第三話
メグと周の関係は卒業を迎えてからも続いていた。高校卒業後、私とメグは学部はちがうけれど、同じ大学に進学した。一方、周は地元の電気工事会社に就職した。
メグは相変わらず綺麗で、大学内でも人目を惹きつけた。そんなメグだから、それは自然な流れだったのかもしれない。
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ある晩、スマホが震えた。画面を見るとメグからメッセージが届いていた。画面を開く。
〈今度の金曜日、飲み会するんだけどどう? 相手はH大の人。同じ学部の子が誘ってくれたんだけど〉
飲み会に誘われたのは初めてだった。H大はこの近辺で有名な国立大だった。そんな大学に知り合いがいるなんて、メグの友達の交友関係は広い。
バイトもせず、大学と家の往復しかしていない私とは違う世界に住んでいるのだろう。
メグは行くのだろうか? それとも私だけに声をかけるつもりなのだろうか?
初対面の人ばかりの飲み会に参加するのは、気が進まない。かと言って、メグも参加するとなると、周がいるのに、どうしてと腹立たしい気持ちになる。
どう返事しようか迷って結局〈メグは行くの?〉と訊いていた。数分後、返信が届いた。
〈人数足りないらしくて、行くよー!〉
それを見てほっとすると同時に、周のことを蔑ろにしているようで、めらめらとした炎のような怒りが沸いた。それなのに。
〈じゃあ行く〉
と返信していた。
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飲み会は三対三で行われた。H大の人達は、私達より一つ上だった。人見知りの私は、みんなの話に乗っかって頷くだけで終わった。連絡先も交換したけれど、その後、何かに繋がるとは思えなかった。
ただ、メグの友達の春沙ちゃんと仲良くなれたのは嬉しかった。春沙ちゃんはメグのような華やかさとは違う素朴な可愛さのある女の子だ。例えるなら柴犬みたいな。
「また遊ぼうね」
柴犬のような澄んだ黒い瞳を向けて言われると、女子の私でさえぐっときてしまう。飲み会の後もたまに春沙ちゃんとメッセージをやり取りしたり、大学内のカフェでお茶をしたりすることがあった。そこにメグが入って三人になることもあったし、春沙ちゃんと二人だけのこともあった。
その日も春沙ちゃんから〈お昼一緒に食べない?〉とお誘いがきて、地下一階にある学食で二人でランチセットを食べていた。
冷めてしなっとしている鯵フライを頬張りながら、二人で春沙ちゃんのバイトの話や、それぞれの講義の話をしていた。春沙ちゃんは小柄なのに、食事を残さず綺麗に食べる。お茶碗に入ったご飯を箸で摘みながら、私に訊いた。
「メグと最近会ってる?」
私は首を傾げた。質問の意味をはかりかねた。私より同じ学部にいる春沙ちゃんの方がメグに会う機会があるだろう。
「え? メグ、大学きてないの?」
と訊き返す。春沙ちゃんは「うん。休みがち。今日もきてないよ」と言って味噌汁のお椀に口をつけた。メグが大学を休みがちなんて知らなかった。「そうなんだ」と返すと、春沙ちゃんは上目遣いに私を見た。
「こないだ飲み会したH大の人と付き合うようになったみたいでさ」
それを聞いて私は、箸で摘んでいた鯵フライをぼとっと落としてしまった。それを見た春沙ちゃんは、まずいことを話したかな…という表情を見せた。
「付き合ってるの?」
「みたい。彰人君っていう子。覚えてる?」
私は頷いた。飲み会の時、真ん中に座っていた男の子だ。イケメンとは言えないまでも、三人の中で一番目鼻立ちがはっきりしていた。
「メグから告白したみたいだよ。こないだは彰人君のマンションに泊まりに行ったみたい」
春沙ちゃんの目は、トレイの上に乗せられたお皿に向いていた。「メグ、彼氏いるじゃん」と言いかけて口をつぐんだ。春沙ちゃんにそう言ったところで、困らせてしまうだろうと思った。
周と上手くいっていないのだろうか。もしかして別れたのだろうか。だとしても周と別れてすぐに別の人と付き合うなんて信じられないと思った。それは、私にとって周が大切な人だからだろうか。
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春沙ちゃんとランチをした日以降、胸の中に煙が充満したようにもやもやしていた。メグと周のことなのだから、私がいくら気を揉んでも仕方ない。そう思っているのに、周が一方的に傷つくのは耐えられなかった。
そして、私は周にメッセージを送ったのだった。
〈久しぶり。元気? 最近、メグとも連絡取ってなくて、近いうちに三人で会えたら嬉しいな〉
何も知らない風を装ってそう書いた。おそらく無視されるだろうと思っていたのに、半日経たないうちに返事がきた。
〈何とか元気 (^^;) てか俺もメグと最近会ってなくて〉
周からの返信を読んで、驚いた。とりあえず二人はまだ別れていない。それなのにメグは彰人君と一緒にいるのだ。羨望の気持ちしか抱いたことがないメグに対して、初めてはっきりとした怒りの気持ちを抱いた。その時、スマホが手の中で震えた。
〈もしよかったら久しぶりに会わない? メグのこと相談したいんだ〉
何度もその文章を目で追った。周が私を必要としてくれている。そのことに胸が痛むような嬉しいような複雑な気持ちがした。
周と駅で待ち合わせて近くあるファーストフード店に入った。シフト勤務の周は平日が休みになることが多いようだった。会ったのも木曜日で、昼前だけれどファーストフード店にはぽつぽつ空席が見られた。
コーラの入ったプラスチック製のグラスにストローを差しながら周が言う。
「メグと連絡がなかなか取れなくてさ」
周は困ったような表情をしていた。いきなり本題に入られ、どう答えたらいいのか戸惑った。とりあえず「うん」と頷いて見せる。
ここ数ヶ月、連絡を取っていないこと。最後に会ったのは半年近く前だということ。同じ大学だから私との接点があるのではないかと周は思ったらしい。でも、学部が違えば会うことはない。その事実を私は周に告げた。
「ごめん。私もメグとは連絡とっていないし、会っていないんだ」
「そっかぁ。そうだよなぁ。大学って高校と違うもんな」
周は笑顔でそう言ってフライドポテトを口に入れる。でも、何も手かがりを得られなくて残念がっているのは声色でわかった。
自分のことを想ってくれている人がいるのに、どうしてメグは別の人に気持ちを向けるのだろう。私だったら絶対そんなことしないのに。
そんな意地悪な気持ちを抱きながら、烏龍茶をストローで啜る。それは、いつもより苦く感じた。
読んでいただき、ありがとうございました。