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ep.2 『切符とバイトとあね』

 銀河が話しかけて来た日から約一週間。

 この日の昼休みも、つばめと那波は教室で昼食を取っていた。

 つばめの目の前には、袋からメロンパンの頭だけを出して、かぶりつく那波がいる。

 ちょびちょびとメロンパンを食べている姿はなんとも可愛らしい。

 一旦それから目を離して、しっかりと家から持参した弁当を出す。あれからは、できるだけ購買に顔を出さないように気をつけている。

 弁当を開けると、小さく一列に文字を書いた紙が入っていた。


 ――おねえちゃんのことおぼえてる? ママより。


「おねえちゃん……?」

 つばめには『あね』がいる。『あね』と言っても血の繋がらない義姉だ。

 母親の再婚によってできた義姉で、かれこれ出会って十年近く経つ。それを忘れるわけがない。

「覚えてるもなにも、昨日に風呂入って……」


「え、つばめってまだお姉さんとお風呂入ってるの!?」

 ただひたすらに食っていただけの那波が、つばめの声を掻き消すように大声を上げる。


「ちょ、ちょっと!! 声がデカい!!」

 すぐさま那波の口を抑えるも、教室に居た生徒たちの視線はつばめに集まっていた。

 けれど、すぐに視線は散らばった。


「……はぁ〜」


「?」

 きょとんとした目でシスコンを見る。


「言っとくが、あたしが入ってたら、勝手に義姉が入ってきただけだからな」

   つばめからではなく、義姉が勝手にって言うところが最重要。

 だから、シスコンでない……。


「……そういえば、まだ言ってなかったと思うが、義姉がいるんだよ。義理のだけどな」


「へー、義理か〜。それじゃあなんだか聞きづらいな〜」

 そう言うと、またメロンパンにかぶりつき始めた。


「んだよそれ……んっぱそういうもんなのか……?」

『義理だから』『血が繋がらないから』ってのが理由で、暗く思われてしまうものなのだろうか。

 別になにも問題はないはずだが、那波なりの思いやりというやつか……?


「まあいいや、いただきます」

 それはさておき、開けて放置していた弁当を食べ始める。

 白米とおかずは七対三。おかずはつばめの好物揃い。そして義姉の手作りだが、誰が作ってるかなど、つばめにとっては些細なこと。

 ここは頬張るように……ではなく、『JK』らしく一つ一つ丁寧に口に運ぶ。

 平日はこの時間が最もの楽しみ、しかしその楽しみの時間にやかましい娘が、彗星のごとく参上する。

 教室の後ろドアから入ってきたのは今日も元気な僕っ娘。


「どうも、二人とも!」

 こちらのいる方へやってきたと思うと、彼女らしい挨拶をしてくる。


「あら『カッコイイ福池つばさ高校生徒名ランキング』第一位さん、こんにちは。本日はどういった了見で?」


「ツッコミ放棄していいですか、僕あまりツッコミ得意じゃないので」

 残念ながら、つばめのボケはツッコまれることなく終わってしまった。


「それで、なにしに来たの? 見て分かる通り、あたしは弁当食べてるんだよ」


「ああ、今日は前に言っていた『最長片道切符の旅』について話していこうと」


「あーそれか、も〜三条ったら、あれから何日経過してると思ってんじゃあ!!」

 立ち上がり銀河に詰め寄る。


「すみません!! 案外調べるのが大変だったもので!」

 あの時、銀河は『のぞみ並みに速く暗記してくる』と言っていた。それが冗談だったとしても、一日二日ほどで暗記してきてもいいだろう。しかし、現状はあれから一週間。ここまで来ると『のぞみ』に失礼なレベルになってくる。

