第二話
カラオケを歌い終えた後は、満足してメグと一緒に露店を見て回った。メグは今日、うちに泊まるので、ゆっくり露店を見て回ることができる。
色鮮やかなスーパーボールが、ビニールプールの中で、ぷかぷか浮かんでいるのが目に入った時だった。
「川幡さん?」
と背後から呼びかけられた。耳馴染みのいいテノールの声。驚いて振り返ると丸顔で小柄な男性が立っていた。Tシャツにジーンズ、サンダルとラフな格好をしていた。
何となく既視感を覚えつつも、私の名前を知っているこの男性は誰だろうと思う。私が何も言えないでいると、再び男性が口を開いた。
「井上。中学で一緒だった……」
男性は自分の胸の辺りを人差し指で指差しながら言った。
「井上君⁈ 久しぶり……」
目の前に立っていたのは周だった。中学時代は丸坊主だった髪は伸び、でも、きちんと整えられていて清潔感があった。
久しぶりの再会にメグを置き去りにしてしまったことを申し訳なく思いつつ、周のことを紹介した。
「カラオケ見たよ。なかなかうまかったな」
笑いながら周が言った。その笑顔が変わらないことに、きゅんとしながら、聞かれていたのかと恥ずかしくもなる。
「高校の友達?」
周の目がメグに向けられる。
「一条メグです」
メグが名乗った。それに答えるように「井上周です」と言っている。
思わぬところで周に再開できて嬉しいのに、何を話せばいいかわからずモジモジしてしまう。
「友達あっちにいるから行くわ」
周が人混みの向こうを指差す。もう少し側にいたいと思ったけれど、そんな気持ちとは裏腹に「うん」と言葉を返す。
周はジーンズのお尻の辺りに手を回すと、スマホを取り出した。
「携帯持ってるだろ? せっかく会えたんだし、連絡先交換しよ」
その言葉を聞いて、心臓が爆発するかと思った。
⌘
周と連絡先を交換してから、たまにやりとりをしている。
あの日、私と周が連絡先を交換するのを、メグは側で見ていた。冷やかすわけでもなく、邪魔をするわけでもなく。
きっとメグは、男性に声をかけられたり、連絡先を交換したりすることに慣れているのだろう。今、現在、好きな人や付き合っている人はいないみたいだけれど。
〈今度、カラオケ行かない?〉
ある日、周からそんなメッセージが届いた。それぞれ友達を誘って行く約束をした。私はメグと、同じクラスで仲良くしているレナちゃんを誘った。
〈どこかいいカラオケ知ってる?〉
と訊かれたので、メグとよく行くカラオケ店を教えた。
そして今、私とメグとレナちゃん。周とその友達の中田君と相野君とカラオケ店の一室にいる。みんなそれぞれ好きな曲を入れていく。
こんな大勢でカラオケにきたのは初めてだったから、とても楽しかった。中田君も相野君も、学校では真面目そうなタイプなのに、カラオケではその殻を破るかのようによく歌った。
途中でトイレに立った時、スマホで時間を確認すると三時間も経っていて驚いた。手を洗いながら目の前の鏡に写った自分の顔を見る。
興奮しているのか、いつもより頬が紅潮していた。
⌘
カラオケに行ってから一ヶ月が経つ頃だった。昼休みメグがスマホを弄っていた。よくある光景なのに、なぜか気になった。メグの表情がどこか華やいで見えたのだ。
スマホをスカートのポケットにしまったメグに声をかけた。
「もしかして、デートのお誘い?」
上手く訊けずに直接的な訊き方になった。
「ん、まぁ、そんな感じかな」
「いいなぁー」
「カラオケ一緒に行った井上君だよ」
メグのその言葉を聞いて、私の思考は固まった。
え⁈ どういうこと⁈ 頭の中に浮かんだ疑問は、心の中で反芻される。苦い気持ちを必死で飲み下す。動揺を悟られないように表情を作りメグに訊く。
それは自分にとっていい話ではないとわかっているのに。
「連絡、結構取ってるの?」
「んー毎日ではないけどね。たまに電話したりするかな」
聞かなきゃよかった。それなのに、意思に反して、頭の中では二人が親密に話している様子を思い描いてしまう。きっと、前にカラオケに行った時に、二人は連絡先を交換したのだろう。
それならこの一カ月で二人は関係を築き、一緒に出かける約束をするほど距離を縮めてきたのだ。私は周と連絡を取ることがなかったのに。
連絡を取りたかったけれど、迷惑がられたら怖い気持ちが勝って、できなかったのに。
気がつくと下唇を噛んでいた。
「メグは井上君のことどう思うの?」
そんなこと聞くべきじゃないとわかっているのに、口が勝手に動く。
「一緒にいて楽しい人かな」
メグは何でもないように、いつもと変わらない表情で言った。
⌘
それから半月経たないうちに、メグと周は付き合うようになった。そのことはメグから聞いた。
ある放課後。一緒に昇降口に向かいながら、「そういえば」とメグが切り出した。
「井上君に告白されて、付き合うことにしたんだ」
喉がぴったりくっついて、一瞬、息ができなかった。
「びっくりした……」
しばらくの沈黙の後、出た言葉がそれだった。
「私もまさかねって感じ。まぁ井上君、一緒にいて楽しいし、好きだけどね」
ローファーを床に置きながらメグが言う。屈んだ時に、後ろ髪がぱらっと前に落ちる。まっすぐな艶のある髪。それが眩しく見えた。
皮肉なことに二人が付き合うようになってから、周からたまにメッセージが届くようになった。例えば、メグの好きな服装はどんなのかとか、好きな食べ物は何かとか、誕生日はいつかとか。直接メグに尋ねればいいようなことも私に訊くのだった。
それに答えるのは辛いのに、周とやりとりをできる嬉しさの方が勝って、私は周の質問に一つ一つ答えていった。
〈ありがとう。これからもいろいろ相談していい?〉
周からそうメッセージが届いた時は、悲観的な気持ちより喜びの方が上回った。周に頼りにしてもらえること。相談相手として私が必要とされていること。それが心をくすぐる。
〈もちろん。いいよ〉
即、そう返信した。周からは〝感謝〟という文字を抱っこした犬のスタンプが送られてきた。
それを見た時、胸がくきゅっと絞られるように痛んだ。私は周が好きなんだ。でも、周にとって私は彼女の友達で相談相手。
周から好きな気持ちをもらえなくても、友情はもらえる。そのことで、繋がれるなら繋がっていたい。
私の気持ちは荒波の中の船のように、激しく揺れた。
読んでいただき、ありがとうございました。