無口なエセ同居人はそれぐらいで良かった。
重いまぶたを気怠く開き、俺は軽く伸びをしつつ身体を起こす。冷たい床に足音を控え目に合わせて水音が聞こえてくる洗面所へ向かう。
「おはよ」
今、丁度歯を磨いてる最中なのか、こっちを洗面所の鏡越しに会釈して挨拶の意図を返してくれた。
「……。」
コップに歯ブラシを入れて差し出される、受け取りつつ近づいた瞬間によく使っている歯磨き粉の香りが鼻を掠めた。
「さんきゅ」
俺はお礼を言ったものの新品の予備の歯ブラシを開封して隣で歯を磨き出す、寝起きにすぐ磨く派と朝食後磨く派で別れるが俺は圧倒的にすぐ磨く。
「……?」
磨き終わる直前まで鏡越しで歯磨きを見守れながら『なら水は?』と言いたげにさっきのコップに目の前で水を入れて、さっきより若干控え目に渡される。
2回連続否定の意思をぶつける程、殻に閉じこもる気はないのでコップの水で口を濯ぎ、吐き出し、水をまた入れてうがい。
「……」
コップを受け取って調子に乗ったのかタオルも渡される、とりあえずそれで口元を拭う。
「それで、誰?」
「!」
動揺して目が泳いでるが、そりゃ普通聞くだろ。むしろ『乗り切った……』みたいな表情されてても困る。長い髪の毛に圧倒的な部屋着、そして歯ブラシと歯磨き粉の香りにタオル、面識は無し、もう情報の渦で溺死しそうだな。
「エージェント……。」
「何の?」
「……」
「思いついてから喋ろうな」
もういいや、設定が固まるまでほっとこう。リビングのソファで寝転がり、適当に朝ご飯のメニューを夕飯で使った食材を冷蔵庫から引き算しながら脳内で整える。
次の日、また歯磨きを待たれながら磨き終わると何か言いたげに顔をこっちに向けられた。
「幽霊……とか……どう?」
「いいんじゃね」
「……やった」
(低いテンションで喜んでる、喜び慣れてないな)
「死因は?」
「…………」
テンションがガタ落ちして人の寝室に帰っていった、今日もソファで寝るか。早く除霊しないと背中を痛めそうだ。
珍しく見つからない、成仏したんだな。2人分の食材の処理が面倒だな、と思いつつ自分の家を捜索するが気配が見つからない、もういいか。
ピンポン、とインターフォンが鳴り響く、ここまで来て開けるなんて真似はしない。
(宅配なら置き配か不在票だろ)
何度か鳴ってた音が止まり、静寂が帰ってきた、おかえり。
「なんで開けないの。」
裏庭から回り込み窓から入ってきた、こいつ用意周到じゃねえか。窓の鍵を開けられてたのか、次から閉めとこう。……あれ最後にいつ閉めたっけ?というかこいつ。
「住む気かよ」
手荷物が増えてる、違うモノも増えてる。
「家賃は払ってくれるんだろうか」
「……」
首を横に振られた、感謝の姿勢は皆無だ、まあいいや
なんか顔にデカい痣があるし。