 これには、つばめも黙っては居られない。



「なにが『のぞみ並みに速く暗記してくる』だ。まだ『特急燕』のほうが速いわ」

 つばめが声を荒げている中、那波は黙々とメロンパンを一口一口むしゃむしゃしていた。


「いや、ほんとに大変だったんですから! 思ってるよりも長くて!」


「はぁー、まあいいや。あまり乗り気じゃないし。ただ、あたしは嘘を付いたことにキレてるだけ」


「嘘ではないと思うのですが……僕もあんなこと言って時間をかけすぎてしまったのは謝ります」

 そう言って、銀河は二人に頭を下げる。それをしっかり見ていたのはつばめのみ。那波は目線を他所に向けたまま、まだメロンパンをちょびちょび食べていた。このスピードには、例の亀さんも驚きだ。


「それで、調べてきたんですけど、なんか僕の知らないうちにルートが二つに分かれてて」


「え、二つに?」

『最長』という言葉が付いているのに、二つルートがあるとはどういうことだろうか。これじゃあ片方は

『長々片道切符』になるではないか。


「ある(どう)の、ある路線が、ある年に、ある一部が、廃止になったみたいで、それでなんか分かれたみたいです」

 後に調べると、廃止された年は一年前の二四年だったようだ。かなり最近のことである。


「あるある、うるさいな……それで? なにとなにがあるの?」


「簡単に言うと、今までの北海道から九州に向けて南下するルートと、新しく、その逆の北上するルートができました」

 実はあの日、つばめは帰ったあと軽く調べたため、南下するルートのスタートとゴールは知っていた。


「つまり……?」


「ゴールは長万部(おしゃまんべ)です」


「よし、帰れ」


「なんでですか! 話し聞いて下さいよ!」

 銀河がつばめにしがみつく。なんとしてでも最後まで話しを聞かせたいようだ。


「もう聞いた。あたしはもう十分聞いた!」

 それでも、つばめは銀河を無理やり離そうとさせる。話させようとはしないのにだ。


「まだパターンを紹介しただけじゃないですか!」

 今の話は序章、なんなら表紙と言っていい。


「ちょっと」

 ずっと黙々とメロンパンを食べていた那波が、ようやく口を開く。つばめと銀河の意識はメロンパンJKに向いた。


「私が食べている時に、イチャつかないでもらいます? つばめ、三条さん」

 鋭い目つきで二人を見る。


「「あ、はい……」」

 二人は声を合わせて返事する。静かになると、また那波は食べ始めた。

 とりあえず一度、つばめも食事に戻り、銀河は彼女らが食べ終わるのを静かに待った。




「それでは、改めて説明? 紹介? をしていきます!!」

 三人の机をくっつけて、銀河を司会に話しが始まる。

 しかし、昼休みの時間は残り十五分、それだけの時間でこれは終わるのか……。


「早速なんですが、こちら見てください」

 銀河が取り出したのは、検索サイトを開いたスマホ。

 薄緑色の縦長な紙の載った画像と、その下には五桁の数字が書いた画面をつばめと那波に見せてくる。


「これは……?」

 口を開いたのは那波。


「切符代です」


「高っ!!」

 そして声に出したのはつばめだった。


 値段は約十万円。片道の切符に十万円など、二人は見たこともない。

 そして薄緑色の紙の下には、文章のように書かれた文字が載った紙。

 これはすべて駅名と路線名であるというのだ。


「でも十万円で日本を縦断できるって、案外安くない?」


「え、うーん……言われてみればそうかも?」

 相場もなにも知らないが、那波の言うことに納得してしまう。


「あくまでも”切符代(乗車券)”なので、まだまだ全然掛かりますよ」

 この切符はあくまでも『乗車券』であり、他にも『特急券』が掛かる。もちろん『宿泊費』『食事代』などはどんな旅でも必ず掛かってくる。


「なあ那波、九州一周で諦めてくんね?」

 小説が書けるなら、別にこんな長旅じゃなくても問題ないはず。


「んー、まあそれでもいいけど」

 あっさり納得してくれた。


「ちょっと!! またも諦めないでください!!」

 銀河はやはりそういかなかった。


「え〜、じゃあどうするよ? どうやってお金貯めるよ」

 お金がないんじゃするにもできない。

