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第四話

 周とはそれきり会話が続かず、それぞれ頼んだハンバーガーセットを食べ終えると店を出た。店内の階段を降りる時、周の背中が目に入った。がっしりしているとは言い難いその背中。

 メグに関する手がかりが得られず、寂しそうにも肩を落としているようにも見える背中。


――抱きつきたい


 そう思った。

 周の側で何か力になりたい。例え恋人になれなくても。


「もし、何かあったら力になるから」


 店を出たところで思い切って周に言った。周は頼りなげな笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。



 ⌘


「ありがとう」と言った周の表情が忘れられなかった。春沙ちゃんとは顔を合わせていたけれど、メグがそこに入ることはなかった。春沙ちゃんの話を聞く限りでは、単位を落とさない程度には講義に出席しているようだったけれど。


「彰人君の部屋から大学に通ってきているみたい」


 ある日、講義が終わった後、春沙ちゃんは構内のコンビニのイートインスペースでコーヒーを飲んでいる時、そう教えてくれた。

 あの日の頼りなげな周の表情を思い出して、さすがに我慢できなくなって言った。


「メグ、彼氏いるのに」


 春沙ちゃんの方を見ては言えず、私はテーブルに置かれたコーヒーカップのプラスチック製の黒い蓋に目を落としていた。春沙ちゃんが私の方を見つめる視線を感じる。


「うん。その人とは別れるって言ってたけど、ちゃんと別れたのかは不明」


 顔を上げて春沙ちゃんの方を見ると、眉を下げて困ったような表情をしていた。


 周と別れるんだ、と思った。周はメグからの別れ話にどう返事をするのだろう。怒るだろうか。悲しむだろうか。拒否するだろうか。

 周が傷つくのは嫌なのに、メグとは早くきちんと別れてほしいと願ってしまう。そんなことを思うと胃がしくりと痛んだ。


 

 ⌘


 春沙ちゃんからその話を聞いて半月が過ぎる頃だった。入浴を済ませベッドの上でごろごろしながらスマホを見ていると、着信があった。画面には周の名前が表示されている。

 どきんと胸が鳴るのがわかった。メグとのことで何かしら進展があったのだと思った。画面をスワイプして電話に出る。


「もしもし」


 何気ない風を装って言った。少し沈黙があってから周の声が聞こえた。


「急に電話してごめん……今、大丈夫?」


 地底から響いてくるような暗い声だった。その声でメグが周に別れを切り出したのだとわかった。周をこれほど悲しませるなんて。


「うん。大丈夫だよ」


「何かあった?」とは訊かなかった。二人の間に何があったのかは、当事者である本人から聞くべきだと思った。たとえ残酷な話だったとしても。


「誰かと話したくてさ」


 周の言葉に胸を締め付けられる。「誰か」に他でもない私を選んでくれたこと。それが、とてつもなく嬉しかった。そんな気持ちを悟られないよう「うん」と返す。


「急に電話してきて意味深な言い方したら悪いよな。メグと別れた。というか正しくはフラれた」


 周は無理矢理明るい口調で言った。おそらく電話の向こうでは、悲しみの表情を浮かべているだろう。


「えっ……」


 真実を知っているのに、実際に周の口から聞くと驚いたような声が出た。そして、メグがあの飲み会で出会った彰人君と付き合っているのは決定的な事実なのだと思った。


「俺なりにメグのこと大切にしているつもりだったんだけどな……」


 落胆した周の声。私が周の彼女なら、こんなに悲しませたりしないのに。メグ。あなたのしたことは、間違っているよ。心の中で思う。


「ねぇ、会って話さない?」


 自分でも思ってみない提案をしていた。



 ⌘


 電話をしてから二日後の金曜日。昼過ぎに私達は駅前にあるファーストフード店で待ち合わせた。前に来た時は、周とメグはまだ別れていなくて、でも付き合っているというには距離ができている状態だった。


 周は意外と飄々としているように見えた。食欲もあるらしく、前きた時と同じダブルバーガーセットを食べている。


「なんか、巻き込んだみたいな形になってごめんな」


 周が先に口を開いた。


「ううん。大丈夫。話聴くのは、いつでもできるよ」


 私の言葉にストローを口につけようとしていた周の動きが止まる。あえて周の目を見た。悲しみの膜が張ったような瞳。はぁと大きなため息をつくと、周は話し始めた。


「好きな人ができたんだってさ」

「うん……」

――彰人君のことだ


「『その人とは何でもわかりあえるし、話せる、周とはそれができなかった』って言われた。それ聞いて、俺はメグの気持ちを蔑ろにしてたのかなぁってヘコんだ」

「そんなこと……」

――メグの言い訳だ。彰人君を好きになったことに対する


 メグは勝手だ。私の好きな人の気持ちをさらって、いとも簡単に捨てていった。親友だったのに。


「でも、遅かれ早かれこうなっていた気もするんだ」



 はは、と乾いた笑い声を上げる。

 周の側にいたい。私なら周の気持ちを大切にする。対話だって欠かさない。


「私はいつでも側にいるから。だから遠慮なく頼ってほしい」


 心の中の声が言葉になって口から溢れた。周は目線を上げた。視線が合う。次の瞬間、その左目から一筋の涙が頬を伝った。嗚咽を漏らす周の肩が、小さく震える。向いに座っていた私は席を立ち、周の隣に座った。


 自分でも信じられない行動に出ていた。周の肩をそっと抱き寄せ、小さな子をあやすように「大丈夫、大丈夫」と繰り返し呟いた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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