の煙草は軒並み没収されるのでどちらかと言うと不公平な取引だと思う。
その後、ノイマンの髪の房をひとつとドックタグの片方を回収して、私たちは前線へ向かった。既に戦闘はほぼ集結していて、今は戦場清掃の段階だ。
「あ」
後方へ移送するために死体をトロッコに積んでいると、そこに見知った顔があった。私の地元で、パン屋の息子だったライティだ。シュークリームを焼かせれば天下一で、将来は実家のパン屋を継ぐんだと言っていた。
人違いかな?とも思ってドックタグを見ると本人だった。鼻の奥にツーンとしたなにかが込み上げてくる。
流石に知り合いが死ぬ経験は初めてだった。なんとも言えない顔で作業の手を止めていたからだろう、ケケ伍長が声をかけてきた。
「どうした?知り合いか?」
「はい、同郷の出身で…」
「そっか。この遺体たちは運んだ後身元確認して焼却される。その時にお別れするといい。ほら、後がつっかえてる。作業を続けよう」
濡れた靴の代わりはライティのをもらうことにした。彼も男子にしては小柄な方なので、私の足のサイズにもそれなりに近いだろうと思ったからだ。
靴は少し臭かった。
その後、6時間ほどで清掃を終えキャンプに戻ることになった。これから7キロほど歩かなくてはならない。
帰り道は特に何も無かった。余り物の担架を貰えたので、帰りにノイマンの死体を楽に持って帰ることができた。
キャンプに着いた時には日はどっぷり暮れ、辺りは暗くなっていた。遠くから見てもキャンプの一角がまだ明るいままだったので、なんだろうと見に行くと死体を燃やしていた。背の高い火がぼうぼうと立っている。
あっ、と思って確認してみると、もうライティは燃やされてしまっていた。別れの挨拶…。
でも、特に話すことも無かったと思う。それなら同じかと思い直して、私は人の脂を吸い背の高くなる炎に手を合わせた。 おやすみ、ライティ。
ついでにノイマンも燃やしてもらうことにした。ケケ伍長は足、私が腕を持っていちにのさんで火に向かって放り投げる。予め服に灯油を染み込ませておいたので、ノイマンは良く燃えた。
キャンプファイアー代わりだろうか、火の周りには多くの人たちが集まっている。グロテスクな光景だったけど、不思議と気分の落ち着く雰囲気だ。
肉の焼けるなんとも言えない臭いにつられ、ぐぅ、とお腹が鳴る。そういえば、昼から何も食べていなかった。
ポケットからナッツバーのレーションを取り出してかじる。口の中でねちょねちょと張り付く、甘さの欠けらも無い味だ。ライティの焼いた菓子パンが恋しかった。
「シュークリーム、食べたいなぁ…」
少女のつぶやきは、夜の空に吸い込まれていく。