 つばめに貯金なんてあるわけがない。親を頼るにも、金額的にも厳しいを超えて不可能だろう。


「そうだね〜……銀行強盗とか?」


「なに食わぬ顔でよくそんなこと言えるね」

 那波のボケは体に悪い。


「……バイトしましょう」

 そう提案したのは銀河だった。


「まあそうなるよな〜」

 高校生がお金を稼ぐ方法はバイトしかない。

 しかし、できればやりたくない。


「……ひとまず、大体この旅には五十万円ほど掛かるとか」

 最長片道切符の他に約四十万円、これで一人当たりだ。


「……そうか」


「もし、本当にするならどのくらい時間掛かるの……?」

 那波は問うた。


「そうですね、大体一ヶ月はあればゴールできるそうですが、それだと少しバタバタするかもしれません」


「一ヶ月か……」

 銀河が『バタバタする』というからには、一ヶ月じゃ少し時間が足らないのだろう。

 まあ、実際にやってみないとわからないのかもしれないが。


「ならさ」

 那波は勢いよく立ち上がった。


「……?」

 二人の目は、立ち上がった那波に向く。


「夏休みにやろうよ」

 真剣な眼差しで言う那波は、いつものミステリアスな那波とは違い、とても凛々しさを感じた。




 その後、昼休み終了のチャイムが鳴るよりも先に三人の話は終わった。最終的に、約一ヶ月後にやってくる夏休みに向けて、アルバイトをすることにした。

 残った授業もしっかりと受け、この日はそれ以上話し合うことはなく、三人は帰路に立つ。


「それじゃあ」

 大きい池を縦断して、地下鉄の駅に近づくと、一緒にここまで付いてきた二人にさよならをする。すると那波は「またね〜!」と、銀河は「さようなら〜!!」と言いながら、二人とも全力で腕を振ってくれた。暑苦しくも感じるが、これはこれで悪くない。

 階段を下り、改札をくぐり、ホームにつながる階段をまたも下る。

 五分ほど待っていると、空港行きの列車がやっていた。車内はそれなりに人が乗っている、満員とまでは全然言わないが、つばめからしたら少し不快に思うようだ。

 つばめの降りる駅は福池公園駅から六駅先。マンションや小規模な工場などある、わりかし落ち着いた地域。

 降りる駅まで約十分、ここはスマホでニュースでも見て暇を潰す。十分ほど経過して駅に着くと、すぐさまつばめは下車した。

 今度は階段を登り、改札をくぐり、階段をまたも登り地上に出る。外はまだまだ明るい夏の空。そこから慣れた道を歩くこと約十分、やっと我が家に到着。

 カバンから鍵を取り出し、ドアの鍵穴に突っ込む。ガチャっと回し、ドアを引っ張ると開かない。今ので鍵が閉まったみたい。

「……?」

 また逆に回し引っ張るとドアが開く。最初から鍵は開いていたみたいだ。


「ただいま〜」

 玄関に入り、すぐさまに鍵を閉める。

 靴を脱いでリビングに向かうと、ソファーに座ってテレビを見ている後ろ姿が見えた。

 長く伸ばした黒い髪はハーフアップにして、両耳には赤いピアスを付けている。

 仕事終わりなのか、スーツのジャケットが少し見える。

 大人な女性と言われれば、これを思い浮かべてしまいそう。


「なんだ、はとねだったか」

 そこに居たのは、義姉の「はとね」。年の差は九つ。


「あら、おかえり」


「はとねだろ? 先に帰ってきたの。鍵、開いてたぞ。気をつけろよ」


「も〜つばめちゃんのために開けておいたのに」

 身体ごとつばめに向けると、ソファーの背に義姉の大きく実った果実が乗せられる。

 これが実の姉ならば、つばめも少しは期待できるのだが、血は繋がらないため、ただ羨ましく悔しい。


「チッ」

 この悔しさと、少し興奮してしまう自分に向けて舌打ちをする。


「あ〜! 舌打ちした!! つばめちゃんにも反抗期?」


「……」

 義姉の言うことは無視して、なんとなく今日彼女らと話たことを伝えてみる。


「あのさ、はとね」

 別に反抗期なわけではないのだが、少し照れくさい。


「なぁに?」

 ニコリと笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 いや、ニコリというより、ニヤリという表現が近いだろう。その姿はまるで聖母と言われても納得してしまいそうだ。


