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最終話

 周の嗚咽が段々小さくなると同時に、私は自分の行動が突拍子もなかったと思い始めた。いきなり、こんなに距離を詰められて、周は困惑しているのではないかと思った。

 一方で周の温もりを離したくないとも思った。今、ここで「ずっと好きだった」と言えたらどんなに楽だろう。でも、弱みに漬け込んで自分の思いを伝えるのは卑怯だ。いや、違う。正しく言えば、周との程よい友達関係を失うのが怖い。

 今は伝えられないけれど、周ときちんと向き合えるようになったら、この思いを伝えたい。


「ごめん。大丈夫」


 隣から周の声が聞こえたのをきっかけに体を離した。


――周のことが好きだよ


 心の中で呟く。



 ⌘


 メグとは全く連絡を取らなくなっていた。このまま大学を卒業して、それぞれ社会人になるんだろうな、と漠然と思った。高校時代の私がその事実を知ったら驚くだろう。あんなに信頼し、一番側にいたのに。


 一方で周とは頻繁に連絡を取り合うようになっていた。メッセージのやりとりだけでなく、電話をすることもある。周の声を聴く度、会いたいと思う。そして時々、その願いが叶う。

 一緒に食事に行ったり、この前は映画を観に行った。周といると心が溶け出しそうになる。何気ない動作、一言に心がじんとする。


 好きだという気持ちを伝えたい。いや、伝えようといつしか胸に決意を抱いていた。



 今日も周と会う約束をしている。メグと周が分かれてから三ヶ月になろうとしていた。メイクをしながら、ふと思い立った。


――好きという気持ちを伝えよう


 私は突如として、このような決意を抱くことがある。そして決意した以上は、必ず実行するのだった。そう思うと急に鼓動が早くなる。

 もし、気持ちを受け入れてもらえなければ、周と会えなくなるかもしれない。それでも、これ以上、黙ったまま側にいるのは嫌だった。


 仕事終わりの周に車で拾ってもらい、よく行く国道沿いのファミレスに行く。雑多な雰囲気の中だと会話もしやすい。席に着き料理をそれぞれ注文し、ドリンクバーから飲み物を入れてくる。いつもと同じ流れだ。


 でも、私は初めて周と二人で出かけた日のように緊張していた。グラスに添える周の手が目に入る。それは日焼けしていて、ごつくて、私より大きな手だった。


 

 ⌘


 注文したナポリタンは、やたら甘く感じた。

 仕事のこと大学のこと。私達はそれぞれの生活について話す。共通項が全くない私達の会話。それでも私にとっては愛おしい。


 二時間ほどファミレスで過ごし店を出る。この後、駅まで送ってもらって別れるのがいつものルートだ。でも、今日は違う。別れる前に周に話がある。

 私の決意なんて知らない周は、ゆっくりと車を発進させた。十五分程走ると明るい駅舎が見えてくる。ロータリーに入り、周が車を停める。いよいよ思いを伝える時がきた。


「ありがとう」


 そう言って私はシートベルトを外す。カチャと金具が外れる音が耳に響く。「じゃ、また」と言う周の顔を見た。私がじっと見つめたからか「どうしたの?」と不思議そうに問う。


「あのね」


 そう言葉を発した途端、心臓が波打つようにドキドキしてきた。


「周が弱っている時に漬け込むみたいで嫌だったから、今までずっと言わなかったんだけど……ずっと好きだったんだよ。中学の時から」


 思いを一気に吐き出した。言葉にした途端、それらは心許なくふわりと車内の暗闇に消えていく。周が身じろぎせず、こちらを見ている。困惑という言葉が一番しっくりくる表情をしていた。



 ⌘


 これ以上の沈黙は耐えられないと思った時、ようやく周が、ふーっと大きく息を吐いた。


「びっくりした。そんなこと思ってもみなかった」


 そう言ってハンドルに突っ伏すような態勢になる。「んー……」と謎の声をあげた後、ゆっくり体を起こすと周は言った。


「ちょっと気持ち整理させて」



 車を見送った後、改札に向かって歩き出す。「ごめん」とか「気持ちに答えられない」とか否定する言葉を言われなかっただけで、私の気持ちも足取りも、どこまでもふわふわ飛んで行けそうなくらい軽くなった。


 もし、恋人同士になれなかったとしても、友達ではいられるだろう。それならそれで十分だと思った。



 周が連絡をくれるまでは待とうと決めた。だから、ファミレスに行った三週間後に電話がかかってきたときは、飛び上がるくらい嬉しかった。開口一番、周が言った。


「好きだったって言ってもらえて正直嬉しかった。これからも側にいて欲しいって思った」


「俺も好きだ」とか「付き合おう」というような明確な言葉がなくて、私は周の言葉をどう受け取っていいのか迷った。


「周の彼女にしてもらえるってこと?」と訊いていた。自分に自信があり、恋愛経験がある女の子なら、おそらく訊かないようなこと。そんな直接的な質問に「うん」という返事があった時には、瞼がじわりと熱くなった。


 やっと、好きな人にたどり着いた。

 中学生の私に伝えたい。〝上手くいくから〟と。



 ⌘


 メグと再び連絡を取り合うようになったのは、春沙ちゃんの結婚式で再会したからだ。メグは祖父の知り合いの法律事務所で働いていたけれど、仕事が合わなくて辞めたと話していた。今は休養中だとも言った。

 あくせくした雰囲気がないメグは、高校の頃から変わっていないように見えた。周や彰人君の話は出なかった。メグにとって遠い過去の出来事なのだろう。


 その頃も私と周の関係は続いていて、ゆくゆく結婚なんて話をするようになっていた。でも、メグにはそのことは話せなかった。


 真っ白いウェディングドレスに身を包み幸せそうに笑う春沙ちゃんを見て、私も近いうちにあんな風になりたいな、と思った。


 それから一年半後。私と周は結婚した。

 結局、メグに招待状を出さなかった。全てを終えてからメグに伝えようと思った。私は幸せに暮らしていると。過去にメグが傷つけた人は、私にとってかけがえのない人なんだと見せつけてやりたかった。


 高校の頃、私からいとも簡単に周を奪い去ったことへの仕返し。

 そんな、おぞましい気持ちが自分にあったなんて、びっくりだ。

 結婚した翌年の年賀状には、結婚式の写真を使用した。新年が明けて三日目。メグからメッセージが届いた。


〈結婚おめでとう! 幸せになってね〉


 一点の曇りもないメグの言葉。相手が周だとわかってさえ。こういう後腐れのないところがメグなのだろう。メッセージを何度も見返しながら、心の奥にあったどろりとした感情が、浄化されていくのがわかった。



 ⌘


「おっ、結婚式の招待状?」


 リビングのテーブルの上に置いたままになっていた封筒を見て周が言う。


「うん。高校の時の友達」

「そっかー」


 そう言う周はどこか遠い目をして、窓に吊るされたカーテンを見やる。高校の時と聞いて、メグのことを思い出したのだろうか。まさか目の前にある封筒が、メグから送られてきたものだなんて思ってもいないだろう。


 そんな周の気持ちを日常に戻すために、私は背後から抱きついた。「どうしたんだよ。急に」温かな体越しに伝わるその声を世界一愛おしいと思った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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