「……今日ね」

 つばめもソファーに座り、先ほど三人で決めたことを話す。

 二人の名前は出さずに、友達と旅をしたいこと、その友達とアルバイトを探していることを義姉に言い出した。


「そっか〜、そんな長い旅をね〜……」

 別に、はとねに頼りたいわけで話したのではないが、義姉は最後まで話しを聞いてくれた。

 なにか頼み事があるわけではない。けれど、あと一つ相談したいことがある。


「それでさ……」


「でも」

 喋り始めるも、すぐに言えずにいると義姉に割り込まれた。


「今からアルバイトしても、お金足らなくない〜?」


「……え?」

 はとねに聞きたかったことは正しくアルバイトについて。しかし、聞きたかったことはそれじゃない。

 それに、お金が足らないからアルバイトをするわけで、一体なにを言っているのだろうか。つばめは理解できなかった。


「だってさ、来月でしょ? 夏休み。なのに今からアルバイトしても〜、十万……貯まるかくらい? じゃないかな」

 はとねの顔に『知らないの?』という字が浮かんでるように見えた。

 アルバイトの平均月収は約九万円、一ヶ月で五十万円ほど稼ごうと考えている三人は、なんという間抜け。


「え……そうなの?」


「そうだよ?」

 義姉に言われなければ、きっと誰も知らなかったであろう事を知らせてくれたことは素直に感謝しないといけない。けれど、間抜けな自分たちがなんとも恥ずかしい。


「……」

 ソファーから立ち上がり、はとねの前に立つ。


「……?」


「おりゃああああああ!!」

 稼げない悔しさと、間抜けだった恥ずかしさ、プラス胸の悔しさを込めて、義姉の巨峰をぶっ叩く。


「いたああああああああい!!」

 はとねが悲鳴を上げているうちに、二階の自室へ向けて猛ダッシュ。


「ちょ、ちょっとぉ……」

 義姉の震えた声がした気がしたが、そんなものに気を留めなかった。

 部屋に入ってすぐに、ベッドへダイブ。そのまま目を瞑った。これをふて寝というのかもしれない。



「ん、ん〜……」

 どのくらい眠っていたのだろう、目を開ければ部屋は真っ暗だった。スマホで時刻を確認すると、あれから約三時間は経っていた。


「やべ、寝すぎた……」

 三時間も寝るつもりは全く無かった。制服のまま寝たため、シワだらけ。髪はボサボサ。しかも、夕ご飯を食べていない、よだれは食ってたが。


「まあいいや、電気……」

 寝起きを理由に考えるのをやめ、とりあえず部屋に明かりを灯す。

 まだ帰ってきてなにも片付けができていない。制服から私服に着替えなくてはいけない。

 それよりも先に、床に捨てていたカバンを机に持っていく。


「……?」

 机上に文の書いた紙が置いてある。綺麗な筆記、これまで綺麗に書ける人物、この家には一人しかいない。


 ――『なにかを得ることは、なにかを失うという意味でもある』だってなにかで見たよ。お姉ちゃんより。


「なんだ、これ」

 一体どういう意味かはわからないが、またなにかに影響されているのだろう。

 そして何故かこっちが恥ずかしくなるセリフ。なんなんだ。


「『お姉ちゃん』って……んまあ、いっか」

 義理の姉であって、決して血は繋がっていないが、これはこれで良いのだと思い気にしない。

 きっと『義』という字を書くのがめんどくさかったから……ということにした。


「そういえば、あのメッセージはなんだったんだ……?」

 昼休み、お弁当に入っていたあのメッセージ。意味は、きっと母親に聞けばすぐにわかるかもしれない。

 だが、今日は異常に疲れたため、それはそのうち聞くことにした。

 忘れていなければ。



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